読切小説
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コタツという名の魔物
 吾輩は小説家。名前はまだ売れていない。
 ようは売れない小説家である。意地で物書きだけで糊口を凌いではいるが、世が魔物娘の侵略以前の世であれば、私はこんな風に文章で生きていく事など出来なかっただろう。
 魔物娘。異世界から現れた、その頂点にサキュバスの魔王を頂く美しい女性の形をした人外の生き物達。
 まだ世間的に広く周知はされていない物の、彼女達はひそかにこの現代社会に侵入し、少しずつ社会を侵略し始めている。
 しかし世界的な人類の危機かと言えば、そうでは無いと私は思っている。
 なぜならば、魔物というおどろおどろしい呼称とは裏腹に、彼女達は戦いや血よりも男性との情事や精液をこよなく愛しているからだ。簡単に言うと助平なのだ。
 私がこうして文章で何とか食っていけているのも、そんな助平な彼女達が侵略を始めてくれたおかげだ。
 ネット上で人外娘との異種間恋愛というニッチなジャンルを書いていた自分がそれを書籍に出来たのも、彼女達の文化侵略の一部として運よく目をかけてもらえたからに他ならない。
 だが本を出せているとは言っても、この出版業界は不況の冬の時代にあり、また魔物娘達もまだ侵略を始めたばかりで人外娘というジャンル自体がまだどマイナーという状態でもあるため、収入と言えるものはスズメの涙程度だった。
 何が言いたいかと言えば、つまりはこの冬の時期に炬燵が壊れてしまったとしても、そう高い物を買う程の経済的余裕が無いという事だ。
 四畳半の安アパートには他の暖房器具など備え付けられていない。つまり年末年始を迎えるこれからの時期において、唯一の暖房器具であった炬燵の故障は私の生命維持にも直結しかねない、文字通りの死活問題でもあったのだ。キリストの誕生など祝っている場合では無いのだった。
 この問題に対して、私はすぐに行動を起こした。ネットを使って激安の炬燵は無いかと検索したのだ。
 その結果、幸運にも新品にもかかわらず千円で売られているかなりの優良物件を見つけることが出来た。おまけに即日送付という有難いサービス付きだった。
 あまりにも話が良すぎると思わなくは無かったが、迷ったのは一瞬だけだった。残り在庫が一つしか残っておらず、これを逃したら高い炬燵しか買えなくなってしまう恐れがあったのだ。
 仮に不良品のような炬燵が届いたとしても失うのは千円だけなのだから、使えないようならば改めて別のものを探せばいい。
 そう甘く考えたのだったが……。
 届いた物は、私が考えていた物とは全く別の物だった。


 呼び鈴が鳴り響き、私は文章の世界から現実の世界へと引き戻された。
 通販の注文を終えて、文章を書き始めて一時間余り、ようやくのって来たと思ったところだった。
 どうせいつもの新聞か宗教の勧誘か、わけのわからないセールスなのだろう。そう思った私は呼び鈴を無視することにした。
 ……だが、今回の客人は根気があるらしい。私が無視を決め込んでも、玄関の外のなにがしは諦めずに何度も呼び鈴を鳴らしてきた。
 呼び鈴というのは、家人に客人の来訪を伝える物だ。その為に家人の気を引く音が出るように出来ている。つまり、非常に耳障りな音なのだ。
 そんな音が何度も繰り返されるうち、何を書いていたのか良く分からなくなってきてしまった。もうすぐ主人公の男がサキュバスに押し倒されるはずだったのだが、なかなか文章が出て来ず、出て来ても気に入らない文章になってしまう。
 ついにベッドシーンまでの流れ自体が気に入らなくなってきて、私はとうとうノートパソコンのキーボードから指を離した。集中力が切れたのは明らかだった。
 気を紛らわすためにも、客人の相手をしてやる事にした。ここまでしつこい相手がどんな顔をしているのか、興味もあった。
「はいはい。今出ますよー」
 はてさてどんなふてぶてしいセールスマンか、それとも熱心な宗教者だろうかと思って玄関の扉を開けると、意外にもそこに居たのはまだうら若い女性だった。
「あ、あの。注文を受けたので、お届けに参りました」
 てっきり営業スマイルが顔面に刻み込まれたかのような中年を予想していた私は、そのあまりの格差に言葉を失ってしまう。
 驚いたのは彼女が若いという事だけでは無かった。
 彼女は、控えめに言ってもとても可愛らしい女性だった。大きな青灰色の優しそうな瞳。傷一つない肌理細やかな肌。少し低めの形のいい鼻。ふっくらとした柔らかそうな唇。幼さの残る人懐っこい表情。
 だが、驚くべきことはそれだけでは無かった。むしろそれ以外の身体的特徴の方が衝撃的だった。
 彼女の手足は人間の物では無かった。雪を思わせる白銀のふさふさの獣毛に覆われた、白熊を思わせる獣の四肢をしていたのだ。
 髪の色も手足と同じ白で、肌はそれと対照的に健康的な小麦色だった。
 彼女はまたビキニのような薄物しか纏っておらず、小麦色の素肌をこの寒空に大胆にもさらけ出していた。
 白い毛皮の手足につやつやの褐色の肌が映えていて、健康的な色気を感じてしまう。
 一応ビキニの他にも赤色のマフラーとサンタ帽をかぶっているようだったが、この冬の寒空の下防寒具として役に立っているとは思えなかった。
 明らかに人間とは思えなかった。これこそまさに魔物娘に違いない。そうでなければ、コスプレのデリヘルが部屋を間違えたとでも言ったところだろうか。
「えっと。お名前を確認させていただきますね」
 彼女はその豊かな胸の谷間から小さなメモを取り出すと、それを見ながら明らかに私の名前を口に出してきた。
「確かに私ですが……」
「先ほど注文をされましたよね? 間違い、ありませんよね」
「あぁ、はい。コタツを」
 私は再び驚きを禁じ得なかった。炬燵を注文したのはついさっきの事だ。まさかもう郵送されてきたとでも言うのだろうか。
 だが、その割には彼女は手ぶらで来ているようだ。あるいは、道にトラックでも止めて来ているのだろうか。
 想像してみると、この娘がこの格好でトラックを運転しているという図はなかなかシュールだった。小説のネタにするのも面白いかもしれない。
 そんな事を考えていた私の余裕は、しかし彼女の一言によって一気に霧散してしまう。

「良かったぁ。えっと、それでは、よろしくお願いします。旦那様」

 彼女は恥じらうようにもじもじしながら、私の事を上目づかいで見上げてくる。私には何が何だか分からなかった。なぜ炬燵を届ける事を恥じらっているのか。旦那様とはどういう意味なのか。
「あの、それで、炬燵はどこに?」
「私がコタツです」
「へぁ?」
 「え?」と「は?」が同時に発音されて情けない声を出す私に向かって、彼女は非常に分かりやすく回答を与えてくれた。
「私はイエティの、名前はコタツと言います。嫁配送サービスサイトで私を買っていただいて、ありがとうございます。私に出来る事でしたらどんな事でもご奉仕しますので、どうぞ何でも言って下さいね」
 彼女の言葉を聞いて、私は初めて頭の中が真っ白になるという感覚を身を持って理解できた気がした。


