連載小説
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TAKE18.3 初陣はBeach Flags
「さて、まず貴様らにはそもそも今いるこの場所が何処かを説明せねばなるまい!
 あとまあ、貴様らを一瞬で水着姿にしたカメラの仕組みとかも序でに!」
「あー、そこは確かに気になるかも」
「如何なるもんなのか知らんことには抜け出しようもないしな」
「ふん、まだ抜け出すつもりでいるか……まあよい。セレーネ、説明してやれ!」
「お前が説明するんじゃないのか……」
「リーダーぶってる割にはさっきから結構そのオートマトンに任せっきりだよねぇ……」
「ええい、やかましい! 真に優れたリーダーとは自ら動かず部下に見せ場を譲るものであろうが!
 セレーネ、奴らに言い返される前に早く説明せんかっ!」
「畏まりました。さて人間庶民ども――」

 オートマトンのセレーネ曰く、役者たちと不良警官らの現在地である南国の浜辺は地球と異界双方のどちらにも属さない、個別に独立した異次元空間に存在しているのだという。
 そしてその異次元空間はさるサバトの開発した魔法『KANZAKI』によって形成されたものだという。

「"KANZAKI"……"KANZAKI"だと?
 おい解説ロボよ。そりゃまさか、エチオピアに拠点を置く"あのサバト"が開発したとかいう……」
「ええ、その通りです。この空間を生み出したるは正真正銘"KANZAKI"……
 かの"偽りのサバト"によって開発された最新鋭の"電脳魔法"です……」
「なんてことだ、まさかお前らが奴らとまで繋がっていたとはっ……
 ということは僕らを水着姿にしたお前のカメラも」
「はい、KANZAKIによって形成された空間内でのみ機能する物質変成機能です。
 この空間を出た瞬間効果は解除され、あなた方の身体と衣類は異空間へ入る前の状態へ戻ります」
「それを聞いて安心したよ。あの服高かったからな、もし消されてたらと不安だったんだ」
「心外ですね、人間庶民の雄。我々は慈悲の心を持つ魔物娘にして誇り高き警察官ですよ?
 そんな非人道的な、器物損壊罪にあたる罪を犯すわけないではありませんか」
「どの口が言うか。……まあいい。この空間については粗方理解できた」
「それは何より……では続いて『聖戦』のルールを説明して差し上げましょう」
「おっとセレーネ! そこはオレに任せて貰おうか!」

 などと宣うのは不良警官一味の"自称"参謀、ミノタウロスのミューズ――服装はサラシに褌という、最早女性用水着なのかもわからない代物――であった。

「いいかよく聞け庶民ども! これからお前らにはオレら八人と順番に戦って貰う!
 全員との勝負に勝てたらお前らの勝ち!
 誰か一人にでも負けたらその時点でオレらのハーレムに仲間入りだぁ!」
「……戦うって何だ?
  殴り合いでもするのか?
 言っておくが……
   『人間相手なら余裕で勝てる』なんて、甘ったれたことは考えるなよ……」

 声高に言い放つミューズに対し……
  雄喜は淡々と返しつつ、調子付く野牛を静かに睨み付ける。

 否、野牛だけではない。
 巨竜、飛竜、猟犬、大鬼、吸血鬼、自動人形、甲虫……
 眼前の魔物八匹全員を、青年の視線は捉えていた。

「っっ……!」

 明らかに異質な視線に、魔物たちは思わず口を噤み黙り込む。
 『この人間野郎め何を睨んでやがる』と凄もうにも……

 言葉が、出ない。金縛りと錯覚するほどに。


  それこそはまさに
   ――当人たちは決して認めないであろうが、然し紛れもなく――
 内なる遺伝子に刻み込まれた、
     本能レベルの恐怖に他ならず。


   「で、どうなんだ」


 僅かな沈黙を経て、青年が口を開く。
 刹那、八匹の魔物は未知の恐怖より解き放たれるも、神経が乱れ内臓を壊されたような感覚に陥り……中々言葉が出てこない。

「――っ!」

 程なくして、力業で苦境を脱したドラゴンがどうにか言葉を紡ぎ始める。

「っ、ぁ、は……お、愚か者め! 殴り合いなどするものかっ!
 我らと貴様ら、力の差は歴然! 土木重機が枯草を踏みつけるようなものであろう!
 そんな一方的な蹂躙を勝負とは呼ばぬ! ミューズが言った筈だぞ庶民、我らと貴様らが執り行うべきは勝負であるとっ!」
「なら何をする。さっさと言え、もう千七百字だぞ」
「急かすな! おいミューズ、何をしている!? 早く説明せんか!」
「――……!」

