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ワンワンさんとニャンニャンする一日
「ワンワンさんとニャンニャンする一日」

 ふと、目が覚める。何が原因となったのかは分からないが、意識は深い眠りから浮上し、閉じた瞳の向こう側に朝の日射しが室内を明るく照らしているのを感じる。
 そのまま目蓋を閉じ続けていれば再び意識を眠りの中に落とせるかと思い、じっと瞳を閉じ続けるが意思に反し思考が冴え渡り始めた事に気付く。惰眠を貪る事を諦め、そっと目蓋を開いた。
 見慣れた木造の天井と壁。足側にある窓のカーテンの隙間から一条の光が射し込み、天井にラインを描いている。床側に引かれた光のラインは、カーテンの隙間から真直ぐ床を這い、ちょうど俺の顔の位置まで伸びていた。
 道理で眩しかった訳だ。と一人納得し、視線を俺の胸に上半身を預ける体勢でうつ伏せに眠っているワーウルフに移す。何も身に着けていないため触れ合っている個所から直に彼女の体温が感じられる。こちらからだと灰色に黒のメッシュが入った様な模様の彼女の髪の毛しか見えない。
 頭に生えた狼の耳が外の物音に反応していない事に彼女が未だ深い眠りの中にあることを確認した。
 彼女に圧し掛かられているため動くに動けず、どうしようかと思案する。しかし直接肌に伝わってくる彼女の深く穏やかな寝息を感じていると妙に心地よく、起き上がろうとする事がどうでも良くなってしまい、彼女の頭にそっと右手を伸ばす。柔らかな髪の毛に触れ、頭の天辺付近から耳の側に手を滑らせた。若干寝癖が付き跳ねている髪の毛を倒しながら髪の末端まで到達する。
 ショートの髪の毛はあっという間に根元から毛先まで撫でる事ができ、何度も手を往復させ彼女の頭を撫でる。滑らかな手触りと指先に感じる彼女の体温に心が満たされて行く。
 二度、三度と手を往復させると彼女の耳がピクリと動いた。

あぁ起こしてしまったか。

 眠りに就くにはいささか冴えすぎた思考に僅かな後悔が生まれる。
 頭を撫でていた手を止め、外で鳥がさえずる度に反応を見せる彼女の耳を右手の人差指と親指の間に挟み、優しく擦り合わせる。髪と同じ色の、耳を覆う短い毛の下にある軟骨の手触りと温度を楽しんでいると、彼女が深く息を吸い鼻から吐き出す。ひどく満足気な様子で深呼吸を終えると彼女の左手が俺の股間に進み、固くそそり立つ陰茎を優しく握る。柔らかい肉球が陰茎の形に合わせ、ひしゃげたのを感じた。左手の人差指と親指で作った輪で陰茎の根元を締める様に握る。それに加え、やわやわと指を蠢かせてくるので穏やかな快感が断続的に走る。

「おはよ」

 彼女が顔を上げ、眠たげな瞳をこちらに向けた。その瞳は茶色だが、明るい所で見ると金色に輝いている様に見える。真っ白とはいかないまでも、毎日外を駆け回っているにしては焼けてない肌。滑らかな曲線でその存在を主張する鼻と微笑を浮かべる唇。ワ―ウルフと言う種族である事を差し置いても、彼女に最初に抱く印象は快活な人。であるだろう。
 事実、彼女はその健脚で山を走り回るのが好きだし、その様子は飛び跳ねる様だと表現するのが正しい様に思う。

「はよ」

 彼女の柔らかな髪の毛を指で梳りながら短く返答する。

「昨日あんなにシたのにカチカチだね。足りなかった?」

 シ、の音にアクセントを置きながら彼女が嬉しそうに俺に問う。眠たげな眼差しの中に期待感を隠そうともせずに上目遣いに俺を見つめた。

「いや。生理現象だから。分かっててそんな嬉しそうに聞かないでよ」
「でもこんなに固くしてたらほっとけないじゃない」

 そう言いながら期待を孕んだ嬉しそうな表情をそのままに、掌の肉球を陰茎に擦りつける様に上下に動かし始める。指のそれぞれの部位にある肉球が行ったり来たりする度に形を変え、射精に至らないまでも与えられる快感に下半身に力が入り、腰が勝手に動きそうになる。

「エルザ、待て、待て」
「わふぅ」

 だんだんとストロークが早くなり、緩やかに快楽を与えるための動きから、射精させるための激しい動きへと変わり始めた彼女の手淫を止めるため、咄嗟にストップをかける。彼女は残念そうな表情を浮かべ、手淫を止めた。
 俺自身、若干残念であると思う。しかしこのままベッドの中で一日を終わらすのを勿体無いと思っているのも事実である。
 というのも、最近休日の度に雨が降り二人で外出する機会が無かったため、今日こそは二人で外出しようと思っていたからだ。

「とりあえずベッドから出ない?朝ごはん何食べたい?」
「肉!こないだ買ったハムが食べたい!」

 彼女の言っているハムが最近買った大きな骨付きのハムの事を言っている事に気が付いた。なんせそのハムは俺の太ももよりも太く、作る過程で使用されたハーブや塩の風味が周囲に発散され、近くにいるだけで唾が湧いてくる。種族的な嗜好として食事に常に肉を求める彼女で無くとも食欲を刺激される逸品だ。
 彼女に喜んでもらうためにへそくりを貯めて値の張る物を買って正解だったな、と心の中でほくそ笑む。

「じゃあ顔を洗おうか」
「うん!」

 彼女は朝食に気を逸らされたのか、つい先ほどまでの淫靡な雰囲気を全く感じさせない様子で布団を跳ね除け勢い良く起き上がり、ガウンを身に纏って洗面所まで小走りで向かった。
 それに続き俺は、彼女に刺激され勢い良く立ち上がった陰茎を宥めつつベッドから立ち上がった。

―――

 台所の竈に火をつけ終え洗面所に付くと彼女は顔を洗い終え、既に歯を磨き始めていた。その横に立ち俺も歯ブラシを手に取り歯を磨き始める。シャコシャコと歯ブラシの毛先が口内に擦れる音が静かな洗面所に響く。自身の歯を磨き始めて直ぐに彼女が洗面台に自身の口の中に溜まった物を吐き出した。

「ふぁんとふぃふぁいたのふぁ?」

 ちゃんと磨いたのか?歯ブラシのせいできちんと発音できないが彼女はきちんと意味を汲み取った様だ。

「磨いたもん」

 彼女はそう言いながら、あんぐりと口をこちらに向けて開け、己の口内が清潔であると主張する。俺としては、彼女の口内が多少汚れていようと口付ける事に抵抗は無いが、彼女が虫歯で苦しむ事は避けたい。
 なんせ彼女は適当で大雑把だ。加えて魔物であるため多少の事は健康に関係ないため頓着しない。人間の感覚でのお節介だが彼女は満更嫌でも無いらしく付き合ってくれている。

「ふぉれ」

 どれ。と言ったつもりが歯ブラシを咥えたままではきちんと発音できない事にじれったさを感じ、自身の口内の物を洗面台に吐きだし、歯ブラシを一旦置いて、彼女の歯ブラシを受け取り彼女の口内をじっと観察する。

「奥の方とかちゃんと磨いたか?」

 そう言いながら彼女の奥歯に歯ブラシを当て小刻みに擦る。歯磨きっていうのは歯全体を磨くんじゃなくて歯を一本一本磨くのが大事なのよ。と言っていた医者の言葉を思い出し、丁寧に磨く。
 もっとも、この医者はサキュバスであるため、医者であったとはいえ何らかのプレイで利用され、磨き上げられた技術である事は想像に難くない。
 自身の口内を好き放題されているというのに彼女は目蓋を閉じ、されるがままに大人しくしているのが普段の落ち着きない様子とのギャップから何とも可愛らしい。シャカシャカと歯ブラシと彼女の歯が擦れる音だけが鳴る。上下左右の奥歯を磨き終えそのまま手前側に向かって順に磨いてゆく。磨く対象が鋭くとがった犬歯に到達すると一層気を引き締めた。人間の犬歯と似ているが、より鋭く頑丈な彼女の犬歯に歯ブラシを当て奥歯と同じ様に磨く。奥歯と同じく上下左右を磨き終えると、自身の歯を磨いた時とは異なる達成感を感じ、喜びが胸に満ちた。

