連載小説
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初めてのケンカ
 生活指導室でまさかのセックスをしてしまった拓と玲華。当然、問題にならない訳が無かった。本来なら、停学もありえたであろう。

 だが、二人の処分は不問という事になった。彼らの担任が、二人を庇った結果である。確かに玲華はどうしようもない生徒であった。だが、玲華が拓と恋人になって以降、彼女の非行は治まっている事や、生活指導の根拠の無い追求も考慮された結果、二人は停学を免れたのだ。

 それでも、無条件で不問という訳にはいかない。結果として生徒指導室でセックスをしてしまったのは事実であり、校内の風紀を乱す行為として、何らかの罰則が与えられる事が、職員会議で決定したとの事。次の話は、そんな二人の罰則の話……。


*****


「わぅぅ……アタイには無理だよぉ……」

 玲華の家にて。彼女の自室に、拓と玲華の声が響く。

「弱音ばっか言ってないで、もっと手を動かして」
「そんなん言われても……ちゃんとやるの初めてだから無理ぃ、アタイもう疲れたぁ」

 珍しく、玲華が弱音を口にする。それでも、拓は容赦しない。

「もう休ませてくれよぉ……ずっとぶっ通しで気が狂いそうだよぉ!」
「ずっとって、まだ十分しか経ってないよ。早くいかないと休憩無しだから」
「そんなぁ……早く休ませろよぉ」
「最後までいったら休憩にするよ」

 弱音どころか、泣き言まで口にする玲華。普段はイケイケな彼女が、ここまで萎れるのも珍しい。普段は押され気味な拓であるが、今回は立場が逆転してしまっている。

「あと何ページあると思ってんだよぉ! こんなのすぐに終わらねえに決まってんだろぉ」
「たった十ページじゃんか。頑張れば二時間で終わるって」
「無理ぃ! 拓とアタイを一緒にすんなよぉ!」

 玲華はシャーペンを投げ出してドサッと背後のベッドに倒れこむ。そう、彼らは今、勉強中である。勉強が苦手な玲華の為、拓は付きっきりで勉強を教えていた。何故彼らが、特に絶対に勉強しなさそうな玲華がここまで勉強する気になったのか。理由は以下の如くである。

 生活指導室でセックスしてしまった二人だが、担任のとりなしや校長の裁量などで停学を免れた。だが、無条件で不問という訳にはいかない。彼らは今度の試験で、一定の点数を取る事を約束させられたのだ。それが出来なければ、彼らは別れさせられる事となる。

 その一定の点数とは、拓が九十点以上、玲華が六十点以上である。一教科でもその点数を下回れば、恋愛は認められないのである。

 その罰則は、拓はともかく玲華にとっては地獄であった。殆ど死刑宣告に近い罰則である。今までロクに勉強してこなかった玲華にとって、六十点は高くそびえ立つ断崖絶壁であった。

