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死の国の使者
死の国の使者


弱り切った私の手には息子夫婦からの手紙が握られている。

"

親愛なる父上へ

アルカナ合衆国へ渡り、あなたの起こしたハルミトン・スチーム・カンパニーはますます大きくなりました。私は幸せで妻ソフィーも娘のエルも父上と暮らす事を望んでいます。

次の主聖祭にソフィーとエル、それから友人のジェンキンス氏と一緒に父上に会いに行きます。ですから、もう一度考えてください。

アラン・ハルミトン

"

息子よ……私は思い出のこの家を離れる気にはなれないのだよ。それに、お前たちと幸せを分かち合うには時間があまりにも足りないようだ。

私は善き人間になれたのだろうか?

善き父親になれたろうか?

死の足音が聞こえてくるようだ。











1903年の冬……若かりし私が地べたに這い蹲って父親と一緒に小さな工場で機械の部品を作っていた頃、アルカナ合衆国のレフト兄弟が初めて人間の力だけで、すなわち技術と機械を使い空を飛んだ。

飛行機の誕生に私は衝撃を受けた。

当時私は17歳だった。父親の反対を押し切り、家を飛び出し、引っ越した先のツェーリ市の小さな屋敷の馬屋に機材を持ち込み、スチームエンジンを作り出した。

その頃、妻スーザン・ハルミトンと出会った。少し病弱だが、美しく穏やかで優しい女性だった。私は恋に落ち、真心を伝え、結婚した。

『今は貧乏で、こんな物しか渡せない。しかし、いつか必ず素敵な結婚指輪を君に渡したい……』

『いいのです。……わたくしは、あなたと一緒ならどこででも幸せを作る事が出来ます。』

私はスーザンにエンジンの部品で出来た手作りの粗末な指輪を送った。

私は一生懸命に働き、スチームエンジンは順調に売れていった。スーザンも身籠り、順風満帆に思えたある日。

私の会社ホーカン・ワークスがエンジンの機構を盗んだとして訴えられ、裁判で負け、製造権と経営権を剥奪された。私は何年もの苦労を奪われ、破産し、人生のどん底を味わった。

自暴自棄になり、酒に溺れた私をスーザンは身重の身体で支えてくれた。そんな中、1人息子のアランが産まれた。

信じられないほどに愛おしかった。

子供を抱く母親は信じられないほどに美しかった。

私はスーザンと小さな命を守り抜き、幸せにしなければと思った。惨めな想いはさせまいと…………

私は立ち直る事が出来た。

それで私は一からやり直す事が出来た。幸いにもツェーリ中立国は魔物娘の存在を認めている。独学ではあるが魔物娘の技術と経営学を学び、新しくハルミトン・スチーム・カンパニーを立ち上げた。

蒸気機関と魔力エネルギーは親和性が高い。圧縮された気体と魔力が混ざり合って大きなエネルギーを生む。

特許を取得し、新しく完成した魔力蒸気機関のエンジン、ハルミトン・スチーム・システムはまだまだ大型だったが、あらゆる国や企業、軍隊が私の技術を高く評価した。

富が舞い込み、忙しくなった頃、私は念願の結婚指輪を買った。

『魔界銀とダイヤモンドの指輪でございます。きっと奥様もお喜びになりますわ!』

『そうか……そうか!』

そうしてその夜、花束と指輪の箱を手に足早に家に帰ると、家でメイドが慌てふためいている。

『旦那様!旦那様!奥様が!奥様が!!』

『どうした!!?』

メイドに付いて寝室に行くとスーザンが死の床についていた。駆けつけた医者は首を横にふるばかり。

『スーザン!』

『あぁ……あなた。おか……えり……なさい……。』

『君との約束を……ほら……結婚指輪だ!』

スーザンの左手に、その薬指には手作りの機械の部品で作った粗末な指輪がはめてあった。私はその上に重ねるように新しい指輪を送った。

『綺麗……あぁ……あなた……アラン……を……頼みます……』

『スーザン!行くな!行かないで!』

『もっと…………もっと……あなた……と……あ……アラン……と……一緒に……居たかっ……た……ごめん……なさい…………………………』





『スーザーーーーーーーーン!!!!!』







妻の葬式はしめやかに、慎ましく行われた。

7歳のアランは3日3晩スーザンの側を離れないで泣きはらしていた。

私はその時に初めて自分のして来た事を後悔した。もっと、スーザンとアランの側にいてやれればと…

それから、ゴミゴミとした都会の屋敷を引き払い、ランドル・ファラン領にほど近い湖のある片田舎の小さな屋敷にやってきたのだ。

その頃にスーザンの母親の姉に当たるフランシス叔母様から彼女の夫のアーサー・ハルミトン男爵が亡くなったので、婿養子の私にハルミトン男爵を継げと声がかかった。まともな後継者がいないからと言われたのだ。少なくとも、アランの従兄弟に当たるオリバーが成人するまではと。