 苛立った様子のエールはミューズを怒鳴り付けるが、対する野牛はまともな返答すらできないほどに縮み上がってしまい話にならない。

「ちいっ、肝心な所で使えん奴……
 であればセレーネ、貴様が代われっ! 元より説明は得意であろう!?」

 オートマトンのセレーネ……無機質なほどに冷淡な彼女であればすぐに復帰するだろう。
 エールはそう踏んでいたが然し、彼女に至ってはまるで機能を停止かのように動かない。

「くっ、貴様もか……よし、エース! 貴様が説明するのだ!」

 続いて指示を出したのはワイバーンのエース。
 普段ならばエールの命令に嬉々として従う筈が、冬眠中のトカゲのように縮こまって顔を上げようともしない。

「ケンジョー!
 パッション!
 ルージュ!
 マーレス!」

 エールは尚も手下たちを嗾けようと声を荒げるが、何れも恐怖に震え動けないでいた。
 いよいよ怒り狂ったエールは手下たちを散々罵倒し尽くし、ヘトヘトに疲弊。
 少しの休憩を挟んで正気に戻ると、結局自ら"勝負"についての説明を始める。


「……ともかく、我らの聖戦とは殴り合いに非ず!」
「そうか。ところで他の奴らは大丈夫か? なんかえらいことになってるようだが」
「心配無用! 魔物娘があの程度でへこたれるほど軟弱なものか、すぐ持ち直すであろうよ!」
「そうか? なんかそうは見えないんだが本当に大丈夫か?」
「めっちゃ震えてるのもいるけど」
「心配無用と言っておろう、話を逸らすな!

 よいか、此度の聖戦……我ら魔物娘と貴様ら人間が互角の戦いを繰り広げねば面白くない!」
「「それはさっき聞いた」」
「〜〜〜〜っっっ!
 ――そこでだ、
  そ こ で だ っ !
 我々は此度の聖戦に於ける競技をッ、
 貴様ら人間でも安全に楽しめる種目で統一してやったのだ!
 我らの寛容な措置に感謝するがいい庶民どもっ!」
「そんな、感謝しろとか言われても……」
「勝手に絡まれて勝手に巻き込まれてるのになんで感謝しなきゃいかん」
「寧ろ文句言うのが普通だと思う」
「ここまでやっておいて何が寛容な措置だ、ふざけるなメストカゲ。
 御託はいらん、さっさと何をするのか説明しろ」
「ぬう、っぐ……人間風情がドラゴンに命令するなっ!」

 声を荒げながらもエールは律儀に"聖戦"の競技種目を説明し始める。
 その殆どはビーチ・フラッグスや綱引きといった所謂"スポーツ"の類であった。

「無難、というか在り来たりだな。
 このシークレット競技ってのも実際如何程かわからんし……もっと捻れよ」
「格ゲーヒロイン集めたお祭りスピンオフみたい。水着着せて南の島に泊まらすやつ」
「やっかましいわァ! 人間風情が魔物娘の行動に文句を言うでないッ!
 さあ、説明も済んだことであるし……"聖戦"を始めるとしよう!」


 斯くしてエールは音頭を取り、聖戦は幕開ける。
 雄喜に睨まれ縮こまっていた不良警官たちは、いつの間にか持ち直していたらしかった。


"聖戦"第一試合 『ビーチ・フラッグス』

「最初の種目はビーチ・フラッグスである!」
「やかましい。一々でかい声を出すな。
 最初の種目がビーチ・フラッグスってのはさっき説明を受けたから知ってる」

「ヘッ、エールさん相手にそこまで強気に振る舞えるたぁ……
 只の命知らずなバカじゃねえようだなぁ?
 いいぜぇ、面白えじゃねーか!
 ならこのアタイ、ワイバーンのエース様がお前に敗北を教えてやるぜぇ!」


