連載小説
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11.偽の中の真
そこは暗所だった
日の光が一切入らないように幕や板で覆われていた
中にはムシロが敷かれて床に座れるようになっている
そこに百に満たぬ者たちが息を殺して何かを見守っていた
一点に…一心に…わずかな見逃しもないように…
彼らの見つめる先…そこは、彼らの座る床よりも
二段ほど高くなっている広場だった
そこだけは明かりが灯されている
そこにあるものが座しているものたちによく見えるように明かりが点けられていた

ここは舞台…
どうやらここは、芝居小屋のようであった

今まさに芝居の真っ最中…

それは終盤…今まさに幕切れになろうとしていた


舞台の上では、二人の男女がすがりあって涙にくれていた

暗い舞台の上で…

“抱き寄せ肌寄せかつばと伏して泣きいたる。二人の心ぞ不便なる涙の糸の結び松…”

男と女は互いを松にくくりつけ

“もしも道にて追手のかかり割れ割れになるとても、浮名は捨てもと心がけ剃刀用意いたせし

が、望み通り一所で死ねるこのうれしさ”

追っ手がかかる前に一箇所で死のうとしているようだった

女は男に“はよはよ殺して”と泣きながら頼む

“心得たり”と脇差を抜き放ち“さぁ只今ぞ”と泣きながら切りつけた

愛しい愛しいと抱き合った肌に刃を女につきたて我も行くぞと言って男も果てた


疑いなき恋の手本となりにけり…



その声と共に明かりが消され幕が引かれる
拍手!
喝采!
演じきった役者を称える声…

小屋の中に明かりが戻る
役者達は観客に挨拶をして舞台裏へと去っていった…

心中ものの芝居…

役者の女は舞台裏へと回ると被っていたカツラを外した
「…ふぅ」
と、一息
客席からは今だ興奮覚めやまぬ客達のざわめきが聞こえる
それを聞きながら、急須から湯飲みに茶を注ぎ入れ一口…改めて息を吐いた
「若?お客だよ?」
裏方の黒子姿の一人が女にそう告げた
「客?ああ、いや追っかけの方々ならお断りしてよ。わたしはそういうのをよくは思っていないのだから」
「ああいや、そうじゃなくてな…」

「相変わらずおかてぇな彦十!」
唐突にそんな言葉が投げかけられる
女が驚いて声の方を向くと二十歳位の男がにやにやしながら立っていた
「なんだ。三郎か…来てたんだ」
三郎とは、彦十と言われた女の友人だった
「おうよ!なんだなんだ?その来て欲しくなさそうなその物言いは?」
「そんなんじゃないよ」
「そうかぁ?」
「で?今日はなんなのさ?」
「まぁ、話の前に化粧落とせよ」
そういうと、三郎は女に水の入った桶と手拭いをわたした
「…ありがとう」
おしろいと紅を落とすと女はたちまち青年に変わった

「で?今日は何しに来たの?…まさかまた?」
「人聞きの悪いことを言っちゃなんねぇぞ?俺はこうやって一仕事終えたダチに労いの言葉をだなぁ…」
「はいはい。ありがとう」
「つーことで、ちと金子を貸してくれ」
「やっぱりまたなんじゃないか!」
友人に金子をせびるのはもういつものこととなっているようであった
「ははは!いいだろう?おめぇさんの女形はもうかなりの評判だ!芝居好きの大向こうにいる客をもうならす芸をしてるんだ!儲かってしかたねぇよなぁ?」
「もう!ダメだよ!一体今まで幾ら貸していると思っているの!」
「ちょっとだけだよ!ほんのちょっと貸してくれりゃそれでいいんだよ!」
食い下がる三郎
もう……ちょっとだけだよ…」
仕方がないと根負けし、ため息をつく彦十
「はっははは!すまねぇな!こいつはその内倍返しするからよ!」
「あてはあるの?」
仕方なくわずかな金子を与える
「あるさ!まぁそのうちな?ありがとな!さぁて!今度こそあのじじぃどもに一泡吹かせてやる!!」
三郎は息まいて去っていった
「…本当に仕方がないなぁ…」


彦十という青年はとある旅の一座の一人だった
彼が10に満たぬ頃この町にやってきた
当初、一座は寺などを借りて芝居をしていたが、今のこの芝居小屋を提供してくれた大家の誘いの元、以来ここで芝居をしていた

三郎は大家の3男で彼の親が家賃の催促をしに行く時ついてったら、たまたま歳が近い彦十と仲がよくなったのであった
旅役者達は血縁での興行のためその絆は堅い。だが、一座に彼の歳に近い者はいなかったためすぐに彦十と三郎は仲良くなった
それから、こうして時々やってくる

三郎には困った趣味があった
それは、将棋。それだけならいいのだが…
最近では湯屋の二階に屯している爺さん共を相手にしてその腕を磨いているらしい
だが、彼ら年寄りたちは暇つぶしにと決まって金子を賭けるため
三郎はいつも文無しにされるのであった
そいうして、自分の持ち金を使い切るとこうして彦十のところにやってきては金をせびるのであった
その度に彦十は決まって三郎に
「三郎は鴨にされてんだよ!いいかげんにしなよ!」
と、言っているわけだが…
「やつらは皆、お城で開かれる将棋大会で城に招かれるような凄腕揃いよ!こんなはした金でその腕前を披露してくれるんだから安いもんよ!見てろ?俺もその内奴等くらいの腕になって一儲けしてやる!!だから、彦!そん時までツケておいてくれ!!」
と、夢とも本気ともつかないことを言っては彼を困らせていた
…はした金でも積もれば大金になるのに
と、彦十はいつも思っていた



そうして、今日も…
夕刻…

「くそ!また負けた!!」
午後の公演のあとふらっと立ち寄って来た
「また?」
「ああ!まただ!すまねぇ彦十。後もう少しで今日借りたぶんの倍はいけたんだが…」
がっくりとうな垂れた三郎…そんな三郎に彦十はつい…
「三郎!また次があるよ!いいところまで行ったんだろう?ならまた頑張ればいいじゃない!」
と、言ってしまうのだった
「…そうだよな。そうだよなぁ!!んじゃ、また金貸してくれるか?」
「駄目だよ!いくら三郎でももう貸せない!もう少し待てば給金が入ってくるんだろう?それまで待ちな!」
「そんな殺生な!!」
三郎はここら一帯の大家の息子…兄弟達と共に家賃の取立て、貸家の斡旋や仲介をして給金を得ていた
賭け将棋などしなければ、十分やっていけるのだが…
大家が商家に行って暇つぶしにとやっていた将棋の面白さに彼もまたはまってしまっていた
その後、湯屋の二階に集まっていた件の爺さん達の将棋を見て彼は賭け将棋をするようになってしまったのだった
金を賭けなければやる気にもならんと爺達は言う。端金でも本気で勝負に付き合おうする爺たちに彼はもまたなんとかして一勝負とってやろうと意気込むのだった