「これでお終い」
「ふぅ」

 彼女の口内を十分に磨き終えたと感じ自分の歯磨きを再開する。
 その間に彼女はブラシを手に取り、髪の毛を梳かし始めた。
 自身の歯を磨きながら、彼女の髪を何の抵抗も無く通過してゆくブラシを見るのは妙に心が躍った。
 自分の口内をさっとブラシで擦り、口の中を濯ぎ俺もブラシを手に取ると彼女の後ろに回り込み椅子に腰かける。視線を下に落とすとゆらゆらと左右に揺れる尻尾が見えた。何も躊躇せずに根元辺りを左手で優しく握り、握った位置から尻尾の先までブラシを通す。
 握った左手からは、冬毛が生え始めボリュームを増した尻尾の感触が伝わってくる。正直いくら触っていても弄り足りないのだが、それでは何時まで経ってもブラシ掛けが終わらない。柔らかな尻尾の毛を両手でワシャワシャとこねくり回したくなる気持ちをグッと堪え、尻尾に付いた寝癖を梳かしてゆく。寝癖が付いているにも関わらず、少ない抵抗でブラシは毛を通過し、スッと尻尾の先から抜ける。
 手触りの良い尻尾の感触を楽しみつつ数度ブラシを通し、毛並みも整ったところで手を止めブラシを棚に戻す。

「終わったよ」
「んっ」

 彼女が自分の髪を梳かすのに使っていたブラシを俺に差し出し、にっこりとほほ笑む。それを受け取ると後ろから彼女の髪の毛にブラシを通す。自分の手で整えたにも関わらず、彼女は俺に髪の毛を梳かすように要求してくる。
 二度手間ではないか。と思った事は一度では無い。しかし鏡に映った彼女のひどく満足気な表情と、パタパタと足に当たる尻尾を見ると断ろうと思えるはずがない。今日に至っては余程気分がいいのか鼻歌まで聞こえてきた。
 尻尾と同じく素晴らしい艶と柔らかな感触の彼女の髪を何度も梳る。性交でもたらされる物とは異なる幸福感や充実感が胸に満ちる。
 鳥のさえずりと窓から差し込む朝の日射しが穏やかで清潔な朝の雰囲気を室内に満たしていた。
 幾度か彼女の頭を撫でつけ、ブラシを置く。

「どう?」
「うん。朝ごはん食べよ」

 そう言うと彼女が鏡越しに俺に微笑む。スッと勢い良く立ち上がり、スリッパを鳴らしながらダイニングに駆けて行った。じっと大人しくしていた、と思えば次の瞬間には走り出す彼女の良く言えば活発な、悪く言えば落ち着きの無い所は見ていて飽きない。むしろそれに付き合って二人でバタバタと過ごす日々に喜びすら感じている。
 彼女の後を追いダイニングに着くと、食器棚から皿やコップを取りだしていた。
 いくら落ち着きないとは言え、食器を落として割ってしまうほどおっちょこちょいな訳ではない。これでも一応は、俺が家にいない間の家事を任せているのだ。

「じゃあシェフ、お願いします」
「うぃ」

 食器をテーブルに広げ、椅子に座った彼女がおどける。それに答えるとエプロンを身に着け、棚に吊るしてあったハムの塊と包丁を手に取る。見事な大きさ、と表現したくなるほど大きなハムに包丁を突き入れ、指二本分ほどの厚さに切り取る。熱してあったフライパンの上に置くと、ジュッ、と音を立て良い香りを放ちだした。同様に何枚か切り取り、フライパンの上に運ぶ。油の跳ねる音とハムの焼ける音が勢いを増し、香りと共に食欲を掻き立てる。
 ハムに火が通る間に生野菜を洗い、適当に切り分け皿に盛り付けた。彼女はその間ずっとナイフとフォークを握りしめ、穴のあくほどフライパンを眺めている。待ちきれない様子で漂う香りを何度も吸いこみ、尻尾を勢いよく振っていた。
 おおよそ良い焼き加減になったと目星を着けフライパンを火から上げる。

「熱いからな、やけどするぞ」

 フライパンをテーブルの方に運び直接皿に盛り付けると彼女が目を輝かせ、食い入るように焼きあがったハムを見つめた。自分の皿にも盛り付け、エプロンを脱ぎ、彼女と向かい合わせにテーブルに着く。

「いただきます」

 二人同時に言い、皿にナイフとフォークを運ぶ。ナイフで焼きあがったハムを押え、サッとナイフを引くと面白いように刃が通り、一口大の破片と大きな塊に切り分けられる。彼女は、と言うとナイフで切り分けずに二つに折りたたんだハムをフォークで刺し、そのまま噛り付いていた。
 嬉しそうにハムを噛みちぎり咀嚼する彼女は微笑ましいが、とても余所では見せられないテーブルマナーに苦笑が漏れる。
 彼女は、最初にフォークで付き刺したハムを平らげるとすぐさま次の一枚に手を付けた

「ねぇ、ジェロム、ンッ…」

 珍しく小さく切り分けたかと思うと、短冊状になったハムの片端を咥え、僅かに椅子から立ち上がりこちらに顔を突き出してくる。目を瞑り、口に物を咥えているにも関わらず、笑みが見て取れる。俺に対して餌付けしようとしているのになぜか、親鳥に餌を強請る雛鳥を連想し、不覚にも出会った当初の頃の様に胸が高鳴った。
 しかし彼女と暮らし始めてからこんなのは日常茶飯事であるため迷わず顔を寄せる。重力に従い口元から放物線を描いているハムの片端を口に含み、咀嚼しながら近づいてゆく。目を閉じ視覚以外の間隔を頼りに距離を詰める。段々と焼かれた肉の香りより彼女の香りの方が強くなる。ツン、と唇同士が触れ合うと彼女の方から舌を挿しこんで来た。噛み砕かれ、半ばドロドロになったハムを俺の口の中から根こそぎ奪い取ろうと、歯茎に沿い、舌を舐り、口内を蹂躙し始める。

「ンッ…チュ…」

 彼女の舌の動きに合わせ、侵入してきた舌を舐り返す。粘着質な音を何度か響かせた後、やがて満足したのか舌を引っ込め顔を離した。
 瞳を潤ませ、頬に朱を差しながら嬉しそうにこちらを見つめ、俺の口内から奪い去っていったものを飲み下す。

「ふふっ、おいし」

 熱の籠もった瞳でじっと見つめられ、瞬時に体温が上昇した。
 爽やかな日射しに満たされた室内にそぐわない、ひどく厭らしい雰囲気が互いの間に満ちる。澄んだ雰囲気を孕んだ朝の空気が一瞬にしてピンク色に濁り、肌に纏わり付く様な粘度を持ち始めた様に感じられた。

「なあ…その…今日はどこか出かけない?」

 何時彼女に押し倒されてもおかしくない空気を払拭すべく唐突に今後の予定について口にした。
 どこか、という表現を用いたが、実は彼女と行きたい所は既に決まっている。後は彼女の了承を得て連れ出すだけだ。

「どこ?」
「山」
「お昼は?」
「持ってって現地で」

 短い問答の後、彼女は白い歯をにかっと見せ

「いいよ!お散歩行こうよ!」

 と先ほどまでの空気を自ら消し去り、徐々に顔が離れ椅子に戻る。

「早く食べちゃおうよ。すぐ暗くなっちゃう」

 尻尾をテーブルの陰から見え隠れするほど激しく振りながら、勢い良く皿の上の朝食を口の中に収め始める。
 自分の口車に乗ってくれた事に安心しつつ、自分の朝食に手を伸ばした。

