連載小説
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無邪気な笑顔の君の名は

夢を見た。
聞き覚えのある声がする。

「ひっぐ、ぐすっ・・・」
「大丈夫だよ! 村の皆が助けに来るよ! 絶対!」

聞こえてくるは、二人の子供の声。
一人は泣きじゃくり、もう一人がそれを宥めている。

「・・・ほんとう?」
「本当さ! 今に来るよ! でっかいスコップもってさ!」

宥めている方が、必死に泣いている子供の手を握り、力強く励ます。
その握る手は震えている・・・本当は自分だって怖いくせに。
そんな様子を知ったのかどうか分からないが、泣いていた子供はなんとかこれ以上泣くのを堪え、

「わかった」

と小さく呟いた。


・・・オレは、この光景を知っている。


どれくらいたったか。
やがて気がつくと、泣いていた方の子供が先ほどまでとは打って変わって、急に静かになっていた。

「・・・どうしたの?」

宥めていた方の子供がもう一人に声を掛ける。返事は無い。再度かけても、変わらない。

「嘘でしょ!?」

必死にそいつは名前を呼ぶ。声は返らない。それでも呼び続ける。

「ねぇ、返事してよ!!」

指先に力がこもっているようだった。だが、握り返す力は無い。

「起きてよ―――、フォルナ!!」

そこで視界が暗転する。










「うっ・・・。」

重いまぶたをゆっくりと開く。
目の前は自分の部屋の天井。
そして自分が寝ている状態であるのを確認する。

「・・・。」

遠い、懐かしい夢を見た。もう内容は思い出せないが、そんな気がした。
・・・少し、胸が痛んだ。

―――ともかく朝がきたみたいだ。眼が覚めたからには起きなければならない。
そう決め、体に力を入れ、ゆっくりと起き上が、

「・・・?」 
・・・起き上がれない。

なぜだろう。体全体が鉛のように重く感じる。手足に力が思うように入らない。
妙に頭もくらくらするし、なんといえばいいのか、体がひどく疲れている。
はて、こんな状態になる要因があっただろうかと、昨日の記憶を呼び覚まそうとすると。

「・・・すぅ〜・・・ZZZ」
「!!」

オレの横、すぐ耳元から寝息のような声。
驚いて目線をその方向に持っていくと、女性の寝顔がそこにあった。

「・・・!?」

そしてオレはまたもや驚く。
その女性はオレの腕に自分の腕を通してしがみつくように寝ていたのだが・・・なぜか全裸の姿であった。
というか妙に体がスースーするなと思ったら、よく見たらオレも服が破かれていて全裸に近い状態だ。
部屋もなんか妙な臭気・・・磯の匂いに包まれている。

オレは全裸。相手の女も全裸。妙に磯臭い部屋。・・・そして女の股下から流れている白い液体。

「ま、・・・な・・・どっ・・・」

まて、何がどうなってる?
突然の光景に頭の整理が追いつかないでいると。

「夕べはお楽しみだったようだね、マー坊」

部屋の扉の方から声がする。
目線を向けると、チタルがニヤニヤ笑いを浮かべながら冷蔵庫に寄りかかっていた。

「ち、チタ、ル・・・さん」
「喋るのもやっとってとこかい。だから夕べ飲んどけっつったのに」

オレのかすれ声を聞くとチタルはオレのほうに近寄ってきて、竜の生き血の入った小瓶を取り出した。
栓を開け、そのままオレの口の中に数滴たらしていく。
・・・と、今まで感じていた倦怠感やチリチリとした感触が若干だが落ちついてくる。
昨日、何が起こったのかも。

「・・・すみません、チタルさん」
「いいってことさね。それよか丸出しじゃ風邪引くぞ?」

オレのモノを横目で見ながらそう告げるチタル。オレはすぐさま手元にあった毛布をひっ捕らえ、下半身の上に敷こうと・・・したが腕自体にまだ力が入らないため何も出来なかった。
「おおー赤い赤い、若いねェ」と毛布をオレの上にかけながらケタケタ笑うチタル。

