読切小説
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狐継ぎ
「準備は、よいか」

厳かでありながらも確たる響きが、私に向けて問いかけられる。
その前に頭を垂れる私は、それに対してただ粛々と答えた。

「はい。神主様、どうぞその御心のままに」
「……良い返事だ。それでは、これより……『狐継ぎの儀』を、開始する」

はっ、と短い返事が後に続く。
私もそれに続くように頭を上げると、暗くなっていた視界に蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れた。

長い歴史を思わせる、木製の床と壁。
それ以外に置かれているものは窓さえもない、まるで生活感のない空間だった。

しかし、私の鎮座するその床には、床を覆い尽くさんとする巨大な五芒星が描かれていた。
目の前にいる神主様の足元にも、大きさこそ座れる余裕がわずかにある程度だが、それ以外は全く変わらぬ紋様。
この五芒星こそが、ここで行われる儀式の要。

このジパングに仇なさんとする悪しき妖怪を封じる為に行われる儀……『狐継ぎの儀』の為に、幾代もの年月を経て準備されたもの。

私はこれからこの身に、神主様の封じていた狐を封じなければならない。
それこそが……私の使命なのだから。

数人の陰陽師に見守られた神主様が、祝詞を唱え始める。
最初こそ、葬儀に立ち会う坊主にも似た淡々としたものであったが……経を唱える神主様に、異変が生じた。

「ぐっ……うぬぅ……!!」

苦悶の声が、徐々に混じり始めたのだ。
蝋燭しかこの部屋には火元がないにも関わらず、玉のような汗を全身から放出させている。

……聞かされていた事ではあった。
この儀式には継ぐ者継がれる者両方に、負担がかかるものであると。

だが、実際にこうして、神主様が苦しむ姿を見ているのは……何とも、辛い。
今すぐにでも走り寄ってしまいたい気持ちはあった。
それをぐっと堪えて、私は陣の中央に座して待ち続ける。

まだか……まだ、なのか……!!

「う……ぬぉぉぉぉ!!」

拳をぎゅっと握りしめた時、それは起こった。

一際大きな神主様の叫びと共に、ずるりと胸から身体の中に何かが入り込む感覚。

『ほう?今度の”器”となる人間は貴様か……お手並み拝見といかせてもらおう』

そして、私の頭の中に悪しき物の怪の声が直接響きだした。
聞いているだけで、心の臓が抉られそうなその声。

その声に抗う為に、今度は私が祝詞を唱える番だ。
何度も読み返し、頭に記録した文言を唇から外に放出する。
同じ文言が記された文は目の前にあるが、それには目すらかけなかった。

ここで私が、封印に成功しなければ……私の心は狐に飲み込まれ、ただこの地を荒らし尽くす怪物と化すのだ。

『ふぅむ……若い割に歯ごたえのある人間だ。その強さ、並の力ではないな……成る程成る程、そういう事か』

全力を尽くして封印術をかけてもなお余裕を感じられる口調に、寒気が走る。
焦るな……!!予定通り、全ての文言を読み終えてしまえばこちらのものだ……!!

『主は……捨て子か。道理で、この家系の者では持ち得ぬ気の持ち主だと思っていたが……』

……やはり、そう簡単にはいかぬか。
狐は取り憑いた相手の記憶を読み、巧みな話術で自ら魔の者へと心を堕とすように誘導すると聞く。
耳を貸すな……これからの言葉は全て、まやかしの言葉に過ぎぬのだから……

『ほう、この地でも有力な名家に次男坊として生まれながら、口減らしの為に自らこの神道の家系へと下ったか……だがお主、自分の心の内に気付いてはおらんのか?主の家族は……お主を捨てられた事を喜んでおったぞ?』

文言を全て読み終えろ……そうしてしまえば、後はこちらの物だ……

『記憶の全てを見た我にはわかる。小さき頃より、お主は兄に勝てるものが何一つとしてなかったなぁ?文、武、そして話術……何もかもで劣る兄を見て、両親の目はお主に向けられなくなっていったろう?』

心を、強く持て……この狐が、私を利する事など万に一つもないのだから……

『もう忘れてしまったのか?お前が家を出る直前の、あの母の表情……手で顔を隠しても抑えきれぬ、お前がこの家へ二度と戻らん事を喜ぶ、あのにやついた表情を……なぁ、さぞかし憎かろう?我ならば……お前に、復讐できるだけの力を分け与えられるぞ……?』

っ……止め、るな……揺らぐな……私は……

『何もおめぇさんを取って食おうって訳じゃない。哀れな男に、ちょっと力を貸してやるだけさ……何なら、そこの神主様だけは食わないでいてあげてもいい。ほれ……主の想いを、口にしてしまえ……楽になれるぞ……』

私、は……!!



復讐など……望んでなるものか!!

『……ほう?』

あの時の母様の表情を、忘れたことなどない……!!
だが、寂しさなどはない!!
その分も……神主様が、愛情を注いでくださったのだから!!

『どうせそれも、主の力目当ての話であろう……?貴様はあの男が、どれだけ辛く厳しい修行を強制させたかもう忘れたのか……?神主はお前に、狐を封じる寄り代以上にの気持ちなどありはしないぞ……?』

そのような事は断じてない!!
神主様は血の繋がりのない私を、厳しくも実の息子のように育ててくださった!!
どれだけ辛く苦しくとも、あの家に居るより何倍もの心地よい居場所を私にくださった!!
それに、私がどれだけ救われたのか……所詮獣である貴様には、わかるまい!!

『…………』

今の私に、神主様の命を果たす為に貴様を封じる以上に至上とする目的などはない!!
これで終わりだ、狐!!
神の御名において貴様を封ずる!!
私の中で……眠るがいい!!

