キッチンから数歩歩いて開いた扉は、理不尽としか形容出来なかった。
　脱衣所あり。独立洗面台あり。首を動かせば洗濯機を置く専用スペースすら見つかった。
　そして何故か浴槽と脱衣所を仕切る扉のすぐ横に扇風機が置いてある。

　「単身の方には少々広い造りですが、広くて悪いという事はありません。のびのびと寛いで、日々の疲れを癒して頂けます」

　大人2、3人は優に行き来出来そうな幅と奥行きである。
　
　「確かに広いですね。意外でした、ワンルームって狭い面積に必要最低限の生活環境を詰め込んだ印象しかないですけど。……ここ、本当にワンルームですか？」

　「勿論です。当物件は狭い日本の土地事情を憂慮し魔法で空間を広げられるようになっているのが特徴です。見かけ以上に広くご利用頂けるので、登記上はワンルーム物件ですが後ほどご相談頂ければ同じお部屋で部屋数を増やしたり更に広くご利用頂く事も出来ますよ」
　
　「……そういうのって構造上大丈夫なんですか？　倒壊とかありません？　」
　
　2DKや3LDKも可能とか、最早何でもありである。
　だがそのような事をしていたら建築物のバランスが崩れないだろうか。
　
　「ご心配には及びませんよ」

　多少打ち解けてきたからか、先程の営業用より親しみを込めた笑顔――というよりドヤ顔――で伊嘉瀬さんは説明を始めた。
　
　「内部構造はそのままに特定の空間だけ拡大、あるいは別空間への移動がドアを開ければ行えますので建築物そのものの堅牢性は変わらないんです。つまり、どれだけ広いお部屋にしても壁は抜かれませんし床の底抜けもありません」

　完全に魔法の域である。
　ファンタジー世界の住人から提供された技術があると分かっているものの、ここまで何でもありだと有り難い反面建設会社の未来を心配してしまう。
　
　「それに本物件は弊社が管理しお客様方へ提供する際に入念なチェックを行っています。いくら魔法や魔術で補強出来るといっても限界がありますので、専門業者に依頼致して老朽化や腐食している部分は徹底して改修・補強しその上で魔法的に補強しています。多分、ドラゴンが中で暴れない限り大丈夫だと思いますよ？」

　さらりと言ってのける彼女の発言内容に、しばし呆然とした。
　この物件、本当に3万5千円で良いのだろうか。
　そんな事を考えていると、既に伊嘉瀬さんは浴場への扉を開いていた。
　
　「さ、どうぞ♥こちらが欲じょ……じゃなくて浴場への入り口ですよ♥　」

　はっと意識を取り戻し、指し示された方向を見る。
　その瞬間、俺は口を開かずにはいられなかった。
　扉の向こうに何も無い。

　「あの……凄ぇ真っ暗なんですけど……？　電気、点けないんすか？　」
　
　染め上げたような真っ暗な空間が口を開けている。
　一切光が無いという生物的に警戒心を抱かせる光景を目の当たりにした俺から、自分でも分かるくらい強い不安を孕んだ声が零れ落ちる。
　声から不安を察したのか、苦笑しながら伊嘉瀬さんは答える。

　「この扉は言ってしまえば暗幕のようなものですよ、大島様。心中お察し致しますが、銭湯の暖簾をくぐるような気軽なお気持ちでお進み下さい」

　命の危険は全く無い、と暗に彼女はそう言っている。
　それを証明するように、彼女は何の気なしに扉の向こう側に消えていった。
　俺もそれを追うように、慌てて飛び込んでいく。
　軽い眩暈（めまい）のような感覚に襲われ目蓋が細まる。
　だが、次の瞬間目の前に飛び込んできた光景は細めた目蓋を見開かせるに充分なものだった。

　広い。
　部屋に換算すると5〜6帖はあるだろうか。
　そのまま寝そべれそうな洗浄スペースと、浴室内の約半分を占める浴槽が特に目立つ。
　一人用の風呂にしては破格の広さを誇るそれは、一般の跨いで入る種類のものではなく床とほぼ同じ高さに埋め込まれている類のものであった。
　
　「ここをご覧頂いた方は、皆さん驚かれます」

　何時の間にか隣には伊嘉瀬さんが居た。
　俺は彼女の台詞を反芻しながら、声には出さず納得する。
　
　それはそうだろう。
　俺のように予算も時間も限られている人間が『とりあえずすぐ住めればいい』という考えで選んだ物件が、まさかの大当たりなのだ。
　そいつらの気持ちは手に取るように理解出来る。
　俺の口角も自然と上向きになった。

