連載小説
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終章:思いを馳せる人。
 とても良く晴れた春の日。太陽が空の真ん中に輝く頃。
 街を見下ろせる丘の上のベンチに、あなたが腰掛けている。

 起きているのか眠っているのか定かではない、ボンヤリとした表情。
 爽やかに吹き抜けていく風にも反応がない。

 だが、にぎやかな鳴き声と共に、渡り鳥の一団が上空を通りすぎた時。
 あなたはビクリと体を震わせ、すごい勢いで立ち上がる。
 せわしなく周囲を見渡し、そこから見える街の景色に呆然とする。
 そして二、三歩前に進み、戻り、座ってはまた立ち上がるを繰り返す。
 頭の中に浮かぶ言葉と疑問は、この二つ。

「ここは何処だ? これは一体どういうことだ?」

 朝、あなたはいつもと同じように家を出た。
 何も変わったところのない、穏やかな日常。
 万事いつも通りで異常は無いが、強いて言えば今日は若干眠気が抜けない感じか。
 ホワァ……っとあくびをしながらあなたは歩き、最初の角を曲がる。

 次の瞬間、あなたは人生初というレベルの強烈な目眩に襲われる。

 まるで天地が根こそぎひっくり返るような、激しく不快な感覚。
 喉の奥から「うぅ!」と呻き声を漏らしつつ、あなたはその場にしゃがみ込む。
 これはマズい。とても立ってはいられない。一度家に戻るか、それとも……。
 強く瞼を閉じたあなたは、得体のしれない浮遊感にとらわれる。
 さらに意識が遠のいて行くような未知なる気配を感じ、恐怖する。
 やがて全身の力が抜け、何もかもがわからなくなっていく。

 あ、これは駄目かもしれない。自分は、ここで死んでしまうのか。まいったな。

 自分でも驚くほど自然に、あなたは何かを諦める。
 それは己の命なのか、人生なのか、日常なのか。
 そうしてあなたは眠気に似た安らぎに包まれ、何故だか暖かな気持ちになっていく……。

「で、ここにいるんだよ」

 我に返ったあなたは、全く見覚えのない場所にいた。
 こんな丘に来た記憶はないし、見下ろす街の景色は明らかに平成の日本ではない。
 何となく、長崎かどこかにこんな感じのテーマパーク的な場所があったような気がするが、とにかくこんな所は知らない。

 自分は、何か夢を見ているのだろうか。
 そう思ったあなたは、ベタに自分の頬をつねってみる。痛い。
 次に、鞄から携帯電話などの通信機器を取り出してみる。うん、圏外。
 ここは覚悟を決めて丘を下り、あの街へ行ってみるか。正直、未知の場所すぎて怖い。

 堂々巡りと八方塞がりの状況に陥ったあなたは、ドスンと勢い良くベンチに座る。
 やはり、打ち付けた尻が痛い。どうにもこうにも夢ではない。

「意味がわからん……」

 マジで勘弁してくれという気持ちになったあなたは、ストレッチをするようにベンチへ体を預け、うーんと背中を反らす。
 そうして見上げる形になった空で、あなたが見たもの。

「次の場所って、何処だっけ?」
「中央教会。午後一時までにって指定だから、ちょっと急がなきゃだね」
「あらら、そりゃホントに急がなきゃだわ」

 鮮やかなオレンジ色の帽子をかぶり、荷物を抱えた二羽の……いや、二人のハーピーが、何やら打ち合わせめいた会話をしながら街の方へと飛んで行った。

「あ、ふぁ……あ、ははははは……おいおいおいおい」

 あなたは体を硬直させ、乾いた笑いとツッコミを入れる。
 今のは、ハーピーだ。どう見ても、ハーピーだ。実在したんだ、ハーピー。
 
 ……いやいやいや。
 
 嬉しいよ? 生でハーピーを見られて、すごく嬉しいよ?
 だけど今、問題はそこじゃないよね? 何でハーピーがご機嫌に飛んでるの?
 ここ、日本? 自分が住んでる街? 違うよね?
 だけど今、あの子たち、日本語で喋ってなかった?
 へぇ〜、ハーピーって日本語で喋るんだ。こりゃびっくりだね。

 ……いやいやいやいやいやいや。

 緊張と混乱、驚愕と歓喜の中で、あなたは頭が痛くなってくる。
 もしも日本語が通じるのなら、勇気を出して街へ下りてみようか。
 いや、そもそもこれは現実の出来事なのか?
 確かに頬をつねると痛いし、電波も圏外の場所のようだけど、もしかして大規模なドッキリ?
 でも、自分のような一般人をここまで大規模なロケに巻き込む理由がないし、さっき見たハーピーは本当に、あまりにも自然に空を飛んでたし喋ってたよな。

 そこまで考えた所で、あなたの胸の中に一つの夢と希望が生まれる。
 人間とは、とことん追い詰められると妙に幸せなことを考え始める生き物であるらしい。
 今、初めて知ったよ、そんなこと。

 もしかして……ここ、魔物娘図鑑の世界なのでは?

