読切小説
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一つのエピローグ
「一つのエピローグ」

その日は誰もが、今日も一日良い天気だった。と口々に言い合うような、晴れ渡った空と絶え間なく降り注ぐ日光が印象的な夏の暑い一日だった。
朝昇った太陽が、遠くに見える山の向こう側に沈みかけ、辺りに響く蝉の声と燃え上がる様に真っ赤な夕日が郷愁を掻き立てる夏の何ともない一日。
しかし辺り一面を埋め尽くす魔物娘の大群が、その日をただ平凡な一日から、異常で非日常的な物へと変えていた。
というのも、教団の誇る勇者産出国であるレスカティエ教国を魔界へと堕とした一連の騒動を耳にしたリリムの一人が
「お姉様ずるい!私も私も!」
と自らの近衛隊を招集し出陣した上、付近の魔物娘に教団の城塞都市を襲撃する日時を通達したからである。
 未婚のデュラハンで構成された近衛隊の士気は異常に高く、それにつられた周囲の魔物娘のボルテージが際限なく上がり続けているのが、遥か後方に位置する俺にもはっきりと分かった。

「なあジェイソン、俺この戦いが終わったらお前の店で働こうと思うんだが」

戦闘が始まれば負傷者を治療する拠点となる大型のテントの中で待機中の俺は、俺の横で腕を組みながら遥か彼方にある教団の城塞都市を睨みつけている巨漢の友人に声を掛けた。

「ヒャア!そいつは良いぜ!お前なら大歓迎さ!」

 巨木が歩き出したかのような圧倒的な質量を持つ友人が、見た目通りの大声で返事をした。
 一般的には長身だと言われ、元兵士として体を鍛えていた俺であっても、その声量によって吹き飛んで行ってしまいそうな錯覚を覚えた。

「そうと決まれば、さっさと戦争なんて終わらせて帰ろうぜ!」

そう言いながらジェイソンは頭頂部のみにトサカの様に残された髪の毛を揺らしながら、テント内をのしのしと歩きまわり負傷者を受け入れる準備を始めた。

「ヒャア我慢できねぇ!治療だ!」

俺は若干物騒な響きを持つ彼の独り言を聞きながら、物資を運び、これから溢れ返るであろう互いの軍の負傷者を受け入れる用意を始めた。

―――

 包帯や傷に塗る薬をテント内に運び終えた頃、彼方にある前線から雄叫びと魔法の炸裂する音が聞こえ始めた。
 俺の所属している部隊は、医療や回復魔法の心得のある民間人で構成されており、既婚者の魔物と人間が多数を占めている。
 魔物娘を妻に持つ従軍経験のある医者や、同じく魔物娘の夫である治癒魔法を得意とする者たちが仕官した事もあり、指揮官のリリムの配慮によって前線から離れた場所に待機している。
 なので戦場でありながら身の安全に関しては街を歩いている時と大差がない。
 中には夫婦で仕官している者もいて、友人であるジェイソンもその一人だ。
 彼の妻はユニコーンであるため、これからてんてこ舞になってあちらこちらを走り回るだろう。
 友人夫婦について思いを巡らしていると、ふと自分の妻を思い出し、一人家で不安な思いをさせている事に胸が苦しくなる。
 妻の大きな瞳に見つめられ、後ろ髪を引かれる思いに苦しみながら我が家を後にしてきた事を後悔し、微かに胸が痛んだ。
 しかし同時にリリムが教団の都市を襲撃するという話を聞いた俺が

傷つく人が目の前にいるのに見捨てておけないだろう。

と言って妻を説得したところ、にっこりと笑って俺の想いを受け入れてくれた事も思いだし胸が暖かくなる。
自分なんかには勿体無い、良い女だと常々思う。
正直逆の立場なら縛り付けてでも止めただろうなぁ。

「すまん!治療を頼む!」

 とりとめなく今まであった事を思い出していた俺の前に、テントの入り口の布を押しのけて教団の男兵士を担いだサラマンダ―が現れ治療を要求した。
 サラマンダ―は男を担いだまま前線から走ってきたようで息も絶え絶えだ。

「どちらですか?どの程度の怪我ですか?」

一見無傷のサラマンダ―と、意識を失っている男を見比べる。
恐らく、ぐったりと意識を失っている男の為に大急ぎで来たのだろうと予想は付いたが確認を行う。

「こいつだ。この男だ。」

そう言って担いでいた男を丁寧にベッドに寝かせた。
彼女の眼には焦りの色が浮かび、若干涙声になっているのが分かった。

「どこをどのように攻撃しました?」

 一見した所で流血している個所は見つけられない。
 ぱっと見では分からない怪我なら加害者に聞くのが一番の発見方法だと思いつき彼女に質問する。

「いやそれがさ、無傷で捕まえようと思ったんだけどさ、こいつがあまりにも強かったからさ、こっちも燃えちゃって腹を思いっきり殴りつけちゃってさ…」

そこまで話すと、自分が惚れた相手に意識を失うほどの攻撃を加えた事の罪悪感にやや俯き、尻尾の炎も勢いが衰える。

彼女の話から事態を把握し、ベッドの上に寝転がる男のチェインメイルと服をはぎ取り腹部を観察する。
呼吸の乱れは無く、大きな異常も見当たらなかった。

「特に命に別条は無いみたいですね。念のため打撃の加えられた場所に治癒魔法をかけておきますね」

 それを聞いた彼女の顔がぱっと明るくなり、俺の手を握り上下に振る。

「本当か!?すまんありがとう。ホントにありがとう」

この男に異常が無かった事に安心した様子で感謝の言葉を口にする。
同時に彼女の尻尾の炎が再び勢いを増し、彼女の背丈よりも高く燃え盛っているのが見えた。
 そのままベッド脇の椅子に腰かけ、昏倒している教団兵士の顔を爛々と輝く目で覗き込み

「まだかなぁ。早く起きないかなぁ。あっそうだ一緒に寝ちゃおっかなぁ…」

 などと呟いていた。

 彼女がこの男の事をどれ程気に入っているのか、どれ程熾烈な戦いを繰り広げ、サラマンダ―である彼女の闘志と情欲を燃え上がらせたのか、言葉と行動の端々からありありと滲みだしていた。
 男が魔物娘に対してどのような感情を抱いていようとも、彼女の情熱と能力の前では、それは些細な障害であるだろう。と治療している間に、男が目を覚ました後の行動をシミュレートする。
 治癒魔法の効果が十分に発揮され、後は彼が目を覚ますのを待つのみとなった時、敵味方を問わず負傷者が数を増し始め、テント内の空気が人ごみ特有の喧騒を持ち始めた。

