読切小説
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おめでたゴブリン
 数年間の行商人生活を終え、ようやく自分の店を持てたのが先月の事だった。
 魔物と人間が共に暮らすそれなりに大きな国の、路地裏にある小さな店。本当は母国で店を出したいところだったが、母国は教団の統治下にあり、そう言う国は大体教団への上納金が高すぎて手が出せなかったのだ。
 そんな理由で故郷に錦を飾れないのは残念だったが、しかし結果的に親魔物国で開店したのは悪い選択では無かった。
 店を出したとはいえこの立地条件の悪さでは大した儲けは望めないと覚悟していたのだが、店を出してみて一ヶ月、売り上げはそれほど悪く無かったのだ。
 最初は不思議に思っていたが、しかし考えてみればそれも当然の事だった。
 魔物娘の世界では何事よりも恋愛事情が優先される。当然店は開いたり開かなかったり。商品は届いたり届かなかったり。全ての店がそうだとは言わないが、そういう事も少なくは無い。そこできっちりとした時間に店を開け、恋愛を豊かにするような道具や食材を取りそろえておき、注文通りに商品を届ける配送サービスまで完備していればそれなりの儲けが出るのも当たり前だった。
 まぁ、定時に店を開けるのが当たり前で、魔界の品物を扱うなど言語道断の母国では成り立たない商売ではあったが。
 それに、この国は住み心地も悪くなかった。むしろ、少し悔しいが母国よりも大分住みやすいくらいだった。教団の妙な締め付けもなく、恐ろしいかと思っていた魔物達も、だらしない面もある物の、皆大らかで気のいい奴らばかりだった。おまけにサキュバスの魔王の影響下にあるおかげで魔物はみんな美人で可愛い女の子ばかりときている。
 全てが順調に進んでいると思っていた。
 このまま商売を成功させて、いずれは可愛い人間の嫁さんを捕まえて、母国で新しい商売を始める。それも夢ではないと思っていた。
 それなのにこんな事態を招いてしまったのは、ひとえに俺の油断が原因だったのかもしれない。
 正直、売り上げが良かったおかげで俺は色々と安心していた。気持ちが緩んでいた。しかし何事も隙を見せた瞬間に足元を掬われるのだという事を俺はまだ知らなかったのだ。
 ある日何の前触れもなく、俺は"人の道"を踏み外す事となった……。

 ***

『赤ちゃん、出来たみたい』
 営業時間終了後。在庫の数を確認をしている最中に、雇っている配達係の子から話があると呼び止められた。
 長くなるだろうからと言われたので、住居を兼ねている二階の事務所に移動し、開口一番言われたのがこの科白だった。
 彼女は頬を染めて、もじもじと太ももを擦り合わせるように身体を揺する。
 その度に膨らんだお腹が揺れた。いつもは胸当てしかしていないのに、今日に限ってゆったりしたワンピースを着ているのは、なるほど妊娠の為だろうか。
 年の頃は十五か六と言ったところだろうか、花も恥じらう可憐な乙女の口から「赤ちゃんが出来た」などと言われたら、誰もがどきっとしてしまうだろう。
 現に俺も「どきり」とした。あまり気持ちの良くない感情が入り混じった「どきり」だったが。
「……誰の子だ。ニコ」
 目を逸らしていた彼女はそれを聞くなり信じられないと言った目を俺に向けてくる。
 目を見開き、口元に両手を当て、目元に涙さえ滲ませる。
「私、店長以外に関係なんて持ってません。元はと言えば、店長が嫌がる私を強引に押し倒したのに。そんな言い草……」
 彼女はついに顔を覆って、肩を震わせ始めてしまう。
 静かな事務所内に、彼女のすすり泣きはよく響いた。
「俺が無理矢理お前を抱いたせいで、お前は俺の子を孕んでしまった、と?」
 彼女は何も言わずに泣きながら頷いた。
 色々と言いたいことがあったが、出たのはため息だけだった。
 何と声をかけてやろうかとしばし考えた後、俺は急に子どもの頃近所のいじめっ子にされた意地悪を思い出した。この空気を一変させるためにはこれが一番かもしれない。
「ニコ。お前その場で跳ねてみろ」
「出来ません。私のお腹には赤ちゃんが居るんですよ」
「……ジャンプしたらベロチューしてやる」
 彼女はすぐさま顔を上げてその場で大きく跳ねた。
 ワンピースを押し上げていた何かが跳躍と共に彼女の首元にまでせり上がり、そして着地と共に重力に従ってスカートをはみ出して地面へと落下する。