何を勝手な!私達が苦労していた時に見向きもしなかったくせに!!……と内心腹が立ったが、貴族となればハクが付く。ビジネスもやりやすくなるだろうと、その話しを受けた。

その後は、面白い様に仕事が上手く行った。

いくつもの会社の権利を買い占め、いくつもの会社を潰し、ハルミトン・スチーム・カンパニーが利益を独占した。

大きな戦争が始まったのも要因の一つになった。

車に、船に、戦車に飛行機に、工場に、オルガンの送風機に、小さな物ではアイロンまで、ありとあらゆるものに我が社の技術が使われた。

そんなある日の事……

仕事でツェーリ市に立ち寄ったところ、街は浮浪者や失業者で溢れ返っていた。

『まったく、見窄らしい!いつからツェーリ市はこんなに汚くなったんだ?』

『……社長。この辺りの工場が軒並み閉鎖されたのです。あの者達はその従業員だった者達でしょう。』

『全く!迷惑な話だ!どこの無責任な会社だ!?』

『はい社長。たしか……この辺りの工場持ちの会社は……スピア社、グランワークス社、ジェームズ・スチーム社、それから、グレーモーター社です。』

全て私が権利を買収したり、潰した会社だ……

『社長?』

その時、道端で座る年端もいかない少女の姿が目に入った。首には聖女のメダイを掛けていた。

『そこの娘……そんな所で座り込んで何をしている?両親はどうした?』

『お父さんは、病気で寝てるの。お母さんは……ごめんね、直ぐ戻るから……って言って知らない男の人と出て行っちゃった。……ねぇ、貴族のおじさま?わたし、花売りなの。一輪いかが?』

『花だって?おいおい、花なんかどこにも……』

小さな女の子はスカートの裾をゆっくりと上げた。

その時私は後頭部を鈍器で殴られた様なショックを受けた。

目の前の少女の姿と目がアランと亡き妻スーザンに重なる。

こんな事になるなんて……

年端もいかない少女にこんな事をさせなければならない世の中にしたと言うのか私は!!!

私は少女の手を止めた。

『……お嬢さん。君は……世間知らずな私に、私の知らない世の中を教えてくれた。感謝のしようもない。』

少女の手に上着のポケットに無造作に入っていた金貨の袋を握らせた。

『おじさま?これは?』

『君が私に教えてくれた事に対する、君の正当な報酬だ。』

『こんなに?』

『早くしまいなさい。……私は君のおかげで持てる者の義務を果たそうと決心できた。』


それから、私は慈善事業をする様になった。

私が作り上げてしまった、あるいは作り上げるのに加担してしまった世の中の為に。

財団を立ち上げて、失業者を積極的に雇い、希望する労働者へ読み書きや計算を教える学校を作り、職業を紹介する施設を作り、働きながら技術者を育てる方法を考えて実践し、病院や孤児院や行き場のない浮浪者の為のシェルターを作った。

結果的にそれらが私に富をもたらし、私の会社を大きくして行った。

多くの人が私に寄り付く様になった。私の富を求めて。彼らを信頼する事は出来なかったが信用は出来た。あの少女の様な者が……かつての私の様な者が1人でもいなくなるのであれば何でも良い。

貧しいと言う事は恐ろしい事だ。しかしながら本当の貧しさとは、もっともっとと幾ら物や金を持っていても満足しない事だ。

私は技術の飛躍が世の中を良い方向に変えると信じてエンジンを作った。しかし、いつのまにかその情熱を忘れて、貧しさを恐れるあまり金に目が眩み、沢山の人を不幸にした最も貧しい人になってしまった。