「私にできる事はここまでですね。くれぐれも無理はさせないようにお願いしますね。」

如何に周りに人がいようとも、男が目を覚ますと同時に交わりを始めかねない彼女に向かって釘を刺し、治癒魔法をかけていた男の寝転がるベッドから離れる。

「本当に助かったよ。いずれこの礼は…」

「いえいえ。怪我した人のためにここに居ますので。」

椅子に座っていたサラマンダ―の彼女が立ち上がり俺に対して深々と頭を下げた。
そんな彼女の行動に、自分の能力を過大に評価されたような心苦しさを感じ、一言言い残して次の患者を探し足早に立ち去った。

――――

戦いが始まって一時間も経った頃だろうか。戦場から響く音は鉄のぶつかり合う音と雄叫びを主体とする勇ましいものから、男女の嬌声とリリムの高笑いに変わっていた。
戦いと自分の役目が、終わりに近づきつつある事に安堵し、家で待つ妻との安らかな日々の空想が頭から離れず、妙にそわそわとあちらこちらを歩き回ってしまう。

「ヒャア!リコ!そっちの調子はどうだ?」

 戦いの始まる前に比べ顔には疲労が浮かび、トサカのように立てた髪の毛が若干勢いを失い始めた俺の友人が話しかけてくる。

「まぁ…ぼちぼちだな…」

 俺も治癒魔法を短時間に何度も使った事の疲労によって、全身を倦怠感が包み、一度座り込んでしまえばそのまま崩れ落ちてしまいそうだった。
 早く帰りたい。早く妻を抱きしめたい。
見ず知らずの人を助けるために魔王軍に志願し、一か月もの期間を見知らぬ人の治療という、家を出た当初の目的に費やしてきた事で心は充足感に満ちているはずなのに頭に浮かぶのは、治療してきた相手では無く、妻の顔だ。

「包帯が切れたから…取ってくるわ」

 軽い捻挫や切り傷に関しては、治癒魔法を行使する者の疲労を考え、包帯や薬草による治療がおこなわれる。
 戦闘が終息に向かっているのは明らかであったが、落馬や不慮の事故による怪我人が何時運び込まれるかは分からない。
 戦場で不慮の事故の心配をするのは、何とも滑稽なことだと思うが彼女らの戦いにおいて、人間が命を失うという事はそれほどまでに珍しい事なのだ。
 疲れた体を無理やりに動かし、医療品の集積されているテントに入り包帯を探す。
 ただ荷物を集め、雨風から守る為だけに設営されたテントの内部は、今が夕暮れだという事を差し引いても
薄暗く、松明を使おうかと迷うほどだ。
 積まれた木箱や袋に足をひっかけないように気をつけながら、数歩テントの奥に向かって歩むと、何やら人が屈みこみ懐で何かいじり回しているのが見えた。
 その格好は俺と同じ魔王軍から支給された衛生兵用の物であり、前線から帰ってきた兵士が迷い込んだのだろう。

「どうなさいましたか?どこか具合が悪いのですか?」

俺と同じ服を着た男が俺の声を聞きビクリと身を震わす。
 よほど俺の声に驚いたのか。
 新兵が初めての実戦で、命のやり取りを間近で見た緊張から心を病み、精神が過敏な反応を起こす事は兵士の間では、よくある話として伝えられている。
 目の前のこの男もそう言った者の一人なのか。であるならば早急にそれなりの措置を施さなければ。
 衛生兵としての使命感と責任感に火が灯り目の前の哀れな男を助けようと歩み寄る。

「今戻ったのですか?でしたらあちらのテントで休みましょう。」

一向に彼はこちらを振り向こうとせず、こちらから見ると彼の体によって影になって見えない何かをいじっている。
 俺と彼の距離が、俺の歩幅で残り五歩ほどになった時、彼が手を止め左肩越しにこちらを見た。
 薄闇の中に色素の薄い青色の目が浮かび、ありったけの憎悪をこちらに投射する。
俺が何者なのか、敵か味方かを観察しているようだった。
 つま先から頭の頂点までをじろりと舐めるように見回すと再び視線を彼の懐に戻した。

 これはまずいな。重傷かな。
 彼の行動からどれ程彼の心が痛んでいるのかを予想し、彼の肩に手をかけた。

「こんな暗い所にいたら治るものも治りませんから。ね?」

俺は彼を刺激しないように、なるだけ優しい笑みを浮かべ彼が立ち上がる様に促す。
彼がその手を取り握り返したのを感じた。

「いやぁ良かった。早く…」

 最後まで言い切るより早く俺の手が前方に力いっぱい引かれる。
 突然の出来事に事態を把握できないでいる内に背中に鈍い痛みが走る。
 いつの間にかに自分が仰向けに寝転がり、彼に背後から接近していたはずが、頭上にいる彼を見上げる体制になっている事に気づく。

「主神に背くものに死を!」

そう叫ぶと隠し持ったダガーを抜き俺に飛びかかってくる。
心を病んだ新兵だと思っていた彼は、どうやら教団の工作員だったらしい。
良く考えたらそうだよなぁ。衛生兵だったら前線行かないからそんなトラウマ持たないよなぁ。
初対面の相手にいきなり命を狙われるという異常事態に陥り、緊張が走る。
掌がじっとりと汗ばむのを感じ、足が震える。
先ほどまでの治癒魔法の行使によってくたびれた体が、一気に興奮状態になり一時的に疲れを忘れさせる。
体を反転させうつぶせの状態になってから、一気に起き上がると、腰の左側に佩いている妻手製のショートソードを抜く。

衛生兵だから武器なんて使わない。

そう言い張った俺に、妻が無理やりに持たせたこの剣を抜く事になるとは思っていなかった。
右手に握ったダガーを逆手に構えた教団の工作員が、俺の首を狙い一気に自らの得物を振りぬく。
相手に先手を取られ、戦いの主導権を相手が握っている事は明らかである。
ならばこちらの体勢が整うまで相手の攻撃を受け、隙を見つけなければ。
そう考えた俺は、剣を抜き去った勢いを乗せたまま、相手の攻撃の軌道に自分の剣を乗せ打ち合わせる。
金属同士の打ち合わされる音が響き、互いの刃が動きを止める。
真正面から打ち合った場合、武器の重さは互いの優劣を決める重要な要素だ。
兵士に支給される鋼鉄製のロングソードに比べれば軽いものの、明らかに相手のダガーより重いはずのショートソードが、打ち合わされた位置から全く動かない。