―――

 朝食を食べ終えると、食器を片付け、今日の昼食の準備を始める。と言っても川魚の塩漬けと野菜をパンに挟み、バスケットに放り込んだだけの簡素な物ですぐに準備を終えた。
 手早く着替え終えると、玄関に行き、室内履きのスリッパから山歩き用の頑丈な革靴に履き替える。
 長袖、長ズボンの肌を露出しない上に地味な格好の俺と対照的に、彼女はホットパンツと臍が出るほど丈の短い半そでのシャツを身に着けただけの恰好で横に並ぶ。
 真冬以外ほとんどこれに近い格好の彼女が心配になり、せめて上着ぐらい羽織ればと提案した事があったが

「暑い、動き難い、鬱陶しい」

 と一蹴されてしまった。事実、彼女は俺と出会うまで、この状態で山の中で暮らしていた事と流石に冬は厚着になることから無理をしているのでは無いのだろうと結論付け、それ以上の強制はしなかった。毛皮があるだけでそれほどまでに体感温度が変わるのだろうか。

「またあたしに上着着せようとか考えてるんでしょ?そんなに見苦しい?」

 彼女が足に紐を巻きつけ固定するタイプのサンダルを身に着けている間、思いを巡らしていると、こちらの視線に気付き、むくれながら見返される。

「それとも…」

 半ば睨んでいるのに近い視線から、悪戯を思いついた子供の様な笑みに表情を変え

「見えない方が興奮する?」

 とシャツの裾を鋭い爪の先で挟み、胸の頂点が露わになるかならないかのぎりぎりでヒラヒラと上下に動かした。
 肉付きの薄い彼女の肋骨が浮いた脇腹と、形のいい彼女の胸がちらりと目に入り、どきりと心臓が高鳴る。

「寒くないか心配してんだって」
「わふぅ」

 彼女の頭にポンと手を置いて窘めると、尻尾をパタパタと振っていた。注意したつもりなのに喜ばれるとは。

「じゃ、行こうか」
「わふ」

 すっかり準備が整い、明かり取りの窓から心地よい日光が差し込む木製のドアを開き外に踏み出した。

―――

 夏の出来事が最早思い出の一ページに変わりつつある中、初秋の空気は夏の暑苦しさと湿気を脱ぎ捨て、特有の乾燥し澄んだ心地良いものになっていた。特に今日は、日の出から大地を照らし続ける太陽が優しく空気を温め続け、外で過ごすにはこの上無い気温を保っている。
 家を出て、村の石畳の道を普段仕事場にしている山に向かって歩き続ける。人通りの多い店屋が立ち並ぶ通りを抜け村の門をくぐると、さながら金糸を敷き詰めた絨毯の様な一面の小麦畑が目に飛び込んでくる。風が吹く度に黄金の波がうねるのを見て、都会から来た者にはそれなりに感慨深いらしいが、幼少から慣れ親しみ特に何も思うところの無くなってしまった風景が広がる。
 厳密には何も感じていない訳では無いが、今年も冬の間の貯えが持ちそうだなぁ、とか、今年はどれくらいの値が付くんだろうなぁ、等の色気の無い考えに行きついてしまう。
 どうやら彼女も似たような考えを持っているらしく、今年もたくさん採れそうだね、と言ったきり特に小麦畑については触れようとしなかった。

「早く早く」

 俺の数歩前を小走りで進む彼女を追いかけ、若干歩調を早める。先に進んでは振り返り、また先に進む。
 早く先に行きたい飼い犬にせっつかれながら散歩をしている気分だ。

「よそ見してて転ぶなよ」

 彼女の身体能力ならば、何かに躓き、体制を崩したとしてもとしても立て直すのは容易だろう。だが注意せずにはいられない落ち着きの無さと言うか、心の浮付きを感じつい口から窘める様な言葉が飛び出してしまう。
 しかし彼女はそんな心配を全く気にも留めずに、ニッと笑みを浮かべ再び駆けだす。その間も尻尾は左右に振られ、彼女の心中を発露していた。唯でさえ楽しいのにそんなに喜ばれると余計に心が躍る。
 そうやって道なりに歩いていると、今歩いてきた一本の道に対して左に折れる道が交わる個所が近づき、彼女の先導に従い左に折れる。小麦畑の向こう側に紅葉で赤く染まった林と、どっしりとそびえる目的地の山が見える。それからの景色は今までの小麦畑から赤い林へと変化したのを除き単調で変化の少ないものだった。強いて言うならば、稀に林の奥でかさかさと音を立てる冬籠り前のリスやキツネなどが目に付いただけだ。
 やがて道が平面から斜面へと変わり、獣道の様なあまり整備されていない幾つもの脇道が目に付くようになる。
 この頃になると彼女の逸る心も落ち着いてきたのか、俺の脇に来て手を握り合いながら歩いていた。
 普段仕事で木を切り出しに来ているだけに全く迷わず、目的地への道を正確に選び、歩みを進めた。
 段々道は狭くなり、人ひとりが通るぎりぎりの幅の獣道に入り込む。俺が目指している所はそういう人目に付かない所で、俺もこの間偶然に見つけた所だ。
 落ちていた木の枝を踏み抜く音と枯れ葉の擦れる音が鳴り、夏の山の生命力に満ちた雰囲気とのギャップを感じ、微かに寂しさが心によぎる。秋の山に踏み込むだけで感傷的になれるとは、俺も歳をとったのかなぁ。と自分の思考の変化に驚く。
 そうこうしている内に林を抜け、開けた場所にたどり着いた。
 山のさらに高い位置から水が勢い良く落ち、ささやかながら滝と呼んでも相異無いものになっている。その周囲を張りだした木が囲み、赤く染める。さらに木々の隙間から晴れ渡った青空が覗き、青と赤のコントラストが鮮やかに広がっていた。

「へぇ…こんな場所あったんだ」

 彼女が目を丸くしながら、あっちこっちをきょろきょろと見回す。驚くのも無理は無い。彼女は俺と出会うまではこの周辺の山を縄張りとするワーウルフの群れで生活していて、このあたりの地理には明るい。その彼女が知らない場所。しかも自分が見つけたという思い入れを差し引いても、中々の景色なのである。

「とりあえずお昼食べようか」

 結構な距離を歩き、日も丁度高い位置にあった。
 ピクニックシートを取り出すと、二人で寄り添うように座り、二人でサンドイッチを分け合う。
 しばしば二人とも景色を眺め、無言のまま一つ二つと持ってきたサンドイッチを口に運んでいた。
 視線の仰角を上げ、バスケットの中を手さぐりで次に食べる物を探していると、互いの手がぶつかる。そこでやっとサンドイッチが無くなった事に気付く。目線を下げなかったお互いの物臭具合に苦笑し、二人でシートの上にごろりと横になった。
 二人の肩幅と上半身しか収まらないシートに身を寄せ合い、空を見上げた。服越しに感じる彼女の体温が心地よく、野晒しであるのに何とも心が落ち着いた。
 流れ落ちる水が水面を叩く音が辺りに響く。それに隠れる様にではあるが、風に木の葉がかすれる音や、鳥の鳴き声が聞こえ、いつもよりゆっくりと時間が流れているように感じた。
 それから僅かな間無言でいたが、道中感じた疑問をふと思い出し口を開く。

