読切小説
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金曜日のゾンビ
 金曜の仕事終わりに解放感を感じ始めたのは、ごく最近の事だった。
 きっかけはどこにでもある些細な事。ただ単純に、恋人が出来たというそれだけの事だった。でも、ただそれだけの事で僕の人生観は大きく変わった。
 それまでは何曜日であっても気分が浮かれるという事が無かった。確かに週末に仕事が無いという事は安心感をもたらしてくれるが、だからと言ってそのあとには月曜日が来るのは分かっていたからだ。
 そんな自分が今では何よりも休日を待ち望むようになった。そのあとに月曜日が来ることも、同じような一週間が何度も繰り返される事まで含めて、何だか楽しいと思えるようになったのだ。
 月曜日でも火曜日でも、ささやかな喜びがあるだけでも生活は楽しくなるらしい。だけど、やはり待ち望んでしまうのは仕事から解放されて一日中楽しみを味わえる休日だ。
 今日は待ちに待った金曜日だ。業務時間もようやく終わって、あとは帰るだけ。至福の瞬間とまでは言わないまでも、仕事という拘束から解放されたと思うと自然と顔が綻んでしまう。
 同僚たちも皆そわそわと浮き足立ち、飲みに行くような話なども上がっているようだ。
「お疲れ様でした。お先ですー」
「あ、おいお前もたまには顔出さないか」
 挨拶も早々に帰るつもりだったのだが、思わぬところで先輩につかまってしまった。どうした物かと困っていると、同期の女の子がこちらに気が付き声をかけてくれる。
「彼、下戸なんですよ。歓迎会でも課長に無理矢理飲まされて吐いちゃって、そのあと二三日休んだくらいで」
 僕は内心で同期に感謝しつつ、素直に先輩に頭を下げた。
「すみません。匂いだけでも酔っちゃうくらいに弱くて」
「そうか、そりゃ悪かったな。まぁ今度飯でも行こうや。それならいいだろう」
 残念そうな先輩に対し心苦しさを感じながらも、僕は笑顔で返事をした。
「ええ。その時は驕りでお願いします」
「まったく調子のいい奴だ。それじゃお疲れ」
 苦笑いを浮かべる先輩と訳知り顔の同期に見送られ、僕は頭を下げて職場を後にする。
 二人に見送られた時は内心申し訳ないと思っていたものの、職場の外に出た途端にスキップでもしたい気分になっていた。


 帰り道でふとレンタルショップが目に付き、面白い事を思い付いてしまった。
 部屋に着くのが遅くなってしまうが、しかしこの素晴らしい思いつきを実行しない手は無いだろう。
 僕はレンタルショップに足を踏み入れ、とあるコーナーで映画を適当に見繕い、ついでにゲームコーナーで中古のソフトも籠に放り込んだ。
 カウンターで一週間のレンタルで映画を借りる。
 店員さんは金髪が良く似合う、スタイルのいい綺麗な女性だった。どうやら新人らしく、処理する手つきはたどたどしい。
 普通の男であれば表情を緩めて気遣いの一言でも掛けているところだろう。僕も急いでいなかったらそうしていただろうが、今はそれ以上に帰宅後の事で頭がいっぱいでそんな余裕は無かった。
「返却は一週間後になります」
「ありがとうございます」
 僕は店員の笑顔に見送られて店を出る。
 一瞬、何か含みのある笑顔にも思えたが、きっと僕の気のせいだろう。それより早く帰る事の方が重要だ。


 そのあとは何事も無く、無事に住み慣れた安アパートにたどり着いた。
 ポケットから鍵を取り出している間にも何だか胸が高鳴ってしまう。鍵を開けるだけでこんな気持ちになれるという事も、最近知った事の一つだ。
「ただいま」
『あ、あ、あ、いく。いくぅー』
 部屋に入るなり聞き覚えの無い女性の艶っぽい声に出迎えられ、僕はぎょっとする。
 何事かと廊下を渡ってリビングの扉を開くが、特に部屋の様子に変化はなく、見知らぬ女性も居なかった。明かりが点いていないせいで部屋は暗かったが、荒らされた形跡ももちろんない。
 変わっている事と言えば、普段はテレビを見ない同居人の女の子が珍しくテレビ画面をじっと眺めている事くらいだ。
 安堵にほっと息を吐いたところで、僕は状況を理解した。
 テレビ画面に映っている裸で絡み合う男女。女の顔に見覚えがあるのは、映っているのは僕が持っているAVだったからだ。女の人の声はどうやらテレビのスピーカーから聞こえてきた声らしい。
 テレビの正面のソファに膝を抱えて座っている可愛い同居人は画面に夢中になっているらしく、僕が入ってきた事にも気が付いていないようだ。
『うぅ。もう、出る』
『かけて、顔に。あぁぁあっ』
 画面の中の男女はクライマックスを迎えたらしい。放心気味の女の上から男が離れ、彼女の顔の上に仁王立ちになる。
 肌色のモザイクから放たれる白濁液を顔面で受け止める女。そして彼女はモザイクの中のものを掴んで、自分の口に運んでいく……。
 ……流石に、そろそろいいよな。
「リヴィ。お前勝手に何見てるんだよ」
 電気をつけると、リヴィはようやく僕の帰宅に気が付いて顔を向けてきた。
「あ゙ー」
 少しぼさついた灰色の長髪。血の気の全く感じられない青白い顔。そして真っ赤な瞳。
 人によっては不気味に思われるかもしれない外見だ。しかし目を細め、唇の端を上げて、見上げるように向けてくるその笑顔は、何よりも明るく僕の胸の奥を照らしてくれる。
 素直な喜びの表し方は幼子のように可愛らしい。
 しかし視線を少しでも下げれば、彼女が今まで明らかに子どもらしからぬ事をしていたのは明白だった。
 着せているワンピースはおへそが出てしまうまでたくし上げられていて、パンティが丸見えになっていた。そして恥ずかしさを堪えて買ってやったそのパンティの中には右手が突っ込まれていて、今もまだくちゅくちゅと妖しい音を立て続けている。
 画面から僕へと意識は移ったようだったが、しかし音が止まる気配はない。
 止めさせるべきかと逡巡している間にリヴィの眉が切なげに寄り、その身体がびくんと強く震える。
 彼女は満足したかのようにパンティの中から手を抜き、てとてとと僕に歩み寄ると、濡れた指もそのままに僕に抱きついてくる。
「お、おか、おかえ、り。あな、た」
「ただいま」
「きょ、きょう、は、お、おお、おそ、かった、ね」
 彼女がこんな事を始めてしまったのは、多分そのせいだろう。
 僕は彼女の髪を撫でてやりながら、その額に口づけした。
「遅くなってごめん」
 リヴィはにっこりと笑うと、僕の胸に頭を擦り付けてきた。


 僕はいつも帰ってすぐに夕食を済ませてしまう。このタイミングでないとまともに食べていられないのだ。一度リヴィの相手を始めてしまうとやめられなくなってしまうから。
 パスタを食べる僕の指をリヴィの瞳が追いかける。
 同居人であるリヴィは人間と同じ飯を食べたがらない。だから僕が食事をしている間は、大体リヴィは体育座りをして僕の方をじっと見ているだけだった。
「ゔー」
「リヴィも食べるか」
 茹でたパスタにパウチのソースを掛けただけの夕飯を一口差し出してみるが、リヴィは首を横に振るだけだ。
 そう。彼女のご飯はこういう物では無く。僕自身なのだ。より正確に言うのならば、僕の精液。彼女はそれを糧にして生きている。
 いや、厳密には生きているとは言えないのかもしれない。
 胸に耳を当てても鼓動の音は聞こえてこないし、触れてもその肌は明らかに冷たい。そしてどんなに傷ついても痛みというものを感じない。
 ただ、僕等にとってはそんなのは些細な問題でしかない。彼女は僕と居るだけで楽しげに笑ってくれるし、僕も彼女と居るだけで温かい気持ちになれる。
 理屈はどうか分からないが、僕にとってはリヴィは間違いなく一緒に生きている大切な同居人なのだ。
「あ゙ー、あ゙ー」
 物思いにふけっているうちに、いつの間にかリヴィが物欲しそうな顔で僕の膝にしがみついていた。
 ベルトを外そうと指を動かしているが、なかなか上手くいかないらしい。
「あうー」
「分かった分かった。これ片付けたらな。今日は金曜日だから一晩中相手してやれるぞ」
 意味が分かっているのか分からないが、リヴィは見ているこっちが嬉しくなってしまうくらいににんまりとした笑顔を浮かべる。
 こんな顔をされては待たせるのも忍びない。
 僕は残っていたパスタをかきこみ、流しへ向かった。


