連載小説
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前篇
『魔物は人肉を貪り喰う、危険な存在だ。』

古来より魔物を良き隣人として共に生きてきたジパングの住人に、このような戯言を投げかけてみたとしていったい何人の人間が信じるだろうか。おそらく、いや十中八九の人間が一笑に付すか発言者の正気を疑うだろう。それだけでは収まらず愛すべき彼女達に向かってなにを馬鹿な事をいうのだと発言者に対して憤慨する者が続出するかもしれない。

親魔物領の中でも飛びぬけて魔物娘という存在が文化、土地、民族に深く根差している国―――それこそがジパング。

「今日も、平和だねえ…」
そんな極東の島国に住むマンティコアの栗原麗(くりはら れい)はぼそっと独り言をつぶやいた。
梅雨の合間に覗く夏の日差しが照りつける中、目の前を悠々と流れる河はそれまでと変わらず穏やかで澄み、それを眺めながら日課であろう散歩をする老人たち、河原に作られただだっ広いスペースでキャッチボールをする親子、一人熱心にゴルフのスイングを練習するオッサン、刺激を求めて朝から露出性交に勤しむバカップルが数組などメンバーや人の多さは違えど、いつものような日常が繰り広げられている。そんな風景の中、麗は川縁に作られた屋根つきのベンチに一人どっかりと座りこみ、紫煙をくゆらせながら長編歴史小説に読み更けていた。読んでいる小説は中世のジパングに実在した武将の物語で、彼の忠義や武運がやや固い文章で書かれている。ここ数日この時間帯はこうして静かな川縁で無心にページをめくってすごしているが、それがなんとも言えず心地がいい。日ごろの煩わしい出来事を忘れる事が出来る。

できうることならば、この居心地のいい場所で自分の好きな事をしていたい…半ば本気でそんな事を考えてしまう。

ピピッ…ピピッ…ピピピ…
だが長閑な雰囲気を粉砕するかのように、携帯電話の着信音が喧しくなり始めた。
「…あいつか、全く懲りないもんだね。」
ディスプレイに目をやると予想通り、アカネという三文字のカタカナが表示されている。
無視するという手もあるがそれだと後々さらにうるさくなりそうなので、麗は咥えていた煙草を携帯灰皿に放り込み一つ大きなため息を吐いた後、しぶしぶ通話ボタンを押した。すると、これまたこちらの想像通りのどなり声が聞こえてくる。
「今、どこで、何をしているの!?」
「…何の用だよ、茜。」
怒りでやや上ずった声が、キャンキャンと通話口から鳴り響く。
「今何時だと思っているのよ。早く、学校に、来なさい!!」
「うるせえなあ…。午前中の授業は出なくたって単位は十分足りるんだから、アタシがどこでなにしようがいいだろ?」
「そういう問題じゃないって何度言ったらわかるの。いいからさっさと来なさい!!学生の、高校生としての本分をちゃんと果たしなさい!!!」
携帯を耳から話してもびりびりと聞こえてくる怒声が河原に響き渡る。

そう、麗はこの地区でも有数のマンモス校に通う高校生。
多くの同級生たちが授業を受けているこの時間に、こうして河原で煙草を嗜み本に夢中になっていることからして真面目な学生だとは口が裂けても言えない為体ではあるが、華の女子高生である事には違いない。

「そんなにがなるなよ。学校にお前のどなり声が響いちゃ周りの連中がかなわんだろうさ。」
「だ、誰がそうさせていると思っているの!?麗ちゃんがちゃんと登校していないからこうしてしたくもないのに大きな声をだしているんじゃない!!」
「へいへい、アタシはあと一時間ほど自習してからそっちに行くからさ。安心しなさんな、委員長さん?」
「はあ?なにいって…」
「今、小説がいいとこなんだよ。じゃあ、またあとでな。」
「ちょ、待ちなさ…」
無理矢理会話を終了させて通話を切り、携帯電話の電源を落とす。
すると再び水の流れる僅かな音や風の通る音、上空で鳴く鳥の声だけがその場に残された。これだけ平和な空間にいるとついこのまま堕落してしまいたくなってしまうのも正直なところだ。しかし政治家として権勢をふるい、麗が通う高校の理事も務めている怖い怖い母親からも「あなたの普段の態度には深く追求はしません。でも学業に支障をきたさない範囲で、というのが前提よ。できなかったら分かっているわよね?」ととっても黒い笑顔で通告されているだけに、数十分後には学校に行かなければならないだろう。

