連載小説
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5-3 親友よ
 村の広場、噴水の縁に腰掛けて、彼は語りだした。
「俺は、元いた世界でテロに遭って両親を亡くした。それがきっかけで、俺は軍校に入ることを決めたんだ」
 彼が話し出すと、トレアは隣に座った。

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 高校卒業と一緒に施設を出て、軍校に入った。
 士官学校とは少し違うが、だいたい似たようなもんだ。
 そこで俺はあいつと出会った。
 バナード・ベルボア。あの子、フィアの兄で、俺の親友だった。
 手先の器用な奴で、軍校では新入生は戦闘と整備の基礎を習うが、めっぽう機械いじりの方が得意だった。
 会った時から、バナードは軍の整備士になって最高の機体を仕上げるのが夢だと、そう語っていた。
 話を聞けば、バナードの父は技術屋で軍に所属していたらしい。小さいころ、何度か職場に連れて行ってもらったそうだ。
 そして、あいつはその父を見て整備士を目指すようになった。

 俺はといえば、そんな大層な夢はなかった。今考えれば、俺を突き動かしていたのは親を殺された復讐心だったのかもしれない。
 あいつは戦闘訓練でこそ成績は並より少し下あたりだったが、整備訓練ではいつも優秀だった。
 それに比べて俺は戦闘訓練も整備訓練も並み以下。
 当然、そうすれば劣等感や、自分への憤りでいっぱいになってくる。俺は半ば自暴自棄になりかけていた。
 そんな時、声をかけてくれたのがバナードだ。

「俺、今から射撃の自主トレ行くんだけどよ、よかったら付き合ってくんねぇか?」

 俺は断ったんだが、半ば無理矢理に連れ出された。
 今思えば、あいつは自主トレなんてする必要はなかったんだ。だから、俺を見かねてだったじゃないかと思う。
 しょうがなく付き合ってみたものの、結果は2人とも無残なもんだ。一発あたってりゃいい方だった。

「あ〜あ…」
「…だめだな。これじゃ明日も自主トレだな」

 幸か不幸か、その一言が余計だった。

「お、明日も付き合ってくれんのか!?」
「ん?あ…いや―」
「そーかそーか、いやぁ、一緒にやってくれると助かるよぉ」
「…おい、待て。今のは言葉の綾で…」
「んじゃ、明日もここに授業終わりな。じゃ」

 次の日から、暇さえあれば2人でトレーニングだ。ランニング、筋トレ、射撃、格闘術…
 最初は続けたところで、と思っていた。
 ところがやっぱり効果はあるようで、戦闘訓練で俺とバナードの成績は上がっていった。ただ、あいつは射撃の腕だけは論外だ。

「ちっきしょー、なんで当たらねーんだよ!?」
「いや、ちゃんと上達してるだろ?」
「どこがだッ!? ただ一発当たるか当たらねーかだったのが、二発当たるか当たらねーかになっただけじゃねぇかッ!」

 やがて1年が経って、専科に分かれた。俺はもちろん軍兵、バナードは整備士。
 それでも俺たちは、たまに顔を合わせて、休暇は遊びに行ったりもした。いつしか、唯一無二の親友になっていた。

 俺は軍校を卒業して、正式に上等兵として軍に入った。
 その頃あるテロ集団、いや反政府組織が活動を強めていた。だから即実戦だ。
 俺は幾つもの任務をこなし、幾度もの戦場をくぐった。俺は入隊から1年半でどういうわけか、上等兵から伍長に特進してたよ。
 バナードも持ち前の器用さ、手際の良さもあって、整備士としても一目置かれるようになっていた。
 あいつが整備した機体は、スペックが違うように感じるほど、いい仕上がりになってた。
 
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 トーマは懐かしむように話した。その表情は、薄ら微笑みを浮かべ、楽しそうにも思えた。
「俺は、そうなってからも時折、整備ドックに顔を出してた。あいつは『こんなところに遊びに来る伍長はお前だけだ』って言ってたよ。
 ただそう言いながらも、お互い一緒にいると気が楽だった…本当に」
「本当の親友、だったんだな…」
 トレアは、トーマのことを少し知れたことが嬉しくて、つい微笑んでいた。
「ああ、でも…」
 彼はその顔と口調に暗い影を落とした。トレアも思わず哀しげな表情に変わる。
「あれは大きな任務を成功させて、功績を認められて准尉に特進した…その後のことだ…」

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 2年前―
 環太平洋連合 ファーストコロニー群第2防衛拠点『フォート・ツー』

