連載小説
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和解、そして決断

 (君の兄は見殺しにされたんだ。負傷した彼は、区画ごと切り離された、トーマフェンデルという准尉によってね…)

 フィアの脳裏にその言葉が甦る。
 バナードの死から数日後、家にやってきた男がそう告げた。
 そして彼はこうも言った。
 トーマ・フェンデルという男はバナードの親友であったが、自分の身を守るためバナードを見殺した。
 もし、君がすべてを投げ出してまでも兄の無念を晴らしたいというなら、我々が協力しよう、と。

 ここ最近まで、その男の言葉を信じていた。だが、今その言葉が揺らぎ始めている。
 夕日が差す河原で、フィアはトーマを待っている。
 真実が知りたいがため、あの言葉が本当であると確かめたいがため。
 自分が恨む男の仲間は自分を助けてくれた。それには感謝している、が、それとこれとは別の話。

 村の方から人が1人歩いてくる。藍色の服を着た、その男。
 彼はフィアと10メートルほどの距離を開けて立ち止まった。
「ちゃんと1人で来たのね」
「ああ」
 トーマは腰の後ろのホルスターからハンドガンを抜き、フィアの前に投げ、ナイフも投げ捨てる。
「何のつもり?」
「バナードの復讐、だろ。ただその前に俺の口から直接話を聞きたい、だから俺を呼び出した」
 彼女は目の前のハンドガンを手に取り、銃口をトーマに向ける。
「わかってるじゃない…」
 両手で持ち、肩の力は抜いて、狙いは心臓や頭などの局所ではなく、胴体に合わせる。
 
 トーマは自然に立ったまま、フィアは銃を構えたまま、2人は会話を続けた。
「いい構えだな、銃を撃ったことは?」
「私、反政府に就いたの。そこで訓練を受けたわ」
「俺に復讐するために」
「そうよ」
 トーマは懐かしむように薄ら笑みを浮かべた。
「あいつは銃の腕はからっきしだったな。あいつに誘われたのがきっかけで、一緒に練習したりもしたけど、一向にうまくならなかったよ」
「でも、私はそうはいかないわよ。確かにまだ経験は浅いけど、この距離なら外さない」
 フィアは眼光鋭く、その言葉は決してハッタリではないことは一目瞭然だった。
「そろそろ話してくれない?」
 彼女の言葉がトーマの意識を懐かしい記憶から呼び戻す。
「わかった…」
 トーマはまっすぐフィアの目をまっすぐ見つめた。
「俺はあいつを、確かに救えなかった。それは本当だ…」

 フィアの銃を握る手に力が籠った。
「それは、認めるのね」

「ああ、それが事実だからな。ただ、俺は見殺したわけじゃない。『みんなの命を守れ』それがバナードが俺に言った言葉だ。
 バナードを助けに向かって、まだ軽傷だったあいつを連れて逃げようとしたとき、爆発が起こった。俺は軽傷で済んだが、あいつは瓦礫に挟まれ、破片が腹に突き刺さっていると言った。
 それでも助けようとした俺に、新型動力は出力を上げ、G8は崩壊するまで時間がない、このまま区画ごと切り離せと…あいつは俺に言った」

「だから、それに従ったっていうの?」
「そうだ」
 フィアは下唇を噛んだ。
「…親友だったんでしょ?なのに…なのに、そんなにすぐ割り切れるっていうの!?」
「そうしなければみんな死んでしまう状況だった…」
「だからって…それでも助けようとは思わなかったのっ!?」
「あいつはッ!」
「っ…!」
 声を唐突に荒げたトーマにフィアは一瞬気押された。
「あいつは…賢い奴だ…あいつが時間がないと言えば、それは本当に切羽爪った状況だってことだ…。
 それにあいつは、もう覚悟を決めてたんだ…」
「なんでそんなこと分かるのよ…?」
「あいつのあんな顔見せられれば、誰だってわかるさ…」

 次の瞬間、フィアはトーマの足元に向かって引き金を引いた。
 足元の石が砕け散り、破片がトーマの足やブーツに当たり、残響は静かに消えていった。
「嘘ッ!」
「本当だ…」
「違うわッ!」
「違わない…」
 すると彼女の様子が変わった。
 雰囲気が静かになり、銃を持った腕は重力のなすがまま垂れ下がった。
「絶対嘘よッ…
 いいえ…たとえ本当でも認めるわけにはいかないの…!」
 フィアの一言にトーマは当然な疑問を抱いた。
「…どういうことだ?」
 フィアは哀しげな表情で答えた。
「…私は、あなたに復讐するために全部捨てたの。家も、生活も、思い出だってっ!全部!」
 トーマは驚いた半面、どこかでそんな予感も感じていた。
「…君の、バナードの母親は…?」