「ふぅ…そろそろ支度しますかね。」
麗は新しい煙草に火をつけて一つ息を吸い、煙と共に愚痴にも似た呟きを吐きだす。
そして緩慢な動きで引き寄せた鞄から制服を引っ張り出し、高校生へと変貌する準備を開始したのだった。





「お〜す。おはようさんっと。」
二年一組、麗が籍を置く教室に入るとクラスメイトの冷やかな視線が集中する。
麗はこの私立高校の普通科、その中でも成績上位者が集められるクラスに名を連ねている。クラスメイトたちは教員や卒業生が望む様な勤勉、実直といった言葉がぴったりな連中ばかり。魔物娘も人間の生徒も真面目に自分の将来に向かって精進している実にいい奴らばかりだ。しかしだからこそ、彼らは麗の様な不良学生にわざわざ関わろうとすることはない。常に自分には関わり合いの無い、場違いなものを見るような、あきらかに不信感をにじませる視線を投げかけてくるだけだ。それは教員もあまり変わりないもので、理事会との間に揉め事に起こしたくないせいかこうして重役出勤をしても特に咎めようとする教師はいない。
「おはよう、だなんて…一体今何時限目だと思っているの。」
「ちょうど四時限目が終わって昼休みってくらいじゃあないかな?」
それでも例外というものはどんな状況でもいるもので、クラスメイトだけではなく教員からも距離を置かれている麗にいつも喧しいほどに声をかけて来る奴が居る。毎度のことながら小さい肩をいからせながら麗に詰め寄ってくる彼女こそが、先程麗の携帯電話からどなり声を聞かせてくれたお節介な学級委員長さんだ。

「よぉく、分かっているじゃない…麗ちゃん。今日という今日ははっきりと言わせてもらうからね!!」
彼女の名前は堀越茜、種族はアヌビス。
品行方正で馬鹿がつくほど真面目な性格というこれぞまさにアヌビスという人柄は誰からも信頼され、親しまれている。クラスの代表である学級委員長のみならず、現在は生徒会の副会長を兼任する学校が誇る優等生だ。そんな彼女とは小学生のころに出会い、長い付き合いとなっている。切っ掛けはよく覚えていないのだがある時より急激に仲が良くなり、友達が殆どいない麗にとって彼女はとても貴重な存在だった。全く以て面白くもない話ではあるのだが、“狡賢い”不良のマンティコアと、“真面目な”優等生のアヌビスが仲良くしているこの現状は、我が高校の七不思議のもっとも有名な一つとして語られているのだそうだ。
「ほいほい。茜さんのありがたいお小言は席で聞きますからまずは落ち着きな〜。」
なにはともあれ一先ず席に座って落ち着きたかったので、茜の頭を大きな獣の手で無造作にぽんぽんと叩きながら移動する。茜は身長が151pほどしかなく、182pという男性にも引けを取らない長身を持つ麗の側に立つと、まさに手を置くのにちょうどいい高さに彼女の頭がやってくる。彼女の触り心地のいい黒い髪と、手の中でぴこぴこと抵抗の意思を示す獣の耳の感触が可愛らしくて、ついこうしていつも触ってしまう。
「こら、頭をぽんぽんするなっていつも言っているでしょ!!」
「いいじゃないか、別に減るもんじゃないし。そんなにいつもかりかりしてたら可愛らしいお顔に皺が出来ちまうぞ。」
「だ、誰がそうさせているのよ!!もう!!!」
「それより、腹が減ったから飯にしようぜ。お詫びに好きなおかずを一つ進呈するから、よ。機嫌直してくれ。な?」
「…いつもそうやって有耶無耶にしようとするんだから」
「さあ、昼だ昼だ〜」
未だに憮然とする茜を促しつつ、麗は窓際の一番後ろにある自分の席へと向かって行った。





