読切小説
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北方郵便竜
晴れた急峻な雪山の上を一匹の龍が飛んでいる。それに乗っているのは一人の男。帽子を被り、ゴーグルをつけ、何枚も着込んでいるためにその上半身は少し膨れている。一番上に着ている革の服の右肩には前後に鉄の輪がついていて、そこに同じく革の鞄の紐が通っている。その鞄は中身が決して外に出ないように二重の構造になっていた。

「いい天気だなあ、スケジュールがきついけど一日待って正解だったな」
「そうだねえ」

本来は激しい空気の流れで呼吸もできないはずなのだが、龍の魔力で保護されている男は事も無げにそう話しかけた。返事をする龍の声は、その厳つい見た目に反して高く溌剌とした女性のものだった。龍がその声のトーンを少し落として言う。

「ねえラウル」
「ん?」
「今度ね、首都の方で竜騎兵の募集があるんだって」
「うん」
「うんって……」
「……フラヴィはこの仕事嫌いか?」
「嫌いじゃないけど……」

男はもごもごと言葉を濁す龍を見ながら鞄の位置を直した。
目的地が近い。

◆ ◆ ◆

なぜこんな場所に、と思うような所にも人は住んでいる。人はどこにでも住む。
雪に覆われた山の中腹にある小さな村もその一つに挙げられるだろう。子供たちが寒さを気にせず外で遊んでいる。
と、一人の少年が空を見上げて顔を輝かせた。続いて他の子供たちもそれに気づき、村長の家に駆けていく。
豆粒ほどだった龍の姿が大きくなって、地面に降り立つ頃には、村長と村中の子供たちがそれを出迎えるように集まっていた。
ラウルがフラヴィから飛び降り、ゴーグルを外して村長に頭を下げる。

「こんにちは、郵便配達に参りました」
「いつもありがとうございます、さ、こちらにどうぞ」

いつものやり取りを終えてラウルがフラヴィを見ると、大きな龍の姿のフラヴィは子供たちに群がられていた。

「たすけて……」

情けない声でそう言うフラヴィに吹き出し、鞄を開けるとこう叫んだ。

「お土産を持ってきた、お菓子だよ!」

それを聞いて子供たちが一斉にフラヴィから離れる。飴や焼き菓子を配り終え、散っていく子供たちを見ながら、ラウルは十七、八の少女の姿に戻ったフラヴィの肩を叩く。

「行こう」
「お菓子に負けた……」



ラウルとフラヴィが育ったのは長く雪の残る北の国だ。幼い頃から一緒だった二人は、それが当然であるかのように恋人同士の関係になった。
連なる山々のように彫りの深い険しい顔つきでありながら、目に優しい光を宿すラウル。灰に近いセミロングの落ち着いた髪の毛と、その印象とは反対に、少し目のつりあがった顔立ちの、美しい少女であるフラヴィ。
人間のカップルと違うのは、フラヴィがベルベッドのような深い緑の翼と尾を持つ、ワイバーンという魔物であったことだ。
しかし、親魔物国家であればその組み合わせも珍しくはない。首都の喫茶店に目をやればそのような恋人たちがごろごろと目につくだろう。
だが、ラウルとフラヴィ、普通のワイバーンと男のカップルの間で異なるところが一つある。ラウルが竜騎士になる道を選ばず、郵便配達人という職業を選んだこと。フラヴィもそのすぐ後に同じ仕事に就いたことだ。二人はコンビを組んで山間の村々への宅配業務を任されることになった。
寒さが厳しく、高い山々が連なるこの国では本来宅配業務などを請け負う事の多いハーピーの生息数があまり多くない。加えて、空気の薄い高度の山々を飛び回る行為は、彼女たちにかかる負担があまりに大きい。
自然、その役目を任されるのは山岳地帯に育ち、高い魔力と体力を持つワイバーンということになる。ワイバーン一人で広域をカバーできるため、必要とされる人数は少ないが、その分重要な仕事だ。

いつもちょこまかとラウルの背中を追いかけていたフラヴィは、始めは「仕事中もずっとラウルと一緒にいられる」とはしゃいでいたが、最近彼女には思うところがあるらしい。同僚が増えないことに文句を言う時や、先ほどの会話からラウルはそれを感じ取っていた。

