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第5話 ベルガンテの教会で
「おいおい、こりゃあ都市ってより城塞の外壁だぞ・・・」

ベルガンテへと近づくにつれ、輝幸は改めてその厳重な防壁や、錆びを防ぐ防の水魔法と所持する殺傷力を向上させる為の帯電魔法をかけた金属製の鋭利な杭が沈められた深い堀に囲まれた外周に驚愕する。万全を通り越し過剰とも言える魔物への対策に感心するのと同時に魔物への心配を感じていると、前に跨っていた男性が城壁の上を巡回していた見張りへ向けて自分達の到着を報告する。

「ベリアハルト・ルビエンテ、並びにエーデリアル・ハークスが、異界より呼ばれし勇者様をお連れした!城壁の扉を開け、我等を中に迎え入れてほしい!」

「了解した!これより扉を下ろす故、いま少し待たれよ!」

見張りが城壁から姿を消し少しすると、掛け橋も兼ねる重厚な扉、轟音を上げながらゆっくりと降りて来た。
3人が馬に乗ったまま通り過ぎると背後からは扉が上がっていく音が聞こえ、その反対側には複数台の馬車が余裕ですれ違えるような広い街道と、その両脇に立ち並ぶ石造りの建造物、そしてその各所を行き交う住人の姿が現れる。

「さっきの物騒な外壁といい、街の繁栄振りと言い、随分とまぁ内外揃って立派な街ですねぇ」

輝幸としては「ここまで攻撃的な外壁だと、魔物だけで無く他所からの人間も寄せ付けないのでは」と感じ、少々皮肉をこめて言ったつもりだった。しかしベリアハルトと名乗った男には、「立派な街」の部分で純粋に賞賛されたと感じたらしい。見るからに気を良くして語り始める。

「そうでしょう輝幸様!このベルガンテは付近でも最大規模の都市でして、陸路に限らず川を使って遠方の町とも交易を行っております。それだけでなく鍛冶や彫像、建築といった技術方面でも発達を誇り、工芸品はここの特産品として非常に名が知れているのです。主神教も街全域に普及しており、多くの民がその教えに従い品性よく慎ましく暮らす、優秀な都市です。それこそ森に潜む忌々しき魔物どもさえいなければ、そこで更なる開拓を行えるのですが…」

最初の方こそ意気揚々と流暢に語っていたが、最後は窄む様に急に勢いを失い、ボソボソと呟くように途切れてしまった。どうやら公衆の前では、魔物に関する話はタブーらしい。或いは単に魔物に関する話題を話したくなかっただけか。ただ異界から呼ばれたと言えど別段目立った取り柄の無い自身が、勇者などと称し敬われていることから、いずれ彼女たちについて話を聞く機会はあるだろうと考えた輝幸は、この場でわざわざ無理やり聞く必要もないと感じ、素直に黙っておくことにした。

その後市街地を抜け更に進むと恐らく目的地であろう大きな建造物が見えてきた。その建物もまた堀に囲われていたが、町の入り口と違いこちらは壁も無く架かっているのも見た感じ普通の石橋で、堀にも別段仕掛けは存在していない。一応橋の左右にいる番兵に軽く挨拶してから橋を渡り、建物の中に入ると、そこは高い天井の下にいくつもの長椅子が並び、大きなステンドグラスや宗教画があちこちに掲げられている。どうやらここは聖堂で、城のようなこの建物は教会らしい。

「司教様に到着をお知らせしてきますので、暫くこちらでお待ちください」

そう言い残して、ベリアハルトは聖堂の奥へと姿を消すと、後には輝幸と、護衛としてエーデリアルが残された。エーデリアルからは祭壇への礼拝を勧められたが、生憎輝幸は宗教に興味がなく、それよりも先程までの慣れない乗馬に尻が痛くなったので、休んでいたかった為に何とかやんわりと断り、周りを見渡す。

「お待たせしました輝幸様。面会の準備が整いましたので、こちらへ」

熱心な信者らしいエーデリアルは礼拝を拒否した輝幸に不信感を抱いたようで、誤魔化し続けるのがそろそろ難しくなった頃、ちょうど良くベリアハルトが戻ってきた。彼に案内され聖堂からある一室に移動すると、そこにいたのは自身が高位の存在だとアピールするかのように、煌びやかな衣装で身を包んだ初老の司教だった。

「おぉ、わざわざお呼びして申し訳ない。何分年をとると体が思うように動かないもので…。申し遅れましたが、私はここで司教を務める者で、バーニム・ガッテラと申します」

これが地か演技かは分からないが、バーニムと名乗る老司教は衣装の豪華さに反し意外と腰が低い。名乗りながら輝幸に向けてゆっくりと両手を伸ばすが、それが握手を求めているのだと分かった輝幸が「は、はぁ…」と気の抜けた返事と共に右手を出すと、それを両手で握り優しく上下に振る。

「早速ですが、貴方様にはある目的のためにこちらへとご召集させていただきました。現在我々人間は、魔物達に大規模の侵攻を受けております。我々も数多くの対抗策を考えてきたのですが、どれも魔物側に決定打を与えるまでにはいかず、ことごとく打破されてきました。そうして辿り着いたのが、貴方達異世界の人間を召喚し、協力をお願いすることです。最初はただの偶然でしたが、どうも異世界から召喚された人間は魔物の使用する魔法への耐性が我々よりも高く、召喚された時点で主神様のご加護を纏っている事が判明しました」