 その後我に返った私は、とにかく彼女を家にあげることにした。
 いつまでも玄関先で話していては風邪を引いてしまいそうだし、またこんな格好をした女性が玄関に居るところを誰かに見つかってしまっては辺りに妙な噂も流れかねない。
 もっとも後者に関しては、彼女がこの格好でここまで歩いて来ていたとしたらもう取り返しのつかない状態になってしまっているのだが。
 座布団を用意し、壊れているので暖かくなる事は無いのだが、彼女にも炬燵に入る事を勧める。
「間違い?」
「私が買おうと思っていたのは、暖房器具の炬燵なんだよ。決してその、デリバリーヘルスのような物を頼んだわけでは無いんだ」
 炬燵に入ったコタツはそれを聞いて涙目になる。決して悪い事をしているわけでは無いなずなのだが、女の子に泣かれると罪悪感を感じずにはいられなかった。
「でも、あの、私は旦那様に買ってもらえたので、だからここに……」
 彼女は再度胸の谷間から書類を取り出し、私に見せてくれた。それによると確かに私が嫁配送サービスサイトで彼女を購入した契約になっていた。
 私は首を傾げずにいられなかった。人間間違えることはあるだろうが、なぜ家電の通販とデリヘルのサイトを間違えてしまったのか。と言うかそもそも嫁配送サービスとはいったい何なのか。
 私は調べてみるのが一番早いと考え、コタツを買ったウェブサイトを再確認することにした。
 某大手検索サイトを開き、コタツの通販で検索する。そこからリンクを辿っていくと、問題無くウェブサイトが表示された。
 先程確認したページから変化したような気配も感じられない。写真は載っていないものの、紹介文は炬燵の説明であったし、スペック表のような数値も並んでいる。
 人外娘の小説にありがちな、ひょっこりと入った路地裏の店がその後二度と見つからなかったというパターンというわけでは無いようだ。
「ほら。このページだろう。冬の寒さに人肌のような自然な温かみを。これは炬燵の通販のページだろう?」
 彼女が身を乗り出して画面を覗き込んでくる。銀色の髪から女の子特有の甘酸っぱい香りがした。
 こんな匂いを嗅ぐのも何年振りだろうか。考えそうになったが、虚しくなりそうだったので止めた。
「はい。嫁配送サービスの私のページです。えっと、左上の会社のロゴをクリックしてください。サービスの説明とか、出てくるはずです」
 言われるままに左上のロゴをクリックする。
 株式会社アビスコーポレーション。画面上には本社のビルらしい写真が表示されており、他には会社案内やサービス内容、商品案内などのリンクが張られている。
 風俗サイトのような派手さの一切無い、普通の一般企業のウェブサイトにしか見えなかった。
 試しに会社案内をクリックしてみるも、やはり普通の企業のようにしか思えない。
 事業内容を見ていっても特におかしなところは無さそうだった。食品の研究開発及び販売、エステティック業、化粧品の研究開発及び販売、アミューズメントパーク、レジャー施設の経営、魔物娘の配送サービスなどと書かれているだけで、どこも不審な点は……。
「あれ?」
 家電用品の通信販売などとは書かれていなかった。その代わりに、ばっちりと魔物娘の配送サービスなるものが記載されていた。
 試しにサービス内容のページを開くと、魔物娘一覧なるリンクが張られていた。
 震える手でクリックすると、たくさんの女性名がずらりと並ぶページが表示された。その中にはコタツの名前も並んでおり、クリックして表示されたのは私が購入を行ったページだった。
 ページを三度舐めるように確認すると、全て私が間違っていたことが判明した。
 炬燵のスペック表だと思っていたのは、コタツの身長体重やスリーサイズだった。よくよく画面を確認していくとコタツの画像表示ボタンもちゃんとあった。
 クリックすると、青年誌のグラビアばりのセクシーポーズを取っているコタツの写真が画面いっぱいに表示された。
 頬を染めて四つん這いになっているコタツ。豊かな胸を寄せて、谷間に魚肉ソーセージを挟んでいるコタツ。バニラのアイスキャンディーを咥えた蕩けた表情をしているコタツ。口元や胸元に垂れた白くどろりと溶けたアイスは、もうそう言う物にしか見えない。
「はわわ。あ、改めてそんなに見つめないでください。恥ずかしぃですぅ」
 コタツは顔を真っ赤にしながら私からマウスを奪い取り、画面を閉じてしまう。
 正直画像が消されて残念だと思ってしまった自分がやるせない。多分一人で居たら名前を付けて保存していただろう。そしてきっともようした時に……。
 ……しかし当の本人を前に私は何を考えているのだろうか。
「本当に、名前がコタツって言うんだね」
「はい。あの、日本語で発音するとそうなります。名前、変えようかとも思ったんですが、社長も面白いし分かりやすいからコタツのままでいいんじゃないかって。ちなみに本当の名前は……」
 その後彼女が発した響きは、確かに日本語では発音する事が出来そうにない発音だった。強引に文字化するとすればコゥト・ハッテゥのような形になりそうだったが、確かにコゥト・ハッテゥと呼ぶよりはコタツの方が呼びやすく、分かりやすいだろう。
 私はひとしきり納得した後、一息ついてはっきりと告げた。
「悪かった」
 そして、素直に頭を下げる。
「家電製品を買ったつもりだったんだ。人身売買をするつもりでは無かった。どうか許して欲しい」
「人身売買だなんてそんな……。私は人間では無く魔物娘ですし、魔物娘は男性に必要とされることが何よりの喜びなんです、だから、その」
「お金はちゃんと払うよ。本当に申し訳なかった。もう、帰ってもらってもいいよ」
 しかし私が謝罪した途端、涙目だった彼女は更に今にも泣き出しそうな程に顔を歪めてしまう。
「い、嫌です。あ、じゃなくて、その、何のお役にも立たずにお金だけもらうわけにはいきません。その、社長にも怒られます」
「でも悪かったのはこちらなんだから。キャンセル料というか迷惑料というか」
 金銭的に余裕があるわけでは無かったが、襤褸を着れども心は錦だ。礼節はないがしろにしてはならない。
 しかし、彼女にも彼女なりのプライドのような物があるらしく、こんな事を言い出してきた。
「じゃ、じゃあ、私がその炬燵の代わりになります」
「コタツが炬燵の代わりに?」
「はい。私が炬燵になります!」
 私のおやじギャグは華麗にスルーされ、コタツは妙にやる気の篭った瞳で私を見つめてくるのだった。


 ウィキペディアによれば、炬燵というものは熱源の上に炬燵机を組み、炬燵布団を掛けたもので、蒲団の中に足を入れて暖をとるものとの事だ。
 熱源は古くは木炭、豆炭、練炭が多かったが。現代その多くは電気装置になっている。
 つまり、熱源は温かければ何でもいいという事なのだろうが、しかし、これは……。
「さぁ! 入って来てください!」
 四つん這いになって炬燵布団をかぶり天板を背負ったコタツが目をきらきらさせて私を見上げる。子供が遊んでいる姿にしか見えないのだが、本人は至って本気のようだった。
「いや、でも」
「私、体温は高いんです。きっと熱すぎずぬる過ぎず、ちょうどいいぬくもりで温めて差し上げられると思います」
「そうは言うけど……」
 と言うか、どこから入ったらいいんだろうか。
 股の間だろうか。いやいや流石にそれはまずいだろう。
 では腕と腕の間だろうか。流石に魔物娘の目の前に股間を晒すというのも危険な気がする。
 となると腕と脚の間が妥当だろうか。胸に触る事の無いようにだけ気を付けてさえいれば、彼女に不快な思いをさせてしまう事も無いだろう。
 ……いや、何を考えているんだ自分は。そもそもなぜコタツに入る事が前提になっているのだ?
「それとも、私ではやっぱりお役に立てませんか……」
 逡巡している間に彼女はまた泣きそうになってしまっていた。こうなってしまっては、私は折れるしか無い。
「分かった。入るよ」
「良かったです! ではここから!」
 そう言って彼女が示した場所は、まさに彼女の顔の下だった。
 恐る恐るコタツの中に入ってゆく。
「あっ」
「ど、どうした? どこか痛かったか」
「いえ、その……。胸が、擦れて」
 言われてみれば確かに太もものあたりに柔らかい感触を感じた。むっちりとして柔らかい何とも言えない感触。これは、つまり……。
「あの、やっぱり止め」
「いいんです。お役に立たせて下さい」
 懇願しながら見上げてくる彼女の目は、涙目と言うよりは色っぽく潤んで見えた。
 私は思わず生唾を飲み込んでしまい、慌てて咳払いをして誤魔化した。
「お仕事、作家さんなんですよね。私が一生懸命温めますので、旦那様はお仕事頑張ってください」
「あ、ありがとう」
 職業など紹介した覚えは無かったが、サイトで購入したときにでも入力したのだろう。
 ともあれ、確かに邪な考えを振り払うためにも仕事に集中するのが一番かもしれない。そう考えた私は、再び文章の世界に飛び込むべくノートパソコンを立ち上げた。


