読切小説
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夏の日の新規入居者(たち)
 品のない言い方をするなら、岸川家は金持ちだ。
 外資系企業でバリバリ働く両親のおかげで、これまでお金で困った事はない。
 反面、家族で過ごす時間が少なくなりがちなのが難点といえば難点だったが、元々あまり淋しいと感じない性格だった事も手伝って、岸川光太郎は自分の境遇に不満を抱いた事はなかった。
 金銭的に余裕があるからといって両親が息子を甘やかしているかといえば、そんな事もなかった。光太郎の月々の小遣いは人並みで、それ以上に必要なら自分でバイトでもして稼げと言われている。
 事実、彼はそうしていた。けれど同時に、やはり自分は甘やかされてもいたのだろうと思う。
 親馬鹿なのか罪悪感なのかは知らないが、急に両親揃って長期で海外に行かなければならなくなったからといって、お手伝いさん付きのマンションの部屋を用意して行かれては、そう感じるのも無理はない。
 所詮バイトとはいえ、高校生なりに社会経験も積んで自信を深めていたのに、結局一人では生きる事もままならない現実に、光太郎は地味にヘコんだものだった。

          ◇

 不快な音で目が覚めたのは、ある夏の日の朝の事だった。
 低く唸るような、振動するような音が何処からか聞こえてくる。
 虫の羽音のようだと光太郎は思った。それは、彼が最も嫌う音だといってもいい。
 一瞬にして睡魔は去った。これまでにないくらいスッキリとした目覚めだが、まるで感謝する気にならない。
 何もかけずに寝ていたベッドの上で、光太郎はムックリと起き上がる。寝癖のついた髪を掻き上げ、寝乱れたタンクトップを直しながらベッドを下りた。
 羽音はかなり大きい。既に背筋は冷え、鳥肌も立っている。
 本当は音源に近づくのも嫌だったが、この音の主を放置しておく方がよほど恐ろしい。今は姿が見えないからいいが、例えば寝ている間に顔の付近を飛ばれたり、目を覚ました瞬間に大きな羽虫の姿を目にしたりしたら、誇張抜きで気絶する自信がある。
 後顧の憂いは断たねばならない。そんな強い決意と共に、光太郎は殺虫剤のスプレーを手にした。
 羽音は天井裏から聞こえてくるようだった。
 光太郎は耳を澄まし、より音が大きく聞こえる方へ歩いていく。対面式のシステムキッチンのあるダイニングから、大きなガラステーブルの置かれたリビングを抜け、脱衣場からバスルームへと。
 ここまでくると、羽音は足が竦むほど大きくなっていた。天井裏にはどんな地獄絵図が広がっているのかと、不安が湧き上がってくる。
 光太郎の頭の中では、以前テレビで見たスズメバチ駆除のドキュメンタリー映像が再生されていた。羽音だけから判断するなら、天井裏にある巣は、あんなレベルではない。みっしりと隙間なく蜂の巣が詰まっていてもおかしくなかった。
 自分の手には負えないかも知れない。そんな恐怖に囚われる。右手のスプレー缶が、酷く非力なものに思えた。
 業者を呼ぼう。そう光太郎は決意した。過去にスズメバチに刺された経験があるだけに、蛮勇は文字通り命取りだった。
 踵を返そうと一歩退き、そこで――
 みしり、と天井が軋む。
 バスルームの天井にある、配線工事などのために天井裏へ上がるための入口の蓋が膨らんでいるように見えた。何か相当の重量を持つものが、そこに存在するのだろうと思われた。
 ヤバい、と光太郎は表情を引き攣らせる。
 しかし時すでに遅く、バガン、と天井の蓋が踏み抜かれる。そして、
「――ふぎゃ!?」
 そんな悲鳴と共に何者かがバスタブへ落ちた。