そして、その頃には一人息子のアランは私に心を開かなくなってしまった。

私に構って欲しいのか、悪戯が手に負えなくなり、雇ったメイドを次々と追い出してしまった。

1人目の婆やはドブ川に落とされて

2人目は落とし穴……救出に半日くらい掛かった

3人目は何処で集めてきたのか30匹の猫をけしかけられて……この婆やは大の猫嫌いで猫アレルギーだ

4人目の婆やは閉所恐怖症で、使用人用トイレに8時間も閉じ込められて

5人目は何だか良く解らない……謎のうめき声を上げて去って行った

6人目の婆やは掃除中に使用人服のドレープにマッチで火を点けられて……幸いに庭の池に飛び混んだので軽い火傷で済んだ

7人目の婆やはお昼寝ね時間、背中の中に彼女が大嫌いなヘビとカエルとゴキブリを入れられて

仕事が忙しく、アランの事はスーザンやメイドに任せきりにしていた。それに、私は良い父親ではない。どう顔を合わせれば良いかわからなかった。

今は婆やが必要なのだ。

私は片端から婆や紹介所に電話をしたが、アランの素行の悪さから相手にしてくれない。

このままではアランを全寮制の私立神学校に預けるか、金持ちのフランシス叔母様に預けるくらいしか手立てが無くなる…

そこで私は新聞社の友人にハルミトン・スチーム・カンパニーの宣伝広告の見出しの隅にメイド募集のお知らせを乗せる様に頼んだ。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

あなたの生活を豊かに

ハルミトン・スチーム・カンパニー!

アイロンから蒸気船まで

ハルミトン・スチーム・カンパニー!!

私たちは皆様の

ハルミトン・スチーム・カンパニー!!!





急募。

サー・ハルミトン男爵宅でハウスメイドを募集中!

給金 月 20ファラン

希望者はTel××××××××まで今すぐに。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



と、翌日の新聞に載せてもらった。私は伴侶のスーザンの事もあり、アランを手放したくない。だから、藁にもすがる思いだった。

そしたらなんと、新聞に載せてもらってから直ぐに電話が来た。

そしてやってきたのは亜麻色の髪、丸い眼鏡をかけた少しタレ目の栗色の瞳、首には聖女のメダイを付けていた。とても美しく若い女性だ。

はて?どこかで見たようなメダイだ。

『ご機嫌よう。メイドのソフィーと申します。』

目の前のメイドは優雅な物腰と完璧な所作で頭を下げた。

しかし、頭のシニョンからでる垂れた犬の様な耳、手首は羽に覆われて、腰からは羽根に包まれた尻尾、そして一見ブーツの様に見える足は鳥の足の様だ。

『はい。キキーモラという魔物にございます。わたくしたちは人様に使える為に生まれた種族と、伺っております。恐れながら魔物では男爵家に相応しくありませんでしょうか……?』

私が聞くとそう答えた。

私はソフィーさんを書斎に招き、仕事の説明をした。1週間の採用期間の事、掃除や洗濯、料理の事、それからアランの相手と躾けの事。アランを呼んだところ、じっとソフィーさんを見つめていた。いや、睨みつけていると言った方がいいか。

仕事に出かけると伝えると、ソフィーさんはテキパキと仕事を始めた。

内心はこのメイドも直ぐに出て行ってしまうと思っていたので、あまり期待はしていなかった。

その日の夕刻。私が予定通りに帰って来た頃には屋敷はまるで別世界だった。

見事に磨かれた床、壁、ガラス窓に至っては鏡のようでチリ1つ落ちてはいなかった。インテリアも洗練され、何処ぞの王族のマナーハウスのようであった。

『おかえりなさいませ。男爵様。』

『た……ただいま……』

『コートをお脱ぎくださいませ……お荷物を……。書斎でよろしいでしょうか?』

『う……うむ』

『畏まりました。』

ロビー、書斎、寝室と見て回ったが、見事としか言えない程に完璧だった。彼の机の上には馴染みのポルト酒とパイプタバコがすでに置いてある。

そして、晩餐も少々素朴ながらも王宮料理人が作る料理に引けの取らない味の料理がならんだ。

お風呂もこの日は諦めていたが、扱いの難しい旧型ボイラーを前の婆やの覚え書きから見て使いこなしていた。良い湯加減だった。

ソフィーさんは有能なメイドだ。それもとびきりの。

採用期間が終わる頃にはソフィーさんは我が家に無くてはならない存在になった。

アランとも一悶着も二悶着もあったらしいが、何事も無かった様にしれっとしていた。角でむくれていたアランを見た時は本当に驚いた。

落とし穴に落ちたろう。

廊下に張ったピアノ線で転ばされたろう。

池に落とされたりもしたろうに。

しかし、彼女は動じていなかった。

そんなこんなでソフィーさんが我が家に来てから早3カ月が過ぎた。春は過ぎ、雨季が終わり、夏になった頃のある日の夕刻、書斎にて書類の整理をしながらソフィーと話していた。