 5つのコロニーから成るファーストコロニー群。
 その防衛拠点の内の一つであるフォート・ツー内の第4ドックのドアを開けて、軍の制服を着た若い男が入ってきた。
 茶色のショートシャギー、少し鋭い目をした整った顔立ちの彼は、両手にカップを持っている。
 半無重力状態であるために、彼は空中をふわりと飛ぶように移動し、一機の宇宙艇の傍に向かった。
「よう、トーマ。なんだ、今日も浮かない顔だな?」
 黒髪で、頬に黒い汚れを付けた少年が親しげに声をかけた。彼は青みのある灰と白のツートーンのツナギを着て、工具の納まったベルトをしていた。
「ほっとけ」
 トーマは片方のカップを彼に向かって投げると、カップは真っ直ぐ落ちることなく彼の手に渡った。
「これは失礼しました。それよりフェンデル准尉どのはこのような場所にいてよろしいので?」
 からかうように彼は言った。
「やめてくれ、バナード。准尉なんて平みたいなもんさ」
 そう言うとトーマはカップの蓋から突き出たストローを咥えた。
 
 バナードは顔をしかめた。
「おーい、それでも一応は尉官だろ、もうちょっと胸張ってもいいんじゃないのか?」
「そうか?」
「ああ。それにお前が准尉に昇進したのは、あの籠城事件での活躍が認められたからだろ?」
「…まぁ、そこはな…」
 トーマは半ば苦笑を含んだ笑みを浮かべ、またストローを咥えた。
「なんだよ、煮え切らねぇな。まぁ、好き好んでドックに顔出す奴なんてお前くらいだ。
 そんなことより、どうだ?」
 バナードはポケットから1枚の写真を出し、それを自慢げにトーマに見せびらかした。
「どうだって、なにが?」
 そこに写っているのは、1人の笑顔を浮かべた女性だ。彼女こそフィアだった。
 トーマはバナードが何に対しての答えを求めているのか解せずにいた。

 バナードはムッとして、トーマにグイッと迫り寄った。
「ああ?よく見ろよ、可愛いだろ?」
「んん?あぁ、確かに可愛い人だとは思うが。誰だ?」
 バナードの言うよう通りで、目は大きいし、童顔気味な全体的に整った顔だ。可愛いといって過言はない。
「ニヒヒ、俺の妹だ。今年で成人なんだ、美人だろう」
「ああ、そうだな」
「今度土産持って帰ってやろうと思ってな、何がいいと思う?」
 バナードの質問にトーマは困惑した。
 何せ、今まで女性と付き合った経験はないわけではないが、1人2人程度。プレゼントの経験もない。

 軽く思案した結果、メジャーな物に結局は行きつく。
「そうだな、ネックレスとかでいいんじゃないか?」
「ネックレスか…なんかもうちょい…」
 バナードの反応に、もう少し頭を回転させてみる。
 と、トーマは思い出した。
「じゃあロケットなんかどうだ?」
「ロケット?」
 トーマは以前、ここの女性同士の会話を偶然耳にしたことを話した。
 彼氏からのプレゼントにツーショット写真の入ったロケットをもらったという内容の話だ。
「ロケットか…いいな、それにするよ」
 こうしてフィアへのプレゼントは決まったのだ。
 その時、トーマの通信端末に連絡が入った。
「ん?…エドワード大佐からだ」
 エドワード大佐はトーマの上官で、フォート・ツーの副指令だ。
 少し遅れてバナードの通信端末にも連絡が入る。
「あ?俺もだぜ…『1時間後に、大会議室に集合』って…一体なんだ?」
「さぁな…なんにしても行くしかないだろう」

 1時間後、トーマとバナードは揃って大会議室に入った。
 中にはすでに、合わせて20名ほどの人間が待機していた。中尉以下数名と整備士数名が集められてた。
「フェンデル准尉、君もか」
 トーマに中年の軍人が声をかけた。
「オドネル中尉。これは…?」
「わたしも理由は聞かされていない。新しい任務かもしれないな」
 ドアが開き、メガネをかけたオドネル中尉よりも少し年上らしき男が入ってきた。
 軍服はトーマやオドネルの物とはデザインが少し違い、胸のバッジが彼の地位を知らせていた。
「みな、来ているかね?」
 20数名は彼に向かって敬礼した。
「はっ、中尉以下14名、整備士12名、全員集合しております」
「結構」
 全員はエドワード大佐を向き、列を組んで並び直した。
「全員楽にしてくれて結構だ。
 ここに皆を招集したのは、全員が信用に足るものであると思ったからだ。今から君たちに伝達することは最重要任務である。
 ここに居る私を除いた26名は明後日1200時をもって、G8(ジーエイト)ファクトリーへの新型動力装置の運搬、および護衛の任務に当たってもらう」
「大佐、新型動力って…?」
 バナードが訊ねる。
「光量子を用いた動力炉だ。新たに配備予定の戦闘機に搭載されるものの試作品で、G8ファクトリーで詳しい実験と改修を行う。
 本日の通達は以上だ、他は追って連絡する。解散」
「はっ」
 最後に敬礼をして、全員が部屋から出ようとしたとき、トーマはエドワードに呼び止められた。
「なんでしょうか?」
「フェンデル准尉、君の活躍は私も聞いている。期待しているよ」
「はい」
 トーマは敬礼すると、その場を後にした。