「とりあえず、今日は休んでジッとしてたほうがいい。体も本調子じゃないだろうし・・・積もる話もあるだろうからねェ」

まだ数量残った小瓶を手渡すチタル。
確かに、休みは昨日で終わったが病み上がりの状態で講義を受けるわけにも行かない。
・・・積もる話、というのも。

「・・・知ってたんですか?」
「この姿見りゃ他にいないでしょうよ。まぁ、私もこんな近くで見るのは初めてだけどもね」

チタルは立ち上がると「本部に連絡入れてくるよ」と言って部屋を後にした。
残されるオレ、と竜。

「・・・。」

オレは竜の方にもう一度顔を向ける。
見た感じ、まぁその・・・事後ということを除けば。禍々しい形の角に翼と鱗。血の気の無い肌。やわらかそうな肉体といい。
・・・こいつは。この魔物娘の名前は。

「ううん・・・」

と、竜のほうがお目覚めになった。
うなりながら体を軽く揺らし、ゆっくりと眼を開けていく。現れた紅い目は眠そうであったが、オレの顔を見ると水に打たれたかのような表情になった。

「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・えーと」

なんだろう。妙にデジャヴを感じる。このままだと昨夜の二の舞になってしまうのではという考えがよぎる。

「・・・♪」

そして竜は笑みを浮かべた。
その笑みは、昨夜浮かべた不気味な、餌を見つけたときの顔ではない。
もっと純粋な。子供がするような無邪気で表裏がない笑顔。

「おはよ、オス♪」

竜は―――、彼女はそう言ってオレの顔に近寄り、頬ずりしたのだった。












「いやな、俺は正直言って嬉しいんだぞ? やっとトマにも相棒が出来たんだなって。ちょっと姿が意外だっただけで」
「・・・まだ相棒って決まったわけじゃないぞ」
「ええ? いやでもさ」

幼馴染はオレの背中を指差す。

「(クンクン)んん〜♪ んふふっ・・・♪」

その先には背中からオレの腰に腕を回して、首もとの匂いを嗅いで頬を緩ませながら鎮座している彼女。

「・・・そんだけ懐かれて相棒じゃないって?」

その声はどこかいぶかしむ様な声でもある。
オレはため息をつくしかなかった。



チタルさんが本部にオレの休みの連絡を入れた後、昼過ぎになってライルが椛荘に来た。
今まで無遅刻無欠席だったオレを心配してくれたらしい。
・・・休みの理由を聴いた瞬間、なんともいえない苦笑いに変わっていたが。

「部屋に入るなり襲われたんだって? どこの御伽噺の世界だよ」
「・・・御伽噺でもそんなん聞いたことねぇよ」
「んん〜♪」

オレがため息ながら話をしている後ろで、なおも匂いを嗅ぎながら体をすらせてくる彼女。ええい、やめろ、反応するだろうが。

「・・・もしかして俺邪魔かな。話は今度にするか?」
「いや、もう少しいれくれ頼む。こいつが暴れると一人じゃ太刀打ちできない」
「2人でも無理だと想うぞ。ドラゴンゾンビが相手じゃあなぁ」

ライルが苦笑いを浮かべながら彼女の種族名を口にする。オレも思い出していた。

ドラゴンゾンビ。太古の昔、まだ旧魔王がこの世界を支配していた頃の竜の骸が、怨念と膨大な魔力によってこの世に蘇った竜。
ここドラゴニアにおいては竜の墓場付近で見つかることが多いと聞く。他で見つかることは非常に稀らしい。
禍々しい形の角に翼と鱗。血の気の無い肌。
ゾンビになってもドラゴンだった頃の力は健在で、襲われたらまず間違いなく逃げることは適わない。最後はそこで一生を過ごすことになるとか。

講義で聞いたときはこんな感じで聞かされていた。竜の墓場に近づかなければ会うことも無いから捕まることはないだろうとも聞いた。
・・・まさか自分が近づいてもいないのに、そんなヤツに捕まるとは露とも知らなかったが。

「それで、どうするのさ」

苦笑いを続けていたライルが真剣な顔になる。

「どうする、というと?」
「その娘だよ。パートナーにするの? しないの?」
「・・・?」

ライルの質問に背後の彼女から視線が来る。
オレはちらと彼女の顔を見ると下を向いた。

「・・・正直、どうするか迷ってる。竜騎士目指すにしたって、ドラゴンゾンビの竜騎士なんて聞いたことないし、目立つのもあんまりな。
かといって諦めて下働きするにしても、ドラゴニアでそんなの見つかるかどうか・・・最悪コイツ連れて流浪の旅かもな・・・。」