『……やれやれ。また、失敗ときたか。しかしまぁ……今回は退屈せずに済んだぞ、人間。成る程……貴様が真に想う相手を、見誤ったか……』

文言を唱え終わると同時に、頭の中の言葉が少しずつ遠ざかっていく。

『だが、これで終わりと思うなよ……少しでも主の心に陰りを見つけたら、我は貴様の心を喰らう……その時まで、せいぜい……油断、せぬよう……気を、つけ……』

その言葉を最後に……私の頭から、声が消え失せる。
場に漂う空気が霧散し、重圧から解放される。

「……よくやったぞ、弦馬」

神主様が私の名前を呼ぶと同時に、ふっと全身の力が抜けていった。

「これで、お主の身体に悪しき狐は封じられた……私ももう年だ、この身体に封ずるのが辛くなってきていたところでな……礼を言うぞ、お前のおかげでこのジパングの平和は守られたのだ」
「いえ……神主様に拾っていただいた身として、当然のことをしたまでです」

口でこそ否定して表情にも出さなかったが、私の胸は今歓喜で打ち震えていた。
幾年にも及ぶ厳しい修行の末に掴んだ、神主様の中の悪しき狐を継ぐ術。
それを何事も無く終わらせることに成功し、神主様からお褒めの言葉までいただけたのだ。

だが……だからと言って、まだ喜ぶ訳には行かない。

「弦馬……わかっておるな?」
「……はい」

この術は封じる術であって、滅する術ではない。
昔は神主様のような優れた術者や外からの陰陽師が何人も、この狐を滅してしまおうと集ったらしい。
しかし、封印下におかれながらもなおこの狐は何人も陰陽師の術を食い破り、誰も傷一つすら付けることは敵わなかったのだそうだ。
そうして、滅する方法を誰一人として思いつかぬままに、この狐は何代にも渡り私達の家系の中に封印され続けた。


それだけのものが……私の中に、いる。

神主様が私を育ててくださった事からもわかるように、日常生活を過ごす事は可能だ。
しかし、こうしている内にもふとした瞬間に封印の隙間をついて狐は語りかけ、心を食う隙を虎視眈々と狙っているのだ。

……その標的が自分だけであるならば、どれだけよかっただろうか。
この狐の侮れないところは、一度自らを封じた人間の中に僅かに自らの力を残していくところなのだ。
その為、封じている人間の傍に元々封じていた人間がいた場合……狐が、前の人間の元へと戻ってしまう可能性がある。
力の弱まり、寿命の尽きる寸前の人間に戻られては、封印などあっさりと解かれてしまう。
それを防ぐ為の対策として、前の人間は狐を継ぐその日まで次の代の者に会ってはならないのだ。
それは……神主様と私とて、例外ではない。

これまでは、神主様がこの神社で私と共にいてくださった。
しかし、これからしばらくは一人で、この狐を抱えて暮らしていかねばならぬのだ。
神主様は……その覚悟をお聞きなさったのだろう。

「これからも私は、この狐を抱えて生きます。心を食われたりなど、決していたしません」

だから私は、表情に出さないままにそう告げる。

「……そうだ、わかっておるならよい。明朝に儂は出る。お前は早く、自らの内に狐がいるという事に慣れておけ」

神主様は、機械的にそれだけ告げるとこの部屋を後にする。

……仕方のないことだ。
次代に狐を継ぎ、会えるようになるまでは数十年程。
そんな長い間会わない人間と、再会を望む人間などいるわけがない。
会えるようになったところで、私達は……これ以上会うことも、ないのだろう。



儀式の為に集まった陰陽師が、全員出払った後の夜。
儀式のせいか疲労を感じていた私は、早々に寝室へと赴いて床につくことにした。
暗闇の中で一人目を閉じて、身体を休ませる。
脳裏にふと、蘇ってくるのは…………ここに来て、間もない時の事。

『神主様……弦馬はこのような事、されずとも寝られます……』
『強がるでない。お主のような子供が一人、慣れん場所で眠れる筈も無かろう。遠慮せず懐に入るが良い』
『しかし、私は……』
『……子供は、親に甘えるものだ。違うか?』
『……!!は……はい……』

『……ひっく……母様……どうして、私を……』
『……そのまま、泣け。男だろうと、泣いて良いときはあるのだ』
『はい……!!うあああああ……!!』

……結局、あれから神主様の胸で一晩中泣いてしまったのだったか。
私が神主様を心から慕うようになったのも、確かあの日からだ。

しかしどうして、今になってあの日の事を思い出す……私の中に、未練があるというのか。
それでも、これはどうしようもない事だ。
今はまだふすま一枚で隔てられた隣の部屋で寝ていられるが、神主様は明朝になってしまえばここを起つ。
それをしなければ……恐ろしい物の怪が、世に解き放たれてしまうかもしれないのだ。

だから私は、耐えなければならんのだ。
神主様もかつて耐えたこの孤独を、次の世代が産まれるまで。

……嗚呼。だからこそ、神主様は私に愛を注いでくださったのか。
それならばなおのこと、私も応えなければなるまい。

神主様のように、次の子へと愛を注ぐ為に……



『……あなたは、それでいいの?』



「……っ!?」

突如として聞こえてきた女の声に、私は慌てて身体を起こす。
だが、周りに人など誰もいるわけがない。

当然だ。ここは万が一狐の封が破れた時に備えて、街からも隔離された場所なのだから。
しかし、なんだ?狐とも違う声だったが……違う物の怪が現れたとでも……

「ん……ぐっ!?」

その時、私の身体を何かが貫いて通り抜けたような気がした。
狐とも違うその衝撃は、一瞬だけ。
だがその衝撃は余りにも強く、私の身体は仰向けに倒されてしまう。

「何、が……?」

ぐらり、視界が揺れる。
意識が朦朧として、目を開けることすらもおぼつかなくなる。

これは……一体……?

状況を把握する前に、全身から力が抜けていく。
動けなくなってしまった身体に追い打ちをかけるように、身体全体が芯から燃やされるように熱くなってきた。

「う……ぐぁ……」

悲鳴すらも言葉にはならず、まな板の上の鯉のようにただ倒れることしか私にできることはなかった。
視界が薄れていく……

「神主、様……」

私がこんなことになっているということは、あの人の身にも何か危機が迫っているのかもしれない。
せめて私の危機だけでも伝えようと、最後の力を振り絞って手を伸ばすが……そこが、限界だった。
身体を溶かそうというぐらいの熱に焼かれて、私の意識はどんどん沈んでいく……



『……きぬか……主……』

誰かが、自分の事を呼んでいるような気がする。
私は……どうなったのだ……?

『も……ろそ……起き……頃……じゃろうが、いい加減……』

あぁ、そうだ……突然身体が熱くなって、それから……
そうか……だから今も、熱いのか……
くっ……起き上がるのも、辛い……

『ほれ、起きぬかお主!!』
「うおっ!?」

頭の中に響く声に急かされるようにして、私は飛び起きた。
辺りを見れば、そこは自分が倒れた時のままの暗さを保つ寝室。
見る限り、さほど時間は経っていないようだった。

『全く、我がずっと話しかけておったというのに呑気に眠りこけおって……』
「き、狐!?」

頭の中に再び聞こえてきた声に、私は思わず身構える。
封印から間もないというのに、またしても……!?

