連載小説
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四話『登場』
ガラガラと、車輪が回り、重機の唸り、たくさんの靴音が雲ひとつ見当たらない晴天のビル街あちこちで鳴り響き、いやでも街が慌ただしいことであると伝えてくる
そんな炎天下一歩手前の天気の中、翔一もまたその音の一つを奏でていた。

「あっつい!」

その不満を掛け声にして、翔一は荷台で運んでいた黒いコンクリートを砂利などが混じった瓦礫が山積みになっている場所へとぶちまける、勢いよく放り出されたコンクリートは僅かな土煙と共にむわっと熱気を放出していった。

『そう騒ぐな、余計に熱くなるだけだぞ』

「動いてないお前には言われたくない……」

腰に付けたベルト――その中に埋蔵されているアダムスに悪態をつきながら翔一は暑さでだるくなった腕に再び力を込め直して荷台を押し始める
少しでも気を紛らわせることができればと、翔一はボンヤリと数日前まで記憶を遡らせていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「工事……ですか?」

「うん、なぁーんでも檜室……まぁ人間の街全てに言えることなんだけど、とにかくここは魔物娘にとって住みづらくってしょうがないらしい」

事件のゴタゴタも一先ずは落ち着き、表向きは再び暇を持て余している探偵へと身を戻した翔一だったが、その平穏も長く続かずに再び剛二に呼び出しを食らっている

「そりゃあ人間が住むことしか想定されていませんからね、当たり前ですけど」

「そそ、だから今街全体の大規模な工事が行われる予定なんだけど……それにキミも参加して欲しくてね」

剛二の言葉に、翔一は首をかしげる
確かに街全体の大工事となれば人手を大量に必要とするだろうし、檜室だけでそれを補える人員はいないだろう
しかし街の外の業者を呼べばいいだけの話なので、わざわざ素人の翔一が出しゃばる必要はない

「? 業者の人たちがいれば十分じゃないですか」

その意図を剛二に率直に告げる翔一だったが、剛二は少し周りの様子を伺う素振りを見せた後、声を潜めて言った。

「……ここだけの話、魔物娘も工事に参加する」

「!」

「すこし考えれば当たり前だし、彼女たちが参加する正当性は十分にある……だからこそ何かあった時、僕たちはすぐに対応できない、私立探偵の君しかいないんだ、身軽に動けるのは」

つまりは、魔物娘にしろ人にしろ、工事の手伝いをするフリして何かよからぬ事が起こった時の為の対抗策として、翔一を予め現場へと送り込んでおきたいのだろう

「……わかりました、でも俺だけで大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫、どっちも牽制さえしとけば迂闊な真似はしないでしょ」

魔物娘の方は性質的にそこまで悪質なことはやらないだろうし、と付け加えられて二人の密談は終了した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「あぁ……終わらない」

そうして常に目を光らせて工事に勤しんでいた翔一だったが、あんまり魔物娘の方に注目しているといらぬトラブルを呼び込みかねず、かと言って工事の方に集中しすぎると頼まれたことが果たせないという板挟みがますます翔一の体力を奪っていく

『コンクリートを剥がして運ぶだけだろうに……』

「その量が半端ないからこうなってんの……」

現在行われているのは魔物娘のために歩道のコンクリートをレンガに変える作業だ。
現在の季節は初夏、このまま放っておけば靴の履けないラミアやスライム種等の魔物娘が火傷を負いかねないとして大急ぎで断熱性のレンガを敷こうというのだ。
更に横幅も広めに取り直さなければいけないので車道も車ひとつ分のみ、今度追加される条例で個人の車と自転車が使えなくなるらしい

「バスが使えるからまだいいけどなぁ……」

『ちゃんとした改装計画ができるまでは本格的な受け入れはできないだろうな……全国となれば早く見積もって10年ほどか?』

「それまで彼女たちが待ってくれてるといいけどな……」

移民の受け入れにも準備はいる、歓迎の有無は置いておいてそれは避けられない問題だ。
それが今までと全く違う生き物だというのならなおさらだ。

生物だけの視点で見ても風土病は大丈夫か? 薬は投与していいのか? 手術の仕方は? 科学以外の要因はどうなるのか? などなど考え始めればキリがない
それ以外にも人権、外交関係、宗教、その他計り知れない何かが複雑に絡み合って最早一人で全てを思考するのは不可能だ。

