連載小説
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♥後日談・初雪アフターバーナー
 目が覚めるときは、まず音から認識されるものらしい。
 耳元で規則的に繰り返される穏やかな呼吸音と、僅かな身動ぎに釣られて動く掛け布団の衣擦れ。それと、申し訳程度に外から聞こえてくる鳥の囀り。引っ張り上げられる意識。

「……」

 そうして目を開けると、カーテンの隙間から差す光で室内の暗さが既に取り払われていた。見慣れた天井に、早く起きろとせっつかれているようで。彼女が来る前までは、目を開けたらすぐに身体を起こしていた、んだっけ。なんだか久しぶりな感覚だった。そもそもこの天井じゃないな。
 顔を横に向け、鼻がくっつきそうなほど近くにあるその寝顔を確認する。寝ぼけた子犬が母犬を求める仕草とちょっと似てるよね、といつだったかに彼女に言われて、少し恥ずかしかった憶えが喚起される。だけど、でも、しょうがないじゃん。こんなすぐそばに、愛しい人がいるんだから。

「……んふ……すぅ……」

 俺とはるのどちらが先に起きるのかと言えば、基本的には俺のほうが早起きだったりする。実質一人暮らしみたいなものだったから、ゴミ出しやら朝飯の用意やらは自分でしなければいけなかったし、その習慣のせいで今でもおじいちゃんレベルの睡眠の浅さになってるんじゃないかと思ってしまう。だけどそれはなかなか悪くなくて、こうしてはるの幸せそうに堕落した寝顔を見るたびに、きっと今日も幸せな夢を見ているんだろうな、なんて微笑みが漏れてしまう。

 ――あれから、季節は巡った。
 結婚式を挙げるのは俺が手に職を付けてから、っていうことで、今はひとまず大学とバイトと家を往復する生活を続けていた。引っ越した先のアパートは魔物娘のために作られたものらしくて、はるは大家のサキュバスさんとすぐに打ち解けていた。それどころか若干家賃を下げるまでお願いしてきてくれたんですが。良妻というかコミュ力が凄まじいというか。
 俺が大学やバイトに行ってる間ははるもバイトしてるとのことで、初めて出会った時のように完璧に擬態をしていた。既に伴侶を見つけた魔物娘が人間に擬態する場合、美人や不細工ではなく当たり障りのない感じの雰囲気になるそうな。人々に印象が残らず、しっかり社会に参加してはいるけど、誰かしらと必要以上に関わり合いになることはないとか。魔法ってすごい。
 で、まあ、毎日必ず夜には家にふたりとも揃ってるようにして。さくばんはおたのしみでしたね、的な。魔物娘だし。バテずについていけてる自分が怖い。
 昨日もしっかりしっぽりしてしまったんですが、ああいうときに見せてくれるデーモンとしての艶やかな妖しさと、こうしてのんきに寝てる彼女の表情がまたギャップがあって……収まれ朝特有の生理現象。
 このまま篭ってると、彼女が起きたときになし崩し的にファーストラウンドが始まってしまうこともそれなりにあったりするので、いくらなんでもそれは不健全すぎるから避けておきたい。いつも通り、早起きできた自分の方から今日の朝餉を作るとしよう。そう考えてはるを起こさないように足を出して床に付けると、

「つぉあっ」
「ん、………………んー?」

 びっくりして思わず布団の中の彼女に抱きついてしまった。当然のごとく起きてしまうが、いやこれはなんでも仕方ない。床のフローリングがめちゃめちゃ極寒だったんだ。
 ふたり分の熱量が布団に篭っていたせいで、すっかり今の季節を忘れてしまっていた。もう初冬に入ってる。掛け布団に覆われない顔は凍えるし、床だって氷みたいになる季節だ。ただ、それにしてもこれはちょっと冷えすぎじゃないかと思う。うーん、これはもしや。

「ゆーくーん」
「ごめん、起こしちゃって。そんなつもりじゃなかったんだけど」
「いいよー。おはよ」
「ん、おはよう」

 あくびをむにゃむにゃ噛み殺しながら、寝ぼけた声で甘えてくる彼女。首から下を布団の中に埋めたままだから、さっきの俺と同じく寒さに気づいていないようだ。よし。

「わたしはにどねしまーす」
「布団が吹っ飛んだああああああああ!」
「へああああああさっむ!さっむ!!」

 思いっきり掛け布団をひっぺがした。はるのネグリジェ姿が露わになり、熱を奪われてごろんごろんと身悶える。やったぜ。満足した。
 やりきった男の顔で一息を吐くと、その一瞬後に俺は土下座をしていた。