彼女が望んだ事ではあるが、休み無しで働いているので休暇でもどうかと聞いたところ

『ご心配痛み入ります。ですが、私はこのお屋敷のメイドにございます。このソフィーにとって男爵様とアラン坊っちゃまにお仕えすることが何よりの喜びにございます。』

とキッパリ答えた。それではと、何か願いはないか?と聞いたところ、アランの事を心配してか、私にアランの過去を教えて欲しいと言った。

私は彼女なら……と母親が病気で亡くなった事と私自身が家庭を顧みなかったことでアランを傷つけてしまった事を伝えた。

『…左様でございますか…。そのような事が…アラン坊っちゃま…』

私はパイプタバコの煙の中に自身の感情を曇らせるように息をついた。悲しそうなソフィーを見て話した事を少し後悔した。

『男爵様!わたくしが考えるにアラン坊っちゃまは寂しいのです。坊っちゃまの日頃の悪戯もその反動かと……。男爵様!アラン坊っちゃまとの親子水入らずのお時間をお取り下さいませ。それがもう1つのわたくしのお願いでございます。』

『いや、しかし……私には仕事もあり……それに今更アランとどう向き合っていいか……』

『男爵様。わたくしも出来る限りの事をさせていただきます!なんなりとお申し付けください!』

仕事を言い訳に逃げるなと言う事か……

時々、ソフィーさんは有無を言わせない所がある。それが、彼女を信用する最大の理由でもある。

『うむ……ソフィーさんがそう言うのであれば……よし!わかった。』

私はソフィーさんに書類の整理の指示を与えて、アランの部屋に行った。




コンコンコン…ギィ…




『アラン、入るぞ。』

『何ですか?お父様。』

『少し、話しでもと……』

『何の話ですか?……』

私は少し考えて、それから

『この頃の事とか、勉強の事とか、色々あるだろう?』

『僕は何もないよ。何時もとおんなじです。お父様……いきなりどうしたんですか?』

『………。』

『……そっか、ソフィーさんだね。』

『違う……』

『違わない!ソフィー婆やの差し金だ!お父様は嘘が下手だ!!……おかしいと思った!ここ何年もまともな会話をしてないのに、いきなり寝る前に現れて!……たまに顔を突き合わせれば、ハルミトン家としての自覚を持て!とか、お前は私の会社を継ぐのだ!とか、そんなことばかり!』

『おい、アランやめないか。』

『いーや、やめない!ずーと思ってた!お父様は昔からそうだ!仕事、仕事、仕事!!そりゃ家の事や僕の事はお母様やメイドや家庭教師に任せれば楽だよ!でも、僕とお母様の事はお父様の中にあったの?』

『それは……』

『やっぱりね!ずーと僕をほっといたくせに!!お母様がどれほど悲しんだかも知らないくせに!!だからお母様も死んだんだ!!!』

バチン……

とアランの頬を張った。

つい手が出てしまった。私は背後を向き一言『すまなかった……』と言って書斎に戻った。アランは押し黙ったままだ。

この件が、アランとの初めての親子喧嘩だった。

書斎に入ると、ソフィーさんの姿は無かった。仕事を終えたのか、整理した書類の横にいつものように机の上にポルト酒とパイプタバコが用意してあった。仕事はいつもの事ながら、見事なものだと感心した。

机の上のスーザンの写真を見て

『父親というのは難しいな…』

いつものパイプがやけに苦く感じた。

次の朝、アランは部屋から出てこなかった。食事にも顔を出さずに返事もしない。

ソフィーさんに親子の関係について時間がかかりそうだと伝えたところ、そうですか……と一言答えるとそれ以上は聞いてこなかった。

『行ってらっしゃいませ。男爵様。』

ソフィーさんは、いつもの様に私を送り出してくれた。

夕方…………

その日、家に帰ると見たことの無いほどに狼狽えているポンコツなソフィーさんを見た。

書斎にて……

『そ、ソフィーさん?いったいぜんたいどうしたんですか?……さてはアランがなにか!?』

『坊っちゃまは!!……坊っちゃまは……あの、その……ゴニョゴニョ…………』

顔を真っ赤にしている。熱でもあるのだろうか?ジュースと間違えてポルト酒でも飲んだのか?