「魔物娘の――魔法世界だっけ? じゃその辺の問題は侵略して支配して……で力押しでなんとかしてきたんだろ?」

『全てがそうとまではいかないがな、だがここ、科学世界じゃそうはいかない……情報化に伴う社会の複雑さもそうだが、兵器も発達しすぎている、下手を打てば凄惨な戦争だって起こる』

実際に大規模な戦争が起こるとはとても思えないが、少なくとも今無理に魔物娘をこの世界に入れると世界中のあちこちで小競り合いが発生するのは火を見るより明らかだが……

「最初のスライム投下、受け入れを焦った対応といい、向こうもそうは言ってられないっぽいな……」

『そうは言っても君はあくまで一人の探偵に過ぎないだろう、目の前の事に集中していろ』

「……個人の恋愛程度なら、別にいいんだけどさあ」

いかにもなチャラい金髪の男と、彼にそぐわない健康的な美しさを持った魔物娘が談笑している姿を見て、翔一は何も問題がなさそうでホッとする
しかしそのすぐ横で怪しい薬品をもうすぐ配給予定のペットボトルに入れようとする別の魔物娘の姿を見て再びどっと重苦しい気分になる、ただの栄養剤だったらいいのになぁ、なんて思いながら

「あっ! センパイ! ここにいたッスか!」

現実逃避気味な思考を続ける翔一に、下半身が蟻の――ジャイアントアントの女の子こと『ティマリ』が駆け寄ってくる、昆虫の足を駆使して走る気の知れた数日違いの後輩に翔一も暑さで強張っていた顔を綻ばせて手を挙げる

「差し入れッス」

「サンキュー、丁度喉渇いててさ」

ティマリが両手に持っていたスポーツ飲料を受け取り、冷え切ったそれを開封して一気に飲み干す。
口の中に広がる風味がいつも飲んでいるものと違った事に気がついた翔一は首をかしげた。

「やけ塩味がきいてるな……なんか入れた?」

「あ、私たちの汗をチョッピリ入れてるッス!」

ブフゥーー!! と翔一は告げられた衝撃の内容に思わず口の中の水分を思い切り吹き出す。

「何入れてんだ!?」

「最初っからみんなやってたッスよ?」

ジャイアントアントの汗には男性を誘惑するフェロモン――平たく言って媚薬なのである
『男性を意図的に性行為へと強力な誘導を行う禁ずる』と定めたばかりなのに、懸念されていたアウト行為が平然と行われていることに思わず頭を抱える

「まぁ、あくまでちょっと興奮するくらいの作用ですからダイジョーブッス」

「それぐらいなら大丈夫か……? 頼むからそれ絶対誰にも言いふらすなよ……」

魔物娘の恋愛成就に薬が使われたと知れた日には反対派の人間がこぞっていちゃもんをつけに来るだろう、それは避けたい

「ところでセンパイ、アタシに興奮したりしないッスか?」

いたずら気味に訪ねてくるティマリ、きっとドギマギしながら答えるのを期待しているのだろうが、翔一は自分の好意を伝えるのには何ら躊躇いはなかった。

「いや、前々から可愛いと思っていたから正直そんなに変わってない」

「えっ!? ま、マジッスか!?」

「ああ、可愛い後輩だと思ってる」

「……センパイのバカッ!!」

ただ、黙って媚薬を入れられたことには少し驚かされたため、意趣返しの一言を添える
……決して女性としての行為は抱いてないとは言ってない事に彼女が気づくのはいつだろうか

「……ん? あれは……」

「どうかしたッスか?」

ふと目をやった先、さっき談笑していた二人組が建物の裏手に回っていった。
二人の纏う雰囲気から何をするつもりなのかを悟った翔一は呆れたようにため息をついた。

「こんな暑い外でよくやるな……」

「邪魔しちゃ悪いっすね、早く移動し――」

ピタリと、その場を立ち去ろうとしたティマリが青ざめた表情で固まる
何事かと翔一が彼女の視線の先を追うと、二人組の真上にある鉄骨を吊るしているクレーン
なんとワイヤーの一部が錆びていて、今にもちぎれそうになっていたのだ。