 対戦カードは不良警官らのサブリーダー格であるワイバーンのエース 対 我らが"怪物俳優"こと志賀雄喜。

 試合場は浜辺に作られた全長60mの特設コース。
 ゴール地点には旗が立ち、スタート地点ではエースと雄喜がゴール地点へ足を向けて身を伏せている。

(たかが人間如きがワイバーンの身体能力に勝てるもんかよ……!)
(……さて、距離は問題ないとして……)

 人間の雄喜はともかくとしてエースはワイバーン……翼を兼ねる腕では俯せに寝転がるだけでも大変そうな気がしないでもないが、
 そこは流石腐っても魔物娘、エースは器用に翼を折りたたみ無理のない姿勢で身を伏せていた。

 そして……

「位置につきまして、用意――スタート」
    「――!」「ラッ!」

 セレーネの号砲を合図に、飛竜と男優は旗目掛けて一斉に動き出す。

「ゥおッ、シャあああッ!」

 無駄なく瞬時に起き上がったエースは、そのまま翼を広げ砂を巻き上げながら空へ舞い上がる。
 その羽搏きたるやまさに強烈。双翼が巻き起こす突風は乾いた砂を悉く巻き上げ、雄喜の視界を奪うまでの砂煙を起こす。

「ぐおっ……!」
「っヒーっへへへへェーィ!
 飛竜(ワイバーン)の飛行能力は魔物娘イチィィィィ!」

 砂煙に視界を奪われる雄喜を尻目に、エースは空へと舞い上がる。
 そして……


(勝った、TAKE18.3完ッッ!)


 勝利を確信した飛竜は内心勝手に作者の許可も得ず作品の完結を宣言、
 余裕綽々と言った様子で旗の立つゴール地点へ狙いを定め加速せんと翼を動かそうとする。

(あとはこの翼でひとっ飛び!
 この程度の短距離アタイの腕力なら数秒とかからねぇ!
 ましてただの非力な人間風情が全力疾走した所で、
 追いつくことなどできやしね――……  ……――え?」


 ふと目に映る信じ難い光景……思わず、声が出た。


(な、なんで……なんであいつがそんな所にっ!?)


 エースが面食らったのも無理はない。
 何せ雄喜は彼女のすぐ傍に居たのである。


 土煙に視界を奪われた筈の男優は、
 如何にしてか平然と、佇むように浮いていた。


「――……」


 エースが動揺する一方、対する雄喜はひたすらに無言。
 まるで"それが当たり前"かのように、ワイバーンのすぐ傍で"浮いている"。


「な、て、テメェ!
 何しやがっ――「よっ」――たがッ!?」

 刹那、雄喜の右手がエースの首を鷲掴みにする。
 当然エースは抗うがびくともせず、瞬時に引き寄せられてしまう。
 そして――

「がっ、
  てめ、
 この、
   離しやが――
「おりヤッ」
  ――ぐばっ!?」


 雄喜はゴールの旗目掛けて"跳んだ"
    ――掴んで引き寄せたエースを踏み台にして――

「っと」
「だわあああああああ――……――ぼがっぶ!?」


 結果、エースは頭から砂へ突き刺さるように墜落。
 身動きの取れない飛竜を尻目にさっと着地した雄喜は、そのままゴールへ直進し旗を掴み取る。


「……と、こんなものか」

 かくして"聖戦"の初陣は雄喜の圧勝に終わる、かと思いきや……


「てンめゴラァァァァァァァァ!」

 勝敗が決したにもかかわらず敗北を認められないエースは、
 雄喜の旗を奪い取らんと飛び掛かって来たのである。

「そいつを渡しやがれえええええええっ!」
「……勝負はついただろーが、よっ」

 鍛え上げられたエースの突進は時速にして451.9キロ。
 得物を狙うハヤブサの急降下を上回る超高速の襲撃を、然し雄喜は最低限の動作で回避。

  「ぶべがあっ!?」

 再び頭から砂地へ突っ込むエース……繰り返すがその速度は時速400キロ以上である。

  「っっぶっはあっ!」

 並大抵の生物ならば即死しかねない程の衝撃だが、そこは流石魔物娘。
 砂塗れになりこそすれ外傷は皆無、すぐさま抜け出し雄喜に襲い掛かる。

「ぐおるああああああっ!」
「だからよ、"勝負はついたろうが"つってんだろ。
 僕が旗を取った。ならこの勝負は僕の勝ちだ。違うか?」
「うるせぇーっ! ビーチフラッグスってなぁ、
 要は最終的に旗取った奴が勝つもんだろうが!
 だったらよぉ〜? テメーから旗奪っちまえば、そりゃつまりアタイの勝ちって事だよなぁぁぁぁ!?」

