連載小説
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大妖怪による逢引手段
夢を見た。
私の目の前に、こちらに背を向けた二人の人間が佇んでいる。黒髪と茶髪の男。どちらも子供。

「なぁ」

私から見て右の方、茶髪の男の子の方から声。

「なんでこんなことになっちゃったんだ? なんで俺はこれを見なくちゃいけないんだよ?」

声はひどく震えた声。それは子供ながらあふれ出る何かを必死で抑えようとする声。

「・・・。」

黒い髪の男の子はそれに対し、沈黙を続ける。

「なぁ、教えてくれよ――――トマ。」

・・・トマ。
私の知る名前が聞こえた。

「僕の方こそ教えてよ」

黒髪の男が長い沈黙のあと、ポツリと口を開いた。

「僕だけで、あんな状況で何が出来たって言うの? どう動いても、遅かれ早かれ、助からなかったよ」
「お前ッ!!」

黒髪の冷めた声に茶髪が黒髪の胸倉を掴む。その顔は強張っていた。目に怒りが、憎しみのようなものが宿った目。
私は目を見開く。その顔は見覚えがある。だが、その顔でそんな目を見るのは初めてだった。
そして、黒髪の男のこの顔を見て、またも見開く。

「どうすれば良かったの? 教えてよライル。僕は・・・僕は・・・」

黒髪の男の子の顔は、怒りと悲しみがぐちゃぐちゃに混ざった、割り切れない表情をしていた。
まるで責められたがっているように。誰かに非難されたがっているように。

「ッ・・・トマ・・・」

茶髪の男の子はその顔を見て、手に入る力を緩め、黒髪の男の子の肩を強く抱いた。
黒髪の男の子はうわごとのように、どうすれば、と呟き続ける。

その光景に、私は胸が締めつけられる。
二人の子供の目の前には、新しく盛られた土。その上に綺麗な花が添えられていた。

そして、視界が暗転する。



















「う・・・」

暗い意識の中から眼を覚ます。
目の前に映る部屋の天井。―――今日も朝が来た。
ゆっくりと上体を起こす・・と、その前に横のやつを起こさないと。

「・・・おーい」
「む、うう・・?」

エルフィの頬を指でつつく。
ふにっ、と指が沈む感触とともに、エルフィの片目がうっすらと開かれる。

「うー・・・とー、ま?」
「朝だ、腕から離れろエルフィ。ご飯作るから」
「うー、分かった・・・」

そう言ってエルフィは寝ぼけ眼で名残惜しそうな表情をしながら、しぶしぶとオレの腕を開放した。

「ん、いい子いい子」

オレはその開放された腕の手でエルフィの頭をなでた。

「!、〜♪」

オレの行動にエルフィは笑って答えるのだった。








「おいしい! これなに!?」
「・・・。」

オレの作った朝食にほおばり、眼を輝かせるエルフィ。
・・・それをおいしそうに食うやつなんて初めて見た。オレ以外の皆は酸っぱすぎて苦手だと口々に言うのに。

「・・・沢庵の漬物(自作)。今度作り方教えるよ」
「うん!」

エルフィは力強く首を縦に振ると、また目の前のご飯にガツガツと食らいつくのだった。まだ箸を握る手が不安なせいか具が口の周りについている。
・・・まぁ箸での食べ方は慣れないと難しいよな。オレもそうだったし。
そんな姿を見て苦笑を浮かべながら、オレも朝食を食べ続ける。

エルフィがここに来てから、5日が経った。
最初はドラゴンゾンビということもあって色々と『そっち』方面で頭を悩ますことも多かったが、一緒に過ごしているうちにエルフィとの生活に慣れていった。
どちらかというとエルフィがオレの生活に慣れていったような気がしなくも無いが、最初に比べるとそういう行為も減ったし、今はこうして2人で何事も無く朝食をありつけるまでに成長した。

っとそうだ、一つエルフィに話があったんだった。オレは箸の持つ手を止める。

「ところでエルフィ、ちょっとお話があるのですが」
「ヤダッ」

・・・まだ何も言ってないのですが。

「エルフィ」
「一緒じゃなきゃヤダ! 昨日も言った!」

エルフィは食べるスピードはそのままに、オレに対して険しい表情で反論してくる。せめて食うのか怒るのかどっちかにしてくれないものか。
オレはため息を吐いた。



この五日間、エルフィと部屋で一緒だったオレであった。関係も良好だし、それは別に問題ない。ないのだが。
五日間、エルフィと部屋で一緒。・・・つまり部屋から一歩も出ていない。

いや、体調が悪いというわけではない、どちらかというといい方なのだが・・・エルフィが部屋から出させてくれない。
体調が良くなったその日に本部に顔を出そうとし、エルフィを連れて行くわけにもいかないので留守番を任せようとしたのが不味かった。

