連載小説
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TAKE18.2 引き摺り込まれた異次元Beach
「いや〜、楽しかった〜。楽しかったって感想はちょっと違うのかもしれないけど」
「別に『楽しかった』で問題ないと思いますよ。
 護国店長も言ってたじゃないですか、『動物が大切に扱われること、客が楽しんでくれること、どちらも大切だと思っている』って。
 然し凄い店だったな『アニマルカフェ GAOH!』……個人経営であそこまでやっているとは」

 思いがけない展開により図らずも万引き犯の偽・那珂群由歌を追い詰めることに成功した雄喜と真希奈は、
 何やら言い争いを始めた不良警官たちの隙をついてその場を逃げ出し、善会町での観光を再開していた。

 立ち寄った店はカイトやセツコ、また獣神夫妻の知り合いでもある動物好きのキマイラ、護国ライナの経営する『アニマルカフェ GAOH(ガオ)!』。
 その名の通り様々な動物たちと触れ合うことができる他、動物飼育に欠かせないペット用品や生体の販売も行うなど、個人経営乍ら侮りがたい隠れた名店と言えた。

「それは確かに。触れ合いカフェとペットショップって基本的に別のものですよね?」
「まあ、所によっては併設している店舗もあるかもしれませんが、
 双方の機能をあそこまで両立させているのは精々『GAOH!』ぐらいでしょうね。
 特にあの希少種の生体在庫数と販売額は異常ですよ。どこから仕入れてるんだか……」
「あー、なんでしたっけ。縞模様のおっきなダンゴムシみたいなのとかその辺でしたっけ?」
「ホウセキタマヤスデですか。
 あれも珍しいと言えば珍しいですが、ペットに流通する虫で希少種といえばやはりケンランカマキリ辺りですかね」
「あのやたら光ってるヤツですか? 確か、店長さんもよっぽど信頼できる常連さんにしか売らないって言ってたような……」
「そりゃそうなるでしょう。本来ならペアで安くても三万はするんです。
 それがたったの八千円ってんだから実質的に慈善事業と言っても過言じゃない。
 ただそれでもゴールデンソリッドモレイとか、アルビノのサルバトールモニターなんかよりは安いですけどね。
 ゴールデンソリッドモレイは六万ぐらいする上流通量が極端に少ないし、アルビノサルバトールは値段が桁違いなので……」
「ぐ、具体的にはどのくらいなんですか?」
「70万」
「……確かミッチーさんもそれ飼ってませんでしたっけ?
 どんだけ稼ぎあるんだろうあの魚(ひと)……」
「彼女のはジャワ島産の普通の奴ですからそんなに高くないですよ、精々三万くらいの筈です」
「それでも十分高いですよ……やっぱり生き物を飼うって簡単な事じゃないんだなぁ」
「マキさんはペットの飼育経験とかない感じですか?」
「あるにはありますけどペットショップで買ったことは不思議とないんですよね。
 野菜についてた芋虫育てて蝶にしたとか、近所の水路で捕まえた小魚飼ってたとか、そういう地味なのばっかりで〜」
「風情があっていいじゃないですか。僕なんて動物は好きですけど自分で飼うとなると金も手間もかかって楽しさより面倒臭さに苛まれるだろうって分かり切ってますからね、
 もう他人の飼育下にある奴か野生のを見て楽しむに留めてますよ。そっちの方が気楽でいい」
「あー、なんかわかりますそれ。私も生き物飼ってたのって小学校低学年の頃くらいで、高学年にもなると『飼っててもその内死んじゃうなら意味ない』っていうか『だったら自然の中で生かしておいた方がいいんじゃないか』みたいに思うようになって、
 その内飼うのやめちゃったんですよねー。我乍ら本当に可愛げがないっていうか、まず小学生がしていい発想じゃないなあと……」
「別に構わんでしょう、それぞれにそれぞれなりの考え方や生き方がある……それが自由ってもんだ。
 それとマキさん、貴女ご自身に可愛げがないなんて仰いますが、僕に言わせりゃ――おっ、と」
「うわっ!?」

 刹那、発言を遮って二人の眼前すれすれに巨大な鉄骨が突き刺さる。
 どうやら背後から投擲されたものらしい。
 『一体誰だそんな危険な真似をするのは』といった具合に二人が背後へ振り向けば……