 床に叩きつけられたそれは軽快な音を立ててバウンドし、スカートの中に戻った。
 彼女は表情を凍りつかせ、俺は静かな怒りを燃え上がらせる。
「服から手を離せ」
 彼女の股間あたりで留まっていたそれは、何度か床の上に跳ねた後、静かに床の上に転がった。どこからどう見ても子どもが遊ぶゴムマリだった。
「う、うまれたー!」
「ほう? 俺の子はゴムマリだと?」
 じと目で少し睨みつけてやる。彼女は顔中に汗をかき、視線を泳がせ、そして最後に片目をつむって舌を出した。
「て、てへぺろ」
「可愛いからって何でも許されると思うなよ」
「で、でも可愛いってのは認めてくれるんだね」
「やかましい!」


 ニコは配達員として雇ったうちの従業員の一人だ。
 ぱっと見ただけでは人間の女の子にしか見えないが、実は彼女もまたゴブリンという種族の魔物娘だった。その証拠に頭からは二本の立派な角が生えている。
 見た目は若く、というよりもむしろ幼いくらいに見える。しかし外見に似合わずかなりの力持ちで、俺でも持ち運べないような重い荷物でさえ軽々運んでしまう程だ。そして年齢は何と俺よりも年上。面接のときの驚きは生涯忘れないだろう。
 基本的に悪い奴では無い。配達の場所を間違える事も無いし、時間にも正確だ。配達物をちょろまかした事も無い。まぁ、店内の商品はこの限りでは無いが。
 仕事はそこそこちゃんとやるのだが、いかんせん悪戯が過ぎるのが玉に瑕だ。そしてその悪戯の標的はなぜか俺になる事が多い。
 その度怒っては居るのだが、ニコが懲りた事は無かった。
 今回も怒鳴られた事など特に気にした様子も無く、むしろ目を輝かせて俺にすり寄ってくる始末だ。
「何よぉ。そんなに怖い顔しないでよ。いつもみたいにちょっとふざけただけだって」
 確かに、これがいつものような悪戯だったら笑って許してやるところだが、今回の悪戯はそう言う気にはなれなかった。
「俺とお前、一度も子どもが出来るような行為はしてないよな」
「……だって、誘っても店長相手してくれないんだもん」
「それなのに子どもが出来たなんて言われたら、他の男との間の子が出来たんだと思うのが普通だよな?」
 俺の言葉の意味を理解し、ニコは急に表情を無くした。
 何か言おうと口を開いては躊躇うように閉じて目を伏せる。唇は震え、目は泳いで、ちょっと可愛そうになるくらいに動揺している。
「ち、違うよ。私、そんなつもりじゃ無くて。私はただ、ただ……」
 勝気そうなその目じりに涙が浮かび始める。
 事実を告げて諭すだけのつもりが予想以上に彼女を追い詰めてしまったらしい。こちらまで動揺してしまいそうになる。だが、これだけはちゃんと確認しておかなければ。
「妊娠は、ほんとにしてないんだな」
「してない。してないよ。私店長以外の男になんて興味ないから。それに私まだ、しょ……」
「しょ?」
 聞き返すと、ニコは顔を真っ赤にしながらまくしたててきた。
「しょ、しょ、しょうがないでしょ。だって店長いっつも堅い顔して眉間に皺寄せてるんだもん。何だか時々怖いくらいだし、楽しそうじゃないし。
 べ、べ、別に店長を驚かせたいとか、笑って欲しいとかじゃないんだからね。店長がそんな顔してちゃ、お客さんだって逃げちゃうんだから。これはお店の為なんだからね」
 店の為になぜ妊娠したふりまでするのかつっこんでやりたかったが、まぁ妊娠していない事は本当なようだ。それが分かっただけでも、なんというか安心してしまった。
 俺は今も必死に何やら訴えているニコの頭に手を置いて、笑いかけてやる。
「心配したじゃないか」
 ニコはぽかんと口を開け、それから顔を伏せながらも、小さく一度頷いた。


 しかしまぁ、このニコというゴブリンは気を取り直すのが非常に速い。
 軽く俺に怒られただけでもべそかきそうになっていたかと思えば、今度は急に上機嫌になって腕を絡めて身体をくっつけてくる始末だ。
 この切り替えの早さは羨ましくもあるが、たまに少し呆れてしまう。
「ねぇ店長。ベロチューしてくれるんだよね」
 無邪気な顔でこっちを見上げながら、より強く身体を密着させて期待に満ちた視線を向けてくる。
 ニコの胸は控えめに言っても控えめで、つまりは控えめなのだが、それでもその身体はやっぱり女の子らしく柔らかく温かで。
 俺は湧きあがりそうになる感情を、必死に押さえつける。俺は人間、彼女は魔物。間違いを犯してはならない。
「しない」
「ぶー。店長の嘘つき」