「くそ!あの桂馬まではよかったんだ!!まさかあそこにいたと金にやられるなんて!!」
胡坐にひじを立て今日の勝負を思い出しながら悪態をつく三郎…
そんな、三郎にあきれ果てる彦十だった


そんなある日の夕刻…
「おう!彦十!やることもないから遊びに来たぞ?」
「ああ、三郎…。今日はだめだ」
「なんで?」
「接待なんだ」
「接待?」
「いつも見に来てくれる大店のお客さんがね…」
「うん?」
「一座の役者と遊里で遊びたいって言い出して…」
「行くのか?これから…」
「…うん」
「遊里…宿場の飯盛り女とかじゃなくて本物の女郎?」
「…うん」
「うっほほぉーー!じゃぁもしかして花魁に酌とかしてもらえるんか?」
「……」
「おう!行って来い!行って来い!!そうすれば一段とおまえの芸に磨きがかかるってもんだぜ?なにしろ、男を見ただけでその気にさせちまうような連中だ!女形やってるお前にもなにか芸のひとつが加わるかもだぞ?」
「でも三郎!わたしは!!」
三郎は行きたくなさそうな彦十に首をふって言った
「なぁ、彦?俺も今はこんな将棋狂いだが…昔は将棋なんか大嫌いだったんだぜ?親父の後をついて行って話の合間にぱちぱち、ぱちぱち…餓鬼の自分には何が面白いのかすらわかんなかった。部屋の隅っこで考えを絞っている親父と旦那方の邪魔をしねぇようにじーっと待っているわけよ…仕方がないからそこを抜け出して奉公人さんたちに構ってもらうんよ…でも、奉公人さん達だって暇じゃねぇやな…だから、また俺だけ一人で暇つぶしよ。人恋しくなってまた親父達の所に戻ってぱちぱちするのを眺めるのよ。ある日…なんかの余興で俺とどっかの旦那がやりあうことになってな?俺はその旦那に勝ったんだ…勝たせてもらったのかも知れねぇ…
でも、あの時の胸のすく思いは…気持ちよかった
だからよっ彦!なにがいいことに繋がるかなんてわからねぇぞ?お前はなにが悲しくて女なんぞにならなけりゃいけないのか?って昔よく言ってたよな?お前のおかげでこの一座の芸は好評を博し儲かっている。大家であるうちもまたここの家賃と騒がしくしちまったという名目の迷惑料を頂いているから儲かってる!周りの店だって人が集まってくるから儲かってる。全部お前のおかげだ」
「三郎…」
「まぁあれだ…。愉しまなくてもいいから見るだけ見とけ。花魁なんて金のかかるもんは俺達庶民はそうそうお相手なんざできねぇ。せいぜい、金持ちの旦那に金持ってもらって愉しんで来い」
「愉しまなくてもいいから愉しんで来いって…」
「細かいこと言うな」
「三郎はいいの?」
「ん?なにが?」
「もしかすると、わたしと花魁が一夜を共にするかもなんだよ?」
「…ん?…んん?別にいいんじゃねぇのか?男と女のするこった何かおかしなことがあるか?」
「……」
「ん?おかしな奴だな。そういう店行って一晩明かせばそういうことになるもんなんじゃねぇのか?」
「…いいの?」
「いいもなにも…。まさかおめぇ!」
「っ!」
「自分が一足先に男になるからって俺をお子様とか言うんじゃねぇだろうな?」
「そっそんなことしないよ!」
「じゃぁなんだ?俺は、じじぃ共と片がつくまで女は遠ざけるんだ!女なんざに構っていられるか!待ってろよ?爺共ぉ!必ず参ったって言わせてやるぜ!!」
「……」

浮かない顔の彦十に兄弟達がやってきた
「彦?旦那のお着きだ仕度しな」
「…え?…はい」
「ほらほら、ご贔屓にしてくださっている大店の旦那の誘いなんだそんな顔しなさんな」
「彦。芝居をしていると思えばいいじゃないか!いつ何時も役者は芝居をしなくちゃなんないんだよ」
「兄さん……わかりました」
そう言って彦十は兄弟の役者達と遊里へと赴いていった

ひとっ風呂浴びて夕涼みをしていた客達もひいた宵の頃…
三郎が湯屋の二階で将棋盤と棋譜を見比べながら頭を捻っていると、いくつかの駕籠が芝居小屋の方へと去っていくのが見えた
「…彦十の奴…うまくやりやがったかな?」
友がどんな遊戯を教わってきたのか興味があった三郎は、湯屋を出て芝居小屋へと足を向けた

三郎が中を覗くと、芝居小屋の中ではもう彦十の兄弟達は寝ていた
だが…彦十の姿だけはそこになかった
「ん?いねぇな…どこにいったんだ?」
小屋の裏手…そっと行ってみると彼はそこにいた
振袖を身に付け静かに舞っていた
その姿はまさに“女”だと思った
しなを作ったりして動きを誇張したその姿…男なのに女を演じなくてはならないというぎこちなさ
それがいままではどことなく作り物っぽく見えていたのに、このときの彼は女になりきっていた

舞が終わったのか振り返ると
「あれ?さぶー!いつからいたの?」
しなを作りながら彦は三郎に近づいた。その表情は明るい
「おまえ…彦だよな?」
「うふふふふ?そうだよ?彦十だよ?」
「……」
「花魁ってすごいねぇ…。わたし…。あれが…“女”なんだねぇ」
「彦?」
「ん?なんだい?」
「いや…」
三郎は口詰まった。なにがそうさせたのかわからなかったが…彦十が女に見えたのだ
「ねぇ…さぶ?」
「ん?」
「今のわたしはおんな?」
「…ああ。なんだか女に見える。本当の女のように見える」
芸について相談を受けることもあった三郎は正直に“女”になったと、思ったことを口にした
「やっと…女になったんだ…ねぇ…さぶ?」
「なんだ?」
「抱きしめて」
「あ?何言ってんだ?」
「ねぇ…いいでしょう?やっと女になったんですもの…」
「おまえ…酔っ払っているな?」
「いいじゃないか…行きたくないのに…行って来いって言ったのさぶなんだから…」
「そりゃ、おまえ…」
「じゃぁ…わたしが問答無用で…」
途端に、彦十は三郎に抱きついた
「おまっ!何を!」
「…いいからすこし…すこしだけ…このままで…」
少しずつ力を抜いて体を預ける彦十
「……」

