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第二十話「分岐」



九重が現れた先は何やら物々しい野営地だった。

あちこちにテントがあり、まるで戦いの最中にいるようで、雪国なのかかなりの雪が積もっている。

「君は、九重かっ」

聞いたことのある声に振り向くと、そこにはサーガ皇女がいた。



「久しぶりだな、君が来てくれるならば心強い」

野営地を歩きながら、そうサーガは告げた。

「その鎧に新たな剣、私の知らない場所でかなりの修羅場をくぐり抜けたようだな」

メルコールとの戦い、だが九重はそのことを話す気にはなれなかった。

「ここはどこですか?」

九重の言葉にサーガ皇女は少しだけ怪訝そうな表情をしていたが、やがて頷いた。


「ここは大氷原、エディノニアの建国者、カインの墓所がある場所」

カインの墓所、何故自分はそこにいるのだろうか。

「カインの墓所、闇の神殿にウルクソルジャーが集まっている」

すなわち、ここが桜蘭の最後の拠点と言うわけか。

「すでに七大英雄にも書簡を出した、いよいよ桜蘭との決戦だ」

そう告げたサーガだったが、九重はその瞳の奥にあるやりきれないものに気が付いた。

「やっぱり、自分の子孫との戦いは嫌ですか?」

九重の言葉に、サーガは軽く頷いた。

道を誤ったとは言え、キバはエディノニア皇国と人間のことを第一に考え、時代さえ平和ならば名君になったであろう人物。

そんな人物との戦いは、やはり辛いだろう。

「けれども、キバは今やアメイジア大陸全体の敵、彼女は、私が斬る」



「あまり尊属殺人はおすすめしないわよ?」

野営地にリエンを含めた英雄たちが現れた。

「みんなっ」

「九重、無事で良かったわ」

きゅっと九重を抱きしめるリエン、だがかすかにその身体は震えていた。

「お姉ちゃん?、寒いの?」


「ううん、あなたと一緒なら、寒くないわ」


もしかしたらこれが今生最後の触れ合いになるかもしれない、リエンはかすかに目を伏せ
やがて九重を解放した。

「準備は出来ている」

サファエルの言葉にサーガは頷いた。

「うむ、こちらはエディノニア軍に禁軍を含めて四万の大軍、闇の神殿にいるウルクソルジャーは無尽蔵かもしれぬが、こちらが不利な以上は短期決戦にてケリをつける」

九重らは頷くと、それぞれ両の瞳に決意を滾らせた。



夜、いよいよ明日は最後の戦いと思うと、九重は眠れず、夜空を眺めていた。


「九重、起きてる?」

すぐ近くの幕舎からリエンが出てきた。

「リエンお姉ちゃん」

「決戦の前に一言謝っておくことがあって、ね」

そう告げると、リエンは軽く目を伏せた。

「もうわかってるかもしれないけど、私は君を初めて見たときにはすでにこうなることはわかってたの」

未来よりアメイジア大陸の平和を築く英雄、その過去の姿である九重を導くためにきた、故にリエンは最初から彼が苦難に遭うのを知っていたのだ。


「許せない、というなら気持ちはわかるわ、だからせめてあなたの気がすむように罵ってほしい」

リエンの言葉に対して九重はほのかに微笑した。

「僕はお姉ちゃんに感謝してるよ?」

驚いたように目を見開くリエンだが、九重は言葉を繋げる。

「リエンお姉ちゃんがいたから僕は色々な人たちと出会えたし、強くなれた、僕はお姉ちゃんを嫌ってなんていないよ?」

リエンはしばらく呆気にとられていたが、やがて目を閉じた。

「・・・一つ約束して?」

「?」

すっとリエンは目を開いた。

「もしこれから先、貴方が望む未来を得るために私が犠牲になるなら、必ずそうしてくれない?」


「それは・・・」

「出来ない?、けれど未来は一つじゃない、無数にある明日から一つ選ぶこと、その明日には私がいないこともあるわ」

黙り込む九重にリエンは笑いかけた。

「ここまであなたを利用したのだもの、それくらいはするわ」

「僕は、誰も失いたくない、それが、僕の願う明日だから」

九重の言葉にリエンは少しだけ、寂しくなったが、やがて口を開いた。


「そう、それは夢のような未来ね」

リエンはポケットから、いくつかの小さな鉱石を取り出した。

「けれど夢は夢でしかない、現実を生きるならば、いずれ夢から醒めないといけない」

鉱石を魔力で削り、リエンは九曜紋のような小さな首飾りを作り出した。

「でも、一人くらい、夢を覚えていてもいいかもしれないわ」

あなたと話せて良かった、そう呟くと、リエンは九重に首飾りをかけ、ゆったりと幕舎に戻っていった。




あの若き英雄は知らない、そんな未来は不可能であることに。

だがリエンは、少しだけ、九重を信じてみる気になった。



「敵は闇の神殿周りをぐるりと取り囲んでいます」

神殿最奥にて目を閉じながら座すキバはカオスからの報告に瞳を開いた。

「・・・いよいよ来たか」

「奴らは寡兵、こちらには最強の兵器もあります、勝ちは揺るがないことでしょう」

二人の後ろには魔法陣のおぼろな光の中、仰向けの状態でふよふよ浮かんでいるアベルがいた。

意識はすでにないのか、開かれた瞳には力がなく、光彩も消え失せている。


「ウルクソルジャーは必要ない、この傷のかり、今こそ返してくれるわっ」

キバは額の傷を指でなぞると、宿縁で結ばれたように感じる、敵の名前を叫んだ。

「かかってこいっ、九重ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」