「お菓子に……」と肩を落として歩くフラヴィの横顔をラウルはちらりと見た。



山に夜が来た。配達と新たな手紙の受け取りを終え、コップと水差しを持ってラウルが戻ると、ベッドに座ったフラヴィが部屋にあったらしい本を読んでいた。
いつも二人には村長の家の息子夫婦が使っていた部屋があてがわれる。今は引っ越して首都に住んでいるそうだ。腰くらいの高さの本棚と二人用の大きなベッド、その横のテーブルで少し手狭に感じる。

「……面白いか?」

そう訊くと、フラヴィが本に視線を向けたまま答える。

「前来た時も読んだ」
「はは」

ラウルが笑うと、フラヴィはむっとした表情になる。しおりもせずにパタンと本を閉じてテーブルに置いた。そのままベッドにゴロンと寝転がる。
同じくベッドに腰掛けたラウルがフラヴィに話しかける。

「ミーティングしよう」
「『尾根に沿うように南下、途中で気流がよくない場所があるから地表すれすれまで降りる。だから気をつけて』」
「そう」
「毎回聞いてる……」
「次も言うぞ」

びっしりと記号が書き込まれた地図を畳み鞄にしまうラウル。それを横目にしてため息を吐いたフラヴィは翼で体を包むようにしてしばらくごろごろと転がっていたが、やがてぽつりと漏らす。

「ねえラウル」
「……竜騎兵の話か?」

ラウルが雰囲気から察してそう言うと、フラヴィはがばりと起き上がった。

「いっぱい経験積んでるもん、私たちなら絶対活躍できるよ」
「活躍ねえ……」

あまり乗り気ではなさそうなラウルを置いてけぼりにして、フラヴィは目をきらきらとさせながらそれでね、それでね、と遠い戦場を思い描いている。

「私がガーって吠えるでしょ?それでラウルが槍をやーってやるの、そしたら五万の敵がぎゃーって」
「俺は軍神か何かか……」

壮大な合戦絵巻に憧れるフラヴィに呆れるラウル。それに、と言葉を続ける。

「竜騎兵もそんなに派手な仕事ばっかりじゃないだろう」
「……うー」
「哨戒とか、兵站とか、あとは……魔法を使えるやつがいない時に光源をばら撒いて暗闇を照らすとかか?地味な仕事の方が多いんじゃないか」
「……」

あとは、それにと指折り数えて地味な作業を次々に挙げていくラウル、フラヴィがしばらく口を開いていないことに気付いて顔をあげると、彼女の目が据わっていた。

「フラ」
「もういい」

そう言ってフラヴィはベッドに座っていたラウルを引っ張り、押し倒す。馬乗りになって、爪で緑色の皮膜をゆっくりずらすと、雪のように白く大きな胸が露わになる。

「フラヴィ?」
「もういいもん、ラウルが竜騎兵になるって言うまで搾り取っちゃうんだから」

そう言ってラウルに口づけをし、ぐちゅぐちゅと舌で口内を掻き乱す。呼吸が辛くなるほどの長い時間それは続いた。

「ん……ぷはっ、すっごく気持ちよくしちゃうんだから、覚悟してよね」

そう言ってラウルを見下ろすが、彼の顔はどこか余裕そうだ。面白くない、と思って言った。

「なによ、今にそんな余裕なかお」
「いや、なに」

そう言うと、ラウルはフラヴィの腰を掴んでぐるりと回す。咄嗟の事で反応できなかったフラヴィは、なすがままにそのまま組み敷かれてしまった。彼と彼女の位置が先ほどと逆転する。
大きく広がった翼の真ん中に手を押し付けられフラヴィは身動きが取れない。ラウルが顔を近づけて言った。

「こっちの方が好きだと思ってたんだが」

その言葉を聞きフラヴィの顔が真っ赤に染まる。ふるふると震える口で否定しようとする彼女の胸をラウルが右手で強めに掴んだ。

「そ、そんなんじゃっ、ひやっ」
「そんなんって?」
「されて、よろこぶ、んんっ、ような子じゃ、ないぃ……」
「ふーん」

ラウルの指の動きに合わせてフラヴィの胸がぐにぐにと歪む。その度に漏れ出る吐息と喘ぎ声で、彼女の言葉は細切れになってしまう。
明らかに馬乗りになっていた時よりもその瞳が潤んでいる。
ラウルは胸を揉む右手をそのままに、つ、と左手の指でフラヴィの脇腹をなぞる。彼女の体が大きく震えた。そのまま迷うようにお腹のあたりを動いていた指が下に行く。雪原のような彼女の肌は秘所に近づくたびに丘を作るようにせり上がっていく。
ラウルはそちらに視線を移す。フラヴィが仰向けになると尻尾が下敷きになり、彼女の腰がわずかに浮く。淫らな場所を見せつけるようなその姿勢は男の情欲を煽る。指がそこに到達した。