 フィアは辛そうな顔を浮かべた。
「1年前に流行った病で死んだわ…心労が祟ったのもあるかもしれないけど。
 私には、もう家族なんていない…帰る家もない…何も、何も残ってない。唯一残ってるは、兄さんの無念を晴らしたい思いだけよッ…だからッ!」
 彼女は下ろしていた銃口を再びトーマに向けた。
「私はそんなの認めない!あなたはこの場でッ、私がッ!」
「…そう、か…」
 トーマは静かに目を閉じた。
 もし彼女にやられるのなら、それもしょうがない事だと受け入れた。
 ここでこうして死んでしまうならそれまでの人生、それまでの人間。
 フィアは、ついにその引き金を引いた。

 辺りに銃声が響く、薬莢が石に当たって跳ね返り幾度もの小さな金属音を挙げた。
 トーマは銃声と同時に頭の横を弾丸が過ぎていく感覚を感じ、一瞬外れたのかと思ったが、すぐにわざと当てなかったのだと思い直した。
 彼はそっと目を開けた。
 ハンドガンの銃身は小刻みに震えている。銃の照準とトーマを見るフィアの目には、俯き加減で垂れた前髪の奥で夕日をキラキラと反射するものが浮かんで見えていた。
「…でも…でもッ…」
 フィアは小さくそう呟いたかと思うと、銃を下ろした。
「あんなの聞いちゃったら…もぅ…もう…信じるしかないじゃないッ…!」
 トーマは話しがまったく見えずにいた。
「何を…聞いたんだ?」
 トーマはフィアに数歩近づき止まった。その間、彼女は退いたり警戒するような素振りを見せず、おとなしく立ち尽くしていた。
 するとフィアは唐突にロケットを取り出し、蓋をあけ、再生ボタンを押す。

『よう、フィア。元気にしてるか?忙しくてあんまり会えなくて悪い。体に気をつけてな、じゃあな』

 トーマがそれを聞くのは初めてだ、驚いたのは言うまでもない。
「それは…!」
 彼女の持つロケットから流れてきたのは紛れもない、親友の肉声。
「兄さんはレコーダーを組み込んでた…そこに自分の声を録音してたの…聞いてて」
 バナードのメッセージが終わり、数秒の間無音が続いた。本来なら、それ以降には何のメッセージも音声も入っていることはないはずだった。
 しかし、突然ノイズのような音が聞こえ始め、そしてそのノイズの中からやがて人の声が聞き取れた。

『―うっ…がはっ…バナード、無事か…? ―バナードッ!』

「―!」
 自分の声。それは明らかに、事故の起きたあの時の音声だった。

『…トーマ…今から…言うこと……よく聞いてくれ…』

『バナード、喋るなっ!今助けるっ!』
『無理だッ―!』

「それは…」
「…たぶん偶然…あなたが言った爆発の時、録音のスイッチが入ったのよ…」
 トレアは音声を流し続けた。あの事故の時の現場で、2人がどういう会話をし、バナードが何と言ったのか。そこには明瞭に記録されていた。

『俺の腹に…破片がぶっ刺さってやがる…助からねぇ…。
 それに…時間がねぇんだ…』

『いいか…俺がさっき見てた感じだと…あれは出力を上げ続けちまう……確かに…どこかで止まりはするだろうが…その頃には…G8は…もうない…』

『俺に構ってる場合じゃねぇんだッ!俺を助けてちゃ間に合わねぇんだよッ!
 テメェも軍人ならッ、士官になったんならッ、ちゃんと人の命守りやがれッ!!!』

『ハァ…ハァ…ああ、そうだ…それから、こいつ………頼む…フィアに、妹に渡しといてくれ………行くんだ…トーマ…!』

 音声はそこで途切れていた。
 ただ、トーマの話を本当だと示すには十分だった。
 フィアはその場に膝から崩れ落ちた。
「うっ…うぅっ……もう…もう私には…何にもない……ママもいない…兄さんもいない…帰るところもない…あなたを恨むのも…間違いだった……」
 彼女の膝に置いた手の甲に、大きな水滴がポタポタと落ちていた。
「うぅっ…私はっ…私はっ―ぅあああああああああッ―!」
 フィアは堪えられなくなり、衝動的に持っていた銃を振り上げ、遠くへ投げ捨てた。
「なっ、バカッ―!」
 トーマは咄嗟にフィアに飛びつき、2人はそのまま河原に倒れ込んだ。
 その瞬間、銃声が轟く。