『一人はやだぁ!!』

エルフィはそう叫びながらオレを羽交い絞めにし、そのまま脱出も叶わず一日を過ごしたのだ。

エルフィはオレと物理的に離れることを嫌がる。今朝食を食べているこの時間でさえ、オレの右足首に尻尾が巻かれている。
それからずっとこの調子で、オレはエルフィと引きこもり生活を送っている。おかげでこの五日間、外の様子をまるで知らない。
まぁ、本部への出欠に関してはチタルさん夫妻が融通を利かせているらしく、そこまで心配しなくていいらしいが。

「・・・とはいえなぁ」

オレはちらと台所の冷蔵庫の方を見る。朝食を作るときに見たが、もう残りの食材が少なくなっていた。
五日前に買出ししたとはいえ、それはオレだけ―――1人暮らしの分の量だ。今は2人で過ごしているため、消費量も2倍に膨れ上がっている。
何とか今までケチりながらやり繰りしていたが、このままだと明日の朝の分が無くなる。買出ししなければひもじい食事になること必須。

それに買い物の他に寄るところもあったのだが。

「だからって連れて行くのも・・・」
「何か問題があるのかい?」
「いや問題ありまくりですって・・・!?」

自然に受け答えをして違和感を感じ、バッと隣の声のするほうを見る。

「ん、この沢庵、塩気強いぞ、もう2日漬けたらよかったんじゃないか?」
「・・・だからその登場止めて下さいって」
「あ、チタルー! それトーマの! 悪い子!」
「まーまー2人とも細かいこと気になさんな、お、エルフィのそれうまそうだな」
「ああ、それ私のー! ダメー!!」

そう言ってじわじわとエルフィの朝飯を漁ってくるチタル。エルフィも何とかして防御するもチタルの箸にはエルフィの分の皿にあった玉子焼きが。
なんというか・・・二人ともこの5日間でよく仲良くなったものだ。喜ばしいことではあるが。

「それより、なんで一緒に行こうって考えないのさ。その方が手っ取り早いだろうに」

エルフィの朝食を奪い返そうとする動きを見事にかわしながら、チタルがオレの独り言に質問をしてくる。

「・・・目立つのは嫌なんですよ。苦手ですし」
「ドラゴンゾンビ連れている時点でそのうち目立つとは思うけどね」

チタルが箸に持つ玉子焼きを口に放り込み、エルフィの項垂れる光景を眺めながらオレにごもっともな意見を述べてくる・・・まぁ、どの道そうなっちゃうんだよな。

ドラゴンキラー。竜の心を救った者の称号。
ここドラゴニアにおいてはドラゴンゾンビと寄り添い、幸せな家庭を築いた男に送られ、その男は英雄に等しいのだとか。
だからエルフィと町を歩くようなことが起きれば、そういう称号、それに近しい扱いを受けられるだろう。

そんなの、出来れば勘弁願いたい・・・オレはその為にここへ来たわけじゃないのに。

「はぁ・・・」
「・・・トーマ?」

オレのため息を聞いて心配そうな声を出すエルフィ。
顔の方も向けてみれば、いつのまにかエルフィは項垂れた顔を止め、こちらの顔をうかがっていた。赤い眼が心なしか揺らいでいるように見える。
気のせいかもしれないが、それはまるで悪いことをした子供のように。申し訳ないと、言葉に出来ずに言っているようにも見えて。

・・・その不安げな顔は、少し懐かしさも感じた。

「・・・あーもう」
「あう!? と、トーマ?」

オレは左手に持った箸を茶碗の上に置き、その手でエルフィの髪をわしゃわしゃと撫でる。

「ンな顔するな。責任とるって言ったろ」
「ん・・・」

その声はエルフィに、そしてオレに向けての声であった。
エルフィは髪に置かれたオレの手に自分の両手を沿え、眼を閉じてオレに応じた。

「・・・襲われた方なのに責任と来たかい。マー坊、意外に懐が深いんだねェ」

やり取りと見ていたチタルがニヤニヤ笑いを浮かべる。

「とはいえ、どうするんだィ? その娘どうするかも決めてないんでしょ?」
「とりあえず、まず外に出て情報を集めたいです。エルフィのこともそうだし、今後の生活についても」
「つっても、この子と一緒じゃなきゃ満足に外に出られないみたいだけど」
「う、それは・・・」

まぁ、確かにそうである。逃げないと決めたとはいえ、目立つのはやっぱり避けたい。
騎士団に知られるのはしょうがないとしても、せめて町では買出しが満足に出来るぐらいには目立たずに出来ないものか。

「ん・・・しょうがないねぇ、ここは一つお姉さんの力を貸しますか」
「えっ?」

チタルは皿の上にあった沢庵を全部食べ終わると一言そういった。
力を貸す? どういうことだ?
オレの疑問にチタルがジト目を向ける。

「マー坊? あたしが何の魔物娘か忘れたのかい?」









「まいどね〜マーちゃん〜。また来てね〜」
「・・・。」

雲上地区にある行きつけの食材屋のおばちゃんに手を振られながら、買い物を続けるオレ。
食材屋から見えない位置まで来ると、周りに誰もいないことを確認し、オレは"隣の奴に声を掛ける"。