「悪趣味な嘘を吐いたお前に言われたくはない」
「……それは本当にごめんなさい。でも店長の子だったら、私本当に欲しいって思ってるんだよ?」
 ニコは強引に俺の視界に入ってきて、歯を見せて笑った。
 俺は熱くなった顔を無理矢理反らして、わざとらしくため息を吐いてやる。
「お前みたいなちんちくりんに言われてもなぁ。胸もぺったんこだし」
「その割にはよく見てるくせに」
 ニコの愉快そうな笑い声が耳をくすぐる。
「私の太ももとか、お尻とかおへそとか、いっつも見てるでしょ。気付いて無いとでも思ってた?」
 耳元で鈴を転がすように囁いてくる。少し鼻にかかったような甘い声。
 子どものようにしか見えなくても、そこはサキュバスの魔王の影響下にある魔物。何気ない囁きでさえ男の心をくすぐってくる。
「この間の雨の日だって、寒くて立ってる私の乳首を」
「ばっ。何言って」
「店長ってやっぱロリコンなの?」
「違う。断固として否定する」
「でも、オークとかホルスタウロスみたいなおっぱいの大きいお客さんより、バフォメットや魔女みたいなロリィなお客さんの方が愛想いいじゃない」
「いや、それはほら、サバトは動く額も違うし、お得意様だから、な?」
 ニコは含みのある笑いで、とりあえず頷いて見せる。
「ま、そういう事にしてあげる。でも、残念だなぁ。せっかく母乳も出るように準備してきたのに、こんなにすぐばれちゃうなんて」
「母乳!?」
 思わず平たい胸を見てしまう。はっとなって視線を上げると、ニコがにやにや笑っていた。
「見たい?」
「べ、別に俺は。でもそうだな、お前がどうしても、本当にどうしても見てほしいって言うんだったら、ちらっと見るくらいは」
 子どもっぽいところもあるニコの事だ。ここまで煽ればきっと意地を張って見せまいとして来るだろうと踏んでの発言だったのだが。
 ニコはことん、と俺の肩に頭を預けて来て、予想外の言葉を囁いた。
「ちょっとでもいい。私を見て、店長」
 俺は何も言えなくなり、言葉と一緒に生唾を飲み込んだ。
 ニコはそんな俺の顔に手を添えて、じっと瞳を見つめてくる。
「さっきの事もあるからちゃんと言っておくね。こんな事、店長にしかしないから。店長だけ特別なんだからね」
 澄んだ空色の瞳が俺の姿を映し出している。俺だけの姿を映しながら、晴天を照り返す静かな湖の水面のように煌めいていて、その瞳に飲み込まれてしまいそうになる。
 ……まずい。このままでは、今までの我慢が全て水の泡に。
 ワンピースの裾を掴むニコ。既にその胸元の頂点は濡れて、肌に張り付いていた。
 わずかに、本当にわずかに曲線を描くニコの胸。その頂の小さな果実が見事にぷっくりと膨れている。
 ミルクのような甘い匂いがするのは、やっぱりこれが母乳だからなのだろうか。
 胸の染みは見る間に広がっていく。染みが広がる程にニコの身体の線は強調され、甘い匂いも濃くなっていく。
「あ、あはは。見られて興奮しちゃったみたい。肌にくっついて気持ち悪いし、脱いじゃうね」
 ニコは顔を赤らめはにかみながらも、ゆっくりと裾を持ち上げていく。すべすべとしたおへそがあらわになり、肋骨の浮き出たスレンダーな身体が露出されていく。
 濡れたわずかな膨らみ。その先端の桃色の果実。鎖骨のくぼみ。噴き出してくる強い強いニコの匂い。
 ワンピースを脱ぎ終え、ニコはえへへと笑った。
「すっきりしたぁ。ねぇ、ちょっと飲んでみない?」
 ニコは胸を張り、無い胸を寄せるようにして俺の方に捧げてくる。
 目の前で誘うように揺れる二つの果実。まだ十分熟れていないそれは、、口に含めばきっと熟した果実とはまた違った楽しみを舌の上に与えてくれることだろう。
 ……ちょっと味見するだけなら。体液を味わってみるくらいだったら、別に交合するわけじゃないし……。
 ごくり、と生唾を飲み込む音で我に返った。
「ちょ、ちょちょちょっと待て。お前何言ってるんだよ」
 慌てて顔を逸らして額を押さえる。いったい俺は何を考えていたんだ。ニコが半裸で誘ってくる事くらい、いくらでもあったって言うのに。なのに今日に限って。
「駄目だよ店長。ちゃんと見て? 店長のためだけに母乳が出るようにしてきたんだよ?」
 ニコはじっとこちらを見つめたまま、目を細め、柔らかな笑みを浮かべている。
 駄目だ。負けるな俺。こんな誘惑に乗ってはならない。