「秋ってなんか…こう…寂しいよな?」

 彼女がどのように考えているか疑問に思い問う。

「ん……どうだろう。あんまり考えた事無かった」

 予想した答えと言葉は一緒だったが、ニュアンスに違和感を覚え、なぜか、と聞き返す。

「ジェロムと会うまでは、冬に備えて食べ物を集めなきゃいけない忙しい時期だなぁって思ってた。でも鹿は今が一番おいしい時期だし狩り甲斐もあって楽しかったよ。」

 彼女にしては珍しく含みを持たせた物言いに疑問が深まる。
 でも、と前置きして話続けた。

「ジェロムと暮らすようになってからは…なんか…もっと…こう……どの季節も大事って言うか…昔より綺麗って言うか…そんな感じ?」

 ここまで聞いて、なるほど、と納得した。同時に彼女が愛おしくて堪らなくなった。
 一緒に住んでいるし、幾度も体を重ね合わせてきたのだから、お互いに愛し合っているのは間違いのない事実だ。しかし、俺と一緒に過ごす日々がどんな景色か、なんてことはここまで深く聞いたことは無く、面と向かって言われると何とも気恥ずかしく嬉しかった。

「…なんでそんな事…ンッ」

 仰向けになったまま、右に顔を捻り此方に話しかける彼女の顎に手を添え、触れるだけの口付けをした。二度三度と口付ける度に顔の角度を変え、口付け続けた。
 瞳を閉じ、されるがままにされていた彼女だったが、俺の手が彼女の顎から背中に回り抱きしめる体勢になると、彼女の腕が俺の首に回され舌を深く挿し込んで来た。回された腕の毛が首に当たり、くすぐったかった。
 朝の様な口内を貪る動きでは無く俺の舌の根元から先を優しく撫で上げ、まるで犬が毛繕いする時の様な優しい動きで愛撫される。
 互いの口内から放たれる粘着質な音が厭らしく響き、弥が上にも興奮が高まってゆく。
 やがて彼女が目蓋を開き、潤んだ瞳で見つめながら顔を離した。

「んふふふふ。どうしたの?」
「……エルザ…愛してる」

 俺の言葉に驚いたように目を見開く。しかし次の瞬間にはにっこりと満面の笑みを浮かべていた。

「ふふ。あたしも」

 サッサッと、シートに彼女の尻尾がすごい勢いで擦れている音が耳に入る。

「でも」

 彼女が毛むくじゃらの人差指を立て、俺の唇に押し当てる。

「続きは家に帰ってから。このままでも良いけど…やっぱりベッドの方が…ね?」

 珍しく彼女の方から止めてきた事に驚きつつ、彼女を見つめ返し答える。

「ああそうだな。でも…もう少し此処にいよう」
「わふぅ」

 そう言うと互いの手を握り合わせ、再び仰向けに寝転がり、ぼんやりと空を眺めた。

―――

 ポツリポツリと言葉を交わし、日が傾き山の陰に隠れそうになるまで二人で過ごした。
 帰ろうかと言い立ち上がった彼女に続き、シートを片付け家に向かい歩き出す。
 家を出発してきた時とは違い、二人で腕を組んで歩いた。段々と気温が下がり始め、彼女の体温がよりはっきりと感じられる。触れ合っている部分はもちろんだったが、もっと胸の奥深い所が体温とは関係なくポカポカと温まっていくように感じた。

「晩御飯何食べたい?」
「わふぅ…なんか肉!」

 備蓄してある動物の肉にどんな物があったかを思い出す。以前買った腸詰肉をいい加減食べきってしまおう。と夕食の計画を立て彼女に微笑む。

「腸詰肉と野菜をぐつぐつ湯でようか?寒いから暖まる物が食べたくない?」
「わふ!」

 彼女は茹であがった大振りな腸詰肉の食感と、溢れる肉汁を想像したようで尻尾を振りながら目を輝かせた。
 林を抜け、畑の脇を通り、村の入り口をくぐる頃には、太陽の大半は山の陰に隠れ冷たい夜の空気が辺りを包んでいた。
 黄昏時の濃紺の空には星が浮かび始め、微かに瞬きながら地上をじっと見守っている。
 窓から暖かな灯りの漏れる家を横目にゆっくりと歩く。彼女が感じているのと同様に、この肌寒い空気も二人で過ごした日々の幸せな一日としていつまでも覚えていたいがために、記憶に刻みつけるようにゆっくりと辺りを見回しながら歩いた。
 見なれた道を歩き我が家の前に到着すると、玄関の扉まで疎らに敷かれた石畳を踏みしめドアノブに手を掛ける。

「お帰り」

 先に扉を開き、振り返りながら彼女に言う。

「ただいま」

 彼女が僅かに遅れ、俺の後に続き尻尾をパタパタ振りながらドアをくぐる。彼女の「ただいま」は久しぶりに聞いた気がする。
 家に入るとすぐに靴を身軽なスリッパに履き変え、手を洗い夕食の用意に取り掛かった。
 バスケットとシートの片付けをエルザに任せると竈に火をつけ、貯蔵庫から葉物野菜やジャガイモなどを取り出し手早く下準備を始める。明かり取りのために灯したロウソクの炎がぼんやりと室内を明るくした。
 ジャガイモの泥を落とし、皮を剥いている間にエルザが台所に入ってくる。

「ジェロム。何したらいい?」

 彼女には葉物野菜を切ってもらい、鍋に水を張り火にかける。
 皮をむき終え、八等分にしたジャガイモを鍋に投入し、棚の中で吊ってあった腸詰肉を出し一本一本切り分ける。

「火が通るまでちょっと時間あるから先に風呂に入ってきたら?」
「うん。ジェロムは?」
「鍋見てるから後で入るわ」

 そう、と短く答えると耳をパタンとたたみ、見るからに残念そうな表情を浮かべた。
 その姿に微かな罪悪感を覚えた時、彼女の耳がピッと立ち上がった。

「じゃあ、あたしも後で入る!」

 さも誰も思いつかない様なプランを発見したかの如く喜びながら彼女は言った。こちらとしても二人で入れるならそれに越したことは無い。
 全ての食材を切り終え、鍋に投入すると食材に火が通り切るまで何をして過ごそうか思案する。

「先に飲み始めちゃおっか」

 酒の瓶が並んだ戸棚の奥を探り、赤ワインとグラスを取り出す。隣の村で採れたブドウを使った庶民向けのワインだ。どんな味かと人に聞かれたなら、飲みやすいよ、とワインに詳しくない俺でも他人に薦められる程完成された口当たりの良さが気に入り、買い出しに出かける度に何本か購入し続けている。
 互いのグラスに半分ほどワインを注ぎ、静かに打ち合わせた。ガラス同士の衝突するか細い音が鳴り、グラスの中の物を口に含む。想像していた通りのいつもの酸味と僅かな渋み。
 彼女は、と言うと、グイッとグラスを大きく傾け天井を仰いでいた。さほどアルコールに強い訳でもないのに彼女は何を飲む時も水を煽る様に勢い良く飲み下す。
 耳が気持ち良さげにピコピコと上下に動く。ワインを嚥下する度に動く喉に妙な艶かしさを感じ、目が離せなくなった。

「はぁ」

 一気に飲みきった彼女がため息とともにグラスをテーブルに戻した。

「またそんな勢いで飲んで」
「ジェロムに抱っこして運んでもらうからいいもん」

 ベッドまで歩けなくなるだろ。と言おうとしたのを遮られる。
 んっ、とグラスの底に手を添えこちらに押し出す。まだ大丈夫だろうと二杯目を注ぐが、気持ち先ほどよりも少なくした。それを受け取り、半分ほど先ほどと同じ勢いで飲むとグラスを置いて口を開いた。
 近所のラミアが夫と他の女性が話しているのを見て一晩中巻きついていた。だの、向かいのケンタウロスに子供ができた。だの、日常の何ともない話。人から聞いた話。本人に直接聞いた話。俺が仕事仲間との世間話では知ることのできなかったご近所の話に花が咲く。
 なんせいつも日の登る前には家を出て、日が暮れてから家に帰ってくるのだから近くで店屋を営む者や、村の外まで出稼ぎに行く者との交流を持つ機会があまりない。
 その上、反魔物領から逃れてきた魔物娘とその夫の流入によって最近この村の人口は増え始め、俺が幼かった頃の皆顔見知り、という状況では無くなってしまっていた。
 自分が村から疎外されている様な若干の寂しさを感じながらも、酔いが回ってきたのかやけに大げさな身振りを交えて話す彼女に相槌を打っていた。