 前日のお湯が残るバスタブは、餌を放りこんだ鯉の住む池の如く水飛沫が上がっていた。
 わざとやっているのかと思うほど暴れる何者かのせいで、光太郎は全身ずぶ濡れになっていた。目にお湯が入ったせいで滲む視界は、何やら黄色い。そして所々黒い。
 目許を拭って改めて見てみると、バスタブに浸かっているのは一人の少女だった。より正確には、少女のような外見をした何かだ。
 見た目は可愛らしかった。顎のラインで切り揃えたようなショートの髪に、大きな目。体型的には細身だが、女性らしい曲線的なシルエットは失われていない。
 しかし、そんな第一印象を真に受けてはいけない事を、光太郎は知っていた。目の前にいるのは、見た目通りの少女などではない。
 というか人間ではない。
 普通の人間は頭に触角など生えてはいないし、背中に半透明の翅を持ってもいない。そこまでならコスプレで説明もつくだろうが、腰の後ろには明らかにそれでは説明不可能なものが付いていた。
 昆虫の腹のような器官が。
 魔物である。
(ハニービーかな……?)
 手足をバタつかせながら翅も震わせているせいで、異常なまでに立っていた水飛沫が少し静かになってきているのを眺めながら、光太郎は当たりをつける。それは、ミツバチと似た生態を持つ事で知られる種族だった。
 そうこうしている間にも、水飛沫は静まっていく。少女の動きも緩慢になり、突然バスタブに落ちた混乱も収まってきたのだろうと思われた。が、
(……あれ?)
 何故か少女が顔を上げない。
 まさか、と光太郎は思う。彼女は混乱して暴れていたのではなく、溺れかけていたとでもいうのか。
「嘘だろ……!」
 何処から迷いこんで来たのかも分からない、何処の誰かも知らない相手に自室で死なれては堪らない。慌てて駆け寄り、光太郎はバスタブから少女を引き上げた。
 水着と大差ない露出度の少女は、ぐったりと床に横たわっている。濡れた髪が貼りついた頬は、心なしか青ざめて見えた。
「まずったな……」
 自責の念にかられながら、光太郎は呟く。
「もっと早く助けるべきだったか」
「そうです。責任取って、人工呼吸してください」
「意識あるんじゃねえか」
 当たり前のように独り言に応答する少女に、光太郎は反射的に手刀でツッコんだ。
「あ痛っ!」
 ちょうど起き上がろうとしたところだったらしい少女は、カウンター気味の手刀と、その反動で一瞬遅れて床に後頭部をぶつけるというコンボを食らい、涙目でのたうち回る。
「酷いです! 酷い人間です! 落とし穴に落として水責めにした挙句、頭を二回も叩くなんて……!」
「四分の三は自爆じゃねえか!」
 カウンター気味になったのは、彼女の運が悪かっただけだろう。つまり、彼女が全部悪い。
「傷物になりました、もうお嫁に行けません。責任取ってください」
「ハニービーが何処に嫁に行くんだよ!?」
「それは、つまり婿になら来てくれるという事ですか――!?」
「言ってねえ!」
 頭痛を堪えるように、光太郎は額に手をやる。
 魔物の思考がピンク色なのは聞き及んでいたが、まさかここまで都合よく変換されるとは思わなかった。
「つーか、どっから入ってきたんだ、お前……」
「……はて?」
 戸締まりはしっかりしていたはずだと思いながら訊く光太郎に、少女は、やや古くさい擬音を口にしながら小首を傾げる。
「眠い目を擦りながら、フラフラ〜っと飛んでいたのは憶えてるんですけど……」
「どうやったら、フラフラ〜っと天井裏に入りこめるんだよ」
 セキュリティの問題なのかどうかは分からなかったが、一応、某有名警備保障会社が二十四時間頑張っているのだ。魔物とはいえ人間と大差ない体格の彼女が、外から天井裏へ入りこむ事は難しいはずである。
「分かりませんけど、事実として入ってこれてるので、どうにかなるんだと思いますよ?」
「……まあ、そうなんだろうけどさ」
 全国的に名を知られている会社のセキュリティに穴がある事を見せつけられて、落ち着かないのも事実だった。