 エースの口から飛び出たのは、成熟した魔物娘らしからぬ幼稚で馬鹿げた暴論であった。
 だが……

「……まあ、そうかもしれんな。
 いいぞ、奪いに来い。旗ぐらいならくれてやらんこともない」

 雄喜はエースの暴論を肯定し、かえって彼女と戦う姿勢を見せた。

「へ、へへっ……その言葉ァ、嘘じゃねーだろうなあ?
 まあ嘘だったとしてぇ? アタイにゃカンケーねえこったがなああああああっ!」
(性欲に塗れた品の無いツラだな……愛ってのを知らんのかねぇ、あいつは……)

 エースは両腕の翼を広げ、雄喜に見せつける。
 それは己を大きく見せる"威嚇"か、はたまた他の面々に優るとも劣らぬ肢体――バストはE、水着は三角ビキニ――を見せつける"魅了"だったのか、
 その真意は定かでないが、どちらにせよ雄喜に効果がないのは明確である。

「チッ……無反応、か! ナメた真似してくれやがるぜェ!」

 虚空を見つめるばかりの雄喜に腹を立てたエースは、雄喜目掛けて飛び蹴りを放つ。
 飛行能力ばかり注目されがちなワイバーンだが当然純粋な身体能力も凄まじく、外殻状の鱗に覆われた足による蹴りは強烈の一言に尽きる。
 その点に関して予備知識のあった雄喜はエースの蹴りを躱しつつ、彼女の尾を掴み……

「ほいっ」
「なっ、テメ、アタイの尻尾を!? 離しやg――」
「ぅおりあっ!」
「ぐおっ!? ぬおぉおおおっ!?」

 力任せに振り回し、砂地に叩きつけた。

「どわばぁっ!?」


 人間であれば骨の二、三本は折れていても可笑しくはない衝撃。
 然し魔物娘であるエースは打撲すら負わず……されど痛覚はあり、背面全域へ走る激痛を防ぐには至らない。

「がっ、ぐう、うおあがああああっ……!」

 余りの激痛に飛竜は悶絶……されど気合で立ち上がる。

「……まだやるかい」
「っ゛っ……たりめえだァ!
 ここで諦めるって事ァ、魔物娘としての誇りや尊厳を放棄するのと同じ!
 誇りなく尊厳なく、ただ生き続けるなんざ死んだようなもんだ!
 そんならアタイはアタイの信じる、魔物娘としての正しい生き方を貫徹するだけだぁ!」
「……ふん、結構結構。大層ご立派なことじゃないか。
 なら精々足掻くがいいさ……足掻けるもんならなぁ」
「……ッッッ!」

 嘲るような雄喜の発言が、エースの怒りを爆発させたのは言うまでもない。

「ゥ゛ァ゛ァ゛……!』

 怒れる飛竜の喉から迸るは、
 現魔王に倣う"魔物娘"らしからぬ、恐ろし気な低い唸り声。
 同時に彼女の全身が目に見えて強張り……
 原初黎明より受け継がれし"荒ぶる力"が全身に浸透していく。

『ヴゥ゛ォ゛ァ゛ァ゛ァ゛……!』}

 エースの肢体が目に見えて変化し始める。
 骨が伸び、肉が増え、傷やシミの一つもない柔肌は若葉色の鱗に変化。

 全体的な"肥大化"と一部部位の"変形"……
 エースは見る見るうちに"魔物娘"を逸した存在へと"変貌"していく。

 明らかに異様な、遠目からであっても不安や恐怖を禁じ得ぬ光景。
 ましてそれを眼前、至近距離で目の当たりにしたならば、
 いかに勇敢な猛者であっても、"まとも"な生物であれば臆さずにはいられない筈である。

