読切小説
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レディ・オブ・アンノウン
 10月31日。
 ハロウィン当日の夜、私は仮装した人々で賑わう大通りを歩いていた。
 最近この都会に来たばかりの私はこの街のこともほとんど知らない。
 だから観光を兼ねて年に一度のイベントを楽しもうという魂胆だった。
 なんでもここではたくさんの人々が仮装して集うイベントをやっているようだった。ジャックオーランタンや吸血鬼をはじめ、魔女や骸骨、ゾンビ。それからよく分からない何かのキャラクターらしきもの。
 多くの異形がひしめき合って、通りは混沌としていた。
 ふと、彼らはどうして仮装をするのだろう、などと私は考える。
 まあ単純に知人達と和気あいあいとしたいからかもしれないが、いまいちピンと来ない。
 それなら別に、他にもっと手をかけなくていい遊びがあるような気もする。
 彼らを仮装へと引き立てる原動力はなんなのだろうか……。
 
 考えることは私の趣味である。
 どんな人も風景もそれについて思考を巡らせれば様々なものが見えてくるというものだ。
 実際に思ったような意味が対象に有るか無いかは関係なく、考察することに意味があると私は考える。それに、せっかく頭の使える生き物に生まれたのだから使わねば損だと思うのだ。
 例えばほら、そこの人混みをよく見ると大体10歳くらいと思われる女の子がいる。
 親の同伴も無しにここに来ているとは考えにくいが、一体如何なる理由でそこに居るのか……。

 ――あれ、近づいてきた。こっちの方に待ち人でもいたのだろうか。
 違う。確実に自分の方に近づいて来ている。
 相手とは確実に初対面のはずだし、用があるとは思えないのだが。
 少女は私の前で立ち止まると、こちらの有無も言わせぬ口調でその言葉を放った。


「トリックオアトリート、お兄さん!」


 一瞬戸惑うが、すぐに気を取り直す。そう言えば、ハロウィンとはそういう日だった。
 しかしほとんど仮装大会と化したこのご時世に「それらしい」事をしている者がいるとは思わなかったので、少し驚いてしまった。
 声をかけてきた少女はまさしくハロウィンらしい仮装に身を包んでいた。いかにも魔法が仕えそうな杖に、とんがり帽子を被っている。それから闇に紛れる黒のローブ姿。さしずめ気分は魔女といったところだろう。手に持ったカボチャ型の籠はたくさんのお菓子を湛えていて、この夜を最も楽しんでいる者の一人だろうなと思った。
 「ええと、お菓子だよね……」
 ポケットをまさぐると、透明な小袋に包まれたビスケットがあった。口寂しさをごまかすため持参したものである。これを上げること自体はやぶさかではないのだが、それには問題が発生していた。
 「あー、これボロボロになっちゃってる……」
 「いいよ、大丈夫」
 「大丈夫なのかい?」
 「うん、人から物を貰う時は遠慮しないことと、文句言わないことだよ!」

 彼女は腰に手を当てて胸を張る。
 その表情はなんとも得意げで、見ているだけで自然と笑顔が漏れた。
 それで私はなんとなくこの少女のことが気になってきた。人を惹きつける魅力のようなものがあるのか知らないが、少なくとも私は惹きつけられた。
 もっと彼女を知りたい。
 そんな想いのもと、私は彼女と話を続けた。

 「一人なのかい? ご両親はどうしたの?」
 「一緒に来てるけど、今はあっちでタバコ吸ってる。待っててって言われたけど出歩いてきちゃった」
 「いや、なるべく早く戻ったほうがいいんじゃないかな……君みたいな可愛い子は誰かに連れ去られちゃうかもしれないだろう」
 「白馬の王子様だったら歓迎なのだけど」
 「魔女の元には来ないと思うけどな」
 「ひどい!」
 「ははは、冗談だって。さっきも言ったけど、君は可愛いから、王子様の一人くらい簡単に捕まえられるだろう」
 「ええ、なんで私が捕まえる側になってるの?」

 それから私たちは人込みから少し離れた場所にベンチに座って話を続けることにした。
 彼女と話すことは存外に面白いことで、私は夢中になってしまっていた。
 時に子供らしいお転婆さを、時に大人の女性のような余裕を見せる。
 私は彼女の態度に翻弄されるが、隙を見計らってやり返す。
 そんなやり取りがなんだか心地良い。
 気づけば時間も忘れるほどに、私は彼女との会話を楽しんでいた。