その答えを聞いてライルはほうっと、声を上げた。

「・・・? どうした?」
「いや、『この娘置いて逃げる』って選択肢は無いんだな、て思ってさ」

ちょっと安心した、とライルは言った。
・・・正直言えば、確かに考えなかったわけではない。だがドラゴンゾンビは疲れ知らずだ。ゾンビとなった彼女達はどこまでも獲物の気配を察知し、追い続ける。
この時点で逃げるなんて不可能なことだから、すぐにその考えは無しに至った。
それに。

「・・・竜の墓場からなのか、どっから来たのかわからないけど。ここまで来たやつを無下に置いていくわけにも行かないだろ。それに」
「・・・それに?」

その先を歯切れを悪くしながら答える。


「・・・その、や、やってしまったんなら、責任取るしかないだろ・・・男として」




「・・・・ブッ!! ハハハハハハッッッッ!!!」

オレの答えを聞いたライルは少し呆然とした。と、次に腹を抱えて大声で笑い始めた。
突然の行動にオレは驚き、背後の彼女もついでにビックリする。

「せ、責任ときたか! 男ときたか! トマ、それは・・・ブハハハ!!」
「な、なんだよ! 可笑しいか!?」
「いや、可笑しくないさ! ただお前がそんなこと言うキャラだったかと思うとギャップがすごくて・・・くくく」

ライルは涙が出るほど笑っている。ちくしょう。ただオレは親に教えられたことを反芻しただけなのに。確かにこっ恥ずかしい台詞ではあったが。

「ねぇオス。"せきにん"ってなに?」

と、背後の彼女が顔をオレの肩に乗せて聞いてくる。なんでこんなタイミングで聞いて来るんだ。

「うああ、それはな・・・」
「説明しようドラゴンちゃんよ! 責任というのはつまり惚れているということさ! つまりトマはドラゴンちゃんのことが大好きで離れたくないって言っているのさ!」
「んな訳ねぇだろ! ただオレはこうなった以上どんな言い訳してでも添い遂げなきゃいけないだろと思ってだな!?」
「それつまり夫婦になる気満々じゃないですか! つまり好きなんじゃないですか! でなきゃそんな台詞でてこねぇよ!!?」
「だからそういう意味で言ったわけじゃなくて!!」

「ねぇねぇ」

ニマニマ顔のライルとおそらく真っ赤になっているオレが口論する姿を見て、彼女がオレの方を見て口を開く。

「オスはわたしのこと、すきなの?」
「いやだから、好きとか嫌いとか、そういう問題じゃなくて・・・」
「わたしはオスのこと、すきだよ?」
「・・・ッ!!」

「オスのニオイ、かいでいるとあったかいし、こうしてさわっていると、ぽかぽかするし、いっしょになったときだって、ずっとこうしていたいって、おもったよ?」

そう言ってまた無邪気な笑みを浮かべる彼女。
・・・なんだこいつ。オレ以上にこっ恥ずかしい台詞淡々と言ってないか?
対するライルは。

「お、おおお・・・な、なんという破壊力・・・レニアにも言われたことないぞ・・・」

クリティカルヒットしたらしい。なんか床に海老反りになって悶絶してる。




「・・・うん、まぁ、冗談はここまでとして」

ライルは体制を治す。というか今の冗談のつもりだったのか。

「まぁ、この娘をどうするかはトマに任せるよ。たとえ竜騎士を辞めることになっても俺は何も言わないし攻める気もない」
「・・・いいのか?」
「元々俺が無理やり連れてきたようなものだし。こればかりは後悔の無い様に選ぶべきだからさ」

そういって今回何度目か分からない苦笑を浮かべるライル。
・・・と、その時外から鐘の音が鳴った。町のほうから鳴っているようだ。
その音を聞くとライルが血相を変える。