          ◇

 ところで、と少女は話題を変えた。
「私とエッチな事しませんか?」
「やだ」
 無表情で即答しながら、光太郎は立ち上がる。
「ええ〜!?」
 少女は泣きそうな声を上げながら、さっさとバスルームを出る光太郎の後についてくる。
「でもでも、すっごく気持ちいいですよ? って、ああ、これじゃ自画自賛みたい……。あのあの、自信がある訳じゃないんですけど、気持ち良くなるように精いっぱい頑張りますから。一回だけ……」
 軽くテンパりながら縋るように言われても、光太郎は光太郎で頷く訳にはいかない理由があった。
 そろそろ乾き始めているのか、少女の翅がゆっくりと動き始めているのだ。
 完全に乾いたら、またあの羽音を聞く事になる。そう考えただけで鳥肌が立った。あの血の気が引く感覚は、理屈や感情でどうにかなるものではないのだ。
「……羽虫は嫌いなんだ」
 少しだけ少女に申し訳なく思いながら言うと、
「は、羽虫……」
 リビングに出た辺りで少女が崩れ落ちた。
「酷いです。こんなくちゅじょく、初めてです」
「言えてないぞ」
 たぶん屈辱と言いたいんだろうと、光太郎は脳内で補完する。
「羽虫なんて、こんな可愛くないですし、人間を愛したりもしませんし……」
「だいぶいい性格してるな、お前」
「羽虫なんて、刺して血を吸ったり痒くしたり、そんなんばっかです」
「実感こもってるなぁ」
「輪姦された気分でした」
「知らんわ」
 特に同情する事もなく、半眼で素っ気なく切り捨てる光太郎に、少女はとうとう半ギレ状態で、
「ていうか、こんなナイスバディを前に欲情しないとか、それでもオスですか!」
「誰がナイスバディ?」
「うっ……すみません、ちょっと調子に乗りました。で、でも、形は綺麗だと思うんです」
 そう言って少女は、程々の大きさの胸を両手で掴む。それから上目遣いで、
「い、色も綺麗だと思うんですけど……見てみます?」
「いい」
「だから何で即答なんですか! ていうか何で魔物を前に理性を保っていられるんですか!」
「もともと感情が薄い方だから」
 本当にそんな事で魔物の魔力に抗えるのかは不明だったが、割と平気なのだから仕方がない。
 別に、彼女に魅力がないという訳でもないのだが。
 う〜、と悔しげに唸っていた少女は、何か閃いたように腰のポーチに手をやる。
「じゃあ、これもあげます! アルラウネの蜜! すっごく甘くて美味しいですよ。栄養もたっぷりですし、疲れも取れます……何ですか、その疑いの目は」
「魔物が持ってるものがエロい事に繋がらない訳がない。どうせ実は媚薬とかいうオチだろ」
「酷い偏見です! ……軽く理性が飛ぶ程度の媚薬成分も入ってますけど」
「偏見じゃねえじゃねえか! むしろ理性が飛ぶ分、より性質が悪い!」
 ゼーハーと呼吸を整えてから、光太郎はうんざりしたように頭を掻く。
「もう、お前の相手疲れた。入ってきたときみたいに、フラフラ〜っと出てけよ」
「そんな疲れに、アルラウネの――」
「甘いものは間に合ってます! アイスもジュースもチョコもクッキーも足りてます!」
 相手の声を掻き消す勢いで叫び、多少強引にでも追い出そうかと思ったところで、ふと光太郎は気づく。
「……お菓子…………」
 動きを止めた少女が、涎でも垂らすのではという勢いで目を輝かせている。
 チャンス、と光太郎は思った。
 どうやら少女は、お菓子に興味があるらしい。満腹になるまでお菓子を振舞えば、眠くなったり動きたくなくなったりするはずだ。いかがわしい事は有耶無耶にして、家に帰してしまえばいい。
 そんな打算を表には出さず、光太郎は彼女をソファへと招いた。