 そう、なのだが……



(――……『今… 見せよう… 真の姿を…』……――)


 現状至近距離でその光景を目の当たりにしている男は、
   全く以て
 " ま と も " で は な か っ た 


(――……『神々たる 変貌』……――
 ――……『後悔など 遅い』……――)


 エースの変貌を目の当たりにした雄喜は臆するどころか、
 その様子から平成のさるロックソングを思い起こし……
 要するにこの状況も眼前のワイバーンも、完全に舐めきっていた


{『フヴゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛……

 ヴオ゛ア゛ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!』}



 一方怒り狂うエースの"変貌"も完了……
 三角ビキニ姿の"魔物娘"ワイバーンは、旧魔王時代の同種を思わせる巨大な"飛竜"へと姿を変えていた。


「――……ほう、"旧態回帰"か。
 魔王様の魔力が浸透しきってない限られた種だけに許された変身能力……」
{『ソ゛ウ゛ダ゛ア゛!
  コ゛レ゛ゾ゛ワ゛レ゛ラ゛
  エ゛ラ゛バ゛レ゛シ゛マ゛モ゛ノ゛、
  イ゛ク゛サ゛ノ゛イ゛タ゛ダ゛キ゛ニ゛タ゛ツ゛
  シ゛コ゛ウ゛ノ゛モ゛サ゛ノ゛ミ゛ニ゛ユ゛ル゛サ゛レ゛シ゛、
  キ゛ュ゛ウ゛キ゛ョ゛ク゛ニ゛シ゛テ゛
  ゴ゛ク゛ジ゛ョ゛ウ゛ノ゛チ゛カ゛ラ゛!
  タ゛タ゛カ゛ウ゛サ゛ダ゛メ゛ヨ゛リ゛ニ゛ゲ゛シ゛
  コ゛シ゛ヌ゛ケ゛マ゛オ゛ウ゛ノ゛ケ゛ン゛イ゛ニ゛ク゛ッ゛シ゛ヌ゛
  シ゛ン゛ナ゛ル゛ツ゛ワ゛モ゛ノ゛ノ゛ア゛カ゛シ゛ナ゛レ゛バ゛!』}

「はぉーん……
 オール片仮名かつ濁音塗れで何言ってんだかさっぱりわからんが……お前そんなキャラだっけ?
 ……それと、強がりか知らんが魔王様の悪口は関心せんなぁ。
 これは持論かつ経験則だが、
 お前みたく現魔王家はじめ向こうの大物を見下す魔物ってのは大体、
 ろくな実力もない癖にプライドばかり高い、どうしようもない屑ばっかりなもんだ。
 まぁ〜そうやって自分のどうしようもない弱さを自覚していて?
 自らその紛れもない事実を全力でアピールし自省を試みる、"哲人皇帝"マルクス・アウレリウスの名著『自省録』風の――
{『■■■■■■■■■■!』}


 エースの口から出た"咆哮"……
 文字に書き起こし難い程凄まじいそれは、最早"音"を通り越して"空間そのものが暴れている"かのようであった……


  だが

「あのなあ……会話のキャッチボールを強いはしないが、
 せめて言葉ぐらい喋れんのかお前はァ」

 志賀雄喜という男は平然としていた。

「僕に抗議するつもりなら言葉を使え。
 ただ吼えただけじゃ何言ってんだかさっぱりわからんわ。
 何なら僕の発言を肯定していると曲解されても文句は――
{『▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼!』}

 早くも怒りが頂点に達したか、エースは火炎ブレスで雄喜を焼き払いにかかる。
 無論それは"焼き払う"だけで"焼き殺す"作用はない。
 精々身に着けている衣類を灰にし、理性を焼き尽くし内なる欲情の炎を燃え上がらせる程度。
 然し"そう"なってしまえば最後、ブレスを受けた男は炎を吐いた魔物娘への欲情に駆られ戦闘どころではなくなってしまう。

 即ち雄喜が"そうなる"展開こそエースの狙いであり、
 普通ならば、この時点で彼女の思惑通りに事は進んでいたのであろう。


 そう、"普通ならば"


{『▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼――
「何時までやってやがる」
{『――グ゛ゲ゛ェ゛ェ゛ェ゛ッ゛!?』}