 「それにしても、お兄さんはかっこいいねえ」
 会話の途中、唐突に彼女が言った。
 覗き込むようにしてこちらの目を見つめている。
 彼女を包む雰囲気が、少しばかり変わったような気がした。
 「ん?そうかな?」
 かっこいい……。
 かっこいいか。大げさかもしれないが、多分生まれて初めてそんな賛辞を受けたかもしれない。
 少し面喰いながらも、人から褒められるのに悪い気はしないため自然と顔は綻ぶ。
 「ねえ、どうしたらそんなふうにカッコよくなれるの?」
 自分が自覚していないのだから正直答えようが無いのだが、ここで突き返すのはあまりに可哀そうだ。なんとか頭を回して彼女の質問に答える。
 「えっ、うーん、格好いい……逆に聴いて悪いけど、君は具体的に、どういう風に格好よくなりたいんだい?」
「ああいうのだよ。ああいうの着てみたいの!」
 彼女が指さす先には全身を着飾った女性がいた。モチーフは少女と同じく魔女だろう。だがその煌びやかな衣装は相当凝って作られたものだと素人目にも分かった。
 ここで私の頭に疑問が湧いた。
 確かにあの衣装は綺麗ではあるだろうが、格好いいと形容できるかは怪しい。
 少し考えて、私は一つの答えを導き出した。
 「もしかして、君はこう、大人になりたいの?」
 「う、うん……みんな綺麗だしかっこいいじゃない。 あそこのお姉さんが来てるようなドレスも、お兄さんが来てるようなスーツ? も、大人にならなきゃ似合わないでしょ?」
 彼女は頬を染め、少し俯きながら答えた。恥ずかしかったらしい。
 しかし視線の方は何処か遠くを見つめているように見える。その先にあるのは成長した自分だろうか。
 やっとしっくり合点がいった。彼女の言う「格好いい」とはつまりは「大人っぽい」という意味だったのだ。
 それなら私にもなんとなく分かる。そういうことなら先程の女性が着ているような衣装だって、格好いいの部類に入るだろう。子供が大人に憧れるのはよくあることだ。
 「その仮装も、そういう理由?」
 「うん。こうしてると、ちょっと大人になったような気がしてくるから」
 少女は、大人になろうと背伸びをしているだけで、中身は存外に子供だったのだ。
 なりたい自分や、いつもと違う自分になれる。その方法の一つが仮装なのだろう。
 確かに自分も昔、自分でない何かになりたいと思ったことがあったような気がする。
 いやしかし、そういった理由ならお菓子をねだるのは大人と言えるのだろうか……。
 ……きっと、大人とお菓子を天秤に掛けたらお菓子が勝ったのだろう。
 相手がまだ子供であることを忘れてはならない。
 そういうところがまた可愛いのではないか。
 うんうんと一人勝手に納得していると、少女がずいとこちらに身を寄せてきた。
「ん?」
 意図を尋ねる間も与えず、少女は先程の続きを口にする。

 「だからね、お兄さん。私を大人にする方法、教えて……? あたし、何年も待ってられないもの……」

 上目遣い(!)にこちらを見る少女。
 完全な不意打ちを喰らった。
 しっかり、目が合ってしまった。
 その瞬間、私の中に湧きあがる一つの感情。
 今まで大人を取り繕っていた彼女が、初めて底の底から本心を見せてくれた気がした。
 ああ、どうにか、とにかくこの少女の願いを叶えてやりたい。
 そのためには、私に何ができるだろう。
 彼女を大人にするには……。
 必死に考えて……。

 ―――いや、考えるまでもない。私にできることは一つだ。

 年齢以外で、何を以て『大人』とするか?
 その答えを、私は知っている。
 「じゃあ、これから大人になれるおまじないをかけてあげようか」
 「え、本当!?ありがとう、お兄さん!」
 彼女はぴょんぴょんと跳ね、全身で嬉しさを表現する。
 そんな反応をされたら、これからすることにもやりがいがあるというものだろう。
 大喜びの彼女の手を引き、絶妙に周りから見えない影に彼女を連れていく。
 「ははは。なに、礼は要らないよ。それと……」
 私は少女のとんがり帽子を外して。
 それから入れ替えるように、自分の被っていた「それ」をぽんと被せた。


 「私は『お兄さん』ではなく『お姉さん』だよ」


 帽子をかぶせられた少女の顔がみるみる内に紅潮していく。
 私の帽子を貰ったことがそんなに嬉しかったか?
 私の性別を間違えたことに気付いたからか?
 それはまあ私の帽子は結構イケてると自負しているし、顔は中性的かもしれないから間違えるのもしかたないかもしれない。でもよく見れば性別も分かったはずなのだ。主に胸の辺りを見れば。
 しかしどちらも答えは否だ。今回の彼女の異変の理由はそれらと異なる。
 彼女は目の焦点が合わなくなり、荒い息をつき始めた。
 私は苦しんでいるように見える少女を眺めながら、場違いな微笑を浮かべる。
 だって仕方ないのだ。
 私の帽子――に見せかけたそれを被せられ、寄生された彼女の思考はどうしようもなく淫らなもので溢れてしまうのだ。桃色の思考の波が彼女の脳内を染色、侵食、蹂躙し、人の常識を塗り替え別の存在に生まれ変わらせる。相手が人間の女性でさえあれば誰だってそうなってしまう。彼女に性知識があるかないか、それすらも関係ない。