三郎は抱きつかれたままそこに座り込んだ
こいつは昔からそうだった
興行で忙しい両親。年の離れた兄弟達…若い女役に適当な女がいないからとまだ幼かった彦十に女役を押し付けた
男が女を演じるには無理がある
そう思っていたのに、男が女を演じる珍しさやどことなく女と感じさせない女っぽさがうけて彼は女形として役をしてきた
ふた親は幼い頃から芸や芝居について教えはしてくれても、厳しくするだけで甘えさせてはくれなかったようなのだ
人前に出る重圧や両親に構って欲しいという欲求…それを抱え込んでいるのを見ると三郎は何とかしてやりたいと常々思っていた
だから、酒を飲んで心に溜め込んでいたものが噴出してしまったのだろう…
気が付くと彦十は三郎を抱きしめたままで静かな寝息をたてていた
「まったく…」
世話の掛かる奴だ…そう呟くと、彼をおぶってやり他の者達が寝ている客席まで運んでやるのだった

翌日の公演はまた大盛況だった
彦十の何か憑き物が落ちたような…ぎこちなさが消えた女っぽさが皆を魅了した
女のようにどこか妖しくそれでいて、女とは違った大げさなしなづくりなどが男達にますます受けた
おかげで連日大好評
芝居小屋周辺では黄色い声を発する追っかけが跋扈し大変な盛り上がりとなった
当然のように彦十を初めとした役者達は外に出ることも叶わず、出るとしたら駕籠を使うか夜に出かけるかしかなかった

「よう!盛況だな」
「三郎!盛況じゃないよ!これじゃぁどこにもいけないじゃないか」
「そう言うな!今が掻きいれ時じゃないか。稼げるうちに稼いどけ!」
「わたしは三郎と!」
遊びに行きたいと彦はいう
「まぁまぁちぃっとの辛抱じゃないか。夜になればまた外に出れる。昼間はしかたねぇけど、憂さ晴らしがしてぇならまた夕刻にでも来てやらぁ」
「……」
「ん?それじゃ駄目なのか?」
「…また花魁の所に誘われているんだ」
「ああそうか。彦の芝居が一皮向けたって言うんで花魁紹介した旦那が気を良くしたのか…」
「…うん」
「まぁ行っとけ行っとけ!俺からしてみれば羨ましい限りだ。今を輝く役者と遊びの世界の頂点の花魁…実に絵になる話じゃないか。俺なんか湯屋の二階でくだ巻いてる爺達の相手だからなぁ色気がねぇやな」
「わたしは…そっちの方が…さぶと一緒の方がいいよ
「ん?なんか言ったか?」
「なんでもない…」

そう言ってその日も彦十は出かけていった

「これでどうだ!ジジィ!」
「ほっ…まだまだ甘いの!こんな手はこれで返せる!」
「ああ!まぁっ!それはっ?!」
「まだまだ…だなお前さんは!」
「くそう!!」
白熱した対戦
三郎はなんとかして、この局面をひっくり返そうとしていた
そんな時…下にまた駕籠が見えた
「おっ…彦十、帰って来たか」
「芝居小屋の女形かい?」
「ああ。幼馴染なんだよ」
「ふむ。方や今を輝く売れっ子役者。方や老いぼれと将棋を指す下手糞…なんとも…哀れ…」
そう言ってケラケラ笑う爺
「五月蝿いぞ!ジジィ。そのうちあんた等負かせるようになって一旗あげてやるんだ!」
「いつになるものやら…」
そんな言葉にますますムキになる三郎だった


次の日…爺達との勝負を終えてまた彦十のところに顔を出した三郎
「いよう!彦!また来てやったぞ?」
「三郎!…」
「ん?どうしたんだ?」
「…それが」
「今日も花魁か?」
「うん…」
どこか生気のない表情…そんな彼にさすがの三郎も気がついた
「…嫌なら嫌って言っちまえ!」
「なんで嫌って…」
「行く時いつも辛そうな顔してんじゃねぇか。そんな顔してりゃ俺だって気が付くわ」
「でも…」
「上得意の旦那だからって、なにもいつまでも媚びなくてもいいだろう?それとも、お前には誰か他に好きな奴でもいて花魁抱くのが嫌だったりするのか?客の中にいい女でも見つけたか?」
「そっそんなんじゃないよ!そんなんじゃないけど…座長が…」
顔が赤くなる彦十。ムキになって否定する
「まぁ、おまえに好きな奴がいると分かっただけでもよしとするか。実際、花魁とはどうなんだ?もう、あの誰をも惹き付ける柔肌に吸い付いてみたりしてるのか?」
してないよ!
「お?おお…そうか…」
「さぶはそんなことしてみたいの?」
「まぁなぁ…俺も男だし興味はあらぁ…やっぱり…」
「そぅ…」
またしても暗い顔の彦十
「おめぇはしてみたくないのか?」
「そうじゃないよ…でも…」
「…好きでもないのにやりたくはないと?」
「……」
「やりたくないならそう言いな。それなら花魁だってわかってくれるさ」
「うん…」

「彦!駕籠が着いたぞ?愉しんで来い!」
と、そんな声が掛かった

「ふぅ…まぁどうすっかはおまえしだいだ。俺が言えることなんてそれくらいだ」
「三郎!わたしっ!」
「ん?なんだ生真面目な顔して…」
「………いや。なんでもな…ぃ」

やけに元気のない彦十を気にしならも、三郎は彼の乗った駕籠を見送くるのだった


その日もまた爺さん達相手に将棋を打っていた三郎だったが、さっきの彦十の様子が気になって身が入らない
爺さん達もそんな三郎が気に食わなかったようで数手指しただけで帰っていった
湯屋の二階でなにをするでもなくただぼぅっと下の道を眺める三郎…
時間になり湯屋の手代が二階にいる者を呼びに来た時、そこには彼だけがぽつんといるだけだった
いつもだったらとっくに駕籠が帰ってきていてそれを合図に疲れ顔の彦十の様子を見に行く三郎だったが、今日はそれはしなくてもいいようだった
三郎は家に帰って思った
…彦の奴は帰ってこなかった。ならば、奴はたぶん花魁を相手に男になったんだ
幼い頃から友だった彦十がそうなったことへの喜びと、自身はいまだこんな明日をも知れない身…女だっていつ作れるかわからない身の上…の寂しさを感じずにはいられなかった