 延々と火炎放射を続ける飛竜の脳に、激震が走る。
 脳が揺れた原因は明確……突如横合いから彼女の顎へ打ち込まれた、志賀雄喜の飛び膝蹴りであった。
 旧態回帰により見上げるほどの飛竜と化したエースの巨体……
 その顎の一点に叩き込まれた膝蹴りの打撃は見た目に反して強烈であり、
 軽い脳震盪を起こしたエースは浜辺をのたうち、旧態回帰による変化は強制解除される。

「ぁっが、ぐううっ……づっ――っがああっ!?」

 脳震盪によるダメージは思いの外深く、エースは満足に立ち上がれないで居た。
 生来生命力が強く体表を覆う防護魔力のお陰で頑丈な魔物娘とは言え、それでも傷や痛みと完全に無縁とは言い切れない。
 特に打撲や脳震盪、食中毒などは、グレイリア・サバトの系列団体など"魔物を診る医療機関"が定期的に注意喚起をする程で、
 何なら対魔物娘を想定した格闘術・護身術の界隈でも顎への打撃を重視する流派が多いという。

 ともすればエースが脳震盪で地獄を見ているのはある種の必然とも言えた。

「っぎ、ぎぐう……っぐ……な、なにしやがる、てめーっ……!」
「『何しやがる』はこっちの台詞だトビトカゲ。お前、自分が今何やってるか忘れたのか?
 ビーチフラッグス……『最終的に旗取った奴が勝ち』の競技だってのに、
 肝心の旗が燃え尽きちまったら試合にならんだろ。
 今回は僕が旗を持ったままお前の火炎ブレスを避けたから何とかなったものの、正規の大会で旗焼いたら出場停止だぞ」
「ぐあ、ぁは……そ、それがどーしたぁ!? この『聖戦』は正規の大会じゃねーし、ルールを仕切ってんのはエールさんだ!
 旗が燃え尽きようがテメーを性的な意味で食っちまえば試合なんて成り立たなくても関係ねーだろうが!」
「つまり、旗があるなら試合は継続中ってことだな?」
「おう、そうともよ! だが関係ねぇこった!
 旗があるってんならテメーからぶん盗ってやりゃいいだけなんだからなぁ!
 そんで勝利を掻っ攫い、テメーをブチ犯す! そうすりゃあとはこっちのもんよぉ!」
「……はあ、そうか。そりゃ結構。
 ならさっさと獲りに来い。こっちもお前なんぞに尺を割いていられるほど暇じゃないんだ。
 お互い、そういう所は時間かけず迅速に済ませた方がいいだろう?」
「ヘッ、言われるまでもねえ……ブチ犯してやるぜ、童貞クソ野郎ォォォォォッ!」
「……今更だが、公務員がそういう汚い言葉を使うのってどうかと思うぞ?」
「黙れェェェェェェェ!」

 怒りに身を任せ、エールは突撃する。
 もう旧態回帰もブレスも使わない。
 小手先になんて頼らず正攻法で押し倒し、犯してやればいいのだ。

(そうだそうだそうだ! "それ"こそ絶対の真理、魔物娘のあるべき姿!
 もう迷わねえ! アタイが野郎を犯してやるんだ!
 そんで野郎を魅了してッ、故郷(クニ)の奴らを見返してやるんだぁぁぁぁ!)

 エールは突き進む。眼前の男を犯しやがては天下を取る為に、ただひたすらに。

「もう二度とっ、誰の言いなりにもならねぇっ!
 誰にも、ナメた口は利かせねえぇーっ!