 少女の名前は、ハナ。日本人みたいな名前だから漢字にしてみました、と笑いながら、彼女は電話の横のメモ用紙に『葉奈』と書いた。
 ガラステーブルの上は、ダイエットに苦しむ女子が見たら世界を滅ぼす事を決意しそうな様相を呈していた。アイスやジュースやチョコやクッキーだけでなく、煎餅にポテトチップスに羊羹にポップコーンまで出ている。
 少し出しすぎて不自然かも知れないと不安になる光太郎を他所に、葉奈は満面の笑みで、それらを口に運んでいた。ピンク色の脳内は、すっかり別の色で塗り潰されているようだ。
 所詮は人間っぽいミツバチにすぎない、と光太郎は内心でほくそ笑んだ。追い討ちをかけるように立ち上がり、
「そういえば、貰い物のカステラもあったんだ。食うか?」
「カステラ……! 長崎名物ですね」
「そうそう。何か凄ぇ、いいやつらしいぞ。烏骨鶏の卵に、高級な砂糖に、ニホンミツバチのハチミツ使用とか書いてあった」
「それは凄いです。ぜひ食べてみたいです」
 声を弾ませる葉奈に待っているよう告げ、光太郎はキッチンへ向かう。
 カステラを切り分けて戻ってくると、口いっぱいにクッキーを頬張っていた葉奈が不思議そうに聞いてきた。
「ところで、こーちゃんは食べないんですか?」
「誰が、こーちゃんか」
 勝手な渾名で呼び始める葉奈に、光太郎はポップコーンを一つ投げつける。
 とはいえ、言われてみれば確かに空腹ではあった。起きてから何も食べていないのだから当然だ。かといって、お菓子で空腹を満たすというのもどうかと思われた。
 そんな事を考えながら、とりあえず光太郎はグラスを一つ持ってきて、葉奈の前に置かれていたパックからジュースを注いだ。
(昨日作ったポテトサラダがあるから、それ使ってサンドイッチにでもするか。あとはハムとチーズとレタスと……)
 クッキーを齧りながら頭の中でメニューを考え、グラスを口に運ぶ。と、
「……ん?」
 口の中のジュースが、何やら妙に甘い。普通のフルーツミックスなのだから、クッキーを食べた後で酸味より甘さを強く感じるはずがない。
 何となく嫌な感じがした光太郎は、行儀が悪いのを承知の上で口の中のジュースをグラスに吐き出した。だが、それでも幾らかは飲みこんでしまっており、舌の上には強烈な甘さが残っている。
 不思議なのは、その甘さが決して不快ではない事だった。甘い事は甘いのだが、スッキリしていてしつこくない。ガムシロップを直接飲んだような、頭が痛くなりそうな甘さとは明らかに違っている。
「何だ、これ……」
 戸惑いの表情で光太郎が口許を押さえていると、
「勘のいい人ですね。気に入ってしまいました」
 そう言って、対面に座る葉奈がニヤリと笑った。
「お前……! 何か入れたのか!」
「こーちゃんが悪いんですよ? カステラの話のときに、ハチミツがどうとか言うから」
 忘れてたのに、と続ける葉奈の言葉で、光太郎は敗北感に打ちひしがれる。
(俺も自爆したのか……)
 目論みが上手くいきすぎて、少し調子に乗っていたのかも知れない。
 葉奈は残っていたカステラを口に放りこみ、咀嚼して飲みこんでから、ゆっくりと立ち上がった。光太郎の方へとテーブルを回りこみながら、
「あんまり飲みこまなかったみたいですね。でも、それでも身体が熱くなってきてるんじゃないですか?」
 クスクスと笑い、小瓶から人差し指で蜜を掬う。
「初めてなら、このくらいでしょうか」
「……何だ、その、麻薬常習者が他人を引き摺りこもうとしてるような科白」
 憎まれ口を叩きながら、光太郎は固く目を瞑った。睡魔が復活した訳でもないのに目が霞む。というか、目の前の少女だけに意識が向く結果として、それ以外のものへの認識があやふやになっているというべきか。
(くっそ、マジで身体が熱い)
 同時に、どうしようもないもどかしさが襲ってくる。決定的に足りていない何かを身体が渇望していた。
 そんな光太郎を見下ろしながら、葉奈は蜜に濡れた人差し指に舌を這わせる。扇情的に幾度か舐め上げてから、それを口に含んだ。
「我慢なんてしなくていいんですよ。大丈夫です。私、頑張りますから」
 屈託なく笑いながら小さくガッツポーズをし、ゆっくりと顔を寄せた葉奈は、そのまま光太郎に唇を重ねた。