 そうだ。真面目な事を考えよう。さっきの在庫確認の事を考えるんだ。数が足りなかったが、まぁでも無くなってしまった物はどうしようもない。被害額を取り返す方法を考えた方が利口だ。
 無くなったのは『フェロモン生成薬』と『母乳生成薬』だったか。サバト開発の新薬だったな。確か前者はジャイアントアントのように強烈なフェロモンを出せるようになる香水代わりの媚薬で、後者は産後の授乳プレイ、もしくはホルスタウロスのような搾乳プレイをするための体質改変薬だったか。
 短期間とはいえ体質まで変えてしまえる科学力を持っているサバトの連中は本当に末恐ろしい。しかもその頭脳が全部エロ方面に使われているというのだから、本当に……。
「ねぇ店長。聞いてるの? 舐めていいんだよ? 店長だけのおっぱいだよー」
 ニコが搾るように乳房を掴むと、その先端の乳首から白い蜜が滲み出す。
 甘い甘い、脳が溶けてしまいそうな匂い。ニコの匂いにも似ている匂い。
 乳首がだんだん大きくなってくる。違う、大きくなってるんじゃなくて、俺が近づいているのか。
 でもこうして見ていると、本当に美味しそうだ。さながら食べられるのを待っている、クリームたっぷりのパンケーキに乗っている可愛らしいレッドベリー。
 駄目だ。我慢しろ俺。確かにニコは可愛い。彼女の気持ちにだって気が付いてないわけじゃないし、俺自身も天真爛漫で少女のように瑞々しい彼女に惹かれ始めているのも事実だ。それは認めよう。
 しかしだからこそ駄目なんだ。こんな少女のような姿をした子に欲望のまま淫らな事をするなんて。それに俺は人間で、彼女は魔物なんだから。
 ……でも、逆に考えれば相手が人間の女の子じゃないなら別にいいんじゃないか? それにニコは実年齢なら俺より年上なんだし……。
「店長。我慢しなくていいよ。食べて」
 そうだよな。ニコ本人がこう言っているんだ。せっかく準備してくれたのに、食べない方が失礼というものだ。
 俺は顔にクリームが付くのにも構わず、そのベリーに舌で触れ、口の中に咥え込む。
 白い蜜が口の中に広がる。風味豊かでほのかな甘みが舌の上でとろけていく。
 舌で転がす程に溢れ出てくる蜜がたまらなく、俺は何度も果実に舌を擦り付けては啜る。
「あっ。店長、いいっ」
 ニコが何か言っている。ニコが……。ニコ?
「ぅわああぁっ」
 慌てて口を離してニコの身体を突き飛ばすようにして距離を取る。
 やってしまった。従業員に、魔物娘に手を出すなんて。おまけにとっさのこととはいえ、ニコに対して突き飛ばすような手荒な真似までしてしまった。
「済まないニコ。いきなり、その。乱暴してしまって」
 ニコは驚いたように目を丸くしていたが、とりあえず傷ついている様子は無かった。
 だが、俺の心配は杞憂だったらしい。ニコは気を取り直したように笑うと、いきなり俺の上にのしかかって来た。
「いいよ。抱いてくれたら許してあげる」
「お、おい」
 肩を掴んで押しのけようとするのだが、ニコの身体は一向に離れない。それどころかニコの身体はさらに強く密着してくる。
「そんな条件飲めるか。いや、許してくれなくていい。俺は乱暴で粗悪な男って事でいいから、とにかく離れろ」
「やだ。乱暴で粗悪な店長も素敵だよ。私、そんな店長でも愛せる。……私を、好きにして」
 耳元で囁かれて全身が熱くなるとともに鳥肌が立った。
「好きにしていいって言うなら離れろってば」
「ねぇ、いいじゃんしようよぉ。お願い、さきっちょだけでいいから」
 ニコは俺の首元にぐっと腕を絡み付かせながら、ズボンのベルトを外して脱がせようとして来る。
 対する俺はもがこうとするものの、このまま窮屈になったズボンもパンツも脱ぎ捨ててしまいたい衝動もあって、気持ちが揺れて力が入りきらない。
「それ普通男の科白だろ」
「大丈夫。天井の染みを数えてる間に終わるから」
「だからそれも」
 ニコの手がついに俺のパンツの中に滑り込んで、硬くなってしまった俺自身に触れてきた。
「商人だったら費用の分は取り返さなきゃでしょ? むしろ儲けも出さなきゃ、ね? それに口では嫌がってても、体は正直じゃない。こっちはもう準備出来てるみたいだよ?」
 男と言うのは何て悲しい生き物なんだろうか。チャンスさえあれば節操無く子どもを残そうとする。
 確かに商人としてもチャンスを生かし、費用を取り戻して節操など考えず儲けを出さなければならないが、しかしこのままでは子どもを"もうける"事になってしまうではないか。
 ……ちょっと待てよ。費用の分?
