読切小説
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竜騎兵隊はいかにして解隊されたか
重い羽音が、耳朶を打つ。
同時に、目の前の景色をほとんど覆っていた青空が、ぐるりと反転して地面に変わる。
一瞬の浮遊感の直後、僕の頬を、耳を、体をぴったりと覆う革製の装束の表面を風が撫でていく。
夏でも情け容赦なく体温を奪っていく風は、革の装束がなければあっという間に僕を凍えさせていただろう。
だが、この程度の冷えならば慣れている。
目の前にぐんぐん迫ってくる地面を見つめながら、僕は手に握った手綱に、軽く力を加えた。
手綱が、僕の力を的確に伝え、彼女の口に食い込んだ轡を動かす。
口の端に引っかかった金具の動きに、彼女は羽ばたきで応える。
ばさり、という羽ばたきと同時に彼女が姿勢を起こした。
鞍に、鐙に、尻が足が食い込み、一瞬重みを膨れあがらせながら、落下から飛翔へ移り変わる。
僕の少し先、彼女の鼻先まで迫っていた地面が眼下へ回り込み、広場と城壁が起き上がる。
横手に兵士が数名おり、正面に城壁がそびえている。このまま進めばぶつかるだろうが、問題はない。
同じように手綱を引けば、再び彼女が姿勢を起こした。城壁と地面と兵士が消え去り、代わりに再び青空が現れる。
だが、今度は遥かかなたのダッハラト山脈に下半分を切り取られた青空ではない。
正真正銘、僕と彼女の視界を埋め尽くす、無限の青空だ。青空のほかには、何も見えなかった。いや、僕の視界の下に、ほんの少しだけ彼女の赤い鱗に覆われた首と頭が移っている。
ばさり ばさり
落下の勢いを利用しての飛翔に、彼女がさらなる羽ばたきを加え、勢いを増していく。
すでに先ほど飛び降りた竜舎屋上の飛翔台を通り越し、僕たちはさらなる高みを目指していた。
このまま羽ばたき続ければ、いずれは太陽にだってたどり着ける。
そんな錯覚めいた自信すら胸中に浮かんでいたが、僕はそれを押しとどめ、訓練のため再び手綱を軽く引いた。
少しだけ腕を落として、下へ。
口中の金具に加わった力に、彼女は羽ばたきをやめ、その頭を下方へ向ける。
彼女の鱗に覆われた長い首が、僕のまたがる細い胴が、どこまでも長い彼女の尾が、向きを変え、姿勢を変えさせる。
僕の視界を埋め尽くしていた青空が消え去り、再び地面が現れる。目の前まで迫っていた地面ではない。人が豆粒よりも小さく見えるほど、遥かな高みから見下ろした、広い地面だ。
視界の中心にあるのは、僕たちがつい先ほど飛び立った竜舎。その周りをダーツェニカ南方砦が囲み、草原が、丘陵が、河川が、街道が、さらにその周りを囲んでいる。
ばさり、ばさりと彼女が数度羽ばたき、姿勢を安定させて風に乗る。
広げられた彼女の両翼が、空中で僕らを支える。
「さてと、今日もいい感じだね、シャーロット」
僕の呼び声に、彼女は低いうなり声で応えた。
「この調子で、今日の訓練も頑張ってみようか」
その声とともに、僕は第一の目的地である北の丘を目指して手綱を引いた。
彼女は返答代わりに、大きく羽を打ち鳴らし、北の丘めがけて飛翔した。






人と魔物の争いは、遥か昔から続いている。
魔王が魔物を放ち、魔物が人を襲い、人の肉を食らい魂を貪る。魔王による主神への侮辱と冒涜のためだけに、人は魔物に襲われていると神父の説教で僕は聞いた。
だが、主神もただ魔王の辱涜を受けるばかりではなく、人を守るためにいくつもの力を授けてくださった。
その一つが、勇者だ。
十数年前、大陸のどこかで生まれたという勇者は、主神の祝福を一身に受け、人間では及ばぬ力を振って各地の魔物を退け、魔王の軍を追い詰めつつあるという。
聞いた話によれば、すでに勇者とその一行は魔界に入り、魔王との直接対決に臨んでいるという。
だが、いくら勇者が魔物を倒し、退けたところで、魔物が一匹残らず消え去ったわけではない。
残党や生き残りが存在し、いまだ数多くの人を苦しめているのだ。
そういった魔物たちを相手にするのが、中央教会の聖騎士であり、王国軍である。
もちろん、王国軍の相手は魔物ばかりではない。西方の密林の異民族や、ダッハラト山脈の向こうにあるという帝国、そして未だ見ぬ魔物とは別の勢力が、王国軍の相手だ。
そして、僕が所属する竜騎兵隊は、魔物とは別の勢力との戦争に備えた部隊である。
竜というのは、いわゆるドラゴンに似て非なるものである。
幾千の星霜を重ね、人を上回る知恵と力を手に入れたドラゴンを人が扱う、というのがもともとの竜騎兵隊の目的であった。
だが、成長したドラゴンは人の言うことなど聞かず、聞いても対価として法外な金銀財宝を要求するため、ドラゴンを仲間に引き入れることは諦めた。
そして編み出されたのが、ドラゴンを卵のうちから飼いならすという方法だ。
確かにドラゴンは人を上回る力を持っている。しかしドラゴンといえども、弱い個体や若くて未熟な個体はいくらでも存在する。
そういった弱いドラゴンを倒し、あるいは捕えて、人はドラゴンの卵を手に入れることに成功したのだ。
試行錯誤の結果、人はドラゴンの卵を孵す技術を手に入れた。
だが、ドラゴンの卵から孵ったモノたちは、当時の研究者たちの予想とは異なったものだった。
卵から孵ったのは、足と羽を備えた蛇だった。
個体ごとに違う色の分厚い鱗が体のほとんどを覆い、首の下や顎の裏、腹部をやややわらかい白い鱗が覆っている。細長い体の中央から生えた二枚の羽は、蝙蝠のそれのように皮膜によってできており、指のようなものが皮膜を支える骨格の中央に備わっていた。
ドラゴンのような手足に翼、という形態ではないことに、研究者たちは戸惑いつつも、ドラゴンの巣に別な生物の卵が紛れていたという仮説を立てた。
だが、大陸のあちこちから集めてきた卵のいずれからも、生まれてくるのはドラゴンではなく羽と足をはやした蛇だった。
果ては、捕獲したドラゴンのオスとメスを強引に交尾させ、どうにか生ませた卵をドラゴンの巣穴で孵しても、羽と足をはやした蛇が生まれた。
研究者たちは、頭をひねり、どうやらドラゴンが生まれるには何らかの因子が必要で、人の技術ではそれが再現できないためドラゴンではない生物が生まれてしまう、という結論に至った。
本来ならば、ドラゴンを飼いならす計画は凍結され、生まれたモノ達も破棄されるのだろう。だが、王国は卵を得るために数多くの人員と予算をこの計画に注ぎ、多くの犠牲を出していた。
この計画の唯一の成果物である、生まれてきたモノ達に焦点があてられるのは当然のことだった。
生まれてきたモノ達の飼育と成長の結果、彼らは途中でドラゴンに変異するわけでもなく、翼と足を備えた蛇のような姿のまま大きくなり、怪力や火を吹くなどというドラゴンの持っている能力は備えていないことが分かった。さらに、彼らが犬以上の知能は持っているらしいものの、人語を操る様子はないことも判明した。
火も吹けず、力も見た目相応しかなく、頭は良いもののしゃべることはできない。
ドラゴンから遠く離れた、生まれてきたモノ達の記録を、研究者たちは落胆しつつ王国軍に提出した。
しかし、王国軍の反応は、研究者の予想とは真逆のものだった。
『最高の生物を手に入れたね、諸君』
軍の評価は、最高のものだった。
考えてみれば当たり前のことだ。犬より高い知能を持ち、空を飛ぶことができ、訓練次第では人に従順になる。
ドラゴンとしては駄目かもしれないが、軍用生物としては最高の条件である。
生まれてきたモノ達は、遥か東のジパングの言葉で竜と名付けられた。
そして、伝令や敵地の観察、戦場での戦意高揚、敵兵への威嚇を目的とした部隊、竜騎兵隊が組織されたのだ。