          ◇

 氷を浮かべたジュースを飲んでいたせいか、葉奈の唇はひんやりとしていた。
 それでも光太郎の体温が伝わるにつれて、強張っていた唇は柔らかく解けていく。
 自信なさげな事を言っていた割に、葉奈のキスは巧かった。舌を差し入れられる事への抵抗を、光太郎から奪い去る程度には。
 直前に口に含んでいたアルラウネの蜜のせいか、葉奈の唇も舌も唾液も蕩けるように甘い。
 舌を絡ませているうちに頭がぼんやりとしてきた光太郎は、本当にこのまま溶けて一つに混ざり合うような錯覚に陥った。
 そうして唇を合わせながらも、葉奈の手は光太郎のタンクトップに伸びていた。裾から手を入れ愛撫をしながら、唇を離して銀糸を舌先で舐め取る。タンクトップを捲り上げて鼻先を彼の胸元にうずめると、うっとりしたように呟いた。
「いい匂いですねぇ……」
「匂いフェチかよ」
 皮肉られたと思った羞恥心から、光太郎はぶっきらぼうに言い捨てる。夏場なのだから、寝汗くらい掻いて当然だ。
 葉奈は構わず光太郎の胸に舌を這わせ、ビクリと反応する彼に笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。男の子だって胸は感じるものなんですから、恥ずかしくありません」
「恥ずかしいんじゃなくて、気持ち悪いんだよ」
 未だかつて感じた事のない感触に、光太郎の二の腕には鳥肌が立っている。
「あらら、実は童貞さんだったりしますか?」
「……うっせ」
 気まずそうに目を逸らす光太郎に、葉奈は好ましげな笑みを浮かべた。
「まあまあ、誰にだって初めてはありますよ。でも、それならシンプルにした方がいいかも知れませんね」
 何やら上から目線で言いながら、葉奈は光太郎の股間をスウェットの上から撫でさする。
「もう、すっかり硬くなってますね……。準備、要らないかも」
「さっきの、何とかの蜜のせいだろ」
 敗北感に苛まれながら光太郎が言い返すと、またまたー、と葉奈は笑った。
「本当は私の魅力にメロメロなくせに」
 この物言いにカチンときた光太郎は、無言で葉奈の胸に手を伸ばす。チューブトップらしきものの上から胸を揉みしだくと、不意討ちだったのか、うひゃあ、と葉奈は驚いたような声を洩らした。
「な、何ですか急に」
「やられっ放しはムカつく」
「そんな……私が気持ち良くしてあげますから、こーちゃんは……あ、でも気持ちいい……」
 感じやすい性質なのか、葉奈はすぐに恍惚とした表情で呼吸を荒くし始める。チューブトップらしきものを捲り上げられ直接胸に触れられると、切なげな声が零れた。
 それでも我を忘れたりしないのは、流石に魔物というべきか。葉奈はゆっくりと光太郎を押し倒すと、彼のスウェットをパンツごと引っ張り下ろした。硬く屹立した男性器が姿を現すと、わ、と嬉しそうに笑う。
 自分の敏感な場所を這い回る熱く濡れた感触に、光太郎は身震いした。根本から先端へと何度も何度も舐め上げられ、最後にパックリと銜えこまれる。
 ぬるりとした唾液をたっぷりと湛えた舌で裏筋や尿道口を刺激しながら、葉奈はリズミカルに頭を前後させた。そして時折、そのまま光太郎の男性器を飲みこもうとしているかのように強く吸う。
 程なくして光太郎は限界を迎えた。腰を引くように痙攣する度に熱い欲望が吐き出され、それに合わせるように葉奈は尿道内に残る精液を一滴残らず吸い出す。味わうように口内の精液を舌で攪拌すると、コクンと飲み下した。
「あぁ……お菓子もいいですけど、やっぱりこっちの方がいいです」
「出したもの殆ど食い尽くしといて言う科白じゃねえ……」
「大丈夫です、こっちも食べ尽くしますから。まだまだ、いけますよね?」
「ちょ、ま――休ませろ!」
 却下でーす、と笑いながら、葉奈は自分の唾液でテラテラ光る光太郎の男性器を扱き始めた。
 調子に乗り始めている葉奈の態度に再びイラッときた光太郎は、上体を起こして虫の腹のような形状の彼女のお尻に手を伸ばす。
「ひゃあ!?」
 サワサワと撫でられて葉奈の手が止まった瞬間、力尽くで彼女を引っ繰り返し、上下逆に馬乗りになった。