 2日後―
 G8ファクトリーへの運搬、護衛任務に就いた26名は、すでに軍用艦『アルタイル』に登場し出向していた。
 アルタイルには7機の戦闘機が配備されていて、火力は十分だ。アルタイル自体もAI制御の武装があり、相手が大部隊でもない限り応戦し得る戦力だった。
 目的地までは1週間の航行距離で、その間は気を抜くことはできない。整備班は機体の点検に勤しんでいた。
「バナード、調子はどうだ?」
 いつものように、トーマが様子を窺いにやってきた。
「おい、待機命令だろ?いいのかよ?」
「構わないさ」
「ったく…心配すんな、明日敵さんが襲ってきても軽ーく返り討ちにしてやれるさ。機体はちゃんと仕上げてある」
 バナードが自信満々にそう言った時、整備士の1人が口を開いた。
「おいおい、バナード、そんなこと言ってると本当に来ちまうぞ?」
「あぁ?心配性だな、お前は。なぁ、トーマ」
 トーマは苦笑を浮かべた。

 そして翌日、艦内にアラームが響いていた。
『総員、第一戦闘配備。敵は三個小隊、新型四基、残りは旧型です。パイロットは搭乗を急いでください』
 パイロットスーツに着替えたトーマを含めた6人は、それぞれ機体に乗り込んだ。
「…ったく、言わんこっちゃない…」
 トーマはコックピットのハッチを閉じながら呟いた。
「俺の所為じゃねぇだろ…」
 宇宙服に着替えたバナードはマイクを通して反論する。

『整備員はドックより退避してください。各機、カタパルトにスライドします』

 アナウンスがドックとパイロットのヘルメットに流れた。
 そしてまず、トーマの隣の機体が発進シーケンスに入り、機体がコンベアによってカタパルトに移動した。
 縦に並んだ3つのライトが順に点灯すると、機体は勢いよく出撃する。
 次にトーマの乗った機体が移動し始める。
「フェンデル機、システムオールクリア。出力正常、スタンバイ」
 やがてカタパルトに到着すると、機体はガクンッと一瞬揺れた。

『カタパルトにロック確認。進路クリアー、タイミングを譲渡します』

「了解、発進する!」
 体にGを感じるほどの速度で、ついに機体は宇宙空間に解き放たれた。

 既に発進した1機が戦闘を開始していた。しかし敵機が僚機の背後に迫っている。
『トーマッ、ケツに付かれたッ!援護してくれッ!』
「了解―」
 ロックオンの瞬間を待つ、やがて十字と四角が重なり赤く変わる。
(ロック―)
 トーマは右の操縦桿のボタンを親指で押した。
 機体右側の発射管から小型ミサイルが打ち出され、敵機に命中した。敵機は一瞬炎を放って爆散する。
 すると今度は警告音が鳴り、モニターのY軸レーダーに敵機の反応が映った。
「2機っ…!」
 敵機はトーマの後ろに張り付いていた。本来なら焦る場面であるが、彼は落ち着いてタイミングを計った。
 モニターに『LOCKED』と警告が出た瞬間、トーマは機体左側面と逆噴射用のバーニアと同時に吹かせる。
 機体は急停止しながら右に逸れ、敵機は勢いのまま素通りしてトーマの眼前へ晒された。そしてロックオンした2機を左右からそれぞれ発射したミサイルで見事仕留め、再び推進バーニアを点火した。

『お見事ね、トーマ』
『やるね〜、負けてらんねぇな』

「キース、オクタ、シンディ、3人は旧型を狙え。俺は少尉とエリックの援護に回って新型を仕留める。油断するなよ」

『了解、准尉殿』

「その呼び方はよせって…」

 20分後、激しい戦闘の末、トーマがエリック機を追う敵機の下方から迫り、ミサイルを発射して最後の1機を仕留めた。
 全機およびアルタイルに損傷なし、完勝だった。
 アルタイルに戻った彼らは、機体から降りて勝利の余韻に浸った。
「いやぁ、助かったぜトーマ」
 明るい茶色の髪でピアスをした男が笑いながらトーマの肩を叩いた。
「出撃早々後ろに付かれるなんて、エリックは油断し過ぎなんだよ」
「悪かったって…」
 そんな掛け合いをしながら彼らはドックを後にした。