 炬燵代わりと言っても、流石にイエティが四つん這いになっているだけのことはあり、これまで使っていた炬燵机に比べるとコタツの背中の上は安定感を欠いていた。
 少し腕の位置を変えただけでノートパソコンが左右に滑り落ちそうになる。しかし、仕事の方はと言えば滞るどころかかつてない程に捗っていた。
 健康的な色気を醸し出すコタツの肉体も、ふわりと香る女の甘い匂いも、雑念になるどころかイメージの翼を広げ、筆の滑りを良くする潤滑油として働いてくれた。
 書き上げた文章も、軽く読み直しただけでもいつになく生々しく読む者の官能を刺激するように思われた。
 本当に時間を忘れてタイピングに打ち込んでしまった。こんなに集中したのは本当に久しぶりだった。
 しかしいくら調子よく集中できていたとしても、何時間もタイピングを続けていれば流石に疲れも溜まってくる。
 区切りのいいところで私が一息つこうとした、ちょうどその時だった。
 「きゅぅ」と小さな音が聞こえたのだ。
 私は咄嗟にパソコンから顔を上げ、そして視線をコタツへと下げた。
 コタツは私と目が合うと、急に頬を赤らめて目を逸らす。
「今の、コタツかい?」
「……いえ、お気になさらず。炬燵はご飯を食べない物ですから」
 でも、炬燵だって電気を必要とするじゃないか。そう言いかけた瞬間、私はようやくこの女の子に対していかに酷い事をしてしまっていたかを理解した。
 彼女自身が言い出したこととはいえ、私は彼女を机として、道具にしてしまっていたのだ。断りきれなかった私の責任だ。
 異種族間の愛を描こうとしている私が人外娘を私利私欲で道具として扱ってしまうなんて、本当にあってはならない事だ。
 食事くらいちゃんと出してやるべきだ。そう思って台所へと向かうべく立ち上がろうとした私の足を、コタツの腕が掴み止める。
「あ、あの。本当に大丈夫ですから」
「……いや、そうじゃないよ。私がお腹が空いたんだ。だから食事を準備しようと思って」
 まんざら嘘でも無かった。窓の外を見れば、既に日は傾きかけている。思えば昼ご飯も食べていない。腹も空くわけだ。
 コタツも渋々と言った感じではあったが分かってくれたらしく、手を離してくれた。
 私は台所に立つと、手早く十八番のもやし塩ラーメンを作った。材料は特売品のもやしと、安売りの時にまとめ買いしたインスタントラーメン、ただそれだけだ。
 普通に作った塩ラーメンの上に、軽く炒めて胡椒とごま油をかけた大量のもやしを乗せるだけなのだが、これが意外といけるのだ。
 私は作った手鍋ごと持って戻ると、再度コタツの中に身体を忍ばせる。
「あ……」
 ずるずると一口目を啜る。いつもと変わらない味だ。ぜいたく品では無いが、値段の割には美味い。
 と、さっそく太もものあたりに冷たさを感じた。見下ろせばコタツがよだれを垂らしていた。
 魔物娘にまたぐらに顔を埋められてよだれを垂らされたらもはや身の危険しか感じないが、確かイエティと言う種族はそこまで凶暴では無かったはずだ。
 現に、彼女は私を羨ましそうに見上げるだけで襲い掛かってくる気配はまるでない。むしろ「待て」を言いつけられた忠犬のような健気さだった。
「コタツも食べるかい?」
「いえ。私は炬燵です。炬燵は食べ物なんて食べませんから……」
 どうせそんな事を言うのではないかとは思っていたが、これでは健気どころか不憫になってくる。
 私はコタツから出ると、彼女の前に鍋を持って行き、箸で麺を見せつける。
 案の定コタツは目を輝かせながら箸の動きを目で追い掛けてきた。口元が緩みよだれが垂れているのにも気が付いていないようだった。
「べ、別に美味しそうだなんて思ってません。食べたいとも、思って……」
 麺を挟んだ箸を彼女の唇に押し付ける。
 彼女の鼻が少し引くつき、唇が箸に吸い付いた。
 ちゅるちゅると麺が口の中に吸い込まれてゆき、最後にぺろりと唇が舌で舐め取られる。
「どうかな。口に合ったかな?」
「はい! とっても美味し……。はっ、私、何を」
「悪いけど食器と箸がこれしか無いものだから、我慢してね」
「いえ、ですから私はっ!」
「はい。二口目」
 箸を差し出すと条件反射のように食いついてくる。耳がピコピコと動いているのは、嬉しいからなのだろうか。余程お腹が空いていたらしい。申し訳ないと思いつつも可愛くてたまらなかった。
「美味しい?」
「おいひいれふ」
 正直言って女の子に出す食事がラーメンと言うのもどうかとは思うのだが、残念ながら食料の備蓄はインスタントラーメンか米くらいしか無いのが現実なのだった。
 しかし、本人が喜んでくれているので良しとすることにしよう。
 自分の分を啜っては、コタツに一口食べさせてあげる。そんな風に食事をしていると、ひそかに二人分作っておいたラーメンもあっと言う間に無くなってしまった。
「ごちそうさま。いやぁ。誰かと食べるご飯はやっぱり美味しいな」
 絵面だけで見ると餌付けをしている風でもあったが、それでも一人寂しく食事を取ってばかりだった私にとっては、他人と共にとる食事は楽しい物だった。それも相手がこんなに可愛らしいお嬢さんなのだから、喜びもひとしおというものだ。
「あの、すみませんでした。ごちそうさまでした」
 コタツはそう言って俯くと、今度は小さく縮こまって身体を震わせ始めた。
 まさか泣き出してしまったのではないかと、私は慌てる。
「ど、どうしたの? 口に合わなかったかな?」
「い、いえ。その、炬燵の役割を果たしている最中に、重ねて申し訳ないんですが、その、あの……」
 小声過ぎて聞き取れず、私は彼女に顔を寄せる。
 彼女は顔を真っ赤にしながら、それを私の耳元に囁いた。
「あぁ、お手洗いは廊下に出てすぐ左側の扉だよ」
「本当に、本当に申し訳ありません」
 私が天板を外してやると、彼女は慌てた様子で炬燵布団を脱いで駆けていった。
 ずっと我慢していたのだろうか。我慢させていたのだとすると、虐待もいいところだった。
 私にそう言う趣味は無いので、ただひたすらに申し訳なかった。そう言う性癖の者を否定する気は無いが、やはりそういう物は創作物の中でのみに留めておくべきだ。
 初対面の相手の前でおもらししてしまうまで我慢させるのは、流石に可哀そうだ。
「まぁ、私が書くのに夢中になっていたのが悪いのだが」
 私の独り言は、いつものように四畳半に消えて行った。いつもの事のはずなのに、何だか急に肌寒さと寂しさを感じた。
 昨日まで、ついさっきまで独りで過ごして来たと言うのに、あるべき温もりが無くなってしまったような、身体の一部が無くなったかのような妙な寂寥感を覚えた。
 ただ、しばらく肌を重ねてくれていたコタツが居なくなってしまっただけだというのに。人肌の温もりというものは、やはり代えがたい安心感があるようだ。
「魔物娘……。考えてみれば、今の状況は凄く幸運な事なんじゃないのか?」
 魔物娘と会ったのはこれが初めてでは無い。いつも原稿を渡している編集者も魔物娘のサキュバスなのだから。
 しかし公共的な場所で会うためか、彼女はいつも角や羽を隠した人間の姿に変身している。その為、もしかしたらサキュバスと言うのは嘘で、本当はただの人間の編集者なのではないかと疑う事も出来た。
 と言うよりは、まともな人間ならば魔物が現実に存在するなんて信じられないのが普通だ。だからこそ私も魔物娘の存在を肯定しつつも、心のどこかで信じ切れてはいなかったのかもしれない。
 けれどコタツは、名前は変だけれどれっきとした魔物娘らしい魔物娘だ。近くで身体を見ても毛皮もコスプレのようには見えないし、白色の髪の毛も眉毛も染めたものには見えない。
 魔物娘は生涯愛する男性を一人と定め、決して浮気などせずに夫を愛し続けてくれるという。そんな魔物娘が来てくれたのだとしたら、そんな幸運が目の前にあるのなら、私は……。
「きゃああぁぁっ!」
 私が邪な考えを抱きかけたその時だった。お手洗いの方から絹を裂くような悲鳴が聞こえ、かと思えば扉が蹴破られてコタツが飛び出してきた。
「旦那様ぁっ」
 コタツは泣きながら私に抱きついて来る。一瞬見ただけだったが、彼女が完全にパンツを履き忘れているのをばっちり確認してしまったのが、男として高揚しつつもやるせなかった。
「どうした。コタツ」
「わ、私……汚されちゃいました」
 私の胸に顔を埋めてしゃっくり上げるコタツ。落ち着かせるべく頭を撫でてやりながらも、私はわけが分からなかった。
 トイレを汚してしまうなら分かるが、トイレに汚されてしまうというのはどういう事なのだろうか。
 まさかコタツと言う名前の魔物娘が居たように、お手洗いにトイレと言う名前の魔物娘が潜んでいたのだろうか。しかしだとしても魔物は全て雌であり、異性愛しかしないと聞いているので道理に合わない。
 だとしたら……。私はその可能性を考えて背筋が冷えて来てしまう。まさか暴漢でも潜んでいたとでも言うのだろうか。
「コタツ。誰にやられた? 大丈夫だ。私が守ってやるから」
「ひっく。ひく。い、いいえ、お手洗いの便器です」
「……へ?」
「よく、分かりません。私はそんなつもり無かったんです。旦那様以外の人とする気も、そういう気分にさせるつもりもありませんでした。なのに、私がちょっと"おしり"と書かれたでっぱりを押しただけで、いきなり私のおしりとあそこにぴゅっぴゅって」
 コタツは震えながら私の身体にしがみついてくる。その腕の力加減を考えれば、彼女が本気で嘆き悲しんでいるのは明白だった。
 しかし、対照的に私は脱力してしまった。彼女が言っていた物が何なのかようやく分かったからだ。
「大丈夫だよ。こっちの世界のお手洗いには、用を足した後にお尻を洗うために水が出てくるものがあるんだ。うちについているトイレにもその機能が付いていてね」
「ふぇ? おトイレに変身していた化け物とかでは無いんですか? ひっかけられたのは、精液では無いのですか?」
「ないない。出てたのはただの水だよ。君がこっちで住んでいたところには無かった?」
 コタツはしゃっくり上げながらも困惑を隠せないようだった。ショッキングな事が起こった後に色々と説明されて理解が追い付いていないようだった。
「私達が住んでいたところのおトイレは、わ、ワシキなんだって、社長が言ってました。エムジカイキャクの練習にもなるとかって。……私は何だか良く分からなかったんですが」
 和式か。それなら分からないのも頷ける。
 魔物娘の元の世界にはおしり洗浄機能の付いたトイレなど無いだろうから、ここまでびっくりするのも当然かもしれない。
「こわ、怖かったですぅー」
「とにかく大丈夫だから。ね、落ち着いて」
 私は震える彼女の身体を優しく抱き締めて、その背中をさすってやった。プリンとした真ん丸の魅惑的なおしりが手の届くところに晒されていたが、そこは紳士的にぐっとこらえた。
 髪を撫で、背中を撫で、「大丈夫、大丈夫」と声をかけ続ける。
 やがてすすり泣くような声も収まり、身体の震えも止まったのだが、しかし彼女はいつまでたっても私から離れようとはしなかった。
 顔を覗き込もうとすると避けるかのように顔を伏せてしまう。そしてなぜか私に身体を密着させて、強くしがみついて来た。
 胸の上に、温かく柔らかな二つの感触が押し潰される。甘い匂いに包まれて、私は何だかくらくらしてきてしまう。
 しかし、彼女の為にも私がしっかりしなければならない。そう思い、私は湧きあがってくる感情を抑えつける。
「どうしたの? まだ何か不安?」
「い、いえ、その」
 彼女は恐る恐る、と言った感じで顔を上げる。
 涙はもう止まっていたが、濡れた目元や頬が上気したようにほんのり赤みを帯びていた。
 艶やかな唇は小さく震えながら浅い呼吸を繰り返しており、妖しげな熱を帯びて潤んだ瞳が私の事を真っ直ぐに見上げている。
「あ……私……」
 今にもむしゃぶりついて来そうな、妖艶な雌そのものの表情。美しいというよりは可愛いという言葉が似合う彼女の童顔とあいまったそれは、どこか倒錯的で、なんとも官能的だ。
「安心したら、急に、その……。こんな風にされるの、初めてで……」
 私ははっとなって自分と彼女の格好を顧みる。
 事故だとはいえ、しなだれかかってきた彼女を私はしっかりと受け止めてしまっている。一応ビキニは着て居るが、下半身は剥き出しになっているし、ほとんど裸だと言っても過言では無かろう。
 そんな年頃の魔物娘と、私は肌を密着させてしまっているのだ。
 それに、魔物娘の中には男性のとある行動を強烈な求愛活動として捉えるような種族も存在している。
 例えば雨の日に彼女達に微笑み返すと言った些細な事を求愛とみなす種族もいれば、男性に自分の乳房を揉まれる事を一番の愛情表現として受け取る種族もいる。
 他ならぬイエティにもそう言った傾向があった。彼女達にとっては相手を抱き締める事こそが求愛活動であり、相手が抱き締め返す事を愛情を受け取ってもらえた事だととらえる。確か、そう言う習性を持っていたはずだ。
「駄目、です。炬燵は発情なんてしませんから」
 コタツは目を伏せ、唇を噛むと、小さく震えながら私の元から離れた。
「せめて、せめて私は炬燵としてでも、旦那様のお役に立ちたいんです」
 そして彼女は再び四つん這いになった。……焦っていたのか、パンツを履かないまま、私の方にお尻を向けて、だ。
 当然、私の目の前にお尻と、その、彼女の局部が晒される事になる。
 コタツのお尻は美しかった。できものや傷跡、染みなどの一つも無い、丸みを帯びたすべすべのチョコレート色のお尻だった。
 そしてその谷間には、蜜を滴らせた淫らな花が咲き乱れていた。
 私は、今日何度目かの生唾を飲み込む。
「旦那様、どうか私をお使いください」
 コタツは小さくお尻を振ってから、左右に足を開く。
 『私を使う』と言う意味が、もう卑猥な意味にしか捉えられない。コタツは純粋に、炬燵として使ってくれと申し出てくれているだけだというのに……。
 いや、魔物娘としては、性の対象とした方が彼女達を悦ばせてあげられるのだろうか。
 私にはもう、ろくな思考力は残っていなかった。
 視線が彼女のお尻から離せなかった。その肌に触れて、指で、手の平全体で柔らかさを確かめたくてたまらなかった。
 蜜を滴らせた花を見つけたら吸わない虫などいないだろう。では、雌の花を前にしたら、雄はどうするべきか……。
 だが、待て。今の彼女は、炬燵なのだ。
 彼女は言ったではないか。
 炬燵は発情なんてしない。
 炬燵に欲情する事だって、あり得るわけが無い。
 コタツが小さく震えている。どこからか、荒い息遣いが聞こえて来る。
 背筋がぞくぞくしてきて、急に胸のあたりが冷えて、下半身にむずむずとした感覚が広がり始める。
「はっ。ぁうっ」
 気付けば私は彼女の内腿に指を滑らせていた。
 つーっと撫で上げ、花びらの縁に触れるか触れないかのところをなぞり、そして柔らかなお尻の肉を手の平全体に包み込んで、揉みしだく。
 何もおかしな事はしていない。私は炬燵の足を撫でただけなのだから。
 こうやってお尻に口づけしても、ぺろりと舐めても、甘噛みしても、何らおかしくないはず……。
「ひあぁっ。ひゃうんっ」
 コタツは、匂いも味も甘かった。現実の女は酷い体臭の者も居ると聞いていたが、コタツは悪臭とは無縁のようだった。
 柑橘系のような、花のような甘い香りがして、汗もほのかに甘く感じられた。
 私はお尻から指を滑らせ、花びらをなぞる。上へ、下へ、割れ目に蜜を馴染ませてゆく。
「あ、あ、あ、あ……」
 そして私は、とうとう花の中に探りを入れてゆく。ひくつくそこに指をあてがうと、彼女は自ら私を招き入れてきた。
 指をゆるくかぎ状にして、中を引っ掻き回す。
「あ、あんっ! やめ、あ、あぁっ」
 狭い四畳半に、くちゅり、ぐちゅりと粘ついた水音が響き始める。
「あ、ああっ。だ、旦那、様ぁ。ダメです、ダメ……。でも、あぁっ」
 飴のように甘ったるい囁き声が聞こえて来る。
 視界は狭まり、胸が早鐘のように打つ。私は、もう限界だった。