 あの姿だけ見ていると分別の付かない子どものように見えるが、別にリヴィは物心ついていないわけでも白痴なわけでも無い。僕が言っている事やしている事を何となくは理解しているし、それに対してリヴィがどんなふうに反応したいのかも本人の中ではしっかりとしている。ただ、今は上手くそれが伝えられないという状態にあるだけなのだ。
 彼女はお腹が減るとどうしてもあんな状態になってしまう。人間だったら考えられないが、しかし彼女は人間では無いのだから仕方が無い。
 そう。しばらく一緒に暮らしてきて、そして今では自信を持って断言できるが、リヴィは人間では無い。
 その正体は、異世界から来た精液を主食とするアンデッドモンスターのゾンビなのだ!
 当然だが、この事は誰にも言った事は無い。自分で考えていてもB級ホラーエロ映画だと思う。しかし精液を取り込むごとに活力を得ていく彼女の姿を目の当たりにしては信じないわけにもいかなかった。
 そしてもう一つ驚くべきことは、彼女はこの現代世界を侵略するために送られてきた異世界からの尖兵の一人なのだという事だ。
 リヴィが言うには、彼女達の世界は剣と魔法が支配するファンタジーの世界で、その世界には強力な魔力を持ったサキュバスの魔王が居て、そいつが現代世界にまで支配圏を広げるべく自分の手下たちを現代世界におくっているのだという。
 と言っても、彼女達の言う『侵略』は僕達が使っている『侵略』とは大きく意味が違っていた。
 モンスターのイメージ通り、彼女達は人間達に襲い掛かる。現に僕も襲われた口だ。しかし襲うと言っても暴力を振るったりすることはほとんど無いし、間違っても殺して食べるなんて事は絶対に無い。
 なんでも彼女達の世界のモンスターはみんな雌で、人間と番になって仲良く暮らしていく事を目指しているらしい。
 そんな事もあってか、彼女達の世界で言う『侵略』とは、半ば強引に相手と伴侶になり、永久的に愛し合う関係になるというような事を意味している。
 僕がリヴィに襲われたというのも性的な意味でであって、暴力を振るわれたとかでは決してない。多少強引ではあったけど、少なくとも僕は暴力だとは思わなかった。
 きっと今もどこかで男がリヴィのようなモンスターに『侵略』されている事だろう。個人的には、それほど悪い事では無いと思う。
 まぁ別の種族から半ば強引に愛を押し付けられるのも嫌だという人は居るだろうし、リヴィの世界でもいざこざが全く無いわけでは無いらしいが。
 でも、終わる事の無い殺し合いを演じ続けているよりは健全だと僕は思う。
 もしかしたらあちらの魔王さんは人間同士で大量に殺し合いをしているこっちの世界を見て、可哀そうになったのかもしれない。
 あるいは、ただ単純に男というリソースが無駄死にしていくのが勿体無いだけだったのかもしれないが。
 どちらにしろ、魔王という奴は多分そんなに悪い奴では無いと思っている。その尖兵であるリヴィの様子を見てれば、それもわかろうというものだ。
「ゔー!」
 リヴィが待ちきれないと言った声を上げている。
 モンスター。リヴィ達に言わせると魔物娘と呼ぶらしいが、魔王の影響下にある彼女らは種族を問わずサキュバスよろしく男性の精液を主食としているらしい。リヴィが求めているのもつまりはそれ。
 やれやれ、と僕は笑ってしまった。そして自身の下半身の疼きと期待に弾む胸中を自覚して、さらに苦笑いを濃くする。
 たまに考えてしまうけれど、本当は世界の事なんてどうでもいい。実際のところ、僕にとってはもうリヴィ以外の事は些細な事でしかない。
 僕は皿の泡を落とすと、水切りも早々にリビングに戻った。


 ソファに腰を下ろすなり、リヴィが僕と向かい合う形で膝の上に座ってくる。
 何も言われずいきなり唇を奪われ、口の中に舌を入れられて乱暴に唾液を貪られる。
 ずっとご飯を前におあずけを食らっていた犬が、ようやく食べていいと言われたかのようながっつきようだ。内心微笑ましく思いつつ、その気持ちが分からないでも無い。
 なぜなら、僕だって朝からずっとリヴィとこうしたかったのだから。
 温度の低い生ぬるいリヴィの唇は、しかし触れるだけで僕の全身を熱くさせる。
 やられてばかりいるわけにはいかない。僕だってリヴィが欲しい。リヴィの動きに合わせて、僕も舌を絡めていく。舌同士を擦り合わせ、歯の付け根を擦って、唾液がもっと出るように色んなところを舌先で刺激する。
 舌を絡めるうち、空ろだったリヴィの瞳が、だんだんとろんとしてくる。
「んぅ。ふぅう」
 鼻息がくすぐったい。
 彼女の手が僕の後頭部に回され、髪の毛を掻き回してくる。絡めた舌から唾液を流し込んでくる。リヴィの唾液はねっとりとしていて、少し獣臭くて、そして舌がとろけてしまうくらいに甘い。
 普段だったらこのままつづけてしまうのだが、今日はちょっとしてみたい事があったのを思い出した。
 僕は彼女の腕を掴み、僕はちょっと強引に唇を離す。
 糸を引きながら、離れてもなお僕を求めて伸ばされるリヴィの舌がたまらなくエロティックだったが、僕は何とか自我を保ちながら彼女を押さえつける。
「ゔー! ゔー!」
 リヴィは不満そうな顔で僕の身体を叩いてくる。まるで子どもの喧嘩のような動きが、悪いと思いつつもたまらなく可愛いかった。
「なぁリヴィ、今夜はたっぷりサービスするからさ。僕のささやかなお願いを聞いてくれないか」
「うあ?」
 よく分からないと言った顔で首を傾げるリヴィ。僕はそんな彼女を抱き締めながら、耳元で囁いた。
「恋人同士みたいにさ、二人で一緒に映画とか見てみたいんだよ」
「うー」
 リヴィは暴れるのを止めて、僕の頬にほっぺたを擦り付けてくる。
 言葉の意味を全部は理解出来ていないまでも、恋人同士という言葉が気に入ったのだろう。しかしそれは僕にとっても嬉しくもあった。
 プレーヤーに入っていたエロDVDを抜き取り、借りてきた映画のDVDをセットする。
 雰囲気を出すために照明を落として、ソファにリヴィと隣り合って座る。ついでに指を絡めて手も繋いだ。自分で言っておいてなんだが、本当に恋人同士みたいだ。
 恋人どころか、夫婦でもしないような激しい夜を何度も重ねているけれど、でもこういう事もやっぱり悪くない。
「うあー?」
 リヴィは首を傾げながらも画面が気になっているようだった。さて、これからどういうリアクションを取ってくれるのか、楽しみだ。