朝…
三郎が寝床で惰眠を貪っていると、突然たたき起こされた
「三郎!いつまで寝てるんだい!彦さんとこの座長さんがお呼びだよ!とっとと起きな!」
お天道様はとっくに出たようで外は明るかった
眠い頭を何とか起こし身なりを整えて、店先に行ってみると座長さん…彦十のオヤジさんが慌てたように言った
「彦十を知らないかね?」
「なにかあったんですか?」
「彦十の奴が帰ってないんだ!」
「奴は昨日花魁のとこに泊まったのでしょう?なら…」
「ああ!でもとっくに!明け方には帰ったって言うんだ」
「なら、どっかで草道をくっているんじゃないですかい?」
「心当たりはもう探した!あいつがいなければ今日の公演は取りやめにしなくてはならなくなる!なぁ!三郎!なにか知らないか?あいつが行きそうな所とか…昨日何か言ってなかったか?」
「…なんかすごく行きたくなさそうだったということしか分からなかったですね…花魁抱くのが嫌ならはっきり嫌だと言えば花魁も分かってくれるって言ったんですが…その様子じゃ抱いてもらったようだし…うーん?」
「嫌がっていたのかい?」
「はい。そういうところに行くこと自体にあまりよく思っていなかった様子で、いつもご贔屓のお客の頼みだからって嫌々行っていたみたいでしたが…」
「なんということだ…あいつの芸のひとつにでもなればと…行かせていたのに…。嫌がっていたなんて」
「…なら。少し心当たりを探してみましょう」
「心当たりがあるのかい?ならば是非…儲けられる時にもっと儲けたいし…」
「ですが、今日の公演はなしにしてもらいます」
「なんだって?」
「あいつが何も言わずにどこかへ行ったってことは、それなりに何かがあったってことです。何か心にわだかまりでもできたんでしょう。そんな状態で芝居をやらせてもいい結果につながるなんて虫のいい話はないでしょう?」
「しかし…」
「あいつだって年頃の男なんだ。悩みだって抱えるし、時に一人で考えたい時だってあるでしょう」
「……」
「なぁ…俺だって幼馴染のこと心配してるんですぜ?このまま放ってもおけないし…今日一日は我慢しておくんなさい」
「彦十は帰って来るんだろうな?」
「確証はありませんが…なんとかやってみましょう。ふぅ…なぁ、オヤジさん。ここからは俺の独り言だが…聞いてくれるか?」
「なんだ?」
三郎はオヤジから目を逸らして昔を思い出すような目をした
「そうだな…。あいつは昔っからあまりてめぇの考えていることを言わない奴だった。物心つく頃から芸だ芝居だってなワケもわかららずにやってきた。それが旅役者の宿命だって一言で言っちゃぁあれだが…あいつには分からなかった時期もあらぁな。ワケもわからず女の格好させられて女形ででるようになって…あいつは悩んでいたぜ?男が女を演じるには無理がある。役者としてやるには構わないでもなんで?ってな。そして、一座の中でその相談をできる奴もいない。親であるあんたらはいつも次の公演やら仕掛けやら雇い人のことやらでてんてこ舞い。とても相談なんて無理だと奴は思った。兄弟だって歳がかなり離れてるじゃねぇか…悩みも言えない寂しさも言えない…今までよくもったほうだと俺は思うぜ?なぁ、ちっとは考えてみてくれや。あいつは飾りモンじゃねぇ。心のある人だ。役者である前に人なんだ。公演ができないからと金勘定のことばかり考えてないで、なんであいつが姿を消すようなことをしたか考えてやってほしいんだ」
「……」
「まぁこいつは俺の独り言よ。俺だってあいつからその心根を聞いたわけじゃねぇから、その真実はわからねぇぜ?」
しばらく黙っていた座長は一言…
「彦十をよろしく頼みます…」
「ああ。できる限りことはなァ」
座長は背中を丸めて帰っていった

「ふぅ…さて?あいつはいったいどこに行ったのやら…」
そう言いながらも、三郎はとある所を思い浮かべていた



街のはずれにある小高い丘…そこは林だったがある一画だけは木が生えていないところがあった
ここには小さな泉があって小川へと流れている。泉には水が湧き出る所があって、幼い頃に二人でよく遊びに来た所だった
三郎がやってくると彦十はちょうどこちらに背を向けて湧き水が出る泉をぼうっと眺めていた

なんと声をかけていいものか…
いつも見るよりもずっと小さく見えるその背中…
なんなく、彼の視線の先にある泉を眺める
泉の中は、砂が踊っていた
地中深くから湧き出す水…それと共に砂が吹き上がり水の中で舞っているように見えるのだ
透き通った泉…その辺りには豊かな色彩の黄緑色した水草が流れに身をまかせて揺れている
そんな時…
“はぁ…”
と、ため息が聞こえてきた
家にも戻らずにこうして飛び出してきたことを後悔しているのだろうか?
その後も何度もため息が聞こえた

いつまでも見ているわけにもいかず三郎は声を掛けてみることにした
「こんなところでなにしてんだ?」
「?!」
心底驚いたという顔をしている彦十
「また悩み事か?」
「なんでここが…」
「おまえはなんか悩みを抱えるといつもここに来るだろう?」
「……うん。そう…だねぇ」
「話してみろよ。家のことなんて気にせずな。今日はおまえんとこ休みだから…」
「休み?わたしがいないから?」
「いいや。俺が金勘定より大切なことがあるだろう?ってオヤジさん叱ってきたから」
「そう…」
「一体なにがあったんだ?」

しばらく沈黙が続いた
三郎は彦十の横に座ると、身を投げ出してひっくりかえった
泉のまわりにある木々の間から青空が見える
風がやさしくそよぎその枝を揺らした
しばらくしてぽつりぽつりと彦十は話し出した