「コタツ。私はもう限界だ。こちらを向いてくれ」
「ふぇ? は、はい」
 身じろぎの音を聞きながら、私は頭を下げる。正直、申し訳が立たなくて顔を見られなかった。
「だ、旦那様!?」
 驚きの声を聞いても、私は頭を上げられない。
「済まなかった。本気で、申し訳ないと思っている!」
「そ、そんな。良く分かりませんけど、とにかく頭を上げてください。土下座なんて」
「いや、謝らなければ気が済まない。私は、健気に役に立とうとしてくれた君に欲情してしまった!」
 私は、思っていた事をそのまま言葉にする。
 コタツの返事はなかなか返って来なかった。しかしそれも当然だろう。欲情したと聞かされ、それどころか変に手を出されてしまったのだから。
「旦那様」
 覚悟はしていた物の、コタツの声はそれまでと違って険を帯びていた。
「ご、ごめんなさい。許してもらえるなら、何でも」
「ここで謝るなんて、逆に失礼ですよ。……あんな事したんだったら、最後までしてください」
 私は思わず顔を上げる。
 コタツは、少しの呆れと怒り、そして喜びと期待が入り混じったような表情で私を見下ろしていた。
「私は、もともとそのつもりで来たんですよ? あなたに選んでもらえて、本当に嬉しかったんですから」
「いや、でも。男としても人間としても、私は三流で」
「そうかもしれません。でも、旦那様の書いたお話、私は大好きです」
 私は驚いて言葉が出なかった。
「魔物と人間が身を寄せ合い愛し合う、旦那様の優しいお話。この世界に来たばかりの頃から旦那様の本はずっと私の理想でもあり、心の支えでもあったんですよ。
 素敵な男の人と、こんな恋をしたいなぁって。こんな話を書ける人なら、きっと素敵な人なんだろうなぁって、ずっと夢見て来ました。
 私、旦那様のファンだったんです」
「それで、私が作家だって知って」
「確信は無かったんですけど、カマをかけても否定されなかったので。えへへ」
「……ごめん。こんなんで」
「そんな顔しないで下さい。私を買ってもらえたときは、大好きな本を書いている作家さんに選んでもらえたと思って、とっても嬉しかったんです。
 ……まぁ、間違いだって言われちゃったんですけど。でも、どうしても離れたく無くって……。
 確かに情けない部分も見ちゃいましたけど、旦那様はやっぱり優しくて、真剣な人でした。
 それに、私も炬燵になるなんて言ってご迷惑をかけてしまいましたし。これでおあいこです。それでいいじゃないですか」
 コタツははにかむ様に笑う。
「旦那様、改めてお願いします。私を、抱いてください」
 私は彼女の目を見て、大きく頷いた。