 何が起こったかわからないまま、フィアは涙を流したまま唖然としていた。
 トーマは体を起こし、彼女に焦燥と憤りの混じった顔を向ける。
「セーフティを外した銃を投げる奴があるかッ!」
「ご…ごめんなさい…」
 立ち上がってフィアに手を差し出し、彼女はその手を借りて立ち上がった。
「怪我は?」
「…なんで………なんで私を庇ったりしたの…?
 私はあなたを恨んで…殺そうとまでして…」
 彼女に向き直ったトーマは、真剣ながら優しい表情で見つめた。
「…何度も言うけど、俺はバナードを助けることはできなかった」
 トーマはそっとフィアの両肩に手を添えた。
「でも別れ際に…俺はあいつに言われたんだ。頼んだ…って」
「…頼…んだ…?」
 フィアは不思議とトーマの目から視線を逸らせられなかった。
「俺はその時はあそこにいた皆のことだと思っていた。だけど、それだけじゃなかったってことが今分かったよ」
「え?」
「君は『何もない』って、そう言った。だったら…俺が、俺たちが君の『何か』になる。あいつが、バナードが言った『頼んだ』って言葉はきっと、そう意味なんだ」
 フィアは困惑した。
 先ほどまで銃口を向けていた相手に何を言うのか、と。
「君がその恨みや怒りをどこに向ければいいのか分からないなら、俺がそれを受け止める」
「っ…」
 彼女は今度は困惑だけでなく驚嘆させられた。
(なんで…躊躇なく…なんでそんな…まっすぐな目で言えるの…なんで…?)

 突如、トーマはまだ話していない真実を話し始めた。
「…俺はバナードの葬儀の日、その場所に行った…」
「えっ…!?」
「すべてを話すつもりだった。でも、いざとなると俺は君や、君の母親の前に出ていけなかった…」
「…どういうこと…!?」
 フィアは初耳だった、トーマが葬儀の日その場所に来ていたことなど彼女は露ほども知らなかった。
 トーマは続けた。
「哀しみに暮れる君と母親を見て、俺は恐くなったんだ……本当のことを話して、責められるかもしれないことが…。だから、ロケットだけ置いて帰ってきた」
 彼女は一瞬目を見開いた。
「じゃあ…あのメモも…」
 フィアは今までずっとメモとロケットと届けたのは、自分に仇を討たないかと誘ったあの男だと思っていた。
 だがそうではなかったと知り、彼女はひどく困惑した。
「ああ。
 …今考えれば、あの時君たちの前に出て行っていれば…本当のことを話していれば…君がこっちに来ることも、何もなくすこともなかったかもしれない…。
 俺は…弱かったんだ。だけど、もうそうじゃいられないッ!俺は…あの頃とは変わらなければいけないッ、最後の最後に俺に思いを託して、最後の最後まで俺を助けてくれた友のためにも…変わってみせるッ、…だからフィア…」

俺を信じてくれ

 トーマがどれだけ本気でその言葉を発しているか、それはフィアにも伝わっていた。
 だが、フィアは俯いて拳を握りしめて震えていた。
「…私は…私はッ…どれだけあなたが兄さんを助けようとした真実を知っても…あなたをすぐになんて許せないし、信じられないッ…」
「…ああ…わかってる…」
 トーマはそう返事をした。
 こう言われることなどわかっていたはずだったが、思わず目線を落としていた。

「でもッ…!」
「…?」
「…私も…私も、変わりたいッ…!兄さんの為にも、ママの為にも、自分の為にも…。
 …けど…けど…やっぱり…すぐには無理だから……だから…それまで…」

あなたを恨ませて

 顔を上げたフィアの頬を涙が伝っていたが、それでもその表情は微笑んでいた。
「…ああ…」
 向かい合う2人の心から、少しだけ、ほんの少しだけ、曇天の雲は消えていた。
 そしていつの間にか、2人は優しく微笑んでいた。

 と、トーマは突然村の方の茂みを振り向いた。
「…どうしたの?」
「だれかいる…」
 トーマは身構え、フィアも盗賊の話や、昨日の夜の件もあり、咄嗟にトーマの後ろに隠れた。
「フィア、ここに居ろ」
 そう言うと彼は1、2メートル先に落ちているハンドガンまで素早く近づき、拾い上げると茂みに銃口を向けた。
「誰だッ!」
「おいおいおい、待った待った待ったっ!」
 そう慌てて姿を現したのは、ノルヴィだった。それに続いてミラとトレアが姿を現した。

