読切小説
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レンアイ・プラクティス
 お母さんにもお父さんにも、恥ずかしいことを承知で何度も相談しました。
 その度に両親は私の背中を押そうとしますが、それでも、私の容姿も性格も良いものじゃないです。彼にはもっと良い女の子が隣にいるべきだと、幼馴染の立場から考えてしまいます。

 きっと、ゲイザーは卑屈に生まれてきてしまうものなんです。
 この単眼も、血色の悪い肌も、可愛いとは言いがたいギザギザした歯も、腰から生えてる触手眼も。女の子には相応しくない、見た目の悪いものです。生まれつきだから、どうしようもないんです。
 それでも、私は思春期を迎えた女の子です。恋心を持ってしまいます。可愛くなりたい、あの人と恋人になりたい、って思考は逃れられません。
 鏡の前に立って、ボサついた黒髪――これも可愛くないです。ストレートが良かったです――を櫛で漉かしているこの時が、一番苦痛です。だって、コンプレックスである私自身と向き合わないといけないんです。
 顔いっぱいの大きな一つ目。私の親友はみんな「見慣れるとかわいい」って言ってくれますけど、一番見慣れているはずの私はそう思えません。目つきも悪いし、野暮ったいし、最悪です。しかも大きいので輪をかけて最悪です。普通の二つ目が羨ましいです。

 身だしなみを整えて、制服に着替えて、朝ごはんを食べて。本当はものぐさな性格のはずの私が、朝も早くからこうして臨戦態勢にめかしこむのは、他ならぬ彼と一緒に登校するためです。
 一緒の小学校、一緒の中学校、一緒の高校。クラスはバラバラになることが多いですが、私が絶対に彼と二人きりになれる時間は、登校時間しかありません。
 彼の恋人の席に、私は相応しくない――なんて思っていても、私は恋をした女の子でしかなくて、やすやすと諦めきれるわけありません。
 彼の時間を少しでも独占したい。劣等感ばかり持ってる私でも、ここだけは幼馴染として譲れないラインです。
 玄関を出ると、すぐさま隣の家に向かいます。この時間、いつも彼はギリギリまで寝てます。私だって寝てたいのに、人をモーニングコールにして、ほんとう、最悪です。畜生です。
 表札の横にあるインターホンを押すと、朝ごはんを作ってたらしいおばさんの朗らかな声が迎えてくれます。

「レンカちゃん、おはよう」
「おばさん、おはようございます。シュウはまだ寝てるんですか」
「そうなのよー、いつもいつもごめんなさいねぇ」
「いえ。私が起こさないと、シュウは遅刻しますし。入っても、いいですか」
「どうぞー」

 招かれるままに玄関をくぐり、ローファーを脱いでお家にお邪魔します。初めて彼の家に上がった時は、まだ単純な好奇心で遊んでいたと思います。今となっては、なんだか第二の家みたいです。おばさんもそう言ってくれて、本当に感謝です。
 少し急勾配な階段を上がって、二階に。廊下を数歩歩いて、「シュウ」という札がノブに掛けられたドアを数回ノックし、返事がないことを確認すると、少々乱暴気味に扉を開きます。
 目に入ってくるのは、毎朝片付けてやっても色んなものが散乱してる部屋と、布団でのんきに寝てる片思い相手でした。毎朝です。見慣れてます。人の気持ちも知らないで、という怒りでオプティックブラストが放てそうになるのも、いつものことです。
 布団に近づいて、膝立ちになって彼の寝顔を眺めます。
 ……決して、かっこいい顔じゃないです。テレビに出るような、スポーツ選手だったり男性アイドルだったり、そういう輝くような美形じゃありません。街中で埋没してそうな、所謂モブ顔です。
 身長だって私より高いくらいですし、力は強いけどそれは男だから当たり前ですし、ご飯を食べるときはいっつも幸せそうな間抜けっぽい顔してますし、なのにやけに気配り上手で私の嫌いなもの食べてくれたり私の好きなものをおすそ分けしてくれたり、バレンタインデーは義理だって言ってるのに毎年毎年少ないお小遣いから奮発してくれますし、私の誕生日も毎年しっかり祝ってくれてプレゼントもしてくれて、やっぱり大好きなんですけど、……そうじゃなくて。
 頭の中に浮かんできた去年のクリスマスのことを、ぶんぶん頭を振って追い出します。はたから見たら不審者じゃないですか私。彼は相変わらずぐっすりすやすや幸せそうです。