「でね、でね、この間来たゴブリンの隊商の子がね」

 彼女の弁も結構な盛り上がりを見せ始めた頃、火にかけた鍋がゴボゴボと音を立てていた事に気が付いた。

「そろそろ食べようか」
「出来たの?」

 彼女との会話でどれ程の時間が経っていたのかは分からないが、具材の柔らかさと、空腹によってもたらされた腹痛の具合からして結構な時間が経っていた様だ。
 薄い琥珀色のスープにすっかり火が通り柔らかくなった野菜が沈み、表面には腸詰肉からしみ出た脂がきらきらと光っている。湯気と共にスープの塩加減を想像させるいい香りが立ち上り、一々皿に盛るのがもどかしく感じた。
 自分一人ならまだしも彼女の居る前ではそんな事は出来ない。グッと堪え、底が深く径の大きいスープ用の皿に具材とスープを掬う。

「いただきます」

 湯気を立てる皿をテーブルに置くと、朝と同様に二人同時に言い、スープにスプーンを浸した。
 レシピ通りの分量で味付けされたスープは想定よりも若干薄味だったが食べられない程では無く、空腹の勢いに任せ次から次へと口の中に具を運んだ。
 野菜を入れすぎたかな。と原因について思案しながら腸詰肉に噛みつく。パリッという小気味よい食感としょっぱさが煮詰まった野菜の柔らかさと対照的で、交互に食べているといつの間にかに器が空になっていた。
 彼女も同様だった様で二人して食器を持って立ち上がり、次の一杯を求める。
 ご機嫌な様子で先に鍋の中を掬い始めた彼女の器を見ると明らかに肉が多い。だからと言って野菜が少ない訳では無く、最初の一杯分と同じ分量の野菜の上に余分に腸詰肉が盛られていた。

「俺の分残ってる?」
「だいじょうぶ!」

 自信満々で振り向いた彼女の肩越しに鍋の中を覗き込む。幸い僅かに肉も残っていた。お玉で鍋の中の残りを器に移すとちょうど空になった。
 再び椅子の戻ると、先ほどに比べ空腹も紛れ余裕が出てきて談笑しながら残りを平らげた。
 食器から溢れかけるほどの腸詰肉を至福の表情で頬張る彼女の顔を見るだけで達成感を感じ、相当にせっかちな考えだが次の休みには何を作ろうかと考えずには居られなかった。
 器が空になっても残ったワインをちびちびと飲みながら語らい、夜は更けていった。

「風呂焚くの忘れてた」

 風呂場でのぼせて診療所に担ぎ込まれた近所の雪女とその夫の話を聞いている内に自分の失敗に気付く。なぜ先に風呂に入るように促した時に気付けなかったのだろう。今から火を起こし、入浴の準備が整うまで待っていたのではかなり時間がかかる。

「あたし火を点けといたから大丈夫だよ!」

 胸を張り、得意げな顔で彼女が指摘した。どうやら片づけを頼んだ時に火を点けてくれたらしい。
 彼女の気転に感謝し称賛すると、鼻高々といった様子のまま、ゆらゆらと尻尾を振っていた。こういう所が本当に分かりやすくて可愛いなと思う。

「気が利くね。いつも助かるわ」
「んふふ〜もっと好きにな〜れ、好きにな〜れ」

 先程と比べ更に酔いが回った様で、普段より赤みを増した頬に笑みを浮かべ、俺に向かって人差指を突き出しぐるぐると回しながら言う。どうやら催眠術をかけているつもりらしい。

「ぐわー手が勝手に」

 おどける俺の様子を見て、くすくすと笑う彼女のグラスに紅い液体を注ぐ。彼女と自分のグラスに最後の一杯を二等分し、空にした。

「んふ〜」

 彼女はワインを注がれたばかりのグラスに口を付け、満足気な表情で一気に煽った。

「ふぃ〜」

 一息に飲み込む間吸ってばかりだった息を吐き出し、あっという間に空になったワイングラスをテーブルに置いた。
 短時間に勢い良くアルコールを摂取した事で、目がトロンと眠たげに垂れている。
 俺も最後の一口を飲み干すと、彼女はそれに反応し

「お風呂入ろうよ」

 と言い放ち、己の酩酊具合も顧みずにスクッと勢い良く立ち上がる。がしかし、一歩目を踏み出すと右に左にゆらゆら揺れ、傍から見ていると今にも転んでしまうのではと気が気ではなかった。その危なげな歩みで俺に近付き、手を取って立ち上がるように促してくる。

「先に食器洗わせて。流石にこのまま明日までほっとけない」
「わふ」

 ふわふわとした足取りの彼女を座らせ手早く食器洗いに取りかかった。俺も僅かではあるがアルコールによってぼんやりとし始めていたため、誤って食器を落とさぬようにいつもより神経を使いながら一つ一つ洗う。
 使った鍋を洗い、皿とスプーンを洗い、グラスに手を掛けたその時、視界の下側ぎりぎりを蠢く黒い影。ぎょっとして首を回すと黒い影が俺の首に巻きついてくる。

「んふふ。遅い」

 食器を落とさないように集中していたため彼女の接近に気付けないでいた。
 いつの間にか背後に忍び寄っていた彼女が、俺の首に腕を回しそのままぶら下がるように抱きついてくる。やはり彼女の腕の毛が首回りをくすぐり、こそばゆい。と同時に押し付けられた胸の柔らかさに心拍数が上がる。

「ま〜だ〜?」
「もう終わるから」

 冷たい水で食器の汚れを流し、タオルで手をぬぐう。

「おぶって」
「ん」

 そのまま俺の背に飛び乗った彼女の太腿の下に手を回し、支えながら向きを変え浴室に向かう。
 食事とワインで上がった彼女の体温を感じながら、スリッパをペタリペタリと鳴らし廊下を歩いた。
 窓から射し込む月明かりを頼りに暗闇の中に浮かぶ浴室のドアノブに手を掛け捻る。普段の感覚を頼りにドアをくぐり彼女を椅子に座らせ、脱衣所に置いてあったランタンに火をつける。
 ランタンの暖かな光を受けながら二人でいそいそと服を脱ぐ。オレンジ色の灯りを受け、ぼんやりと浮かび上がる彼女の、人間のシルエットに獣の要素を含む肢体は、荒々しさとたおやかさを併せ持ち奇妙な魅力を持っている。

「恥ずかしい」

 すっかり裸になった彼女が俺の視線に気付き背を向けた。何を今更。

「冷えるから先入ってて」

 先に浴室に入って言った彼女を見送り、服を脱ぐ。
 引き戸をがらりと開けて湯気の立ちこめる浴室に入る。彼女は既に浴槽に浸かり、ぼんやりと窓から空を見上げていた。
 浴槽内の彼女の横に腰を下ろし、彼女の視線を追うと、群青の絵の具を煮詰めて極限まで濃くしたような真っ暗な空に上弦の月が浮かんでいた。空に浮かぶ月は、切れ込みを入れた暗幕から漏れ出た光のようにか細く、満月の力強さとは異なった趣を持っていて、体が温まるまでずっと眺めていたが中々飽きる事は無かった。
 彼女も何を考えているのか読み取れないほど放心した表情でジッと月を見ていた。

