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お話 その2
 まず向かった先は宿屋だった。どうせなら、まず此処を集合場所にしておくべきだろう。

「えー、コホン。 それじゃあ二人には、買ってきてほしい物を伝えたいと思います」

 ラミア姉さん直筆の卑猥アイテム集数点、必要不可欠な食物数点、などなど…。二人に商品名を告げて行くと、見事分かったかのようにコクコクと同時に頷いてくれる。背こそ人間よりも小さいけど、人間と同じで知識があって賢いゴブリン族だととても思わされる。あまりに聞きわけが良すぎたお陰で、俺としても喋っているのが凄く楽しく思えてしまった。

「………って感じのだけど、分かった?」
「おっけおっけーバッチリ!」「…っちりー」

 若干後方の方でぼんやりピースをしているゴブリン娘が心配な気もするけど、杞憂だろう。そんな風に思ってしまっていた俺に、二人はこう告げた。

「この私が買ってくるのはエッチアイテムだよねー?」「う、うんうん」
「で、この娘が買ってくるのが食糧の方なんだよねー?」「うんうん」

 流石魔物娘、この卑猥アイテムがソッチの方向だと言うのには理解が広いと言うか。まあ、実物を分かってくれているなら有難いと思う。…ぼんやり笑顔を浮かべてる娘を除いて。俺もこんな所に来るなんて滅多にないから、総力を分散させて自由に買い物ができるなら、もーまんたいだ。

「そんじゃま、いってきまーす!」「…まーす」

 そんな感じで、二人とも元気に飛び出していった。流石ゴブリンさん、その元気さが眩しいですぜ。さてさて、俺もせっかくの買い物を楽しむべきだろう、なんて陽気な気分で歩き出した、その時。

「あーそこの君君〜」

 またしても何処から声を掛けられてしまった。振り向くと、宿屋から出てきたばかりと思われる人の姿。いや、人と言うよりもこれは…魔物娘の、確かハーピーとか言う種族だったかな。腕が翼になってるし。だが気になる事に、彼女の顔は何と言うか、俺の事を心配そうにしているような気がした。

「はい、なんですか?」
「あのゴブリンとホブゴブリンの二人って、知り合いだったりするの?」

 若干気さくな話し掛け方だったが、どうにも気になる確認だ。どうしてそこを気にするのだろうか。もしかしたら彼女たちの評判とかを聞けるのかもしれない。どうせなら聞いておくべきだろう。

「んー、知り合いと言うより…日雇いのお手伝いさん、って所かな」

 俺もこの後買い物出かけるんだー、なんて呑気な事言ってたら、ハーピーの表情が大きく変わった。うん?俺の考え方が間違えでなければ、どうみてもその表情は『やっちゃったー』って感じのものだった。

「見事にしてやられたわけね〜…。最近多いんだよ、そういうのがさ」
「“してやられた”…―――え?」
「あ、知らないの? 最近彼女たちの間で流行りの悪戯の一つに“悪徳商法”ってのがあるの」
「あああ悪徳商法ォ!?」

 此処でやっとこの事態の重さに気付き始めた俺。おせぇっての。

「多分お手伝いするとか何とか言って、紙みたいなのに名前書かせてきたでしょ」

 ……そうだ。そう言えば、お手伝いさんとして雇う時に、俺は渡された紙に自分の名前を書いた。あの時はそういう条件でやってく、と言う意味合いだったのだとばかり思っていたのだが―――。良く良く考えてみたら、そうそう簡単に自分の名前を出すだなんて危険な事だと思える。

「………」
「その様子だと書いちゃったのね〜御愁傷様。ま、お部屋代くらい出してあげる」
「えっ、ちょっ、どういう―――」
「ふぅん…確かに身なりは田舎者で結構ウブそうだけど…。
 ―――あ、驚いて下手に逃げない方がいいかも知れないねー」

 に、逃げない方がいいって、どういう…。

「名前出しちゃったんだから。下手に逃げたりしたら、
 その身体が持たなくなっちゃうかもね? うふふ♪」

 あえて詳しく口に出さなかったのか、ハーピー娘はそのまま宿屋の中に入ってしまった。………ま、マズイ。非常に危険で厄介な事に手を出してしまったのだろうか!? 俺は戦慄する。このままじゃ、よく分からないけど大変な事がこの身に降り注いでしまうんじゃないかと。だが逃げても良からぬ事がこの身を襲ってくるらしい。もしかして…ゴブリン達の強制労働をさせられるとか。とても冗談で済まされる話ではないのは理解した。さっそく何処かに逃げてしまいたい衝動に―――ハッ!