「はぁ・・・肝が冷えるな・・・」
「大丈夫トーマ? これ食べる?」

隣の奴・・・毛布を羽織ったエルフィが何かを差し出してくる。その手に持つは魔界葡萄。

「おい待てエルフィ。こんなの買った覚えないぞ。どこからくすねてきた?」
「ん〜さっきのお店でなんかおいしそうだったから?」
「・・・。」

コイツには常識も教えないといけないなと決心するオレであった。



オレとエルフィが椛荘を発つ前、チタルさんはエルフィにオレの毛布を羽織らせた。

「それに気配を捕らえにくくする呪(まじな)いをかけたよ。これで少なくともドラゴンゾンビの気配は消せたんじゃないかな」
と、本人は語る。

オレは半信半疑で街中を歩いてみたが、その効果は確かにあったようだ。
街中を歩く人間や魔物娘はエルフィの存在に気がついていないようだし、気づいたとしても一目でドラゴンゾンビだと分かるような反応は見られなかった。
先ほどのおばちゃんには気配を感じてはいなかったようだし、他の店でもほぼ同様な感触をしていた。

「さすがはジパング有数の大妖怪と言われるだけのことはある・・・自分の能力を譲渡するのもお手の物ってか」

改めてチタルの―――ぬらりひょんの力を実感し、こんなことなら最初から頼ればよかったなぁと項垂れるオレ。
そんなオレの様子を尻目に、オレの手を掴みながら街中を珍しいものを見るかのようにきょろきょろと眺めているエルフィ。

「!、ねぇトーマ! あれ何?」
「うん? ああ、移動式屋台か。そういえばこの前騎士団が魔界虫の一斉討伐を行っていたっけ・・・」
「ふーん・・・!、あれは?」
「アクセサリー店か? ここだと初めて見るな。品揃えは・・・普通そうだな」

と二人で雲上地区を練り歩いていく。
たまに先ほどと同じく気配が薄いことをいい様に何かをくすねそうになることもしばしばあったが、それ以外は特に大きな問題も無く買い物を終わらせていった。

「さて」

一通り買い物を終わらせたころにはもう日が真ん中をさしているところだった。

「ちょうどいいな、どこかで飯にするか」
「!、ご飯!どこで食べる!?」

オレが飯という言葉を発するとエルフィの顔がパアァッと輝く。

「そうだな。どっか適当な店にでも・・・」
「!、私あの店からいいニオイする!」

エルフィは一軒の店を指差す。

「・・・『ラブライド』、か」

ラブライド。ドラゴニア皇国においてそれなりに出店数が多い魔界料理のチェーン店。ここはその本店。
確か先代騎士団団長が人間の男と結婚した際に開いた店だと聞いている。
雲上地区にあることは知ってはいたが、オレも入るのは初めてだ。

「速く行こトーマ! いいニオイがするよ!」
「ってまておい! 勝手に一人で突っ走るな!」

オレが止める暇も無くラブライドの店の扉に手をかけるエルフィ。
と同時に、その扉が内側から開かれた。

「痛っ!!」

その開かれた扉に思い切り額を打ち付け、その場で崩れ落ちるエルフィ。

「あーも、一人で走るなっての」
「うう〜・・・」
「全く・・・すみません、大丈夫ですか?」

オレは扉を開けてきた方に謝る。
そいつは全身に色あせたローブをかけていた。頭の方もフードが深くかぶさっており、顔は見えないが人間の様だった。

「ああ、すまない。そっちのお嬢さんも怪我は・・・」

ローブの人間・・・声からするに男か。そいつはエルフィに向けて手を差し出そうとし・・・一瞬固まる。
そのまま伸ばそうとした手をローブの中にサッと隠した。

「・・・?」
「・・・すまない。急いでいるのでこれで」

ローブの男は軽く会釈をすると足早にどこかへと早歩きで去ってしまった。

「なんだ、あいつ・・・?」
「うう〜痛いよトーマ・・・」
「ああもう、ほれ、引き上げるぞ、怪我、中入ったら見てやるから」

オレはエルフィを引き起こし、ラブライドへと入っていった。




17/06/09 23:50更新 / キンロク
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■作者メッセージ
前回からどれくらい経ったんだろうな・・・え? 一ヶ月以上? 嘘で以下略。

本作品の今後の方針やらTRPGのシナリオ作りやらもう一つの魔物娘小説(書きかけ)を書いていたりやらしていたら更新がこんなに遅れてしまいました。申し訳ございません。
とりあえず方針は定まったのでこれから書くペースを上げられるようにしていきます。
(なお更新自体が速くなるとは言っていない模様)

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