 ざぶりと波を立てて立ち上がった彼女に続き俺も立ち上がる。浴槽の縁を跨ぎ、背の低い浴室用の椅子に腰かけた彼女の後ろに座り込む。

「ん」

 彼女が差しだしてきた石鹸を受け取り泡立てる。適当な所まで泡立て、彼女の頭に手を運ぶ。そしてそのまま彼女の頭をごしごしと擦る。
 頭を他人に洗ってもらうのが気持ち良いなんて彼女と暮らし始めてから知った事だ。冗談で二人で互いの体を洗いあった時に互いの恍惚とした表情を見て、自分で洗うより気持ち良いのだからこれからは洗いっこしよう。という事になった。その後やたら盛り上がった彼女と、風呂場でそのまま交わったら二人して湯中りしてしまったため、それ以来風呂場では必要以上にイチャつかないように。というルールも不本意ながら出来てしまったが。
 ぴくぴくと動く耳が泡の中に埋もれ見えなくなった頃、お湯をザバリと勢い良くかけ、泡を流す。すっかり流しきるとさながら犬のように頭を左右に勢い良く振った。
 続いて彼女の体を洗うために石鹸を掌で泡立たせ彼女の首に手を添えた。石鹸でぬめっている掌を首から肩、そして腕へと滑らせ彼女の汚れを落とす。腕を洗い終えると今度は後ろから抱きつく形になり、彼女の胸やわき腹に手を這わせる。豊満と言うよりはスレンダーと表現するほうが正しい彼女の体の浮き出た肋骨や鎖骨に沿って指先で撫でる様に洗う。微かに与えられる性的な快感に彼女の吐息が悩ましげなものに変ってゆく。
 しかし同じ轍を踏まないために作ったルールに従い、このまま押し倒す事も、より強い快楽を与える事もせずに彼女の体を弄るように洗ってゆく。すっぽりと手のひらに収まる彼女の乳房を両手で揉むようにして洗い、その桃色の頂点付近に指を這わせると彼女は悩ましげに身をよじった。

「ンッ…もう…」

 浴室内の温度と愛撫によって紅潮した顔で振り返った彼女に一度口付け、手を下半身へと伸ばす。胸から指を滑らせ、力を入れると腹筋が浮き出る程に引きしまった腹部の滑らかな手触りを堪能する。
 そのまま下へ下へと進んで行くと毛むくじゃらの手足と対照的な無毛の秘部に到達した。
 現在の体勢では手元の細かい部分を見る事は出来ないがさして問題にはならない。迷わず中指を彼女のスリットに添え、中指の腹を後ろから前へと何度も動かす。悪戯心に火が付き、意図的に彼女に快感を与える様な動きを繰り返した。

「はぁ…はぁ…ねぇ…ジェロム…」

 建前上では洗浄する事が目的であるため、指使いは羽毛で撫でるが如く微かな快感だけを彼女に与え、昂らせる。
 後ろから好き放題に体を弄られ、自分達が定めた決まりの為に自らを慰める事も出来ずに快楽に喘いでいる彼女を見て興奮しない訳が無い。あっという間に固く張りつめた陰茎を彼女の腰に押し当て、より密着した体制になり左右の太腿を撫でる様に洗ってゆく。

「ねぇ…駄目?」
「駄目。エルザが倒れても俺が運べるけど、俺は運べないでしょ?」
「くぅーん」

 めったに聞く事の出来ない彼女の鼻を鳴らした声に若干の罪悪感を覚えながらも、手を動かし続け彼女の全身を洗い終える。
 バタバタと彼女が体を震わせ水を飛ばすのを見ると座る位置を変え役割を交代し、俺が洗われる側になる。
 自分のしてきた事を顧みて彼女の容赦のない責めを想像し、束の間に己の行いを後悔した。
 しかし予想に反し、彼女は普段通りかそれよりも素気ない手つきで俺の体を擦り、湯を掛けさっさと上がって行ってしまった。
 まさかの事態に一人浴室で呆然としてしまった物の、原因はすぐに理解できた。

「ちょっと意地悪しすぎたなぁ…」

 ぽつりとつぶやいた独り言が、湯気で霞んだ浴室に反響し消えた。

―――

 怒っているのか拗ねているのか、はたまた両方なのか。悪いのは全面的に自分なのだから謝ろう。
 しかし謝った所で彼女に拒絶されるのではないか。という思いが重く圧し掛かる。
 なぜなら彼女にここまで素気ない態度を取られた事は記憶に無く、そのため思考は悪い方にばかり働き、考えるほど気持ちが落ち込んだ。
 謝るならばすぐの方が良い。
 彼女が眠ってしまい妙な雰囲気のまま朝を迎えるよりは、どのような結果になろうとも今晩の間に決着を付けてしまった方が気持ちは楽だろう。と気持ちを奮い立たせ浴槽から立ち上がり、脱衣所で寝巻きを身に着け寝室へと向かった。
 どのように謝ろうかと考えながら薄暗い廊下を歩き、寝室のドアのノブに手を掛ける。
 木製のドアは軋む音すら立てずに滑らかに動き、部屋の様子を窺う事ができた。
 彼女は既にベッドに横たわり眠っているようだった。
 自分のしたことの後ろめたさから、なんとなくドアを最後まで開く気になれず、自分の通れるぎりぎりの幅だけ隙間を作り滑りこむ様に寝室に入った。
 そのまま布団にもぐり込むと、そっぽを向いている彼女に身を寄せ静かに語りかけた。

「エルザごめん。俺が悪かった」

 布団に潜り込んだ時に彼女の耳がピクリと反応していた事から彼女がタヌキ寝入りしている事を把握していたため、眠っていた彼女を起こさなければならないという最悪の事態を避ける事はでき僅かにほっとする。
 再び彼女の耳がピクリと動き向きを変えた。

「何が?」

 不機嫌さを隠そうともしない彼女の口調に緊張し、肺が縮み上がった様な息苦しさを錯覚した。

「風呂ではシないって二人で決めたのに君を見ていたら我慢できなくなって意地悪しすぎたよ。君の気持も考えないで本当にごめん」
「…もう知らない」

 俺の必死の謝罪を一蹴した彼女は、そのままため息をついてごそごそと布団に潜り込んで行く。
 身から出た錆とは言え、自分の好いている相手からの拒絶は心に重く鈍い痛みを生み、あまりのショックで眩暈すら感じた。
 今の状態ではいくら謝っても聞く耳を持ってもらえない上に夜も更けてきたので明日の朝もう一度きちんと謝ろうと心に決め、ごろりと転がり彼女に背を向け、瞳を閉じる。
 あまりの不安で心がざわめき、とても眠れるとは思えなかったが、それでもそのうちに眠っているだろうとそのままの状態でジッと睡魔がやってくるのを待った。

「うそ」

 突然の背後からの声と両肩に置かれた手の感触に驚きビクリと身を震わせた。

「えっ…何て?」

 急いで彼女と向かい合わせになる方向に体を反転させ、突然だったためおよそ現実に聞こえた言葉とは思えない言動について聞き返す。

「だから、うそって言ったの」

 薄闇の中、彼女はニヤニヤとしたり顔で俺を見つめていた。
 事態があまりにも急激な変化に、呆気にとられたまま彼女の顔をポカンと眺めていると、彼女の両腕が俺の頭に延びてきて抱き寄せられる。そのまま額にそっと口付け、俺を抱きしめた。
 彼女は自身の胸を押し付ける様にして俺の頭を胸元に固定し、頭上からスンスンと鼻を鳴らし俺の匂いを嗅いでいる様だった。
 度々脱いだ後の俺の服に顔を埋め、「ジェロムの匂い」とうっとりしているのを見るがそんなに匂うものなのだろうか。そう考えながら、俺自身も彼女の胸元で彼女の体から香る、石鹸と甘く俺を誘っているかのような彼女の匂いと柔らかな胸の感触を堪能していた。