「……シュウ、起きてください。遅刻しますよ」
「……」
「いつまで寝てるんですか……起きないといたずらしますよ」

 そう言いながら、彼の唇を指で撫でます。
 ――ゲイザーは、男性の精を主食とします。普通の食べ物でも栄養的には大丈夫ですが、一番いいのは男性の精です。
 そしてこの精というのは、何も精液のことだけを指しません。魔物個人によって違う、特定の男性との接触であれば、どんな方法でも精を摂取できます。……つまり、好きな人といちゃつけば、お腹いっぱいになれるわけです。

「ほら……起きないと、ちゅーしちゃいますよ……」

 顔を近づけて、小声で囁いてみます。それでも彼は起きないと、知っています。わかっています。それでもこれをしないと、私は満足に一日を過ごせません。
 よだれで濡れた、彼の唇に、そっと……優しく、重ね合うだけのキス。その瞬間、じわりじわりと唇から暖かいなにかが流れ込んできます。脳みそがぴりぴり痺れて、背筋がぞわぞわと心地良く泡立ちます。
 ああ、この瞬間がずっと続けばいいのに。相手からの同意を得ない、一方的な口付けだとしても。毎朝こうするたびに、時間が止まってしまえばいいのに、と思ってしまいます。
 それでも、そういう魔法はありません。魔王直系ならまだしも、私はただのゲイザーのいち個体。唇を離し、唾液で出来た二人の唇を結ぶ糸を指で拭い、はあ、とため息が漏れます。
 私は学習も反省もしますが、このキスばっかりはどうしようもありません。やったあとにこうして毎回自己嫌悪に陥るのに、それでもやってしまいます。こんなの強姦みたいなものじゃん、無理やりするとか野蛮って普段言ってるのに当人はこれですか、ほんと馬鹿ほんと最悪、明日は絶対やらない、って毎回思ってるのに。
 でも、こうしていても仕方ないです。彼の頬をぺちぺち叩いて揺さぶり、どうにかして起こします。

「……んが」
「ようやく起きたんですか。朝ですよ。さっさと立って支度してください」
「レン……あれ。う、……朝?」
「まだ寝ぼけてるんですか。立つ、立つ」

 彼の肩の下に両手を差し込み、ぐっと力を入れて起こします。私も魔物の端くれですから、細腕に見合わないパワーを引き出すことはできます。といっても、使用目的はこんな感じですが。

「お、お、起きた起きた。ビビるからこれやめてくれって」
「嫌ならされる前に起きればいいじゃないですか。ほら、おばさんはもう朝ご飯作ってましたよ」
「あい、あい」

 そうして彼が下に行くのを見届けると、次は部屋を掃除してあげます。漫画、宿題、シャーペン、消しゴム、ゲームにCDケースに読みかけの雑誌やら放り投げられたイヤフォンやら。無秩序すぎます。
 それらを片すと、今日はゴミの日だということに気づき、ゴミ箱に収められたゴミ袋を引っ張りだして口を縛ります。……中身は、その、丸まったティッシュが多いですが、さすがにその辺の節度は守ります。気にならないわけないですが、だからといって。気になりますけど、やっぱり。
 鋼の心でゴミを纏めると、階下に降りて居間のおばさんに声をかけます。

「おばさん、今日水曜日ですよ。可燃ごみの日です」
「あら、そうだった。ちょっと待ってちょうだいね、いま纏めるから」
「大丈夫です。待ってますので」

 シュウは朝飯を食べ終えて、雑に歯を磨いている最中でした。視線はテレビ。今日の天気、快晴。ちょっと暑い日になるでしょう、とお天気アナウンサーのデーモンがにこやかに笑います。その左手には、結婚指輪。
 彼女のような見目麗しい魔物娘なら、相手がいるのは当然だと思います。一時は彼女が電撃結婚したことがこの放送局の華々しいスクープとして紹介されていましたが、今は幸せな新婚生活をしながらも夢だったアナウンサー業を止めないでいたいらしいです。
 本当に、羨ましくてなりません。きっと彼女の毎日は充実しているんだろうと思います。それに比べると、私は登校までの短い時間が彼との幸せな時間です。
 ……学校では、彼を避けています。私が一緒にいれば、彼は私より良い女性を見つけることができません。どうにも私は、彼と一緒にいると、女性への態度が悪くなってしまうからです。彼を女性から遠ざけるのは、本意じゃありません。
 彼は、良い人です。私には似合わないと悟ってしまうくらい。だからこそ、彼に似合う綺麗な人が、彼には必要なんです。
 悲しい気持ちになりながら彼に目を向けると、なぜだかじっと、こっちを見ていることに気が付きました。しゃこしゃこ、なんて間抜けな歯磨きの音が、やけに耳に痛いです。