 映画が始まり、一組の男女が画面上に映し出される。
 芝の生い茂る西洋の墓場だ。墓参りに来た、と言ったところだろう。
 そこに現れる様子のおかしい一人の男。顔面蒼白で、血走った目だけが爛々と輝いている。彼は両手を突き出して、膝を曲げない奇妙な歩き方で男女の方に近づいてくる。
『あ゙ー』
 不気味な歩みで、男は一歩ずつカップルに近づいてくる。
 リヴィは唸りながら、つないだ手に力を入れてくる。その表情も何だか不安そうだった。まぁ映画の内容を知っているとそうなるのも分かる。
 歩き方のおかしい男が男女二人組に近づいていき、そしてついに男の方に襲い掛かった!
 その瞬間、画面の外でも僕がリヴィに襲い掛かられた!
「ちょ、リヴィ?」
「ゔー! ゔー!」
 画面内では女性を庇うようにして立ちはだかった男性が、歩いて来た男に首筋を噛まれていた。
 画面外では僕がリヴィに抱きつかれ、息が出来なくなるくらいに強く腕を回されていた。
 映画の中の女性は男性に逃げろと言われて走り始める。
 映画の外で苦笑いする僕を、リヴィは逃がしてくれそうには無い。
 そう、これはゾンビ映画なのだ。ゾンビであるリヴィにゾンビ映画を見せたらどんな反応をするのだろうかと思い、興味本位で借りてきたのだが……。
「ゔー。うぅぅ」
 リヴィは震えながら僕にしがみついたまま動かなくなってしまった。その表情も怯えたように強張っている。怖くて見られないのだろう、目もきつく閉じてしまっている。
 かと思えばしかし、恐る恐ると言った感じで目を開けて画面の方を見たりもする。
 どうやら怖がりながらも気になってはいるらしい。
「リヴィは怖がりだなぁ。これはただの映画だから、襲ってきやしないよ」
 可能性があるとすれば僕がリヴィに襲われる事くらいだろう。
 ガタガタ震えている背中を少し撫でてやると、リヴィは少し安心したように表情を緩めた。
 首をめぐらし、再び画面の方を見るのだが。
『ぐがおぉぉ』
 画面に映り込んだゾンビ男の血まみれの顔を直視する事になってしまい、リヴィは再び僕に抱きついて来てしまう。
「大丈夫だって。リヴィだってゾンビだろ?」
 リヴィは僕の言葉に呻きながらも首を横に振る。自分はあんなに野蛮では無いと言いたいのだろう。
 僕は言葉にはしないまでも深く同意しつつ、優しくリヴィの頭や、背中を撫で続けてやる。
 そのうちにリヴィも落ち着いて来て、再び薄目を開けて画面に挑戦するのだが、しかしやっぱり怖がってその度にきつく目を瞑ってしまう。リヴィはそんな事を何度も繰り返した。
 ため息が出てしまう。
 こんなの反則だ。……いくらなんでも可愛すぎる。
「うー。うー」
 リヴィは涙目で僕の事を見上げてくる。もう止めて、とでも言いたげだ。
 画面から突然女性の叫び声が響き、とうとう耳まで抑えてしまった。
「ぅぅぅ……」
 リヴィ本人も本物のゾンビだし、そもそも今の状態のリヴィは分別が付いていないようなところもあるから、映画を見ても興味を持たなかったり見ても反応しないかもしれないと思っていたのだが。……流石にここまで怖がるのは予想外だった。ちょっとやり過ぎてしまったなぁ。
 怖がる可愛いリヴィが見たい、あわよくばベタな恋人同士みたいに抱きつかれたいなどと考えていた僕ではあったけど、むやみやたらに怖がらせるのは本意ではない。
 僕は映画を止めてリヴィの身体を抱き寄せた。それでもリヴィは目をきつく閉じ、耳を押さえたまま離さない。
 だからと言って無理矢理引きはがす事はしない。僕は額に口づけし「大丈夫だよ」と繰り返しながら優しく背中を撫でて続けた。そうしているうちに、リヴィも少しずつ落ち着いてくれた。
 画面が消えている事に気が付き、両腕を耳から僕の背中へと回してくる。それでも彼女の小さな体からはまだ震えが止まっていなかった。
「ごめん。ちょっと意地悪が過ぎたね」
「こ、わかっ、た」
 涙で濡れた瞳が見上げてくる。夢中で抱きついていたせいで着衣が乱れていて、少し覗いた胸元からわずかに膨らみが覗いていて、僕はたまらず生唾を飲み込んだ。
 映画の中のゾンビの身体は硬く筋張って血生臭そうだが、リヴィの身体は柔らかくて花のようないい匂いがする。
 僕は彼女のワンピースの裾から手を入れ、太ももの付け根に触れようと、
「あー」
 したところでいきなりリヴィに再び画面の方に向き直られてしまった。
 リヴィは画面を指差し「つ、つづ、き。み、たい」と訴えてくる。
「でも、怖いよ? 今よりもっと怖くなるよ?」
「うー」
 リヴィは僕の膝の上で体勢を変える。僕のお腹に背中をぴったりとくっつけるようにして、僕が後ろから抱きしめる形になるように僕の腕を取って自分の胸の前で交差させる。
「ここ、これ、な、ら。だいじょ、ぶ」
 リヴィは僕を振り仰いで小さく笑う。
 昼間の仕事でおあずけを喰らっていたのは何もリヴィだけでは無いのだが、しかしこうも素直な視線を向けられては無理矢理押し倒すのも気が引けてくる。
 それに性交以外の何かに興味を持っているリヴィの姿は、そんなに見られるものでも無い。
「分かった。そうしようか」
 僕は息を吐いて、映画を再開させた。
 再び画面から叫び声が流れ始め、リヴィは、まぁ予想通りだったが、びくんと大きく体を震わせて僕の腕を強く握りしめてくる。
「こわ、こわいぃぃ」
「止める?」
 しかし怖がっていてもリヴィは頑なに首を横に振るのだった。
 それにしても、目の前には白いうなじがあって、そこからは何だかいい匂いがしていて、下半身は下半身でリヴィの柔らかなお尻が脚の付け根に当たっていて。
 これでまだおあずけなんて、生殺しもいいところだった。


 再び映画を見始めた僕達だったが、順調に観賞を続けることは難しかった。
 事あるごとにリヴィは怯えて目と耳を閉じ、僕にしがみついて来てしまうからだ。その度僕は彼女を抱き締め、なだめた。
 そして彼女の身体に欲情して手を出そうとする頃には大体リヴィも気を取り直していて、映画を再開することをせがんでくるのだ。
 僕は少し憔悴してきていた。
 リヴィは可愛い。可愛くて色っぽくて僕の雄をくすぐってくる。それだけじゃ無い、リヴィはいつだって僕を求めてきてくれて、僕の欲望を受け止めてくれる。
 でも、今日はそんなリヴィからずっとおあずけを喰らい続けているのだ。
 このままでは僕の方がゾンビのようにリヴィに襲い掛かりかねなかった。
 映画のストーリーは中盤に差し掛かり、どこかの家屋の中で生き残った人々の心理描写のシーンに差し掛かっていた。
「うあー?」
 リヴィは、理解できているかどうかは分からないが、アクションシーンに比べれば大分おとなしく画面を見ていてくれている。
 リヴィは意識的にか無意識にか、僕の指を自分の口に持ってきてしゃぶり始める。ねっとりした舌が指の第一関節、第二関節と通り過ぎ、指の付け根にまで舌先を伸ばしてくる。
 甘噛みされ、指の裏も表も関係なくねちょねちょと嘗め回される。
 多分退屈してきたのだろう。『ご飯』も食べていないから、おなかも空いて来たのかもしれない。しかしこの状態でこんな事をされては、僕だって我慢の限界だ。
「リヴィ。僕もう」
 リヴィのえりあしに顔を埋め、その首筋に噛み付く。
 歯型が付くくらいちょっと強めに噛んでから、歯型に舌を這わせて唾液を絡み付かせてやる。
 指を吸う彼女の舌も激しくなる。口をすぼめて隙間なく指をしゃぶりながら、彼女の歯にも少し力が込められる。
「ちゅ、ぢゅるるっ」
 僕は空いている方の手を彼女のスカートの中に潜り込ませ、太ももの内側に指を這わせる。
 まだ中心には触れない。焦らすように足の付け根に向かって撫で上げては、膝小僧まで戻ってきて彼女の太ももの肉感を楽しむ。
 出会った時に千切れていたとは思えない程の滑らかなこの触り心地。傷跡も無いこの綺麗な脚の為に、どれだけの精を捧げ続けた事か。
 脚だけでは無い。鬱血していた腕、濁って黄色かった瞳、潰れていた指。それが今では皮膚は傷や染み一つない程に綺麗になり、目も赤い瞳が映える黒目がちな物に変わり、指先も細長く形の良い物になった。
 もちろん今でも治っていない傷もあるし、最初から取れていた腕は今でも取れやすい。でも、それでも今の彼女は十二分に美しいと思う。
 彼女が美しい身体を取り戻していく様を見るのは、僕にとって人生初めての喜びだった。それも他ならぬ僕自身の精の力によってなされていると言うのだから、その感動と言ったらもう言葉には出来ない程だった。
 これまで僕の力で再生させてきた身体。今では僕だけが独占している彼女。リヴィは僕にとって人生そのものだと言ってもいいかもしれない。
「リヴィ。そろそろ入れ」
『キャアァァァア』
 画面からの悲痛な叫び声に、リヴィの身体が跳ねあがる。
 太ももを触っていた手もしゃぶられていた手も同時に引っ張り出されてリヴィの手にギュッと掴まれる。
「ゔー。こわ、こわ、いぃ。うぅぅ」
 再びガタガタ震えだした彼女を、僕はため息を吐きながらもしっかりと抱きしめてやった。