まずいな。こいつすごいな。

一時は相手と同じ教団の兵士として、戦士の訓練を受けてきた自分の技量と比較すると、相手の非凡さがはっきりと分かった。

長引けば不利なのは明らかだ。ならば…

己の技術と体力を考慮し、最善の戦い方をひねり出す。
戦う事が本職で無い俺にとって、できる事はただ一つ。

相手の隙を突き、一気に倒すという当初の計画では勝ち目が薄い事を確信し、猛攻を仕掛ける。
両手に握りしめたショートソードを頭上に振り上げ相手に何度も振り下ろす。
 相手は、突然攻撃に転じた俺が大きな隙を見せるのを待ち、防御に専念し始めた。
 そしてそのまま相手の背後に回る様に少しずつ動き始める。

 まともにやったって勝てないしなぁ。隙を見て逃げるしかないよなぁ。

 相手の背後にあるテントの入り口に近付くためにじりじりと動く。
 その動きを察知したのか再び相手が攻撃を始める。
 相手のダガーが舞うように左右から俺に迫る。
 何とか数度の攻撃を防いだ。しかし疲れと経験の差によって僅かな隙が生じるのは時間の問題だった。
 今一度戦いの主導権を取り戻そうと、再び剣を振り上げる。
 相手はそれを待っていたようで、逆手に握ったダガーを順手に持ち替え、一気にこちらの胸に刺突する。

 まずい

 自らの過ちを相手から放たれる殺気によって確信し、振り上げた剣を力任せに振り下ろす。
 バキリと表現したら良いのかビシリと表現したら良いのか。
 少なくとも俺には聞いた事の無い音が響いた。
 相手の顔が、ありえない事を目撃した驚愕に固まる。
 相手が突きだしたダガーは俺の体を貫く事無く、その刀身を半ばから失い、俺の剣のつばによって動きを止められていた。

 切れたよ

 俺の体じゃなく相手の武器が切れた。
 このチャンスを逃すわけにはいかない。

「興参しろ!流石に素手では戦えまい!」

相手に剣を突き付け、なるだけ強い口調を作って怒鳴りつける。
それを聞き諦めたのか、刀身の縮んだダガーを地面に落とす。
相手が素直に自分の提案を聞き入れてくれた事に安堵し、さらに詰めよる。

「悪いが拘束させてもらうぞ!」

そう言って剣を突き付けたまま相手の右腕を掴む。
俺は相手の心が読める訳ではないが、この時、相手の瞳に再び闘志が灯り、反撃の一手を企んでいる事がはっきり分かった。
分かっていても、既に相手の間合いに入り込んでしまっては何もできない。
左手に隠し持っていたもう一本のダガーがあっという間に右腕に迫る。
とっさの事にまっすぐ伸ばしていた腕を引くが、刃が体を傷つけた。
突然の痛みに右手に握っていた剣を落としてしまう。

「くそっ!」

痛みとあっという間に優位を覆された事に悪態をつく。

薄明かりに教団の工作員の瞳と鋼鉄のダガーの刀身が冷たく光った。

――――

 寝ている間にしとしとと雨が降り出し、空を厚く覆う灰色の雲が私の重く沈んだ気持ちに水分を含ませ、より深くに沈みこませているように思えた。
 ダブルベッドでの独り寝が、こんなにも心に寂寥感を生むものだと以前の私は想像もした事が無かった。
 眠りにつく時も、目を覚ます時も思いだすのは、本来一緒に寝ているはずの、性格に反し目付きの悪い亭主の顔。
 魔王の娘が大きな戦いを起こすと聞き、見ず知らずの相手のために衛生兵として戦地に赴いた、私の愛する旦那様。
 思い起こせば彼と出会ったのも大きな戦いの後だったなぁ。
 レスカティエ教国近くの教会で、その教会専属の兵士として修業中だった彼の訓練所が魔物に襲撃され、逃げ回っている時に私と出会った。
 元教団の兵士であったのにも関わらず、魔物である私の姿に嫌悪感も恐れも持たずに真直ぐ私を見つめ、剣を打ってくれるか尋ねた。
 その時と未だ変わらぬ視線は、私の頬を紅潮させ、胸を高鳴らせる。
 魔界からこちらに来てからというもの、魔物の少ない地域では、私の一つ目と肌の色は好奇の視線を集める事が多く、少なからず居心地の悪い思いをしてきた。
 私たちサイクロプスは、自らの生い立ちから、皆多かれ少なかれこの一つ目に劣等感を感じている。
 事実私もそうであったし、この姿を見てどう思うのか聞いた事もあった。
 そんな私に彼は

「俺は目が二つ付いてるけど気持ち悪いと思わないかい?思わないなら…まぁ…何ともないって事なんじゃないかな」

と、これまたまっすぐ私を見つめて言ったもんだ。
 今まで男っ気の無い生活を送ってきた私に対し、この一言は、レイピアにソードブレイカ―というか、プレートアーマーに鎧通しというか。
 要するに一撃だったわけだ。
 それからの展開はあっという間だった。
 気付けばお互いが離れている時間よりも一緒にいる時間の方が長く、彼無しの生活は考えられなくなっていた。
 そして結婚し、今に至る。
 彼にしてみれば何の気なしに口から出た言葉だったのかもしれないが、思わず言った言葉だからこそ、彼の心の内が漏れ出した様で私の心に響いた。
 
 彼の事を考えてる内に、いつの間にか出会った時の事を思い出すまで彼との思い出を遡っていた。
 彼の事を思わない日は無いが、これ程までに彼との思い出について深く思い起こした事は無かったなぁ。
 と思いながらベッドから身を起こし、顔を洗うために洗面所に向かう。
 井戸から水を汲み上げるためガチャガチャとレバーを水が出てくるまで上下に動かす。
 汲んだ水を桶に張り、手ですくい上げザバリと顔にかける。
 雨と気温のせいでいつも以上にぬるく感じる空気と対照的に、ひやりと冷たい水を顔全体に浴び、心が引き締まったように感じた。
 脇にかけてあったタオルで顔を拭きながら鏡を見る。
 青みがかった肌と、長く伸ばした紫の髪。そして旦那が綺麗だと褒め千切る大きな紫の瞳。
 口は横一文字に結ばれ、何の感情も読み取れない。
 見なれた自分の顔である。
 髪を後ろで一つにまとめ、使い終わったタオルを洗濯かごの中に入れ、キッチンのテーブルにつく。
 自分ひとりしか食べないのだからとパンにジャムを塗っただけの簡素な朝食を済ました。
 そして、着慣れた仕事着に着替え、家屋内に設けられた工場に向かい、炉に火を灯す。
 埃っぽく、鉄粉が舞う工場には、近所の家から預かった包丁や農具がずらりと並び、刃物の見本市の様だ。
 鉄を鍛えるための炉に火をともし、炉の中が十分な温度になるまで、ふいごで空気を送りながらぼんやりと火を見つめ、物思いにふける。
 