『……まぁ、そんな事はよいわ。それより……お主の身体に何やら、面白い事が起きとるようだの?ほれ、鏡を見てみい』

……鏡?先のように、私の心を喰らう為の甘言か……?
いや、だとしても私の身に起きた事と言うのは一体……?

気がつけば、狐の言葉に乗せられるがままに私は布団の横に備え付けられた鏡の中を覗き込んでいた。
覗き込んで、見てしまっていた。

清楚さを感じさせる、短く艶やかな黒色の髪。
その下には、はつらつと開かれた大きな目と長いまつげ。
紅を塗ったように瑞々しい小さな唇。
背丈より大きめな男物の着物の下からはだけて見える陶器のように白い肌と、扇情的な胸部。
何より特徴的なのが……その女の浮かべる驚きに彩られた表情が、自分と全く同じ形をしていたこと。

「な……何だ、これは……」

自分の口からかすれ出てくる言葉は、まるで自分というよりも女性の放つそれ。
慌てて下を向けば、鏡の中と寸分違わぬ胸部が目に入る。
それだけならばまだ、幻覚か何かだと思う事ができたのであろう。
しかし……下半身にあるべきものがない感覚だけは、どう足掻いても否定することができなかった。

認めざるを、得なかった。
……自らが、女の姿となってしまっていることを、

「お……お前が、やったのか……!?」

自らの中に住まう狐へと、半ば確信に近い問いかけを投げる。
しかし、狐の返答は私の予想とは全く異なっていた。

『そんな訳がなかろう。そんな事が出来るというなら、まずお前の先代の時点でとうにやっておるわ』
「た、確かにそうだが……では、これは何だ?何が起きている?」
『どうやら、西の地で魔を統べる王が淫魔の者に代替わりをしたようだの。我ら妖怪と西に住む魔の者は、喰らう魔力自体は同じもの。そのせいで、魔王より放たれる力の影響が我と……我を封じるお主にも、でたようだな』
「西の……王……」

……狐の言葉が嘘である可能性が、無いわけではない。
だが、嘘だとしたらわざわざ西の大陸の話など作り込まれすぎている。
何より、私自身が、直感めいた確信を持っているのだ。
……狐の言葉は真実であると。
つまり……この狐に取り憑かれた私も、妖怪として扱われてしまったということか……?

『まぁ、よいだろうそんなことは。それよりお主……その姿を、神主に晒さんでもよいのか?』
「何を言っている。何故、ここで神主様が……」

だが、この異常を報告しなければならないのも確かか。
それでも、狐がわざわざ口にした意味がよくわからんのだが……

『とぼけんでも良い。お主はあの男を……育ててくれた親として以上の目で見ているのだろう?だから少し、その想いを手伝ってやろうかと思ってな』
「貴様……また、私を惑わすつもりだな?その手には乗らぬぞ」

くっく、と笑う顔が目に浮かんでくるような物言いに、私はしっかりとした意思を持って返す。
狐の言うことに惑わされれば、心を喰われるのだ。
その手には、乗ってなるものか……!!いくら身体が変じようと、私は私だ……!!

そんな私の決意は、狐の続く言葉であっさりと肩すかしをくらってしまう事になってしまう。

『いや、そんなつもりなどない。と、ゆうよりは……そんな気など、もう起こらんのだ。自分でも信じられんがな……どうやら淫魔の王の与える影響というのはそれほど大きなものだったらしい』

驚くぐらいに優しい狐の言葉。
言われてみれば……どことなく、棘の刺さるような言動が抜けているような気がする。

『だから私は今、人を喰らおうとするより……お主の恋路を応援してやろうかと思ってな?そちらの方が面白かろう?』
「こ、恋路……!?何を、馬鹿な事を……!!私と神主様は共に神に仕える身だ!!それに、そもそも私達は同じ性別同士……!!」
『……昔は、の。今は、違うだろう……?ほれ、もう一度鏡で自分の姿をよく見てみるがいい……』

それが狐の言葉と分かっていても、私には逆らうことができなかった。
鏡に映るのは、女の姿。

頬を赤め、荒い呼吸でうずくまり……
あられもない姿を見せつける一人の、女……

『ほれ、想像してみるがいい……お前のその豊かに育った胸を、あの男に揉みしだかれる様を……あの男の獣のごとき情欲をその身に受ける、自らの姿を……それは、どれだけ良いものなのだろうなぁ……?』

神主様が、私の胸を……
あの人は優しいから、きっと最初は気を遣ってゆっくり少しずつ這わせていって……でも、私が悦びに浸る様を見て、大胆に力を強めていって……
強引になってもきっと、私は神主様の与えてくれる全ての感覚に快楽を感じてしまって……♪

自分の考えている事がどれだけ異常か、警鐘を鳴らす思考を余所に……私は、自らの腕を神主様の腕へと置き換えていた。
その腕が……知らず知らずの内に淫らな胸へと伸びて、触れて……

「ぁっ……♪」

……じゅん。

逸物を失ってしまった下腹部が、疼きに襲われる。

なに、これ……たった一回、触っただけなのに……
全身が、痺れちゃう……♪

「こんなの、知らなっ……!!なのに……気持ち、いっ……!!神主、様ぁ……♪」

神主様が私の身体をいじって、私の身体でいっぱい興奮してくださって。
鏡の中にそんな光景が、今の私には見えてしまいます。

『男をたぶらかす、魔性の体つきではないか……くくっ、それで誘えば、神主も一発だろうて……』
「……っ!!」

そこに頭の中から声が響いて、私の意識はようやく現実に帰還してきました。
慌てて、胸元に当て続けてきた手を離します。
そう、です……私は、神主様とそういった仲になるわけには……

「わ、私が、女になったところで……私達は、神に仕える身です。そんな淫らな振る舞いを許していい訳が……」
『神。ほう、ここで神と来たか……くく、はははは!!』
「き、狐に理解などできる訳もないでしょう!!」

突然響いた大きな笑い声に、私はついムキになって返してしまいました。
神に操を捧げ、神に忠義を尽くす。
この狐の言葉は、私と神主様のこれまでの行いの全てを否定したに等しいのですから。