 クライマックスシーンが過ぎ、ようやく画面が暗転してスタッフロールが始まった。
 途中から暇を持て余したのでさりげなく胸を揉んでみたりもしたのだが、リヴィは完全に映画に集中してしまっていたらしくてまともにリアクションも帰って来なかった。
 結局つまらないのでそれもすぐに止めてしまって、後半は僕も映画に集中していた。
「うあー?」
 振り返って僕を見てくるリヴィは戸惑いの表情を浮かべていた。多分ラストに納得がいかなかったのだろう。まぁでもホラー映画のラストなんて大体あんなものでは無いだろうか。
「一応アレで終わりなんだよ。主人公は生き残りました。でも世界にはまだゾンビでいっぱいです。俺達の戦いはこれからだ、みたいなね」
「うー」
 説明してもやっぱりリヴィは納得がいっていないようだった。
 しかし映画はもうどうでも良くなったらしい。リヴィは僕の手を振り払って立ち上がった。
 僕の前にほっそりしたウエストと艶めかしい腰の曲線がさらされる。何をするのかと見守っていると、リヴィはおもむろにワンピースの裾をたくし上げて脱いでしまった。
 白いパンティも面倒そうに下ろして蹴飛ばしてしまう。
 全裸になったリヴィは満面の笑みで僕を振り返る。ブラは最初から付けていない。買い与えていないからだ。
 照明の落とされた部屋の中に、リヴィの白い裸体が浮かび上がる。
 鎖骨の浮いた細い肩。大きすぎず小さすぎず、均整のとれた形のいい乳房。ぴんと上を向いた色素の薄い乳首。肋骨からおへそ、腰骨まで続く、程よく脂肪の乗ったお腹。
 継ぎ接ぎの跡の残る右の二の腕。滑らかな肌に一筋だけ、みぞおちからわきばらにかけて斜めに走る肉色の傷。この治らない傷まで含めてリヴィの身体は美しい。
「ぐあー」
 両手を振り上げて、映画の中のゾンビよろしく僕に掴みかかってきた。僕の首元に顔を埋め、歯を立ててくる。映画であれば唇の端から血が迸るところだったが、僕の肩から滴ったのはリヴィのよだれだけだった。
「おい、くすぐったいって」
「ぐあー」
 リヴィはにこにこしながら僕の唇に喰らい付いてくる。唇ごと噛み千切らんばかりに口を大きく開いて、しかししてくる事と言えば、唇を唇で引っ張って来たり、優しく噛んで来たり、舐めて来たりと言ったゾンビらしからぬ事ばかりだった。
「がうがう」
 どちらかというと、犬っぽい。
「だからくすぐったいってば」
 リヴィは笑顔を浮かべたまま僕を脱がそうとして来る。
 指先で小さなボタンを動かそうとしているのだが、指が思った通りに動いてくれないらしくボタンは一向に外れない。仕方ないので僕は自分からシャツを脱ぎ、ズボンも下着も脱いで裸になる。
 出会ったばかりの頃のリヴィは肌を重ねようとするたびに自分の衣服も僕の衣服もびりびりに破いていたが、破らないでくれと教え込んだかいもあって最近ではようやく脱がすという事を覚えてくれた。
「ぅあー」
 物欲しそうな顔でよだれを垂らしていたリヴィは、僕が全部脱いだとたん、僕の腰元に喰らい付いて来た。
 恥ずかしながら、下半身の僕自身は準備万端だった。だってそうだろう。愛しい人の可愛い姿をこれだけ見続けさせられたのだから。
 リヴィは僕の硬くなった一物の根元を握りしめ、嬉しそうに亀頭をペロペロと舐める。その度に裏筋にざらざらとした感触が押し当てられて、背筋に鳥肌が立つような快楽が走り抜けていく。
 そしてついには亀頭ごと口の中に頬張り、じゅるじゅると音を立てて吸い上げ始める。
 敏感な先端が濡れそぼった柔らかな感触に覆い尽くされる。それだけでも蕩けてしまいそうだったのに、リヴィはさらに竿の部分もたどたどしい手つきで扱き上げてきた。
 今までずっと我慢していた事もあって、僕はすぐに限界を迎えてしまう。
「リヴィ、出るっ」
「っふぁあん」
 リヴィは故意にそうしたのか、射精する寸前の僕を口から抜いた。
 そしてわざわざ見せつけるかのように口を開いて、勢いよく発射される白濁液を口の中に受け止める。
 脈動と共に精液が放物線を描き、リヴィの喉奥にぶつかって小さく音を立てる。
 射精している間も強く握られた手のひらで竿を根元から扱き上げられて、腰ががくがくと震えてしまう。
「あ゙ー」
 リヴィはそんな僕を見上げて、満足そうに笑った。
 発射の勢いが無くなってくる。精液はとろとろと鈴口から流れ落ち始めるが、垂れ落ちる事無く一滴残らずリヴィの舌で舐めとられていく。
 そして精液が流れ終わるとリヴィはさきっちょに唇を押し付けてきて、尿道に残った精液すら全部吸い取らんばかりに強く音を立てて吸ってきた。
「リ、ヴィ」
 僕は腰が砕けてしまってもう駄目だった。リヴィはそんな僕を面白がるように、いつまでも腰に抱きついてさきっちょを舐め続けていた。


 ようやく解放された時には、僕の息は切れ切れになってしまっていた。
 リヴィは息切れしている僕の上に乗り、満足そうな顔で咀嚼するように唇を動かしている。
 すぐに飲み込むのは勿体ないとばかりに味わっているのだ。
 僕の精液がリヴィの唾液と混ぜられて舌の上で転がされている。そして味わうだけ味わわれた後に、彼女の栄養になる。僕なんかの、精液が。
 ごくりと音を立てて、彼女の喉が上下する。
「あぁ、おいしかったぁ」
 リヴィは艶っぽい笑みを浮かべて、僕の頬を撫でてくる。いつもは虚ろなその瞳に少し理性の光が灯っている。
「リヴィ、あなたのせーえき、だいすき。もっとほしい。あっついの、おなかにほしい」
 リヴィはさらににじり寄ってくる。まだ反り返ったままの僕のあそこに自身の割れ目を、僕の胸板に自分の柔らかなおっぱいを押し付けて来て、そして僕の首筋に歯を立ててくる。
 襟足から香ってくる、リヴィの雌の匂い。
 僕は彼女の背に腕を回しながらも、背筋を這い上がってくる快楽に耐えられずに仰け反ってしまう。
 リヴィはそんな僕の首筋に舌を這わせて、再度喉に噛みついてきた。
「リヴィ。うあぁ」
 リヴィのひんやりとした指先が僕の一物を掴む。
 そして、ああもう見なくても分かる。さきっちょに押し当てられた柔らかく湿ったリヴィの花びら、その花の中に僕はずぶずぶと飲み込まれていく。
「リヴィできもちよくなって。せーえき、いっぱいいっぱいびゅーびゅーだして」
 リヴィは頬を上気させながら、笑みを崩すことなく嬉しそうに肉が擦れ合う様を見下ろしている。
 ぐちゅぐちゅと咀嚼してくるリヴィの花。リヴィは外見こそ死体と見紛う程に血色が悪いものの、その身体の内側は生きている人間以上に激しく蠕動し、生きたまま人間を喰らうかのように激しい動きで僕の一物を責め立ててくる。
 特に腰を振っているわけでも無いのにリヴィの柔肉は波うち、うねる。一物の小さな血管にさえも形を合わせて細かな襞襞で覆い尽くしてくる。
 粘度の強い愛液にまみれた微細な襞が、柔らかな肉が、不規則に蠢きながら自らの中へ中へと僕を導き、締め上げてくる。
 僕を全て飲み込んでしまうと、リヴィは満足そうな吐息を吐いた。
「リヴィも、きもちいい。おなかあったかい。あなたのおちんちん、あつい。……すき。
 でも、もっときもちよくする」
 入れているだけでもそれだけ激しいにも関わらず、リヴィは僕を見下ろしながら自ら腰を振り始める。
 犬のように舌を出し、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、腰同士をぶつけるように激しく腰をグラインドさせてくる。
 両腕が痛いくらいに僕を掴んでくるが、それすらも心地よかった。
 擦れるごとに愛液は垂れ落ち、二人の足の付け根がびしょびしょになっていく。
 絡み付いた柔襞は腰が動くごとに名残惜しむように僕にしがみつき、きつく抱き締めて射精を促してくる。
 下半身の感覚が快楽一色に塗りつぶされる。気持ちいい事しか考えられない。
 一度出したばかりなのに、そう何度もグラインドに耐えられなかった。すぐに我慢できない程の射精感が湧き上がってきて、僕は歯を食いしばりながらリヴィの柔らかいお尻を掴んで引き寄せる。
 ぐっと突き上げると、僕の先端がリヴィの中心。多分子宮口に触れた。
「あっ、あっ、あっ。おく、こしゅれっ。これしゅきぃ」
 強く背をのけぞらせるリヴィの胸に顔を埋めながら、僕は彼女の中心に向かって二度目の射精をする。
 尿道を駆け上がり精液がリヴィの奥深くへと解き放たれていく。一度目よりも勢いのある射精感。心臓が下半身に移動してしまったのではないかと不安になる程の大きな脈動からして、きっと一度目よりも大量の精が、勢いよくリヴィの子宮の奥へと叩きつけられている事だろう。
 リヴィのあそこも僕の脈動に合わせて収縮し、さらに精をせがんでくる。
 あまりの快楽に、目が眩む。
「しゅごぃ。おくに、せーえき、たたきつけらえ、あふれ、るぅ」
 僕は痙攣するリヴィの身体を抱き締める。そうしないと、あまりの大きな波に僕自身も抑えられなかった。