　「お気に召して頂いたようで何よりです。……宜しければ少し、寛げるかお試しされますか？　お湯は張れませんが手足を伸ばして感触を確かめるくらいは問題ありませんから」

　俺は頷くとそのままゆっくり伊嘉瀬さんに見送られながら浴槽に近づく。
　軽い段差に注意しながら槽内に収まると、言われたとおりに手足を伸ばす。
　170cm程の自分が伸びてもまだ余りあるくらい余裕があった。
　正直、これでなみなみと湯を張って自身を埋めたら日々の疲れなど一気に回復出来そうである。

　「如何です。お寛ぎ頂けそうですか？」

　タイミングを見計らったかのように伊嘉瀬さんが声を掛けてくる。
　上機嫌の俺はにこやかに声のする方へ振り向いた。

　「最高ですよ、これで湯が脹れれば完璧――――ってブフォッ！！？？」

　「それは何よりです……それでは、私も失礼しますね？　」

　振り向いた先にはバスタオル一枚の彼女が一人、まるで湯に浸かるかのように俺の入っている空の浴槽に侵入してきた。
　極自然なその動作に気付いたのは、彼女の重みを俺が受け止めた後である。

　「ふふ、二人分でも余裕ですね♪」

　俺が彼女を後ろから抱き留める形で収まっている為、彼女の柔らかさが衣服越しに感じられる。
　形を変えて重みを掛けるその肢体は、まるで縫い止めるように俺を槽内から逃がさない。
　
　「いえ、その、服っ！　服、どうしたんですかっ！？」

　「あら、お風呂場では脱がないと入れませんよ？　大島様のお宅では違うんですか？」

　首だけ振り返った彼女に俺は息を呑んだ。
　これが小馬鹿にしたような嫌味なら跳ね除ける自信があったのだが、彼女は当たり前の事を確認するように聞いてきたのだ。
　特に責められるような内容ではなく、至極常識的な判断ではあるのだがそれはあくまで自宅で湯を浴びる時のものである。
　断じて自宅未満の中で確認作業をする時に行うものではない。

　「……やっぱり、狭かったでしょうか？」

　振り返った際に見えた彼女の胸囲的な谷間から視線を外せず、働かない頭を必死に動かす。
　吐いた言葉はありきたりなものだった。

　「い、いや。大丈夫です。一人だと広過ぎるくらいですし、寧ろ丁度いいかなーって」
　
　「でしょう？　そこで【終身介助プラン】ですよ」

　そういえばそういう話であった。
　分かっていたのに掘ってしまう穴。人はそれを墓穴という。
　人生の終着点という意味では、それは避けようがないものなのかもしれない。
　何このブライダルモンスター。そんなに俺と誰かをくっつけたいのか。
　
　「【終身介護プラン】をご利用頂くと、このような事も行えます。細かい規定はありませんので、専属スタッフから同意を得れば『色々』して頂けるものとお考え頂くと分かり易いですね」

　こちらに向き直り『色々』の部分を強調しながら、囁き視界を覆う彼女。
　目の前には肌蹴かけたタオルが一枚、ある。

　「殿方は全て脱ぐより、最後をご自身で脱がす事を好まれる方が多いと聞きます」

　タオルの下から見えたのは、最小面積で乳首と股間を覆っただけの水着姿であった。
　薄桃色の水着は上の胸当て部分の先端が固く尖っている。
　下に履いている部分は彼女自身から溢れ出る愛液で色を濃くしており、収めきれない蜜が白い太腿を重力に従ってゆっくりと伝っていく。
　彼女が身じろぐ度に、蜜が気化したかのような甘い香りが再び立ち込める。
　
　「貴女は――――」

　「“まい”」

　理性が徐々に姿を消し、彼女の重さと彼女の匂いしか注目出来なくなる中彼女は短い単語を紡ぐ。
　単語の意味を足りない頭で考えながら、彼女の姿を注視する。
　無遠慮な視線を受けたにも関わらず、慈しみの色すら浮かべて彼女は微笑んだ。

　「舞う、という漢字一文字で“舞”と読みます。私の名前です」
　「『アナタ』でもありませんし、『伊嘉瀬さん』はいい加減他人行儀過ぎます……名前で呼んでくださいね？」