旦那に心配をかけまいと笑顔で送り出したつもりだったがきちんと笑顔になっていたのか。
 もしかしたら怪我をして帰ってくるのではないか。
 こんなに帰ってくるのが遅いという事はもしかして…
 
 想像が良からぬ方向に走り始めたのに気付き、はっと我に返ると炉の中の炎はこれ以上ないほどの勢いとなり、その熱で顔がちりちりと暑く感じた。
 ご近所さんから注文されている薪割り用の斧を完成させるため、前日に仕入れた鉄のインゴットをはしで掴み炉の中に送り込む。
 雨と炉の熱で部屋の中は蒸し暑く、鉄に熱が通るのを待っているだけで髪から滴るほどの汗が噴き出るのを感じた。
 やがて熱によって鉄のインゴットが夕日のように赤く輝く様になる。
 私はさっと炉の中から赤熱した鉄を取り出すと、金床にはしで押さえつけ右手に握りしめた金槌を振り下ろす。
 鉄と鉄のぶつかる小気味いい音が響く度にインゴットから火花が散り、厚さを失い、延びてゆく。
 数度たたくと冷め始め、それを再び炉の中に戻す。
 先ほどの赤熱した状態に戻ると、延びたインゴットを二つに折りたたみ同じように金槌で叩く。
 単純な作業の連続であるが、柔軟な刃物を作る為に欠かせない行為であるため手を抜くわけにはいかない。
 何より作業に没頭し余計な不安など感じずに済む。
 雨が降り続く薄暗い外とは対照的に、炉から放たれる赤々とした光に照らされている鍛冶場から鉄を叩く音が響き続けた。

――――

 雨は日が暮れても振り続け、太陽は顔を出す隙を与えられないまま地平の向こうに沈んでいった。
 
 今日も帰ってこなかった。

 朝から続く陰鬱な気分が晴れる事は無く、独り夕食を摂り、やたら広く見えるベッドに身を横たえる。
 布団のひんやりとした感触が孤独感を増幅させ、自然と視界が歪んで行く。

「リコ…帰って来てよ…会いたいよ…」

うつぶせに寝たまま枕を胸に抱きしめ呟く。
 瞳に溜まった涙が一筋はらりと枕に落ちる。
 堰を切ったように涙があふれ出し、涙が幾筋もの流れとなって枕を濡らす。
 雨が屋根を叩く音と彼女の嗚咽が室内に満ちた。

 唐突に、ぎぃ、と木の軋む音が聞こえた。
 普段私が戸を開く時の様な勢いでは無く、扉があいている事を確かめるような、中の様子を窺うような静かさを孕んだ音だった。

こんな夜更けに誰が来たのか。

 弱った心がマイナスの方向に向かって全力で動き始める。

 まさか泥棒?

 あまりの人の気配の無さから、留守だとでも勘違いしたのか。
 それとも夫がいない事を知っていて力づくで金目の物を奪おうとする強盗か。
 前者なら私がいる事を知れば逃げ出すかもしれない。
 問題は後者だ。
 いくら魔物だからといっても今の私は、人間の女性と大差の無い体格だ。
 万が一もみ合いになったら勝てるかどうか…
 最悪の事態を想定し、以前夫の使っていた短剣をクローゼットから取り出し鞘に収めたまま身に帯びる。

 抜かなくても脅しにはなるはず。
 リコ…私に力を貸して…

 愛する夫の短剣を両手で握りしめ、寝室の扉の前まで歩み寄り聞き耳を立てる。
 侵入者は、どうやら隣の居間まで来たようだ。
 意を決して寝室の扉を僅かに開き居間の様子を覗き込む。
 見慣れた風景は夜の闇によって黒く塗りつぶされ、その中に人影が浮かぶ。

一人…男?

 暗闇の中を歩き回る長身の人影。
 腰には鞘に収まったショートソードが見えた。

 強盗だ…

 想定していた内で最悪の事態である、武装した強盗。
 恐怖で体が強張る。

 きっと勝ち目なんか無い。こんな暗い夜に明かりも点けずに他人の家の中を歩き回れるなんて、手練の強盗に違いない。
 逃げようか…でも…

 結婚を期に新しく建てたこの家。
 彼と二人で選んだ調度品。
 何より彼との思い出が詰まっている。
 彼が帰って来た時にこの家が荒らされていたらきっと悲しむだろう。

 後ろから驚かせば…

 愛する夫の事を思うほど自分が何とかしなければという思いは強くなり、微かな希望に己の命運を賭け、握りしめた短剣に力が籠る。

扉に背を向けたら行こう。

 確実に先手を取る為に背後からの奇襲かける。
 いくらなんでも後ろからなら勝てるだろう。
 そう自分に言い聞かせタイミングを計る。

 やがて人影は背負っていた大きなかばんを床に置き、寝室の反対側にある浴室の方に向かう。

 今だ

 なるだけ音をたてないように扉を開き、数歩前に出る。

「動かないで…妙な事をしたら…刺すわ…」

 恐怖によって声は震え、膝も笑っている。
 手に握られた短剣もカタカタと音を立てている。
 種族柄、刃物を扱う事は多かったが実際に使うとなると別だ。

 私の声に反応し、ビクリと人影が動く。
 ぐるりと私の方に向きを変え、両手をあげた。

「動かないでって…」「イーファ、俺だよ」

 思わず耳を疑う。
 待ち望んでいた声。何時も近くで感じていた気配。
 なんで気付けなかったんだろう。
 目頭が熱くなるのを感じる。
 突然の出来事に唇が震える。

「心配かけてごめんね。今帰って来たよ。ただいま、イーファ」

 すぐ近くに置いてあったロウソクに灯をともす。
 炎のぼんやりとした明かりで、侵入者の顔が照らされる。
 その性格に反して凶悪な印象を与える三白眼気味の目と、スッと延びた鼻。
涼しげに笑みを浮かべる口からは私を気遣う言葉が続く。