 葉奈の腰回りは白くてフワフワした毛に覆われていた。彼女の秘裂の位置を探るために、光太郎はフワフワの中に手を差し入れる。
「ひぅ!」
 しゃっくりのような声を洩らす葉奈に構わず、彼はそのフワフワの中に顔を突っこんだ。
 肌触りを売りにする最高級毛布でも敵わないと思われる心地よさに包まれながら舌を這わせると、
「あ、あの……その辺の毛、邪魔だったら消しますけど……」
「器用だな、おい」
「ゃ……喋らないでください。息がかかって……」
「気持ちいい?」
 挑発的に言い放って、光太郎はわざと彼女の秘唇を指で開いて息を吹きかけてやる。
 直接触れられている訳でもないのに、葉奈は後から後から愛液を溢れさせた。ぅ〜、という悔しげな声が背後から聞こえてくる。
「やられっ放しがムカつくっていう気持ち、少し分かりました! だから、やり返します!」
 そう言うと葉奈は光太郎の腰をがっちりホールドし、再び彼の男性器を銜えた。
「うあっ……!」
 反射的に腰を引こうとしても、彼女はそれを許さない。光太郎は覚悟を決め、葉奈の股間に顔をうずめた。
「ひゃん! し……舌、入れないでください!」
「お前こそ、銜えたまま喋んな!」
 時々そんなふうに文句を言い合いながら静かな部屋に淫靡な水音だけを響かせ、やがて互いに我慢の限界を超える。どちらからともなく相手の股間から口を離し、光太郎は彼女の方へ向き直った。
「……入れるぞ」
「はい……、来てください」
 葉奈は迎え入れるように両手を広げ、潤んだ瞳で光太郎を見返す。
 いつの間にかフワフワの消えた彼女の秘裂を何度か先端でなぞってから、光太郎は一気に挿入した。
「あぁっ……」
 抵抗らしい抵抗もなく迎え入れられた男性器が子宮口に当たったのか、葉奈は声を洩らして背を仰け反らせた。いつの間にか目許に浮いていた涙の雫を一筋零しながら、彼女は光太郎の頭を抱き寄せ唇を重ねる。
 差し出される葉奈の舌を吸い、絡めながら、光太郎は腰の動きを速めた。正直、散々刺激されたせいで持続力など期待できない状態になっていた。ただ、アルラウネの蜜の効果なのか、彼の男性器は全くと言っていいほど萎える兆しを見せない。
 童貞のテクニックなどたかが知れいているので、手数で勝負と光太郎は決めていた。というか、そうでもしなければ自分も満足できない気がするのだ。やはり蜜の効果だろうか。
 葉奈の中のザラついた天井を亀頭で擦る度に、彼女の嬌声は大きくなる。童貞なりのなけなしの知識だが、相手が悦んでいるらしい事に光太郎は少し安心した。
 やがて最初の射精を迎えると、暫く呼吸を整え、抜かないまま今度は葉奈が上になった。光太郎の胸に両手を置いて、蕩けた表情で腰を上下させ、くねらせる。
 ぐちゅぐちゅという音に合わせるように葉奈の胸が揺れていた。当人はサイズに自信がないようだったが、光太郎にしてみれば充分な大きさだった。素直に綺麗だと思う。
 胸に手を伸ばすと、葉奈の声がまた大きくなった。先端を少し強めにつまんでやると、唐突に彼女の身体がビクビクと震えた。そのままパタリと光太郎の上に倒れこむ。
「酷いです……」
 自分だけ先にイかされた事が屈辱だったのか、少し拗ねたような声だった。
 光太郎は小さく笑って葉奈を横たえる。それから彼女の脚を片方持ち上げ、肩に担ぐようにして挿入した。
「やっ、ちょっと待って! 今はイったばっかりで敏感に――ああん!」
 初めは光太郎を押し退けようとした葉奈も、彼が動き始めると抵抗も出来ずに喘ぎ始める。
「うう……さっきまでより深いです……!」
 大きくなる自分の声が恥ずかしいのか、曲げた自分の指に噛みつく葉奈は、子宮口を突き上げられる度に、んっ……んっ……、と色っぽく啼いた。
 そうして再び射精。まだ抜いていないのに、葉奈の股間からは精液が逆流して溢れてきていた。
 あまりにも彼女が恨みがましい目で見上げてくるので、光太郎は苦笑しながら葉奈に唇を重ねる。どうやらキス好きらしい彼女が満足するまで舌を絡め、頭を撫で続けた。