 それが常識では通じない存在。
 私―――魔物娘、『マッドハッター』の力である。



 「……ぁ……ぅ……♥」
 どうやらいきなり寄生されて驚いてしまったようだ。
 少女はがくがくと足を震わせ、バランスを崩してしまった。
 そこをすかさず抱き留め、背中を撫でながら耳元に囁いてやる。
 「さて、君が今考えていることを実行すれば、間違いなく大人に近づけるだろうね。あとは君次第でどうにでもなる。君に想い人はいるのかな? バキバキに腫らしたおっきなキノコを自分の膣内にブチ込んで、子宮にびゅーびゅー種付けしてほしい人は? いや、いなくともいいんだ。例え一目惚れの恋でも、恋とすら言えないような激しい肉欲を覚える相手でも、君の本能が間違えることは無い。間違いなくその人が、運命の人なのだからね」
 「きのこ……おっきな、きのこ……♥」
 少女の顔は既に以前の子供っぽさを薄れさせ、代わりにいやらしい女の顔になっていた。
 やはり見立て通り、それなりの素質があったらしい。
 私は過激派ではないしむやみに魔物にする気はなかったのだが、あのような可愛らしい女の子相手に抑えるなどできやしなかった。『可愛い』は『いやらしい』とほぼ同等に正義であると思う。
 それにやはり、魔物娘は欲望に忠実であるべきだろう。
 「よしよし、やはり私の目に狂いはなかったらしい。どうすればいいかは分かるね?」
 「うん、お姉さま……男の人のきのこ、はやく、ほしい……♥」
 「今度は正解だ。それじゃあ、君を大人にしてくれる人を探してみようか」
 少女は未だ焦点の合わない目でこくりと頷いた。
 それからふらふらとした足取りで人込みの中へと溶け込んでいく。
 これなら大丈夫そうだ。
 今はまともに歩けないほどに混乱しているように見えるが、あれは慣れていないだけ。
 私が手ほどきをする必要も無く、少しすれば淫らな言葉で男性を誘惑する立派なマッドハッターに育つだろう。同種の自分にはそれがよく分かった。
 それとも、あのように酩酊しかけた少女の方が男性の欲情を煽るのだろうか。
 「それじゃあ行ってらっしゃい。君が幸せな、そしていやらしい『大人』になれることを祈ってるよ。」
 私がそんな応援をかけてやる頃には、少女の背中は既に消えていた。


 一人でベンチで座り直し、私は今後のことを想像してみた。
 彼女は首尾よく男性を誘惑し、やがて事に至るだろう。
 彼女から漏れ出た胞子は次々と感染し、人々の常識を塗り替えていく。
 さらに魔力に当てられ人間の女性は次々魔物化……たちまち仮装イベントは乱交場へと化し、ここは第二の不思議の国へと姿を変える……。
 衝動に任せてやったことだが、予想外に面白い方向に飛んでいくかもしれない。
 このしがらみに溢れた世界が魔界になっていく様はそれはそれは愉快極まりないだろう……。



 ……いやいや待て待て、そう簡単に行くだろうか。
 人間だって馬鹿じゃない。なんでも『カンシカメラ』なる遠見の機械が至る所に張り巡らされているようだし、私のしたことは魔界への大迷惑になって、ハートの女王自ら『極刑』を言い渡されてしまうかもしれない。もちろん死ではなく、女王の気分で決まる『気持ちいいナニカ』なのだが、数あるその中には意識が飛ぶほどのモノもあるという。極刑になったら、私はいったいどんな刑を処されるのだろう……。



 どちらにせよ、想像するだけで胸が高鳴り、下腹部が熱を持つ。
 要するに、どう転んでも面白く、気持ちいい。
 人生における楽しみがまた一つ増えたというものだ。
 もしかしたら何も起こらないかもしれないが、それでも悪くはないだろう。
 何せ、ハロウィンの夜はまだ終わらない。
 そんな妄想に浸り、ニヤニヤと笑みを浮かべていると隣に男性が座ってきた。
 なんとも地味な服装と表情をしていて、あの仮装連中の明るさとは縁の欠片もないタイプの人間だと思われた。その目に移っている感情は羨望か、妬みだろうか。

 ―――だったら、私が機会を与えてやろう。これから起こる(かもしれない)狂乱への参加チケットを。

 「ねえ君……。そう、そこの君。『トリックオアトリート』だ。お菓子をくれなきゃ……ね……♥」
17/10/31 02:51更新 / 青黄緑青

■作者メッセージ
「ハロウィンである」
「少女たちが男性を誘惑する日であったか」
「いかにも。幼い魔物たちの『お兄ちゃん』が大量発生する日である」
「なるほど。ではそういう話を書くのであるな?」
「いや、諸々逆の話を書くのである。小生は天邪鬼ゆえな。」
「なんで……」
という脳内会議の元、こんな話が出来ました。
いやあ、ハロウィンネタが思いつかなくて結局月末になってしまいました。
エロも書きたいんだけど、帽子屋さんはやたらこういう役回りが似合うなあ。
それではここまで読んでいただきありがとうございました。
ハッピーハロウィーン!

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