「お前まさか」
 耳元でニコが笑う。
「店長のご飯に媚薬とか魔界の食材混ぜようとしても、毎回上手くかわされちゃうんだもん。だったら自分に使って襲った方が早いし、ね」
「在庫が足りないと思ったら、またおま」
 いきなり唇を重ねられた。柔らかくて湿っていて、それから少し震えていた。唇から全身にぞくぞくした感覚が電流のように走り抜けていく。
 気持ちいい。キスってこんなにいいものだったのか。
「据え膳喰わぬは何とやらってジパングでは言うらしいよ。店長だって童貞ってわけでもないんでしょ? 私がいいって言ってるんだから、当然しちゃうよね」
 キスだけでこんなに気持ちいいんだ。魔物の身体はきっと、自分の右手なんかよりずっといいものなんだろう。ニコ本人だって、俺を求めてきてくれている。だけど……。
「でも断る」
「女の子を、その気にさせておいて?」
 ニコがじっと俺の目を見つめながら、顎を撫でてくる。でも、俺には俺の想いがあるのだ。
「遊びでお前を抱くつもりは無いんだよ。
 だからって勘違いするなよ。別に俺はお前の事を嫌いだって言うんじゃない。むしろ好ましく思っている。はっきり言って好きだよ。
 けどな、この先お前を幸せにしてやる自信も無いのに、一時の感情に流されてお前を抱く事は、俺には出来ない」
 教団の教えを子守唄のようにして育った人間の俺が、人間以外とつがいになるのはどうしても気が咎めていた俺が、魔物相手にこんな科白を吐くとは。
 だが、今の俺にとってこれが偽りの無い本心なのだ。種族の違いが気にならないといえば嘘となる。だがそれ以上に、俺の人生の博打に誰かを巻き込みたく無かった。それが大切に思っている人ならなおの事だ。
 遊び慣れた女相手だったらまだ違ったかもしれない。でも多分ニコはそういう奴じゃない。子どもっぽく悪戯好きだが、駆け引きが出来るような器用な奴でも無い。俺の願望が入っているかもしれないが、ニコは一時楽しみたいがためにこんな事をしているわけじゃ無いはずだ。
 ニコが笑みを消して黙ってしまったので、俺は苦笑いをしながら言葉を繋げた。
「童貞臭くて悪いな。でも、俺は本当に女の事はよく分からないんだ。娼館に行く金があったら溜めていたし、旅してる間は商人か馬車馬が主な話相手だったしな。笑いたきゃ笑っていいぞ」
「笑わないよ」
 身体を締め付けていたニコの腕から力が抜ける。
 両手を背中に回してきて、じゃれつくように抱きついて頭を俺の胸に擦り付けてくる。角が当たるのがちょっと痛かった。
「店長ってさ、どうしてそんなに私好みなの? 真面目でまっすぐで、悪戯するたび相手してくれて、たまに怒るけどすぐ許してくれて、仕事も信頼してくれて。おまけに童貞だなんて」
「最後の、必要か?」
「大事な事だよ。だって、そうじゃなきゃ店長を独り占め出来ないじゃん。男の人って、いつまでも昔の女を抱けるんでしょ?」
 だから童貞だって言ってるのに。そんな事を言われても困るのだが。
 にしても、なんか胸が濡れてきている気がする。温かい何かが染み込んできているようなこれは、ニコの、涙?
「わ、悪かった。お前に恥かかせてしまうような事を言って。だから、その、泣かないでくれ」
「な、泣いてないよ。こ、これはおっぱいがこぼれただけ」
「濡れてるの、明らかに頭がある位置なんだが。お前の母乳は目から出るのか?」
 胸の上でニコが噴き出した。それからくすくすと笑い始め、やがては声を上げて笑い出す。
「何だよ。そんなにおかしかったか」
「ううん。でも私、やっぱり店長の事大好きだなぁと思って」
 顔を上げ、ニコは涙で濡れた顔をくしゃくしゃにした。
「私は店長と一緒に居られたらそれで幸せだと思ってるよ。だから、したくなったらいつでも言ってね。私は大歓迎だから」


 泣いて、笑って、一息ついて。
 落ち着いたのはいいのだが、状況の異常さはあまり変わっていなかった。何しろニコは相変わらず上半身裸で、俺の膝の上に向かい合うようにして座っているのだから。
 正直目のやり場に困る。
「でもさ、せっかく母乳が出るのにこのままって言うのももったいないよ。店長もそう思うでしょ」
「そりゃ、まぁ」
「ゴブリンの私のお乳でも売れるかなぁ。やっぱホルスタウロスには敵わないかなぁ」
「……売る気なのか?」
 俺の顔を見るなり、ニコは笑う。
「店長が飲んでくれないなら」
 ニコは全身を揺らしてみせる。ぺったんこに近い乳房は全く弾んでいなかったが、必死に気を引こうとして来るようなその仕草はたまらなく可愛いかった。
 そう、可愛いんだよなぁ。どんな悪戯してても、結局これで許してしまうんだ。
 でも、流石に魔物とは言え年端もいかない外見の娘から母乳を吸うなんてのはあまりにも倒錯的過ぎないだろうか。相手がいいと言っているとは言え、いくら好きな相手だとはいえ。