 トーマは予想外のことに驚いて、フィアと見合った。
「あなた、1人で来たんじゃ…?」
「聞きたいのはこっちだ。俺だって…」
 ミラは戸惑う2人に声をかけた。
「ごめんなさい、2人とも。フィア、私たちがいるのはトーマにも内緒だったの」
「…そうなんですか?」
「ええ。たぶんトーマに何かするつもりはないとは思っていたけど、一応ね」
 フィアは不思議そうな顔をした。
「あの…どうして何かするつもりはないって…?」
「あら、何かするつもりなら私に頼んだりしないでしょ」
 フィアは驚いた。そんな些細なことで相手の行動を判断したのか、と。
「まぁそういう訳だから大丈夫って言ったんだけど…」
 ノルヴィはそう言いながらトーマとフィアの背後に回り、2人の肩に肘を置いてニヤッと笑って言った。
「…そこのお嬢さんがねぇ…」
「トレア…?」
 彼女は一瞬たじろいだが、すぐに取りつくろうように言い返した。
「な、なんだッ…心配するのは当然だろうッ!」
 トレアの表情はムッとしながらもどこか安心したような顔だった。
「さて、とりあえず一件落着したことですし、戻りましょう。フィアも一緒に」
「…はいっ」
 5人は笑顔で、村への道を戻るのだった。


 村の入り口に来たとき、覚えのある人物の姿を見かけた。
「あら…、キャス!」
「あ、みんな」
 キャスは嬉しそうに微笑むと、5人に駆け寄った。
「無事のようだな、よかった」
「うん、みんなも」
 約2週間ぶりの再開に、トーマ達は胸を撫で下ろした。
「トーマ、傷は?」
「ここに来る途中の町で、魔法治療を受けたんだ。今は傷痕があるくらいだよ」
「そう、よかった」
 お互いの無事を喜び合っていると、村の中の方から色黒の男が歩いてきた。
「おーい、宿にお前の言うてた人らがー…って、なんや、もう会うてたんか?」
「あ、おに…じゃない…フィム、うん。みんなが僕の仲間だよ」
 キャスはうっかり『おにいちゃん』と言いそうになって、慌てて言い直した。

 トーマら4人は色黒の男が何者なのかという目で見ていたが、フィアに至っては言わずもがな、この2人は誰だろうと思っていた。
「みんな、紹介するよ。僕のおにいちゃん…のフィム」
 途中をゴニョゴニョと小さくはぐらかす様に紹介されたフィムは、少々意地悪な顔を浮かべた。
「どうも、キャスのおにいちゃんのフィムや、よろしゅうな」
「なっ…!?」
 キャスは慌てに慌て、照れに照れた。所謂パニックだ。
 そしてそのフィムの発言を聞いたトレア、ミラ、ノルヴィの3人は「なっ!」「あら〜♪」「ほほう…」と感嘆詞を口にした。
「やるねぇ、ちびっ子」
 キャスは冷やかしたノルヴィをキッと睨み付け、彼は「おっと…」と両手を肩の高さに上げた。
 彼女が「何で言ったのさ」と言わんばかりの目でフィムを見上げると、彼は悪戯をした子供の様に笑った。
「ミラよ、よろしく。こっちの2人はノルヴィとトレア、それからトーマとフィアよ」
 彼女は握手を求めながら、他の4人を紹介した。
「よろしゅう」
 フィムは差し出された手を握った。

 トーマは隣にいたトレアにこっそりと訊ねる。
「なぁ、トレア。おにいちゃんってのはどういうことだ?」
 すると、彼女は薄らと頬を赤らめながら答えた。
「あ…その…つまり……伴侶ということだ…!」
 一瞬トーマは止まった。そしてもう一度電源が入ったかのように驚嘆の声を挙げた。
「なにっ!?」
「伴侶!?」
 後ろで聞いていたフィアも一緒に声を挙げた。
「伴侶って…あの伴侶?」
 彼女はまだ信じられないのか、トレアに訊き直す。
「それ以外に何かがある?」
 フィアは目を丸くしてキャスとフィムを交互に凝視する。フィムは自分の腰の高さのキャスの肩に手を回して引き寄せ笑顔を返す。
 そんな彼の行動と今の状況に照れながら、キャスはミラに訊ねた。
「ねぇミラ。そこのフィアって子は?」
 ミラは少し間をおいて答える。
「トーマの親友の妹さんよ」
 それを聞いて、キャスは表情を曇らせる。
「そうなんだ…」
 トーマはキャスに慰めるような笑みを送った。その笑みの意図を彼女もちゃんと読み取り、そして感謝の意を込めた笑みを返す。