『………ふーん、買ってこれなかったんだ』

 ゾク。背筋を凍らすような一言が、脳裏に響いた。

『………丁度いいわね、最近知り合いの女の子がローパーになっちゃったんだけど』

 聞いたことも無いのに、まるで刷り込まれたかのように脳裏で綺麗にそれが再生され、

『……毎日毎日、疼いちゃって仕方ないらしいのよ。男手が足りないみたい』

 言い得て妙だ。これは間違いなく―――死の宣告だと、俺の魂が叫んでいる。

『…待ってたんだけど。無いならソッチの方向で代金払ってもらおうかしら? …クスクス』
「あァー!!!!」

 ラミア姉さん。俺、待ちます。待ちますッス。買い物せず此処であの二人の帰りを待つッス。だから、見ただけで人を射抜き殺しそうなその視線やめてください!!俺死ぬのはまだ早いってか!いやぁ!何か姉さんの後ろの方からヌメヌメとした何かがァ!!!やめてェ、死んじゃうぅぅ!……錯乱し宿屋の前でもがき苦しむ憐れな田舎の男が、暫くの間見世物になった…。

                            ***

 あれから数時間が経過していた。空を茜色に染めていた太陽が山へサヨナラし、夜闇がとっぷりと…。色々な意味で逃げることが不可能と分かった今、どうしようもなく俺は宿屋の前で茫然としていた。その間も、宿屋の店員だったハーピーさんが何度も心配そうに声を掛けてくれたが、まともに返答できず。まるで魂が抜けたかのようにぼーっとしていた、そんな時だった。視界の中にぽつぽつ、明るい夜の街に光る明りが2つ、こちらに向かって歩いてきている。やがてその光がランプだと分かり、同時にその明りが“彼女たち”であると明確に分かるようになってきた。

「あっ、おにーさーん!!」

 俺に気付いたのか、ダッシュでゴブリン娘が駆けつけてきた。その後をホブゴブリンが追いかけてくる。ちなみに、胸が大きい方がホブゴブリンだとハーピーさんの言葉を脳裏でひっそり覚えていた。ほうほう道理でやたらビーチボールよろしく跳ねてらっしゃる。…脚はちょっと遅いみたいだけど、

「ぁ」

 ずるん!と言う擬音が相応しいこけ方をしたのは、ホブゴブリンの方だった。一体何に引っ掛かったかは分からないが、顔から見事に地面へダイブした模様。

「だ、大丈夫?」

 結構勢いよく転んだように見えたので、思わず駆け寄る。ゴブリンの娘も心配そうにしている。その間もホブゴブリンの娘は転んだのにも関わらず、泣いた顔も見せずに立ち上がろうとしている。形は小さい女の子でも、ゴブリン達からしたら彼女たちだって大人なのかも知れない。俺にはわかんないけど。

「ほら、とりあえず起き上りなよ」

 手を差し伸べると、ホブゴブリンの娘はそっと自分の手を添えて、俺に引っ張られる形で立ち上がる。良く見るともう片方の手には大きく膨れ上がった袋を抱えている。…流石のビックサイズに俺もビックリ。もう片方のゴブリンもその手には大きな袋を持っていた。―――すると、もしや!?

「あ、あのさ、二人とも」
「う、うん、何かなおにーさん」「……」
「聞きたいことが山ほどあるんだけど…」

 俺が発した言葉に、二人とも何故かビクンと身体を震わせた。一瞬の事なので、凝視してないと分からない。だが、この様子だとハーピー娘さんの言葉に間違いはないだろう。俺はこの後どうなってしまうのか…。いや。待て。大切なのは全てが終わった後の『結果』じゃない。本当に必要なのは“過程を経た結果”だ!!

「―――ちゃんと買ってきてくれたかな!?」
「…へっ? あ、あぁ、ちゃーんと帰ってきたよ! ほらっ」

 ゴブリンの娘が袋の中を見せてくれる。中を覗く…前に大体わかった。鼻の奥から喉にまで透き通り、咽返る程甘ったるい花の蜜を思わせるような、女性の香り。一度嗅いだ事がある。ラミアの姉さんが良く身体に塗りつけてた、“例のブツ”だ。袋の中を見れば、若干柔らかそうに見えない事もない、えもいえぬ見た目で既に異質の根っこに、焼酎の瓶に見立てられたお酒…恐らく御神酒が、しっかりと入っていた。

「ほ、ほら約束の品」「あ、ああ、ああああ………!!!」

 本当は何も買って来てくれないんじゃないかと思っていた。すっかり騙されたと思っていた。しかし、どうやらそれは俺の勘違いだったようで。色々な感情が、色々と込みあがってくる。

「ありがとう、ありがとうゴブリン!!助かったよォ本当に助かった!!!」
「え、ええ?!」

 何故か本人がとんでもない返答を真に受けたかのような顔をしている。しかし俺としてはコレさえあれば命が助かったようなモノ。喜ばずしていられるものかっ。まるで先ほどまで現実として受け入れていた俺の処女喪失。それが回避できるかもしれない…!! いや。違うな……回避“出来る”んだッ!!!!

「今日は疲れただろ、ほらほら二人ともぼーっとしてないで部屋に案内するから」

 こみ上げてくる色々、それは感謝の気持ちだったり、生きていける事への希望だったりした。嬉しい事があると、こんなにも嬉しくて堪らないんだ。俺は生きて此処に証を持ってるんだ!とにかくハーピー娘さんが用意してくれた部屋へと二人を案内した。そんな奇妙な光景を、ハーピー娘さんは“珍妙奇天烈な物を見た”とばかり丸い目をしていた……。
11/03/03 21:52更新 / 緑色の何か
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■作者メッセージ
続きは「お話 その3」で。

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