「ジェロムのばか」

 彼女が耳元で囁く。耳に当たる吐息のくすぐったさと彼女の温度にゾクリと鳥肌が立つ。

「あんなにエッチに誘っておいて、あんなに焦らしてきたのに、あたしが怒った振りしたら迷子になった子犬みたいに困った顔して」

 彼女の吐息の荒さと、押し当てられた柔らかな胸の奥から響く鼓動の早さが彼女の心中を表していた。

「ジェロムの意地悪。ばか。あたしがあなたを嫌いになるはず無いのに」

 彼女が俺の頭の拘束を解いて目線を合わせる。

「だからこれでお相子。ねぇ…ジェロム…もう良いでしょ?」
「ごめんねエルザ。おいで」

 そう言うと暗闇でもわかるほど爛々と輝く瞳で狙いを定め、噛みつくように俺の唇を貪り始めた。
 彼女の口付けは初めの食らいつく様な勢いをそのままに、ただ俺の口内を愛撫するだけではとどまらず、粘着質な音を立てながら俺の唾液を啜り、その様子を俯瞰視点から見ているならば狼女に貪り食われる哀れな村人に見えるだろう。
 初めの内は互いに横たわった姿勢で口付けを交わしていたものの、ヒートアップしてきた彼女が俺を押し倒し馬乗りになっていた。
 両腕を掴み押さえつけ、彼女の顔が何度も離れては近づいてくる。
 彼女は俺の口を熱く湿った舌でこじ開け、さらりと口の中に入り込んで来るほのかに甘みを感じる唾液を丹念に俺の舌にまぶしてグチュグチュと厭らしい音を立てながら撹拌する。
 その間中感じられる彼女の艶かしい息遣いと、口を離した際に聞こえてくる喘ぎ声が興奮を高め、寝巻きの中で陰茎がどんどん固くなっていくのを感じていた。
 口内を激しく啜られほとんどされるがままだったが、彼女の掴む個所が両腕から肩へと移ったのを機に自由になった両腕を彼女の背に回す。
 ワンピース状の寝巻きの裾を手繰り寄せ捲り上げ、そのまま背筋をなぞり下へ下へと進み、柔らかくも張りのある尻を下着越しに掴む。

「ンッ…」

 短い喘ぎ声を上げ反応するが、ふさふさと毛の生えた腕で俺の顔を拘束し続け特に気にした風でも無い。
 左手で彼女の尻の感触を楽しみつつ右手はさらにその下の秘所を下着越しに撫でる。
 既に下着越しであっても、愛液の存在をはっきりと感じるほどに濡れそぼった彼女の秘所に指を這わせた。

「ンッ…ンッー」

 喘ぎ声も自ら続ける口付けによって籠ったうめき声にしか聞こえない。
 続いて下着を指でずらし、充血した陰核を指で押しつぶすように擦る。

「ンッ、アッ」

 突如与えられた激しい快感にビクリと背を逸らせ、その拍子に口内を縦横無尽に暴れまわっていた彼女の舌が糸を引きながら離れて行った。

「はぁっ…はぁ…ンッ…ンー!」

 二人を結ぶ銀色のアーチが落ち切らない内に、遠ざかってゆく彼女に自ら顔を寄せ、こちらから口付けた。と同時に左手で彼女を抱きしめ、右手ではあふれ出る愛液でぬめる彼女の陰核を激しく擦りあげる。

「――――!」

 俺の胸に手を突いて身を離そうとしても、快楽に蕩けつつある彼女の腕には全く力が籠って居ない為障害とはならず、彼女を容赦なく愛撫した。
 漏れ出る吐息と声になり切れなかった呻きから口を塞いでいなければ絶叫に近い喘ぎ声を上げていただろう。
 彼女の様子に絶頂が近い事を予測し、とどめとばかりにぷくりと充血した陰核に優しく爪を立てた。

「っー!!」

 恐らく口をふさいでいなくても声になっていなかったであろう絶叫を上げて彼女が身を硬直させた。
 強烈な快感に耐える様に目を固くつむり、ひくひくと身を震わせ、やがて快感が去るとくたりと体重を預けてくる。
 微かな水音を立てて唇が離れる。

「ふぁ……いきなり…激しすぎ…」
「どっちが」

 快楽に蕩けた妖艶な笑みをそのままにファサファサと尻尾を振りながら身を起こし、俺の上でくるりと回り顔を跨ぐと俺の下着をずり下ろす。
 良いだけ彼女の痴態を眺め、随分前から怒張していた性器が下着の拘束から解放されるのを感じた。

「んふふ。エッチな匂い」
「人の事言えないぞ。お前のここも」

 彼女がぐるりと体勢を変えた都合上、俺の目の前に来ている彼女の白いパンツが視界の大半を占めている。
 最早彼女から溢れ出た愛液に浸り切った彼女の下着のクロッチ部分をずらしその奥に息づく秘所を露にする。だらだらと愛液を分泌しながら呼吸の度に収縮を繰り返す彼女の膣は、その淫らに鮮やかな赤い色で俺を誘惑している様に見えた。
 雄を求めてヒクつくそこに舌を挿しこみ、強く押し当て舐めまわす。俺の舌であっても彼女の膣壁は離れて行くのを惜しむかのように収縮し、どっちが愛撫しているのか分からなくなりそうなほどだった。
 直接見えてはいないが彼女は俺の性器を口いっぱいに頬張っているらしく、暖かく柔らかな口内の感覚とギュッと根元を掴む肉球の感触が伝わってきた。
 強く押し当てられる肉球は彼女の性器とは異なる快感を生み、その上唾液と先走りでぬるぬると滑るので、ただ手を上下にストロークさせるだけでも射精してしまいそうだ。

「ねぇジェロム、イっちゃいそう?」

 唐突に彼女が聞いてきた。
 事実もうあまり余裕は無く、これ以上激しく動かれるとあっという間に果ててしまうのは目に見えていた。

「すっごく熱くて、良い匂い。でも今日は口じゃなくて全部こっちに頂戴」

 そう言って俺の目の前にある彼女の秘所に自ら指を添え左右に押し広げる。
 にちゃりと糸を引きながら広がり数秒前まで自分で愛撫していた膣内を見せつけられ、獣じみた性欲を閉じ込めておく錠前がカチリと音を立てて解放された様に感じた。
 彼女の下から這い出し、四つん這いになって尻尾を振る彼女の後ろに膝立ちになると、寝巻きのワンピースをウエストの位置まで捲りあげる。
 彼女からの愛撫によって興奮はこれ以上無いほどに高められ、下着を脱がす手間すら億劫に感じ、パンツを横にずらし膣に亀頭を押し当てた。

「いくよ」

 返事を待たずにグッと腰を前に進める。

「あっ…来たぁ」

 太腿に滴るほど愛液を分泌していた彼女の膣はたやすく俺の亀頭を受け入れた。
 熱くぬめった彼女の膣はきつく締めつけてくるものの異物を受け入れまいとする拒絶では無く、むしろ飲み込んだ物を離さない為にがっちりと拘束しようとしているように思えた。
 ぬるぬると良く滑る膣内のざらざらした膣壁を亀頭で押し広げる様にして彼女の中に押し入ってゆく。
 カリが押し広げた膣壁が次の瞬間にはカリ首に纏わりつき、彼女の膣内には一切の隙間が無く余計にきつさを感じさせた。
 膣内の感触を堪能しているとあっという間に性器が根元まで飲み込まれ、ちょうど先端が彼女の奥にぶつかった。

「あはっ、来てるよ。ジェロムのおちんぽぉ」

 自身の胎内に収まり切った性器にうっとりとため息を漏らし歓喜の声を上げた。

「すっごく固くてぇ、アッツくてぇ…わふぅ」

 彼女の細く括れた腰を両手で掴み、収まり切った性器を引き抜いて行く。カリが彼女の膣内を摩擦し、挿入した時と同様に激しい快感を引き起こした。
 それは彼女も同じようで、愛液が妖しく光を反射する俺の性器が引き抜かれてる間中喘ぎ続けていた。