『いや、すまぬすまぬ。ただ……おかしいと思ってしまってな、つい』
「何がおかしいというのですか!!私と神主様の神聖な行為に、けちをつけるなど……!!」
『……お前が仕えていたのは、本当に神か?』

反論を重ねようとした私に、狐は意地の悪い問いかけをしてきます。

「そ、れは……」

ですが……私は、反論する事ができませんでした。
気を強く持ってはねのけてしまえば、それで済んでしまう話だというのに。

『何故、私を封じる為にあの男の下で辛く苦しい修行にも耐え続けた?それは、世界や神などという、見えないものの為か?』

この先を聞いてはいけない、戻れなくなってしまう。
そんな事を思いながらも、私には狐の言葉を止めることができません。
その内に……狐の言葉は確信に触れてしまいました。

『……あの男の助けに、なりたかっただけだろう?』

それを聞いた瞬間……私の中で、最後の一線が崩れていくような気がしました。

捨てられた私に帰る家をくださった、神主様。
厳しくも、いつも私を立派な神職とするべく見守ってくれていた神主様。
失敗した時は怒ったけれど、逆に成功してくれた時は仏頂面に少しだけ笑顔を浮かべて、誰よりも喜んでくださって……

「あ……」

どくん、どくん。

神主様と、妄想の中のような関係になれたなら……
自覚した瞬間、胸の中に熱がめばえていくのを感じます。
その熱は、身体を熱くするものよりもずっと、急速に広がっていって……同時に、もう一つの感情をも自覚させてしまいました。

「でも……あの人が、私を受け入れてくれるでしょうか……」

そんな言葉が……芽生えた不安が、私の口をついて出てきてしまいました。
ただの女であったならばまだ、私は正々堂々と想いを伝えればよかったのかもしれません。

ですが、私はつい先刻まで男だった身……しかも、相手はそんな自分の事を誰よりもよく知っている人。
そんな人が、私に告白されたとして……気味悪く思うだけではないでしょうか。
そんな辛い思いをするぐらいならいっそ、今すぐこの場から逃げ出してしまえば……そんな思いさえ、私の頭をよぎった時の事でした。

『なぁに、それぐらい我が手伝えばすぐよ。言うたろう?お主の恋路、私が応援してやるとな』
「え……あっ……!!」

狐さんから放たれたとは思えないぐらい暖かい言葉と共に、私の体中は力が満ちていくような感覚に包まれていきました。
力と言っても、それは敵を滅する為のものではなくて……私の身体を神主様に気に入って貰うためのもの。
それだけの為に狐さんは力を使ってくれたのだと、本能が理解していました。

「あはぁっ……♪」

手も、足も、私の体の全ては神主様に捧げる為に。
その気持ちに身を委ねた私は、躊躇いなく着物の紐を全て解きました。
畳の上にはらりと落ちたそれは、少し前まで大切なものだったもの。
ですが今の私には、私と神主様の間を邪魔する余計な物にしか思えなくなってしまったのです。

私の身体の全ては……神主様に見てもらう為に、あるんですから……♪

「神主様ぁ……♪」

狐さんのおかげでもう、私の中に迷う気持ちはありませんでした。
私と神主様を隔てるふすまを開けて、私は神主様の寝室へと入り込みます。

あ……♪

元々簡素な作りの部屋、月の光の下にいる神主様の姿はすぐに見つけることができました。
足音を立てないように忍び寄って、そっと顔を眺められる位置まで近づきます。

神主様は長年狐さんを封じられていただけあって、貫禄のある表情をされています。
蓄えられた顎の髭と、顔中のしわ。
普通の方ならばただの老化として考えてしまうような特徴でさえも、神主様のそれは年を経た威厳と風格を感じさせるものとなっているのです。
とはいえ……寝顔としてみると、それらの威厳はどこかへ雲散霧消してしまっております。

「……かー……」

それよりもむしろ……殿方の無防備な姿というのは可愛く感じてしまうものですね……♪

眺めているだけでは、私はもう満足することはできませんでした。
そっと近づけた自分の顔を、更に私と近づけて……私の口と、神主様の口が触れ合いました。

「む、ちゅっ……」

あはぁっ……♪ちょぴっと触るだけで、胸がまた熱く……♪

唇を通じてくるのは、いつも厳格な言葉を紡ぐ神主様のものとは思えないぐらいに柔らかい感触でした。
粘膜同士が触れ合うその感覚を楽しみつつも舌をそっと伸ばして、割れ目へと侵入させます。
熱い物を分けた先にあったのは、神主様の口内。その中にのどこかに触れる感触でさえも、狐に憑かれたせいかどうしようもなく甘く感じてしまいます。

「ふっ……ちゅ、ちゅる、ぴちゅぅ……れろぉっ……」

歯の一つ一つの硬さ、唾液に塗れた舌の柔らかさ。
それら一つ一つを、噛みしめるように味わいます。
……流石に、いつまでもこのままという訳にはいかなかったようですが。

「んっ……うっ……」

神主様の閉じられた目蓋が、ゆっくりと……火のない闇の中で、開いていきます。
寝顔も、普段お目にかかれない一面が見れて中々よかったのですが……やはり、神主様は目覚めた顔の方がより魅力的に感じてしまいますね……♪

「ぅっ……!?」

凛々しいお顔も、私が何をしているのか理解した瞬間に、驚愕で彩られていきます。
当然ですよね、目が覚めたら知らない女の人が自分に接吻をしているのですから……♪
訳がわからないままに、神主様は私を引き剥がそうとしてきます。
本当は、このまま繋がったままでも良かったのですが……息苦しそうな表情をされていたので、私は大人しくその腕によって離される事にします。
離した口と口の間には透明な橋がかかって、それは自然と下にいる神主様のお顔、その口の中へと入り込んでいきました。

「な、なんだ貴様は、どこから入ってきた……それに、どうしてただの人間に狐の耳と尻尾のようなものが見える……?」

狐の耳と尻尾?
……恐らく、狐さんにもらった力の影響なのでしょうね。
神主様に悦んでもらう為にもらった、この力……
……そうです、せっかくもらったこの力、存分に使わないと勿体ないですよね……♪

「神主様、どうか落ち着いて聞いてくださいませ。私は弦馬です。どうやら、この体に継いだ狐の影響でこのような姿になってしまったようで……」
「何……弦馬だと!?お主のようおなごが……!?」