          ◇

 その後も攻守を交代しながら、二人は幾度となく繋がった。
 気づけばお昼を回って、時刻は午後二時になろうとしている。間に小休止を挟みはしたものの、ほぼ半日ぶっ通しでヤり続けたのだ。
 当然、二人は汗だくだった。それ以外の液体も混ざって、グッチャグチャである。
 けれど不思議な事に、光太郎は心地よい疲労以外のものを感じていなかった。朝起きてから殆ど何も口にしていないのに、空腹すら感じていない。
 これが魔物と交合するという事なのだろう、と光太郎は思う。人と魔物のカップルを指して『互いの存在さえあれば全てが満ち足りる』などと言われる事があるが、どうも比喩でも何でもなかったようだ。
 まだグッタリしている葉奈を残し、光太郎はバスルームへ向かった。流石に、このままでいるのは少し気持ちが悪い。
 その動きに反応して葉奈がゾンビの如く起き上がり、バスルームの外で『お風呂で、もう一回しますか?』などと言っているが、光太郎は容赦なく内鍵をかける。アルラウネの蜜の効果が切れたのか、もう一戦という気分ではなかった。
(……そういえば、天井抜けたままだったな)
 天井裏へ上がる入口の蓋が浮かぶバスタブを眺めて、彼は少しだけ憂鬱な気分になった。


 一悶着あったのは、二人共がシャワーで汗を流した後の事だった。
「絶対、嫌だ!」
 そう言って光太郎が、葉奈の暮らすハニービーの巣へ行く事を強硬に拒んだのだ。
「どうしてですか!?」
「だってお前の巣って、要は羽虫地獄だろ! そんなの普通に発狂して死ぬ自信あるぞ、俺」
 性的興奮状態が収まった事で、再び葉奈の背中の翅に意識が向くようになった光太郎である。これが何十人、何百人といるところへ行くなど、彼にとっては自殺と大差ない。
「また羽虫って……」
 いじけたようにソファの上で膝を抱える葉奈は、涙目でキッと光太郎を睨みつけた。
「あんまり言うと、私だって怒りますよ! 刺しますよ!」
「よせ、馬鹿! 刺したら抜けなくなって死ぬだろ、お前!?」
 確かミツバチの針は、命と引き換えの一回きりだったはずだ。が、
「大丈夫です、あくまでミツバチっぽい何かなので」
「何か、て……」
「それに、どちらかというと私たちが抜く側ですし……」
「上手いこと言ったつもりか、このやろう」
 ちょっと褒めて欲しそうなドヤ顔に向かって、光太郎はクッションを投げつける。
「とにかく、お前の家に行くのだけは、絶対に嫌だ!」
「……どうしてもですか?」
「どうしてもだ」
「うう……」
 単純に女王の臣下としての務めを果たせないこと以上の悲しみや淋しさを湛えた葉奈の表情に、光太郎の中で罪悪感が疼く。けれど絶対に負けられない戦いが、ここにはあるのだ。
 ゆっくりと立ち上がり、とぼとぼと玄関へ向かう葉奈にかける言葉もないまま、光太郎は自己嫌悪で俯く。彼女が出て行った後のドアの閉まる音に、くしゃりと前髪を掴み唇を噛みしめた。
 たかが虫の羽音ひとつがどうしようもなく怖い自分の不甲斐なさに、胸を掻き毟りたくなる。
 まるで失恋したような気分だった。

          ◇

 そうして、何も変わらない朝が何日も続いた。
 いつも通りに目を覚ますという、今までに数えきれないほど繰り返してきた事が、酷く味気なく感じられる。
 ベッドの上で上体を起こして暫くぼんやりするのが、光太郎の習慣になっていた。
 今日も羽音は聞こえない。間違いなく安心しているのに、少し悲しい。
 やがて彼は諦めたように小さく息を吐き、ベッドを下りる。服を着替えて寝室を出、廊下を歩いてリビングへ。
「おはようございます、こーちゃん」
 突然聞こえてきた声に、光太郎はドアレバーを握ったまま固まっていた。
 何故かキッチンで、光太郎のエプロンをつけた葉奈が朝食を作っている。
「……スクランブルエッグにアルラウネの蜜を入れようとするのはやめろ」
 再会して最初の言葉なのだから、もう少し別な事を言いたかったと、光太郎は少しだけガッカリした。
「駄目ですかねー……」
 美味しいのに、と名残り惜しそうな葉奈の表情に、変な笑いがこみ上げてくる。
「……何で笑ってるんですか?」
「笑ってねえよ」
 同じように笑みを堪えきれていない葉奈に応えながら、
「つーか、何でお前、ここにいるんだよ。どっから入ってきた」
「えーと、確か……眠い目を擦りながらフラフラ〜っと飛んでたら……」
「お前は寝惚けながら飛んでたら、何処にでも侵入できそうだな」
「ここだけですよ」
 照れたように笑う葉奈に、光太郎も苦笑を返した。