「んー。いつも私の事可愛いって言ってくれてるおじさまだったらきっと高値で買って「待ってくれ」
 ニコの母乳が誰かの口に入ると聞いた途端、それまでの葛藤はどこかに行ってしまった。自分の気持ちを自覚し、ニコの気持ちを聞かされた今、もうニコの母乳を売り物にする事など出来ない。
「俺が、全部飲むよ」
「飲んでくれるの? さっきはそんな気無さそうだったのに」
 しかし、こうもしたり顔をされると流石に癪に障る。
「違う。これはその、そうだ。薬の効果を確かめるためだ。別にやましい気持ちは……」
「おちんちん硬くなってるけど、やましい気持ちは無いんだ」
 ニコのからかうような視線に対し、俺は目を逸らすしか無かった。
「まぁ、そういう事にしておいてあげる。でも、我慢できなくなったらいつでも私のおまんこに入れちゃっていいからね」
 ニコはずいと身を乗り出し、俺の目の前に果実をちらつかせてくる。
 限りなく平面に近いニコの身体。膨らみかけ、という言葉が本当によく似合う、熟れる前の小さな果実。緩やかで美しい曲線美。
 成長を期待させつつも、このまま少女のままで居てほしいとも思わせる、魅惑の乳房。
 いや、もうニコは成体だって言う事は分かっている。でもこの小さな身体は、幼く見えるというだけでも蠱惑的で、だけどこの子どもっぽい身体を前にすると罪悪感が先に出てしまって手が出しにくくて。
「ねぇ、触るだけじゃなくって、ちゃんと舐めてよぉ」
 自分でも無意識のうちにニコの肌に触ってしまっていた。温かくて、触り心地は絹のようだった。いつまでも触っていたかったが、当の本人は不満そうだ。
 白い露に濡れる小さな果実。一思いに喰い付けばいいのだが、この凹凸の少ない身体を前にしてしまうとどうしてもためらってしまう。
「早くしないと、おじさんに」
 俺は彼女を抱き寄せながらつぼみにむしゃぶりついた。
 背徳感が無いわけでは無い。でもニコは誰にもやる気は無いし、どんなに金を積まれたって彼女の一部だって売り物にする気は無い。
「もう。最初っから素直になってよ。風邪ひいちゃうじゃない」
 ニコは俺の頭に顎を乗せ、自分の身体へと抱き寄せてくる。
 髪を撫でてくる彼女の指は優しく、壊れ物を扱うように丁寧で、何だか母親に抱きしめられているような安心感さえ覚えてしまった。
 何だかおかしかった。ニコの身体はこんなに幼くて小さいのに、それなのに舌を転がすだけで乳首からは甘露が溢れてきて、頭を撫でられただけでこんなに胸が暖かくなるなんて。
「なんか、店長赤ちゃんみたい。可愛い。……あっ、んっ、いきなり吸わないでよぉ」
 なんだか悔しくなったので、少し歯を立てて強めに吸ってやった。
 それにしてもこれは何ともたまらない。舌を絡めて擦れば擦る程、甘くて濃い乳が滲み出てくる上、ニコの肌も汗ばんで強く匂いを発してくる。
「どう? ゴブリンの子どもおっぱいに吸い付いてる気分は」
 俺は乳首から口を離し、何とか言い返そうとするのだが、考えれば考える程顔が熱くなるばかりで言葉は一向に出てこなかった。
 その上、口を離している時間ももったいない気がしてくる。
「ほら、今度はこっち」
 微笑むニコの両手に導かれて、俺はもう片方の乳首をしゃぶらされる。
 悪い事をしてるんだろうか。でも俺はニコの事が大好きだし、ニコだって俺の事を……。それにニコはもう成人してるんだし、いくら子どもみたいな身体だって言っても。
 あぁ、もうどうでもいいや。ニコのおっぱい吸ってられたら、俺はもうそれで幸せみたいだ。


「ねぇ店長。気持ちいい?」
「んむぅ」
 俺は舌を転がしながら、小さく頷く。
「私も気持ち良くなっていい?」
「んむぅ」
 また頷く。俺だけこんなにいい思いをさせてもらうのも、なんだか忍びない。
「ありがと。じゃ、気持ち良くなろうね」
 これ以上の気持ち良さなんてあるんだろうか。大好きな人を抱き締めて、その匂いに包まれながら、おっぱい吸わせてもらいながら頭撫でてもらえる以上の幸せなんて。
 俺はもう、ニコの薄いおっぱいに夢中だった。他の事なんてもうどうでも良かった。
 だから急に股間のあたりが涼しくなって、かと思ったら俺のあそこがいきなり温かくてヌルヌルとぬめる何かに包み込まれて締め上げられても、最初は気持ち良さが倍増したなぁくらいにしか思っていなかった。
「んっ、入っ。あっ。これ凄く、おっきぃ」
 ニコが大きく震え、つやっぽい声を上げる。髪を撫でていた手に急に力が籠り、頭に爪が立てられる。
 何だか、物凄く気持ち良くて思考がままならなくなってくる。おっぱいを飲んでいるだけであそこまで煮え滾った鍋で溶かされているような感覚になるなんて。
 ニコの身体も、何だか上下に揺れているし……ん?