ばさり、ばさり、と翼を打ち鳴らしながら、シャーロットが風を切り裂き、飛翔する。
北の丘から北西の森を越え、南の草原まで東の川の水面ぎりぎりを通りる。後に残っているのは、竜舎までの帰還だった。
眼下を草原が流れていき、時折何かの訓練のためか伏せている兵士が通り過ぎていく。
僕は手綱を操り、彼女の進行方向を微調整しながら、彼女とともに前方を見つめていた。
草原と城壁と、その向こうの石造りの建物。ダーツェニカ南方砦。
訓練中の今は、敵の砦だと仮定している。
僕は手綱を握る片方の手を放すと、腰に結わえ付けた袋に伸ばした。
袋を握り、持ち上げるようにしながら引くと、結び目がするりと解ける。
砂の詰まった袋を握りなおしながら、僕は手綱を引いた。
そこそこの高度を飛翔していた彼女が、高度を一気に落とし、地面から人の倍ほどの高さの距離を突き進む。先ほどまで見下ろしていたはずの城壁が、見る見るうちに高さと幅を増し、地面へ落下していくような錯覚を覚える。
しかし僕は臆することなく、城壁への激突寸前に手綱を操り、一気に高度を上げた。
重い力が全身を引き、手に握る砂袋を奪おうとする。
僕は重みに耐えながら、手綱を握り続けた。
彼女の腹の下、手を伸ばせば触れられそうなほどの距離を、石造りの城壁が通り過ぎていく。少しでも手綱の制御を誤れば、彼女の体が触れて、削り取られてしまうだろう。
だが、彼女は完全に僕に信頼を寄せているのか、臆することなく僕の手綱に従っていた。
眼前に、突き出した城壁の上部の見張り台が迫る。
瞬間、僕は手綱を引き、直後彼女が城壁から離れた。
文字通り、城壁の見張り台の縁が、彼女の腹を覆う鱗から指一本分を置いて通り抜けていく。
そして、僕たちが城壁を乗り越えた瞬間、再び僕の手綱に彼女が応えて、地面に平行になった。
砦の中庭がよく見渡せる。
僕は一瞬で視界に収まるものすべてを確認すると、軽く手綱を引いて、彼女の向きを変えさせる。
そして、彼女が羽ばたきとともに中庭を通り過ぎようとする瞬間、僕は手に握っていた砂袋を放した。
指から砂袋が離れ、中庭へ落ちていく。
そして、彼女が中庭を挟んだ反対側の城壁を通り過ぎる直前、振り返った僕の視界のなかで、砂袋が中庭の一角に広げられていた布の中央に落ちて行った。







それから、軽く上空を一周してから訓練を終え、僕と彼女は竜舎の飛翔台へ戻った。
落下の速度を翼による滑空で抑え、飛翔台への着陸寸前、数度の羽ばたきで完全に勢いを殺す。
「おう、お疲れ!」
次に訓練を控えている同僚が、相棒の竜とともに僕たちを迎えた。
「こっからでも見えたぜ?いい感じだったな」
「ありがと」
僕と同じ革の装束に身を包む同僚と、緑を基調とした鱗の竜に僕は応えた。
「それで、今回の的はどこだった?」
「あぁ、中庭の南西側。割と真ん中あたりだったから当てやすかったよ」
訓練の最後のメニュー。竜騎兵による投下訓練についての情報を、僕は臆面もなく洩らした。
だが、的の位置は毎回変わるので何の問題もない。
「よーし、じゃあ俺も新スコア目指して行ってくるぜ!」
「おう、頑張れ」
僕がそう応えると、彼は軽く腕を上げてから、相棒の竜の鞍に跨った。
そして手綱を握り、軽く引くと、竜とともに飛翔台から飛び立っていった。
僕はシャーロットと、彼が中庭を横切ってから上昇して行くのを眺めていた。
青空を背に、その細長い影が数度旋回すると、狙いを定めたかのように北へ向かって飛んで行った。
「…行ったね」
視界から彼らの姿が消えてから、僕はそうつぶやいた。
「じゃあ、戻ろうか」
「…ぐるる…」
僕の言葉に、彼女が低い声で唸る。
僕は手綱を握って彼女の脇に立つと、飛翔台から竜舎の脇に備え付けられた緩やかな螺旋階段へ足を進めた。
手綱がたるむ程度の距離を保ちながら、シャーロットが後に続く。
螺旋階段の段は一段一段が幅広く、シャーロットの大きな足でも楽に上り下りができるようにできている。
僕たちは螺旋を数周して降りると、両開きの大扉を開いて竜舎内に入った。
僕たちを迎えたのは、彼女専用の部屋だった。
竜というのはその体格のため、一頭一頭広いスペースを必要とする。
しかし、厩舎のように一頭一頭のスペースを横並びに設けるには、砦の敷地は狭すぎた。
そのため考え出されたのが、一つの階に一頭分のスペースを与えるという竜舎の構造だった。
僕は手綱と鞍を外すと、彼女の口に食い込んだままの轡を取り去り、壁に設置された物置台にそれらを置いた。
「さ、おいで」
僕は向き直ると、入り口のあたりに立っていた、赤を基調とした鱗に覆われた竜を呼んだ。
体を拘束していた器具が外れたことでリラックスしたのか、彼女が甘えるように僕の胸に鼻先を押し付け、ぐるる、とうなった。
「よしよし…」
一抱えほどありそうな頭の下に腕を回し、顎を撫でながら首筋を擦ってやる。
顎の下から首の下、腹へと続く鱗は、それ以外のものと違って白く、少しだけやわらかかった。
そのため、彼女の筋肉のうねりや脈拍が、背中や首の上部に触れた時よりよくわかった。
そしてそれは同時に、彼女が僕の掌の感触を、背中や首の表より感じられるということだった。
「ぐるるる…」
彼女が喉を鳴らしながら首をのけぞらせ、白い鱗を僕の胸に押し当てる。
僕が彼女の顎を受け入れ、そっと彼女の頭に両腕を回して抱きかかえてやると、彼女は心地よさ気に目蓋を半分おろした。
赤い鱗の隙間から、金色の瞳が僕を見つめていた。
革の装束越しに、彼女の息遣いや脈拍が、僕の胸に伝えられる。
「ぐるるる…」
彼女はそのまま首を折り曲げ、一歩、一歩とゆっくり僕との距離を詰めていった。
そして、彼女が翼を広げて僕を覆い包むように、ゆっくりと爪の生えた指を近づけてくる。
だが、その指が僕に届く寸前で、僕は彼女の頭を抱いていた両腕を放し、彼女の翼膜に両手をあてて押しとどめた。
「ここまで」
「ぐる…」
突然の制止に、彼女が目を開いていささか不満げな声を漏らした。
「訓練で疲れてるんだろう?休んだらどうだい?」
「ぐるる」
僕の問いに、彼女は顎を僕の胸から放すと、小さく左右に振った。
「まあ、君は疲れてないかもしれないけど、僕は結構来てるんだよ」
「るぐる…」
目蓋が半分下り、疑わしいとでも言いたげな表情を形作る。
「それに、訓練のレポートも書かなきゃいけないから、そう長くはここにいられないしね」
「ぅぐる…」
ようやく納得したのか、彼女は小さくうなだれた。
そして、僕を包もうとしていた翼を離すと、部屋の隅の寝床へのそのそと移動を始めた。
いくらかその背中がいじけているように見えるのは、気のせいではないだろう。
やがて、彼女は寝床に積まれた藁束の上にくると、ぐるぐると数度その場で回ってから、とぐろを巻くように腰を下ろし、自身の銅の上に顎を乗せた。
「よしよし、それれでいい。ちゃんと寝てるんだよ」
僕の言葉に、彼女がちらりと恨みがましい視線を乗せた金色の瞳を向けた。
「それじゃあ、また夜に」
僕はそう言い残すと、大扉の外に出た。
大扉を通り抜ける一瞬、彼女の瞳が大きく見開かれていたのを、僕は見逃さなかった。