「やーっと見つけたぜ腐れアベックども! 逃げよーったってそうはいかねぇぞ!」

 先程空き地に置き去りにした(?)、不良警官魔物八人組であった。

(……なんだあいつら、まだ生きてたのか。しぶといな)
(うっわ最悪、この状況下で一番会いたくない奴らが……)

 正直逃げたい気分だった。
 だが先程無視して逃げたばかりに事態がより厄介な方向へ拗れた点を考慮すれば、ここで逃げるのは避けた方がいいだろう。
 何せ魔物娘でありながらほぼ無関係な筈の人間相手に鉄骨を投げてくるような連中である。
 次は何をしてくるかわかったものではない。というわけで……

「あら、お巡りさん達〜そんな血相変えてどうしたんですか〜?」
「そんな大勢でって事は何か事件ですか?
 或いは実験か危険、意見か異見、若しくは違憲辺りでしょうか?」

 二人は不良警官らとの対話を試みる。
 明らかにふざけた言動だが、相手が相手な以上まともに取り合うつもりなど毛頭ないので仕方ない。

「あくまでシラ切るつもりか……。ケンジョー、やっちまえ!」
「おう、任せなぁ!
 てめーらッ! 自分らが何やったか、わかってんのかァ!?」
「「……」」
「わかってんのかああああああああああああああっ!?」

 八人の内でも声量では並ぶものなしと自負するヘルハウンドのケンジョーは、辺り一面の大気を揺さぶるような、まさに咆哮の如き大声で雄喜と真希奈を怒鳴り付ける。
 然し彼女の、信念も情熱もなくただ力任せに張り上げているだけの"中身のない叫び"は単なる騒音に過ぎず、まして百戦錬磨の役者二人をどうこうできる筈もない。
 それどころか……

「あ、カツ丼は別にいらんぞ。飯ならさっき食ったばかりだ」
「どうしてもって言うならテイクアウトでお願い」

 などとボケ倒す始末。当然ケンジョーは怒り狂うが、リーダー格のエールがこれを宥める。
 『ここは任せろ』の一言で手下たちを下がらせた大柄なドラゴンは、文字通りの"上から目線"で話し始める。

「さて貴様ら、本当に己が何をやったか身に覚えがないと申すか?」
「そりゃね。少なくとも貴女たちに文句を言われるような真似はしてないかなあ」
「僕らの目的はあくまで"那珂群の偽物"だ。それをあんたらがとっ捕まえて再起不能にしてくれただろう?」
「あいつがどうなるかなんて知らないけどさ、少なくとも貴女たちに飼われるならもう悪さはできないしまあそれならそれでいいかなって思っ――
「 良 く な い の だ ッ 」
「はあ?」
「……え、何? ちょっと聞こえなかった。もう一回言ってくれる?」
「だから、良くないのだッ。
 我々は確かにあの男を再起不能にし、我らが夫として生涯飼い慣らしてやる予定だった」
「「だった?」」
「うむ。然し一口に『夫として飼う』と言ってもやり方は様々ある。
 更には挙式や新居、子供の数や教育方針など将来的な夫婦生活に関しても様々に計画を練らねばならぬ」
「はあ」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「というわけで我々八人は、話し合った。
 それぞれの意見を出し合い、最適な夫婦生活とは何か、その答えを求めたのだ。
 議論は白熱し、時には拳を交えることもあった。然し我々は激闘を制し、遂に究極の答えに辿り着いたのだ……」
「究極の……」「……答え?」
「そうだ。即ち『行動する前から悩み過ぎず、その都度考えて行けばいい』という唯一絶対の正答になッ」
「「……」」

 エールの言う『唯一絶対の正答』とやらのあまりのくだらなさに、雄喜と真希奈は絶句した。
 そんな二人の心中を知ってか知らずか、ドラゴンの不良警官は尚も話を続ける。

「かくして結論を得た我々は、一先ず景気づけに那珂群を頂いてやろうと考えたッ。
 然しその時、悲劇は起こった……逃げられてしまったのだッ!」
「逃げられた、って……」「偽の那珂群にか?」
「そうッ! 気付けば奴は我々の前から姿を消していたッ!
 尻に刺さったセレーネの魔界銀製スタンロッドごと、跡形もなくッ!」
「そうか」
「ならこんな所で私達に絡んでないで、あいつ捜しに行った方がいいんじゃないの?」
「できるならばそうしている! わざわざこんな所来んわ!
 当然我々は奴の捜索を試みた……だがどこを探しても見付からなかったのだ。
 奴如きがあの短時間でそう遠くへ逃げられる訳がない以上、何者かが手を貸したものと考え我々は捜査を開始……だが見付からず。
 八方塞がりかと思われたその時、参謀のミューズが言ったのだ……
 『あの場には観光客が二人いた。
  奴らが那珂群を見張り、取り押さえていればこうはならなかった筈だ。
  こうなった責任は奴らに取らせればいい』
 とな……」
「「……」」