私の言葉を聞いて、神主様は驚きの表情をさらに強めました。

「いや、しかし……狐を継いだ事を知っている者は、数少ない……それに、嘘だとしたら何故そこにいた弦馬が消えて……うぅむ……」

……しかし、それも一瞬の事。
少し悩んだ後に神主様は、状況を理解してくださったようでした。

「……お主が弦馬だと、認める他あるまいか。儂も初めて見る現象だが……弦馬、体の方に何か異常はないか?今も、奇妙な行動を取っておるようだしな……狐に心を食われたりもしておらんか?」

あぁ……やっぱり。神主様は、真っ先に私の事を心配してくださるのですね……♪

「いえ、私の心には今のところ異常はありません。ですが……やはり影響があったのか、体の調子が優れず……」
「本当か!?どこだ、どこがおかしい!?」

体を起こして、私の肩を掴んでくる神主様。
その腕に抱きしめられたいという衝動を必死に堪えながら……私は、そっと神主様の傍に腰を下ろしました。

「神主様……身体が火照って、仕方ないのです……どうか、静めてくださいませ……♪」

色気を感じる角度、言葉遣い。
狐さんが教えてくれる、女の身体の魅力を引き出す術。
それら全てを最大限に活かして……私は、神主様を誘いました。

「な、何を……」

それを見た神主様は、ばつが悪そうに目を逸らしてしまいます。
当然ですよね……実の息子同然に育てていた私が女の身体になったかと思えば、急にこんな事を言い出すのですから。

……ふふっ。
それでも、顔が赤くなってしまっている事は誤魔化しきれていませんよ……♪

ここまでは、狐さんに教えてもらったやり方。
今度は……私の言葉で、誘う番ですよね……♪

「いいんですよ、神主様ぁ……♪貴方のお好きに、触っていただいて……私は、構いませんからぁ……♪」
「っ……!!たわけた事を言うな!!お前と私は親子であろうが!!」

二度目にようやく神主様は理性を取り戻されたようで、半ば怒鳴るような声を上げてきました。
ですが私も、ここで引けるような生半可な想いではありません。

「義理の、が抜けておりますよ?それとも……私の身体には、魅力を感じていただけませんか……?」
「き、狐にたぶらかされおったな……この、馬鹿息子が!!もういい、こうなれば私がその器ごと貴様を……!!」

怒りが頂点に達したのでしょう、神主様は手を掲げて祝詞を唱え始めました。
狐に憑かれたからか、今の私には神主様の周りにはっきりと魔力が渦を巻いているのが見えます。
あれが全て私に向かったら、私の命は中の狐ごと滅んでしまうのでしょう。

「『みなづきのつご』……んむっ!?」

ですから私は、彼を止める為にそっと顔を寄せて唇を塞ぎました。
それに加えて神主様の高ぶった気を静める為に、再度舌を神主様の中へとねじ込みます。
唾液に、狐さんから貰った魔力をたっぷり込めて……

「んちゅっ、ちゅる、じゅるっ……♪」
「ふむぅっ!?ふ、ふむっ……!!……ぅ……」

最初は突然の行動に驚いていた神主様でしたが、私の唾液を嚥下していく毎に少しずつ動きが大人しくなっていきます。
それと引き替えになるように、どんどん頬が赤くなってきました……♪
頃合いだと判断して、私は唇を離します。

「は、ぁっ……」

唇を付けたままでは……伝えられないことがありますから。

「私は、誑かされてなどおりません。今の行動は間違いなく私、弦馬自身の……離れたくないという、意思表示でございます」
「げんま……?」
「今神主様を静めたのは、狐の魔力なのです。……信じられますか?あの災厄の化身が、私の為に力を貸してくださったのですよ?今の狐は、私達人間に好意的になってくれているみたいなんです。私達はもう、役目から解放されたんです……だから私達が離れる必要だって、ないんです……!!」

神主様が私の言葉を正しく飲み込む前に、私は一呼吸を置いて畳みかけます。

「私……本当は、神主様と離れることが辛かった……家族を失った私にもう一度温かさを教えてくれた神主様に、傍にいて欲しいって思ってました……!!でも、この辛さはこの地を護る為のものだから、私一人でぐっとこらえなきゃいけないって……そう、思ってました。……でも、それは間違いだったんですよね。私だけじゃなく……神主様も、寂しかったんですよね……」
「な、何を言うか……」

神主様にとって、それは余程知られたくなかった事なのでしょう。
先程まであげなかった声を、急にムキになって返してきたのですから。

「お前を育てていたのは、私の狐を継ぐ有力な封じ手と成り得る可能性を持っていたからだ。優しくしてやったのとて、お前を手放すのが惜しかったからで……」
「そうなのですか?それならば何故……今すぐに、ここを発たなかったのです?本来ならば……朝を待たずして、神主様はここを離れなければならなかったはずでしょう?」
「それ、は……」

優しく言葉を返して、反論の余地をふさぎます。

……そうです。
神主様に隣の部屋になどいられては、いつ狐が再び入り込んでくるともわかりません。
それなのに、いてくれたということは……♪

そうして私は、確信に向けて最後の一押しをするのでした。

「あの女のように……私は、離れたりはしませんよ?」
「……!!」

その一言で、神主様は大きく目を見開きました。
これこそが、神主様が厳格な人間であろうとした理由。
そして……子を為すことが、できなかった理由。

神主様には、許嫁がおりました。
何代も前からこの家は生まれつき結婚を定められた相手としかできなかったようで……その中でも珍しく、神主様は相手の事を心から愛することができたのです。
しかし……それができたのは、神主様の側だけの話でした。
縁談のまとまった翌日に、花嫁はどこかへといなくなってしまったのです。
街の人たちに聞いたところ、見知らぬ男と一緒にいる花嫁の姿が目撃されたそうで……すなわち彼女は、駆け落ちしてしまったのです。
それを聞いた神主様は酷く絶望したそうです。
それ以降、神主様は妻を娶る事を拒絶し、次代の封じ手には養子を取ることにされた、との事。

……これが、私が引き取られた経緯の裏にあった真実。
神主様の日記には、その時の心境が克明に綴られておりました。
偶然、棚の裏で埃を被っていたのを発見したとき、私自身がとても辛くなったのをよく覚えています。