「……なんですか。はやく準備してください。待ってるんですけど」
「ん……おう」

 ときどき、彼の考えていることがわかりません。何かを訴えたそうにこっちを見ていたり、なのに聞けば言葉を濁したり。
 ――いいえ、わかっているんです。毎朝こうして上から目線で世話を焼いてくる私を、疎んじているんだろうってことくらい。だけど彼は優しいですから、それを言ってくることはありません。彼にとっても、私は利用価値があると思いますから。

 ええ、彼は優しいんです。思い浮かぶのは、去年のクリスマス。クリスマスといえば毎年、私と彼とそれぞれの両親たちで、どちらかの家でパーティをしていました。だけど去年だけは、どっちの両親も突然クリスマス旅行に行くと言い出して、私たちは二人で残されました。
 いきなりすぎて、あんまりすぎて、すごく気まずかったことを覚えています。毎年のパーティが楽しみだっただけに、すごく悲しかったことも覚えています。
 だけど、彼は優しかった。気落ちする私を外に連れ出して、住宅街から駅前までの電飾通りを、私の手を引いて一緒に見てくれました。いつもは眩しいだけでうっとおしいと思ってるクリスマス期間限定の電飾通りが、彼と一緒にいるだけなのに素晴らしく綺麗に見えて、感動して泣いたことを覚えています。
 彼は、そんな私に笑いかけながら、泣くなよ、と抱きしめてくれました。
 このことはしばらくずっと脳内でリフレインしていましたし、今でも何かにつけて思い出してしまいます。私には不釣り合いなほど、幸せな日でした。


「レンカ」
「ぅひゃっ」

 ぼーっとしていたら、後ろから突然声を掛けられてびっくりしてしまい、真っ赤になりながら振り向きます。そこには、ブレザー姿で準備万端の彼がいました。
 彼のブレザー姿は、いつ見てもかっこいいと思います。モブ顔ですけど。イケメンとは口が裂けても言えないですけど。

「変な声出すなよ、俺のほうがビビった」
「……驚かせたのはシュウの方じゃないですか。非があるのはシュウですよ」
「はいはい、ごめんなさいごめんなさい」
「反省してないですよね。最低です、最悪です」

 彼にゴミ袋を渡し、共に玄関へ向かいます。彼の背中は、私一人くらいは軽々と背負えそうなくらいには頼もしくて、まあ男性なんだからそれくらいの甲斐性は持ってないと女の子に愛想つかされちゃいますけど。

「ところでさぁ、レンカ」
「なんですか。お金なら貸しませんから」
「そうじゃなくて。……お前さ、毎朝俺になんかしてる?」

 は?
 びっくりして思わずたたらを踏んでしまい、がつっと側頭部を廊下の壁にぶつけてしまいました。

「い、痛ぁ……」
「ちょ、おい。たんこぶできてないか」
「大丈夫……じゃなくて、なんですか人をいたずら妖精みたいに言って、失礼じゃないですか」
「思いっきりなんかしてる反応だったろ今の」

 頭を抑えながら、う、と言葉に詰まります。まあしてますよ。寝顔見つめたりとか。キスとか。今日はしなかったですけど、布団に潜り込んだりとか。手を取って頬ずりしたりとか。腕に包まれたりとか。
 でも、寝てると思ってやってるんです。気付かれないからこそしてるわけです。それをわざわざ本人に教えるはず、ないじゃないですか。

「……何もしてませんよ。なんですか、エロ本の読み過ぎじゃないですか。自意識過剰すぎますよ」
「お前がそこまで必死に否定するときって、たいていなんかあるんだよ」
「うう……」

 ちょっと嬉しいのが憎たらしいです。私のことをわかってくれてるのはいいんですけど、こればかりはダメです。教えたら死んでしまいます。恥ずか死にます。
 だけど彼は、ちょっと赤くなりながらこっちに振り返って、問いかけてきます。

「お前さ、今日……キスしてきただろ」
「なっ、ば、えっ、それ、そ、根拠とかあるんですか!怒りますよ!」
「……お前がうろたえてるのが何よりの状況証拠だよ」

 顔がどんどん熱くなっていきます。ありえません、ほんとダメです。無理です。完璧に寝てたはずなのに。寝てると思ってたからやったことなのに。

「一昨日も、昨日も……してただろ。その」
「ぅええっ、えっ、やっ、違います!違うんです!誤解、絶対に誤解です!」

 してました!一昨日も!昨日も!キス!はい私がやりましたなんて言えるわけないじゃないですか馬鹿!