 その5日後、その後敵の襲撃もなくオドネル分隊は無事にG8へ到着した。
 新型動力装置とそれを試験搭載する機体をを引き渡し、分隊はそのままG8の護衛に移行、バナードら整備班は試験の補助をすることになった。

 そして1日が経とうとしていた。
「よう、トーマ」
「バナード、試験の手伝いはいいのか?」
 トーマ達の待機するドックにバナードは顔を出した。手にはカップが2つ、1つをトーマに手渡した。
「ああ、シフトを交代したとこなんだ。あと6時間は自由時間だよ」
「休まないのか?」
「いや、もちろん休むけど、やっぱりここが落ち着くんだよ」
 彼はそう言うと、整列させた機体を眺め、言葉通りリラックスした表情を浮かべた。
「ふっ、相変わらずだな?」
「板についてきたってことだよ」
 そう言ってバナードはストローを咥えた。

 唐突に、トーマは以前の話を思い出した。
「そういえばプレゼントは買ったのか?」
「ん?ああ、持ってきてる。これが終われば休暇だろ?
 終わったらそのままの足で帰省するつもりだ。…ふ…ふぁ〜ぁ…」
 バナードは大きな欠伸をした。
「わり、やっぱ休んでくるわ」
「そうか」
「あとで起動実験するんだ、見に来いよ」
 ドアに向かいながらバナードは言った。
「ああ、気が向いたらな」
「また後でなー」
 そう言ってバナードは通路の奥に去って行った。

 トーマは休憩時間を利用して、実験の行われている区画に赴いた。
「お、来たか」
 バナードは他の整備士や技術者と共に、コントロールルームにいた。ウインドーからは動力装置を露わに搭載した機体が見えていた。動力は青白い光を放ち稼働している。
「首尾はどうだ?」
「問題なし…っと言いたいとこだけど、イマイチって感じだな」
 バナードは苦笑いしつつ、頬を掻いた。
 と、トーマは機体にあるものを見つけた。
「おい、バナード。あのマークは…」
「あ、気付いたか?いや、ちょっとした悪戯だよ」
 機体の側面に小さく、円の中に2つの円で目を描き、輪郭の円の下半分にギザギザと牙の様な口を描いた落書きがしてあった。
 トーマは「おいおい…」と苦笑いを浮かべた。

 いきなり動力が停止し、光が衰退していった。
「またダウンだよ、ちょっと行ってくるわ」
 バナードは呆れた顔をした。
「ああ、俺も戻らないと」
「おう、じゃあな」
 バナードは数名を連れ出て行き、トーマもその部屋を後にした。

 そしてその数時間後、悲劇は突如として巻き起こった。


 唐突にファクトリー内にサイレンが響いた。
「なんだッ?!」
「どうしたのっ?」
 暫くしてオドネルがドックにやってきた。
「全員聞け!実験区画で事故が起きた…」
「っ―!」
 トーマは狼狽した。持っていたカップを投げ捨て、オドネルに詰め寄った。
「事故って、どうゆうことですかっ?!」
「落ち着けっ…動力装置が暴走しているらしい、出力が安定値を超えて小規模な爆発もあったようだ」
「なっ…!」
 トーマは血相を変えて通路入口へ飛んだ。
「トーマッ!」
「整備士と技術者の救出に行きますッ!」
 パイロットスーツで待機していたトーマは、ヘルメットを被って実験区画へ急いだ。
(バナードッ―)

 実験区画への連絡通路を進んでいた時、整備士と技術者たちに接触した。
「無事ですか!?」
「はい、僕たちは何とか…」
 トーマは彼らを見渡した。
「バナード…バナードはッ?!」
「トーマさんっ」
 声を挙げたのはバナードの整備士仲間、レティだった。バナードに会いに来て度々話もしたことがあった。
「レティさん、バナードはっ…」
「彼は中ですっ…私たちを外に避難させたあと、止められないか試してみるって…そうしたら、中から爆発みたいな音が…」
 レティは涙を溜めていた。きっと不安でいっぱいいっぱいなのだろう。
「…あなたはみんなを安全なところまで連れて行ってください。バナードは…俺が」
「はい…お願いします」
 レティたちが連絡通路の扉を抜けるのを見届け、トーマは実験区画の中に入った。
「なっ―!」
 彼は言葉をなくした。中は爆発の衝撃で酷い有様だった。壁は凹み、曲り、剥がれ、電気コードは千切れて火花を時折散らせていた。
「…バナード…バナードッ、どこだッ!」
 トーマはヘルメットを取って、大声で呼びながらコントロールルームまでの通路を進んだ。
 進めば進むほど、被害は大きくなっていった。そして角を曲がったとき、その先の曲がり角の先から青白い光が差しているのが見えた。
 トーマが急いで先に進むと、無残にもへし曲がった隔壁の間から光が漏れだしていた。