 余りに不当かつ理不尽過ぎる言い掛かりに、再び二人は絶句する。

「というわけで貴様ら、というか男の方ッ!
 警官に協力する義務を放棄した責任を負い、
 取り逃がした那珂群に代わり我々を満足さs――
       「断る」
     ――へぶうっ!?」

 立て続けに欲望丸出しの妄言を口走る公僕ドラゴンの顔面に、一抱え程のゴミ袋――雄喜によって投げられたもの――が直撃する。

「「「リーダー!」」」
「大将!」
「エールさん!?」
「エール殿ォ!」
「ご無事ですか?」

 飛来したゴミ袋の質量と勢いたるや凄まじく、エールの巨体を派手に吹き飛ばす様は宛ら砲弾のよう。
 然し流石そこは『地上の王者』とも称される上位種族、すぐさま持ち直し立ち上がる。

「き、貴様ぁぁぁぁぁ〜っ!
 自分が一体何をしたか、わかっているのだろうnがぶべっ!?」
「「「リーダーっ!?」」」
「……避けろよ間抜けぇ。
 一度ならず二度までも同じ技喰らいやがって……最高位の魔物が聞いて呆れる醜態だな。
 お前みたいなのがいるせいで、魔物娘図鑑二次のドラゴンは何時まで経っても間抜けで脳筋な嚙ませ雑魚の汚名を返上できないでいるんだろうが」
「ぐっ……き、貴様ぁぁぁぁ! 言ってはならぬ事をぉぉぉぉぉっ!」
「騒ぐなメストカゲ。多分だが、ドラゴンゾンビやジャバウォックだってお前よりはずっと立派な生き方をしているぞ。
 不遇な目に遭いながらも真面目に努力している同族に対して申し訳ないと思わないのか?」
(不遇云々は単純にそういうキャラ付けが簡単で需要もあるから界隈に幅広く浸透してるだけなんじゃないかなぁ……)

 至極真っ当な事を思いつつも、エールを擁護するような発言をしたくない一心で真希奈は押し黙る。

「うぬぬぬぬぅ〜! 散々コケにしてくれおってぇぇぇ!
 そもそも貴様程度の凡俗童貞、どうせ魔物との交わりなど叶わぬ夢ならば我々に犯されるとて本望であろうが! それを断るとはどういう神経をしている!?」
「やかましいぞ、騒ぐな爬虫類。
 確かにこちとら童貞だが、それでも最低限相手を選ぶ権利ぐらいはあるつもりでな。
 もし仮にお前らとヤらなきゃ一生独り身だってんなら喜んで独身を貫くね」
「っていうかこの人私の彼氏なんですけど?
 つまり貴女がたのやろうとしてる事って寝取りですよね?
 なんだろう、幾ら男日照り拗らせたからって魔物娘最大の禁忌を犯そうとするのやめてもらっていいですか?」
「ふん、いい年こいて魔物化も果たしておらん人間の小娘風情が知ったような口をきくな!
 精の供給すらできん人間女が魔物娘に優る点など精々人間の男を産める程度!
 であれば貴様ら人間の女は我々魔物娘に男を提供する出産装置の立場に甘んじるべきであろうが!」
「そうだそうだ!」
「魔物になる気もねー人間女なんぞすっこんでやがれ!」
「世界は魔物娘のものなんですよ……人間の女は早く滅んで、どうぞ」
(やれやれ、いよいよ救いようがない奴らだな……出産装置って、平成の政治家じゃあるまいし……)
(『知ったような口をきくな』って、魔物娘の癖に人化の術も見破れない奴らに言われたくないなあ……)