「ていうか狸寝入りしてたんですか!?素直に起きればいいじゃないですか!起きてたならぁ!」
「狸寝入りしてたよ、してた。でもお前それ、認めてんじゃねーか」
「ふぐうう!」

 恥ずかしすぎて涙が出てきました。もうやだ。機織りをおじいさんに見られた鶴の心境です。翼があるならどこかへ飛んでいきたい。
 へなへなと腰が抜け、両手で顔を覆います。やばすぎます。必死に頭を回転させながら、言い逃れる方法を考えますが、エンジン空吹かしって具合になにも思いつきません。これ詰んでますよね。

「おい、レンカ……」
「み、見ないでください……」

 しかもこの人はこういう時も優しいのがずるいです。気遣うような、反省してるような声で名前を呼ばれたら、恥ずかしいですけど許しちゃいそうになるじゃないですか。許しませんけど。
 と、と彼が隣に座る気配。普通こういう時って、気まずすぎて先に行ったりしませんか。本当、最悪です。

「……悪かったよ。狸寝入りしてたのは、謝る」
「う……別、に。謝るなら、ゆ、許してあげますけど」
「ごめん……」

 どうしよう、彼の方が見れません。こういう時こそ、いつも彼に密かに掛けてる暗示が効くはずなのに、なぜだか彼は私を落ち着かせる選択肢を取るようです。
 背中を優しく撫で擦られて、ぴく、と肩が強張ってしまいます。シュウ、それは人が泣いてる時にする行動です。恥ずかしがってる相手にそれって、馬鹿にしてるんですか。私を気遣ってくれるのが嬉しすぎるからいいんですけど。

「言えないならいいんだけどさ……なんで、その……してるわけ」
「……理由は、理由はあります……ちょ、ちょっと、その……待ってください」
「うん……魔物娘特有の、なんかだったりするのか。そういうの、あっただろ」

 この人は。この、もう。馬鹿。そうですけど。あなたが好きなんです。第一の理由は。気づいてるかもしれませんけど。
 彼の言葉からは徹頭徹尾、こちらを気遣う響きしか感じ取れません。言葉に含まれる感情というのは、私みたいなのには敏感です。めんどくさいとかうざいとか、そういうマイナスの感情が含められているなら、一発でわかってしまいます。
 なのに、彼は私に優しい。もしかして私の暗示、効いてないんでしょうか。

「……」
「……落ち着いた?」
「まあ、多少は……その。わ、笑わないで聞いてくださいよ」

 数分、思考を巡らせて、てきとうにでっち上げた嘘の理由。暗示を使うまでもなく、これで騙せるでしょう。顔はまだ赤いですが、彼に目を向けて、真っ直ぐに見つめます。
 彼の二つの瞳に映る、一つの瞳の私。涙目で顔を赤くして、ブサイクです。

「笑わないって。で、なんでああいうことをしてきたんだ」
「……簡単ですよ。私だって女の子ですから、好きな人とキスするときの、予行演習です」
「……予行演習?」
「そうですよ。予行演習です。シュウは幼馴染ですから、私が女の子だってことを忘れてそうですけど。キスに憧れる女の子なんですからね、私も」

 どうですか、この完璧な言い訳。思わずニヤけてしまいます。シュウを本気にさせてしまったなら、罪作りな女ですね、私。

「レンカが俺以外の男と話してるところ見たことないのに……予行演習か。予行演習ね」
「わ、私は万人受けするような容姿じゃないですから。いつか運命の人が来るんですよ、失礼ですね」
「ごめん。今のはコンプレックスをつつくつもりじゃなかった」
「いいですよ。シュウはそういうところ優しいですよね。最近、学校で気になる女の子とかいないんですか」

 そう言うと、彼は私の顔を眺めながら少し考え込み始めました。じっと見つめられると、なんというか、目を逸らせなくなります。なにを考えてるんですか、この変態は。
 そうしてちょっとだけ待つと、彼はおもむろに口を開きました。