そして、夜。
月光がしんしんと照らし出す砦の中を、僕はひとりで歩いていた。
夜中に宿舎を抜け出すのはもちろんご法度だが、竜騎兵は竜の面倒を見るという目的においてのみ、竜舎までの出入りが許可されているのだ。
竜騎兵と竜の信頼関係は、騎士と馬のそれよりも深いという。竜騎兵隊の任務の性質上、竜騎兵の竜の扱いは、地面ぎりぎりを飛んだり、急旋回したりとかなり危険なものになる。
そのため、竜騎兵と竜の信頼関係が不十分ならば、危険な操作に竜が逆らい、自分の判断で姿勢を変えるのだ。竜騎兵は、自分の操作で姿勢が変わるのならば、急な変化でも竜にしがみついたままでいることはできる。だが、自分の意思とは関係のない、不意の姿勢の変化には対応できず、落竜する事態だって起こりうるのだ。
そのため、竜騎兵と竜の信頼関係の構築は何よりも重要視されているのだ。
眠っている兵士を起こさぬよう、静かに竜舎まで移動すると、僕は竜舎の脇に備えられた螺旋階段をそっと上がった。
そして、目的の階にたどり着くと、僕は懐から鍵をだし、大扉の鍵穴に差し込んだ。
何の抵抗もなく錠が開く。そっと大扉を開いてから、僕は隙間に身を滑り込ませた。
「お待たせ」
後ろ手に大扉を閉め、鍵をかけながら僕は囁いた。
明り取りの窓から差し込む月光の輪の中で、とぐろを巻くようにして横になっていた彼女が、僕の声に首をもたげた。
「ぐるる…」
低いものの、夜とあって幾分通りやすくなった彼女のうなり声が、僕の耳に届く。
その声は、いくらか甘えているようにも、誘っているようにも僕の耳に聞こえた。
僕は、明り取りの窓から差し込む月光を受けて艶めかしく赤い鱗を輝かせる彼女に歩み寄ると、そっと身を屈めた。
そして、彼女のとがった口の先端に、唇を重ねた。
さて、ここで先ほど記し忘れていたことを述べよう。
竜騎兵と竜の信頼関係の構築は重要だが、関係の構築方法はいくつか存在する。
一つは、卵から孵ったばかりの竜を付きっ切りで育てる。
一つは、竜騎兵が竜舎に住み込み、文字通り竜と寝食を共にする。
そしてもう一つが、竜と臥所を共にする、だ。
僕も元々は竜と寝食を共にしていたのだが、彼女がこの部屋に持ち込んでいたベッドに潜り込もうとするようになってから、自然とそういう関係になったのだ。
彼女は四六時中ずっといるよりも、濃密な時間を共有できるほうが好みのようだった。
「ぐるぅ…」
僕と唇を重ね合わせながら、彼女が低く喉を鳴らす。
そして、少しだけ唇を開いて細長い蛇のような舌を出し、僕の顔を舐め始めた。
湿り気を帯びた、紐状の肉が僕の顔を濡らしていく。
いつしか、彼女の首を抱えるようにしていた僕の両手が、鱗を擦るような動きに変わり、首包む赤と白の鱗を撫でまわしていく。
固い鱗がチクチクと掌を刺激し、白い鱗の向こうで彼女の筋肉がうねっていた。
やがて、彼女が耐えきれないといった様子で身を起こし、僕に体を擦り付けてきた。
翼を広げ、皮膜で僕を抱きかかえるように包み、細くしなやかな尾を僕の足に巻き付け、胴を擦り付ける。
首筋を撫でていた手のひらを、そのまま彼女の銅へと滑らせる。
白くやわらかな鱗の向こうで、頭を支える筋肉から翼を操るための筋肉へと質感が移り変わり、彼女の鼓動に加えて呼吸さえもが掌に伝わってくる。
僕の掌は、人間でいうところの鎖骨から胸の間を通り抜け、みぞおちから存在しないへそのあたりをくすぐる。
鱗越しだというのに、彼女はくすぐったいのか軽く身をくねらせた。
僕は彼女の反応を楽しみながら、柔らかな白い腹をしばらく撫でた。
「ぐるる…」
唇を触れ合わせたままの彼女が、不満げに喉を鳴らした。
腹はもういい、と言いたいのだろう。僕は胸中で、苦笑いを浮かべながら呟いた。
(わかりました、お嬢様)
呼吸と鼓動にゆっくりとうごめく腹から指を滑らせ、竜舎の床を踏みしめる足の間へ、指先を挿し入れる。
指先に、鱗と鱗の間の継ぎ目のようなものが触れた。そこは普段はきつく閉じられているのだが、彼女の興奮と期待によるものか、今はいくらか緩んでおり、数度擦るだけで指先を受け入れた。
指先に滑る柔らかな肉が絡むと同時に、彼女が低いうめき声を漏らす。
「ぐるるぅ…」
甘える時や、僕の言葉に応える時とは違う、苦しげな気配を孕んだ呻き声。
これが、訓練中や寝床で横になっているときの声ならば、僕は迷わず竜舎付きの医者を呼んだだろう。
だが、僕は知っていた。この声が彼女がどういうときに漏らすのかを。
僕は指先を浅く咥える肉の亀裂に、そのままゆっくりと押し込んでいった。
「ぐぎゅる…!」
彼女の全身に小さく力が籠り、指を受け入れる亀裂がひくひくと震えた。
僕は指を根元まで差し込むと、ぐりぐりと亀裂をさらに広げるように掻き回した。
折り重なった襞が指に絡みつき、その表面に滲ませた滑る粘液を絡めてくる。
僕はお返しとばかりに指先を軽く曲げて、絡み付く襞と襞の間に指先を埋めてやった。
体の奥深く、普段絶対触れえぬ場所への刺激に、彼女が唇を離して背をのけぞらせた。
「ぐるるぅううう…!」
辺りに響かぬよう、口をしっかり閉じたまま声を上げる。
同時に、彼女の肉の穴がきゅっとしまり、僕の細い指を緩く締めた。
そして、一瞬の間をおいてから、彼女の全身にこもっていた力が抜けた。
「くふぅ…くふぅ…」
仰け反らせていた首をおろし、僕の肩に顎を乗せる。
そして、目蓋を半ばおろした状態で、彼女は金色の瞳を僕に向けてきた。
人のような表情は殆どないというのに、その視線はひどく淫靡で、まるで僕に続きを促しているかのようだった。
僕は彼女の秘裂から指を引き抜くと、ズボンのベルトに手をかけた。
ズボンと下着の下では、僕の肉棒が痛いほどに屹立していた。












翌朝、僕は全身を満たす倦怠感に抗いながら、竜舎の彼女の部屋を後にした。
前半は僕が動いたものの、中盤以降は彼女が頑張ってくれたため、身体への疲労はあまり残っていなかった。
だが、それでも一晩に片手では数えられぬほどの回数をこなすのは、体力的にきついものだ。
足を半ば引きずるようにしながら、朝日が差し込む砦の中庭を進んでいく。
そして宿舎にたどり着くと、僕はまっすぐに宛がわれた部屋を目指した。
廊下を進み、階段を這い登り、どうにかして部屋の前にたどり着く。残された力で扉を押し開いて、僕はベッドに倒れ込んだ。
「あー、やわらかい…」
彼女の体とは違う柔らかさを味わいながら、僕は量の目蓋を下ろした。
意識が疲労と心地よさの沼にずぶずぶと沈み、思考が蕩けていく。
しかし、僕が眠りの国に旅立とうとした瞬間、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
「おい起きろ!」
「なんだよー」
緑鱗の竜を相棒荷物同僚の乱入に、僕はベッドに潜り込んだまま応えた。
「さっき戻ってきたばっかりなんだよ、寝かせてくれよ…」
「いや、そんな場合じゃないって!」
同僚はかつかつとベッドのそばに歩み寄ると、横たわる僕の肩をつかんでゆすりながら続けた。
「魔王が倒されたらしい」
「…本当か?」
同僚の言葉に、まるで酔いが冷めるように、疲労感と眠気が掻き消えた。
「いや、王都からの伝令がそう言っていた、ってのを又聞きしただけだ」
「又聞きかよ…」
情報源の不確かさに、僕は思わずそう呟くが、内心では緊張を覚えていた。
魔王が倒されたということは、魔物による脅威が小さくなるということだ。
そうなれば、今後の王国軍の相手は異民族が中心になり、敵陣の観察や伝令の役割が重要になって、僕たち竜騎兵の仕事も大きく増えるだろう。
魔王が倒されたということが事実なら、明日から、いやヘタすれば今日から忙しくなるかもしれない。
僕は近い将来の予想に、かすかな緊張を覚えていた。
「それで、お前はどうするんだ?」
「僕?」
同僚の問いに、僕はうっかり間抜けな返答をしてしまった。
「魔王がやられたんなら、本格的に竜騎兵が動き始めるわけだろ?」
「まあ、うん」
「だったら、北とか南とか、どこか行きたいところ決めておいた方がいいんじゃないのか?」
同僚の言葉に、僕は内心小さくため息をついた。一介の竜騎兵の希望が、配属先に反映されるはずがないだろうに。
「あのな…」