「もうヤダよぉ! テストなんて知るかぁ!」

 あまりに弱気な発言が続く玲華。その彼女の態度に、遂に拓が怒りの表情を見せる。

「へぇ……玲華って、俺と別れても良いんだ」

 突然部屋に響く、拓の声。あまりに普段の調子と違うので、玲華はビクッとなってしまう。いつもの強気な態度が、今日はしおらしく見える。

「目標達成したら、ご褒美も考えてたのになぁ……」
「えっ!? 何だよご褒美って!」
「でも、玲華がもう嫌だ、別れたいって言うんなら、しょうがないな」

 拓が立ち上がり、荷物をまとめ始める。

「玲華の気持ちがその程度っていうのは、良く分かった。俺は帰る」
「ちょっ、待てよ! どこに行くんだよぉ!」

 玲華が止めるのも構わず、拓は部屋を出て帰ってしまう。

「何だよ……どう考えても六十点なんか無理じゃねえか」

 とはいえ、あまりに我侭すぎたと玲華は反省する。ヘルハウンドといえども、反省の心が無い訳ではない。ただ、それを出せないだけである。

 だが、拓は帰ってしまった。彼が本気で玲華と別れるつもりだとは思わない。思わないが、初めて見る拓の怒りに、玲華はショックを受けている。

 甘えの気持ちが強すぎたが故に、行き過ぎた行動があったのかもしれない。だが、過ぎてしまったものはもう戻らない。問題なのは、これからどうするかである。

 拓に帰られて窮地に陥り、ようやく危機感を募らせる玲華。この状況を打破するには、一つしかない。すなわち、六十点以上を取り、恋愛禁止を回避する事である。そして拓に許しを乞い、再び付き合ってもらう事である。鬼のように勉強し、拓に本気で好きだという事を分かってもらう。もはやそれしか無い。

 だが、頼みの綱の拓は、帰ってしまった。他に勉強を教えてもらうアテを、玲華は知らない。

 いや、一人だけアテがある。だが、あまり頼りたくないのも事実である。だが、背に腹は変えられない。拓と自分のプライドを天秤にかければ、どちらが大切なのかは一目瞭然である。

「しょうがねえ、アイツに聞くか……」

 今は疎遠になっている『アイツ』宛てに、玲華は電話をかけ始めた。


*****


 拓は一人、自宅へと歩いていく。その心の中は、もやもやが晴れない状態であった。彼は、悲しかったのだ。玲華の本気度が、たかが六十点程度で挫けるようなものだったのが。

 だが、拓はまだ玲華を信じたい気持ちもある。あそこまで言えば、さすがに玲華も本気になるであろう。本音を言えば、拓とて玲華と別れたくないのだ。

 一方的な出逢いで逆レイプから始まったとはいえ、拓はもう玲華以外には考えられなくなっている。彼女に本気になって貰わなければ、拓とて困るのである。

 だが、一つ問題がある。たとえ玲華が本気になったとしても、彼女一人では勉強もままならないだろう。ああいう形で飛び出してしまった以上、今さら戻りにくい。誰かに頼んで玲華の勉強を見てもらうしか方法は無い。

 その方法だが、拓には一つだけ宛てがあった。受けてくれるかどうかは分からないが、頼むだけ頼んでみようと思っている。

 拓はその『宛て』とやらに連絡をとり、玲華の勉強を見てもらうよう頼む事にした。



『はぁ!? 私が玲華の勉強を見ろって?」

 拓が連絡を取った相手は、拓の頼みを聞くとうんざりした様な声を出す。その相手に、拓は必死で頼み込む。

「頼む。翡翠しか頼む相手が居ないんだ」
『彼氏のアンタが見ればいいでしょ? 何で私が玲華の勉強を見なきゃいけないのよ! アンタら何やってんの』
「ゴメン! 色々と事情があって……」

 相手の追及に、言葉を濁す拓。

『まあ、アンタらの状況を聞いたら、大体の察しはつくわ。どうせ玲華が我がまま言ったんでしょ。本当に、何やってんだか』

 だが、相手は拓たちの状況から、事態を察したようである。電話の相手、翡翠は大きなため息をついた後、諦めたように言う。

『……いいわよ。あの子の勉強、見てあげるわよ。実はさっき、玲華本人からも頼まれたのよね』
「本当か!? 玲華本人が!」
『全く、私の邪魔するなって言ったけど、アンタにまで頼まれたら断れないわね。アンタの頼み、聞いてあげるわ』
「翡翠、ありがとう! このお礼は必ずするから」
『当たり前よ! こんな面倒事を引き受けるんだから、少しは感謝しなさいよね』
「勿論。試験後に必ずお礼はするから」

 何とか頼みを聞いてもらえることになり、拓は安堵する。それに、玲華本人がやる気になったようで、少し安心した部分もある。その事が嬉しくて拓は舞い上がってしまい、その後の翡翠の呟きを聞いていなかった。もっとも、それはごく小さい声であったから、たとえ注意しても聞き取るのは困難であっただろう。

 通話が切れる直前の翡翠の声は、以下のごとくであった。


『――全く、私もとんだ甘ちゃんだわ。何で敵に塩を送ってんのよ』
15/06/06 13:37更新 / 香炉 夢幻
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