 エールの暴言を皮切りに、口々に好き放題言い始める不良警官たち。
 『こんなのでよく警官になんてなれたな』と、役者たちは心底思った。
 そして……

「よしわかった。ならお前らの要求、呑んでやらんこともない」

 熟考の末、雄喜の口から出たのはまさかの発言であった。

「ほう、そうかそうか!
 ならば話が早い! では早速支度を始めるとしようか!」
「ああいいとも……然し、出会って間もない奴らにただで童貞をくれてやるわけにもいかん」
「何ぃ?」
「お前らにはこちらの提示する条件を飲んで貰う。
 そいつをクリアできたなら、ヤり捨てるなり飼い殺すなり好きにすればいい」
「ンだとこの野郎!?」
「てめー、自分の立場わかってんのかぁ!?」
「止せ貴様ら、落ち着かんか。
 ……いいだろう。ではその条件とやら、言ってみるがいい」
「いいのか? あんたの手下たちは納得してないようだが」
「構わん。魔物娘たるもの風情や情緒を重んじねばならぬ。
 恋愛とて障害があればこそ燃えるであろう。
 寧ろ我々のような強者としては、その程度の度量も無ければ話になるまい?」
「恋愛、ねえ……まあいいだろう。
 こちらから提示する条件は四つ。
 一つ、"僕の隣にいる彼女を仲間外れにしないこと"。
 犯すならお前たち八人に彼女を加えた九人でだ」
「すみません〜、一応私この人の彼女なので〜」
「ふん、良かろう……時至らばその女も何かしらの魔物にしてやる故、覚悟しておけ」
「宜しくお願いしますね〜」
「ちいっ、気に食わんな……して、次なる条件は?」
「二つ目の条件は、"僕を納得させること"だ。
 お前らの倫理観がどうかは知らないが、こちとら人間なのでね。
 交わる相手に対し『こいつになら犯されても構わない』という納得が必要なのさ」
「……つまり、魅了せよと?」
「そういうことだ。魔術や道具だとかの小手先になんて頼らず、
 ただお前ら自身の純粋な実力と魅力を以て僕を魅了してみせろ。
 要するに"勝負"ってわけだ。勝てば僕はお前らのもの、と。
 ……魔物娘ならそのくらいできて当たり前だよなぁ?」
「ふん、減らず口を……よかろう!
 ならば我らの魅力で貴様を蹂躙し、我らに犯されずにはいられぬ哀れな腰振り猿にしてくれようぞ!
 勝つのは魔物娘(我々)だ、依然変わりなく!」
「そうかそうか。まあ精々頑張ればいいんじゃないかな……。
 さて三つ目の条件だが、そうさな……"もしお前らが勝負に負けたら、その時は素直に諦めて他の男を探すこと"だ。
 未練がましく襲ってきたりとか、そういうみっともない真似はするなよ」
「ふん、その程度でよいのか? なめてくれるな人間っ、白蛇やウィル・オ・ウィスプのような連中ならばまだしも、
 我らがそのような品の無いいじましい真似をするわけがなかろう!
 如何なる結果になろうと負けであれば負け! その時には潔く引き下がってくれるわ!」
「それは白蛇やウィル・オ・ウィスプに対する明らかな侮辱だと思うが……まあいいか」
「まあ良かろうよ! して、最後の条件とはなんだ!?
 早う申せ、もう六千字を超えるぞ!
「ああ、そうだな……最後の条件は、"善会町への被害を出さないこと"だ。
 一々看板や自販機を投げ付けられたりしてたんじゃたまらんからな」
「ふむ、良かろう……ならばお誂え向きの戦場へ案内してやる!
 無論そこの女もだ! 我らが勝利した暁には貴様も魔物化させハーレムの一員に加えてやる故、光栄に思うがいい!」
「はぁ〜そうですか。ならまあ、宜しくお願いされなくもない感じでどうにか頼みます」
「へっ、余裕ぶってられんのも今の内だぜホルスタウロスもどき!」
(絶対乳だけ見て言ったなこいつ……)
(もどきじゃなくて本物なんだけど、もうどうでもいっか……)
「"人間同士の恋愛関係"が如何に脆弱で薄っぺらく無意味であるかを思い知らせてやりましょうねぇ……」
(色恋諦めてない癖に彼氏いない奴がそれを言うかねぇ……)
(勝ち誇ったような言い方だけどただ強がって負け惜しみ言ってるようにしか聞こえない……)
「ふん、恐れおののき言葉も出ぬか……だが容赦はせぬぞ!