 隔壁に近づき、中を覗いた。
 まず目についたのは、瓦礫や機材の破片の間から覗く眩しく青い光。
 その光に所々照らされた瓦礫を見渡すと、その陰に気を失ったバナードを見つけた。
「バナードッ…バナードッ!」
 幾度も呼びかけながら変形した隔壁を無理やり開くところまで押し広げた。人1人が通れるほどの隙間が空き、トーマは中へ進入した。
「おい、しっかりしろッ!」
「っ…トーマ…」
「大丈夫か?!」
「…なんで来た…バカ野郎…!」
「バカはどっちだ!逃げるぞッ!」
 バナードを支えて立たせ、出口に向かおうとした。その時だった。
 激しい衝撃が2人を襲った。
 トーマは壁に体を打ち付け、痛みにしばらく目すら開けられなかった。
「うっ…がはっ…バナード、無事か…?」
 トーマが目を開けると、バナードは瓦礫に挟まれ、頭や体からは出血していた。
「バナードッ!」
「…トーマ…今から…言うこと……よく聞いてくれ…」
 バナードは途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「バナード、喋るなっ!今助けるっ!」
「無理だッ―!」
「ッ―」
 バナードは声を張り上げた。
「俺の腹に…破片がぶっ刺さってやがる…助からねぇ…。
 それに…時間がねぇんだ…」
「…どういうことだ…?」
「いいか…俺がさっき見てた感じだと…あれは出力を上げ続けちまう……確かに…どこかで止まりはするだろうが…その頃には…G8は…もうない…」
「…なんだって…」
「…それを防ぐ方法は一つだ…連絡通路の…中枢側の出口の横に…操作パネルがある…それで…」

この区画を切り離せ

「…なっ…バカ言うなッ!お前はどうなるッ!?…妹にプレゼント渡すんじゃねぇのか!?しっかりしろ!」
 トーマがそう言った瞬間、バナードは彼の胸倉を掴んだ。

「しっかりすんのはテメェの方だッッ―!」

「ッ―」
「俺に構ってる場合じゃねぇんだッ!俺を助けてちゃ間に合わねぇんだよッ!
 テメェも軍人ならッ、士官になったんならッ、
 ちゃんと人の命守りやがれッ!!!
「ッ…バナードッ…」
 それは初めて見るバナードの表情だった。強い、とても強い意思の表れ。
「ハァ…ハァ…ああ、そうだ…それから、こいつ…」
 バナードはポケットから金色のロケットを取り出し、トーマに渡した。
「頼む…フィアに、妹に渡しといてくれ…」
 バナードは誤魔化すように笑顔を浮かべていた。
 トーマは何か言おうとするが、言葉が出てこない。
「行くんだ…トーマ…!」
「ッ―」
 トーマはロケットを強く握りしめた。胸の奥から色々なものが込み上げて堪らなかった。
「…ああ…わかった…!
 みんなの命、救って見せるッ…こいつも絶対、妹に渡すッ…必ずッ!」
「…頼んだぜ…親友…」
 トーマは隔壁の隙間から表へ出ると、通路を進んでいった。

 連絡通路の先では、オドネルや整備士たちが待っていた。
「大丈夫か?」
「トーマさん、バナードは…?」
「…すみません、どいてください…」
 トーマはそう言ってコントロールパネルの蓋を開けた。そして『Separate』と書かれたスイッチに指を向けた。
「トーマさんッ…?!」
 レティは当然狼狽していた。だが、トーマの表情を、震える拳を見て、悟った。
「…じゃあな、親友…」
 トーマはボタンを押した。
 連絡通路の隔壁は閉じ、区画が切り離され、そして流れていく様子が窓から見えた。
 少しずつ少しずつ、弾き飛ばされるように外壁が離散していく。
 それを幾度も繰り返し遠く離れたとき、そのブロックから光が溢れ、やがて爆散した。あたりは強い光に包まれ、やがて光は消えていった。
 その間、トーマはずっと目を離さなかった。
 窓の外には破片が漂い、レティは泣き崩れていた。

 事件から数日後、トーマは少尉に昇格していた。G8で、冷静な判断を下したとして評価されたのだ。
 だが、トーマはこれが、実験の失敗により人命を1人犠牲にした事実を隠ぺいさせるためのものだと、薄々ながら感じていた。
 新型動力はすぐに改良が成され、安定性を増した物が作られた。
 そして、親友の葬式に赴いた彼だったが、悲しむ親友の母と妹の様子を参列の際に目の当たりにし、例のロケットを直接渡すことはできず『バナードからフィアへ』と書いたメモとロケットを残して帰ってきたのである。
 その1週間後、トーマはフォート・シックスへと異動になった。