 フィアは前に出ると、身を屈めてキャスと目線を合わせた。
「ねぇ、キャスはいくつ?」
 それは諸に小さい子供に言う口調だった。それは当然と言えば当然なのだが、トーマたちは「あ〜あ、やっちゃたよ」と言わんばかりの表情を浮かべた。
「生きてきたのは62年だよ」
「・・・・・?」
 一瞬、思考が迷走する。それも然り、キャスの見た目から考えられる数字ではないのだから。
 フィアは聞き間違いだと思って訊き返した
「…12?」
 キャスはジト目でフィアの顔を見つめ、はっきりと聞き間違い様のないように言った。
「ろくじゅう、にッ!」
 屈めていた姿勢を戻し、他のみんなを見ると全員「その通り」と言わんばかりに頷いた。
「うそッ!?」
「…はぁ…ほんとだよ。
 僕はバフォメットと契約して魔女になったんだ。魔女の体は幼いまま老いることはないから、外見はずっと子供だよ、中身は多少成熟はするけど。
 正直、魔物には何年生きたかっていう年齢換算は不適合なんだ。僕はずっと子供で止まったままなんだ。」
「へ、へぇ〜…」
 トーマは、人間は本当にここまで呆気に取られたような顔をできるものなのか、とフィアの顔を見つめていた。
「そうだ、みんな。聞いてほしい話があるんだけど…それも、かなり重要なこと…」
 と、急に切り出したキャスの真剣な表情に、自然とトーマ達の表情も引き締まる。
「わかったわ、ここじゃなんでしょうから、宿へ」
「うん」
 

 宿へ場所を移し、キャスは早速話を始めた。
「実は僕、あの後騎士団に捕まっちゃったんだ」
「捕まった…って、無事だったのか?」
「うん、それで、捕まっていたのが大きな陸上艦なんだよ」
「陸上艦?」
 トーマ達は今一ピンと来ていない様子だ。
「せや、全長約430メートル、全高240メートルっつーデカブツや。魔導砲大小含め20門、対魔導防御、厚さ10センチの外装甲…とまぁ、えげつないわなぁ」
「フィム、どうしてそんな詳しいことを?」
 ミラが訊ねると、バツが悪いのを誤魔化す様に笑いながら彼は答えた。
「…いやぁ、実は俺も捕まっとったんやけどな、その理由が騎士団軍部に盗みに入って大部隊に囲まれてもうてなぁ…ははは」
「…呆れたやつだなぁ…」
 と、トレアはジト目で色黒の男を凝視した。
「たぶんこのままだと、それを主力に教会は攻めてくると思うよ。空間転移魔法の公式も知りたがってたからね」
 とここまで話した時、次にノルヴィがふと口にした言葉が小さな疑問を生んだ。

 彼はその時壁にもたれ掛かって立っていた。そして昔馴染みの友人が昔語っていた夢でも思い出すように、その言葉は出た。 
「…あの計画はホントだったわけねぇ…」
 思わず聞き逃してしまいそうになりながら、トレアとキャスはノルヴィに目を向けた。
「おい…まるで知っていたような口ぶりじゃないか…?」
 ノルヴィも不意に言ってしまった言葉だったのか、しまったと言わんばかりに目を逸らして口を噤んだ。
「はぁ…俺としたことが…」
 彼はそう溜め息を吐いたかと思うと、今度は開き直ったように前を向くと軽く挙手した。
「悪い、ミラっちとトーマには話したんだけど…俺ってば元教会の騎士なんだわ…」
「なにっ!?」
 トレアは大層驚いたようで、思わず一歩彼に迫った。
「…あのな、たかが1時間荷車を引いただけでバテるお前が元騎士団などと、冗談にもならんっ!」
 彼女はノルヴィの今までの行動を見ていたが、考えれば考えるほど騎士団とは程遠かった。故に素直に信じることができない。
「あのさ、疲れてる時に疲れてない演技は無理だけど、疲れてない時に疲れた演技はできるでしょ?」
「な…確かに…だが、キャスの攻撃をもろに食らったり、寒さに弱すぎたり、それはどうなんだ?」
 すると、キャスは少し何かを考えていた様子で口を開いた。
「やっぱり、ノルヴィってあの時防御してたよね?」
 トレアはきょとんとした顔をしたかと思えば、鼻から息を吐いて首を振った。
「バカ言うな、防御してたらあんな風に吹っ飛ばないと思うが?」
「ううん、防御してなかったらあんなので済む筈ないんだよ」
「は?」
「あの時さ、割と本気で撃っちゃったんだよね。でも本当なら怪我してたっておかしくないのに、ノルヴィは怪我1つなくすぐ文句言ってきたじゃない。
 実は魔力を手に集めて防御してたんじゃないかと思って…」
 トレアはキャスの言葉に信憑性を感じ、ノルヴィに視線を移した。
「なんて奴だ…お前はそれほどに実力がありながら、どうして戦えないフリなど…」
「まぁ、俺にも俺なりの事情ってのがあってさ」
 ノルヴィはそう言って腕を組んだ。トレアはそれ以上踏み込むのは無粋だと思ったのか、深くは追及しまいとこの話題はそれで終わらせた。
「それで、話を元に戻すけど…このままだと、確実に戦争になるわけ」
 キャスの言うことは、その場の誰もが当然わかっていたことだった。そして彼女は「みんなはどうする?」と続けた。
 その言葉は真意はそのままの意味だ。
 反魔物側と親魔物側の間では、これまでいくつもの争いの歴史がある。その中で、魔物たちの中にはその戦闘に参加しないものもいた。実を言えば、戦闘に参加するかどうかは各々の判断が最優先される。
 現状を知るのは今はここに居る7人のみだが、十中八九戦闘になることは回避できない。彼女の言う「どうする」とは、それに関与するかしないかの判断をこの中でだけでも聞いておきたいということだった。