 布団の上に二人で移ると、私達はどちらからともなく衣服を脱ぎ始めた。
 男の脱衣など浪漫もかけらも無いだろうと、私はとっとと下着ごと部屋着を脱ぐ。
「ど、どうしたの?」
 コタツの動きが、ビキニの紐を取ろうというところで止まっていた。
「……旦那様の、おちんちん」
 興奮して半ば膨らみかけている愚息。正直、あまり自信のある代物では無い。
「すまない。こんなので」
「そんな事ありません! 私にとっては、地上でただ一つの宝物です!」
 コタツは首を振り、目を輝かせてそんな風に言ってくれた。
 その気持ちが嬉しかった。魔物娘と言う存在は、本当に一途で愛情深いようだ。
「私も、脱ぎますね」
 コタツが腕を引くと、はらりと胸を覆い隠していたビキニが舞い落ちる。
 手の平に収まりきらない、豊かな二つの乳房。見事な曲線を描くそれは、垂れることも離れることも無く、その大きさにも関わらず重力にも負けていなかった。
 その頂点では、褐色に桜色を混ぜたかのような色合いの小さな乳首がぴんと上を向いている。
 肌もやはり肌理細やかだった。蛍光灯の明かりを照り返して妖しく艶めいている二つのたわわな乳房が、コタツの寄せてあげるような動きと共に柔らかく形を変える。
「あの、えっと。恥ずかしいです」
「す、すまない」
「胸だけじゃなくて、色んなところを見て下さい。それで、えっと、見るだけじゃなくて触って欲しいです」
 私は自分の顔が熱くなる事を自覚する。そしてコタツの顔もまた、真っ赤だった。
「い、いいの?」
「あ、当たり前です。だって私達、これからもっと破廉恥な事するんですよ?」
 言われてみればその通りなのだが、いざ彼女の美しい裸体を前にしてしまうと何とも変に興奮と緊張をしてしまって硬くなってしまう。
 しかしこのまま硬くなっていたのでは、せっかく心を開いてくれた彼女に対して失礼だろう。
 私は二度三度と深呼吸を繰り返し、覚悟を決めて彼女ににじり寄る。手の届く距離へ、そして息がかかる程の近くへ。
 まつ毛の数でさえ数えられそうな程に顔を寄せる。指で髪を梳いて、耳たぶをくすぐり、首筋を撫でて頬を包む。
「ふふ。くすぐったい」
 彼女は小さく微笑んで目を瞑った。
 私はもう迷わなかった。
 彼女の唇に、自分の唇を優しく重ねる。それは少し湿っていて、温かくて、そしてこれまで感じたことも無い程に柔らかかった。
 彼女の両腕が私の背中に回り込む。ふわふわの獣の毛皮で覆われた両腕は、少しくすぐったかったがそれ以上に温かく、不思議な安心感と心地よさを与えてくれた。
 彼女の唇が、私の唇をついばみ始める。上下の唇で挟む様にして、唇同士の感触を楽しもうとするかのように。
「んっ……ちゅぅ」
 私もそれに応戦する。唇同士が重なり、強く押し付けられては引いていく。その度に背筋を電流のような感覚が突き抜けてゆく。
 やがてどちらからともなく唇を割って、舌を絡ませ始めた。
 さっき二人で一緒に食べたばかりのラーメンの味が蘇る。その生々しさが、さらに身体を熱くさせた。
 唇以上にとろけてぬめる舌同士が激しく擦れ合い、口の端から唾液が零れ落ちる。それすらもったいなくて、互いの顎を舐め取っては、再び激しく口づけを交わし合った。
 下腹から込み上げる衝動のまま、彼女を押し倒す。
 片方の手で耳をいじくり回しながら、もう片方の手で豊かな乳房をすくい上げるように手の中に収め、その柔らかな感触を堪能する。
 手の平に吸い付いてくるような肌は、興奮の為か汗でしっとりとしていた。乳首を軽くつまみ上げると、彼女は小さく喘ぎ声を上げた。
「ちゅ、ちゅるっ。……あ、あ、あんっ」
「声、可愛いね」
「ひぁ。そ、そんな事……。あの、耳弱いので、そんなに弄られると」
 私はにやりと笑い、彼女の髪の中に顔を埋める。
 彼女の匂いを強く感じながら、その獣の耳に口づけし、そっと甘噛みする。
「ダメ、ダメですったらぁ」
 身を強張らせる彼女が面白くて舌を入れると、彼女はびくんと身体を痙攣させた。
「ふあぁ、だめぇ……」
 同時に手の平を乳房からなぞり下ろしてゆく。肋骨の上を通り過ぎ、おへその上で指を躍らせ、適度に脂肪の乗ったお腹をまさぐって、そして再び、彼女の大切な場所へ辿りつく。
「ごしゅじん、さまぁ……。ひぁあっ」
 彼女のまたぐらを手の平全体で緩やかに擦る。
 すぐにくちゅくちゅと音がし始め、手の平は蜜でびしょびしょになってしまった。
 指を、今度は二本忍び込ませ、彼女の中を掻き回す。
「あ、だめです、だめ、あ、あ、あ、あっ!」
 彼女の手が強く私の身体にしがみつき、そして最後に、彼女は一際強く痙攣した。
 軽く気持ち良くしてあげたいと思っていただけなのだが、思っていた以上に彼女は感じやすいようだ。
「ふぁあ、ああぁ」
「ごめんね。大丈夫? 辛く無かった」
 彼女は涙を一滴流しながらも、私の顔を見て微笑みながら首を振った。
「すごかったです。とっても気持ち良かった。……でも、今度は一緒に気持ち良くなりたい」
 そう言うと、彼女は私の体制を、身体を、彼女の中に入りやすいように導いてくれた。
 彼女のふわふわの手の平が私のそこに触れる。彼女との口づけや彼女に触れる心地よさを感じているうちに、私のそこは既に痛いくらいに堅くそそり立っていた。
 仰向けになり足を広げる彼女。あとはもう、私が腰に力を籠めるだけだった。
 私の先端が、彼女の雌の唇に触れる。強く力を籠めるまでも無く吸引されるかのように彼女の中にずぶずぶと飲み込まれていってしまう。
「くっ。すごい」
「あぁ、あああ……」
 中はヌルヌルにぬめっていて、トロトロにとろけていながらも隙間なく吸い付いて強く閉めつけてくる。
 蜜で満ちた雌肉を肉棒で押し広げながら進んでゆく。途中で何かを破ってしまったような感触もあったが、その時にはもう私は快楽の波に飲み込まれており、腰を突き入れる事しか考えていられなかった。
「いっ。あぁっ」
 細やかな柔毛が敷き詰められたかのような彼女の最奥に先端にたどり着いた時、ちょうど私の全ても彼女の中に飲み込まれていた。
 私は衝動の命ずるまま、腰を引き、突き入れる。
 腰を引けば柔肉がかりに絡み付き、突き入れれば竿まで全て温かく包み込まれ揉みしだかれる。
 全身を衝動が駆け抜ける。視界が狭まり、もう自分でも抑えられなかった。
「うっ。コタツ、コタツっ」
「あぁ、旦那様。大好きです。どうぞ、私の奥に下さいっ」
 私は彼女の身体を強く抱き締めながら、その最奥で欲情を解き放ってしまった。
 どくどくと脈打ちながら、尿道を精液が駆け抜けていく。
 腰の裏側が焼け付いてしまいそうな激しい感覚と共に、私の中の熱が彼女の奥の奥にそそがれていく。
 脈動は長く長く後を引いた。これまでの人生の中で一番長いと思える程の射精だった。
 やがてそれが落ち着いて来ると、あとには胸の上で重なる二つの心音が残った。
「コタツ。ありがとう、とっても気持ち良くて、幸せな気持ちになれた」
「えへへ。私もです旦那様。こんなに幸せな事があるなんて、初めて知りました」
 身を起こし、頬を染める彼女に小さく口づけする。
 そして何気なく未だ繋がったままの接合部に目をやり、私は急に冷静になって後悔してしまった。
「コタツ。済まなかった。痛かっただろう?」
「え?」
 接合部には、混ざり合った二人分の愛液と、少し漏れ出た精液、そしてわずかにだが、赤い血が付いていた。
「私なんかに、初めてを……。それに、早かったよな。満足させてやる事も出来なかったよな」
 コタツは私の首に腕を回すと、悪戯っぽく微笑んだ。
「痛かったのは、本当にちょっぴりだけです。それよりも気持ち良くて、嬉しくて、痛みなんてほとんど感じませんでした。
 それに長さだって気になりませんでしたよ。旦那様と気持ち良さを共有できた。それだけで私は……。
 でも、あの。私こそ何も入れた事の無い初めての場所でしたけど、満足してもらえましたか?」
「大満足だ。不満なんてあるわけ無い。今なら死んだっていいさ」
 軽口を叩くと、彼女は本気で慌てたようだった。
「だ、駄目ですよ。わ、私、もっともっと旦那様と、したいです。
 旦那様にとっての何番目かの相手かは分かりませんが……。行為の回数と濃さだけは誰にも負けたくありません」
 私は、ちょっとばつが悪くなる。言うべきだろうか。恥ずかしい事ではあるが、しかしきっと彼女なら笑わないでいてくれるだろう。
「今のが、初めてなんだ」
「へ?」
「まともにキスするのも、さっきのが初めてで……」
「でも、えっちなお話とか。さっきの指使いとか」
「小説は、その、理想と言うか……。指は、こうしたら気持ち良くなってくれるかなぁって、それだけで……」
 誤魔化すようにから笑いすると、突然顔が柔らかい感触に包み込まれる。
 彼女の匂いがして、それでようやく胸の中に抱きしめられたのだと気が付いた。
「こんな事言ったら申し訳ないかもしれませんけど。私嬉しいです。初めての相手になれて、とっても嬉しい!」
「ふが、こたっ、苦し」
「しましょう! これからいっぱいしましょう! 私、旦那様とだったらいつでも、どこでも、どんな事でもします! これから夜まで、いえ、朝までしましょう!
 ……旦那様? あ、すみません。私」
 息が止まりそうになった寸前、何とか私は解放された。
 乳に埋もれて窒息死するなど、色んな意味で男としてはなかなかの死にざまではあるが、私はまだ生きて色々と楽しみたい。
「ありがとう。でも、したいところはやまやまだけどちょっと休まないと駄目みたいだ」
 私は、彼女のありがたい申し出をやんわりと断るしかなかった。
 今まさに、力を失った私自身が彼女の中から抜け出て来てしまったばかりだったのだ。
「こんな仕事のせいか、体力が無いみたいでね。どうも」
 コタツは少し残念そうに私のあそこを眺めると、何か思いついたかのようにぱっと表情を輝かせて力のこもった視線を私に向ける。
「……大丈夫です。私に任せてください」
「でも」
「夫をタたせるのが妻の役目だと、社長も言っていました」
 絶対間違った知識だろうと思いながらも、私は特に言及せずに頷いた。
 ぎゅっと両手を握りしめて意気込むコタツは、拒否するにはあまりにも可愛らしすぎた。