「あ、だ、だめ、そこは、あうっ」
「されてよろこぶ……なんだっけ」

肌と大事な場所を覆う皮膜の間からはすでにとろりとした液体が漏れでている。ラウルは湿り気を帯びた皮膜を秘所の形が浮き出るようにこする。フラヴィがむずがるように首を振った。

「やっ、う、あ、あ、あ」

やめてくれるように懇願する目つきで見るが、ラウルはそれを無視して陰核を潰すように親指を押し付けた。フラヴィの腰が浮き上がり、解放された尻尾がもぞりもぞりと揺れる。
フラヴィの体はしだいに熱を帯び、ラウルを見るその視線、その懇願の意味合いはすでに別のものに変わってきている。
しかし始めに被虐的な快感を否定してしまった手前、その言葉を言うことはできない。皮膜越しの遠い快感に炙られ、押し殺したような喘ぎ声と小さな水音だけがしばらく部屋を埋める。

「う、うううっ」

耐え切れなくなったフラヴィがとうとう口を開いた。潤んだ瞳を逸しながらラウルにこう言う。

「ら、うる」
「ん?」
「きもち、よく、して」

フラヴィの股間を覆っていた皮膜がするすると縮むように消えていく。外気に晒されたその場所から甘い匂いが香った。
ラウルは笑って「わかった」と言うと、人差し指と中指の二本をフラヴィの奥に挿れる。壁を引っ掻くような指の動きに、ぞくりぞくりとした快感が腰を中心に広がる。

「ちが、ちがううっ」

だが、フラヴィの求めていたものはそれではなかったようだ。快感にうち震えながら絶え絶えに否定の言葉を吐く。

「ちがう?」

こくこくと頷くフラヴィだったが、ラウルは「なんの事かわからない」という表情でそれを見つめる。意図を察したフラヴィの顔に羞恥の色が混ざる。

「いじ、わ、は、あああっ!」
「こんなに気持ちよくしてやってるのに意地悪とは……」

親指で直接陰核を刺激すると、膣内を出入りしていた二本の指がきゅうと締め付けられた。ラウルが視線をあげるとフラヴィが眉をひそめて困ったような顔になっている。絶頂が近い時の彼女の表情だった。
指の勢いを少し早めると、彼女はビクンと跳ね上がって、目を瞑って言った。

「やだ、指じゃ、や、ラウルのおちんちんが欲しいの」
「そっか」
「はや、くっ!もうイッちゃう、から」
「じゃあ、一回イこうな」
「え、あ!だめ!あ!ああああっ!」

弱い部分をこしこしと擦られたのがとどめとなり、フラヴィの体が大きく何度も震える。くたりと力が抜けた彼女の瞳には光がなく、口もだらしなく開いて端から少し涎が垂れていた。
しかし、ラウルが止まることはなかった。ズボンを脱ぎ、ずっと前からすでに硬くなっている剛直を持つと、ひくひくと動くフラヴィの秘所にあてがった。

「挿れるぞ」
「……ふぇ? あ、だ、だめ、おっき、ああっ」

頂点から戻ってきたフラヴィに与えられたのは先程よりも強い快感だった。熱い塊が出たり入ったりするその感触に視界がチカチカとし、耳が遠くなる。

「イッて、る、のに、あっ、きもち、きもちいっ!」

絶頂のさなかにある魔物の膣はいつもより激しくうごめきラウルを責めたてる。抗いがたい快感の波に襲われるが、ラウルは歯を食いしばってどうにかそれをいなす。少し体勢を変え、フラヴィの奥をこするように突いた。
彼女の声がより大きく高くなる。堪えきれずにラウルにも限界が訪れた。