 KANZAKI、起動ォォォォォッ!」

 声高に叫び、スマートフォンを掲げるエール。
 鱗だらけの指で画面がタップされ、辺りは閃光に包まれる。

「ぐおっ、なんだこの光!?」
「眩しっ……!」
「ふははははははは! 怯むな平民! 本番はこれからであるぞ!」

 光を受けた雄喜と真希奈は、思わず意識を失ってしまう。
 そして、程なくして閃光が晴れた時、その場に居た一同――雄喜と真希奈、そして八人の不良警官たち――は跡形もなく姿を消していた。



 そして……



(これは一体……)
(どんな絡繰りで……)


 役者たちが目覚めると、そこは――


(ここ……)(……どこ?)


   ――燦燦と日差しの照り付ける、南国の砂浜であった。


「……どういうことだ、何故僕らが砂浜に……」
「沖縄……じゃ、ないですよね。そもそもなんでいきなりこんな……」

 二人は困惑しつつもなんとか立ち上がる。そして……


「ぬわっはっはっはっはっは! よく来たな人間どもぉ!」

 聞き覚えのある声のした方へ目を向ければ、
 そこにはやはり見覚えのある魔物娘ら――エール率いる不良警官八人衆――の姿があった。

「"よく来たな"っていうか……」
「お前らが引き摺り込んだんだろうがっ」
「ふん、そのようなことこれより執り行われる聖戦を前にしては些事であろう!
 態々気にするまでもない!」
「いや些事じゃないと思うが。寧ろ握り寿司に箸でなく匙がついているぐらい重大な事だと思うが」
「っていうか、聖戦とかなんかいかにもカッコつけて言ってるけど……その服装で言われても説得力ないっていうか」

 真希奈の指摘はまさに的確であった。
 というのもエールら八人の不良警官たちは、揃いも揃って水着姿だったのである。
 しかも殆どのメンバーが年齢・体型相応の水着を着ている中にあって、リーダー格のエールだけは何故か旧旧型スクール水着――しかもご丁寧に胸には丸っこい書体で"えーる"と書かれたゼッケンまで縫い付けられ、更に赤いランドセルまで背負っている――という、
 筋張って成熟したスタイル抜群の巨体には不釣り合い極まりない、いっそギャグと言って差し支えないようないびつな格好をしていた。
 そんな姿で『聖戦』などと大物ぶった言い回しをした所で実際滑稽、説得力皆無で迫力も半減してしまうのは当然と言えよう。

「ふん、貴様はそう思うかもしれんが……そちらの男はどうであろうな?
 今に我ら八人の水着姿に魅了され瞬く間に前傾姿勢へ追い込まれて――
「ないぞ」
「……」

 無情にも放たれた一言に、エールは思わず絶句する。

なってないぞ、前傾姿勢になんて。なる必要がないから」
「言うなァッ! 二度聞くまでもなく理解したわ!」
「くっ、なんてこった……アタイらの水着姿で勃たねー男がいるなんてっ!」
「チキショー! こういう時の為に必死で用意してたっつーのにぃ!」
「つかミューズ! 水着選んだのテメーじゃねえかコラァ!」
「どうしてくれるというのだ! 吾輩これ着るの結構大変だったのだぞ!?」
「お嬢様はともかくこの落とし前どうつけて頂きましょうかねぇ……」
「然し分からぬのはあの男であるな。あのような牛女を連れながら我らで勃起せぬとは……」
「ええ全く……これって、理解不能ですよぉ……?」

 雄喜の発言と態度に衝撃を受けた不慮警官たちは取り乱し、役者たちそっちのけで言い争いを始める。
 このままではまた取り残されて無駄な時間を過ごすだけだ。
 さりとて逃げようにもどうすればいいかわからない。
 ともすれば残された選択肢は……