「私達魔物娘には、多かれ少なかれサキュバスの、淫魔の魔力を持っています」
「淫魔の魔力?」
「そうです。男性を元気にしてその気にさせたり、女性の隠された性欲を引き出したり、交わりをより楽しめるように心を開放的にさせたりする力です」
 コタツは私のまたぐらに屈みこみ、私のそれを両手で包み込む。
 片手で陰嚢を、もう片方の手で竿の部分を。
「うっ。……でも、魔力なんて本当にあるのかい?」
「うふふ。信じられないなら、今からそれを証明します」
 彼女は私の力を失ったそれの先端に口づけし、そして唇で余った皮を剥きながら亀頭を咥え込む。
「コタツ。そんな、汚いよ」
 私は止めさせようとしたが、彼女は咥えたまま首を振るだけだった。
 射精したばかりの敏感な亀頭にぬるりと舌が這い回り、唇が竿をやわやわと愛撫する。
 どうしようもなく腰がびくんと跳ねてしまう。彼女を離そうにも、腕に力を入れようとした瞬間に弱い部分を責められるので、どうしようもない。
 淫靡な舌が亀頭や裏筋、かりのくびれを這い回る。柔らかな口の中の肉が竿全体に吸い付いてくる。
 腰の奥から、再び熱い何かが湧きあがってくる。
 心臓と、そしてまたぐらが強く脈打ち始め、やがてそれが全身へと広がっていく。
「じゅぷ、じゅぷ、じゅるるる」
 卑猥な音を立てて、コタツは私のそれを啜り上げながら頭を上下に揺する。陰嚢を優しく撫で回し、時に力を入れてマッサージしてくる。
 顔が歪み、よだれまみれになるにも関わらずコタツは必死で私をたてようとしてくれている。
 口の奥に深く咥え込んだ顔でさえ美しい。愛しくて、胸が熱くなってくる。
「うぁ、あああ。……これ、は」
 気が付けば、私のものは先程を凌ぐほどに大きく硬く膨れ上がっていた。血管の浮き出たそれは、見ようによってはグロテスクにさえ見える程だ。
「んちゅぅっ。ようし、あとは、こっち」
 彼女は竿から口を離すと、今度は陰嚢の方に食らいついてきた。
 睾丸を吸い、甘噛みし、舌で転がし、竿の付け根まで丁寧に舐め上げられる。
 そそり立った肉棒はねっとりと手淫されていて、腰全体がびくびくと震えて止まらなくなってしまう。
「コタツ、もう、その辺で……、くっ」
「気持ち、いいですか?」
「あぁ、良すぎるくらいで。……な、何を?」
「じゃあ、仕上げをしますね」
 コタツは再び肉棒を咥え込むと、激しく手で扱き上げながら強く強く吸い上げてきた。
 不意打ち、という事もあったせいか、これまでの愛撫が良すぎたのか。限界を迎えたはずだった私は、彼女の口の中で再び果ててしまった。
「コタツ。うっ」
「んむぅっ」
 二度目にも関わらず、さっきよりも激しく、量も多かった。
 コタツは一瞬驚いた様な顔をしたものの、私が放った物を零さずすべて口で受け止めきってくれた。
 射精が収まると、最後に尿道に残った精液まで吸い上げ、鈴口を舌で舐め上げてくる。
 情けない顔をしているだろう私を見上げ、コタツは得意そうに笑った。
 そして口を開け、わざわざ口いっぱいにそそがれた白濁を見せつけてきた。
「全く、ちょっとエロ過ぎだ。そこまでしなくたっていいんだよ? ほら、今ティッシュを……って、おい」
 コタツは口を閉じると、ごくりと喉を鳴らして口の中のものを飲み干してしまった。
「えへへ。旦那様の精、とっても美味しかったです。とろっとして、つんと香り高くて、喉に絡み付いて来るのが堪りません」
 嬉しいやら恥ずかしいやらで、頬が熱くなってきてしまう。
 そんな私を、今度は彼女の方から押し倒してきた。
「旦那様ぁ、だーい好きぃ。えへへへへ」
 にこにこと笑いながら、彼女は私に肌を密着させてくる。柔らかな胸を押し付け、私の首筋にキスして舐めてくる。
 その頬が上気したように赤い。発情しているのか、それとも彼女達は精液で酔う事でもあるのだろうか。
「もっとしよう? いっぱいしよう? いいでしょ? 駄目って言っても、駄目だからねぇ。もう旦那様のおちんちんはしばらく勃起収まらないようにしちゃったんだからぁ」
 そう言いながら、彼女は私自身を掴むと、自ら自分の割れ目へと導いてくる。
「あっ、あっ、これぇ、欲しいのぉ」
 私の先端が割れ目に上下に擦り付けられる。陰核が擦られる感覚や、入り口を通り過ぎるもどかしさを楽しんでいる様は、淫らな獣の雌にしか見えない。
「入れちゃいますねぇ。あ、あああぁ」
 ずぶずぶと再び私は彼女の中に侵入してゆく。さっきよりも熱く、激しく脈動する彼女の中へと。
「く。コタツ、なんか変だぞ」
「えへへ。もう、旦那様の事しか考えられないんですぅ。旦那様の書いた本で、いっぱい言葉も勉強して、"一歩下がった妻"みたいになれるように頑張ったんですけどぉ。もう、頭の中真っ白ですぅ」
 彼女は強く感じながらも恥ずかしがるような蕩けた表情で私を見上げ、それから私の首元に猫のように頭を擦り付けてきた。
 確かに、イエティは貞淑な女と言うよりは動物的な可愛らしさの方が先だつような種族だ。
 これまでの様子よりは、確かに今の態度の方がイエティらしいとは言える。だが、なぜなのか。
「一生懸命、勉強したんですぅ。旦那様に出会えたとき、その方が気に入ってもらえると思ったから。だって旦那様の書くヒロインは、そう言う人が多いからぁ」
 確かに私の書く話には、そう言った魔物娘が出てくる話が多いかもしれないが……。
 だが、私と会える可能性は限りなく低いにも関わらず、それでも彼女は丁寧な言葉づかいを勉強していたというのだろうか。
 だとすれば今の状態は彼女にとってとてつもない幸福であり、それは私にとっても、これ以上ない程の幸運だ。
「コタツ。ありがとう」
 私は頭を撫でて、背中やお尻をさする。
「えへへぇ」
 彼女はやんわりと私を包み込んでくれる。その感触を、出来れば長い間楽しんでいたかった。激しい交わりでは無く、ゆったりとした交わりで。
「このまま、動かなくてもいいかな。もっとこうしていたい。射精して、絶頂して終わりじゃなくて、それまでをゆっくり味わいたいんだ。
 コタツには、刺激は少ないかもしれないが……」
「私もそうしたいですぅ。知ってましたかぁ? 魔物娘は、激しくされなくたって愛する人と繋がって、触れ合っているだけでとっても幸せで気持ちいいんですよぉ」
 その無邪気な笑顔に、私も笑い返した。
 私は掛布団を引っ張り上げてから、彼女の背中に腕を回し、強く強く抱き締めた。
 暖房の無い冬の部屋の中でも、コタツを抱きしめていれば寒く無い。むしろ心も体もぽかぽかと温かくなってくる。
 このまま日が暮れ夜が更けるまで。いや、朝日が昇るまで、こうしていよう……。私はそんな事を考えながら、彼女の匂いの中に包まれた。