「わたしはある人を好きになっていたんだ
その人はいつもわたしの側にいてくれて笑顔にさせてくれるんだ
寂しい時はくたくたになるまで遊びに連れ出してくれて、何も考えられなくなるまで一緒に遊ぶんだ
芝居をして誰かに…父さんや母さんに褒めてほしいときは代わりに良かった、うまかったっていつもいってくれるんだ
どんなにつらい日が続いてもいつも顔を出して和ませてくれるんだ…」

「……」
話を始めた友人。その心根をなんとしても知っておきたかった。だから、黙って聞くことにした
「それは友情だと思っていた。友を慕うという好きだと思っていた。でも…」
「…ぉぃ?」
何を言い出すのだろうか
「あのとき花魁にあった」

花魁に会った彦十は彼女を見て確かに心が騒いだ。欲情も覚えた
でも、なにかが彼を留まらせた
周りに人がいたからというのもある
でも彼はそんな者達や花魁とのお座敷遊びよりも、友人と馬鹿なことを言い合いながら一緒にいた方がどんなにも楽しいかと思った
そうこうするうちに今度は、二人きりで会うことになった
遊里の頂点に座す花魁と、今を輝く女形を演じる役者
周りの者は彼の役者としての才能が一段と花開くのを期待した
一方の彦十。美女が隣にいるというのにちっとも楽しくない
花魁もなんとか彼を楽しませようとするのだけれども彼は頑なだった
そんな時、花魁は言ったという
「誰か想い人がいるのね?その人といっしょにいたいのでしょう?」と…
酒が入り頑なだった彼は少しずつ花魁にその心根を晒してしまった

そして昨日…

「昨日なにがあったんだ?」
と、問う三郎
「……」
それに対して彦十はなにも言わなくなってしまった
それどころか…しばらくの沈黙の後…
「ねぇ?さぶ?貸していた金子は一体今いくらになったか知っているかい?」
と、問う
「こんな時に金の話は無いだろう?」
「関係あるんだ!」
「お?おう…。たぶん…一分銀ぐらいだろう…」
「…もっとだよ。もっと」
「…そうだったっけか?だが、それと今の話となにが繋がるんだ?」
「それでね?今ここでそれを返してほしいんだ!」
「んな事できるわけねぇだろうが!俺の懐がいつもすかんぴんなのはおめぇが一番知ってるだろうが!」
「うん…そうだねぇ…」
「なら…」
「ならそのツケをさぶの体で払ってよ」
「はぁ?今なんて言った?」
「“体で払って”って言ったの!」
「おまえ!俺にいったい何させる気だ?!」
三郎は飛び起きようとしたが逆に押し倒された
「わたしはね?女になったんだよ。身も心も…オンナに…ね」
「馬鹿なことぬかすな!おまえと俺は野郎同士…べたべたすんのはごめんだぜ!」
「わたしのことを女だって言ってくれたのはさぶじゃない…わたし女になったんだよ?これでわたしはさぶに好きだって言えるようになったんだよ?三郎?わたし好き…ねぇ?三郎はわたしのこと好き?」
「阿呆ゆうな!俺にそんな気はねぇ!まさかおまえが男色だったとはなぁ!」
「阿呆じゃないよ。それにわたしは男色でもない。女が男を好きになってなにがおかしいの?」
「確かに、芝居や芸の女形としておまえはオンナだ!だが、いまここにいるのは俺の友人…男の彦十だ!」
「ふふふ?強情だねぇ…じゃぁ…わたしの股にオチンチンが付いているか触ってみる?」
「だれがそんな気持ち悪いことを…だいたい、おまえにイチモツがあるのは確認済みだ!よく一緒に連れションしたろ?」
「まぁいいから触ってみなよ!きっと気に入るよ?」
そう言う彦十…
三郎は恐る恐る彦十の股間を触ってみた…
「ん?……んんん?なっ…どっ?どこに?!」
彦十の股間に手を当ててもあるはずのものがどこにもない…
褌越しの感触だが…それを探り出すことができない
「んぁ…ああん!さぶ…そんなとこ…そんなにいじっちゃ……」
三郎は信じられなかった
男に必ず付いているものがない…それどころか…それが付いていたあたりに筋のようなものがあることをその指で探り当ててしまった
「んぁあああっ!そんなにそこいじくっちゃっ……だめぇ……!」
「あっ?ああっ?!おっ…おまえ…本当に?」
「はぁ…はぁ……。そうだよ…本当にわたしは“あたし”にして貰ったの」
「誰に?!」
「花魁に」
「花魁が?…花魁がなんで…」
そんな問いをすると、彦十は三郎の胸にすりつきながら昨夜の話を始めた…

「花魁は…あやかしだったんだよ…淫魔のあやかし。人の暮らしの中で大好きな男達の情を集め…精を集める…そして、その中で一番と思える男を捜しているの」
「…なんのために?」
「いちばん愛しい男を自分の夫にしたいがため…」
「おまえも花魁の男あさりの的だったのか?」
「さぁ…でも、わたしと花魁は肌を合わせた…わたしは好きな人がいるからそんな気はないと言った。けど、好いた人がどんな人かは花魁はもう知っていたんだ」
「知っていた?」
「うん。わたしは前にお酒を飲んでいたときにもう好きな人が友人で…身も心も女になろうとしたけど…それができない悔しさやこころの苦しさを花魁に話してしまっていたんだよ…だから、昨日…花魁はあんなことしたんだと思う」
「おまえ…花魁になにされたんだ?」
「……わからない。体中を触られて…わたしは体中の力が抜けちゃったんだ。その後…口づけされて…舌を入れられて…」
「入れられて?」
「入れられて…そのうちに何か…とろっとしたものを…飲ませられたんだ…」

舌を絡める花魁…唾と共になにかとろっとしたものが口に流れ込んでくる
それをなんとかしようと思ったけれど…花魁は口づけを…舌を絡めるのをやめようとしない
口から溢れそうになるそれを知らず飲み込んでしまっていた
お腹の中に流れ込んでくるそれ…
花魁は微笑みながら大事なものでも扱うようにやさしく抱きしめて…口づけしてくれる
どんどんとお腹の中に流れ込むそれ…
そのうちにだんだんそれがお腹の中で熱くなってきた
それとともにその熱いのが体じゅうに回るようになってきた
まるで強いお酒を一気に飲んだときみたいに…体の中を火が走るように一気に熱くなってしまったんだ
熱くて熱くて…なにも考えられなくなると…花魁は言ったんだ
“さぁ…想って?あなたの好いている人のこと…想って?”って…
続けてこうも言った…
“想い人に何してほしい?何をいってほしい?何をしてあげたい?”って…
わたしは……
女になった姿を見てもらいたいって…胸にすがりついて抱きしめたいって…いつもいつも一緒にいたいって…
一緒に気持ちよく…幸せの中をまどろんでいたいって…
そう言ったんだ…
花魁はにこっと笑うとわたしを強く抱きしめた
それがやわらかくってあたたかくってね…
それから…それからよく覚えてない…