「あっ、やんっ。店長の、いい。たまん、ないっ」
 俺はニコの胸から口を離し、上から下までゆっくりと観賞していく。
 まぶたを落とし、頬を紅潮させて口の端からよだれを垂らした蕩け顔。ほんのり桜色に染まる細い首筋から細い肩への頼り無くも美しい曲線。ちょっと吸い過ぎてしまったようで、赤い痕の残る唾液と母乳で濡れる乳房。二人の体液が垂れ落ちて溜まっているおへそ。そしてニコのつるつるの股間に突き刺さっている、俺の男根……。
「にににニコさん。入ってるんですが」
 思わず声が上ずる。
「入れ、てんのよ」
「いやあのね。おっぱい当ててるのとは次元が違いますよ?」
「しゃべり方、変だよ? 店長」
 ニコは俺の瞳を覗き込みながら妖艶に笑う。幼い顔つきとその娼婦のような表情とのギャップに、俺はなんだかくらくらしてしまう。
 ニコが腰を動かす度、ぬちゅりと水音が跳ね、俺の男根に未知の快楽を与えてくる。熱湯で濡らした毛筆の束で揉みくちゃにされているような、泡立てられた生クリームを塗りこまれているような、言い様の無い感覚。
 俺の硬くなった男の象徴がニコの割れ目の奥に消えて行っては、赤く濡れながら顔を出す。
「ニコ。もしかしてお前も」
「初めて、だよ。嬉しい?」
 ニコはにぃっと唇の端を上げる。
 俺はたまらない気持ちになって、胸の奥からこみ上げてくる気持ちのままに無理矢理ニコの小さな身体を強く抱き締める。
 簡単に胴に腕を回せてしまう細い身体。折れてしまいそうな程に頼り無く見える繊細な身体。俺が汚してしまった。
「馬鹿。何やってんだよ」
「嫌、だった? 処女は面倒、だったかな」
「んなわけあるもんか。俺はお前を……。
 お前には幸せになって欲しくて。だから、いつ失敗するか分からない俺なんかよりはって、そう思って」
「店長と出会ってから、私はずっと幸せだもん。それに」
 ニコはその細い腕を俺の背中に回して、力いっぱい抱きついてくる。
「私はね、初めては一緒に不幸になってもいい人としようって決めてたの。店長と一緒だったら、きっと辛いことがあっても一緒に笑って乗り越えていけるって思えたから」
「商人てのはな、結構大変なんだぞ?」
「……私の相手をするより?」
 思わず、噴き出してしまった。それにつられて胸の奥からニコも笑い声を返してくる。
「私ね、ずっとこの身体嫌いだったんだ。人間はみんな子ども扱いしてくるし、これでも大人なのに男達は女として見てくれないし、でも」
 ニコはもぞもぞと動いて身体をより密着させてくる。おなか同士がくっつきあい、控えめの胸が俺の胸に重なって潰れる。そして足も、もう離さないとばかりに俺の腰に巻きつけてきた。
「こうやって全身を余すところなく店長に抱きしめてもらえるって考えると、小さな体も悪くないよね」
 どんな顔をしているのか。俺の視点からは赤褐色の髪の生え際と可愛いつむじと一対の角しか見えない。
 でもまぁ、俺の照れた顔も見られなくて済むし、ちょうどいいか。
 俺はニコの背中と後頭部に手を回してぎゅっと抱きしめる。
「あぁ。お前は小さくて可愛くって、本当に魅力的だよ。それにいつも素直で陽気で、なんだかんだで助けられてる。
 俺、今覚悟を決めたよ。辛い事もあるかもしれないけど、お前を絶対幸せにしてみせるから。だからずっと一緒に居てくれ。従業員としてじゃ無く、恋人として」
 ニコの身体が小さく震え、その角が縦にわずかに動いた。


「でさ、お互いの気持ちも通じ合ったところで、続き、しよ?」
 ニコは俺の胸の中から顔を上げ、濡れた瞳で見上げてくる。
 確かに俺達はまだ繋がったままで、俺もこのままというのは辛かったが。なんというか、本当にニコには悪い事をしてしまった気がする。
「ごめんな。初めてだったのにこんな中途半端で、台無しにしてしてしまって」
「私、店長の正直で一生懸命で不器用なところ、大好きだよ」
 全身がかぁっと熱くなる。
「ふふ、今ぴくってした」
「しょうがないだろ……嬉しかったんだ」
「それに、勝手にしちゃったのは私の方だし。……店長の舌使いがえっちなのがいけないんだからね。あんなにされたら、疼いちゃうよ」
 ニコは顔を赤くして目を逸らしてしまった。
 何だか夢中になっていてどんな舐め方や吸い方をしたのか良く覚えていないのだが、しかしこういうのは喜んでいいものなんだろうか。
「私のミルクあんなに飲んだんだもん、私も店長のミルクいっぱいもらう権利はあるよね?」