「いる。気になってる子が、一人だけ」
「えっ……そ、そうですよね。シュウも年頃の男子なんですから、当然ですよね」

 はっきり言って、彼の言葉はショックでした。だってそれが本当なら、私はきっとすぐにでも彼から見限られるはずです。

 ――私が彼に掛けている暗示。それは普段から、触手眼と彼の目が合うたびにちょっとずつ染み込ませている暗示です。
 それは、簡単に言うと「気になる異性以外の異性はどうでもよくなる催眠」です。一人の気になる異性が出てくれば、あとはもうその人との距離を縮めることにしか興味がなくなる暗示。
 これを少しずつ、百パーセント中の一ずつ掛けて馴染ませていきました。彼がわざわざ私の触手眼と目を合わせる機会なんてのはそれほどないので、どれくらいの進行度かは私にもわかりません。それでも、掛けれる時には掛けています。
 私は彼の身近な異性とはいえ、所詮は幼馴染。しかも、ゲイザーなんていう見た目の悪い魔物娘です。世に魅力的な女性が溢れている中で、わざわざゲイザーを選ぶような風変わりな人はいません。いつまでも、彼が私に甘えていてはいけないんです。
 正直、これをやろうと考えた時は、とても辛かったです。ずっと一緒にいたいと思ってましたし、今でも思っています。それでも、彼が幸せになる権利を阻害しちゃいけません。私には私の、彼には彼の人生がある。遮ってはならない、越えてはいけない境界線です。
 彼のことが好きだからこそ、私がそうしてあげないといけない。魔物娘は人の幸せを願うことがなにより幸せですから。

 彼はじっと私の瞳を見つめて、黙りこくっています。胸の中でなにか熱いものがこみ上げてくるのを、私は必死に誤魔化します。彼が見ている前で、そんな理由で泣くわけにはいきません。

「そ、その子っていうのは、同じクラスなんですか。私のクラスとか、違う学年とかですか」
「いや、レンカのクラスにいる子だよ。ずいぶん前から気になってたんだけど、なかなか告白するタイミングなくて。下手に交流がある分、告白とかそういうことをするのも恥ずかしいしさ」
「それは、しょうがないですよね。でも、男の子ががんばって告白してくれれば、女の子は答えてくれるものですよ」
「……そうなのかな。それでさ、俺もちょっと思ったんだけど」
「……? なんですか?」

 シュウは少しだけ躊躇って、視線を落としました。いまさら私に言い難いことでもあるんでしょうか。遅刻とか、はまだまだ時間ありますから、多少話していても問題ありませんし。
 しばらくそうしていたかと思うと、彼は視線を上げて、こっちに頭を下げてきました。一瞬見えたその表情は、まるで告白する時のように真っ赤で。

「恥を忍んで、頼む。俺と練習してくれ」
「……練習?え、なんのですか?」

 思わず聞き返しました。理解が追いつきません。
 けれど彼は、本当に覚悟したのか、頭を下げたままお願いをしてきました。

「告白の練習。それだけじゃない、デートの練習も、キスの練習もしてくれ」
「……えっ、え、ど、ええ?なっ、なんで?」
「さっきレンカが言ってただろ、予行演習って。お前も言うように、練習は大事だと思ったんだ」

 意味が、意味がわかりません。練習?なんの?恋人の練習?私と?

「こんなこと、お前にしか頼めないんだ」
「そ、いや、そんなこと練習しますか普通。いやいやいや、当たって砕けろの精神っていうじゃないですか。なんで練習なんですか。遊びじゃないんですよ恋愛は」
「遊びじゃないからこそだろ。俺はお前以外、異性の友達も知り合いもいないんだよ」
「だからって……」

 彼が頭を下げてくれていて助かりました。私の顔はまた真っ赤に染まり始めていて、またも両手で顔を覆いたくなるくらいです。だって、練習とはいえ、私が彼と恋人になるなんて。練習ですけど、でもそれでも十分以上に嬉しいのは現金な性格と言いますか、役得的な。
 こ、これは受ける以外の選択肢がありません。四択が「はい」「イエス」「了承」「オッケー」になるくらいの全面同意具合です。フィフティ・フィフティも必要ないです。全部正解です。幼馴染最高です。生きていてよかったと思ってしまいます。

「な、なあ……頼む」
「し、しっかたないですねー!シュウはいっつもいっつも私に甘えて部屋も片付けないし朝起きないし気遣いも下手くそですけど、だからこそ幼馴染として私が矯正してあげないとダメですよね!」
「い、いいのか?なんかめっちゃ貶されたっぽいんだが……」
「もっちろんですよ!私は頼れる幼馴染ですからね!練習相手としては理想的じゃないですか!私とシュウの仲ですもんね!」
「本当か!よかった、ありがとう……本当にありがとう、レンカ!」

 花も咲く笑顔でこっちに顔を向けて、喜びからか私に抱きついてくるシュウを、ニヤける顔を抑えながら抱きしめ返してやります。ヤバいです。私の絶頂期到来です。幸せデイズの開幕です。

「これからよろしくな、レンカ!」
「任せてくださいよ!シュウを、最高の彼氏にしてあげますからね!覚悟してくださいよ!」









――ちなみに、これがそういうことだと気づいたのは一ヶ月くらい経ったあとでした。
16/05/26 21:10更新 / 鍵山白煙

■作者メッセージ
毒舌敬語に目覚めました。続きません。

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