 最初に口を開いたのはトレアだった。 
「…私は、正直に言えば人と争うのは好ましくないと思う。それは、魔物たちすべてが思っていることでもあるはずだ。ただ、だからと言って何もしないのは私は戦士として良しとしない。
 ここで知ってしまったからには、私は戦おう」
「トレアは…それでいいんだね?」
「ああ、戦士に二言はない」
 キャスはその返事を聞いて頷く。
「…だよね。僕も同じだ」
「お前、ええんか?」
 フィムは言った。もちろん、キャスの事を案じてのことだった。 
「うん。僕はずっと魔術の研究をしてたけど、それはただ自分の探究心からだった。でも、せっかくしてきたことなら役に立てたい。
 それに、知ってて何もしないんじゃ、僕はずっと子供のままだから」
「そうか…」
 フィムは頭を掻きながらそう言うと、キャスの肩に手を置いた。
「俺は盗み専門で戦闘は本業ちゃうけど…まぁ可愛い妹がそう言うとるんやし、お兄ちゃんとしてはしゃーないなぁ」
 彼はニカッと笑うと、キャスは嬉しそうにしたかと思うと、すぐに真顔に戻した。
「いいの…?」
「おう、なんせぇ〜、俺ずっとあいつら追われてはたたかっとったしぃ〜、あいつら嫌いやしぃ〜」
「んふふっ…なにさ、その言い方」
 キャスは彼のおかしな口調に、思わず噴き出していた。

「んじゃ、俺も参戦しますかぁ」
 ミラはノルヴィの意思表明に驚いた。
「ノルヴィ、でもあなたっ…いいの…?」
「だって、どうせミラっちも行くんでしょ?」
「そうだけど…」
「じゃあ俺も行くしかないじゃない?
 第一状況が状況でしょ、いつまでも剣を置いとけるような感じじゃないし…それに、けじめってのは付けないとねぇ」
「ノルヴィ…」
 ミラは彼の顔を見て、心が決まっていることを悟った。彼女は優しく微笑んで頷いた。

 そしてミラはトーマとフィアの2人を見つめ、考えをまとめて言った。
「みんな、それから…私はトーマとフィアは関わるべきじゃ、少なくとも参戦するべきでないと思うのだけれど。どうかしら?」
「ミラ…?」
「ミラさん…」
 2人は彼女がそう言った理由をすぐには理解できなかった。
 だが、2人と事情を知らないフィム以外はその意図を読み取れていた。
「そうだな。フィアはこちらの戦闘には慣れていないし、まず訓練したとてそうすぐに騎士団相手に人間の女が敵うようになるとは思えない。
 トーマは確かに、戦闘に置いては騎士団の精鋭とも一度やり合っていて、大半の騎士とは互角以上だろう。だが…」
「うん…トーマもフィアも元は別の世界の住人。こっちの世界の、それも命がかかってるような出来事に関わるべきじゃないよ」
「2人の言う通り、私は2人は避難しているべきだと思うわ。戦闘が終わるか、キャスの時空間魔法が完成するまでは…」
 彼女たち3人の言うことは尤もだった。
 ミラは以前まで、この世界で生活する以上は野盗やその他の敵との戦闘はトーマであってもしょうがないことだと思っていた。だが、精鋭騎士相手の戦闘の際にトーマが重傷を負ったことで、それは誤りだったのだと痛感したのだ。
 もとはこの世界にいるべきでない人、そんな者がこの世界の動乱に巻き込まれて傷つくことは本来許されるべきではない。それはミラだけでなく、キャスもトレアもその件をきっかけに思った事だった。
 そう、誰よりもトレアは強く思ったのだ。
「みんな…でも俺は…」
「トーマ、お前が私たちと行動を共にした当初の目的、忘れたわけじゃないだろ」
 トレアは彼の言葉を遮り言った。
「…ああ、こっちへ俺を、俺たちを飛ばした魔導師を見つけ、元の世界へ返してもらうためだ…」
「そう…そしてキャスは見つかり、お前たちはキャスの時空間魔法さえ完成すれば元の世界へ帰れるんだ…!」
 彼女の口調は静かだが強いものだった。
「だから、せめてこの抗争が落ち着くまで身を隠せ。もし不利な状況に陥ったなら、キャスだけでも無事なまま退かせて研究を続けてもらう」
「うん、僕もそのつもりだよ…」
「だから2人とも、今すぐとはいかないが、大陸を出ろ。そうすれば戦火は凌げる…」
 トレアは2人の前に立ち、神妙な面持ちでそう告げた。
 