『あのー?ソフィーさんー?おーい?』

『ぼぼぼぼ坊っちゃまが、僕は紳士になる!だ、だだだだだから、紳士になったらけけけけ結婚してくれと!!』

『ぶーーーーーーっ!!!???』

飲んでたポルト酒を噴き出してしまった。

『すみません、男爵様!……タオルです。』

『げほっ!ごほっ!……あ、ありがとう。ふぅ……』

なるほど、確かにそれは狼狽えても仕方ない。ましてやソフィーさんは魔物娘だ。プロポーズされてポンコツになってもしょうがない。

その日ソフィーさんはポンコツだったが翌朝にはケロリとしていた。しかし、問題は息子だ。

『お父様、おはようございます。』

ぽかーん……

『お父様?』

『……あ、あぁ……おはよう。』

いったいぜんたいどうしたのだ?アランがちゃんと挨拶をするなんて。

『男爵様、アラン坊っちゃま、おはようございます。男爵様、本日のお帰りは?』

『今日は6時頃の予定だ。』

『かしこまりました。ではアラン坊っちゃま、本日は歴史の教師と数学の教師、それから音楽の教師がお見えになります。神学教師は体調不良ためお休みになりますので、僭越ながら神学の授業は私が務めさせていただきます。』

『わかった。よろしく婆や。』

ぽかーん……

『男爵様。……男爵様?』

『う……うむ。』

『朝食が冷めてしまいますよ?』

『あ、あぁ……はい。』

この前までの様子は嘘のようだった。その日からアランは変わっていった。年齢は10歳で子供であったが、悪戯や癇癪も鳴りを潜め、周りの目にも明らかに精神的に大人になった。

勉学に励み、マナーを身に付けた。私ともゆっくりではあるが徐々に関係を回復させていった。

いつの間にやらソフィーさんがこの小さな屋敷に来てから2年が過ぎアランが12歳になったある日のこと

『お父様。僕は、全寮制の学校に通いたいです。どうしても勉強したい事があるんだ。』

と、言うとアランは私に頭を下げて頼み、ソフィーも一緒に私に頼んできた。

心配だから

スーザンの忘れ形見だから

そういう理由で旅立つ息子を引き止めるのは父親のエゴだ。私はアランを全寮制の学校で学ぶことを許可した。

『坊っちゃま、行ってらっしゃいませ…』

『ソフィー…そんな悲しそうな顔をしないで。この家とお父様を頼んだよ?』

こうして、次の年の秋に家を出たアランは全寮制の学校に入った。我が家には学校の休暇と、主神教の祭日にかならず帰ってきた。ソフィーは相変わらずだが、最近の私は少々太り、頭があやしくなってきた。