 目が覚めると、登りきった日が部屋の中を明るく照らし出していた。
「あー、朝かぁ」
 冬の弱い西日でこれだけの明るさだという事を考えると、もしかしたら時間は既に正午を回っているかもしれない。
 せんべい布団のせいで最近では夜にも寒くて目が覚めていたのだが、今日は全く目が覚めることは無かった。
 私は傍らで安らかな寝顔を浮かべている彼女を抱き寄せ、口づけする。
 彼女を受け入れたあの後、私達は繋がったままの穏やかな交わりと、獣のような激しい交尾を繰り返した。
 そして疲れ切ってまどろみながらも、最後まで繋がり続けていたのだった。
「ふぁ、あぁー。あ、旦那様ぁ」
「おはよう。コタツ」
 コタツはにこーっと笑い、私の胸に抱きついて来る。
「おはようございますぅー」
 私は髪を撫でながら、胸に残った最後のしこりを確かめるべく口を開く。
「なぁ、コタツ」
「何ですかぁ」
「これでお別れ、とか無いよな?」
 コタツの動きが止まる。
「魔物娘はまだ世間的に認知されてないからすぐ別世界に帰らなきゃいけないとか、デリヘルみたいに一晩限りの相手だとか、そう言うの無いよな?
 サンタ帽被って来たけど、クリスマス限定のサービスとか、そう言うんじゃ無いよな?」
 一度しゃべり出すと、言葉が止まらなかった。
「私は自分が情けない男だとは思っている。君が来てくれた時も、魅力を感じつつすぐには抱けなかったし、顔も体ももっといい奴はいっぱいいるだろう。
 君に好意を持ってもらったことも運が良かった事だと思っている。
 でも、君の事が本気で好きになったんだ。ずっと一緒に居て欲しいと、本気で思っている。
 一晩肌を重ねていただけで、何を都合のいい事をと思われても仕方ない。でも私は本当に、むぐっ」
 彼女の唇が、それ以上私に言葉を紡がせてくれなかった。
 コタツはしばらく唇を押し付けていたが、やがて顔を離してはにかむ様に笑った。
「大丈夫です。どこにも行きませんよぉ。好きになった期間で言うなら、私はずっとずっと、ずーっと前から旦那様に憧れていたんですからぁ。
 それに、出て行けって言っても、もう駄目です。嫁配達サービスの返品は十二時間までしか効きませんし、一度手を出してしまったら返品は出来ないんですぅ」
「それじゃあもう返品は出来ないな。手どころか、色んなところに色んなものを出してしまったし」
「はい。いっぱい汚されて染め上げられちゃいましたぁ」
 コタツは心底嬉しそうに笑った。その笑顔を見ているだけで、胸の奥底が暖かくなってくる。
「それじゃあ、ちょっと遅いけど朝ご飯にしようか。いつも一人分しか用意してないけど、まだ買い置きがあるし。って、わぁっ」
 立ち上がろうとした私はしかし、腕を取られて再び布団に押し倒される。
「朝ご飯の前に、私もご飯が欲しいですぅ」
 お尻を振りながらコタツが覆い被さってくる。
 彼女の体温は本当に温かい。こうしていればエアコンやヒーターどころか、買うはずだった炬燵だって必要無いだろう。
 彼女がずっとそばに居てくれれば、寂しさに身が凍える事ももう無いだろう。
 私は小さく笑って、彼女を抱き締めてキスをした。
 今ならはっきりと言える。
 あの時の買い物は間違いでは無かったのだ。それどころか、これ以上ない程に良い買い物だった。
 なぜなら私はもう、寂しさにも寒さにも、煩わされる事など無いのだから……。