「で、結局、何で戻ってきたんだ?」
 もしかしたら女王から改めて光太郎を連れて来るよう命じられたのかも知れないが、光太郎は今でも彼女たちの巣へ行く気はない。正直に言えば葉奈との再会は嬉しかったが、それはそれである。
 対する葉奈は、
「実はですね……。こーちゃんの事を報告したら、姫様が『彼が来たくないと言うなら、こっちが行けばいいじゃない』と仰いまして」
「……は? えっ……まさか、巣ごと移動!?」
「はい」
「何だ、そのフットワークの軽い女王! ……いや、待て。姫様、って言ったか?」
 陛下ではなく、姫様。つまり、娘だ。
 どういう事だ、と光太郎は思考を巡らせる。
「まさか、分蜂か!?」
「はい。このたび姫様が、めでたく一人前となられまして」
「つまり、このマンションが新しい巣!?」
「姫様とは昔から仲が良かったので、ちょっとだけワガママも聞いてくれたんです」
 そう言って葉奈は、些細なズルをした者に特有の気まずそうな笑みを浮かべた。
「けど……他の部屋の人たちは、どうなるんだ?」
「既に私の仲間たちが各部屋に配置されてますし、管理人さんやオーナーさんとも話がついてます」
「……それ絶対、肉体言語で話つけただろ」
「勿論です。性的な意味で、ってやつですね」
 茶目っ気たっぷりにウィンクなどしてみせる葉奈に、光太郎は頭を抱えた。これでは、まるで自分がマンション中の人を巻きこんでしまったようではないか。
 とはいえ既に話がついているなら、もう何を言ったところで無駄だろう。
 諦めたように溜息をつき、光太郎はダイニングテーブルの椅子に腰を下ろす。と、そこで不意に気づいた。
「あ、れ……? そういえば、お前。その翅……」
 ズブ濡れな訳でも何でもない万全の状態の葉奈が目の前にいるのに、あの不快な音が一切聞こえてこないのだ。
「あ……、気づいちゃいましたか」
 出来れば気づかれないに越した事はなかったといった様子で、葉奈は微笑む。
「他の仲間たちは難しいと思うので、そこでは耳栓でもしてもらうしかないんですけど、少なくとも私は、こーちゃんの前では絶対に羽音を立てません。こーちゃんが安心して過ごすためのこの部屋の環境は、私が守ります。お外へ行くときも空は飛ばずに、こーちゃんの隣を歩きます」
「葉奈……」
 決意に満ちた彼女の真っ直ぐな眼差しに、光太郎は言葉を失った。しかし、やがて――
「それって結局、お前がこの部屋に居つくための方便だよな?」
 返ってきた言葉が期待したものと違っていたためか、もう、と葉奈は拗ねたように頬を膨らませる。
 その表情があまりにも可愛らしくて、おそらく光太郎は初めて、彼女の前で屈託のない笑顔を見せた。
「もう……」
 そうして葉奈も、つられたように花開くような笑みを浮かべたのだった。
14/08/18 17:53更新 / 柚木 蒼

■作者メッセージ
 そんな訳で、先日、何処からか迷いこんできたミツバチの羽音で目を覚ました元azureです。このたび改名して、柚木蒼(ゆのき あおい)になりました。
 虫の羽音が本気で怖いです。鳥肌立つし、背筋は寒くなるし、身体が硬直して変な汗出るし。
 なお本来の分蜂は、一人前になった娘に家を託して部下の半分と共に新天地を目指すアグレッシブかーちゃんな習性なのですが、本作のハニービーは人間に近い価値観も持ち合わせているという演出のために、娘が新天地を目指す独自設定になっています。
 作中で書き忘れたのでここで補足しますが、上から目線だった葉奈ちゃんも実は初めてでした。どうでもいいですか、そうですか……。
 そして結果から言うと、光太郎は夫としては姫様に気に入られる事はありませんでしたとさ。

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