気が付くとわたしは花魁の胸の中で寝ていた
花魁はずっとわたしを抱きしめながら撫でていてくれていたの
花魁は言ったの…
“これであなたは苦しまなくて済む…いままでの苦しみはすべて忘れて、あなたののぞむこと…したいこと…ほしいこと…すべてを手に入れなさい…”って

そのうちに日があけてきたのか部屋が明るくなってきたの…
そのときに初めて花魁の本当の姿を見たわ…
白く輝くその姿…美しかった
黒光りする角…引き込まれそうな赤い瞳。女に変わったわたしでさえ包まれてみたくなるその大きな胸…腰には黒い翼と可愛らしい尾が見えたの
やわらかな肉付きのお尻を見たときなんて…思わずため息が出た…
でも、花魁は言ったわ…
あなたが望めばその体はより美しくなるって…

「ねぇ…見て?さぶ?あたしの体…どう?」

上半身起き上がった三郎のその目の前で、着物を脱いで一糸纏わぬ姿になった彦…

三郎はその姿に息を呑んだ
見上げた体つきは知っているものからまったく違うものへと変わってしまっていた
頭には角…耳は尖っていて、成人の男ならあるはずの喉仏はなくなっている
芝居をするために引き締まっていた胸の筋肉は丸みを帯びて女の胸のように丸いふくらみが…そのふくらみにはつんと突き出た乳首が可愛らしくそこにあった
いちばん変わっていたのは…腰骨だろうか…
男の腰骨に比べて広がっていて、そのせいか…筋肉で引き締まっていたお腹は丸くやわらかに見える
翼だろうか…体に対して小さな翼と細長い尾が腰の辺りからでていた
股間は…やはり三郎には見慣れたものがなくなっていた
わずかな茂みとその下にある唇…


「……本当に女になったんだな…」
「どう?」
「……まだ信じられないが…きれいだ」
女形の役作りのために長く伸ばした髪もその女らしさに一躍かっていた
「よかった…。ねぇ…さぶ?さぶの体触っていい?触れてみたいの」
「……」
「…こわい?」
「…いやぁ…なんというか…戸惑っている」
「じゃぁ…あたしに任せて…」

そういうと、彦十は膝をついて目の前に座る
三郎はやっぱり彦十が女になってしまったんだと思った
角ばった顔つきからやわらかそうにふっくらとした顔つきになっている
いつも化粧をしていた肌は硬く荒れ気味だったのに、瑞々しく赤子のようにやわらかな肌だった
肩に腕をまわすとうっとりとしたように見つめる彦
「やっと…やっとこのときが来たぁ」
じっくりと鼻と鼻がぶつかり合うくらい近くで見つめた後…
「ん…ちゅ…」
「ん…」
口づけをかわした
「…さぶ。どう?」
「本当に女になっちまったんだな」
唇のやわらかさとどこからか漂ってくる甘い匂いが彼を刺激した
「えへへ。ねぇ…今度は口を開いてよ。さぶの…さぶの味を確かめたいんだ」
「俺の…味?」
「うん。とっても…おいしそうな匂いがしているんだ。だからはやく…はやく味わってみたいな」
そう言うと、彦は上半身を起こしているさぶを押し倒して寝かせた
四つんばいになって覗き込む彦
少し口をあけて誘うように唇を近づけていく
「ちゅ…うん…うんん…ちゅ…ちゅ…はぁ…ん…ちゅ…」
重なる唇…
絡み合う舌…
甘美な蜜でも舐めているように彦は思った
互いの唾がどんどん溢れてきて…舐めても舐めてもその舌で掬っても掬っても唾はとまらない
飲み込むごとに喜びがこみ上げてくる
さぶはそんな彦をじっと見ていた
彦もさぶの目をじっと見つめていた
だんだんと呆けたように見つめるさぶ
そんな様子に、ああ。あたしの口づけをこんなに喜んでくれるのかとますますうれしくなった
呆けた顔をもっと蕩けたような顔にしてみたくなる
いつだって一緒だった
いろんな顔を見てきた
でも…この顔を見たことはまだなかった
もっと…もっと素敵な顔を見たい!
お口だけでなくもっとこの体を使ったならばどんな顔を見せてくれるのだろうか
花魁のようにこの体で彼を包み込めばどんな蕩けた顔をしてくれるだろうか?
それを考えただけで笑顔がこぼれる

口を離すと溶け合った唾が糸を曳いて雫となって落ちた
さぶは何度も大きく息を吸っている
その顔はとてもうれしそうだ
「さぶぅ…。今度はあたしのからだ…見て。それでね…触ってほしいの」
「触る?」
「そう。女になったあたしのからだをその手で触れて感じ取ってほしいの」
「…わかった」
そう言って腕を伸ばすさぶ
彦を抱き寄せると頭を見だした
人にはない角…
本当に生えているのかと手で探る
触れるぞと言って、角を触りだした
決して乱暴にするのではなくてその手は優しい
さわっている…さわっている…
やさしく手で触れ摩り本当に角なのかと甘噛みするのが振動となって頭に伝わる

人のとは違って尖って長くなった耳…どうなっているのかと間近で見ている
温かな鼻息が頬にあたる。そのうちにれろれろと舐めてきた
「あっああっ!そんなとこ!舐めちゃっ!」
おもわず声がでてしまう
敏感になった耳で舌を感じる。それだけで昂ってしまう