「ゆうくん?」
「ごめんなさいもうしません」
「……わかってるよね?」
「はい……」
「よろしい。じゃ、それはあとにしてー、……なんだか今日すごく寒くない?」

 もうワンテンポだけ謝るのが遅れていたら、絶対にまずいことになっていた。彼女との生活の中で、こうした悪戯はイチャつきの一環として日常的になっていたけど、はるが身体からおびただしい量の魔力を浮かべているときはマジギレ寸前なので謝るしかない。
 今夜は覚悟しないといけない……。鷹見ゆうき、恋人との共同生活数度目の前立腺の危機に恐怖していると、はるはその様子で満足したのか話題を変えてきた。
 彼女の言葉に素直に同意を示すと、だよねー、と言いながらカーテンへと歩いていく。足冷たいだろうにスリッパも履かずによくやるな、とぼんやり思っていたが、はるがカーテンを開けたあとにはその光景に目を奪われた。

「おおー!」
「……いつのまに」

 視界の通る限り、銀一色。
 家屋やアパート、マンション、道路などの現代的な設計物は全て、寝ている間に降り積もった雪に白く染め上げられていた。いや、今もそうだ。上空の鈍い曇り空から確かな質量を持って落ちてくる雪の粒が、どんどんと世界を余すところなく塗りつぶそうとしている。
 こっちに越してきてから、初めての雪。しかもこれ、ものすごく早い初雪なんじゃないか。幻想的な光景に感嘆しつつ、冷静にエアコンの電源をつけた。

「すごいね!もう雪なんだ!うわー……真っ白……」
「ちゃんと服着ないと風邪引くよ」
「引かないよー、魔物娘はね。ふふふ」

 はるの尻尾が得意気に揺らめいて、こちらに尋ね返してるようだった。

「……厚着の寝間着、買ってこようかな」
「えー?それはいいんじゃない?」
「だって寒いし」
「暖かくしてあげるよー?湯たんぽ。はるたんぽ?」
「…………」

 ベッドに腰掛けてる俺の頭を、ふんわり抱えてくる。ネグリジェの薄くて上品な布越しに、彼女の青くて滑らかで柔らかい肌が触れてくる。顎の下には、今まで何回触れても飽きが来ない豊かな二つの山。布団の中でかいていた寝汗の匂いが、むわぁっと嗅覚を刺激してくる。
 おいばか、収まれ。この馬鹿息子は、俺の命令よりも圧倒的にはるの支配下にあるらしい。
 付け加えて言うなら、ぐちゅ、なんて湿った音が彼女の方から聞こえてきた。
 思わず顔を見上げる。

「……へへ♥ なんでだろうね?」
「なんでだろうね……」

 悲しいくらい条件反射だ。認めたくないけど。
 こうなった以上は仕方ない。ここで拒否なんてしたら、あとが更に怖くなってしまう。それは俺の望むところじゃないし、そもそも彼女を拒む理由なんてのもない。彼女が俺に求めるものこそ、俺が彼女に求めるもの。
 温もり。それは初めて出会ったときから変わっていない、ふたりの共依存だ。

 そっと彼女の腰を抱き寄せ、ベッドに登らせる。

「ん♥ いい?姿勢、変える?」
「このままで……寒いから」
「はーい♥」

 建前、朝から激しくするのも疲れるし。本音、はるに甘えたい。そんなもんだ。
 俺の足を跨いではさみ、はるは俺の顔に胸を押し付けながら熱棒を片手で操って自身のスリットに導く。亀頭にぬるぬるした感触が走り、腰が浮きそうになるのを堪える。
 すぐに入り口を見つけ、はるが腰を沈めていくと同時に一物は勝手知ったると言わんばかりのスムーズさで奥を目指していく。だけどその快楽を送ってこられる側としては、いくら彼女と何度も枕を重ねたとは言っても、感度に関しては童貞のときから成長できてないようだった。
 俺の足の上に腰を落ち着けたはるは、安堵の息を深く吐きながら両腕両足をこちらの背中に回してくる。それどころか、デーモンの特徴的な矢じり状の尻尾と蝙蝠のような翼まで使って、俺をひしと抱きしめてくれる。包まれてる。心も身体も。
 熱を帯びた実感が下から背骨を伝ってぞくぞくと走り、小さく呻き声が漏れる。彼女の様子を見る余裕がないけど、どうせいつも通り余裕綽々の笑みを浮かべてるんだろう。