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「これが…2年前のことだ…」
 話を聞いて、トレアは何も言葉を掛けれずにいた。いかなる言葉であろうと、気休めにはならないと思ったからだ。
「…そう…俺はこの手で…親友を…」
 トーマは自分の右手を握った。トレアはそんな彼の表情を見ていると、堪えられなくなってきた。
「…だが…だがお前の話通りなら…あの子の…フィアの言ってる事は違うじゃないか!」
 彼は首を横に振った。
「彼女の言うとおりだよ…俺はあいつを見殺しにした。この手で…あいつを葬ったんだ…」
「…お前が言うんだから…確かに、そうかもしれない…しかし、フィアの言い草はまるでお前がただ見捨てたような物言いだッ、本当はそうじゃないだろッ?!」
 彼女は思わず立ち上がって声を荒げていた。彼の名誉がただ傷付けられるのが、無性に腹立たしかった。
「…トレア。…ありがとう…だけど、事実は事実だから…」
「…トーマ…」
(やめて…そんな顔しないで………苦しいよ―)
 トレアは胸を抑えた。締めつけられるような感覚が襲って止まない。
 目の前の男を救いたい、しかしその術を持たない自分がとてつもなく非力に思えた。
「なぁ…頼んでいいか?」
 トーマはポケットから何かを取り出してトレアに差し出した。
 彼女はそれを受け取った。
「これは…」
「…それを彼女に返しておいてくれ、きっと失くして落ち込んでるはずだ。ただ、俺から渡すのは…今は不味いだろうからな…」
 トレアは承諾し、宿に戻ると言った。
 トーマも一緒に戻ろうと誘ったが、今は独りで居たいという彼の気持ちを汲んで彼女は1人、どうにもならない悔しさを胸に宿までの道を戻った。


 トレアが宿の部屋に戻ったとき、ちょうど風呂上りのフィアがベッドに座っていた。
「あら、お帰り。…トーマは?」
「…今は…独りになりたいって…」
「そう…」
 トレアは座っていたフィアに近づき、手を差し出した。
「あ、あの…」
「君の大切な物なはずだ、フィア」
「え…どうして私の名前…」
 受け取る手を伸ばしながら、フィアは自分の名前が呼ばれたことに驚いた。
「トーマから聞いた…これがどういう物なのかも」
 トレアはそう言いながらロケットを彼女に返した。
「これ…!」
「診療所に落ちていた、看護婦の子が私たちに届けてくれたんだ。それをどんな物か知っていたトーマが預かっていた」
「そう…だったんですか」
 彼女はロケットを大事そうに握りしめて胸に当てた。
「フィア、君はどこまで事情を知っているんだ?」
「え…?」
「トーマから何があったかは聞いた。だが、君の物言いは少し誤解しているような気が、私にはする」
「誤解なんてしてないッ!あいつは、トーマ・フェンデルは私の兄を見殺しにしたのッ!」
 トレアはフィアの肩に手を置いた。
「っ…!」
「確かに…あいつは君の兄を、バナードを助けなかったかもしれない」
 唐突に出た兄の名前に、フィアは戸惑った。
「だが、その理由を…君は知っているのか?」
「えっ…?」
「その様子じゃ、君は詳しいことは知らないんだな…」
 そしてトレアは唐突な入りから語り始めた。トーマから聞いた話、新型動力の暴走、バナードとトーマの間のやり取り、苦渋の決断。
 彼女はここで自分がしていることは決して褒められたことではないと解っていた。
 だが、このままトーマの名誉を傷つけられることが彼女は堪えがたかった。

 フィアの表情はだんだんと険しいものに変わって行った。
 やがて話が終わると、彼女は嘲笑のような笑みを浮かべて顔を背けた。
「…そんな話、信じろって言うの?」
「それが事実だ」
「そんなのッ!…彼の作り話かもしれないじゃない」
「なっ…あいつはそんなことをする奴じゃないッ!」
 思わず声を荒げたトレアを、フィアは睨み返した。
「なんでそんなこと言えるのよ、あなたが実際見てきたわけじゃないでしょ?」
「それは…」
 フィアの言うことは正論だ、トレア自身が見たわけではない。それが正しいかどうかなど分かるはずがないのは確かだ。
 それはトレアも承知している。しかし、それでも。
「確証だってないじゃない…」
「だがトーマはッ…トーマはそんな男ではない」
「なによ、まるであいつのことを全部知ってるみたいな口ぶりで。出会ってからせいぜい2カ月で何がわかるっていうの?
 人を見殺しにするような男なら、そんな嘘ついたっておかしくない。私はあいつの言うことなんてそう易々信じられないわ」
「貴様ッ…それ以上言うとっ…」
「これ以上言うと、なによ…!」
 フィアは立ち上がり、2人は睨みあった。
 すると、ミラが待ったを掛けた。
「2人とも、そこまでにしなさい」
「ミラ…だが…」
「トレア、あなたが怒るのも無理はないわ。でも、彼女の気持ちもわかってあげて。事情が事情なんだから」
「っ………」
 トレアは顔を背け、後ろに数歩退いた。
「今日はもう遅いわ、フィアは十分に休んで。明日あなたの服を用意しておくわ」
「…はい」
 そう言うとトレアを連れてミラは部屋を出た。