 確かに彼女たちの言っていることは正しい、しかしトーマとフィアの胸中には、何とも心地の悪いわだかまりが現れていた。
 2人とも艱苦と言わん表情を浮かべ、顔を逸らし俯けていた。
 すると、沈黙していたノルヴィはあっけらかんとした口調で述べた。
「俺はさ…別に2人が決めたことならどっちでもいいと思うんだけどねぇ…」
「っ…ノルヴィ…!?」
 トレアは困惑して、振り返った。
「そりゃ、みんなが言ってることはご尤もだよ?でもさ、それじゃ片付かないことだってあるんじゃないの?」
「…ノルヴィが言うこともわかるが、そういうことじゃ…」
「考えてもみなって。そりゃ3人の言うとおりにした方が合理的というか、まあいいんだろうけどさ。でもトーマとフィアちゃんが何にも思わないかってぇとそんなこともないだろよ」
「いや、それはそうかもしれないが…」
 彼の言い分にも一理あることは一目瞭然だ。
 そして彼はさらにこう続けた。
「まぁ、俺は2人がどう動くにしたって止めやしないし、出来る限りで助言もすっけど…とりあえず一晩じっくり考えてからでも遅くはないと思うよ?」
 ミラはノルヴィの意見に考えをめぐらせたすえ、彼と同意見という結論に至りこの日は解散ということになった。

 トーマはベッドの上で天井を見上げながら、自分がこれからどうするべきか思案していた。
 窓の外から虫の声も聞こえる夜だが、そんなものは耳には入っていない。
(たしかに…トレアやキャスの言うことは尤もだ…だけど俺は……いやでも、俺はこっちの世界の戦い方というものがよくわかっていない…
 大群相手に白兵戦でどう立ち回れる?…もし、足手まといになるくらいなら…彼女たちの言うことに従った方が…あぁ、くそッ…)
 トーマは上体を勢いよく起こすと、ノルヴィを起こさないように部屋を出た。
「「あ…」」
 部屋を出たところでばったりフィアと鉢合わせ、お互い声を挙げた。
「…フィアも寝られないのか?」
「うん、どうしようか迷っちゃって…あなたも?」
「ああ…」
 2人は階段を下り宿を出ると、夜風に吹かれながらあの広場へ向かった。
 ふと隣を歩くフィアが両腕の上腕を擦っているのを見て、トーマは足を止めた。
「…どうしたの?」
 トーマが移した視線の先には、夜ももう遅い小さな村の中で唯一まだ明かりを付けている店があった。
「入ろっか?」
「え…うん」
 中に入ると客は誰もいなかった。店主が一言「いらっしゃい」という声だけが2人に届く。
 2人は適当な席に座り、トーマがメニュー表をテーブルに置いて広げた。
「なにか暖かいものでも頼もうか?」
「え…」
 フィアは思わずトーマに目を向けた。
(あ…私が寒いのに気付いて…)
 彼女は嬉しさを感じて微笑んだ。
「…うん。ココアがいい」
「わかった。マスター、ホットココアと軽めのリキュール頼む」
「あいよ」
 カウンターの向こうから店主の返事が返ってくると、フィアはトーマに訊ねた。
「…ねぇ、あなたはどうするつもりなの?」
 すると、彼は少し悩んでから答えを返した。
「…俺は…戦いたい。あいつらの力になりたい、そう思う。
 確かに、みんなは強い、でも…騎士団も精鋭部隊や例の陸上艦だって投入してくるだろう…そうなれば、いくら強いと言ったって、命の保証なんかないんだ…。
 なら少しでも、俺は力になりたい」
「でも、あの2人が言う事は?」
 フィアがその質問をした時、丁度店主がココアと薄い飴色の酒を運んできたため、2人は一旦話を途切れさせた。

 店主がカウンターの奥に戻った頃合いで、トーマは話を再開した。
「確かに、あの2人の言うこともわかる。現実的に見ればむしろ2人の言うことの方が正しいんじゃないかとも思う。
 でも思ったんだ、それで例え元の世界に戻れたとして、それで俺は平気なのかって…。
 だから迷ってる…俺は戦いたい、でも足手まといになるかも知れないし無事で済む保証もない…片や、別の世界の住人である俺たちがこっちの事象に加担しないというあるべき流れを取り、2人の言うようにすれば、俺たちは帰れる。でもきっと心は穏やかじゃいられない…」
 彼はそう言うと、解けて形を崩し氷がカランと音を立てたグラスを手に取り、一口飲んだ。
 鼻から抜けるアルコールの匂いが、この時は少しだけ心地良く感じた。
 フィアもカップを手に取ると、甘い匂いを放つココアを飲んだ。そしてそっとカップを置き、立ち上る湯気を見つめた。
「私も…そんな感じ。私、今まで剣で戦った事なんてないし、きっと足手まといにしかならない…。
 でもなんだか嫌なの、そうやって関係ないフリをするなんて。戦うのはすごく…怖い…でも、それじゃ変われない気がするから…」
「フィアもそう思うんだな…」
「…うん…」
「………」
「………」
 小さな沈黙の間、2人の頭の中を言葉に出せるほどにすらまとまらない思考が延々と迷いが駆け巡った。
 トーマは時折酒を口にし、フィアもココアをすする。