神主様は、恐れているのでしょう。
自らが、一度はその手に抱いた女が……また、いなくなってしまうことを。

「私は、神主様のお望みでしたらどんな事でもいたします……例えば、この身体であっても……♪」

だから私は、その傷を癒す為にも神主様の傍へとそっと寄り添います。
神主様の為だけに育てたこの胸を、思い切り見せつけてから……私は、潰れそうなぐらいにそれを握りました。

「んぅっ……♪ほら、ぁ……ひぁっ、こんな風に、欲望のままに……んぅ、弄んでも、いいんですよ……?」
「ぁ……ぁ……」

左の手で鷲掴みにしたものを揉む度に、背筋を甘い快感が駆けめぐります。
女性経験の乏しい神主様は、私が自らを慰める様をただ口を開けて眺めてくださいました。

「ここだけじゃなく手も、足も……んあっ、それに、ここだって、ぇ……」

私に夢中になってくださる視線に気持ちが高ぶるのを感じながら、私はもう片方の手を伸ばします。
そこはかつて、何よりも猛々しく自らを主張するものがあった場所。
けれど今は……愛しい人のものを、受け入れる準備が整った場所……♪

くちゅ……

「神主様が、傍にいるだけで……うずいて、仕方がないのです……♪」

濡れそぼったそこを、私は開いて見せつけました。

つー……と、私の中から愛の蜜が零れて、畳を汚してしまいます。

「これでもまだ……弦馬の事が、信用なりませんか……?」

頬を赤く染めて懇願するように尋ねる私は、神主様の目にいかように映っていたのでしょうか。
ただ一つ、私がわかったことは。
私の言葉が合図になったかのように……神主様が、飛びかかってくださったことだけでした。

「げんま、げんまぁっ……!!」

やぁっ……♪

両腕を掴まれて、私は畳の上へと押し倒されてしまいました。
女の身体とはいえ、その気になれば狐さんから力を貰ってはじき飛ばすぐらいの事はできるのかもしれませんが……私は、それどころではありませんでした。

だって、神主様の腕が、匂いが、熱が、吐息が……
こんなに、私に近づいてきてるんですもの……♪

「こんな、淫らになりおって……!!儂はお主を、そのような事をさせる為に育てたのではない!!その根性……叩き直してくれる!!」
「くひぁぁっ……♪」

あ……想像よりも、ずっと強引……♪
神主様の腕は私の胸へと伸ばされて、そのままぐにゅりと形を変える為に動きます。
大好きな人の腕に大きく揺らされる度に、バチリと全身が痺れて……それは、自分でいじった時の快楽が幼子の児戯であったみたいで……♪

「ぁっ……♪」

その感覚に夢中になっていた私に、新たな場所からの刺激が加わりました。
ぐちゅぐちゅと、私の身体の中から聞こえてくる音……下腹部に、神主様のもう一方の指が撫で回すように触れます。

「前戯もなしに、ここまでとはな……」

それと同時に耳元で、私の羞恥心を煽る為の言葉が囁かれました。
男の本能に任せた荒い吐息が、耳をくすぐって。
ぞくぞくと、私の背中を興奮が這い上がっていきます。

「この乱れっぷり……まるで娼婦のようだのぉ、弦馬……」

秘所に伸ばされていた手が、私の眼前にやってきました。
指の間を離すと、そこはどろりと糸を引いて私の身体に落ちていきます。

「か、神主様の、せいです……神主様が、傍に、いてくださるからぁ……こんなにおかしくなっちゃ、んっ……!!」

その時私の口を塞いだのは、神主様の指でした。
私の愛液がたっぷりと付着した、神主様の太い指。
それが、私の口に差し込まれてしまったのです。

「ほれ、舐め取ってみるが良い……儂の言うことを、聞いてくれるのだろう……?」
「ぁっ……ぁむっ……」

頷くよりも先に、私はそれをくわえ込みました。

「んむっ……ぇろ、れろ……じゅるっ……」

何としても綺麗にするために、自分が出した物を精一杯舐めとります。
粘ついたそれと一緒に舌に触れるのは、神主様の熱が籠もった物。
私の欲しいよりも数段小さくて、神主様の匂いもなくて。
同じ神主様の一部だと言うのに……物足りなさが、私の中に募っていきます。
それでも神主様の頼みだからと、一心不乱に舌を動かし続けました。

「もう、良い……」
「んふぁっ……♪」

神主様の指が、言葉と共に離れていきます。
あれだけ別のものを切望していたというのに、いざ離れるとなると一抹の寂しさが私の胸に溢れてきてしまいました。
それだけもう、私は……待ちきれないのでしょう。

「ふふ、綺麗になったな。礼を言うぞ」
「あ、あの……」
「ん……?」

高鳴る胸の鼓動を抑えながら、私は神主様に問いかけます。

「お情けを、いただけませんか……?もう、私……限界、なのですっ……」

私の中の狐さんに聞けばもっと魅力的に、自然に相手から手が出るような誘い方ができたのかもしれません。
でも、そんなまどろこっしい事ができなくなってしまう程……今の私は、我慢の限界を向かえていました。

「ここに……神主様のものを、ください……私を、女に……神主様の物に、してください……!!」

どこまでも飾らない言葉で、私は神主様を誘いました。
……しかしそれは、結果的には功を奏したようです。
しゅるり、着物の紐が緩む音が何重にもして……神主様の匂いが、更に濃厚に辺りに撒き散らされました。

「はわぁっ……♪」
「全く、しょうのない奴め……そこまで言うなら、くれてやろう……」

神主様のそこは既に、準備が整っておりました。
私の身体を見て、興奮してくださっていたのですね……♪
改めて告げられるその事実に、私の胸ははずむような心地になりました。

一度はご経験をなさっているだけあって、神主様は真っ直ぐにそこを私の下へと近づけていきます。
私の鋭敏になった感覚は、視覚に頼らずとも近づく肉棒を肌で触れているかのように理解していました。
期待に打ち震える胸はどんどん高鳴って、秘所からはむずむずとした疼きがどんどん強くなっていって。
それが最高点に達した、まさにその時……肉と肉の触れ合う、確かな感触。

「あ……あぁぁぁぁぁっ♪」

ずぷり。
骨を介してそんな音が聞こえそうなぐらいに、私の中は神主様でどんどん満たされていきました。
するりと入って行く度に、私の身体は狂おしいまでの快楽に震え。
子宮口を叩かれた時は、手の力も抜けてしまいそうな程で……