「んぁぁ、あはぁ、ジェロムのちんぽがゴリゴリって」

 亀頭が彼女の入り口の位置まで引き抜くと再び蜜を溢れさせたきつい膣内に挿入していく。
 ただし先程までのゆっくりとした挿入で無い。

「ひぃ、それっ!らめっ!」

 何の技巧も凝らしていないただ入り口から奥まで一気に貫いただけの挿入だったが、一日中お預けを食らい、焦らしに焦らされた彼女は呂律が回らなくなるほど感じているようだった。
 それほどまでに俺を求めてくれている事にこれ以上無いほどの幸福と欲情を感じ、すぐさま腰を引き次のストロークを開始した。
 バチンと彼女の尻と俺の腹がぶつかる度に音をたてるほど激しく突き入れ、これから放たれるであろう精液を一滴残さず吸いつくそうと最奥で待ち構えている子宮の入り口を叩く。

「ひゃん!」

 先と同様に悲鳴染みた嬌声を上げた彼女の両手の脇に手を付け、背に覆いかぶさるようにして耳元に顔を近づけ、艶かしく乱れる姿と直接性器を刺激する膣にもう我慢の限界が近い事を告げる。

「いいかい?」

「わふぅ」

 ぜぇぜぇと荒く息を吐きながら恍惚とした表情で返事をした彼女に短く口付けて首の後ろの髪をサッと払い右側にまとめる。
 むき出しになった彼女の細く、女性らしい曲線を描く首元を何度も短く口付ける。

「はぁっ…はぁっ…早く来て。ねぇ早く」

 彼女の後ろから圧し掛かっている都合上現在、俺の腹の下に来ている彼女の尻尾が激しく振られ、これからの行為に対する期待を余すことなく俺に伝えてきた。
 彼女の具合を確かめる様にぺろりと彼女の首を舐め、口を開き鼻から息を吸い込み口からゆっくりと吐き出す。
 そして彼女の首に歯を突き立てる。

「ひゃうん!」

 尻尾を踏まれた犬の声に似ているが、喘ぎ声であるとはっきり分かる叫び声を上げグッと身を固くした。
 と同時に唯でさえ容赦なく締めつけていた彼女の中がキュッと締り、一瞬にして射精に至りそうになる。
 互いの感じている快感を一瞬でも長く共有したいと思い、しばしの間噛む力を調整しながらそのままの体勢で彼女の様子をうかがう。
 先程まで振られていた尻尾は彼女との間でピンと伸ばされ、さながら体の中を駆け巡る快楽が行き場を無くし尻尾に詰め込まれて動かせなくなっているようだった。
 同様にピンと力の入った耳は微かに痙攣し続け周囲の物音を窺う余裕など微塵も見せない。
 クッと彼女の首を捕らえた俺の顎に力を込めると僅かなタイムラグの後、膣内が痙攣するような締めつけるような反応を見せる。

「ふぁ…すろい…」

 動かなくてもじわじわと高まってゆく射精感を先延ばしにする事の限界を感じ、根元まで収まった性器をズルズルと引き抜いて行く。

「やぁ…ぬかないでぇ…」

 後ろから挿入されたまま噛みつかれているのが余程気に入ったのか、僅かな間でも膣内から性器を引き抜かれるのも惜しがり甘い声で懇願する。
 それに答える様に噛む力を歯形が残るほどまで強め、再び奥まで突き入れる。

「あはぁ!すごい!すごい!すごいのぉ!きちゃうからぁ!」

 獲物をしとめる肉食獣の様に首を牙で押さえつけながら、愛液が泡立ちベッドに飛び散るのも構わず思いきり注挿を繰り返す。
 肉同士のぶつかるバチンと言う音が短い間隔で鳴り響き途切れることのない嬌声が部屋の中に満ちた。

「あぁぁぁぁぁ!じぇろむのおちんぽすごいぃ!」

 最早四つん這いで居る事も出来ずに尻を高く上げベッドに突っ伏した様な体勢の彼女の両腕を上から握りしめる。さらに追い打ちをかける様に組みついた獲物に留めを刺すかの如く一層強く首を口で押えこみ最後のスパートをかける。

「ふぁぁぁあ!じぇろむにたべられちゃう!」

 自身の記憶にある獲物の姿に自身を重ね合わせたのか「食べられる」等と言う若干物騒な言葉で絶叫する。
 実際被虐的な体勢で責められ、これ程までの痴態をさらす彼女にはマゾの気が強く、自らの言葉でより興奮している事は経験から明らかだ。
 そんな彼女に中てられたのか俺の脳内は彼女の一番奥に子種を放つ事しか考えられなくなって、激しくピストンを繰り返した。

「せーしちょうだい!じぇろむのせ―しほしぃのぉ!」

 普段の快活な様子とは真逆の唯々俺の雄の部分を刺激し乱れる彼女の姿と、精液を一滴も逃すまいとぴったりと性器に吸いつく膣にあっという間に我慢の限界を迎え彼女の膣内に勢い良く射精する。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ドクンドクンと脈打つ度に睾丸から精液が送り出され、次から次へと精液を彼女の膣内に吐き出した。
 彼女は突っ伏したままの体勢で膣内射精の快楽に身を震わせながら嬌声を上げ、絶頂に達したようだった。
 いつもより長い時間をかけ大量の精液を彼女の膣内に放出し終え、ずっと噛みつきっぱなしだった彼女の首から口を離す。
 俺の歯形の残った彼女の首筋を見て申し訳なく感じてしまう。

「エルザごめん首…」
「えへへ…ジェロムに食べられちゃった…」

 嬉しそうに歯形のついた場所をさすりながら微笑む彼女を見ていると喜んでいいのか悩んでしまった。
 射精を終えすっかり萎えてしまった性器を彼女から引き抜き、ごろりと横になった彼女に向かいあうようにして寝そべる。

「ジェロム激しすぎ…ふぁ…」

 今の一度で満足したのか満ち足りた表情であくびを漏らす。

「明日もお仕事でしょ?もう寝よ」
「そうだな…お休み」

 彼女がお休みと返事をしたのを聞くと、交わったばかりで汗やら何やらにまみれた体で互いに抱きしめ合い、眠りに落ちた。

―――

 ふと、目が覚める。閉じた瞼から感じる明るさから判断するにもう一時間ほどは寝ていられるだろう。

「ふぁ…すごい…」

 いつもなら起きなければいけない時間まではぐっすりと眠っているはずなのに今日は何やらおかしい。

「あんっ、あんっ、もうだめ…」

 いつもの朝との違和感を確かめるべく重い目蓋を開く。

「エルザ何してるの?」

 頬を紅潮させ、トロンと快楽に蕩けた瞳で見つめながら俺の上で一心不乱に腰を振るエルザの痴態が真っ先に目に入る。

「だってぇ…起きたらすごくエッチな匂いがするし…ジェロムはおっきくしてるし…」
「だからっていくらなんでも…くっ」

 膝立ち体勢で勢い良く振られる腰の生みだす快楽は耐えがたいものであっという間に射精に至る。
 寝ている間に刺激されていた事もありはち切れんばかりに充血した性器から勢い良く精液が飛び出し、彼女の胎内を蹂躙する。

「ふぁ…出てる…」

 恍惚とした表情で射精を受けとめながら、すぐさま上下運動に動きを変える。

「じぇろむぅ…もっとぉ」

 すっかり火のついた彼女にとことん付き合う事に決め、彼女の腰を掴み下から突き上げる。

「我慢の出来ない悪い子にはお仕置きだ」
「わふぅ」

 俺が笑いながらそう言うと、満足気な笑みを浮かべた彼女と深く口付けを交わした。
 休日はまだまだ終わりそうにない。
12/06/12 21:40更新 / 熊五郎太郎

■作者メッセージ
最後まで読んで頂きどうもありがとうございます。

書きたかったお話を書いただけなのに異常に時間がかかってしまいました。

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