「うあー」
 という呻き声はリヴィの物では無く僕の物だ。
 いつもの金曜日ならば休み休みやるところを、連続で二回。しかも結構派手に出してしまったせいで、早くも身体に疲労感を覚えていた。
「だんなさまぁ」
 その赤い双眸に理性の光を取り戻したリヴィが、僕を見上げる。
 目が合うと、少し頬を染めた。生きた人間のような紅潮に比べるとちょっと色褪せてはいるものの、恥じらってるのは十分伝わってくる。
「えへへ。とっても気持ち良かったよ。あなたの精が体中にしみわたるみたいだった」
 リヴィははにかむ様に笑いながら、無邪気に僕の胸に抱きついてきた。ためらいこそしないものの、少し照れながら肌を重ねてくるその姿は獣のように僕に襲い掛かり男根にむしゃぶりついて夢中になっていた少女と同一人物には見えない。
 リヴィは大体いつもこんな感じだった。抱き合い始めた頃が一番欲望に忠実で、まさに獣のように求めてくる。しかし欲望のまま肌を重ねれば重ねる程、精液を浴びれば浴びる程、僕の精から生命力と人間らしさを取り戻して恥じらいを帯びていく。
 どうにもこれがゾンビの特質らしいのだ。本来死体である彼女達の身体は生体エネルギーである精が枯渇しやすく、そしてその結果どうなるかと言えば、腹が減った人間が食べ物の事しか考えられなくなるように、彼女もまた生体エネルギーを摂取する事、つまりは交わりと精液の事しか考えられなくなってしまう。
 だが幾度も肌を重ね、体に精を受けるうちにだんだんと生体エネルギーが全身を巡り、思考も活性化してくる。その結果としてリヴィは理性を取り戻し、自身がしてきた激しい交わりを恥じらうようにもなる。
 普通だったら最初は恥じらっているものの求め合ううちに理性を忘れて激しく、となるのだろうが、彼女の場合は全くの逆なのだ。しかし、僕はこれはこれでとても淫靡で魅力的だと思っている。今はまだまだ子どもっぽいが、最終的に精液まみれで完全に理性を取り戻した彼女の姿は、本当にたまらない。
「僕も気持ち良かった。リヴィの身体はやっぱり最高だ」
「ほんと? えへ、えへへへへ」
 リヴィは照れ隠しをするかのように、力いっぱい僕の身体に抱きついてきた。
 その瞬間だった。背中に不吉な感触が走り、僕の背中からリヴィの右腕の感覚が消える。
「あ」
 僕の身体から身を離すリヴィ。その右腕の二の腕辺りから先が消えていた。
「とれた」
 リヴィの右腕は何度も交わっている今でも取れやすい。毎晩の交わりもさることながら、特に週末にはどうしても激しく求め合ってしまうので、そのうち取れやすい事も忘れてしまうのだ。
 気を付けていたつもりだったのだが、さっき感極まって抱きしめた時に力を込め過ぎたのかもしれない。
「ごめん。僕のせいだ」
「ううん。私が力いれすぎたせいだよ」
 リヴィは全く気にした様子も無く僕の胸に頬ずりしてくる。
「じゃあ、縫い合わせるか」
「えー。あとでいいよぉ。セックスしたい」
 リヴィは唇を尖らせる。僕はその可愛いつぼみに口づけしてから、なだめるように言ってやった。
「腕が付いてないとしっかり抱き合えないだろ? 僕だって大好きなリヴィに抱き締められたいんだよ」
「ふぇ、あ、う、うん」
 リヴィは求める事は得意だが、求められることは意外とそうでもないところがある。
 赤くなって顔を伏せたリヴィの身体を抱き上げながら、僕は笑って立ち上がった。


 リヴィをベッドに移し、針と糸を用意する。もちろん作業をしやすいように照明は明るくした。
 取れてしまった腕からは肩まで伸びているはずの上腕骨が見えてしまっていた。まずはこれをねじ込んでやらなければならないか。
「一応再確認だけど、痛みは無いんだよね」
「ぜんぜんいたくないよぉ。どんなはげしいのだって平気だよぉ」
 たびたび言われているので、たまにはSMのような事もしてみようかと考えた事もある。
 でも、にへらと笑う無邪気な様子を見せられてしまうとどうしてもリヴィを痛めつけたいとは思えなくなってしまうのだ。叩いたりするよりは、頭を撫でて抱きしめたくなる。
 ……求められれば、また別だが。
「本当はそうして欲しい?」
 リヴィは首を傾げ、うー。と唸った。
「わかんない。あなたにされるのなら何でも好き」
 僕は何も言えなかった。少し油断しただけで顔がデレデレに溶け落ちてしまいそうだったから。
「さ、さぁ、始めるぞ」
 不思議そうな顔をしたリヴィの身体を抱き寄せ、僕は右腕を手に取る。
 骨が抜け落ちて肉だけになった部分がぷるぷるとゆれる。断面の生々しい肉色も、最初こそ気味が悪かったが、今ではもう慣れてしまった。
 黒い影を覗かせる腕の穴の中に骨をあてがう。腕の方向を確かめてから、ゆっくりと肉の中に骨を押し入れていく。
「ぅあ、あ、あぁん」
 筋肉や血管、皮膚を押し広げながら骨が進む感触が手のひらに伝わってくる。ぐにゅぐにゅと、ごりごりと、普通に生活していてはまず体感することが無い感触だ。
「痛い?」
 リヴィは首を振り、無事な左手で僕の腕を掴んでくる。
「でも、せなかがぞくぞくってしちゃう。かたいのが、お肉の中をすすんでる」
 リヴィの瞳はいつの間にか濡れていた。唇を軽く噛み、興奮を抑えているような色っぽい表情だった。
 僕は心を無にして骨を奥まで推し進めていく。
「ひぁっ。おくっ。おくきた」
 一番奥、肩との接続点まで届いたら、今度は関節を嵌める作業だ。リヴィの腕を力いっぱい押し込んで、ぐりぐりと肩にはめ込んでやる。
 僕の胸の中でリヴィが恍惚の表情で背を反らせる。全身を痙攣させ、口の端からはよだれを垂らし、その目も半分白目を剥いたようになる。
「あ、ああ、ああああっ」
 リヴィの浅い呼吸を聞いているうちに、僕の視界もせばまってくる気がする。熱病に侵されたかのように全身がかぁっと熱くなり、喉がからからに乾いていく。
 ごきん。という感触と共にリヴィの肩が嵌る。それと共にリヴィも全身を脱力させて、僕にしなだれかかってきた。
「だんな、さまぁ。ああ、ありがとう」
「辛く無かったか?」
「ぜん、ぜん。なんか、すごかった。だんなさまは私を治すのが上手だね」
 多分脱臼の治し方としては相当間違っているはずだ。でもゾンビを直す程度ならこれで十分なのだろう。
 リヴィはにこにこ笑いながら口づけしてきて、そのまま押し倒そうとしてくる。
 しかしここで流されてはいけない。まだ力の入っていない右腕側からすり抜けて、僕はリヴィを後ろから抱きすくめた。
 リヴィは僕の意図を察したのか、両手を振って暴れはじめる。
「やー。せっくすするのぉ」
「まだ駄目。腕を縫ってからだよ」
「でもぉ」
「リヴィは僕にぎゅってされるの好き?」
「そんなの当たり前だよぉ」
「僕だってリヴィにそうされるのは大好きなんだよ。分かってくれるだろ?」
 リヴィはまだ表情こそ不満そうだったものの、大人しく頷いてくれた。
 僕はよしと頷き、針と糸を手に取る。釣り針のように曲がった針に、ピアノ線のように細い糸を通す。これで一応、準備は完了。
 人間相手だったら考えられない大雑把な施術。僕だって人間相手なら絶対にやらないが、でもリヴィは動く屍のゾンビ。もともと壊れていた身体を修理するような物だからこのくらいでも大丈夫なのだ。
 というかその再生力は人間以上にすさまじいものがあって、腕が千切れていても内臓が破裂していても、数度性交するだけで治ってしまう。
 出会ったばかりのときがまさにそんな感じだった。
「じゃ、始めるよ」
「ん」
 リヴィの腕に針を差して、つなぎ目の向こうの肉から抜き取る。それを繰り返していく。
 ちなみに僕は別に医学部の出でも無ければ、モグリで医者が出来る程の医学の知識も無い。完璧な素人だ。
 縫合の仕方は本を読んだりネットで調べたりして自学自習しただけだから多分いろいろ間違っている事だろう。でもそれでもリヴィの腕を直す事だけは誰にも負けない自信はある。こうして何度も繰り返しているし、見ずとも出来る程に指が覚えてしまっている。
 針が刺さっても抜けても血は出ない。
 リヴィは皮膚の中に沈んでは顔を出す針を見て、脚をばたばたとさせる。
「つまんなーい」
「そう? 僕はこうやってリヴィと裸で抱き合ってるだけでも結構楽しいよ」
「え、あ、うぅ……わ、わた」
「ん?」
「私、も。だんなさまのからだ、あったかい」
 僕はくすぐったくて思わず笑ってしまう。
「はい、腋の下側やるよ。ばんざいして」
 素直に両手を上げるリヴィの頭を撫でてやり、僕は針を動かし続ける。自然とほっぺたが緩んでしまうが、それは僕だけじゃなかったみたいだ。


 縫い合わせた上から包帯を巻いてやり、ハートの飾りが付いた安全ピンで留める。生々しい傷の後もこうしてやるだけで少しはファンシーに見えてくる。
「よし、おしまい。……リヴィ?」
「すぅ……すぅ……」
 いつの間にかリヴィが船を漕ぎながら、安らかな寝息を立てていた。
 僕は少し笑い、その頭を僕の肩で支えてやる。
「んむぅう」
 しかし身体を揺すっただけでも気分を害したようで、リヴィは寝ぼけながらも僕の身体に真正面から抱きついてきた。
 肩に顎を預けて、腕と足で僕にしがみついて、ようやく安心したかのように再び深い呼吸を繰り返し始める。
 映画を見てやたら怖がったり驚いたりしていたから、きっと疲れたのだろう。
 僕から精を得たから空腹も少し紛れて、それから温かい肌に触れているうちに安心して眠くなってしまったに違いない。
 重ねられた胸からは心臓の鼓動は伝わってこない。それでも僕は、リヴィをかけがえのない存在だと思っている。
 髪を撫でているうちに、僕はふと出会った時の事を思い出して笑ってしまった。
 仕事の帰り道に人気の無い道で女の死体を見つけて死ぬほど驚いたこと。怖くなって一目散に帰ったのに、部屋に入ろうとしたところでその死体に襲われた事。
 そして、襲われたと思ったら逆に自分が襲ってしまっていた事。
 後ろから抱きつかれたと思ったのが、気が付いた時には、逆に僕の方が玄関でリヴィに跨って腰を振っていた。そして気が付いてもなお、僕はリヴィの身体を朝まで手放せなかった。
 あの時のリヴィはその外見も凄まじかったが、発する匂いも凄かった。それこそ、よく大人しいと言われる僕が少し嗅いだだけで強姦まがいの事をしてしまったくらいに。
 ようやく理性が戻った朝、僕の前でリヴィは泣いた。普通だったら乱暴されて泣くところなのに、リヴィはこんな自分を一度でも抱いてくれてありがとうと言って泣いていた。
 無理矢理襲ってしまってごめんなさい。優しくしてくれてありがとう、と。
 寂しさを顔に出すまいと表情を硬くして、本気で出て行こうとしていた彼女に、僕は声をかけずにはいられなかった。
 得体のしれない、強姦したのかされたのか分からない相手に対して、引っ込み思案の僕がなぜ「良ければ一緒に住まないか」などと口走ったのか。
 自分でも正直上手く答えられないが、多分あの時点で僕はリヴィに惚れてしまっていたのだ。
 根拠は無かったけど、上手くやっていけるという自信はあった。
 そして結局その時の自信のまま、今に至っているというわけだ。