「起こしちゃってごめんね。ご飯はちゃんと食べてる?少し痩せたんじゃない?」

「ふぇ…リコ…おか…えり…」

 短剣を床に落とし、そのまま彼の胸に飛び込む。
 彼の背に手を回し力いっぱい抱きしめる。

「グスッ…寂しかった…ひっく…帰ってこないかと思った…」

 彼の胸の中でしゃくりあげながら胸の内を明かす。
 頭一つ分上から私に向かって彼は答えた。

「ごめんねイーファ。俺も寂しかったよ。ずっと君の事を考えてたよ」

「ひっく…ホントに?」

「あぁ。魔王様に誓って」

「もうどこにも行かない?」

「ずっと一緒だよ」

「愛してる…」

「俺も」

 彼の顔が近づいてくる。
 私は目をつむり彼の唇がやってくるのを待つ。
 そっと唇同士が触れ合った。
 間近に感じる彼の匂いと精に頭がくらくらする。
 触れ合うだけのキスを数度繰り返しただけでも私は、子宮が疼くのを感じた。
 足りない。
 幾度目か、彼の唇が私に触れた時に、彼の頭に手を添え深く舌を挿しこんだ。
 ただ触れ合うだけのキスでは感じられない彼の味と、より深く繋がっているという充足感。
 最初は彼の咥内を貪るように自由に動き回っていたが、やがて彼の舌が巧みに動き回り私の舌を舐り、こちらの咥内を犯し始める。
 幾度かの唾液の交換によって、それはもはやどちらの物かわからなかったが、飲み下すと彼の精の味が私をより昂らせた。
 まだ足りない。
一カ月もの間、彼の精を摂取していなかった事であっという間に欲望に火が付き、鉄を鍛える炉の中のようにメラメラと高い温度で静かに燃えているのを感じる。
 彼と密着している事で彼の性器がだんだんと硬度を持ち、膨張していく様子がはっきりと分かった。
 思わず口から笑みが漏れ、彼の瞳を覗き込む。
 若干の恥ずかしさと、欲望を開放する事への期待感の交じった瞳に見つめ返され胸が高鳴る。

 そっとズボンの淵に手を這わせ、這い寄る様にその中に右手を侵入させる。

 熱い…

 実に一カ月ぶりに触れた彼のペニスは、以前と変わらず固く反り返り、その存在を主張していた。
 掌を裏側に添え、撫であげると彼は呻き声を上げ、身を震わせた。
 その様子が愛おしくて彼に咥内を蹂躙されながら彼のペニスを刺激し続ける。
 やがて亀頭が先走りによってぬるぬると潤み始めると、それに耐えかねたのか彼の方から唇を離す。
 唾液が糸を引き服を汚す。

「はぁ…はぁ…このまましても良いけど…風呂に入っても良いかい?」

「ン…じゃあ…私も…」

 彼はにっこりと笑って、私の両膝の裏と脇に手を通し抱き上げる。
 俗に言うお姫様だっこの状態になり浴室に向かう。
 とてもじゃないが恥ずかしくて人に見せられない格好だが、今だけはとても幸せだ。

浴室の前まで来ると互いに服を脱がせ合う。
 私が彼のシャツのボタンを一つ一つ外し脱がせている間、彼は私の首筋に顔を埋めさながら吸血鬼のように口付けを降らせた。

「ふっ…くすぐったい…」

 気持ち良い様な、くすぐったい様な妙な感覚に笑いがこぼれる。
 彼は私を抱き上げた時と同じ笑みを浮かべ

「良い匂い。離れるの勿体無い」

「服…脱がせられない」

「ん…なら仕方ない」

 さっと身を離し自分でカッターシャツとその下に身に着けていた薄手のカットソーを脱がせる。
 その際に彼の右腕に見覚えの無い傷跡が増えている事に気がつく。

「何…それ…」

右腕を指差し、指摘すると彼は悪戯がばれた子供のような顔を浮かべる。

「いや…ちょっと…」

「戦ったの?」

私の問いに、彼はばつが悪そうに答える。

「まぁ…ちょっと」

 はぐらかそうという魂胆が見え見えだ。

「ちゃんと帰って来てくれたから…良い…でも…」

彼に詰め寄り彼の胸に両手を添え、見上げる。

「もう私を一人にしないで」

 私の知らないところで命のやり取りをしていたのだろう。
 そう考えると再び涙がこみ上げ目頭が熱くなる。
 両手から彼の心音が伝わってくる。
 ドクンドクンとその感覚がだんだんと短くなっていく。
 彼の胸にくっついた私を彼は抱きしめた。

「黙っていてごめんね。もうどこにも行かないから。」

先ほども同じようなやり取りをしたが、私の不安を無くすために彼は優しく抱きしめてくれた。

「ん…信じてるから」

私は彼を見つめ、続ける。

「とりあえず…お風呂…入ろ?」

「うん」

 再び彼を脱がし始める。
 ズボンのベルトを外し、下着ごと一気に引き下ろす。
 固く屹立したペニスが露わになる。
 見なれているはずなのに思わず生唾を飲み込んでしまう。
 それが私の中を押し広げ、快楽に狂わせる様を思い出し胸が高鳴る。

あぁ早く彼の全てがほしい

 どうやって貫かれようか。どうやって吐き出させようか。
 頭の中はそれ一色だ。

「その…イーファも脱いでくれないかな?」

恥ずかしげに彼は言う
ゴメンと短く謝り彼の前で両手を広げる。

「脱がせて」

「かしこまりましたお嬢様」

 彼はおどけながら私のナイトガウンのひもを解き、肌蹴させる。
 その下にはパンツしか身に着けていないため胸が露わになる。

「綺麗だよ」

そう言いながら彼は私に口付ける。
その左手で胸をもみしだき、右手でクロッチの上から陰部を刺激する。

「ンっ…いきなりは…卑怯」

 彼に負けじと私も相手の咥内を貪りながら、張りつめたペニスを右手で扱く。
 先ほどまでの刺激の余韻が残っていたのか、すぐに先走りが溢れ、あっという間に手がぬるぬるになる。

「風邪ひいちゃう…」

ふと彼の体が心配になりとりあえず入浴する事を促す。
 だんだんと濃くなっていく彼の精の匂いで、私の理性は崩壊寸前だ。
 彼は短く了承の意を表すと私のパンツを脱がせ再び私を抱き上げる。
 私が入浴した際に暖められた湯は未だ湯気を放っていた。
 床に下ろされた私は、風呂桶からザバリとお湯をくみ上げスポンジで石鹸を泡立てる。