がらーん がらーん

彼の言葉に応えようとした瞬間、僕たちの耳を鐘の音が打った。
時刻を知らせる鐘とは違う、命令伝達の鐘。
その内容はこうだった。
『全員、広場に集合せよ』
僕たちは顔を見合わせると、急いで部屋から飛び出して行った。





「諸君、本日は重要な話がある」
砦の中庭に整列する兵士や士官を前に、台に上った司令官が声を上げる。
「すでに耳にした者もいるかも知れないが、二日前、魔界に突入した勇者が魔王を倒した」
兵士たちの間からどよめきが生じた。
無理もない。魔王が倒れたということは、人の宿命といってもいい魔物との抗争の終結を意味しているからだ。
「さて、魔王の打倒を祝い、勇者を讃えるための祝祭をしようではないか、と言いたいところだが、諸君らはこれから忙しくなるだろう」
戸惑いの表情を浮かべる兵士たちに、指令官は言葉を連ねた。
「魔王は確かに倒されたが、すべての魔物が一掃されたわけではないのだ。むしろ、魔王という統率者を失ったことで、暴走を始める魔物が現れるかも知れない。
また、魔王という大敵が消え去った隙を突いて、西の異民族や東の帝国といった、新たなる敵が王国に攻め入るかもしれない」
司令官が言葉を連ねるうちに、兵士たちの間のどよめきが、戸惑いが、次第に小さくなっていく。
「勿論、勇者の個の力で魔物の残党を一とする新たな敵を押しとどめることは不可能だ。
だからこそ、我ら王国軍が民を守り、国を守り、王国の、ひいては大陸の平和を守らねばならないのだ」
兵士たちの視線を一身に受けながら、彼はそう演説を締めくくった。
そして、司令官と入れ替わりに、副司令官が台に上がる。
「今後の予定についてだが、王国軍本部から通達があるまで、訓練等は予定通り行う」
魔王打倒の通知が着てから考えたであろう、今後のダーツェニカ南方砦の対応について、彼が発表を始めた。
「なお、ダーツェニカを一とする近隣の集落に魔物が現れた場合は…」

うぎゃぁぁぁああああああああああっ!!!