 もぞもぞと胸元で何かが動いている感覚に目を覚ますと、リヴィが兎みたいに僕の指を食んでいた。寝顔を見て安らかな気持ちで居るうちに、自分も眠ってしまっていたらしい。
 リヴィは僕が目を覚ましたことに気が付くと、指から唇を離した。
 唇が開かれ、指との間の糸が切れる。
「起こしてしまいましたか。ごめんなさい」
 恥じらいながらそんな風に言うリヴィに、僕は一瞬混乱してしまった。
 寝ぼけているのかと考え、そして実際僕は寝ぼけていたのだった。
 考えてみればすぐに分かる事だった。さっきリヴィに放った精が彼女の全身に行き渡り、さらに深く身体に馴染んで理性が強くなったのだ。
 人間で言えば消化が終わって、全身に栄養が行き渡っているような、そんな状態だろうか。
「お疲れかと思っていたので、そっとしておこうと思ったのですが……。我慢できなくて、指くらい、いいかなぁって」
 羞恥心を回復するくらいに理性は取り戻してはいるものの、ゾンビの本能である性欲は抑えられないらしい。
 リヴィは真っ赤になって身をよじりながらも物欲しそうな目で僕を見上げてくる。
 やっぱり、リヴィはたまらない。ちょっと意地悪したくなるくらいに可愛い。
「実は、今日は仕事で辛い事があってね、疲れているんだ。悪いけど……」
 それを聞くなり、リヴィは分かりやすく表情を曇らせて肩を落としてしまう。それでも何とか糸口をつかめないかと、僕を見上げては口を開こうとする。多分、理性を取り戻す前なら怒って押し倒してきていただろう。
「悪いけど、一晩中僕の相手をして慰めてくれるかな」
 一瞬ぱっと嬉しそうに笑うが、すぐに慌ててそれを消して怒った顔で胸を叩いてくる。
「もうっ」
「はは。ごめんごめん。さっきは僕の我がままに付き合ってもらったし。今度は僕がリヴィの言う事を聞く番だね」
「あの映画、本当に怖かったんですからね」
 リヴィは一見幼児のような状態で経験したことも、実はちゃんと覚えている。しかし、わざわざこの状態で話に出してくるという事は本当の本当に怖かったのだろう。
 リヴィは僕の表情を見て、咎めるように太ももをつねってくる。
「痛いって。でも全部見たがったのはリヴィだろ」
「途中までしか見ないなんてそれこそ気になって眠れなくなっちゃうじゃないですか」
 確かにそうだなと僕は笑い、リヴィの身体を抱き締める。
 リヴィは膨れながらも僕の背中に腕を回し返してきた。
 子どもみたいなリヴィも可愛いが、こんな風に他愛も無いやり取りが出来るのもまた楽しい。
「どうせ見たって見なくたって、寝かせてくれない癖に」
「当たり前です。だって金曜日の夜ですよ」
 リヴィの顔を見ると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「それとも、あなたは私より睡眠を選びますか?」
 僕はリヴィに口づけして、彼女をベッドに横たえた。
 ベッドに移った彼女は手足を伸ばし、ゆったりとくつろぐような姿勢を取って、僕に妖艶な視線を落として誘うように両手を伸ばしてくる。
「あなたに抱いてもらえなかったら、身体が乾いて、寒くて凍えてしまいそう。そうしたら、またぬくもりを求めて獣のように襲い掛かってしまうでしょうね」
「獣のような君も好きだけど、恥じらいながら快楽に身をよじる君も美しい」
 芝居がかったリヴィの口調に僕が気取って合わせると、リヴィはぷっと小さく噴き出した。
「じゃあ、旦那様はどうするの?」
「もちろん、こうするさ」
 僕は素直になって彼女に覆い被さり、肌を重ねて抱きしめた。
 リヴィの口から喘ぎとも吐息とも言えない、艶のある深い声が漏れる。その満足そうな声に胸の奥が温かくなり、ついつい言葉が漏れてしまった。
「リヴィの身体は抱き心地がいいね」
「嘘ばっかり。ゾンビの身体がそんなにいいわけ無いです。……人肌みたいに温かくも無いでしょうし」
 表情が見えないせいで本気なのかどうかはちょっと分からない。でも、本気だとしたらちょっと悲しい一言だ。
「少しひんやりしたこの身体、僕は最高だと思ってるんだけど」
 リヴィは照れ隠しをするように声にならない呻き声を上げる。僕はそんな彼女がおかしくて笑ってしまった。
 それが気に食わなかったのか、リヴィは不機嫌そうに鼻を鳴らしてこんな風に言って来た。
「でもこっちの方は、抱いてるだけじゃ満足できないみたいですよ」
 リヴィの身体がもぞりと動いて、僕の男根に指を絡み付かせてくる。実はさっきから硬くなっていたのだ。獣のようなリヴィが匂いで僕を刺激してくるなら、今のリヴィは言葉と表情で僕を刺激してくる。
 まぁ、どちらにしろその魅力的な肌の前では僕は両手もあそこも挙げざるを得ないのだけど。
 リヴィは指先で鈴口を撫で、裏筋を爪で甘く引っ掻いてくる。
 獣の時には出来ないような繊細な指の動きだ。リヴィはさらに僕の溢れ出た我慢汁を指に取り、あそこ全体に塗り付けるように動かしてくる。
 思わず、声が漏れてしまう。
「リ、ヴィ」
「うふふ。可愛い声」
 僕は堪えながらも少しリヴィから離れる。顔を見てみれば、リヴィはやっぱりうっとりした顔をしていた。
 この顔を見ていると、理性があったとしてもやっぱりリヴィは男を襲う側の存在なのだと痛感させられる。
「我慢している旦那様の顔、可愛い」
 おまけにこの一言だ。
 獣のような状態とはまた違った妖艶さを感じさせる。でも、だからこそ僕には一つ気になっていることがあった。
「ねぇリヴィ」
「入れたいですか。いいですよ。私もそろそろ、我慢できなく……」
「じゃなくて。いや、そう言ってくれるのは嬉しいし、そうするけど、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
 小首を傾げ、枕に髪が広がってかすかな音を立てる。
「何ですか」
「いや、その。リヴィって生前もその、そんなにえっちな事に積極的だったの?」
 一瞬時が止まったようだった。しかし時間がちゃんと動いている事を証明するように、リヴィの顔つきが見る間に変わっていく。
 その目がみるみるうちに大きく見開かれ、かと思えば急に細まり目じりが釣り上がる。顔色も、照れている時とは全く異なる赤黒い色になっていく。
 大事な場所を弄られていたことをすっかり忘れていた。突然痛いくらいに男根を掴まれて、僕は悲鳴にもならない情けない声を上げる。
「ちょ、痛い痛い痛い爪立てないでリヴィ」
「痛くしているんだから当然です。人を売女みたいに。……私がそんなに淫乱に見えますか?」
「だって今の一言だって凄く、その、慣れた感じというか」
 あっと思った時には遅かった。リヴィは瞳を潤ませながら、しかし凛とした声で告げる。
「死ぬ前は処女でした! あなたが最初の相手です! それにあなた以外にはこんな事しません」
 突然彼女の両手から力が抜ける。釣り上がっていたまなじりも、今は力なく下がってしまう。
「……あなたの事、本当に大好きなんです。そりゃあ私だって自分に戸惑う事もありますよ。本当に好きな相手だからって、こんなに、その、抱かれたいと、求めてしまうのはおかしいのかなって。でもどうしようもないんです。身体が疼いて止められないんです」
「ごめん。そんなつもりじゃ無かったんだ。そうだよね、望んでそんな身体になったわけでも無いもんね」
「別にこの身体になった事は後悔していません。本来であれば私は誰に愛される事も無く、恋も知らずに死んでしまったままだったのですから。こうやって誰かと心から愛し合う喜びを知る事が出来たのもゾンビになったおかげです」
 心から愛し合うという言葉を真顔で言われ、僕は場もわきまえず真っ赤になってしまう。
 リヴィはそんな僕に気が付かずに言葉をつづけた。
「でもこれだけは分かっていてください。私がこんな風に求めるのは、愛する……」
 顔を真っ赤にしている事をリヴィに見つかった。
 リヴィもリヴィでようやく自分が何を口走っていたのか気が付いたようで、僕の赤面が移ったかのように首まで真っ赤になる。
 怒りもどこかに行ってしまったようだ。
「あ、ああ、愛する、あなた、だけですから」
「うん。僕もその、ああ、愛してる、よ」
「もう。こういう事は普通男性から言うものなのでは無いのですか?」
 僕はリヴィに右手で胸を叩かれた。繕ったばかりの腕にはまだ力が入れられないようで、多分本人も分かったうえでそうしたのだ。
 そのままにしておくと何やらぐちぐちと言われてしまいそうだったので、僕は再びリヴィが怒り出す前に彼女の口を唇で蓋をしてしまうことにした。
 リヴィは一瞬驚いたようだったが、すぐに表情を和らげて舌の動きを合わせてくれる。
 僕は、別にリヴィが昔何をしていたって気にするつもりは無かった。今そばに居てくれればそれでいい。本気でそう思っている。
 ただ、やっぱり初めての相手になれたことは素直に嬉しかった。
 そして、だからこそ不用意に失礼な事をしてしまった事が悔やまれた。
 息が苦しくなるまで舌を絡めてからようやく唇を離すと、リヴィは赤い顔を逸らして、ぽつりと一言つぶやいた。
「こんなんじゃ、まだ足りません」
「許してくれるまで何だってするよ。酷い事言っちゃったし」
 リヴィはむずがるような顔をしたあと、赤くなりながらも真っ直ぐ僕を見上げる。
「……いっぱい愛してください。身体の外側も内側もいっぱい触って、さっきの言葉を忘れてしまうくらいに、私を熱くさせてください」