「洗って上げる…座ってて…」

「お願いするよ」

彼が椅子に腰かけ私に背を向けた。
スポンジで石鹸が十分に泡立ったのを確認すると泡を手に取り、私の体に塗りたくる。
そしてそのまま彼の背中に体をこすりつける。

「えっ…えっ…」

想定外の感触に焦る彼を見て達成感が胸に満ちる。
全身を泡まみれにした私はそのまま腕をまわし彼の腹や胸も擦る。
私の乳首が彼の背中に触れる度に快感が走る。
彼は無抵抗のまま、私の愛撫を受け続けた。
生じる快楽は繋がった時に比べ僅かなものだったが、その非日常的な光景がひどく淫猥な雰囲気を作り出した。
上半身をあらかた泡まみれにすると、下半身を洗うために彼の正面に回る。
片足ずつ手に取り丁寧に洗ってゆく。
その際目に入る彼のペニスが私を誘っているようで、むしゃぶりつきそうになるのをこらえるのが大変だった。

「なぁ…その…そこも洗うのか?」

 彼が不安げに私に聞く。
 残るのは彼の股間のみだ。

「もちろん…」

 にやりと笑みを浮かべたまま彼のペニスに手を添える。
 右手で竿を握り、左手で陰嚢を包み込むように持ち上げる。
 最大限に屹立したそれを扱き上げるようにして洗うと彼は快楽に身をよじり息を荒くした。
 左手の責めも休まず続け、右手が竿を扱く間中、やわやわともみ続ける。

「くぅ…イーファ」

彼が与えられる快楽に呻き声を上げるが射精はさせない。
あくまで洗浄しているだけであり、緩やかな快感を断続的に与え続ける。

「出したいなら…どうぞ…」

 私はにっこりと笑い彼に告げる。
 もちろん最大限の手加減をしているため射精には至らない。
 良いだけ責め続け、彼の余裕が無くなってきた頃を見計らい

「じゃあ流すから」

とお湯を掬い彼にかける。
 彼は息も絶え絶えのまま汚れを落とされる。
 
「じゃあ…頭洗うね」

普通どおりに彼の後ろから頭をごしごしと洗う。
ただし偶に胸を押し付けたり、耳を甘噛みしたりと悪戯程度の事は行った。
頭を洗っている間中、固くなりっぱなしだったペニスを見て愛液が溢れてくる。

「流すよ」

お互いの息使いだけが響く浴室に水の流れる音が加わる。

もう…良いよね?

「良く…我慢できました…ご褒美…」

 荒い息をつきながら私に一切手を出してこなかった彼の前面に回り、足の間で膝立ちになる。
 正直我慢できずに襲って来てくれるなら、それはそれで良かったのだが、ここまで健気に我慢されたのでは何もせずに終わるわけにはいかないだろう。
 彼のペニスははち切れんばかりに膨れ上がり、脈動に合わせ震えていた。

「こんなに我慢して…苦しかったよね…」

 亀頭に口付けし、数度にわたり根元から舐める。
 それだけで彼は呻き声を上げた。
 その様子が可愛らしくて、責めを続ける。
 口を大きく広げ一気に喉奥まで彼のペニスを突き入れる。
 若干息苦しさはあるものの、彼を全て受け入れた喜びに比べ些細なことだ。
 喉を締め、ペニスを刺激すると今にも射精しそうなほど膨張しだす。
 すぐに出させてはもったいないと喉に力を込めていたのを緩め、前後のストロークで緩やかな快感を与え続ける事にした。
 本気で動いたのではすぐに果ててしまうのは目に見えていたため、ナメクジが這うようにゆっくりゆっくりとしゃぶる。
 それでも与えられ続けた快感によって射精感の高まりは避けられず、限界が近づく。

「イーファ…もう…駄目…出させて…」

 彼が音をあげたのを確認し上目遣いに微笑む。
 動く内に顔に当たるようになった髪をかき上げ、射精させるための激しい動きを開始する。
 口を窄め、強く吸引しながら、激しく頭を振る。
 彼の弱点を重点的に責めながらも続けられる激しい動きは、彼から精を搾り取るのに特化した私にしかできないだろう。

 だからずっとそばにいて。あなたのためなら何だってするから。もうさみしい思いはしたくない。

一カ月もの間、彼と離れ一人で過ごした事が彼女の責めをより献身的で執拗な物に変えていたが本人に自覚は無いだろう。
本来風呂場で聞こえるはずの無い類の水音が響き、男女の呻き声がそれに続く。

我慢しないで。一杯出して。
 私の訴えは彼にどれだけ届いているのだろうか。

「うっ…あぁ…」

私が喉の奥まで突き込むと、ペニスが一段と膨れ上がり一気に精を吐き出す。
まるで心臓が血液を送り出すように、脈動する度に彼の精液が注ぎ込まれる。
恐らく一カ月の間、自分を慰める事は無かったのだろう。
未だかつてない濃さと量が喉奥に放たれ、飲み込み切れず口を離してしまう。
第一波の勢いをそのままに射精は続き、顔中精液まみれになる。
咥内には彼の精液の味。
顔中に彼の精液をかけられ、もうその匂いしかしない。
 それだけで絶頂するところだった。
 膣が早く彼を咥えこみたくて収縮を繰り返す。
 
あぁまだ足りない。

「うわっ。ゴメン。大丈夫かい?」

 放心状態の私から自ら放った精液を手でぬぐい、私を気遣う。
 私が我慢させ、射精させたのに気遣ってくれたのが嬉しくて堪らない。
 彼の手についた精液がもったいなく感じ彼の手を取り、口に運ぶ。

 「ん…チュッ…」

彼の手をしゃぶり、精液を舐め取る。
私の一つしかない瞳には彼しか映って無い。
あなたを映すためだけの瞳。
そう考えると自分の一つ目がとても誇らしく思えた。

彼の手に付いた精液を舐め終えると顔中に付いた物も舐めとる。
その光景を見ていた彼のペニスは再び硬度を取り戻していた。
そうでなくては。

「一緒に…入ろ?」

私は立ち上がり、彼の手を引いて湯船に招く。
 そして彼に先に入る様に促し、私は彼が湯船の中に収まったのを見計らい後から入る。
 湯船は彼が座って足を延ばすとちょうどよい広さで、私が彼に跨っても余裕のある幅を持っている。

 この湯船を作った人は天才だなぁ。

 湯船に踏み入り、彼を跨ぎ、仁王立ちのまま向かい合わせになる。
 そのまま彼の両肩に手を添え、腰をおろして行く。
 ある程度腰を下ろしたところで左手で彼の陰茎を握り位置を合わせる。