「嘘だろ……!? 誰だよ、整備不良のクレーン寄越しやがった奴!」

「言ってる場合じゃないッスよォーーー!? 早くなんとかしないと!」

言うより早く、ティマリは飛び出し、多脚を器用に使って小刻みに素早く移動していく

「あ、ちょっと待て!」

翔一も彼女に釣られるようにして走り出した。
だが人間の脚力しか使っていない翔一ではティマリに追いつけるはずもなく、その差はどんどん広がっていく

「そこの人ォォーー! 上ッ!」

今まさに行為に及ぼうとしていた二人にティマリはあらんばかりの絶叫をあげる
その声に二人はぎょっとして上に目をやるが、もう遅い
ワイヤーはとうとう千切れて一本の鉄骨が二人のもとへ影を落とす

「っ!」

ティマリは表情を強ばらせると、更にスピードを上げ、突進、その突撃力は二人を吹き飛ばすには十分であった。

「ヤバッ……!?」

しかし、ティマリの突撃力はそこまで、鉄骨の落ちる場所に入れ替わる形となり、彼女のすぐ上にまで鉄骨は迫り、今まさにぶつからんとする瞬間――


《TRANSFORM TYPE ANT》


「……あれ?」

目を瞑り、来るであろう衝撃に身を縮こませても何も来ない、不思議に思ってティマリが恐る恐る目を開くと

『ったく、無茶をする』

「あ……」

赤い複眼と視線が合う、視線を横にずらすと両腕を広げて鉄骨を受け止めてくれているようだ。
しかしティマリが何より驚愕し、そして夢中になったのは目の前の存在から放たれている圧倒的な『匂い』であった。
男の精を何倍にも濃くさせたような匂いは知覚したその瞬間にティマリを深く恍惚とした酔いに陥れる

『……おい? ボーッとして大丈夫か?』

「……うえっ!? だ、大丈夫ッス、ありがとうございまス」

危うく本能に任せて動いてしまいそうになったが、頬をペチペチと叩かれて辛うじてなんとかティマリは理性を取り戻し、煩悩を振り払う意味も込めて何度も深く頭を下げた。

『あ、人が集まってきたな……』

彼のつぶやきを聞き、ティマリが周りに意識を向けると、人のざわつきがだんだんこちらへと向かってきていることが分かった。
おそらく先ほどの鉄骨の落下音が聞こえていたのだろう

『じゃあな』

「ち、ちょっと!?」

彼はそれだけを言い残すと。慌てて引きとめようとしたティマリにも構わずにひとっ飛びで物陰まで跳んでしまい、そのまま視界へと消え去る
何が起こったのか訪ねようと駆けつけた人々にも気づかずにティマリは思考を続けて

「今の匂い……センパイ?」

やがて、その正体に思い至った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「やはり一筋縄では行かないか……」

工事現場からやや離れた高台、日陰から望遠鏡を覗き込む修道服の男は魔物娘、そして変身した翔一の姿をハッキリと捉えていた。

「司教様……先程の怪物の正体、例の狂人が遺したものかと」

そこに誰もいなかった空間から突如、複数人の白い鎧に身を包まれた男たちが膝をついた状態で現れる
司教と呼ばれた男はさして驚く様子もなく彼らへ体を向けた。

「そうですか……あのようなものが再び世界に現れるとは、嘆かわしいものです」

悲しげな声音で告げる司教に、騎士達もさめざめと涙を流し、実に深い悲しみに包まれている
だが、ひとしきり泣いた後、一瞬のうちに涙は止まり、表情も微笑を浮かべた。
悲しみから笑顔になるそこまでの過程を丸々と切り取った不気味さがある

「しかしこれも試練、この新たなる世界の、新たなる友となる人のために、必ず奴らを浄化せねばなりません」

「異界の蛮族共に対するそのお心遣い、あなたにお仕えできて誠に光栄でございます」

感極まる騎士たちに司教は手を振って答えると、その場を後にするべく靴を鳴らし、階段を下りていく

「それでは……そろそろ我々も表舞台に立つとしましょう」

完全に陽のあたる場所に出、司教は両腕をあらん限りに開き、青い空を仰ぎ見たあとに、深々と行儀の良いお辞儀をして、どこへともなく告げる

「全ては『主神』の御心のままに」

この世界にはいない、進行する唯一神への信仰を
16/09/24 17:56更新 / BUM
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