 アタイは……アタイはぁ、魔物娘を超えるんだぁぁぁぁぁぁ!」

「……"ガキ"が。
 たかがビーチフラッグス如きで、何言ってやがるッ」
「ぶごげぇっ!?」

 突進するエースの顎に、雄喜の回し蹴りが叩き込まれる。

 見るからに強烈なその一撃は、例えるならば鞭のひと薙ぎ。

 といって実際彼の蹴りが音速を超えたかは定かでないが……ただ、エースに軽んじ難いダメージを与えていたのは確かであった。


「ぐぶ、ぼべぇっ!」


 波打ち際付近まで蹴り飛ばされたエースは、そのまま湿った砂地に叩き付けられる。

「――っっ! ……ぁ、ぅぅ……」

 顎を打たれて引き起こされた"二度目の"脳震盪は比較的重篤らしく、事実彼女は起き上がることさえできず砂地で唸るばかり。
 当然、戦闘など継続不可能なのは言うまでもない。

「ぐ、づぉぉ……!」
「『婿娶利闘技場(ブライダル・コロッセオ)』……未婚の魔物と人間の男を戦わせ、男が負けた場合即座に魔物の婿として娶られる、魔界の娯楽施設……」

 呻くエースに歩み寄りながら、男優は唐突に、場の流れを無視したような内容を呟く。

「闘技場に集うのは大抵、魔物の内でも特に婚期を逃したまま長く生き過ぎてしまったような連中……ならば必然、男なんぞが勝てるわけもなく……。
 長らく、娶られなかった……つまり、魔物に勝ち続けた男は居なかった。
 だがつい五年ほど前、人類完敗の流れに一石どころか火炎瓶を投じるような出来事が起こった……。
 その"火炎瓶を投げた張本人"は、霞コウジって男でなぁ」

「か、霞ィ……!?」

 エースはその姓をよく知っていた。

「ほう、知ってるか。霞コウジ……
 古代中国は清代に八極拳より分岐し、やがて日本へ伝来した武術"七生霊拳"を伝承する"霞四兄弟"の三男坊だ」
「四兄弟の、さンナんっ……? 冗談キツイぜ童貞野郎、霞兄弟と言やあ三人!
 辺境で天下取った野心家の長男ケンジ、
 実質兄弟最強と目され乍ら医者になった次男のタカヤ、
 そんで卓越した武術の才能以外さして取り柄のねえ末っ子アキラで三兄弟だろうが!
 コウジなんて聞いたことねーぞ! 出鱈目言うなァ!」
「出鱈目言ってんのはお前だトビトカゲ。霞兄弟は四人だよ。
 三兄弟ってのは六聖グループ会長の鳳銀河が勘違いで広めちまったデマだろうが。
 ……まあいい。
 兎も角その三男、霞コウジ……その男がまあ、色々あって婿娶利闘技場へ挑むことになってな。
 誰もが負けるだろうと思っていた。どころか当人だって自棄起こしてて勝つ気なんてなかったそうだ。

 だが結果、彼は闘技場の魔物娘どもに勝ってしまったんだそうだ。
 素手で魔物を再起不能にし、性行為どころか着衣すら乱れなかったという」

「っぁ……はぁ……何が、言いてエっぐうっ!?」

「……では問題に入ろう。
 霞コウジは果たして何故魔物を素手で再起不能にできたのか?
 答えは簡単だ。


    脳震盪だよ」
「の、、ー、、しん、とう……?」
「そうだ。脳震盪だ。
 コウジは主に魔物を脳震盪にすることで闘技場を勝ち抜いたんだ。勿論他の勝ち筋もあったそうだがね……。

 当人のインタビュー記事で彼はこう語っている。

 『闘技場に脚を踏み入れるまでは負ける気しかしなかった。
  俺には武術の才能がなかったし、兄二人は勿論弟にも遥かに劣っていたからだ
  俺は弱い人間だと思っていた。だから人間より優れた魔物にだって勝てないと決めつけていた。

  だが闘技場に入った時、魂に響くものがあった。
  それで、俺は腐っても武術家で、兄弟たちと同じ七生霊拳の伝承者なんだと思い出した。

  なら戦ってやるかと思った。
  弟に劣る兄なんて居ちゃいけねえが、弟が俺を超えたなら俺も兄貴たちを超えられるかもしれねえと思えたんだ。

  そうして無我夢中で、今まで学んだものを出し切って戦った
  勝ち負けなんてどうでもいいと思ってた。だが現実、気付いたら俺は勝っていた。
  後で聞いた話じゃ魔物どもの殆どは脳震盪でぶっ倒れたらしい。
  そいつらには悪いけど、正直俺もまだ捨てたもんじゃねーんだなって、今感動してる』