 ……



 …………



 ……………………


 

『先生。今回は珍しく締切ギリギリでしたね』
「いやぁ、それが、色々と、ありましてね、ははは」
『何か、息が切れているようですが、体調でも悪いのですか? 最近寒さも厳しくなってきていますし、気を付けてくださいよ?』
「へ? い、いえ、体調は、むしろ、すこぶるいい、ですよ?」
『そうですか。ならばいいのですが。ところで次の締め切りなのですが』
「その、ことなん、ですが。私の、我がままで、申し訳ない、のですが、いつもより、伸ばしてもらう事は、出来ますか?」
『なぜですか? やはり体調がすぐれないとか、旅行に行かれるとかですか? ……まさか、スランプですか!?』
「い、いいえ。そうでは、無いのですが」
『あー。当てましょうか?』
「え?」
『先生。恋人出来ましたね』
「……」
『しかも魔物娘の』
「……うっ」
『図星ですか?』
「図星です。(えへへぇ。旦那様、いっぱい出ましたねぇ)」
『……』
「……」
『……なんて妬ましい。私も加わっていいですか?』
「え?」
『お決まりの難聴ですか? 何度でも言いますよ? 私を抱いてください!』
「そうじゃなくて、おっしゃられてる意味が良く分からなくてですね」
『とにかく締め切りは変わりませんから! 恋人が居るなら、繋がりながらでも何でも書いてください! 他の先生方、例えば黒田サキ先生だってやりながら書いてるって噂ですから、真似すればいいんじゃないですか!』
「さらりと何言ってるんですか。そんなに怒る事……」
『何て言われても、締め切りは変わりません。……分かりました。先生のお身体も心配なので、定期的に様子を見させていただきにますので、そのおつもりでっ!』


「切られた」
「誰だったんですかぁ」
「担当の編集者さんだよ。なんであんなに怒っていたのかなぁ」
 私は携帯電話を放ると、コタツの身体の上に覆い被さる。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫。むしろ君とこうしていた方がインスピレーションが湧くし、抱き合っていれば意外とあっという間に原稿も掛けちゃうって気付いたし、だから」
「ふふ、またそんな事言ってぇ。あんっ。旦那様ぁ、そこはだめぇ」
 口ではそんな事を言いながらも、コタツは機嫌良さそうに笑って私を抱き締める。
 冬のコタツは魔物なのだ。一度入ってしまうと、なかなか抜け出せない。
 私はコタツに包み込まれながら、安らかな気持ちで目を閉じた。
13/12/25 23:54更新 / 玉虫色

■作者メッセージ
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

はじめましての方は、はじめまして。
お久しぶりの方は、お久しぶりです。

久しぶりの投稿となります。しばらく書いていないうちに上手く書けなくなり、でもせめて年内にはもう一つくらい話を書いて投稿したいなぁと思っているうちにこのような形になりました。

リハビリと、あと一応記念日にかこつけようとして慌てたので若干荒削りな感もありますが、楽しんで頂けたら嬉しいです。

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