「あああっ!おくっ!おくすごいぃっ、おちんちんで、わかんなくっ、なっちゃうぅっ」
「すま、ん、限界っ」
「だしてっ、いっぱい、なかっなかにっ」

フラヴィの奥に大量の白濁が放たれる。バサリと翼が動き、フラヴィがラウルを覆うように抱きしめた。
数回の脈動の後、深く息を吐く二人。
しかし、魔物娘とインキュバスの交わりが一回で終わることはそうそうない。
すでに理性を失ったフラヴィは蕩けた笑顔でラウルにおねだりをする。

「ラウ、ル、もっと、いじめて」
「……わかった」

それに応え再びラウルが動き出す。部屋にはしばらくの間、フラヴィの淫らな言葉と嬌声が響き渡った。




「……」
「フラヴィ」
「うるさい」

事が終わった後、いいようにされてしまった自分が悔しいやら情けないやらで、フラヴィは不貞腐れてラウルに背を向けて寝ていた。ラウルが回り込もうとするとゴロリと反対側に寝転がってしまう。
顔を見せないままにフラヴィが言った。

「もういいもん、知らないもん、ラウルのバカ、バカラウル」
「……」
「バカのラウル、ラウルはバカ」
「お前罵倒のボキャブラリー少ないな……」

二語を使いまわす彼女に思わず心配になるラウルだったが、その声は無視されてしまった。どうしたものかとラウルが黙っていると、フラヴィがぽつりと漏らすように言った。

「私たちなら絶対活躍できるのに……」
「……」
「ラウルは判断力もあって……私を上手に乗りこなせて……もったいないよ……」
「……もったいない、か」

その言葉を聞き、ラウルがごそごそとベッドから起きだす。しばらくは壁の方を見ていたフラヴィだったが、あまりに長く続くその物音にまさか、と思い身を起こす。案の定カチリという音がした。
ラウルが手紙の入った鉄の箱を開けていた。冬場は落としても発見しやすいように赤く塗られているその箱は、厳重に中身を保管するために複雑な機構を持ち、開けるのにも閉めるのにも非常な手間がかかる。それに、配達人が勝手に箱を開けるのは当たり前だが規定違反だ。

「ラウル、それ開けたら」
「これは結婚の報告らしい」
「……ラウル?」

戸惑うフラヴィを無視して、ラウルは箱の中に入っていた紙の束を一つ一つ取り上げながら言葉を続ける。

「これは友人への手紙だな。押し花が添えられてる」
「……」
「これは……宛名が水滴で滲んでる、訃報かもしれない。そうじゃなかったらいいなと思う。この包みには多分お金が入ってる」
「……」
「冬には来れない先生への挨拶と勉強の質問、これはわからないな、可愛い封筒だ」

いつもはお喋りなフラヴィの聞き役になることが多いラウルが、この時だけはすらすらと口を開く。何も言えなくなったフラヴィを見て、穏やかに微笑んだ。

「まあ、それだけだよ、お前がやりたいなら、一緒に竜騎兵になってもいい。二人で考えよう」

手紙は早く起きて入れ直そう、と呟き、再びラウルがベッドに潜り込んだ。

「おやすみフラヴィ」
「……おやすみ、ラウル」

寝付きのいいラウルはすぐに寝息を立てる。
その一定のリズムを聞きながら、フラヴィはテーブルの上に置かれていた手紙を見つめていた。

◆ ◆ ◆

「どうでしょう」
「今がいい頃でしょうな、これから先は悪くなる一方です」

村の入口から山とその上にある空を見つめて村長とラウルが会話する。
ラウルにも気象の知識はあるが、山に生きる人達の言葉には素直に従うだけの価値がある。
ラウルは頷くと、少し離れていたフラヴィに声をかける。いよいよ出発という時になって、五、六歳ほどの少女がこちらに駆けて来た。ぜえぜえと息を吐き、手紙を差し出してくる。

「お手紙?」

フラヴィがしゃがんでそう話しかけると、少女はこくこくと頷いた。ラウルはそれを困った顔で見ている。村長が少女をたしなめた。

「これ、郵便屋さんを困らせるな、次の機会にしなさい」

少女が泣きだしそうな顔で首を振る。ここに来てから一言も口を開かない少女を少し訝しく思っていると、それに気付いた村長が説明してくれた。

「この子は口が聞けんのです。つい先日字を習ったので、都会にいる兄に手紙を書きたかったようなのですが……」

思ったよりも時間がかかり間に合わなくなってしまったのだろう。届けてやりたい気持ちはあるが、と思いラウルが横を見る。村長は首を振った。
箱を開けて閉めている間に、飛べなくなるくらいに天気が悪くなってしまうかもしれない、という事だ。自分の望みが絶たれつつある事を感じた少女の瞳が潤む。
沈黙を破ったのはフラヴィだった。