 ……いい話だろう? 霞兄弟で最も影が薄く不遇だった苦労人、三男コウジの大逆転劇……
 同時に魔物へ脳震盪が如何に脅威かがよく分かるってもんだ。
 医療サバトなんかが脳震盪には気を付けろと盛んに言うのも当然だよ……なあ?」
「ぁ゛っ、はあ゛っ……そんな、わけが、あるかあーっ! 出鱈目言ってんじゃねえ!
 魔物娘は無敵だ、たかが脳震盪如きで再起不能になrっぅぐぎがえ゛あっ!?」

 苛ついたエースは抗議序でに立ち上がり雄喜に襲い掛かろうとしたが、急な頭痛と眩暈に襲われふらつきながら倒れ込んでしまう。

(ぐううっ……! だがアタイは諦めねえ!
 ここで事故を装ってこいつの側に倒れ込み、全裸で抱き着いてやれば――
「寄んな、ボケ」
「ぐべぁっ!?」

 尚も諦めず抗うエース。
 然し男優は彼女の企みを見通すが如く、翼を広げ倒れ込む飛竜を無情に突き飛ばす。

「考えが浅いんだよ。
 大方倒れるフリして抱き着こうって魂胆だろうが、
 まともな奴が書いたワイバーンもののヒロインならまだしも、
 こんな作品に出てる
お前みたいな奴が、恋人や妻のいる男に手ぇ出した所で普通上手く行くわけねぇだろ
「……っぐぅぅぅ、ちくしょお……ち゛く゛し゛ょ゛お゛お゛お゛お゛っ……!」
「畜生はお前だろ、ソルデスの出来損ないが。
 警官の肩書を授かりながら敵である犯罪者と手を組み守るべき市民に狼藉を働く……。
 漸く仕事をしたかと思えば警官にあるまじき怠慢でホシを逃し、
 追う努力もせず恋人持ちの男に手を出そうと暴行……
 挙句、改善された世界の恩恵に与っている癖して恩人である魔王様を『戦いから逃げた腰抜け』呼ばわり……
 まあ僕も大概畜生だと自覚はしてるが、だとしてお前も同じ穴の狢だろうよ……なぁ?」
「ぐっ、があ……! てめえ、言わせておけbだぅッ!?」

 尚も立ち上がらんとするエースだったが、飛んできた貝殻――雄喜が拾って指で弾いたもの――が額に直撃し、今度こそ気絶してしまう。

「なあソルデス、もう止さないかこんな事は。お前はよく頑張った。それでいいじゃないか。
 生きるってことは好都合ばかりじゃないが、不都合ばかりでもないんだ。
 力み過ぎてばかりじゃ疲れるだけだ、
 まずは落ち着いてゆっくり休むことから考えよう。な?」
「――……――……」
「……おいおい、こんな所で寝ていたら熱中症になってしまうぞ。
 全くしょうがないな。待ってろよ、今涼しい所へ連れてってやるから」

 全裸で仰向けにのびたエースへ、あたかも親しい友人を相手取るように話しかける雄喜。
 『涼しい所へ連れて行ってやる』とは、文面通り受け取るなら『抱き抱えて屋内や日陰へ連れて行く』と解釈するのが普通であるが……


 先程から何度も述べているように志賀雄喜という男は普通ではなく、
 そもそも"敵に対して身を案ずるような言葉をかける"シチュエーションがまず普通ではないわけであり……


「うん、綺麗な海だ。
 きっと気持ちいいぞぉ〜


 ともすれば当然、雄喜の取る行動も"普通"なわけがない。


「よい、しょっと」

 雄喜はエースの尾の端を掴んで持ち上げる――右足の親指と人差し指の二本だけで。
 骨や筋肉、鱗などでかなり重い飛竜の尾を、足指二本で持ち上げる。
 普通とはかけ離れた異様な光景だが、これから起こる出来事にしてみればほんの序の口に過ぎなかった。

 なぜなら……

「さあ、もうすぐだ」

 足指二本で飛竜の尾を持ち上げた男優は……

「もうすぐ、涼しくなるからなっ」

 左足を軸に身を捻り、勢いよく回転……

「そら、
 行ってこーいっ!


 回し蹴りの容量でエースを海へ投げ捨てたのだった。
21/08/01 16:16更新 / 蠱毒成長中
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