連載小説
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締話「その甘味、貴重につき」
「酒場のエールは銅貨5枚なんだけどさ、何回乾杯したらいいの?」
何を思ったか、アレク自身にも意味不明な質問をしてしまった。
「ハッハ、いかにも冒険者らしい現実味のある質問だ」
店主の小馬鹿にしたような回答にアレクは少し我にかえる。
しかし、自分の質問が的外れなことに気付いたが
もう言ってしまったものは取り消せない。
後はもう、赤面するばかり。

店主は続ける。
「ギルドの酒場に仲間全員呼んで、お大臣様(全員に奢り)して
町中の酒樽開けてもまだおつりが来る。
そんな生活を1年中続けてもまだ使い切れない。
それがお前さんが俺にくれた儲けのでかさだ‥おわかり?」
私のあの葉っぱ毟りがとんでもない事になっているようだ。
「だから個人的に礼として茶と甘味なぞを振舞ってみた。
‥それじゃあ不満かね?」
ニッと屈託の無い笑いを見せる店主。
だけど、そんなんじゃあ私の気分は晴れやしない。

「まだお怒りのお嬢様には、こちらなど如何でしょう?」
仰々しく取り出した箱の中には、
あの店で見た色とりどりの小さなケーキがびっしり詰まっていた。
「あの、え、これは?」
『美味しいもの』を目の前に、私は何をうろたえているのだろう。
「ん、これか?ここの店主が茶葉の礼にと毎回寄越してくれるんだが
見ての通り一人だからな、食い飽きる」

なんという贅沢貴族──ッ
「せッ!?」
「‥せ?」
「成敗してやる──ッ!?」
そこから私の記憶がフッツリと切れてしまっている。

「‥あれ?」
思い出したのはまたあのベッドで目が覚めて、
そこが店主の自室だと聞かされた所からだった。
「お前さん‥食いすぎ」
すっかり空になってしまった箱を振りながら
店主は苦笑いをしていた。

それが、店主ことリンと私の最初の出会いだった。
今思い出しても恥ずかしい。

「──とても興味深い話だった」
今、目の前にいるこの娘はサイクロプスのヘレネ。
皆はレニと愛称で呼ぶ。
私も例外ではなく。
「それにしてもあいつ、あれだけの身でありながら
王族でもお貴族様でも無い平民階級だなんて、ねぇ?」

聞けば、あの店主は方々で商い事をしている割には
後ろ指を刺されるような話をまず聞かない。
代わりに痛快な小噺だったり、懲悪談だったりと
悪人とは思い難い話ばかり耳にする。
アレクにとっては、「これは面白いものを見つけた」と
言わんばかりに食いつくのも無理は無い。

「レニ、あなたのリンとの出会いって?」
大きな目を少し伏せ、話題になった紅茶を飲むレニ。
そう、私達二人はあの甘味屋「トーラス」に入り浸り
こうしてスイーツなぞを戴いている。
あの一件以来顔見知りになったサキュバスや
店員のホルスタウロスとも仲良くなった。

「そうね、私と彼の顔合わせは──」

この街は、今日も平和である。
12/01/04 02:26更新 / 市川 真夜
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