駄目、です……気持ち……良すぎ、てぇ……♪

「……っ!!痛いのか……!?」

私の眼から、思わず涙がこぼれてしまったのはその時でした。
何かを勘違いしてしまったのか、神主様が心配そうに声をかけてきます。

優しい言葉に暖かい心地になりながらも、私は息も絶え絶えに口を開きました。

「ちが、いますっ……私、嬉しくて……神主様と、ようやく……一つに、なれたから……ぁぁん♪」

言葉が最後まで続く前に、神主様は私の中に猛々しい物を打ち込んでくださいました。
奥を突かれてしまえば、私に出来るのは卑しくも喘ぐことだけ。

あぁ、私……神主様の手で、どんどん雌にされてしまっているのですね……♪

「紛らわしい真似を、しおって……!!それなら、もっと……わかりやすい、顔にしてやる……!!」
「ぁっ♪ぁぁっ♪そんな、そんなに、いっぱい……だめ、れすぅ……!!も、頭、真っ白に……!!」

怒りに満ちたようにも聞こえる声の裏側には、溢れんばかりの私への獣欲に満たされていて。
それを叩きつけようとしているかのように、私の最奥は何度も荒々しく打ち付けられました。
ひょっとしたらこの時狐さんが何かを喋っていたのかもしれませんでしたが、私には何も聞こえません。
私にわかるのは、私の中にいる神主様のくれる圧倒的な快感だけ。

中に入る時の、被虐的な味わいと征服される悦び。
抜け出す時の、穴の空くような切なさと次に来る悦楽への期待。

何度も何度も、くぐもった水の音が私と神主様の間に断続的に響きました。
何倍も鋭くなった今の耳がその音を受け取る度に、私は耳まで犯されているような錯覚を受け取るのです。

目からは涙が流れて、口からははしたなく唾が糸を引き。
そんな姿を見て興奮している神主様がいることにも、私は口元をまた緩めてしまいます。

そんな私の中に『何か』が少しずつ、けれど確実に膨らんで行きます。
女の身で味わうその前触れは……男のものと比べると随分、じわりと私の体に広がるような感覚を受けました。
それと同時に、私の中でぶるりと震える感覚もついてきます。

「ぐっ……そろそろ、潮時……っ!?」
「駄目です、よぉ……♪いっぱいいっぱい、出してください……♪」

腰を引こうとした神主様の腰に足を絡めて、逃げられなくしてしまいます。

私の体が、何よりも求めてやまないのです。
神主様の、欲望の塊を。

「きっと……私の中に、どぴゅって出すと……気持ち、いいですよ……?」

子宮に届かせて、何よりも深く感じていたいのです……♪

「弦馬……!!儂は、もうっ……!!」
「はいぃっ♪私の、中でっ……♪弦馬を、いっぱい感じて……果ててくださいっ……♪」

ごつりと、脳が揺れそうな程に強く私の中は神主様で揺らされて。

「ぁっ……あぁぁぁぁぁぁ♪」

満たされたものがゆっくりと全身に溶けていくような、蜜のように甘い感覚。
それが、私が絶頂を迎えた証なのだと、私の中のどこかが教えてくれたようでした。
神主様に促すように私は無意識に体を締め付け、神主様と私の両方に刺激が加わっていきます。
それが生んだのは……爆発的な、熱の奔流。

「ぁぁっ……♪あつ、熱い、ですぅ……♪神主様が……中で、暴れてぇっ……♪」

私の中にはきっと、白濁としたものが無数に泳いでいるのでしょう。
火傷しそうな程に感じるそれは私の中へと溶けていき、それがまた新たな熱を生んで。
精を受け止める度に体が、別のものへと変えられていきそうな程に熱を孕んでいきます。

『ほぉ、これはこれは……面白い事に、なったのぉ……せいぜい、私を楽しませるのだな……♪』

そんな声が、頭の中に響いたような気がして。
体の中に現れた何かが……全身に、行き渡るような感じがして。

「あ……あぁっ……!!うぁっ……!!」
「弦馬……!?」

快楽を伴った熱が、私の全身を焼きました。
私は思わず身悶えしますが、それで収まってくれるものではありません。
特に酷かったのが、耳と臀部……耳に生じた熱は、一旦体の中へ戻ったかと思うとまた頭の先から上へ。
臀部の熱は、そのまま外側へ……

「こ、これは一体……!?」

神主様の驚く声は、何故か頭の上より届いてきました。

「はぁっ、はぁっ……はぁっ……」

それでようやく、熱が大分引いてきたのを自覚した私は、とりあえず腕を動かすところから初めてみます。
頭のおかしな部分へと触れようとして……しかし、それよりも先に私の手が触れたのは、上質な絹糸のように柔らかな私の髪でした。
それも、秋の稲穂を連想させる鮮やかな色のもの。

「へ……っ!?」

そこから勢いで頭の上に触れた私は、そこからやってくる感触に驚きました。
手の平に触れた、柔らかい毛の感触。
しかしそれと同時に、私の頭からは柔らかい物が『触られた』という感触まで付随しているのです。

触られた、という感触はそこだけではありません。
臀部より伸びる、何かの感触。
それが床に痛いほど擦りつけられて、わずかの痛みと快感を私に植えつけてくるのです。

「わ、私、どうなって……!?」
「……お主の部屋に、鏡があっただろう。それに……目を向けるが良い」

訳の分からない状況に半ば混乱した私を助けてくれたのは、神主様の鶴の一声でした。
それにすがるように私は顔を傾け、私の部屋の側にあった鏡に映る自分の姿を眺めます。

「えっ……!?」

そこにいたのは、私であって私ではない者でした。
驚きの表情は、先程鏡に映った時とまったく変わらぬ女のもの。
しかし、その頭を包む髪の色は、やはり自分で見たときのように稲穂のごとき金色に染まり。
その頭頂部にある、同じ色をした一対の三角形のものは……狐の耳のように、見えました。
背中にあるのも、ふさふさとした毛が束になってできたもの……それは、尻尾。