 リヴィは恥ずかしそうに目を伏せて、僕から顔を逸らした。
 しかし彼女の指は僕を掴んだまま離さない。彼女のほっそりした指は震えながらも、僕を自身の身体の中に導こうとして来る。
 その表情とは対照的に、僕の先端に触れる柔らかい肉はひくつきながら僕を待ち望んでいた。
 少しずつ敏感な肉同士が擦れ合い、より深く触れ合うにつれて彼女の長いまつ毛が震え、唇からも切なげな吐息が漏れる。
 僕はもう我慢が出来なかった。
 覆い被さるように、少し強引に腰を落としてリヴィにより深く密着していく。
「あああ、駄目です。そんな一気に入れたら、私」
 劣情に任せて僕は一気に腰をねじ込んでいく。リヴィの眉根が寄り、熱い熱い息が吐き出される。
「我慢できなく、なっちゃう」
 リヴィは僕の左手を掴んで、自分の右の乳房を握らせる。僕の手のひらに自分の手のひらを重ねて、僕の手ごと自分の胸を揉みしだく。
 柔らかくしっとりと張り付いてくる、リヴィの小ぶりながらも形のいいおっぱい。僕とリヴィ、合計十本の指を受け止め、沈み込ませながらも確かな弾力を持って押し返そうとして来る。
「旦那様。中も触って下さい」
 赤い瞳の奥に妖しげな光を浮かべるリヴィ。
 彼女の言う『中』。それは本当の意味で身体の中の事を指している。つまりはお腹の中、内臓の事だ。
 リヴィは官能が昂ってくると、こうやって内臓までも触れてほしいと懇願してくる。
「指、入れるね」
 僕はその度困惑しつつも、彼女に望まれるままに、腹の中に手を突っ込んで愛撫をしてやっていた。ぐちゃぐちゃだった脚の傷が分からない程に良くなっているのに、胸の傷だけがいつまでも残っている理由はこれのせいだった。
 本人が傷を治すのを嫌がっているのだから治るわけが無い。
 僕は肉色の傷に指を這わせた後、ゆっくりとその中に指を沈み込ませていく。膣に指を入れているのとはわけが違う背徳感と、おぞましくもぞくぞくと官能を刺激する生肉の感触が指に絡み付いて、手を飲み込んでいく。
「あ、ああああっ」
 がくがくと大きく痙攣しながら、大きく弓なりに背を反らすリヴィ。乳房を握っていた力も潰れてしまうのではないかと思ってしまう程に強くなる。
「痛く無い?」
 既に死んでいる彼女には痛覚というものは無いのだというが、それでも僕は毎回聞かずにはいられなかった。
 痛みなど無く、あらゆるところに触れられることが快感なのだと言われても、僕はまだそこまで常識を捨て切れてはいないのだ。
「ぜん、ぜん。あったかくて、ぞくぞく、して、きもち、ぃい」
 目じりに涙が溜まり、一筋枕の上にこぼれて染みを作る。
「もっと、もっと奥まで。あなたの体温を、感じさせて」
 僕は言われるままに手を突っ込んでいく。奥まで進むほどにリヴィの身体はさらに大きく跳ね、痙攣する。
 多少慣れたとはいえ、この光景は僕にとってはまだスプラッター映画よりもショッキングだ。だがこうなってしまってはもう僕は萎える事も、彼女から離れる事も許してもらえない。
 リヴィの奥に手を突っ込むほどに彼女の膣からはねっとりとした愛液が溢れ出し、さらに柔らかく、細やかに蠕動し、うねり、僕の男根を吸い込もうとして来るのだ。
 そして彼女の柔らかな太ももとふくらはぎが僕の腰に巻き付いて、腰を引く事さえも封じられてしまう。
 それをどこかで安心してしまっているのは、僕が既に彼女の肉体をこうして犯す事に喜びを感じ始めてしまっているからかもしれない。
 だって、こうして信じられない程柔らかく指を包み込んでくる肺を軽く握ってやれば、リヴィは呼吸を乱し、よだれを垂らしながらも満面の笑みで僕を見つめて来てくれる。
『きもちいい。もっと、もっとにぎって』
 唇がそう懇願する。
 手の平に力を込めるだけで、リヴィの顔は歪み、まさに今にも死んでしまいそうな程の恍惚とした表情になる。
 しかし僕はリヴィが完全に逝ってしまう前に力を抜いた。これ以上やると、僕の方が限界を迎えてしまうかもしれない。
 リヴィは喘ぐように空気を吸い込みながらも、なおも期待に満ちた目を僕に向けてくる。
「分かっているよ。これからが本番だ」
 寒気がするほどの興奮を落ち着けるべく小さく息を吐いてから、彼女の胸の中心に指を伸ばす。
 指先が動かない心臓に触れる。リヴィの身体の中で二番目の性感帯だ。
 ぬるぬるとした心臓を優しく撫でてやるだけで、もがくように全身を快楽に悶えさせる。こうして手のひらで包み込み、軽く揉んでやるだけで。
「あっ、あっ、ああああっ。熱い。旦那様の手で、私、どきどきさせられてるぅ」
 全身をびくびくと痙攣させながら、あそこから洪水のように粘つく愛液を垂れ流してしまう。
 心臓を揉むなど正気の沙汰ではないが、しかしゾンビにとっては正気を失ってしまう程の快楽らしい。リヴィは苦しむどころか表情を緩めきって、喜色で染まり切った浮ついた瞳を向けてくる。
「もっとどきどき、させてぇ。私に、生きてるって実感させてぇ」
 最初はグロテスクな事をしてしまったという罪悪感と背徳感、そして嫌悪感さえ抱いていた。
 でも今は違う。いつも心臓が動いていない彼女にとっては、愛しい人に暖かい手で心臓を動かしてもらえるという事はこの上ない幸せなのかもしれない。自分勝手な想いかもしれないが、僕はそうも思うようになっていた。
 僕は彼女の中に手を突っ込んだまま、もう片方の腕を背中に回して彼女の身体をしっかりと抱きしめる。
 それから自分の心音に合わせてリヴィの心臓マッサージを繰り返した。
 びくびく震える彼女の身体を押さえつけるように強く抱き締め、荒い呼吸を繰り返している彼女の口を唇で塞ぐ。
 重ねた肌が、唇が、舌が暖かい。マッサージを繰り返すうち、彼女の体内もまた人肌を感じさせるほどにまで温かくなってくる。
 膣内もいつも以上に熱く滾り、愛液を溢れさせ、ねっとりと僕に絡み付いて、心臓の鼓動に合わせて強く強く僕を求めてすぼまってくる。
 まるで本当に生きているみたいに、いや、それ以上に生き生きと全身を使ってリヴィは僕を求めてくる。
「ん、ちゅぅっ。あなたぁ、私、今幸せですぅ。本当に、生きてるみたいに、身体が温かくて」
「リヴィ、綺麗だよ。とっても綺麗だ」
 リヴィの瞳はいつしか澄んで、その肌も本当に生きているかのように温かい血色を取り戻している。
「中に下さい。いっぱいいっぱいください。私に、生きているってもっと実感させて」
 心臓マッサージを続けながら、僕はたどたどしく腰を振る。リヴィも足を使ってそれを手伝ってくれる。
 腰を引くたび柔肉が、襞が、かりに竿に絡み付いて出て行くのを嫌がり、腰を沈めるたびにもっと奥へと肉筒全体が震えて飲み込もうとして来る。
 腰が動くたびにぬちゅりぐちゅりと音がして、接合部から混ざった二人の愛液が弾けて飛び散り僕とリヴィの太ももを汚す。
 リヴィが本当に頬を紅潮させて僕を見つめる。
 抱き締められて、耳元で愛していますと囁かれる。その言葉はリヴィの強い雌の匂いと混ざり合って、僕の脳さえもぐずぐずに溶かしていく。
 もう、男性器が気持ちいいからとかじゃない。胸の奥が熱くて、全身が震えて、僕はただリヴィが愛しくて堪らなくて。
 少しでも伝わってくれることを願いながら。
 僕は全身が焼け付くような激しい快楽を覚えながら、彼女の中に全てを解き放った。