「もう…我慢…できない…」

浴槽の中でそのままつながるため彼の了承を取る。
彼と体をこすり合わせ、精液を舐めただけで準備万端だった。

「うん。おいで。」

 彼が私の顔に手を添え口付ける。
 舌を入れた訳でも、長い時間口付けていた訳では無かったが、不思議と心が満たされるキスだった。

 水面より上で止まったままだったが、再び腰を下ろし始める。
 一度出したにも関わらず、出す前と変わらない固さで私を待ち構えている。
 暖かなお湯の中で彼の陰茎と私の入り口が触れ合う。
 お湯とは違う温度を持ったそれは、入り口を押し広げ私の中に収まってゆく。
 膣のヒダと彼の亀頭が擦りあわされると目の前がちかちかと明滅するほどの快感が走る。
 彼専用に形を変えた膣がぴたりと彼のペニスに合わさる。
 彼専用の形という事は、彼も私専用であるという事と同じだ。
 私の膣内の性感帯が余すことなく刺激され、最奥に到達するまでに何度逝くかと思ったか…

「あ…これ…すごい…」

彼のペニスを全て膣内に収め、一度止まる。
 
「クッ…吸いついてるみたいだ…」

 私の中が彼で満たされている事に安心感に近い物を感じる。
 ゆらりゆらりと私の中で欲望が燃え上がり、腰を前後に動かす。
 最初は穏やかに、彼の表情を見ながら動く。
 一度出したことで余裕を持ったのか、笑みを浮かべながら私の髪を撫でている。
 彼が私を撫でる手に左手を添え、右手は彼の肩に。
 だんだん腰を振る速度を上げていく。

「んっ…んっ…あはぁ…」

 吐息が漏れた様なあえぎ声を上げながら腰を振り続ける。
 浴槽の水面に波が立ちザバザバと音を立てる。
 彼の手は私の髪から胸へと移り、下から持ち上げるように胸を弄んでいる。
 全体を包み込む様に揉み、時に乳首を指の間に挟んだりと緩急のある責め方をしてきた。
 急に胸から与えられる刺激にあえぎ声を大きくする。
 何とも一方的に責められている気がし始め、彼の首の後ろに両手を回し、彼と密着する。
 これなら胸をいじられる事も無い。
 腰の動きも前後の動きから、上下の動きに変化させる。
 彼の胸板で私の胸がつぶれ、固く芯を持った乳首を互いに擦り合わせる。

「あっ…あっ…あっ…擦れて…すごい…」

最初は私が主導権を握っていた上下の動きもいつの間にかに彼の動きに翻弄されていた。
私の動きでは短い間隔で子宮口を突いていたが、彼のストロークはペニスを入り口近くまで引き抜き、それから一気に行き止まりまで突き入れる粘膜の全体を擦り合わせるものだ。

「ひぃ…んぁ…あぁ…駄目…そんな…壊れちゃう…」

 魔物娘が交わりの中で体を傷つけた事など聞いたことは無い。
 しかしそれでも、あまりにも暴力的な快感を続けざまに与えられ、脳の処理速度が追い付いていない様に感じられる。
 ついに私は彼にしがみ付くしか出来なくなっていた。
 彼に胸を押し付けながらも背筋を反り返らせ、快感に酔ってうつろに天井を見つめていた。
 だらしなく開け放たれた口からは最早絶叫に近いあえぎ声と、よだれが滴り落ちるのみで意味のある言葉は出てこない。

「あっ…!もう…!すご…い!駄目…もう…」

 それでも彼の注挿の勢いは衰えず、むしろ激しさを増した。
 私の膣は彼のペニスが出ていく事を許さないかのように、彼が腰を引いた時に収縮する。
 それが彼の亀頭に引っかかり更なる快楽を呼び起こす。
 さらにそのあとすぐに突きいれられる際にはきつく締った膣を押し広げる際にヒダを押し広げるため、腰を引いた時とは異なる快感を生み、休まる事無い快楽の波が私を乱れさせる。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

もう声すら出ないほどの快楽に身をゆだねながら、愛しい彼が私の事を思い乱れているのを見て心が満たされるのを感じた。
 子宮が下りてきて彼の射精を受け止めようとしているのが分かる。

「ねぇ…はぁ…リコ…私もう…駄目…」

 私の子宮口から膣の入り口に至るまで、激しい注挿によって犯されつくし、すぐにでも逝きそうである事を彼に伝える。
 彼はこっくりとうなずき私の腰を両手でしっかりと押さえつける。
 そして再び激しくピストン運動を始める。
 腰を拘束された事で逃げ場をなくした私の体を容赦なく突き、ラストスパートをかける。
 性器同士の全体をこすり合わせる間隔の長いピストン運動から、徐々に子宮口付近を責める小刻みな運動に変わってゆく。

「あっ!あっ!あっ!リコ!来て!全部!リコの全部を頂戴!」

「イーファ!くっ!出すぞ!」

こつんこつんと子宮口を突く動きが繰り返され、子宮口をこじ開けるように最後のひと突きが繰り出される。
 
「うっ!あぁ!」

 私の中で彼のペニスが脈動し、長い時間をかけ、私の中に精液を放っているのを感じる。
 彼の精の味を生殖器で直接味わい、与えられた快楽の量に思考が停止する。
 あえぎ声すらまともに出せず、長距離を全力疾走した時のように激しい吐息だけが口から出る。
 彼も射精を終えて息も絶え絶えな状態で浴槽の縁にもたれかかる。

足りない。まだ足りない。もっと。もっと。

 本能が精の補給が十分でない事を告げる。
 私を襲っていた激しい快感が去ると、彼に口付けし

「ねぇ…早くベッドに行きましょ…?」

 と、続きをねだる。

「かしこまりましたよお嬢様」

 再びおどけた調子で彼は私に言う。
 彼を私の中から抜くと、案の定すごい量の精液が溢れた。
 床を汚さないように彼がまた抱き上げてベッドまで運んでくれた。
 彼のお姫様だっこが癖になりそう。

 ベッドの上まで運ばれ、寝かされた私は彼に向けて尻を突き出し

「今度は…後ろから…頂戴…」

今までやった事の無い誘い方をしてみる。
彼が顔を真っ赤にしながら股間の物を再び膨らませていた。
そしてそのままベッドに膝立ちになり、ペニスの位置を私の女性器合わせ一気に押し込む。
再び一気に子宮口までを貫かれ背筋に激しい快感が走る。
騎乗位や座位ではなかなか感じる事の出来ない被征服感が私を襲う。
彼は私に覆いかぶさったまま耳元で囁く。

