連載小説
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第一話
 食べるものがなくって、ゴミ捨て場から残飯を漁っていたのだったか。
 そしたら巡回中の自警団に見つかって殴られたのだったか。

 「あはは…失敗、失敗…。はぁ……血の味がする」

 身体中が痛い。どこをどれだけ殴られたなんてのは覚えてないが、とりあえず重傷みたいだ。

 「……これ、帰れるかな…?」

 壁にもたれかかって、夜の路地裏を進む。
 とりあえず家に帰ろう。ここで寝てたら死んでしまいそうだ。

 「はぁ、お腹空いたなぁ……」

 だからゴミ箱を漁ったのに、残念ながら中に食べられそうな物はなかった。
 おまけに自警団の人に殴られる始末。まったくもって大失敗だ。

 「………………っ」

 空腹のせいか、激痛のせいか。ぐらりと、身体が傾く。
 どうやらもう、立つこともままならないらしい。

 「………………………あれ?」

 そのまま冷たくて硬い地面に倒れる、はずだった。
 だが、ボクは倒れることなく、温かくて柔らかいモノに支えられている。

 「おやおや。大丈夫ですか?」

 どうやらボクは、誰かに支えてもらっているらしい。
 見るとそこには、とっても綺麗な女の子がいた。
 腰まで届く白い髪に、真っ赤な瞳。シャツと黒いロングスカートに身を包んだ、スレンダーな美少女だ。
 その子の小さな胸に顔を埋める形で、ボクは支えてもらっているみたいだった。

 「……天使さまみたい」

 彼女があまりに美しかったからか、それとも優しそうだったからか。
 思わず、そんな言葉が口から零れる。

 「おや、私を指して天使とは。大変に光栄ですが…………ふふっ、生憎と淫魔です」

 「淫魔…?」

 言われて再度、彼女の姿を確認する。
 よく見れば、彼女には蝙蝠みたいな形の白い翼と、白い尾があった。
 頭には角が生えていて、その姿は少女の言うように、淫魔のソレに違いない。

 「……かわいい」

 「おや、おや。『かわいい』とは」

 一応、これでもボクは反魔物領の人間なんだけど…………そういうのを抜きにして、彼女はどうしようもなく綺麗で、可憐だった。
 それでも口に出してしまったのは、痛みで意識がぼんやりしているからか。
 あるいは、彼女があまりにも魅力的だったからだろうか。

 「私も容姿には自信がありましたが、実際に褒められると嬉しいものですね。ええ、とても」

 白い尾がボクの腰に巻き付き、淫魔の腕が優しく抱きしめてくる。

 「私はリリム。名をシュドネア。魔王の娘の一人です。驚きましたか?」

 そうやって白い淫魔……シュドネアは、微笑んだ。

 「とても、気に入りました。ええ、貴方のことを、是非とも知りたい」




 それがシュドネアとの出会い。

 ボクの、生まれて初めての幸福だった。









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 「いやー、助かったよ。ありがとうね」

 白い淫魔、シュドネアに肩を貸してもらって歩くこと数分。ボクらはボロボロの小さな家にいた。

 「いえいえ、構いませんよ、エノ。……それにしても、ここが貴方の家ですか」

 ボクの名前を呼んだシュドネアが、なんとも言えない顔で家の中を見渡す。

 「ふむ。聞いていた以上に……劣悪な生活環境です」

 帰る途中でシュドネアは色々なことを聞いてきた。
 それはボクの名前だったり、どうして傷だらけなのかっていう話だったり。
 あるいは、ボクがどんな場所で暮らしているのか、だったり。

 「狭い上に、寒い。家具も壊れかけで、灯りは切れかけのロウソク一つとは」

 「そんなに酷い?貧民街じゃ普通くらいだよ?」

 「……貧民街、ですか」

 そう、ここは貧民街。ボクみたいな貧民の最後の居場所。
 食べる物はほとんどなく、家はどこもボロボロ。
 とてもじゃないが、人間が幸福に暮らせるような環境ではないだろう。

 「まぁ、これでもボクは恵まれてるほうだよ。寝る場所があるんだもん」

 痛む身体を引きずって、ベッドに腰かける。
 布切れを必死に集めて作ったベッドは、石みたいに硬かった。

 「はぁ……生きててよかった」

 ほっと一息。今日は本当に危なかった。
 シュドネアが現れなかったら、あのまま路地裏で衰弱死していたかもしれない。

 「本当に、ありがとうね。シュドネアと出会えてよかったよ」

 改めて彼女にお礼を言う。

 「……ええ、どういたしまして。ふふっ、困ったときはお互いさまです」

 部屋を見て複雑そうにしていたシュドネアが柔らかく微笑む。

 「お隣、座っても?」

 「あー………このベッド、硬いよ?」

 「ふふっ、構いませんよ」

 そう言って、シュドネアがボクの隣に座る。

 「……なるほど、確かに硬いですね。私の知る中で、最低のベッドです」

 「違いないね。ボクもそう思うよ」

 シュドネアの感想に、思わず同意してしまう。
 それもそうだ。彼女は魔王の娘さんなんだから、ふかふかのベッドが普通なんだろう。
 もっともボクからしたら、ふかふかのベッドのほうが異常なんだけど。