 あなたが愛する、魔物娘図鑑の世界。
 もしもここがそうならば、ついさっき目撃したハーピーの存在にも説明がつく。
 眼下に広がる街の風景が、平成の日本のそれではないことにも納得できる。
 なぜ自分がここにいるのかということについては……まぁ、バフォメットとかリリムとか、そういう偉い魔物さんの気まぐれということにしておこう。それなら、一応の筋も通るし。自分が選ばれた意味はわかんないけど。

 とにもかくにも、一旦心を落ち着かせた貴方は、ふぅと深く息をつく。
 そして、それがあなたの性分なのか、それとも現代人の性なのか、妙に現実的なことを考え始める。

 ここが魔物娘図鑑の世界であるとして、これから自分はどうやって生きていけばいいのだろう。
 知り合いがいる訳もなく、行く宛がある訳もなく、そもそもこっちで使える金も無いし、依然として本当に日本語が通じるのか確証もない。
 普通に……つまり、自分の世界の常識で考えれば、このまま野垂れ死にする確率がかなり高い。
 警察的な機関に出向いても、保護されるどころか拘束の上 殺されたりする危険性が無いとも言い切れない。

 ならばいっそ、サクっと魔物さんに襲われて、彼女と一緒に生きていくか?

 ……それ、ちょっと魅力。ちょっとニヤケちゃう。
 やっぱりねぇ〜、魔物娘図鑑の世界といえば、そういう方面のことも考えちゃうよねぇ〜。
 もちろん、それだけが全てじゃないんだけど、かなり魅力よね、それ。

 自分の中に浮かんだそんな考えに、あなたはフッと笑う。
 そして瞼を閉じ、特に好きな魔物娘の姿を思い浮かべる。
 自分と彼女が一緒に暮らし始めたら、どんな日々が訪れるのだろう。
 どんな景色が見えて、どんな気持ちに包まれ、どんな心で愛し合うのだろう。

 色彩豊かな夢と希望のイメージが膨らむ中で、あなたはだんだん眠くなって行く。
 そういえば、今日は家を出た時から眠気が抜けていないと感じていたのだ。
 今、この状況でグースカ眠ってしまうのはマズい。とてもマズい。絶対に良くない。
 もしかすると、本当にこれは夢で、目覚めた時には日常の世界に戻っているかもしれないのだ。
 あぁ、それは悲しい。嫌だというより、悲しい。せっかくここまで来たのに。

 しかし、あなたの意思とは裏腹に、肉体は深い眠りの中へと滑り落ちていく。
 とても良く晴れた春の日。太陽が空の真ん中に輝く頃。
 街を見下ろせる丘の上のベンチで、あなたはすやすやと眠り始めた。


 つんつんと。つんつんと。


 誰かにつつかれているような感じがする。優しく肩を揺らされているような感じがする。
 あ……駄目だ、乗り過ごしたか!?
 あなたは自分が犯した失敗を察し、カッと目を見開く。

「きゃっ……!?」

 あなたが見せた突然の動きに驚く、女性の声。
 その声にあなたも驚き、夕暮れ時の空の色と、眼前に広がる見慣れぬ景色に混乱する。
 これは、一体……あぁ、そうだ。
 今日は朝から意味が分からないんだ。
 気付いたら自分は全然知らない場所にいて、そこのベンチでウトウトしてしまって……ん?
 今の声は、何だ? 誰の声だ?

 あなたは、誰かの気配がする方へ視線を動かす。
 そして、出会う。

「あ……」

 そこに、“彼女”がいる。
 あなたが心を寄せる、魔物娘図鑑の“彼女”が。

 目を丸くし、すっかり固まってしまったあなたに、“彼女”は微笑む。
 その美しい唇が開かれ、あなたへの一言が発せられる……。

 それは、この世界で生きて行くことになるあなたが最初に聞いた、愛する“妻”の言葉だった。
15/10/26 18:06更新 / 蓮華
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■作者メッセージ
Q:『ベンチの横のラナンキュラス。』のみどころは?

A:悪い意味でものすごい投稿のペースです。
 2011年に始まって、2015年の今日に終わりましたから。
 どこの大物作家気取りだって感じですよね。


……と、いう訳で、みなさま大変お久しぶりでございます。

2013年12月末の『アザミを手折ることなかれ』以来、
およそ2年ぶりの投稿でございます、蓮華でございます。
生きてます。生きていますよ。

SSを書くことから引退したとか、魔物娘図鑑に対する愛が減衰したとか、
リャナンシーに連れ去られたとか、そういうことは一切ございません。
ただひたすらに、実生活がドタバタしていただけなんです。

で、こうして戻って来た以上、ブランクを取り戻すようにバリバリと……
と、言いたいところですが、残念ながら来月11月より、
またしても実生活(仕事方面)でキリキリ舞いすることが確定しておりまして。

キリキリ舞いとキリキリ舞いの間、ふとした隙間に何とかしがみついて、
この『ベンチの横のラナンキュラス。』を完成させた次第でございます。


さぁ、次に皆様にお会いできるのはいつになるのか……。
最早、「気長にお待ちを」なんて言えないような状態です。
はぐれメタル系の出現率の上、すぐに逃げて行く投稿者:特技は50の質問、と
そんな風にちょこっと憶えておいていただければ幸いです。

それでは、またお会いする時まで! 蓮華でした!!

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