「愛してるよ」

 そのまま顎に手を添えられ、背面の彼とキスをする。
 通常のキスと違い、深くまで触れ合うことはできないが、舌を絡ませ合う様子がはっきりと分かるため余計に卑猥だった。
 その間も彼はリズミカルに私を突き続け、絶え間なく快感をもたらした。
 一気に深くまで突き込んだ後に、数度子宮口を叩き、再び抜ける寸前まで腰を引く。
 稀に深い注挿を連続で行う事もあり、全く予測のできない責めに私はあっという間にとろけてしまった。
 最初は腕を伸ばし上半身を起こしていたものの、激しい快感に襲われ体制を維持できなくなり、今では腰だけを高く突きあげ、そこを彼に貫かれている。
 彼に無理やりに犯されている様な、彼の性奴隷になってしまった様な、そう言った被虐的な妄想が頭に浮かび余計に快感を増幅させる。
 優しい彼は絶対行わないだろう暴力的で獣の様なシチュエーションを想像し、ぞくぞくと暗い快感が体中に走るのを感じた。
 彼が放った精液と愛液が混ぜ合わさり太ももを伝い、ベッドを汚している。
 昨日まで独り寝の孤独感に苛まれていたベッドで行われる激しい情事に、なぜかひどく恥かしさを感じた。

「リコ…リコ…好き…大好き…」

 うわ言のように呟く私の言葉を聞いた彼が、うつぶせに突っ伏した私の両腕の手頸を握り後方に引く。

「イーファ肩に力入れて」

そのまま上体を持ちあげられ、一定の周期で奥まで突かれる。
恐らく肩の関節を痛めないように声を掛けてくれたのだろう。
彼にしては珍しく私に負担のかかる体位の注文を付けてくれた事がうれしかった。
相変わらず間髪いれずに与えられる快感に私は目の焦点を合わせる事も出来ず、うつろな目のまま口をだらしなく開け、歓喜の声を上げる。
粘り気の強い液体をかき混ぜた時に生じるグチュグチュといういやらしい音が響き、耳も犯されているように感じた。
上体を上げた事によって自由に動かせるようになった私の胸が彼の動きに合わせて前後に踊った。
彼からこの光景は見えているのだろうか。見えているなら喜んでくれるのだろうか。

「イーファ!出すよ!全部!中に!」

「あっ!あっ!来て!一杯頂戴!」

 彼から放たれる精液の勢いは一向に衰えず、とうとう私の膣内に収まり切らずに溢れだした。
 三度目に関わらず長い時間をかけ、私の中に精液を吐き出しきると、勢いの衰えたペニスが膣から抜け落ちる。

今日二回目となる彼の膣内射精によって再び絶頂したにもかかわらず未だ満たされる事は無かった。

「まだ…もっともっと」

 そう呟き仰向けに体制を変え、精液まみれになった膣を自らの指で左右に広げ、彼を誘う。

「ねぇ…まだ足りないの…もっと…もっと…中に頂戴」

 彼女は一向に訪れぬ充足感を得るために彼を誘い、更なる射精を乞う。
 そんな彼女に対し、若干疲れを見せ始めた彼は、再び陰茎を固くさせ彼女に覆いかぶさった。

――――

 自らの住む町に共に帰ってきたジェイソンは、帰宅した次の日に家に顔を出すと言っていた友人を丸一日待ち続け、何の音沙汰も無いのを不審に思い妻のローラと共に彼の家を訪ねた。
 カーテンが閉じっぱなしになっている彼の家を見て、何かトラブルに巻き込まれたのかと考え家のドアを自慢の強力でこじ開け、家の中に踏み込んだ。
 なんせリコは、この間の戦いで制圧した都市の教団が派遣した工作部隊と遭遇し死闘を繰り広げるほど、間の悪いというか付いていない男なのだ。あのときだって助けに行くのが間に合わなかったどうなっていた事か。
 どうやら奥の部屋から人の気配がする様だと妻をいったん下がらせ、何やら人の動く気配のする部屋のドアを体当たりで突き破る。
 薄暗い部屋だった。
 何やら嗅ぎ慣れた匂いが充満し、水音が部屋の中央から聞こえる。

「ヒャア!リコ!無事か?」

 目の慣れてきた彼が目にしたのは、シーツやらマットレスやらがぐちゃぐちゃに乱されたベッド。リコに跨った全身精液まみれのリコの妻イーファとその下で妻の動きに合わせて突きあげるリコ。

「あ」

情けない声を発し固まる三者。
ジェイソンの後ろから現れた彼の妻でユニコーンのローラがニヤニヤしながら覗きこむ。

「ねぇジェイソン。なんだかお取り込み中の様だから私たち、帰りません?」

「ヒ…ヒャア!そうだな!おい!リコ!邪魔したな!ま…まぁ終わったら家に顔出してくれや」

 去って行った二人を見送り、頭を抱えため息をつく。

「なんで…ローラとジェイソンさんが…家に来たの?」

「いや、昨日あいつの家に顔を出す予定だったんだけどね。こんな事になってるから行けなかったよね。」

二人は自らの情事を思いっきり見られた恥ずかしさに悶絶しながら身支度を整えジェイソンの家へと向かった。

――――

「あなたそれって、精渇望症よ」

 ローラは、かけていた眼鏡を外しながら、持っていた魔物向けの医学書を閉じ私に言った。
 なんでも夫の精を摂取できない期間が続くとなる病気らしい。
 一度なってしまうと夫がインキュバスと化すほど交わり続ける必要があるのだが、私の場合は軽症だったためリコはインキュバスにはならなかった。
 しかしいくら出しても衰えなかった彼の精力は、人間よりインキュバスのそれに近いらしく、彼がインキュバスになるのは時間の問題らしい。
 というのも、魔王軍の中で一カ月も生身の人間が活動し続けたら相当量の魔力の影響を受けるから、だそうだ。
 面倒くさい言い方で数値化するなら今の彼は四分の三程度インキュバスらしい。
 そこまで聞いた私はこみ上げる笑みを抑える事ができなかった。
 魔物が女性化する以前の世界では神族の仲間として扱われ、人間とは比べ物にならない寿命を持つ私は彼に置き去りにされてしまう物なのかと思っていた。
 しかしもうそんな心配は一切ない。
 ただ彼と交わり続けるだけで彼の寿命を延ばし、悠久の時間を彼と共に過ごす事ができるのだから。
12/02/10 23:37更新 / 熊五郎太郎

■作者メッセージ
最後まで読んで下さりありがとうございます。
筆者の熊五郎太郎で御座います。

こんなお話でしたが、お楽しみいただけたでしょうか?

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