 「エノはいつも、この上で寝ているのですか?」

 言いながら、シュドネアがその細い指を、ボクの指の上にそっと重ねてくる。

 「え…?あ、えぇと……まぁ、うん。そうだね」

 いきなりの指が触れたからか、どうにも落ち着かない返事になってしまった。

 「……ていうかその……指……」

 「はい、どうかなさいましたか?」

 意地悪そうに微笑んで、シュドネアが今度は、ボクの手を包み込むように握ってきた。
 柔らかくて、そして温かい、彼女の手のひらの感覚。
 あまりにも心地よくて、嫌でもシュドネアに意識が向いてしまう。

 「…………ふふっ。意識してしまいますか?」

 そんなボクを見透かして、シュドネアが今度はそう聞いてくる。
 優しそうで、それでいてどこか色っぽい微笑を浮かべて。
 真っ直ぐにボクを見つめて、そう聞いてくる。

 「それは……こんなことされたの、初めてだし……」

 「ああ、それは良かった。私が貴方の初めてであれたことを、大変幸せに思います」

 シュドネアがボクの手を握る力を強める。
 ただそれだけで、胸がぽかぽかと暖かくなる。
 多分、安心感なんだろう。今まで感じたことがないくらいに、心地いい感覚だった。

 「して、先ほど貴方は、こういうのは初めてと言いましたが………では、こうするのも初めてですね?」

 「え?……………わっ!」

 言うや否や、シュドネアがボクを抱きしめて、そのままベッドへと倒れる。

 「ふふっ。驚きましたか?ああ、そんなにジタバタしないでください」

 いきなりのことに驚いたボクの頭に腕を回して、ぐっと抱き寄せてくる。丁度、彼女の胸に顔を埋める形だ。
 さすがによろしくないと、急いでシュドネアから離れようとしたが………

 「さぁ、ゆっくりと。私に委ねてください…♡私の温度を感じて、匂いを覚えて、柔らかさを味わってください♡」

 どこか蕩けたみたいな甘い声。
 それが聞こえた瞬間、離れようという気持ちが消失した。
 温かくて、甘い匂いがして、いつまでも触っていたくらい柔らかくて、心地いい。

 「ずっとずぅっと、こうしていていいのです。私に流されて、私に溺れてください♡」

 シュドネアの声が聞こえる度に、頭が重くなる。
 理性とか倫理とかが曖昧になっていくような、そんな気がする。
 抱きしめられるのが心地いい。感じる柔らかさが気持ちいい。
 ずっとこうしていたい。この感覚を手放したくない。
 そんな思いでいっぱいになっていく。

 「ほら、ここはこんなにも寒いのですから。貴方はそんなにも傷だらけなのですから。もう眠ってしまいましょう?私がずっと、抱きしめてあげますから♡」

 「………………ん」

 もう理性がなくなったのか、気づくとボクは彼女の身体に腕を回していた。

 「おや、貴方から抱きしめてくれるとは。ふふっ、求められて嬉しいです♡」

 シュドネアがなにか言っている気がする。だけど、よく聞こえない。
 眠くて、瞼が落ちる。意識もまどろんでいて、よく分からない。

 「……ああ、もう眠ってしまわれますか。少し口惜しくも感じますが………永く続く二人の時の、その一瞬が終わるだけ。ええ、そう思っておきましょう」

 そう言って、シュドネアが頭を撫でてくれる。

 「おやすみなさい。また明日」

 その言葉が聞こえた瞬間、意識が完全に眠りに落ちた。









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 「………………寝ていますね」

 腕の中から聞こえるのは、規則的な寝息の音。
 ふむ、かなり深い眠りについているようです。

 「ええ、私はリリムなのですから。旦那様を寝かしつけるくらいは出来なくては」

 正確に言えば、“未来の旦那様”なのですがね。

 「それにしても………ふふっ、貴方を見つけられて、本当によかった」

 エノを見つけたのは、まったくの偶然でした。
 ああ、いえ。ここはロマンチックに、運命という言葉を使いましょうか。
 ええ、運命。たまたまこの国の辺りを散策していたところ、彼を見つけました。
 正直、よく見つけられたと自分で思います。エノがいたのは、人目のつかない暗い路地裏でしたから。