「斥候によると闇の神殿付近には伏兵もなく、我らをおびき出すように扉も開いているとのこと」

幕舎の中に将軍を集め、サーガはそのように告げた。

軍議には各軍の将軍に加え、七大英雄にリエン、九重の姿もある。


「ラグナス殿、このこと、どう見られる?」

サーガの問いに、ラグナスは即座に応えた。

「闇の神殿内におびき寄せ、一気にカタをつけるつもりなのか、それとも伏兵を置く必要がないくらいに神殿内に我らの予想を超える代物があるのか・・・」

「ウルクソルジャーはほぼ無尽蔵、となれば連中の考えは凡そその二パターンとなるじゃろな」

ラグナスの思考を、クオンが補完した。

「ですが神殿内は入り口が一つの上、狭い廊下や回廊が多数あります、加えてほぼ一本道、大軍を擁していても数を活かし切ることはできますまい」

とある老将軍の言葉に、サーガは少し考え込んだ。

「少数精鋭、一騎当千の戦士で攻め込むほかあるまい」

サーガは七大英雄、リエン、九重の順番に視線を移した。

「このようなこと、頼むのは都合がいいかもしれない、しかし・・・」

サーガは兜を脱ぐと、立ち上がり、頭を下げた。

「だがこの大陸の、そして世界の未来のために、キバを止めてもらいたい」

「さて・・・」

リエン、そして七大英雄は九重に視線を投げかけた。

「・・・頭を上げてください、サーガ皇女」

君に任せる、その意思を感じた九重はまずサーガの頭を上げさせた。

「僕たちはこの大陸を解放し、安部さんを助けることを願います」

「九重・・・」

「そういうことじゃサーガ皇女、未来を救うために今を生きる、我らがやることは一つじゃ」

クオンの言葉にサーガは瞑目した。

「ありがとう、英雄たちよ」

「すでに攻め込む準備は出来ているわ」

リエンはにこりと微笑んだ。

「あとは神殿に攻め込むだけよ?」

一同は互いに頷きあうと、それぞれの武器を手に、幕舎を後にした。



「ラグナス」

「クインシー、どうかしたのかい?」

「尋常な、手段では、キバもカオスも、倒せそうにない」

「・・・そうだね」

「策は、あるの?」

「・・・彼に、九重きゅんに賭ける他ない」



闇の神殿最深部、そこではキバが玉座のような椅子に座りながら英雄たちを待ち構えていた。

「早く来い、それだけ貴様らの最後は早まるのだからな」


「・・・来ましたね」

玉座の後ろにいたカオスが、微かに顔を上げた。





「退けぇっ」

龍光を振るいながらウルクソルジャーを蹴散らし、九重は神殿を走る。

「九重、油断しないで、また来るわよっ」

後ろにいるリエンからの警告、九重は仙気を高めると、切っ先から灼熱の仙気を放ってウルクソルジャーを全滅させた。



「随分と派手にやってますね」

ゆらりと一同の前に混沌からの使者、カオスが現れた。

「カオスっ」

「こいつが・・・」

リエンの剣呑な表情に、九重は心を引き締める。

「なるほど、あなたが雨月九重、音に聞いた若き英雄、くくっ」

カオスは素早く九重に接近すると、掌打を放った。

「見えるっ」

だが今や九重にそんな技は通用しない、軽く龍光で拳を払い、返す形でカオスの首に刀を突きつけた。


「ほう、見事なものです、やはり若い時から才覚は現れるものですか?」

にやにや笑いながら呟くと、カオスは後ろに退いた。

「雨月九重、未来を変えたくはありませんか?」

「っ!」

カオスの突然の言葉に九重は身体が硬直した。

「七大英雄全てが生存し、神とも和解、仲間とともに歩む、無論メルコールは存在すらしなかった世界、です」

「耳を貸しては駄目っ」

リエンの言葉に九重は目を細めた。

「得体が知れない、見た目は人間にしか見えないのにキバは勿論のこと、世界や未来さえ手玉に取ろうとしている」

明らかに人間以上の何かがカオスの後ろには見え隠れしている、その何かが何なのかは不明だが、信頼に足るとは思えない。

「混沌からの使者カオス、お前は一体・・・」

九重の質問を聞いて、カオスは舌なめずりをしながら目を微かに見開いた。

「くくくっ、まあいいでしょう、九重くんの力はよくわかりましたし、此度はこんなものですね」

すうっと闇に溶けるようにカオスは消え失せた。

『キバ様ならばこの先にいます、戦って勝ってみなさい』

どこからかカオスの声がしたが、一同は構わず先に進んだ。





「キバ」

闇の神殿最深部、そこには禍々しい力を纏ったキバがいた。

「九重、それに愚かな英雄ども、よくぞここまで来たな」

玉座から立ち上がると、キバは剣を引き抜いた。

「だが、貴様らとの奇怪な縁もこれまでだ」

剣の一振りで玉座を両断して見せると、キバはぎろりと九重を睨みつけた。





「ここが貴様らの墓場となるのだっ」


直後、最後の決戦が始まった。
15/09/12 17:48更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまこんばんは、水無月花鏡であります。

いよいよ今回は桜蘭の首魁、キバとの決戦がはじまります、しかしながらキバは悲しいかな前座、この先に本命がいるため、あっさりやられることとなるかもしれませんね。

さて未だ謎なカオスの正体ですが、勘の良い方は誰かわかってるかもしれませんが、今しばらくお待ち頂きますようお願いいたします。

では次は、キバとのラストバトル、二十一話にてお会いしましょう。

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