 唐突にフィアは着けていたロケットを手のひらで持ち上げた。
「…兄さんなら…」
 と、彼女は呟いた。
「…兄さんなら…こんな時なんて言ってくれるんだろ…」
 ふと、トーマの脳裏にある日の会話が思い出される。そして彼の口をついてある言葉が出ていた。
「…悩むくらいなら突っ走れ…」
「え…?」
 フィアの視線はロケットからトーマに移り、そしてそのトーマの視線はロケットに向いていた。
「演習の時にな…俺たちの班は圧されてどうすることもできなかったんだ。それでどうすればいいかあれこれ考えてたら、あいつが…バナードが言ったんだよ。『めんどくせぇ、悩むくらいなら突っ走れ』ってな…」
「それで…どうなったの?」
 トーマはフッと苦笑しながら言った。
「当然ボロ負けしたさ」
「んっふふ…ダメじゃん」
「ほんとだよ。でも、あの時はみんな、自分がやれることを夢中でやったっていう感じで、妙に清々しかったな…」
 2人は顔を見合わせて笑い合った。
 そして、突然フィアは「よしっ!」と言ったかと思うと、カップの中のココアを一気に飲み干した。
「フィア?」
「…私決めたッ!悩んでたって何にもならないなら、兄さんが言うみたいに突っ走るッ!もうなるようになっちゃえばそれでいいじゃん!」
 フィアは先ほどとは違う顔で言った。
 そしてそんな彼女の顔を見たトーマは、納得したように笑うとグラスを持ち酒を一気に飲み干した。
「トーマ!?」
「俺もそうするよ。俺たちは変わるって決めたんだ、こんなとこで躓いてる場合なんかじゃないよ」
 トーマがそう言ってフィアを見ると、彼女は嬉しそうに「うんっ」と言った。
「…もう遅いし、戻ろうか」
 2人は席を立って酒とココアのお金をカウンターに置いて、店を後にした。

 
 翌日、再び全員集まりトーマとフィアの返答を聞くことになった。
「それじゃ、2人の答えを聞きましょうか」
 2人は確認するように顔を見合わせて、昨晩出した答えをそのまま伝えた。

「「突っ走るッ!」」

 それを聞いたトレアとキャスは困惑を、そしてノルヴィとミラ、フィムは微笑を浮かべてた。
「ふ…2人とも、何を言ってるんだ?!」
「その答え、意味わかんないよ…?」
「うふふふ…私はいいと思うわよ、今の答え」
「そうそう。で、フィム君はどぉ思う?」
「せやな。なんにしてもこいつらが決めたことや、俺は何も言うことないわ」
「フィム、貴様…」
 トレアはとっかかろうとする勢いで振り返った。
「お兄ちゃんも賛成なの…?」
「せや。ま、多数決ってことで」
 フィムの一言に、キャスは呆れたようにため息をついて笑った。
「………私は、どうなっても知らないぞッ!」
 トレアが、渋々押し切られた形でそう言った。
「大丈夫だよ、トレア」
「え?」
「俺の背中は、お前に任せたからな」
「…なっ…な、なッ!?」
 彼女はあからさまに戸惑った様子で、顔を赤くした。するとノルヴィがいつも通り茶化しにかかる。
「おんやまぁ…若いっていいねぇ?」
「うっふふ、ほんとね」
「なっ…み、ミラまで何を…?」
 ミラのニヤニヤ顔に、トレアは困惑した。

 ノルヴィは壁に立って寄りかかっていた体に反動をつけて離して立つと、荷物の中から何かを取り出しテーブルへ向かった。
「さ〜てそれじゃ…準備に取り掛かりますかっ」
 テーブルの上に置いた、両手で持てるほどに膨らんだ絹袋の中には、ジャラジャラと音を立てる金貨があった。
12/08/21 04:27更新 / アバロンU世
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■作者メッセージ
この物語はこれで一旦完結です。

続きはこれにまた続けて書くか、それとも新しく連載にするかは未定ですが、楽しみにしていただければ嬉しいです。

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