突如響いた絶叫が、副司令官の言葉を断ち切った。
音の響いた方向に、広場にいた全員が目を向ける。
視線の先にあったのは、竜舎であった。
そして、絶叫には聞きなれた声が混じっていた。
「レリア…!」
僕の傍らに立っていた同僚が、相棒の緑鱗の竜の名を囁くと、駆け出した。
それに続くように、僕を含めた他の竜騎兵の面々が駆け出す。
「はぁはぁ…!」
幾度も往復した広場を全力で駆ける。
足と手を動かすうちに、嫌な考えが脳裏に浮かぶ。
統率者を失った魔物が、さっそくこの砦に攻め込み、竜舎の竜たちに手をかけたのか。
それとも、さっそく異民族が攻撃を仕掛けたのか。
司令官の言葉が頭で渦巻き、魔物の牙やや敵の武器を受けたシャーロットの無残な姿が浮かび上がる。
僕は必死に浮かび上がる映像を打ち消しながら、懸命に走った。
そして、これまでで一番速い速度で走りながらも、一番長く感じる時間をかけて、僕達は竜舎にたどり着いた。
竜舎の周りに人影はなく、火も付けられていないようだ。だが、竜たちの絶叫はまだ響いており、僕たちの危機感を煽る。
幅の広い螺旋階段を、一段飛ばしで駆けあがっていく。
並走していた同僚たちが、一人また一人と、目的の階についたところで大扉に飛び込んでいった。
そして何度も開け閉めした大扉の前に立つと、僕は鍵を開けるのももどかしく、半ば蹴破るようにして扉をあけ放った。
「シャーロット!」
「ギィィャアアアアアアっ!!」
僕の呼び声に、彼女が絶叫を返す。
寝床の藁は部屋中にまき散らされており、その中心で彼女はのた打ち回っていた。
身をくねらせ、細く長い尾を床に叩き付け、壁に背中を打ち付ける。
羽を羽ばたかせながら床の上を転げまわり、ぐるりととぐろを巻いたかと思えば、一息にまっすぐになる。
まるで、全身に纏わりついたアリを払い落とそうとしているかのようだ。
だが、彼女の体を覆う赤と白の鱗はもちろん、床に散らばった藁の中にもアリはおろか虫の姿すら見えなかった。
しかし、全身を苛む苦痛を堪えるかのように、彼女が身悶えしているのは事実である。身をくねらせ、壁や床に体を叩き付ける度に、棚から物が落ちたり、大扉の鍵とは別の掛け金が下りたりした。
(まさか、鱗の下に寄生虫が…?)
西方の密林に生息するという、トカゲなど鱗を持つ生物の鱗に入りこむ寄生虫の話を思い出した。
確か、その寄生虫に取りつかれたトカゲは、全身の痒みに耐えかねて狂死するか、水に飛び込んで溺死するという。
彼女の様子は、まさに狂死寸前といった様子だった。
いや、それよりも先に、壁に頭を打ち付けて頭蓋骨を砕きかねない。
「シャーロット!」
僕は声を上げて、身もだえする彼女の頭を守るべく駆け寄ろうとした。
だが、彼女が腹を床に着けながら、思い切り仰け反った瞬間、僕の足は止まった。
彼女の首の付け根、人間でいう胸のあたりを覆う白い鱗が、ばりっという音を立てて縦に裂けたのだ。
「っ!?」
彼女の身悶えに耐えきれず、柔らかな鱗が裂けてしまった。
僕は一瞬そう考えた。
だが、鱗は継ぎ目に沿って裂けているのではなく、鱗そのものが真っ二つになっている部分もあった。
鱗より、鱗の継ぎ目の部分が弱いはずなのに、なぜ?
疑問を浮かべる僕の目の前で、さらなる変化が彼女の体に起こった。
尻尾が、縮み始めたのだ。
いや、尻尾だけではない。すらりとした長い首も、先ほど腹側の鱗が裂けた胴も、同じように縮み始めたのだ。
「あぁぁああああっ!?」
自らの肉体に起こる異常に絶叫する彼女の顔の鱗が、顎から額のあたりまで、口を跨いで縦に裂けた。
柔らかな白い鱗だけではなく、部分によっては石より硬い赤い鱗さえも、だ。
顔と胸部の裂け目は、彼女の首や尾が縮むのに合わせ、徐々に広がっていく。
しかし、鱗の裂け目から覗くのは、しなやかな彼女の赤い筋肉ではなく、白くつややかな何かだった。
見覚えのある、濡れた何か。
釘付けになるぼくの視線の先で、今度は翼に異常が起こる。
ぴんと伸ばし、広げていた翼が、翼膜とそれを支える骨組みの所で裂けたのだ。
だが、皮膜と骨組みの間からは血は出ない。
それどころか、今度は二つに裂けた翼が変貌を始めた。
肩のあたりから延びる、細くて長い、半ばから五本に枝分かれした指のような骨組み。それが、みしみしと縮み始めたのだ。
そして縮んだ長さの分を取り戻そうとするかのように、太さが増していく。
枝分かれした骨組みの先の部分も、徐々に位置を変えながら縮んでいく。
一方、裂けた皮膜の方は、こちらも収縮と移動を始めていた。
面積を縮め、厚みを増しながら、人間でいう脇にあった皮膜の根元が背中へ、肩甲骨のあたりへ移動していく。
縮む骨組みが太さを増して形を整え、皮膜の中に新たな骨組みが生じる。
そして、骨組みが人のそれのような手指を備えた腕になり、皮膜が背中のあたりから生える新たな翼の形をとったころには、彼女の身体もだいぶ変貌を遂げていた。
長く伸びていた首は人ほどの長さと太さに縮み、胴も人のそれと変わらぬほどになっていた。
蛇のようであった尻尾は短く太くなっており、彼女の顔と胸の鱗の亀裂は、広がって一つになっていた。
額からみぞおちに至る、大きな亀裂。
それがなおも、みしりみしりと音を立てながら左右に広がり、上下に伸びていく。
そして亀裂の中のぬるぬるとした液体にまみれた白い物も、大分姿を現していた。
胸のあたりになだらかな膨らみが二つのぞいている。まるで、人間の女性の乳房のような。
その事実に思い至った瞬間、僕は何が起こりつつあるのかを、おぼろげながら悟った。
彼女は、人間になりつつあるのだ。
彼女の体を覆っていた赤い鱗は、亀裂が広がり、人間のような肌が露になるにつれて、一枚一枚が縮み、背中や手足の方へ吸い寄せられていく。
硬かった彼女の唇の下から、赤い人のそれのような唇が現れる。ギュッと鱗に覆われた目蓋を閉じる彼女の両目が左右にずれていき、代わりにそっと目蓋を下ろす両の目が姿を現す。
額から臍の下までの肌が外気に触れたころ、再び音を立てて鱗が裂けた。
生じたのは、頭頂と両肩と脇を通って背中にまで届く、たすき掛けの亀裂だ。
背中で交差する四条の亀裂が、見る見るうちに広がり、赤い鱗が腕と足と翼と尾の根元へ吸い寄せられていく。
頭を覆っていた鱗が真っ二つに割れ、その中から濡れた、彼女の鱗のように鮮やかな赤い髪が流れるようにまろび出た。頭を覆っていた鱗は見る見るうちに収縮し、耳の辺りへ追いやられていく。
そして、彼女の肌が両手両足の肘膝辺りまで露になったところで、鱗に覆われた部分の退縮は止まった。
変貌が止まった彼女の姿は、肌の白い、細身の人間女性に似ていた。
だが、その肘と膝から先は人のものより二回りは大きく、赤い鱗に覆われている。
背中からは骨組みの間に皮膜を張った翼が広がり、尻からは長さを失った代わりに太さを増した尾が生えている。
そして、その鱗のように鮮やかな赤く長い髪の両脇、耳の辺りから後ろの方に向けて、赤い角が生えていた。
いずれも、人間には存在しない特徴ばかりだ
「っ…はぁはぁはぁ…」
いつの間にか止めていたのか、彼女が呼吸を再開させる。
新たにできた両腕をおろし、鱗に覆われた大きな掌を床に突きながら、高速で長距離を飛翔した時のような荒い息を彼女は重ねた。
だが、それも次第におさまり、意識的に深呼吸のような深くゆっくりとしたものに変わっていく。
そして最後に、彼女がいつも呼吸を整える際の仕上げとして行っていた、深い深い呼吸をゆっくりひとつしたところで、呼吸音が止んだ。
「…シャ、シャーロット…?」
目の前で起こったことが信じられず、僕はそう呼びかけた。
すると、ずっと閉じていた目蓋を開いて、彼女が顔をこちらに向けた。
整った顔に並ぶ、切れ長の両眼には、金色の瞳が嵌まっていた。
竜のころと寸分たがわぬ、金色の瞳。
その瞳から放たれる視線に射抜かれた瞬間、僕は呼吸が詰まったような錯覚に陥った。
「ますたあ…」
呆然と彼女を見つめていると、彼女の赤い唇が開いて、たどたどしくはあるものの、言葉を紡ぎだした。
ますたあ。おそらくは、マスター。
主人を示す、一般的な言葉。
「ますたあ、ますたぁ、ますたー、マすたァ」
赤髪の、怜悧な顔立ちの美女が、同じ単語を語調を変えながら繰り返す。
一言ごとに、拍子外れであった発音が整っていく。
「ますたァ、マスたー、まスター、アスタァ、マスター」
そして、しばしの試行を挟んで、ようやく彼女の発音が完成した。
「マスター、マスター、マスター」
完成した、主人を示す単語を、彼女は心地よさ気に繰り返す。
「マスター、すき」
彼女は、数度の繰り返しののち、最後にそう添えた。
「すき、好き、大好き!」
行為を示す単語を繰り返しながら、竜の姿と変わらぬ足で立ち上がり、床を蹴った。
床板が彼女の鋭い爪と、力強い蹴りにより大きく抉れ、彼女の身体が宙を舞う。
一瞬ののち、僕の目の前に彼女が降り立った。
彼女は着地と同時に、広げていた両腕を僕の背中に回し、僕の体を抱きかかえた。
細い二の腕と、鱗に覆われた大きな前腕が、強烈な抱擁を織り成す。
「好き!好き!好き!好き!」
顎を僕の肩の上に乗せ、痛いほどの抱擁とともに、控えめな乳房、きゅっと締まった腹、肉付きの良い太腿を、僕の体に絡め、押しつけ、擦り付けてくる。
そして一瞬上半身を逸らしたかと思うと、唇をすぼませ、勢いよく僕の唇に重ねた。
「っ!?」
突然のキスに、何が思考が固まる。
目の前で変貌していく様子を見ていたとはいえ、まだ僕の頭は目の前の赤髪の女性がシャーロットだと理解しきれていなかったからだ。
目を白黒させる僕の唇を押し開いて、人のものよりやや長い舌が僕の口腔に押し入れられる。
そして、唇と歯茎の間に舌先を差し入れ、歯の根元をなぞるように動かし始めたのだ。
シャーロットが、細長い紐状の舌を使ってよくやっていた口技。
目の前の美女が、シャーロット自身だという証明。
彼女の押し込むような動きに、僕の体は次第に仰け反り、傾き、ついには床の上に倒れ込んでしまった。
だが、僕の頭が床にぶつかる直前、彼女が両腕を突き出して僕を支えた。
そしてそのまま彼女は両腕の力を抜き、ゆっくりと僕を床の上に横たえ、その上に彼女自身が覆いかぶさるような姿勢になった。
彼女は巨大な足と膝を床に突いているため、重さはほとんど感じない。
「んぷはぁ…好き…」
息継ぎをするように唇を離すと、彼女はまたそう呟いて、覆いかぶさるような抱擁とともに顎を僕の肩の上に乗せた。
「んーんーんー」
唇を閉ざしたまま、彼女が喉の奥で唸り、その振動を肩に伝える。
表情は見えないが、おそらく竜の姿のころのように目蓋を下ろしているのだろう。
彼女の抱擁を受けながら、僕はようやく自由に動く両腕を操り、彼女の背に触れた。
ぬるりとした液体に覆われてはいるものの、指先に触れるのはきめ細やかな、上質な絹の布を思わせる質感の肌だった。
だが、僕がその質感を味わおうと指先を少しだけ動かした瞬間、彼女の身体が強張り、喉を鳴らす声が止んだ。
「……?」
怪訝に思い、彼女の顔を窺おうとした瞬間、彼女が身を起こし、その強靭な両腕が動く。
鋭く巨大な詰めの生えそろった両手が一閃し、僕の衣服の全面を引き裂いたのだ。
「…っ!?」
突然の彼女の行動に身をこわばらせる僕に構うことなく、彼女は腰を浮かしてズボンに爪を掛け、一息に引き裂き、下着ごと引きはがした。
勿論、ほぼ全裸の僕の上に、一糸まとわぬ彼女が跨っているという姿勢になる。
同時に、僕の視界に彼女の両足の付け根が入った。赤く控えめな茂みの下にあったのは、左右に広がって桃色の内面をさらす、濡れた女陰だった。
そしてその下にあったのは、彼女の巨大な爪の威力に本能的な恐怖を感じたため、子孫を残そうと屹立する僕のペニスだった。
僕は、彼女の狙いを悟った。
「…っ!」
興奮に塗りつぶされた金色の瞳で僕を見据えたまま、彼女は一息に腰を下ろした。
濡れた肉の穴が僕の肉棒を根元まで飲み込み、柔らかな膣肉を絡み付かせながら締め上げてくる。
「…っ…!」
じっと強烈な締め付けに耐えていると、締め付けの中に変化が生じた。
根元まで挿入しているというのに、肉穴の入り口から奥へ、さらに深く深く挿入を続けているような感覚が、ペニスに生じたのだ。
勿論それは錯覚で、正体は彼女の膣肉の善導によるものだ。
彼女の膣に詰まった襞が、挿入の際の抵抗感を再現するように蠢いているためだ。
入り口近くに集まった襞が、もぞりもぞりと動く様子は竜の姿の時と同じだが、締め付けが段違いに増している。
そのため、圧迫感や刺激がすさまじく、快感も強烈なものになっていた。
この間まで、具体的に言えば昨日まで交わっていたときまでは、膣の蠢動に腰を動かして反撃を加える余裕すらあったのに、今はそんな余裕はない。
むしろ、体を動かすどころか、肉棒の脈動による摩擦ですら僕を追い詰めつつあった。
張り出したカリ首に襞が絡みつき、裏筋を撫で上げ、竿を締める。
柔らかな膣肉と、襞の蠕動と、強い締め付けの織り成す苛烈な快感は、僕の興奮を押し上げていった。
快感にたぎった興奮が、肉棒をさらに膨張させ、脈動を大きくし、鈴口から先走りを滲ませる。
すると膣奥の柔肉が、滲み出た先走りを愛液と混ぜ合わせようとするかのように、ぐちゅぐちゅ、と亀頭を包み、揉んだ。
痺れるような快感に、気を抜けば射精しそうになるが、僕は反射的に歯を食いしばって堪えてしまった。
なかなか射精しないペニスに、彼女が金色の興奮に濡れた双眸を軽く歪める。
直後、震える肉棒の先端に何かがくっつき、先走りの滲む鈴口を吸った。
尿道をじわじわと上っていた先走りが啜りあげられる感触に、引きずられるようにして肉棒の根元から何かが吸い上げられていく。
限界にったした興奮により、精液が迸っていると気が付いたのは、少ししてからだった。
我慢していたためか、精液は腰の奥からこんこんと湧き出すようだった。
彼女の膣は、迸る精液に子宮口を鈴口に寄せて啜り、脈打つ裏筋や浮かび上がった血管に襞を絡めさらなる射精を促した。
射精によって背筋が自然と仰け反り、彼女の身体を押し上げる。
深く食い込んだ肉棒に、肉襞がねっとりと絡み付き、射精の勢いが増す。
そんな、無限円環のような射精と快感の応酬が、延々と続く。
そしてそろそろ僕の意識が危うくなってきた頃、ようやく射精の勢いが衰え、止まった。
「はぁはぁはぁはぁ…」
息が詰まるような快感の翻弄を受け、僕は全身を脱力させて、荒い息をついた。
膣肉の蠕動による強烈な快感。体験したことはないが、サキュバスとかいう魔物のそれに匹敵するようだった。
そんなことを考えていると、僕の腰の上に跨っていた彼女が、起こしていた上体を倒し、僕の上に覆いかぶさった。
控えめな乳房がむき出しの僕の胸に押し当てられ、僅かに形を変える。
すると彼女は、僕に覆いかぶさったまま囁いた。
「好き…」
そう囁くこと自体が嬉しくてたまらない、という語調の言葉が、僕の耳から入り、頭の中に蕩けていった。