「あのさあ、私ら関係ないんだったら出口教えてくれない? 善会町に戻りたいんだけど」
「そりゃお前らは水着だからいいかもしれんがこっちはこの通り薄手とは言え洋服着てるんだ。
 こんな蒸し暑い浜辺にいつまでも居たら日射病か熱中症で倒れちまう。
 おい聞いてるのかこの汚職警官ども。折角戦場に連れ込んだ貴重な男が内臓煮えて倒れでもしたら本末転倒、セックスどころじゃなくなるだろうが。
 それが嫌なら善会町に戻すかせめて冷房の効いた部屋に移動させろ」
「んん〜? 何だ、どうしたぁ? 『やはりお前らにムラムラしてきて勃起が収まらないから早く犯してくれ』と聞こえたような気がしたがぁ〜?」
「誰が言うかよ、そんなことッ!
 他人の発言を都合よく曲解してんじゃねえぞこの難聴脳筋阿婆擦れ産廃雌蜥蜴が!
 僕は『このままじゃ暑くてかなわんから涼しい場所に移動させろ』と言ったんだ!」
「あんたらこの人犯して私もハーレムに加えるとか言ってたよねぇ?
 私はともかくこの人が熱中症で倒れて動けなくなったら犯すどころじゃなくなるんじゃない?」
「というか彼女の身に何かあったら僕はお前らを絶対に許さんしお前らになんて絶対に犯されてやらんからそう思えッ」
「ほぉ〜ん、なんだそのようなことか……
 然し確かに、貴様らに倒れられたのでは我らにとっても都合が悪い。
 良かろうっ。では貴様らを凍えぬ程度に涼ませてやろうではないか! セレーネ!」
「畏まりました。……失礼致します、躾けのなっていない無礼な庶民のお二方」
「お前の方が失礼だと思うが……」
「あんたの方が躾なってないよね……」

 エールの指示を受けたオートマトンのセレーネ――競泳水着の布地を減らしたような代物を着ていた――は、掌に仕込まれていたカメラで雄喜と真希奈を撮影する。
 カメラはフラッシュが焚かれており、強烈な閃光が二人の視界を奪う。

「ぬっ!?」
「っっ!?」

 そして……

「な、なんだこれはっ!?」
「一体どーなってんのッ!?」

 視界が戻った時、二人はすぐさま己の身に起こった異変を理解した。
 その異変とは、即ち……

「そんなバカな……」
「私たちっ……」
「「水着になってるー!?」」


 役者たちが面食らったのも無理はない。
 セレーネに"撮られた"二人の服装は洒落た私服姿から一変、
  無難乍らも程よく煽情的な水着姿になってしまっていたのである。


 具体的に言うと雄喜は競泳用のミドルトランクス型。
 当然競泳用なので布地は肌に密着しており、下半身のラインがありありと強調されていた。
 少なくとも童貞男がこの格好でマトリやサイーダ、デ・リューア辺りを歩くのが自殺行為なのは言うまでもない。
 対する真希奈の水着はスタンダードなホルターネックビキニ。
 露出度は若干控え目乍ら豊満な胸の谷間や形のいい尻はしっかりと強調されており、真希奈の体型との相性はまさに抜群……
 意見が割れることは承知乍ら、少なくとも傍らの男優にとってはこの上なく"破壊力抜群"で"目のやり場に困る"代物となっていた。

「ぬふははははっ! どうだ要望通りにしてやったぞ、涼しかろう?」
「くっ、この行き遅れ爬虫類が……アジな真似してくれやがって」
「っていうか一瞬でも冷房の効いた部屋に案内されるんじゃないかって思ってた私がバカだった……」
「ふん、ここで潔く降伏し我らがハーレムの拡大に貢献するならば望み通りにしてやってもよいのだがなぁ?」
「誰がそんなことするか。身の程を弁えてモノを言えチンピラ崩れの税金泥棒どもが」
「ぬう、相変わらずの減らず口っ」
「……エールさん、アタイもう我慢できませんぜ!」
「この生意気ヤロー、とっととブチのめしてやりましょうよ!」
「魔物娘の警官という絶対強者に挑んだことを後悔させてやるのである!」
「徹底的に犯し尽くし、吾輩たち無しでは生きられぬ身体にしてやろうぞ……」
「聖戦……始めちゃった方がいいんじゃないですかぁ……?」

 あくまで強気な態度を崩さない雄喜に腹を立てた不良警官たちは口々に騒ぎ立てる。
 そして……

「良かろう、ではこれより『聖戦』を執り行う!」

 お職公務員たちのリーダーは、スク水ランドセルという異様な風体も気に留めず堂々と、厳かに『聖戦』の開幕を宣言したのだった。

(冗談抜きに面倒なことになっちまった……古坂社長に何て説明すれば……)
(……冷麺食べたい)

 かくして異次元空間のビーチを舞台にした『聖戦』が幕を開ける……。
21/07/29 21:14更新 / 蠱毒成長中
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