 トレアが宿に戻った後もトーマは広場の噴水に腰を掛けて、月明かりを浴びて淡く緑がかっても見えるスプル山脈を見上げていた。
 なにか特別注視する対象があったわけでもない、ただただぼうっとしていた。
「なんだ、こんな所にいたの」
「ノルヴィ…」
 ポケットに手をつこっみながら彼はやってきた。
 いつものように間の抜けたような顔で、間の抜けた喋り方で。
「あんたこそ何でこんな所に?」
「いやぁ、しょっ引いた奴ら引き渡して宿に戻ったんだけど…どぉ〜も、流石に入りずらい雰囲気でねぇ」
 ノルヴィは頭を人差し指で掻きながら、トーマと少し距離を開けて座った。そして同じく山脈を見上げた。

 一仕切りの沈黙、鳴く虫の声を遮るようにノルヴィは唐突に言う。
「あの子…」
「え?」
 トーマは彼に振り向いた。
「フィア…だっけか。親友の妹なんだって?」
「…ああ。どうして?」
「嬢ちゃんがフィアに話してたんでねぇ」
 トーマはふっ…と顔を俯けて笑った。
「あんたが入りにくかった理由はそれか」
「まぁねぇ。…一つ言っとくけどよ…」
「ん?」
「嬢ちゃんを責めてやるなよ?」
「ふっ…言われるまでもない…」
「わかってんならいいけどねぇ。
 感謝しろよ?トレアはあの子の誤解を解こうとして、あの子がまともな反論ぶつけてきても一向に引かなかったんだからさ」
 気が付くと、トーマは嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
 彼は立ち上がると、ポケットに手を突っ込んでまた山脈を見上げた。
「たぶん、トレアが話してくれなければ俺からそれを話すことはなかったと思う。だから、感謝してる。
 彼女が俺の話を聞いてくれたことも、それを話してくれたことも…
 ただ、もしかすると俺は…トレアにそうして欲しくて話したのかもしれない…」
 トーマの表情はとても穏やかだった。
 トレアは自分では慰めることができないと思い、悔しい思いを抱いていた。だがそれは違った。
 自責の念で発した言葉を、彼女は否定してくれた。誤解を解こうとそれを話し、信じてくれた。トーマはその事が嬉しく、救いになっていた。

 ノルヴィは立ち上がってトーマの隣に立った。
「なんの慰めになるかは知らないけどさ…実はねぇ、俺は元教会騎士団でねぇ、昔馴染みとあんま良い別れ方してねぇんだ…」
「え…?」
「ま、死んでるかどうかはわかんねぇんだけど…戦いになって2人一緒に川に落っこってさ、それっきり」
 トーマには、それを聞いて合点のいく覚えがあった。
「あんたが剣を持ってた理由はそれか」
「まぁね。で、ミラっちに問い質されちゃって…」
 小恥ずかしそうにノルヴィは苦笑いを浮かべた。
「それで、彼女はなんて?」
「『みんながいるだろ』ってさ…」
 彼はまた嬉しそうに微笑み「そうだな」と返した。
「俺っちそろそろ戻るけど、トーマはどうする?」
 ノルヴィが言うと、トーマは山脈を見上げたまま返事をした。
「もう少しここに居るよ。なんだか、山がさっきより明るくて綺麗な気がするんだ」

 ノルヴィが宿に戻ると、2階の廊下にミラが立っていた。
「盗み聞きは良くないんじゃない?」
「あれ?ばれてた?」
「馬の聴覚嘗めないでほしいわね。それで、トーマの様子は?」
「大丈夫だ、トレアに救われたってよ。あと、お前の言葉にもな」
「私の?」
 ノルヴィは詳しいことも話そうとせず、さっさと部屋に入ろうとドアを開けた。
「ねぇ、ちょっと。何のこと?」
「俺らはこっちで雑魚寝?」
「ええ、そうよ。って、そうじゃなくてっ、何のことよ、ちょっと、ノルヴィッ…」
 結局ノルヴィに何の事か教えてもらえないまま、ミラも彼を追って部屋に入った。