「わかった、持っていってあげる」
「フラヴィ」
「落とさないように丁寧に飛ぶよ、いいでしょ?」

諫めるように声を出したラウルだったが、フラヴィの視線と子供の縋るような視線を受けてたじろいでしまう。はあ、と溜息をついた。子供から丁寧に手紙を受け取って吟味する。鞄は手紙の入った郵便箱の他に、運ぶべき物品ですでにぎゅうぎゅうになっている。せめて服の下にしまいたいところだが、この大きさだと収まる場所は一番上の服のポケットしか無さそうだ。

「大事に扱うけど、もしかしたら落としてしまうこともあるかもしれない、それでもいいか?」

その言葉を聞き少したじろいだ少女だったが、こくりと頷く。届かないリスクと天秤にかけて反対側に傾くほど、早く届けたい手紙のようだ。少女の瞳に宿る幼くも真剣な光を見て、その頭を撫でながらラウルが言った。

「失敗したら謝りに来るよ、殴ってもいい」
「ほんとに?」
「お前は俺と一緒に殴られる側だよ」

二人のやり取りにようやく少女が笑顔を見せた。ラウルとフラヴィは微笑んで、村の入口へと向かう。

いつもなら、フラヴィは村を出る時に振り返らない。なんとなくそれが「かっこいい」と思っているからだ。しかし、今日は少女の事が気になり後ろを見やる。少女は家に戻らずこちらを見ている。目が合った。

「……」

自分の方を見ているが、自分を見ているのわけではないだろう。おそらく、手紙が向かう先にその焦点は結ばれている。
しばらくそうしていたが、ラウルに肩を叩かれ我に返った。

「飛ぼう」
「あ、う、うん」

慌てて龍の姿に変わる。ラウルが村長に近づいて声をかける。

「では失礼します。よい冬を」
「はい、道中の無事をお祈りしています」

フラヴィの背中に飛び乗ってぽん、と叩くと、ゆっくり巨体が浮かび上がる。ラウルは少女と村長に大きく手を振った。

◆ ◆ ◆

しばらく順調な飛行が続いていたが、ある地点に差し掛かってラウルの顔が引き締まる。フラヴィに声をかけた。

「フラヴィ、ここからは」
「気流がよくないから地表のすぐ上を行く、でしょ?」
「……ああ、気をつけて」
「了解」

いやにしおらしい返事に不思議に思うラウル。そう思っている間にも地表はどんどん近づいてくる。余計なことを考えていい状況ではないと思って疑問を隅に追いやった。

安定するかと思ったがフラヴィの巨体はまだ揺れている。違和感を覚えて顔をしかめる。
悪天候の前兆か、いつもよりも風が強い。手紙を守るように左のポケットに手を置いた。
しかし、風はさらに強くなる、思わずゴーグルを左手で直すと、ポケットが膨らんだ。風で中の手紙が攫われそうになる。

「……くそっ」

殴られる覚悟を決めたラウル。しかし、大きな衝撃が襲ったかと思うと、一瞬で後ろに流れていくはずの手紙がまだ手に届く場所にある。咄嗟の判断でそれを掴んで再びポケットに押し込む。フラヴィが翼を立てて速度を大きく殺したようだ。自己申告制なので言わなければバレないが、本来は服務規程違反となる危険な行為だ。昨夜の自分を棚に上げ注意すべきか、褒めるべきか、謝るべきかと考えて視線を前に戻したラウルの顔色が変わる。

「前!」
「……!!」

フラヴィの右の翼が大きくせり上がった丘の斜辺にかする。速度を落としていたのが不幸中の幸いで、もしトップスピードで衝突していたならラウルとフラヴィの命は今頃は失われているだろう。
しかし、それでもその衝撃は大きく、フラヴィはきりもみ状にバランスを失ってしまう。上も下もわからなくなった頃、ラウルはフラヴィが人間態に戻っていることに気付いた。なんとか引き寄せる。気を失っていた。
慣性が消えるころには二人は崖に投げ出されていた。岩肌に沿うように長い落下が始まる。
フラヴィが上、ラウルが下の状態で二人は抱き合いながら落ちていく。