その後、僕に跨ったまま『好き』の二字を繰り返し、腰を揺すった。
勿論、他の兵士たちも竜舎にやってきていたのだが、変貌前の彼女の大暴れによって扉が開かなくなっていたため、彼らが邪魔をすることはなかった。
兵士の「開けろ」「開かない」という声を背景に、僕は絡み付く膣肉に幾度となく絶頂を迎え、彼女の囁きを意識の奥深くに刻み込まれていった。
そして、僕の体力が尽きたため、兵士たちが運び込んだ開扉槌で扉を打ち破ったところで、僕の意識は途絶えた。
目を覚ました僕を待っていたのは、医務室の天井と並ぶベッドに横たわる竜騎兵の同僚たちの姿だった。
僕たちは目を覚ました者同士で情報を交換し、竜舎に駆け付けた後何が起こったかを代替把握した。
どうやら皆、相棒の竜が人間女性の姿に変化し、そのまま至ってしまったようだった。
しばらくすると、医師が僕たち竜騎兵全員の身体に異常がないことを確認して回り、面会者の入室を許可した。
直後、医務室の扉がはじけるように開き、色とりどりの女性たちが雪崩れ込んできた。
巨大化した手足に、鱗と翼に尾を備えた、竜騎兵と同じ人数の女性たち。
髪形や年齢は違えど、緑や白など相棒の竜と同じ鱗に身を包んだ彼女らが、それぞれの竜騎兵のもとへ駆け寄る。
無論、その中にもシャーロットの姿があった。もっとも、一糸纏わぬ姿ではなく、腰と胸を布で覆っていたが。
「ますたぁ〜、ごめんなさい〜」
僕が目覚めたことに対する嬉し涙とともに、謝罪の言葉を口にしながら彼女は駆け寄り、ベッドの上に半ば身を投げ出すようにしながら僕に縋り付いた。
「ハハハ、お熱いことで」
隣のベッドの上に身を起こす同僚が、緑のショートヘアに緑の鱗を備えた十代半ばほどの少女の頭を撫でながら言った。
「あー、諸君」
不意に響いた声に、医務室の出入り口に視線を向けると、副司令官が立っていた。
僕はもちろん、ベッドに横たわる竜騎兵の全員が、彼の姿に姿勢を正し、敬礼をする。
「あ、いや、楽な姿勢でいてくれたまえ」
彼はそう言いながら医務室の一角に置いてあった椅子を手繰り寄せると、腰を下ろした。
「さて、今回の件だが、実に災難だったな。諸君らを確保してから丸一日経過している。丸一日で済んだのが何よりだが、諸君らの奮闘ぶりが伺えるな」
副司令官の、微かな羨ましさを忍ばせた言葉に、僕たちの頬がひきつった。
だが、彼は僕たちの表情の変化に気求めることなく、続けた。
「まあ、我々も諸君らが眠っている一日の間に、諸君らの側にいた元竜に対し、いくらかの調査を行うことができた。彼女らの変化は、実に驚くべきものだったよ」
軍服の懐から紙を取出し、広げる。
「『外見の変化、言語能力の獲得、知能の向上。飛行能力については変化なし、体重比での筋力については、かなりの向上が認められる』」
副司令官が紙の内容を読み上げるのに合わせ、傍らのシャーロットが自慢げに胸を張る。
どうやら彼女らは、軍の調査に積極的に協力したらしい。
「『以上の変化の原因については、魔王の打倒に何らかの関係があると考えられるが、詳細は不明である』…ということだ」
紙を畳み、懐へ戻しながら彼は顔を上げた。
「王都からの伝令によれば、他の土地でもこういった魔物の変化が起こっているらしい。
王都ではこの事態に対し、しばし様子見を行うようだが、我々としては喜ばしい事態だと判断している。なぜだかわかるかね?」
「は?へ?…ええと、わかりません…」
突然話を振られ、僕はしどろもどろに返すしかなかった。
「魔物が知性を獲得し、言葉が通じるようになったのだよ」
副司令官は気にした様子もなく続けた。
「これで、魔物との対話も可能になり、場合によっては竜たちのように戦力に加えられる可能性も出てきたのだ。少なくとも、新たな大敵の出現を控えた現時点では、歓迎すべきことではないかね?
考えてもみたまえ、これまでにも魔物を軍の戦力として用いようという動きは何度もあった。
だが、いずれも数多くの魔物使いを必要とし、調教の過程で数多くの命が落とされた。
だが、魔物が知性を獲得し、会話ができるようになったのならば、そんな悲劇は激減するはずだ」
「はあ…」
副司令官の言葉に、僕たちは生返事を返した。
「もっとも、いきなりオーガやドラゴンを軍の直接指揮下に引き入れようというわけではない。我々と敵対していない、比較的温厚な種族から始めるのだ」
始めるのだ、と言われても。
視線を向けずとも、竜騎兵全員が困惑している表情を浮かべているのが、なんとなくわかった。
その瞬間、ふと僕の脳裏を何かがかすめた。副司令官の言葉に潜んだ何かだ。
我々と敵対していない、比較的温厚な魔物。
そんな連中がいるのだろうか?
確かにゴブリンなど、ある種の魔物は人間と直接対立はしていないが、それでも温厚かどうかは分からない。
だというのに、彼の言葉はまるで、既に最初に軍に引き入れる魔物を決めているかのようだった。
「あ…」
そこまで考えたところで、僕の脳裏に答えが浮かんだ。軍が、何の魔物を最初に軍の直接指揮下に入れようとしているのか。
「そうだよ」
副司令官が、僕の表情の変化ににやりと笑みを浮かべる。
「最初に軍の直接指揮下に入れるのは、そこにいる竜たちだ」
「はぁ?」
隣のベッドの同僚が、彼の言葉に疑問の声を上げた。
「竜たちって、コイツらはもとから竜騎兵隊所属じゃないですか?」
「確かにそうだ。だが、指令部と竜の間に、君たち竜騎兵が存在している。ちょうど、騎兵と馬の関係だな。
だが、騎兵は馬に乗って戦闘を行うが、諸君らは竜で戦闘を行うのかね?諸君らがやっているのは、竜の操縦ぐらいのことだろう。
それも、我々が直接竜に指示できるようになれば、必要がなくなる。
それどころか、諸君ら竜騎兵が乗っていないため、飛行能力が向上するかもしれない。
以上が竜を軍の直接指揮下に入れる理由だが、何か反対意見があるならば聞いておこう」
そう言うと彼は口を閉ざし、僕たちを見まわした。
だが、竜騎兵は皆、何も答えなかった。反論しようにも、口が動かないのだ。
「反対意見はない、ということだな。では、後日正式に辞令を出すとしよう。それまで養生したまえ」
彼はそういうと椅子から立ち上がり、医務室を後にしていった。
そして、呆然とした僕たち竜騎兵と竜が取り残される。
竜たちはまだピンと来ていないようだったが、事実上の竜騎兵隊の解体宣告に、僕たちは固まっていた。
「マスター?」
シャーロットが僕を呼んだ。顔を向けると、心配そうな表情を浮かべた彼女が、僕の顔を覗き込んでいた。
僕はどうにか笑顔を作ると、彼女の赤い髪に手を乗せながら言った。
「大丈夫だよ」
「そう?よかった!」
彼女は金色の瞳に浮かべていた不安を消すと、目を閉じて「んーんー」とうなりだした。
赤い髪に指を絡めながら、僕は彼女の喉の震えを味わう。
もうすぐお別れなのだと考えると、感慨深かった。
「レリアレリアレリア、あーんもー、あーんもー!」
隣のベッドから届いた声に目を向けてみれば、同僚がベッドの上の自分の足に少女を乗せ、その緑色の髪の間に鼻先を突っ込みながら、鱗に覆われた手を擦っていた。
だが肝心の竜の方は、どうということもないような無表情で、彼の愛撫を受けていた。
「……」
彼女がちらりとこちらに視線を向けるが、すぐに正面の虚空へ戻した。
おそらく、同僚が押し付けた顔面を大きく動かしたのが原因だろう。
僕は視線をシャーロットの方に戻すと、柔らかな髪を撫でた。
その感触を覚えるために。