頬を両手で包みこむと指で目を鼻を唇をなぞっていく
やはりかわったなと言いながらなぞるように確かめていくその指先
細くなった首…
鎖骨のくぼみを撫で…
筋肉の出た二の腕はやわらかな肉付きへと変わっていた
手はやわらかな胸へと達した
控えめに手の中に納まるふくらみ
揉みほぐすようにやさしく揉んでくれている
両手で寄せたり揉み上げたり…
小さな胸だけどそれだけでうれしくなってしまう
さぶの顔を見れば…
とても興奮しているのが分かる
唖然と見つめてひたすらに胸の形を見ているのだ
だんだんと乳首が充血してきて…
お豆のようにとがった乳首をつまんで転がすようになった
「さぶぅ!胸のお豆がじんじんするよう!…はぁ…うんんん…あん」
思わず顔を反らして声をあげてしまう
そうするうちになにか鋭い感覚が片方のお豆に…そして頭を走り抜けた
「ああっ!」
乳首に噛み付いたらしかった
弱くしゃぶるように乳首を噛み続けるさぶ
甘い感覚とどうしたらいいのかわからなくなる感覚…
でも…もっと!もっとしてもらいたいと頭をぎゅっと抱きしめてしまっていた
「さぶぅ…だめぇ…胸だけでなくて他もぉ…」
そういっても離れてくれない
さっきからお股がじんじんとして、なんとかしてほしくてたまらない
そうしているうちに、片手がすっと股へとのびた
「はぅぁっ!」
股の割れ目にたどり着くとどうなっているのかと探るようにその指が動き出す
そこはもうとろりとした蜜が滲み出していた
割れ目にそって手を動かすと小さな突起が指先に当たった
手に絡みつく蜜を指につけ
なぞるように
時に引っ掻くように爪があててその反応を楽しんでいるみたいだった
むず痒いような感覚が彦の体を揺り起こす
「はぁぁぁ。なんかへ…ん」
悩ましげな声をだして彦はさぶにもっとさわるようにお願いする
「もっと!もっとさわって?」
そう言いながらも自分で感じるところに指を導こうと腰をくねらす彦
割れ目に指を少し入れて辺りをさする
それは甘い痺れ?となって、体の芯からどんどんほしくなってくる
触られているところ以外もこの感じがほしくてたまらなくなる
「いっぱい!いっぱい!もっと!もっとぉっ!さわってぇ!」
滲み出すとろとろが指が動くたびにくちゅくちゅと音をたてる
それがとてもいい音に聞こえてもっとその音をききたくなる
もっともっと割れ目が指を感じたくて締め付ける
閉じようとする割れ目を無理やり開くようにその感触を楽しもうとする指
痺れるような感覚が、股の奥…割れ目からもっと奥をさわってほしいと心を誘う
「さぶぅ…もっと奥に…もっと奥を!お願い!そのオチンチンいれて!あたしの中…奥をもっともっとさわって!!」
さっきから目の端に見えていたオチンチン
もう興奮しきっていてかっちかちになっているのが見ただけでわかってしまう
あの太いのを入れられたらどうなってしまうのだろうか?
男と女の交わりは、ここの割れ目にオチンチンを出し入れするというのは知っている
それから獣じみた声を出し合って腰をあわせ続けるのも知っている…

期待が心を焦がす
手を割れ目に添えると、本当にいいのか?と彼が聞いてきた
いろいろな意味を込めた確認だったようだけどそんなことはどうでもよかった
はやくどうなるのか試してみたくて、うなずいてから腰を下ろしていった

オチンチンの先を撫でるようにあてがって腰を下ろす
ずぶっという感触とともにずるずると硬いものが肉の中を進んでいく
「あっあああっああああ!硬いのが!硬いのがっ!!中を…なかを……!」
すこしの辛抱だと思ったのにいつまでも続くかのようだった
目を瞑っていつまでも続く感触を感じる。腰が下までついた
体が下から突き刺されてしまったかのような…髄を通って頭を抜けたような感覚が抜けた
「さぶぅ…見える?あなたのオチンチン。あたしに埋もれているの」
「…ああ。見える!入れたときからきゅうきゅう締め付けてきて股から持っていかれそうだ」
肉の襞が、大好きな男のモノを離すまいと蠢いている
本能か…この交わりを気持ちよくしようとじわりじわりと蜜が染み出ている
「動いて?あたしも動くから!こうしておちんちんの硬さを感じているのもいいけど…なかが…なかがどんどんじんじんしてきているの!」
そう言っている間にも、どんどん甘い痺れが湧き上がってきて腰をゆり動かしてしまう
「動くぞ?」そう言ってなかを確認するかのようにゆっくりと動き出す
深く…浅く…中の襞を味わうかのようにゆっくりと動く
ずぶぶぶ…ずぶぶぶ…っと抜き差しされるたびに蜜が出てきてすべりが良くなっていく
「ああっ硬いのがっ…硬いのが!なかで擦れているよう!」
「うぁ…なんだ?!からみついてくるようだ!」
引こうとすると逃さないといっているかように締め付ける
そんな締め付けをまた引き裂くようにまた入れていく

いつしか甘い喘ぎ声とぐちゅっぐちゅっという水音がはっきりと辺りに響き渡る
「あっあん!ああん!いっ…いい…いいのぉぉぉ!」
甘い言葉が三郎の耳に届いてもっとその声を聞きたくなる
彦が腰を下ろそうするその瞬間に腰を突き上げまた甘い言葉を上げさせる
「あっ…あん…ああんんんんきっ…気持ちい…気持ちいぃよう!」
三郎の上に乗っている彦の背筋が弓のようにしなっている。無我夢中になっているようだ

「あっあっああっ…はぁっ…はぁっ…ぁあっ…ひゃぁ……あん…」
もっと!もっともっと気持ちよくなりたい!この硬い…この人のオチンチンで気持ちよさを引き出したい!
同じように気持ちいいのか我慢するように苦しそう顔をしながらも腰を突き上げてくれる
叩き付け合う音がパンッパンッと音を立てて響く
「あっあん…もっと…もっとぉ!もっと強く!」
もっと感じたい!もっと引き出したい!子宮口をオチンチンの先がこずくように叩く
「ぐぅぁ!なか…絡みつくよう…に!…持っていかれ…!」
パクパクと何かを言いかけたその口に舌をねじ込む
「ちゅっ…ちゅ…ぢゅるっ!あはぁぁぁんんん!!さぶぅきもちいよう!!」
「あっああ!おまえの…っあ!い…いっ…いいっ!!」