『男爵様?アラン坊っちゃまのことが心配でございますか?』

『あぁ……友達は出来たろうか、癇癪は起こして無いだろうか、ちゃんと食べているだろうか、それから……』

『ふふふ……心配しなくとも、アラン坊っちゃまはきっと立派な紳士にお成りになります。このソフィーが保証いたします。』

少々、親バカが過ぎたようだ。ソフィーさんに笑われてしまった。

会社は成功し、立ち上げた慈善活動も軌道に乗って久しい。

残る心配事はアランの事だけなのだ。

そうして月日は流れアランが15歳の時、飛び級で大学に入りたいと言ってきた。

『お前の好きにしなさい。』

ソフィーさんに言われるまでも無くアランの自由を許した。飛び級まで突き付けられればぐうの音も出ない。

アランが我が家を出てもう何年も経つ。アランの話をすると顔を赤らめるソフィーさんは何時ものように屋敷を磨き、私を送り出して、また出迎えてくれる。

私の思い出を、人生の大切な記憶を守ってくれている。

『私は花売りの娘だったのです。』

と、ある時ソフィーさんが私にポツリと呟いた。

『……何となくですが分かってましたよ。そうか……あの娘は魔物娘に……』

と私もそう呟いた。

『……ソフィーさんはアランの事を好いてくれているね?』

『はい。……ですが、私は卑しい女です。坊っちゃまにはもっともっと、相応しいレディーが……』

『……これは私の考えだが、アランがもし本気なら、ソフィーさん以上に相応しいレディーはいない。……息子をよろしくお願いします。』

『はい……この身に代えても……』

私は彼女の方を見なかったが、ソフィーさんはきっと泣いていたろう。

それから、また月日が流れてアランが帰ってきた。経済学と外国語を修めて、直ぐに私の会社に入った。社交界にて正式にデビューをして、名実共に紳士となった。

大きく、立派になった息子を見ると目頭が熱くなる……

私はアランの社交界デビューを祝い、自宅で夜間パーティーを開いた。若い娘の誰もが息子と踊りたかったが、息子は誰とも踊らなかった。

夜会を終え、お客様に挨拶をして見送った後、書斎に戻ろうとするとロビーでうずくまるソフィーさんを見た。

『ソフィーさん、どうしたんですか?』

『男爵様……アラン坊っちゃまに呼び出されたのですが……どうしたら良いか…………』

ソフィーさんはヘタレていた。

息子はソフィーさんとの約束通り、立派な紳士になって帰ってきた。夜会では誰とも踊らなかった。それで夜会が終わってから誰もいないロビーにソフィーさんを呼び出した。

息子よ……少々あからさま過ぎやしないだろうか?

『ソフィーさん、もし息子を認めているのなら、行ってあげなさい。』

『坊っちゃまは!……立派な紳士でございます……。今すぐにでも、飛んで行きたいです。……でも私は使用人で……服もこれだけで……ドレスだって……』

『わかった。……ちょっと待ってなさい。』

私は書斎のクローゼットからドレスを取り、ソフィーさんに渡した。

『男爵様、これは……?』

『亡き妻スーザンが着ていたドレスだ。……これを着てアランの所に行きなさい。』

『男爵様!……受け取れません!だって……奥様の……大切な……』

『ソフィーさんなら、亡き妻スーザンもきっと認めてくれる。……それに、これが私が息子にしてやれる最後の事だと思うのだ。』

『男爵様……スーザン様…………』

『私は書斎に戻ります。ソフィーさん……涙をふいて下さい。大丈夫。きっと何もかもうまく行きます。息子を……アランを頼みましたよ……』

私は書斎に戻り、パイプタバコに火を入れてポルト酒とグラスを2つ。ひとつは私に、ひとつは写真の前に。

『ふぅ……スーザン……私たちの息子は立派になったよ。君のような素晴らしい伴侶を得て、もう何も心配いらない……ははっ、少しさみしいね……』

キン……

『息子達の幸せを願って……』








それから、アランとソフィーさんは結婚して孫娘のエルレインをもうけ私の会社ハルミトン・スチーム・カンパニーを継いだ。しばらくは、経営に不慣れなアランを助けはしたが、もう一端の社長になった。

アルカナ合衆国での需要が大きくなり、息子家族はアルカナ合衆国に行った。

『全ての人と魔物娘に奇跡のような技術を、全ての人と魔物娘に技術のような奇跡を!』

それがアラン社長のスローガンだ。

私も一緒に合衆国にと何度も誘われたが、思い出のこの家に居たいとわがままを通した。

はて……

あれから、何年経ったろうか?


"ホーカン……ホーカン……"

『ん?誰かな?』

"ホーカン……ホーカン・ハルミトン……"

『あぁ……スーザン……君か……嬉しいよ……』

"あなた……今までお疲れ様です。"

薄いピンク色の靄のようなスーザンはすっかり年老いた私の手を取ると優しく微笑んだ。その手には機械の部品で作った粗末な指輪と魔界銀とダイヤの指輪が光っていた。

"長く生きましたね……人々の為に……そして、あの子たちのために……"

『私は、善き人になれたろうか?私は善き父親になれただろうか?』

"あなたは過去に多くの人を傷つけました。……でもあなたは罪を認め悔い改め、善き人となり、多くの人を救ったのです。そして……あなたは私にとって善き夫で、アランの善き父親……さぁ、手を取って……あなたを導きましょう。"

『あぁ……私は救われた……』

"私の愛を永遠にして下さい……真実を口にする者は、永遠の命を得るのですから。"

私はスーザンの手を取った。すると、柔らかい光が私達を包み込んだ。我が家ではない所で、私はスーザンに手を引かれて歩き出している。


"息子達なら大丈夫ですよ。またきっと会えますから……"


『そうか……アラン……ソフィーさん……エル……どうか幸せに……。』


"さぁ、死者の国に…………"




おわり。
18/12/02 20:23更新 / francois

■作者メッセージ
最後までお読み頂きましてありがとうございます。
『愛しのソフィー』に登場したホーカン・ハルミトン氏のドラマになります。
前作品でフラグを立てたので、いろいろ根ほり葉ほりしたらこんな感じになりました。

ちなみに、ホーカンは使者の国に着いて若返り、ゴーストになったスーザンとイチャコライチャコラしてます。

また書きますので、またお読み頂ければ嬉しいです。

ではではU・x・Uつ

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