「ねえ」
「ん?なあに?」
「さっき、マスターが何の話してたか分かった?」
「んー、わかんない」
「気楽ね…竜騎兵隊が解体されるって話よ、あれ」
「ふーん」
「どういうことかわかってないの?」
「あんまりわかんない」
「簡単に言うと、マスターと私たちが離れ離れになる、って話よ」
「離れ離れ…?」
「そう」
「ずっとお別れ…?なでなでもしてくれない…?」
「当り前よ。また会えるかどうかも怪しいわ」
「う…うぅ…やだよぉ…マスターと、はなればなれぇ…!」
「もう、泣かないの…外見ではあなたが年上に見えるんだから、しっかりしなさい」
「くすん…くすん…」
「本当は相談してから決めるつもりだったけど、まあいいわ…ねえ、離れ離れにならない方法があるとしたら、どうする?」
「…やる…」
「ふふ、そう言うと思ってたわ」
「何すればいいの?」
「簡単よ、でもこれにはみんなの協力が必要なの…」






竜騎兵隊の解体が宣告されてから数日が経過した。
ベッドを出てからは訓練の指示もなく、竜舎のシャーロットの部屋に向かって、髪を撫でたり抱き合ったりしていた。
だが、それもシャーロットだけに対する呼び出しがないときに限られた。
兵士に連れられ、一人での飛行訓練に向かう彼女の金色の瞳には、寂しさを押し殺そうとする気丈さが浮かんでいた。
ただでさえ別れ時が迫っているというのに、僕たちが一緒にいられる時間はあまりなかった。
だが、僕にはどうすることもできない。
そしてある日、竜騎兵が全員司令官のもとへ呼び出され、竜騎兵の任を解かれ王都北方砦勤務への一時異動を正式に宣告された。
ただし、僕たちが乗るべき馬車が来るのは翌日のため、荷造りを含めた準備をする時間はたっぷりと与えられていた。
勿論、相棒の竜との別れの時間もだ。
僕たちは司令官の下を後にし、さほど多くない私物を簡単にまとめてから竜舎へ向かった。
彼女は単独訓練で不在だが、待たせてもらうことにする。
竜の体格に合わせて作られた螺旋階段を上り、修理された大扉を開く。
がらんとしたやたら広い部屋が、僕を迎えた。
部屋の広さは変わっていないが、今の彼女に合わせて小さくなった寝床が、広さを強調しているのだ。
僕は彼女の寝床に歩み寄ると、屈んで手を伸ばした。
柔らかい肌を傷つけないよう、シーツにくるまれた藁が指先に触れる。
彼女がそこを離れてから、かなり時間が経っているはずだが、微かにぬくもりを感じたような気がした。
錯覚だろうが、明日にはこの砦を離れる身としては、『お別れ』を告げられているように思えた。

がちゃり

寝床に触れる僕の耳に、大扉が開く音が届いた。
彼女が訓練を終えて帰ってくるのは、夕方ごろのはず。だがまだ日は高い。
もしかして、司令官が気を利かせてくれたのか?
そう脳裏に浮かばせながら振り返った僕の目に入ったのは。
「す、すみません…緊急事態です…」
肩で息をしながら、敬礼をする兵士の姿だった。