三郎はもう無意識のうちに腰の使いを早めていた
どんどん何かがせりあがってきているような感覚がこの状態は長く続かないことを教えてくれていた
せり上がるものを抑えようと力を入れるとますます気持ちよさが増す
頭はとうに沸騰していて、このままだと頭から血がとび出てしまうのではないかと思うほどだった
そんな様子に彦も気づいているようで、その腰使いはだんだんと細かくなっていく
「ひゃっひゃっぁあっあっぁっひゃぶっ!」
「ひっ…ひっこっ!も…もう…だめだ股が…チンコが…はっ…はっ…はっもうだめだ!」
「イイッ!そのままなかっ…なかにっ!あっあっあっ!」
「ぁうぅぅもうだめだ!いくぞぅ!!」
「うん!ぅ…う…うっ…ん!」
「……ひこっ!…ぐぉぁぁあ!!」
ずんと腰が深くその中を突いた。溜めに溜めたものがその中へと注ぎこまれる
「ひぁ!あああああっ……ああああっ…あついのが……あついのが……!!あっだめ!あたったしも…!!!イッ…いっひゃうぅぅぅ!!」
腰がはねる
繋がりあっているところからコポッと精と蜜が混ざり合ったものが出てきて互いを濡らす
そして彦はさぶの胸板へと力なく倒れこんだ…
気持ちいい余韻が残る
いまだ繋がっているところは締め付けていて、また硬くなれと急かしているようだ
一方のさぶはその力を出し切ったようにぐったりとしていた

余韻を味わってまったりしていると、彦十が言った
「ねぇ?さぶ?」
「んぁ?」
「これで、さぶは男になれたね」
「ば!バカヤロウ」
「これで誰かにさぶを獲られる事はなくなるんだ」
「バカたれ…」
「いつもそういう話になると女っていうどこかの誰かのことをいうから、いつも気になっていたんだよ」
「…どうだ…おまえは…その…“女”になったのは…」
「うん…えっとね…お股が痛い。誰かさんが激しくしたから…」
「うっ」
「冗談だって」
「こいつぅ…」
「でもぉ…すごく幸せだよぉ…心が満たされるって…こんなに…こんなにもあったかいんだねぇ…」
「……」
「こう…さぶが出してくれたのが…お腹の中で……今にも蕩けちゃいそうなほどあったかいんだ」
「……満足か?」
「うん!もうすぐにでもまたしたいよ」
「うへぇ…しばらくは勘弁…」
「気持ちよかったでしょう?」
「……」
「ふふっ気持ちよかったって顔しているくせに…こんなにも真っ赤な顔して目ェ逸らしても……」
「うるせぇ!うるせぇ!!そんなこと言う奴はもう二度と…」
「二度と…な に ?」
「う…」
「さぶが望むならいつだってどんなときもあたしは一緒にシたい」
「……」
また顔が赤くなる三郎
「今…何を思ったの?そんなにも真っ赤になっちゃって…またシたいって思ったんでしょ?…ほぉらぁこんなにもおちんちんがまたたってきてるじゃぁない。…何度でも…あたしが鎮めてあげるね♪ 」
「かってにしろ…」
「うん♪ じゃぁ遠慮なく!」

そうして、再び舌を絡めあう二人…


そうして何度かの交わりの後…彦十はポツリと言った
「三郎…あたしね?」
「ん?」
「今、芝居でやっている心中もの…大嫌いなんだ」
「最後に相対死にするからか?」
「うん…それもあるけど…」
「あるけど?」
「最初から男と女で好かれあって肌を重ねあうまでしているのに、追っ手に追われて逃げられないから死んであの世で…っていうのが気に入らないんだ」
「そうか」
「うん。あたしなんて三郎に好きって言っても冗談としか受け取ってもらえないし、そんなことこうなる前に言っていたら友達ですらもなくなっていたかもしれないんだ。それからしたら、芝居の二人は恵まれてる。そこまで好かれ合っているならもう少しなんとかならなかったのかと思う…」
「確かに、おまえが女になっていなかったら気が触れたとしか思わなかっただろうな…今も…信じられないし」
「あっ!やぁん…いきなり触らないで」
いきなり股間をなぞり上げた三郎に彦十は非難をあげた
「はっははは!…でも、さすが俺と何年も一緒だったせいもあってなんでもわかるよな」
「そりゃね。うれしい顔も悲しい顔もイヤだっていう顔も全部知っているからね」
「…なぁ彦?」
「なに?」
「おまえ…芝居は続けるのか?」
「うん。好きだもの…はじめは確かに嫌々だったけど…今は好きだよ?芝居やっているとねぇ…自分じゃない人の心とかを見ることがあるんだ。そんな時…人の心の幸せとか…葛藤とかを演じているだけなのに見えるときがあるんだ。だから、続ける」
「その体のことはどうするんだ?」
「ふふふ?あたしはわたし。役者なんだよ?これからも男・彦十として立派に役を演じきってみせるよ」
「そうか…」
「うん。人が見る彦十はすべて偽者。真の彦十は…三郎だけのものなんだ」
「まことの彦…俺だけの………照れくさせぇな…」
「照れた顔も素敵だよ?」
「ええい!見るな!胸がむず痒くなるじゃねぇか!」
「ふふふ。いいじゃないか!もっと見せてよ!」
「ええい!向こう向け!」

こうして、二人はいつまでもじゃれあっていた…





そして…二人の関係はどうなったのか…

三郎と女になった彦十との関係は、あまり変わっていない

三郎は相変わらず湯屋の二階で爺相手に賭け将棋
いつも文無しにされて彦十に金を貸してくれと泣きついている
彦十は、女になったことをまだ誰にも知られておらず、むしろ女形に磨きがかかったと褒められている
芝居をして、三郎の愚痴を聞いて、金を貸してくれと頼む三郎をたしなめて、前に貸したツケ分を払ってもらう…そんな日々
彦十としては金の貸し借りなんて考えずに一緒に気持ち良くシたいと思っているのに、三郎は引け目を感じるのか彦十の責めるがままにされている

外目に身も心も…自身に対してもその心を偽ってきた彦十はすべてを開放されて生きはじめた
そんな彼を心配して見守ってきた三郎は肩の荷が下りたように気楽に付き合っている
彼らがどうなるか…それは、いつまでもかわりのないものだろう…
11/08/28 23:24更新 / 茶の頃
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■作者メッセージ
冒頭に使ったのは曽根崎心中の一節です
悲恋の芝居はないか探してみたらこれが出てきたので使ってみました
チューブにあったミクの見たら軽く鬱になるかと思った。コエーよこの話…
アルプの話なんて思いつかないだろうと思っていたのになぁ…
江戸時代、舞台に女を出してはいけないという命によって現代に通じる歌舞伎というものに発展したわけですが…
この世界だったら女も舞台に上がっていたんだろうから、どんなものに発展したんでしょうか?まぁ考えが及ばないからこのあたりで…

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