私の姿は、半分だけ狐が混じったような姿になっておりました。

「これ、は……」

不思議と、嫌な感じはしませんでした。
少し前までは、忌み嫌うべき存在であった筈なのに……魔性の者へとまた一歩近づけたことが、今の私には嬉しくて堪らないのです。

「……似合っておるぞ、その姿も」
「え……?」

上からかかってきた、思わぬ声の意図。
それに気付いた私の頬には、思わず熱が集まってしまいました。

きゅん、と未だに繋がりを解かない部分の奥底からも、再び込み上げてくるものがあります。

「……いや、済まぬ。今のお主に言っても、困らせるだけであったな……」
「あ、いえ……嬉しゅう、ございます……」

先程まで乱れに乱れた姿を見せたというのに、まるで大和撫子のようにか弱き声しか私には出せませんでした。
それ程までに、不意打ちめいた神主様の言葉は私の胸を強く焦がしてしまったのです。

「弦馬……いや、いい加減この男児のような名前で呼び続けるのも酷なものだな……」
「それならば……神主様がお決めください。お好きにお呼びなさってくだされば、私は結構です……」

迷わずに、私はそう答えました。
神主様が、私の方を向いて名前で呼んでくださる。
それ以上の幸福は……私には、ないのですから。

「……そうか。で、あるならば……」

私の言葉に、神主様は少々逡巡とされておりましたが、やがてゆっくりと口を開きました。

「……弦(つる)。おつる……で、いいだろうか」
「はい……それでは私の事は今宵より、『おつる』とお呼びくださいませ……」

自分で復唱すると、それは驚く程に自分の中へと馴染んでいきました。
それはきっと、私の元の名前から生まれたものだからでしょう。
私を捨てた親の名前から生まれた、私の親代わりだった方の付けてくれた名前。
今となっては……夫となってくれた方の、つけてくれた名前……

「神主様……おつるに今一度、お情けをくれませぬか……?」

そんなものを聞かされて……高ぶらない訳が、ありましょうか。

「ははっ、しょうのないやつめ。その素直さに免じ、今回のみはくれてやろう……」
「やぁっ……♪」

神主様は私に乗ってくださって、再び肉のぶつかる音が闇の中に木霊していきます。
その交わりが、あと幾度と続くのか……それに期待をしながら、私の心は快楽へと沈むことになるのでした……♪




「〜〜♪〜〜♪」

呑気に鼻歌を歌いながら、私は五つ生やした尻尾を揺らして家路につきます。
ここは昼日中の街中ですが、私は人間の目から姿を隠そうなどとはとても思いませんでした。

その道には提灯を模した格好の娘、赤い鬼のような娘、蜘蛛のような下半身の娘……
女の姿を取った様々な妖怪達が道行く人と気軽に挨拶を交わしているのです。

どうやら西の魔王の及ぼした影響というのは私達にだけ起きたものではなく、全ての妖怪達がその影響を受けてしまったようでした。
そのおかげで、かねてはひっそりと交流をするだけだった人間と妖怪の間の距離はぐっと縮まっていき……今のジパングは、人と妖怪とが共存する理想的な姿へと変わっていったのです。

私も今では、『稲荷』という妖怪の一人。
西の魔王様が代替わりをされた、あの日。
かつて私の中に封じた狐と私は、神主様の精を受けて完全に混ざり合ってしまったようでした。
そのせいかもう、私をからかうようなあの声が聞こえる事はないのですが……あの方が残してくれたものは、今でも確かに私の大切な宝物になっています。

「ただいま帰りましたよー!!」

引き戸を開けて私が奥へ向かって言葉を投げると、ぱたぱたとこちらへと駆けてくる音。

「かーちゃ、お帰りー!!」
「おぉ、ようやく帰ってきたか……」

真っ先に顔を出したのは、私のように狐の耳と尻尾を生やした、愛しい娘。
そこに遅れて顔を出したのは、精悍な顔つきをした私の夫でした。

「はい。今日は安かったので、沢山揚げを買って参りました。今晩はご馳走にしましょう?」
「わーい!!かーちゃの、あげだー!!」
「ふふっ、腕によりをかけますからね」

揚げがよっぽど嬉しかったのか、辺りをはね回って自分の喜びを娘は表現しています。

明るいのは良いことなのですが……少し、お転婆すぎるのが玉にきずですね。

「そうだな……『今晩』は、頼むぞ」
「ぁっ……♪はいっ……♪」

そんな事を考えていると、隣で娘の様子を見ていた夫は私の肩に手を回してきました。
その言葉が意味するのは、勿論……頭の中で展開される想像と、現実で感じる腕のたくましさに、早くも私の雌としての箇所はひっそりと涎を垂らして……

「あ、かーちゃずるいー!!とーちゃとは将来、私だって結婚するんだからー!!」
「な!?だ、駄目です!!神主様は、私の夫なんですからぁ!!」

そんな私の理性が戻ってきたのは、娘が無邪気な嫉妬をする声でした。
まだ娘は小さいのですから、子供の冗談として流してしまえばよかったのですが……嫉妬深いのは、私の方かもしれません……

「……おつるよ、まだ儂を『神主様』と呼ぶのか?」
「え?あ、いえ!!申し訳ありません……!!」
「そーだよかーちゃ!!とーちゃの事、名前で呼んであげなよ!!」

思わず口から出てしまった言葉を、夫は聞き逃しはしませんでした。
娘にまで咎められてしまっては、私としても返す言葉がありません。
どうも昔の習慣というものは、すぐには直らないのですよねぇ……

「――わかりましたよ。呼べばいいんですよね?えー、コホン……」

早く慣れる為にも、ここでしっかりと夫の名前を呼んでおこうと思いました。
それと……少しだけ、別の感情を込める事にして。

「私は今……幸せですよ、『-------』……」



私を変えてくれた魔王様と、変わった私を受け入れてくれた旦那様。
その両方に感謝を込めて……私は、微笑んだのでした。


14/03/11 09:10更新 / たんがん

■作者メッセージ
どうも、エロになると筆が止まるのが日常茶飯事なたんがんです。

ごーれむさんがツイッターでお話していたのをたんがんが拾い上げてSSにしたのですが、ようやく形にする事ができました。

久々のTSネタ、しかも前からやりたかった魔王様の世代交代ネタでやることができたので書いていて割と楽しいお話でした。
いやー、TSの後って夫婦の子供ができるところまでが定番ですよねww

なお、最後は小声になっていて聞き取りにくかっただけで、ちゃんと神主様の名前は呼んでおります。
以前ノワールさんのSSで見かけた、あえて名前を呼ばないというのを一度やってみたかっただけなのです。
決して名前を考えるのをめんどくさがったとかじゃなくてですね……

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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