　伊嘉瀬さん――――いや、舞の体に変化が現れ始める。
　厚布をゆっくりと裂き広げるような音と共に、黒い角が現れる。
　但しそれは姉貴のように捻じ曲がった長いものではなく、それよりも短く太いものだ。
　腰辺りにも不自然な盛り上がりが現れる。
　最早被さるだけだったバスタオルを持ち上げたのは黒い鳥のような翼であった。
　
　「それと、少々申し遅れましたが専属スタッフはファイル以外からもお選び頂けます。勿論対象は『魔物娘』……♥」

　人に在らざるから美しいのか。
　美しいからこそ人の形をしていないのか。
　関係ないのかもしれない、彼女――――舞はどちらでも綺麗だ。
　
　「本日は弊社の物件にご契約頂き有難う御座います。当物件に付随致します【終身介助サービス】はご利用されますか？」

　取り付かれたように首を縦に振る俺を、舞は黒い翼で包み込む。
　背中の固い感触が失われ、代わりに俺と舞の二人分の体重を受け止める物が下に現れた。
　視界を遮っていた翼が除けられると、見慣れない部屋の中に二人とも居る事に気付いた。

　「最後にご覧頂くのは【ベッドルーム】。愛し合う男女の聖域ですね♥」
　
　黒い羽根の舞う中、僅かな灯火が自分達を浮き上がらせてる。
　彼女が壊れ物を扱うかのような、触れるかどうかという力加減でこちらの胸板を撫でた時に俺は気付いた。
　俺も彼女同様、衣服が綺麗さっぱりと消えている。
　
　「それとこれは私としては大事な事でしたので、伺いますね」

　彼女の指先はまるで静電気のように小さな痛みすら伴う心地良さである。
　俺は強引に体勢をを変えると、そのまま彼女を組み敷いた。
　柔らかなベッドに広がった彼女の髪は、照らす灯火の光を吸って明るい栗色を放っている。
　傷口から滴ったばかりのような深い鮮血色の瞳が、俺を愛おしそうに見つめていた。

　「真さんは、共働きに寛容でいらっしゃいます？」

　答えた記憶は無い。
　だが。

　彼女と語った睦言の端々で。
　彼女に打ち付ける剛直の強さで。
　俺が堕ちた事を確信した彼女は、とても嬉しそうだった。






　「ようこそ、私は本日当物件の紹介をさせて頂く、“大島　舞（おおしま　まい）”と申します。今後ともお見知りおきをお願い致します」
　上品に腰を折る彼女は、仕草に相応しい微笑を浮かべ挨拶をする。
　瞳は蕩けきり、頬は紅潮し張り詰めた薄手のブラウスにはツン、と上向きに尖った乳首がはっきりと自己主張をしていた。
　
　「今ご覧頂いているのは万魔殿の一角。その一部の空間と時間を使った物件【パンデモパレス】です」

　大島　舞――旧姓：伊嘉瀬　舞は前半分だけ自身を照らす大型のモニターの横で解説をしている。
　モニターはいくつも分割されており、その一つ一つに入居者と思われる男女が映り込んでいた。
　
　「当物件の利点は低価格、リフォーム可、何より独身の男性を伴侶に選び易いのが挙げられます」

　映り込んでいる映像のうち、更にそのいくつかが拡大表示される。
　そこには食事の支度をする者、家事を終え仲睦ましく談笑する者、外出の準備をする者達が映っていた。
　映りんだ者達は皆、人間の姿から逸脱した者ばかりであったが男女にそれを気にする様子は無く移ろい行く日々を謳歌しているようであった。

　「彼女達は【終身介護サービス】に登録頂いていた方々です。今は家庭を持ちお辞めになられた方もいらっしゃいますが、元はここに居る皆様と同じだったのです」

　別のモニターに切り替わると、今度は全裸の男女が映りこんだ。
　組み敷かれ後ろから突かれている者、抱え挙げられて正面から陰茎を挿入されている者、逆に男の上に跨って痴態を晒す者と様々である。
　その映像のうちの魔物娘が、蕩けた視線でモニターに視線を送った。
　途端、暗い室内から小さなざわめきと感嘆の声が上がる。
　耳を澄ませば少量の水音すら聞こえたかもしれない。

　「恋があり、愛がある生活はとても尊いものです。お話は長くなりましたが、皆様にも神の加護があらん事を私も祈ります」

　色めきだったざわめきは、感嘆から期待を含んだものへと変わる。
　薄暗い小さな講堂は徐々に熱気を孕み、僅かな反射光に照らされる幾人もの顔はどれもやがて訪れる未来に夢を馳せ輝いていた。