 息が苦しい。意識が朦朧とする。
 三回連続は流石に堪える。しかも勢いに乗ったのか何なのか、出した量も半端では無かった。
 膣内に収まりきらなかった精液が溢れ出て、愛液の水たまりに白く浮いている。明日は布団ごと洗わなければいけないな。でも、どうせ洗うのならもっと汚してもいいか。
 リヴィと繋がったままで、僕はぼんやりとそんな事を考える。
「旦那様は、やっぱり素敵です。世界で一番の旦那様です」
 リヴィは泣き笑いで僕の事をじっと見ていた。
「ゾンビの私なんてきっと誰からも愛されないと思っていました。でもあなたはそんな私を大事にしてくれる。優しく抱いて、中身を触って欲しいなんて言う気持ちの悪いお願いも聞いてくれる」
 リヴィは両手で涙を拭う。
 しかし拭っても拭っても涙は後から後から溢れて止まらないようだった。
「あれ、おかしいですね。いつもだったらこんなに涙なんて流れないのに」
「今日は、いつも以上に激しくマッサージしたからね。身体も、心もいつもより敏感なのかもしれないね」
「そうかもしれませんね」
 こうして顔だけ見ていると、リヴィは本当にどこにでもいる女の子のようにしか見えない。
 僕の中にいくつもの言葉が浮かんでは消えて行く。気持ち悪いなんて思っていないよ。世界中の誰よりも愛しているよ。死ぬまで一緒に居て欲しいよ。
 でも、そう言う言葉はなんだかちょっと気取り過ぎで恥ずかしい気がしてなかなか喉の奥から出てくれなくて。
 ようやく出てきた言葉は。
「あのさ、もうちょっとお腹の中、触ってていいかな」
 という何とも奇妙な物だった。
 リヴィはそれを聞いて一瞬きょとんとした後、ぷっと噴き出して、声を上げて笑った。
「もちろんです。でも、そんな事してたらまた私に食べられちゃいますよ。私のお腹、まだぺこぺこなんですから」
 僕は返事をする代わりに、彼女のお腹に埋まっている手を下腹部の方へ下ろしていく。
 リヴィの艶っぽい声を聞き流しながら、僕は何とか手探りで彼女の子宮までたどり着く。その表面に手の平を押し付けて、僕の体温を染み込ませていく。
「え?」
「リヴィは子宮があるなら子どもも出来るタイプのゾンビなんだよね。ここ温めたらさ、もしかしたら赤ちゃん出来やすくなるかもしれないだろ」
 リヴィはしばらく返事をしてくれなかった。
 ただただ目を見開いて、珍しい物でも見るような目で、信じられないような物を見るような目で、じっと僕を見上げていた。
 それから目が合っている事に気が付いて、唇を震わせて、ぱくぱく開いては閉じてを繰り返して、ようやく消え入るような声で、
「……欲しがってくれるの。私との、子ども」
 と言った。
「僕なんかの子でいいなら、だけど」
「赤ん坊も、ゾンビなんですよ。私みたいに」
「リヴィとの間に、リヴィみたいな子が欲しいから言ってるんだけど」
「う、嘘ですよね。止めてくださいよ、そんな事、私」
「こんな嘘言わないよ。まぁ、無理にとは言わないけど……駄目?」
 リヴィは顔を真っ赤にしたかと思うと、両手で顔を覆い隠してまた泣き出してしまった。
「ご、ごめ、ごめんなさい。嬉しくて。あなたみたいな人と、会えただけで、幸せだったのに。幸せすぎて、死んじゃいそう」
「もう死んでるだろ。それにまだ子どもだって出来てないんだから」
 両手で涙を拭い、リヴィは花の咲いたような爽やかな笑顔を向けてくる。
「うん。うん。私本当に、あなたの事大好き」
 両手を伸ばしてくるリヴィの身体を、僕は優しく、でもしっかりと抱きしめる。心ごと抱きしめられている事を願いながら。ずっと離さない事を決めながら。


 顔に当たる日の光と、何かを焼いているような音で目が覚めた。
 身体を起こすと、シーツを掛けられていたものの、僕は裸だった。
 手を着くとベッドの上はびしょびしょに湿っていて、昨夜の激しさを思い起こさせてくる。
 あの後子宮を温めるうちに、リヴィは今まで以上に本気になって僕を激しく求めてきた。これまでそんなそぶりは見せて来なかったけれど、本当は昔から子どもは欲しかったのかもしれない。明け方にぷっくり膨れた下腹部を撫でる表情は、本物の妊婦のように穏やかだった。
 まぁ、その中にはまだ子どもでは無く、子種しかなかったのだけど。
「う、んんっ」
 と伸びをすると、身体の調子は思った以上に快調だった。一晩中休みなしで交わり続けていたのだ。起き上がれなくてもおかしくないのに、特に疲れが残っているわけでも無かった。
 人間何でも慣れるものらしい。
 ベッドから立ち上がり、洋服に袖を通しているところにリヴィが台所からやってきた。
 手に持っている盆に乗っているのは白飯と味噌汁と焼き魚だ。なるほど、さっきの音は料理をしていた音だったらしい。
 その立ち姿もちゃんと薄桃色のワンピースにエプロンをつけていて、顔色も普通の女の子みたいに赤みが差して、髪も艶やかだ。
 生き返ったような瑞々しい姿は、昨晩の激しい交合の成果だろう。
 精液の白と上気した肌のコントラストも淫らでたまらないが、日が差している時間はこういう姿の方がなんだかんだ言ってリヴィには似合っている。
「おはよう。朝ごはん、食べるでしょう?」
 はにかむ様に笑い、ソファに腰を下ろして僕を待つリヴィ。
 僕はその姿に、正直驚きを隠せなかった。
 一瞬。ほんの一瞬だが、リヴィが本当に生きているように見えたのだ。
 あっけに取られる僕を見て、リヴィは不思議そうに首を傾げる。
「早くしないと冷めちゃいますよ。私が料理を作ってあげられるのも、週に数回しか無いんですから」
 確かに平日に精が枯渇してしゃべる事もままならない状態では、料理などとてもじゃないけど出来ないだろう。でも、そんな風に急かしつつもリヴィの表情に物悲しさは無かった。
 休日のリヴィも平日のリヴィも、僕は変わり無く愛しているという事を、多分彼女自身も分かっていてくれているのだ。
 そうだ。驚く事なんて無かったじゃないか。ゾンビのままでも、仮に生き返ったとしても、僕がリヴィを愛している事には変わりないんだから。
 僕はリヴィの隣に座る。
「いただきます」
 味噌汁を一口すすると、舌が喜びに震えて言葉が出てこない程だった。見たことも無い異世界の料理だろうに、塩味すらも僕の好みに調整されている。
「うまい」
「うふふ。ねぇ、今日はどこかに出かけませんか」
 驚いて目をやると、リヴィは照れ笑いを浮かべながら自分の膝小僧を見下ろしていた。
「昨日の映画、嬉しかったんです。普通の恋人同士みたいで」
「じゃあ、ホラー映画でも一緒に見に行こうか」
 リヴィが膝を叩いてくる。
 僕が肘で反撃すると、リヴィはさらに太ももをつねってきた。
 こんなやり取りが何だかうれしくて、濃い目の味噌汁ですら甘く感じてしまった。
 こんな日々がずっと続けばいいと思う。
 いや、もしも僕とリヴィとの間に子どもが出来たら、きっともっともっと楽しくて幸せな日々になる事だろう。
 リヴィに叩かれながらそんな事を考えつつ。
 今日は一緒に恋愛映画でも見に行こうかな、と思ったのだった。
13/04/26 23:03更新 / 玉虫色

■作者メッセージ
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ゾンビ娘に対する愛を詰め込んでいるうちに、自分でも信じられないくらい長くなってしまい、だけども連載にするほどの内容でも無く、このような形となりました。

書き終えた後の自分の感想としては。
「……これは料理じゃなくて、やたらでかい砂糖の塊だな」
でした。大味で飽きられるんじゃないかなぁとも思いつつ、たまにはこういうのも……大目に見て頂けたらありがたいです。

最近ちょっとスランプ気味だったのですが、またちょっとずつ書いて投稿していけたらなぁとは思っております。

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