「私たちはぁー、竜騎兵の配置換えにー、断固反対するー」
兵士に連れられ、竜舎の外に出てみると、砦の中央塔の屋上にいくつかの人影があった。
赤、緑、白など色とりどりの髪と鱗の生えた手足を備えた人影。
訓練中であるはずの、竜だった。
そして中央塔を何十人かの兵士と司令官が囲み、その外を何か別の用事を抱えているであろう兵士が、ゆっくりとした歩みで行き来していた。
「お、やっと来たか」
塔を囲む兵士の中にいた同僚が、僕に気が付き声をかける。
「まったく、シャーロットちゃんも思い切ったことやるねー」
屋根の上で、いくらか気の抜けた声を上げるシャーロットの視線を戻しながら、彼が言った。
「何か教えたりした?」
「いや、まったく何も…というより、何やってんの…?」
「抗議活動、だそうだ」
見上げたまま、彼は続ける。
「『竜騎兵の配置換えに抗議する。配置換えを強行するならば、私たちは軍を抜ける』だそうだ」
「なんと思い切ったことを…」
「でもまあ、うまいことやってるとは思うぜ?軍を抜けるといっても、面倒な書類手続きもせずに、飛んでいくだけでいいからな。二、三日軍の追手も撒けるだろうし」
訓練の一環で、敵に追われた時のことを僕は思い返した。
何度もあの訓練を繰り返した彼女らなら、竜騎兵がいなくとも一人で軍の手が届かないほど遠くへ行けるだろう。
「司令官、そろいました」
「うむ、ご苦労」
竜騎兵が全員そろった報告を受け、司令官が一歩前に進んだ。
「あー、竜諸君にもう一度告ぐ!中央塔から降り、訓練に戻りたまえ!」
「竜騎兵隊の解体を取り下げたら降りるよー」
「もう王都から解体指示が来てるから、いまさら取り下げられないんだ!」
「だったら降りないよー」
シャーロットは一方的に司令官との対話を打ち切ると、屋根の上に腰を下ろした。
「とまあ、こういう感じだ」
司令官が振り向き、僕たち竜騎兵に声をかける。
「諸君ら竜騎兵が何かを吹き込んだ、とはあまり思いたくないが、突然の彼女らの行動に我々も困惑している。説得してくれないか?」
「はあ…」
ここまで駆り出された理由が、よくわかった。
だが、僕が前に出ようとした瞬間、同僚が先に飛び出して行った。
「レリアァッ!!」
中央塔の屋上にいる、相棒の竜の名を呼ぶ。
すると、数日前に医務室で彼に後ろから抱きつかれていた、緑髪緑鱗の少女の姿をした竜が屋根の縁に立った。
「何ですか」
あまり大きくはないものの、どうにか聞き取れる声で彼女はそう言った。
「何でそんなことをしてるんだ!?」
「マスターと別れるのがいやだからです」
何のためらいもなく、彼女はそう言い放った。
「ようやくマスターと自由に会話できるようになったのに、急に分かれろというのは非道すぎると思います」
「そーだよ!マスターに好きって、もっとたくさん言いたいのに!」
赤髪赤鱗の竜が立ち上がり、口を挟む。
だが、同僚の相棒は、自分より背丈の高い竜を押しとどめると、司令官のほうに目を向け、何事もなかったかのように続けた。
「とにかく、私たちが竜騎兵を介さず任務を遂行できるようになったため竜騎兵は不要になった、という点については理解しています。
ですが、私たちにとって竜騎兵は、単なる軍と私たちの仲介だけではないのです。
寝食を共にし、一心同体となってくれた彼らがいるからこそ、私たちは訓練を繰り返し、飛行技術を身につけたのです。
どうか、私たちから彼らを奪わないで下さい」
「しかし、竜騎兵隊の解体はすでに本部が決定した事項だ。もう我々だけではどうしようもないのだよ」
「だから降りてくるんだ、レリア!」
「いやです。マスターと別れたくありません」
同僚の言葉に、彼女は頭を振った。
「では、俺はどうすればいいんだ!!」
「とりあえずどうするかは君の仕事ではないな、下がりたまえ」
頭を抱えて絶叫した同僚を退かせると、入れ違いに僕が前に出るよう、司令官が促した。
「あー、えーと、シャーロット」
「はいマスター!」
呼ばれたのがうれしくてたまらない、といった様子の彼女が、顔を輝かせながら屋根の縁から身を乗り出す。
しかし、そこから先の言葉が出なかった。説得しようにも、大体のことはさっきやられたため、僕ができることはほとんどないのだ。
「とりあえず、どうすればいいんだろう?」
「どうすればいいんでしょうねー」
思わず口から漏れたつぶやきに、彼女が笑みを浮かべながら返す。
「シャーロットは、どうすればいいと思う?」
「うーん…マスターがずっと一緒にいてくれるとうれしいかな」
あまり期待してはいなかったが、僕の問いに彼女は答えた。
「お仕事とか訓練の後、部屋に帰ったらマスターが待っててくれるの。それでなでなでしてもらって、ご飯食べて、一緒に」
「俺だってそうしたいよ!レリアぁぁぁ!!」
同僚が彼女の言葉に割って入って絶叫する。おかげでシャーロットの続く言葉が書きされた。
ありがとう同僚よ。
だが、興奮した様子の彼はさらにまくしたてた。
「俺だって毎日レリアの頭撫でたいよ!膝の上に乗せて後ろから抱きしめたいよ!顎の下の柔らかいところぷにぷにしたいよ!でも明日には出発しなきゃいけないんだよ畜生!」
彼の口から迸るのは、まさに魂の叫びだった。司令官を一とする上官がすぐそばにいるとは思えない、自身の願望から軍本部への不満まで込めた言葉だ。
「向こう行っても、元竜騎兵なんてほとんど使い道がないだろ!?書類仕事させられるのが目に見えてるよ!」
地団太を踏み、手足を振り回し、上官の命令があればすぐにでも組み付こうと身構える兵士たちを牽制しながら、彼は続ける。
「どうせ配属先も決まってないんだったら、レリアの世話係になりたいよ!給料とかいらないからさあ!うわーん!!」
彼は最後までまくしたてると、その場に崩れ落ちて号泣し始めた。
「……」
無言でその背中を見下ろす司令官の目が、すぅっと細くなった。










数か月後、僕は青空を見上げていた。
季節が変わっても、見る場所が変わっても、青空はどこまでも澄んでいた。
シャーロットに乗っていたころは、地べたから見上げる青空と、空から見る青空は違った気がしたが、そう変わりはないと今は思う。
もっとも、竜騎兵の任を解かれてから大分経つのだ。今更比較しようにも、方法は無かった。
「さて…そろそろかな…」
僕は空から視線を外すと、ある方向の一点へ視点を定めた。
青空の中に、小さな点が浮かんでいる。
点は、見る見るうちに大きさを増し、赤い色を帯び、形を成していく。
やがて、点は翼を広げて空を飛ぶシャーロットになった。
「まぁぁぁぁすたぁぁぁぁぁぁぁ!!」
飛ぶ勢いのせいか、いくらか低くなった声で彼女が僕を呼ぶ。
「ただぁぁぁぁぁぁいまああぁぁぁぁぁぁ!!」
セリフの途中で僕の頭上を通り過ぎ、一点甲高い声でそう言いながら、彼女は大きく旋回して空中に弧を描いた。
そして翼を空打ちさせて速度を調整しながら、僕の待つ飛翔台に降り立った。
「マスター、ただいま!」
「お帰り」
竜兵シャーロットの帰還を、竜兵補助員の僕は迎えた。
結局あの後、司令官は彼の魂の叫びを聞き入れ、急遽竜騎兵を竜兵補助員に異動することを決定した。
どうやら王都でも、元竜騎兵の処遇については決めかねていたらしく、急な申請にも関わらず竜騎兵補助員への移動は何事もなく受理された。
同僚と司令官には、感謝してもしきれない。
「うん、今回もなかなかの速さだったね」
「すごいでしょー、なでなでしてー」
訓練の好成績へのご褒美を求めて、彼女が差し出した赤い髪に覆われた頭に、僕は手を乗せてやった。
そして、柔らかな頭髪の感触を味わいながら、手を動かす。
すると彼女は目を細めて、「んーんー」と呻き始めた。
「………はい、おしまい」
「えー、もうー?」
たっぷりと撫でてやってから手を下ろすと、彼女は目を開いて不満げに漏らした。
「仕方ないでしょ、まだ訓練の報告書書いてないんだから」
「めんどくさーい」
「レリアも一人で書いてるってよ?たまには一人で書こうね」
「うーん、じゃあわかんなくなったらマスターも手伝ってー」
「はいはい」
僕たちは並んで飛翔台から降りると、竜舎の階段へ進んでいった。
10/12/09 00:24更新 / 十二屋月蝕

■作者メッセージ
なんというか、思い付きだけで書き始めましたがかなりの難産でした。
書きたかった竜姦からTF、逆強和姦の流れを書いてからが終わらない終わらない。
おかげでこのようなことになってしまいました。
とりあえず、次からはもっと考えて書こうと思います。

さて、今回の話ですが、時代的には旧魔王から新魔王への入れ替わりぐらいです。
ですので、作中で竜たちが突然変身したわけです。
もっとも、この辺りは竜の設定も含めて私のオリジナル要素が強いため、後々ひっくり返ったり現時点でも矛盾を孕んでたりする可能性が高いです。
ですけど、あまり責め立てないでね。たぶん泣いちゃうから(某天狗二人の仲の悪さに絶望しながら)

とりあえず、今回はここまでです。
次回はもう少し早めに投稿したいと思います。
それでは、十二屋でした。


追伸
ちなみに主人公の名前はロッコバロッコでした

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