　「以上で説明は終了です。本日【終身介護サービス】説明会にご参加頂いた方々、お時間頂きありがとうございました。お帰りになられる方は左の扉へ、本日ご登録頂ける方は右の扉へお進み下さい。雇用・給与の支払い方法などを詳しく説明させて頂きます」

　モニターの照明が落ち、舞は声だけの存在となる。
　代わりにモニターとは正反対の向きに二つの扉が照らされ浮き上がってきた。
　席を立つ音と共に、右の扉へ黒い長蛇の列が出来上がる。
　左の扉がほぼ飾りの状態であった。

　「そ♥それではご契約者の皆様、あ♥よい、いちにち、を♥♥」

　参加者――【終身介護サービス】契約社員達がすっかり居なくなった後、舞は快楽に身を捩りながら祈りを捧げる。
　粘つくような水音と共に発せられたそれは、無遠慮に秘裂をほじくる音に掻き消された形であったが彼女はそれが届くと信じていた。
　
　「じゃあ舞、俺達も帰ろうか。退勤処理はもう終わらせたから大丈夫だよ」

　暗闇に浮かび上がるのは、彼女の番となった大島　真その人である。
　彼は会場のセッティングや照明の調整、スライドの準備など彼女の補佐役として契約した不動産会社に雇われている。
　魔物娘の質疑応答によっては『実演』しないといけないケースもある為暗がりに待機していたのであった。
　彼は舞の淫裂を弄ぶのを止めると、既に愛液を吸いきれず履く意味すら無くなった下着をずらず。
　後ろから舞の片足を持ち上げずれた位置を固定すると、数度舞に見えるように股の下から陰茎を覗かせる。
　それを目にした舞の体が更に脱力したのを感じると、亀頭を蜜の溢れる女陰にあてがい一気に貫いた。
　瞬間、彼女の肢体が弓鳴りに反れる。

　「〜〜〜〜〜〜♥♥♥♥」

　目の焦点は合わず下を垂れ下げ、涙と涎を溢す彼女の姿に真は満足そうに頷いた。
　何度か腰を動かし舞の最奥に自分の陰茎が咥え込まれた事をすると、もう片方の足を持ち上げて大股を開かせる。
　彼はその状態で、一歩一歩と歩き出した。
　
　「あ♥あぇ♥へ♥」

　弱々しく宙を掻くその手は何も掴めない。
　彼女を支えるのは彼の両腕と男性器だけである。
　舞は、無意識に残った尻尾で自分と真を巻きつけた。
　
　一歩進む度目蓋の裏で原色じみた光が明滅する。
　一歩段差を昇る度に脳裏で爆ぜては光る閃光の中、彼女は知らず両手を祈りの形に組んでいた。

　
　――――主よ、今日も迷える子羊を導き、快楽を享受出来る事に感謝します。


　言葉に出来ず思い浮かべるだけだった。
　愛情を注がれる幸福、迷い子を導けた達成感、自分を生み出してくれた両親と堕落神への感謝。
　多幸感の中様々な存在に感謝していた彼女だが、不意に考えに余裕が生まれた事を認識した。
　
　目の前には選ばれなかった扉。
　退席を促す左の扉があった。

　「両手、塞がってるからさ。舞が開けてくれる？」

　言い終わるや否や口内から舌を這わせ、真は舞の耳朶を舐（ねぶ）る。
　縁をなぞり溝を伝い、耳穴の奥へと侵入を果たす。
　己の鼓膜を唾液で濡らされた感触に膣を震わせながら、彼女は扉を開いた。
　一歩歩んで彼等は黒い平面へと消えていく。
　後には誰も、残ってはいなかった。

■作者メッセージ
SSは勢いも必要なのだ、と実感しています。十目です。
一度一気に書き上げたのですが、書いて消してを繰り返していたら随分と遅れてしまいました。どうしてこうなった。

唐突ですが今回の賃貸物件名は【デモパレス32（ミニ）】と申します。
設定としてはDプリさんやDエンさんが率先して紹介する万魔殿の一角の一部でして、空間的・時間的に余りまくっている事象面を有効活用出来ないかという意見が発端となりました。
全ての空間が同じ間取り、同じ構造ながら全く異なる時間軸を並列させる事で無限とも言える収納力を備えているトンデモハウスです。
もしどなたかのSS設定で『あ、使えそう』等とお考え頂ければご随意にご利用頂ければと存じます。

それと出来るだけエロメインでおまけを書いてみました。
同時更新でアップ致しますので、宜しければご覧下さいませm(＿ ＿)m