「やっべ、そろそろ昼休憩終わりだ! 教官に怒られる!」

そう言って慌しく立ち上がって部屋の扉を開けると。

「それじゃ、元気になったらまた!」

そう言って部屋を出て行った。












「・・・教官ってことは午後は戦闘訓練か。あの人時間に厳しかったような」

今からだと絶対間に合わないだろうなぁ。というかそんな時間を縫って会いに来たのかアイツ。会おうと思えば講義終わった後でもいいだろうに。
なんというかそういうとこは律儀というか。

「ねぇオスー」

背後の彼女の声。

「はいはいなんでしょう・・・というか、オレはオスじゃなくて」

そう言って傍と気がつく。

「そういえば・・・お前なんていうんだ?」
「う?」
「名前だ名前。お前って言うわけにもいかないだろ」

竜騎士を目指すか諦めるか。どちらにしても、これからおそらく長く過ごしていくだろうから、知っておくに越したことだと思ったのだが。

「なまえ?」

彼女は質問の意味が分からないという風に首を傾げた。

「ひょっとしてお前、分からないのか? もしくは・・・無いのか?」
「んー・・・わかんないや。ずっとひとりだったし」

彼女はあっけらかんと、そう言った。

「一人って、親とか、いなかったのか?」
「いなかった。もうずうっとひとりだったから。おぼえてない」
「・・・そうか。悪かった」

抱きついている彼女に詫びを入れる。
しかしそうなると厄介だ。

「参ったなぁ・・・名付けなんてやったこと無いぞ」

犬や猫なら大体思いつくものだが、ドラゴンか・・・どういう名前がポピュラーなんだ?
うんうん頭を悩ましていると、不意に本棚に目が行く。
本棚に入っている背表紙の本、2冊。

エルフ達の見分け方―――著 とある放浪の魔物学者
インダストリア―――著 ニーシャ:バラグーダ

「エルフ・・・ニーシャ・・・」

そう呟いた後、彼女の方を振り向く。

「エルフィニーシャ。で、どうだ?」
「える、ふぃ、にーしゃ?」
「ああ、そうだ・・・ああ、でも長いな・・・じゃあ短くしてエルフィ、でどうだ?」
「エルフィニーシャ・・・エルフィ!」

その名前をいくらか反芻した後、彼女の顔がぱあっと明るくなった。

「エルフィ! わたしのなまえ! エルフィニーシャ!」

自分の名前をこれでもかというほど嬉しそうな声で口にする。どうやら気に入ってもらえたようだ。

「ありがと、オス・・・あっ」

嬉しさを撒きながら俺に強く抱きつこうとした彼女―――エルフィが、思い出したかのようにその動きを停止させる。

「ん・・・ああ、そうだな。オレの名前言ってなかったっけ」

オレはそこでエルフィと向き合う形で座りなおし、一泊おいて右手を差し出す。

「トマ・ヤシロだ。これからよろしく頼む、エルフィ」
「とーうま、やしろ・・・トーマ! うん! よろしく! トーマ!」
「・・・。」

伸ばすのはいらないんだがな。
そう言ってオレ達は握手を交わすのだった。














「ところでエルフィ。さっきオレ呼んでたよな。なんか用か・・・あ?」
「んん♪」

オレがそう聞くと急にエルフィはオレに抱きついてくる。・・・というか勢いをつけて抱きついてきたので、オレが押し倒される。
・・・って待て。

「お、おい?」
「ふはぁ・・・♪」

エルフィが笑みを浮かべている。・・・さっきまでの無邪気な顔ではない。獲物を見る眼で。

「トーマ・・・もうわたし、ずっとかいでいたから、がまんできなぃいい・・・♥」
「!!?」

あれ、これなんてデジャヴ?
てかちょっと待て。昨日の今日だぞ。今のオレ病み上がりというかそんな体力持たないというか下手したら明日も休まなくちゃいけないというか。

「待てエルフィ! 落ち着け! 落ち着いて話を!・・・んむ!?」

エルフィのほうから口づけをされ、そして何かがオレに流し込まれる。
そこでオレは・・・意識を失った。

17/05/05 00:16更新 / キンロク
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■作者メッセージ
GWだからって浮かれて時間過ごしていたらもう10日以上も経っていたよ! ゆっくりした結果がこれだよ!
そしてこの先展開を考えてないよ! 白紙だよ! どうしよう!(白目

か、完結は・・・どんな形でもいいから完結だけはするんじゃああ・・・(目標

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