ラウルがフラヴィの顔を少し申し訳なくなるくらいに強くぺしぺしと叩いた。

「フラヴィ!フラヴィ!起きろ!」
「んー……あ、あれ?」
「おはよう、落ちてる」

手短に伝えるとフラヴィはえー!と叫ぶ、ラウルは力を込め始めた彼女を止めた。

「変わると岩肌にぶつかるぞ、雪崩が起きる」
「で、でも……」

魔力で削がれてなお山に流れる風は激しく、人間態の翼では飛ぶこともできそうにない。ラウルもそれがわかっているのかフラヴィの目を見て頷いた。

「下手すると翼が折れる」
「ど、どうするの?」

ラウルがちら、と近づきつつある真っ白な地面を見て叫ぶ。

「あと十秒!!」
「え!?」
「悪いが二回だけ翼を動かしてくれ、合図は俺が出す」
「……わかった」
「……」
「……」
「……今!!」

フラヴィが地面に向けて大きく翼を動かす。空気が重く、わずかな痛みがフラヴィの背中に走った。落下速度が大きく削がれ、彼女は時間が伸長したような錯覚を覚えた。
ラウル越しのフラヴィの視界が白く覆われていく。地面が近い。
ラウルはそれを首を捻って見ながらタイミングを図る。ふーと息を吐いた。

「今!」

バン、と空気の塊が地面に叩きつけられ、表面に積もっていた粉雪が煙のように舞い上がる。大きく作られた円状の浅い窪みの中心に二人はぽすんと落下した。

「ラウル」
「しっ」

ほうと息をつきラウルに話しかけようとしたフラヴィの言葉が遮られる。ラウルは前兆を見落とさないように険しい顔で崖の上を睨んで、耳を澄ます。一分、二分、と沈黙が続いてようやくラウルが緊張を解いた。雪崩の気配はなさそうだ。
心配そうにフラヴィを見た。

「翼は大丈夫か」
「う、うん、なんともないよ」
「よかった……無茶させたな」
「ううん、私が悪いの」
「……無茶したな」
「……」

手紙のために彼女がとった行動にラウルがそう言うと、フラヴィが口を引き結んで俯く。責めているように聞こえてしまっただろうか、とラウルが心配していると、小さな声が聞こえた。

「……だから」
「ん?」
「大事な手紙、だから」

震える声でそう言うフラヴィをぽかんとした顔で見つめていたラウルだったが、その表情はやがて優しい笑みに変わった。手を伸ばし、フラヴィの髪を梳くように撫でる。

「そうだな、よくやった」

その言葉を聞いたフラヴィの目に涙が浮かぶ。雪を撒き散らしながらラウルに抱きついた。

「怖かったあ……」
「俺もめちゃめちゃ怖かった……」
「こういう時はかっこよく黙って抱きしめるのよラウルのバカぁ……」

おいおいと泣くフラヴィを苦笑いで抱きしめているラウル。嗚咽が収まってきた頃、そうだ、と言って身を離し、拳を突き出した。きょとんとした顔のフラヴィに言う。

「ワイバーンと竜騎兵がよくやる仕草なんだとさ、爪と拳を突き合わせるらしい」
「……」
「おい?」

黙りこむフラヴィに声をかけるラウル。顔を上げたフラヴィは、満開の笑顔でラウルに飛びついた。

「おりゃー!」
「おわっ」

支えきれず、二人で雪の上に倒れこむ。

「いい、私たち郵便屋さんだもん」
「……そうか」
「私ね、この仕事好きだよ」
「うん」
「ラウルも大好き」
「……どうも」
「照れてる」
「照れてない」

胸の上でにやにやとするフラヴィを横に放り出し、ラウルは立ち上がった。にやにや笑いを崩さないフラヴィも雪を払いながらそれに続く。視線を合わせて互いに頷きあった。
難所を越えれば、後は穏やかな凪の空気が続く。
フラヴィが呼吸を一息して龍の姿に変化する。ラウルが手慣れた様子で飛び乗ると、バサリと翼を大きく羽ばたかせて浮かび上がった。
雲ひとつ無い青空に飛ぶ龍の姿はみるみるうちに小さくなり、やがて見えなくなる。

次の村へ行く。
14/01/01 00:29更新 / コモン

■作者メッセージ
最後まで読んでいただきありがとうございました。

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