 フィアはベッドの上で横を向いて寝転がっていた。
 疲れているはずだが、なかなか寝付けない。元の世界では浴びることのなかった月明かりが窓から差し込んでいる部屋で1人、先ほどトレアがした話を思い出す。
(そんなわけない…そんなわけないよ…)
 なんども頭の中で回るあの話。それが回れば回るほど、真実のように感じてくる。
 だがそんな感覚を振り払い、彼女は違うと言い聞かせた。
 それはなぜか、これほど頑なに否定する理由は、実はただの意地や恨みだけではない。

 彼女はベッド脇のデスクの上に置かれたロケットを手に取った。蓋を開けるとそこには満面の笑みを浮かべた自分と、もう写真でしか見ることのできなくなった兄の姿。
 写真のバナードはフィアの肩に腕を回し少しカッコを付けた顔で、優しく頼りになり昔からムードメーカーだった人柄を表しているようだ。
「兄さん…」
 フィアはロケットに付いているボタンを押した。一言いうと、元々このロケットに付いていたものではない。

『よう、フィア。元気にしてるか?忙しくてあんまり会えなくて悪い。体に気をつけてな、じゃあな』

 もう聞くことができない兄の声。
 ロケットにバナードが録音機を組み込んで、そこに声を録音したものだ。
 じゃあな、という言葉が終わると、彼女は停止ボタンを押し、巻き戻して最初からもう一度聞く。
 なんども、なんども、同じ言葉を繰り返すだけだとしても、ただ兄の声を聞いていたかった。
 いつの間にか涙が溢れて止まらい、目の前の写真も背景も歪んで酷く抽象的に映った。

 やがて泣き疲れて寝てしまったのか、うっすらとした意識の中で目を開けたときには窓から朝日が差し込んでいた。
 デスクの上を見ると服が置かれていた。朝ではなくもう昼近いのだと、そこでフィアは知った。
(おきなくちゃ…)
 彼女はベッドに手を付いて体を起こした。すると、まだ寝ぼけていたのだろうか、ロケットにうっかり手を触れて再生ボタンを押してしまった。
『よう、フィア。元気に…』
 兄の声が流れる。
(あ、そうか…あのまま寝ちゃったんだ)
 体を起こして足をベッドの外に投げ出して座る。そのまま兄の声を聴き続け、やがて『じゃあな』と締めくくり音声はそこで終わる。
 はずだった。
『ガッ―ガガッ―』
「っ…!?」
 ハッと振り向いた彼女は一瞬壊れてしまったかと焦燥したが、そうではないことに気付いた。
『―――、―――・・・』
「うそ…これ…これって…」
 フィアは流れる音声にただただ言葉を失った。


 ミラが部屋の戸を叩いた。
「フィア、入るわよ?」
「はい」
 返事を受けてからドアを開けた。
 中には買ってきておいた服を身に着けたフィアがいた。
 少し黄みがかった白地に細い赤のストライプの入ったシャツ、その下から覗く赤いインナー、赤茶のショートパンツにロングブーツ。
 シャツの襟はスーツの物と似た形、スマートなシルエットは彼女のスタイルの良さを際立たせ、ショートパンツとブーツの間から見える太腿は一層綺麗に見えた。
「勝手に選んできたものだけど、どうかしら?」
「デザインとかはいいんですけど…」
 と、フィアは恥ずかしそうに顔を伏せた。
「シャツの丈もパンツの丈も少し…その…短くないですか?」
 彼女の言うとおり、シャツの丈は少し動けばお腹が見えそうになるし、パンツもお尻が見えそうで心配になる。
「あら、案外平気なものよ。着慣れないのはそのうち慣れるわ」
「そうですか…?」
「それに、その服は特殊なものよ。トーマの服もだけど、剣先が掠ったくらいじゃ傷もできないから、軽い防具としても使えるわ」
 旅人はこの素材の衣服を好んで着用する。動きやすいうえに丈夫というのはまさに願ったり叶ったりだ。
 ただ、それなりに寝も張るが。

 ミラは食事の準備ができていると告げ、部屋を出ようとした。
 すると、フィアが呼び止めた。
「何かしら?」
 フィアは言うのを躊躇っているようだった。
「…あの…村の外に後で来るように、あいつに言ってもらえませんか?」
「トーマに?」
「…はい」
 ミラは少し考えたが、「いいわ」と返事をした。
「場所や時間は?」
「…あとでお伝えします」
「わかったわ。さぁ、私以外みんな出てるし、今のうちに食べちゃいましょ。その方がいいでしょ?」
「はい…」
 2人は部屋を出て、宿の下の食堂へと向かう。


 そして2時を回った頃、帰ったトーマにミラが呼び出しの件を伝え、場所を訊こうと部屋に赴いた。
 そこにフィアの姿はなく、書置きが1枚残されていた。

 『夕方ごろ 村の西の河原 1人で』

12/08/13 02:04更新 / アバロンU世
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