手を離したバーニムは、切羽詰まった様子で事情説明を始めた。要するに自分達では対処できないために、偶々見つけた有能な異世界の人間に縋り付いた、と言った所か。

「貴方様には、我々と共に魔物と戦っていただきたい。勿論タダでなどとは考えておりません。戦果相応の名誉と謝礼…このベルガンテではせいぜい多額の褒賞金程度のものでしょうが、それこそより大きな都市や国からならばより多くの財宝から土地、果ては地位に好みの異性など、望むものは何でも贈与されましょう。どうか、勇者となって我々に力をお貸しください」

両手を合わせ、輝幸に祈るバーニム。後半の方を聞くと、要領的にはまるで子供に小遣いを餌にして買い物にでも行かせるような感じもするが、その様子は必死そのものだった。

「いいぜ。だがいくつか条件がある」

それを見ていた輝幸が返した答えは、承認だった。だがやはりというべきか、無償と言う訳ではないらしい。

「承諾してくださいますか…真にありがとうございます。して、その条件とは…?」

しかしバーニムにはそれでも十分な成果なのだろう。頭を低く下げ礼を述べてから、提出される条件について尋ねる。

「まぁ、褒賞についてじゃない、もっと簡単なもんだ。まず第一に俺も一般人に比べればいくらか戦い慣れてはいるだろうが、さっきの話じゃ戦闘のベテラン、それこそアンタ等配下の兵士が束になっても敵わないと見た。だったらいくら主神様のご加護とやらがあったところでアンタ等が望むように勝ち進むのは難しいだろう。だから、最低でも3週間は鍛錬期間がほしい。要は「承知しました」ってすぐに戦線には行けねぇってことだな。それと、武器は俺に選ばせてもらいたい。命預ける以上性に合わない武器より合う武器のほうがいいしな。さて、希望する条件はこの辺りか。これさえ何とかなれば、後はどうにでもなるだろうし」

一通り「条件」を述べ終え、輝幸はふぅ、と息をついた。だがそれを聞いていたバーニム等教団関係者は、予想外の条件を提示され逆に困惑していた。

「そ、その様なことだけで宜しいのですか?褒賞についてなどは…」

本来ならば真っ先に食いつくであろう話題については全然触れもしなかったため、ベリアハルトは逆にそれを尋ねてしまった。

「一応それも考えることにはなるだろうけど、今はそれよりもこっちのが優先事項じゃないの?私的には戦果を挙げてからでも十分考える余地はあると思うけどな。何より俺は、魔物と戦うことがちょいと楽しみになってさ、早いとこ準備したい訳よ」

輝幸も持論を返し、ファイティングポーズを取りながらいかにも「暴れたい」と言わんばかりに戦闘態勢を見せる。常人とは欲のベクトルが異なることにベリアハルトとエーデリアルは呆れるが、バーニムだけはやはり乾いた笑みを見せながらも感心していた。

「いやはや、なんとも頼もしいお方だ。では承諾していただけるということですが、そろそろ食事の準備ができていると思いますので、武器を選ぶ前に済ませてしまいましょう。他の方々をお待たせするわけにも、行きませんからね」

そう言いながらゆっくりと歩き始めたのをきっかけに、全員が食堂へ向かうのかと思いきや、迎えに来た二人はここに住んでいるわけではないらしく、自宅に帰ってしまった。仕方なく輝幸はバーニムのゆったりした歩調に合わせ、二人だけで食堂に向かう。その途中、突如バーニムが話しかけてきた。

「実は先程申していませんでしたが、貴方様の到着する少し前にもう2名異世界からの人間を招いておりまして、すでに事情は説明して、お部屋を割り当てさせてもらいました。そのお二方によれば多くのお仲間が居られたとのことですが、他の方々の行方も現在捜索中です。もしかしたら貴方のお知り合いがいるかもしれません」

いきなり教えられた同じ境遇者の存在。それを聞いて輝幸は同じく巻き込まれた同級生の存在が気に掛るも、招かれた相手が見ず知らずの他人だった場合ややこしくなりそうなので黙っておく。

「こちらが食堂です。既に皆集まっていると思われますので、求められた際は自己紹介をお願いします」

バーニムに生返事を返しながら到着した扉を開け、中に入っていく輝幸。その場にいた全員の目が向けられ、すぐさま注目の的となった。

「あぁ〜、異世界からこっちに呼ばれた人間で、沢部輝幸と申しまさぁ。以後よろしゅう」

それがあまり心地よく感じられず、輝幸は大雑把に紹介を済ませると近くの空いた椅子に座ろうとするが、そこに一組の男女がはしり寄ってきた。どちらも輝幸と同年代に見えるが。

「そう簡単には死なないと考えていたが、まさかお前もこっちに来ていたとはな。知った顔が見れて、少し気が安らいだよ」

「ゆき君も無事でよかった。誰とも連絡が取れなかったから、心配で…」

先程教えられた二人。それは輝幸の同級生であり親友の「有宮竜哉(ありみやたつや)」と、1つ上の先輩で、輝幸に恋心を抱き「ゆき君」と呼び慕う「南川神楽(みなみかわかぐら)」だった。

「竜哉…神楽さん…二人とも無事だったんだな」

右も左も分からない異世界で、こうして知り合いと巡り合う事ができ、輝幸は安堵の余り涙を浮かべながら二人を抱き寄せる。

「おいおい、お前らしくないな。まぁ気持ちは分からなくも無いぞ?」

「(うわわ、ゆき君に抱き着かれた…!これって脈ありってことでいいのかな?)」

竜哉にからかわれ、神楽を緊張で硬直させながらも、輝幸は暫く抱きついたままだった。
12/02/22 22:22更新 / ゲオザーグ
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■作者メッセージ
また魔物だし損ねた!
まぁ一応メインヒロインの一人出せたからいいか
じゃあ今回はこの辺で

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