「……というわけで、ちゃんと反省してる?麗ちゃん。」
「はいはい、反省しておりますよっと。それよりもさ…」
約束通りお母様お手製の卵焼きを茜に進呈し、二人で昼飯をつついている間も続いた説教に生返事をしていると、教室の一角に自ずと視線が止まった。ちょうど麗の席から二列右の、一番後ろに今までなかった真新しい机と椅子が置かれている。行儀が悪いと分かっていたが、麗はタコさんウインナーをつまんだ箸でその机を指し、茜に尋ねてみた。
「なあ、茜。あの机はなんだい?」
「ん?ああ、あれはヒノ君の席だよ。」
麗の粗相に顔をやや曇らせながらも、茜はちゃんと答えてくれた。
「ヒノ君?誰だい、そりゃ。」
「転校生。」
県下最大のマンモス校ということもあり、人の出入りはよくあることではある。
「日野清志君だよ。麗ちゃんは朝いなかったから知らなくて当然だろうけど、○×県の…ほら、有名な進学校の△□高校ってあるでしょう?あそこから転校してきたんだって。」
「へ〜。こんな中途半端な時期になんて珍しいな。」
その進学校は麗も知っていた。
決して自分の頭の良さを鼻にかけるわけではないが、あの高校のレベルならばこのクラスが妥当だろうなとそんなことを考えた。
「うん。なんでもお父様のお仕事の関係で急に引っ越さなきゃいけなかったんだって。」
「転勤族って…奴なのかね。ふ〜ん。それはご苦労なこった。でも、今はいないみたいだな。」
横目でざっと見まわしてみるが、どうもその転校生らしき姿はない。
「ええ。男子たち数人が案内も兼ねて食堂に連れていったみたい。」
「へえ、そうかい。それなら校内一の不良と名高いアタシからも直々に“挨拶”してやらなきゃいけないかな?」
「だめよ、麗ちゃんと違って日野君は優しそうな人なんだから。あなたの相手は私がしてあげるからそれで満足しなさい。」
先程までのお返しといわんばかりに、妙にとげのある言葉を放ってくる茜に何か言い返してやろうと口を開くが、言葉を出す前に目の前の小さなアヌビスに肩を叩かれた。
「あ、噂をすれば帰ってきたみたい。学ランを着ている彼が日野君よ。」
「ん〜どれどれ。」
あまり興味はわかなかったが、茜が示す方へゆっくりと視線を移していく。
すると、数人の男子たちに交じって見た事の無い学ランを着た男子生徒が確かに一人いた。

「………。」
思わず息を飲んだ。
その男は麗と同じくらいの身長で、決して太ってもいないし痩せすぎているというわけではなく、強いて言うなら程良い筋肉質な体というべきバランスのいい体つきをしている。前の学校で何かスポーツでもしていたのだろうか。そのしなやかな体からのびるすらっとした首元をたどると、薄めの唇、整った鼻梁、やや神経質なそれを感じさせる大きめでぎょろりとした両の眼が小ぶりな顔に浮かんでいる。そこだけを見ればともすると付き合いにくい几帳面な印象を受けてしまうが、おそらく天然パーマであろう柔らかなウェーブがかかった黒髪が人懐っこさを醸し出し、ちょうどいいバランスを作り出している。転校したばかりという事もあって周りの同級生たちと話す言葉は堅苦しい敬語だが、傍から見てもその言葉や態度からは人の良さがうかがえる。そんな彼の様子はまさに、まさに麗が…
「どうしたの、麗ちゃん?」
「……。」
茜に質問されるが、上手く言葉を出てこなかった。
なんせこういう時のために、いままでずっと行動してきたのだ。しかもそれが最大限にいかせそうな予感が半鐘の様に麗の中で喧しく鳴り響いている。まさに天が背中を押してくれているといった具合だ。
「麗ちゃん?」
「なあ…茜。」
なんとか口から吐き出した言葉尻が震えてしまう。
「今までお前に散々迷惑をかけてきたアタシがこんなことを頼める義理はないかもしれないけど、よ。」
「……。」
先程までのおちゃらけた雰囲気とは違う、真剣な態度に茜は驚きと戸惑いを隠さなかった。
それでも慌てず、沈黙で答えてくれるのは長年の付き合いによる賜物だろうか、今はそれが嬉しい。

「一生のお願いだ…アタシに力を貸してくれないか?」


その言葉から何かを察したのか、目の前のアヌビスは何も言わず頷いてくれた。


14/06/25 00:48更新 / 松崎 ノス
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■作者メッセージ
マンティコアのイラストを初めて見て、説明文を読んだ時に二つのイメージといいますかストーリーを思い浮かべました。

この話はその一つがようやく頭の中でぼんやりとですが、着地点が見えてきたので文章として書き出すことにしてみました。

無事完結できるよう、頑張ろうと思います。

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