 「それこそ、運命の出会いだったのでしょう。自然に、引き寄せられるように、貴方と出会ったのですから」

 目を閉じて、つい数時間前の彼との出会いを思い返す。

 暗い路地裏の中に彼を見つけた瞬間の、どうしようもない高揚感。
 まさしく恋と言うべき胸の高鳴り。
 彼と一つになりたいという欲情と、ゾクゾクと疼く子宮の感覚。

 そして、倒れそうなエノを支えて。初めて彼に触れて。
 そんな状態で「かわいい」だなんて褒められたなら、それはもう。

 「好きにならないはずがないでしょう?ねぇ、エノ。未来の旦那様?」

 これはリリム的に考えて、実質プロポーズだと思ってもよいでしょう。
 ええ、プロポーズです。例え彼にその気がなかったのしても、将来的に結ばれてもらいます。
 絶対に。確定的に。逃すなんてありえません。

 「………それにしても、こんなにも無防備に寝てしまって……」

 エノの感触を確かめるように、頭を優しく撫でてあげる。

 「ふふっ、私に襲われたいのでしょうか……♡」

 もしや彼は、私がどういう存在かも分かっていないでしょうか?
 魔物の、それもリリムの腕の中で、こうも不用心に眠ってしまうなんて。

 「滅茶苦茶にされても、文句は言えませんよ……♡♡」

 あぁ、今すぐに彼を犯してしまいたい。
 彼と深く繋がって、一つになりたい。
 彼の精を、身体の最奥で味わいたい。

 「はぁ…♡お腹の奥……疼いてしまいます……♡♡」

 こうやってエノの身体を抱きしめているだけで、じわりと愛液が染み出してしまいます。
 完全に発情して、頭の中が交わりのことで一杯になりそうです。

 「ですが……ふふっ。ゼロから愛を育んでいくのもまた……味わい深いものです」

 今すぐ交わり、彼の心を奪うことは簡単です。
 しかし、それでは出来ないこともあるのです。

 それは、一つ一つ信頼と愛情を積み上げていくような。
 私もエノも、お互いにどうしようもなく好きになってしまうような。
 そして最後に想いを伝えあい、交わるような。
 そんな恋をしてみたいと、私の心は願ってしまうのです。

 「あぁ……考えただけで、ドキドキします…♡」

 もしかすると、お姉様や妹たちは「まどろっこしい」と呆れるかもしれません。
 ですが私は、エノとの愛情はそんなまどろっこしい方法で育んだほうがいいと、そう思うのです。

 「きっと貴方は、私が当たり前に知っている『温もり』さえ知らないのでしょうから…」

 エノを抱きしめる腕に、力が入る。
 おそらく、エノに家族はいないのでしょう。
 故に、たった独りぼっちで、傷だらけになりながら生きてきた。
 それがどれほど寂しいのか、どれほど苦しいのか。私には計り知ることが叶いません。

 「今までずっと、辛かったでしょう……」

 そんな彼のことを想うと、胸が苦しくなる。
 好きな人の不幸がこんなにも辛いとは、私は知りませんでした。

 「けれど、もう大丈夫です。私がいっぱい、温もりと愛情をあげますから」

 それこそ一つ一つ、信頼と愛情を積み上げていくように。
 もう寂しくないように。貴方が幸せになれるように。
 そんな恋を、一緒にしましょう。

 「私はきっと、貴方と幸せになるために生まれてきたのです」

 一切冗談などではなく、本気でそう思います。
 エノを幸せにして、私も幸せになって、永久に愛し合う。
 それが私がこの世に生を受け、今まで生きてきた理由なのだと。そう確信しています。

 「ねぇ、お互いに溺れましょう♡今日から、幸せを始めましょう♡」

 きっとこの場所から、私たちは始まるのです。
 ここは、隙間風が吹いて、家の中は外と変わらず冷たくて。まともな家具はなく、ベッドは床と変わらぬ硬さ。
 貴方は傷だらけで、何も持たないほどに貧しい。
 ゼロどころかマイナスのスタート。
 これから上がり続けるだけの、プラスになり続けるだけの、スタート。

 「どうか、覚悟してくださいね……んっ♡」

 彼を起こさないようにこっそりと、その痩せ細った首筋に唇を落とす。

 「愛と性は繋がっていて……魔物にとって性交が、最大の愛情表現なのですから♡」

 エノの首につけたキスマークを見て、口角が釣り上がる。

 「唾つけました。これで貴方は私のお手付きです。絶対に、逃がしませんからね♡」

 一方的に宣言して、彼の身体を抱き直す。
 腕も、足も、羽も、尾も。全てを彼に絡めて、ぎゅう、っと強く抱きしめる。
 それだけで胸いっぱいに幸福感が広がりました。

 「それでは、おやすみなさい…♡また、明日…♡」

 このまま、この心地よさのまま。
 私もまた、目を閉じることにしました。
20/11/29 18:06更新 / めがめすそ
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