「ふふふ♥ いつでもだしちゃっていいからね……♥♥」

 ベッドの上で俺が主導権を握ることは、情けないけど全然ない。俺がはるに対してそこまで乱暴に振る舞えないというのもあるし、彼女にリードされること自体に興奮してしまう。彼女も恐らく、俺を可愛がることに悦を感じてる。
 はるの細い指が俺の髪を梳かして、腰をぴったりくっつけたまま動こうとしない。肉棒全体がふんわりとした生暖かい真綿で締め付けられていて、徐々に登り詰めていく感覚。二人分の呼気。

「……前よりダメになってる気がする……」
「いいことだよー♥ ゆうくんはインキュバスになったんだから、どんどんダメになっていいよ♥」
「い、インキュバスって早くなるものなの……?」
「あれ、知らなかった?インキュバスになるとね、早漏で絶倫で女殺しになってくから♥ だから、ゆうくんはなんにも悪くないよ……♥♥」

 最後の一つについては個人的に異議を申し立てたい、のはどうでもいい。
 でも、そうか。早さについては前から変わってないように思ってたけど、スタミナは確かについてきた実感がある。はると初めて交わった時はたった一回で筋肉痛になっていた。今は毎日五回やるのが当たり前になってる。魔物娘と近しい存在になりつつある、まさにそうだった。
 堪えきれなくなってきた疼きが実体となって、快楽と共に尿道を一歩ずつ進んでいく。
 性的な卑しさを吹き飛ばした、ある種の聖母じみた柔和な笑顔を浮かべるはるに、貧しさのままにキスをする。触れ合うだけのものから、重ね合い、絡め合い、求め合って、与え合った。

「んっ♥ ちゅ、んむ♥♥ ちゅく、ちゅぅ、はぁ、ちゅ♥♥」

 だけど、激しいものじゃない。互いを確認して、通じ合って、安心する。
 求めてくれることを求めた彼女に、与えてくれることを与えた。数え切れないくらい繰り返した、どうしようもない中毒症状だ。

「ちゅふ、んっ、んん♥♥ はぁっ、ちゅ、ちゅ♥♥」

 じわじわと先から精液がにじみ出て、はるの中に満たされていく。普段の脈打つような吐精の快楽ではなくて、どちらかと言うと蛇口だ。緩められた栓から、彼女へと注ぎ込んでいく感覚。それを包んでいるものがやわやわと収縮してきて、射精を助けようとしてくる。はるも同じように、穏やかに溢れ出す絶頂を迎えているのかもしれない。
 なのに唇を離してくれないせいで、身体中が焼き切れそうだ。全身で気持ちいいものが渦巻いて神経を敏感にさせて、彼女に触れてる部分が熱を持つ。

「ん、ふぅ、ふぅーっ♥ ふぅーっ♥」

 ようやく迸りが収まると、はるは口付けを止めて荒い息をつく。
 それはこっちも同じで、顔を下に向けて彼女の肩口に額を押し付けて息を整えようとする。形の良い胸の谷間から結合部が覗き見えて、愛液がツヤを出しててらてらと光っていた。

「……ね♥ ゆうくん……♥」
「……なに?」

 誘う声で囁いてくる彼女に目を向けて、その表情がまだまだ満足できてないことを確認する。
 ただその瞳は、いつもの朝と違って爛々と輝いていた。

「今日は寒いよね……♥ 雪が降ってるくらいだもん、暖まらないとね……♥」
「うん、……寒い。暖まりたい」

 湯たんぽ、か。彼女の身体は強い火照りに支配されているようで、とても暖かい。
 目だけを窓の外に向けて、少しだけ睨んでしまう。雪がはるに火を付けた、と八つ当たりしても意味ないとはわかっているけど。そんなはるのことを嫌じゃないと思い、それどころかあてられそうになってる俺も同類だ。堕落してる。

「ふふふふ♥ 二人そろって、だめなおとなになろうね……♥♥」

 加速度的に人間性を彼女に蕩かされているのに、それがあんまりにも甘いから逆らうことすら考えつかない。これ以上ダメにされるのかと思うだけで、はるの中に収まったままの一物が愚直に硬さを取り戻していく。ありとあらゆる判断能力が、彼女に吸い取られていく。だから、愛しい。
 俺の腕の中にいる悪魔が、恍惚に妖艶に頬を歪めた。
16/11/26 13:05更新 / 鍵山白煙
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