「俺は男だぞ。ミルクなんて」
「おちんぽミルク。ザーメン。種汁、雄汁、子種汁。せーえき。どんな呼び方がいい?」
 ニコはサキュバスに類する好色な光を瞳に浮かべる。
「欲しいの。大好きな人のを、おなかの奥に欲しい……。ふふ、またぴくぴくしてる。もう店長ったら分かりやすいんだからぁ」
「俺で遊ぶな」
「じゃ、遊びは終わりね」
 ニコは俺の身体から少し身を離して隙間を開ける。そして俺が制止する間もなく、自ら腰を振り始める。
 縦、横、だけでなく、腰をくねらせる様に、押し付けるように。
 その度不規則にニコの狭い膣の肉がうねり、すぼまり、俺を責め立てる。表情同様、その身体も子どもにしか見えないのに、身体の使い方も揺らし方も手馴れた娼婦のように淫らで、そのギャップがまた俺の理性をどこか遠くに飛ばしてしまう。
「お前、本当に」
「初めて、だよぉ。でも良くって、腰、止まん、ないの」
 自分自身に戸惑いながらも、その快楽に夢中になっている表情がたまらなく俺の雄を刺激する。
 段々としゃべる余裕も無くなってくる。全身の血液が腰元に集中し、そして腰元から射精感が登りつめてくる。
 だが、余裕が無くなってきているのはニコも同じようだ。顔も肌も、赤ん坊みたいに真っ赤に上気していて、目も潤んで正気を失ったかのように昏い。何かを堪えるように歯を食いしばって、よだれが垂れ落ちている事にも気が付いていない。
「ふ、あ、いいっ。あ、奥にっ」
 息遣いも荒く、艶っぽく、甘く。少女の身体には不釣り合いな程に官能的だ。
 ニコは肩にしがみつくように力を込めながら、昏い瞳で俺を見上げてくる。
「ねぇ、店長。私も自分のおっぱい飲んでみたい」
「飲みたいって、おま、くぅっ」
 細かな襞に裏筋やかり首を包み込まれ、思わず情けない呻き声が漏れてしまう。もうそろそろ限界だ。
「口移しで、飲ませてぇ。キスも、したいしぃ」
 ニコはまた胸を反らす。
 俺は彼女の身体を支えるように、腋の下に手を入れ、あばらのあたりまで撫で下ろしていって、狙いが外れないように彼女の身体を強めに掴む。
 そして身をかがめ、舌で乳首に挨拶してから口の中に頬張った。
「あぅう。やっぱりこれもいいっ」
 こりこりとした乳首を甘噛みしてから、強めに吸ってやる。
「い、あ。吸われて、あああっ」
 甘い甘い彼女の果汁を口いっぱいに頬張ってから。乳首に舌で別れを告げて口を離す。
 乳首との間に白い糸を引く唇を、そのまま桃色の少し薄めのニコの唇に押し付けて、舌から舌へと甘い蜜を垂れ渡していく。
 ニコの舌がもっともっとと舌を擦ってせがんでくる。その度ぴちゃぴちゃと白い乳が弾けて二人の顎を伝った。
 もう母乳を流し込んでいるのか唾液を流し込んでいるのか分からない。目的はもうとっくに達したはずなのに、それでも俺はニコの舌のとろける様な快楽を手放せなかった。
 やばい。これ、もうやばい。
 俺は彼女の細いウエストをしっかりつかむ。ニコもまた、俺の腰に回した足にぐっと力を込める。
 見つめ合ったままの彼女の目が『いいよ。そのまま出して』と言った気がした。
 俺は彼女の腰を引き寄せながら、自分の想いの全てを彼女の中に吐き出した。
 びくんびくんと俺は彼女の中で何度も跳ね回り、その度に彼女の爪が俺の肌に甘い痛みを刻み込んだ。
 長く、短い射精の後、俺達は見つめ合って、それからもう一度確かめるように深く口づけを交わし合った。

 ***

 自分の店を持って約一年。俺もようやく店主としてそれなりに店を安定して回せるようになってきていた。
 失敗する事もあったが、へこたれずにやって来れたのは恋人であるニコのおかげだ。……まぁ、世間一般で言う支えられ方とは少し違う気もするが。
 あの日以来ニコは俺と一緒に事務所に住み込むようになった。
 おかげで寂しさは無くなったものの、毎日が悪戯の、それも性的な悪戯の連続で、へこたれている暇も無いというのが正確なところだ。
 これも彼女なりの気の使い方と慰めなのだと理解したのは最近の事だ。付き合い始めてすぐのころは、魔物の性欲の高さに正直戸惑ってしまっていたから。
 まぁでも、なんだかんだでニコと一緒に住むようになってから、俺はこれ以上ない程に幸せにやっていた。


 俺は店の前の荷車に壺を乗せて、額の汗を拭う。
 荷車の上にはそれぞれに魔界の食材が詰め込まれている大きめの壺が合計六つ。なかなかに重かったが、これでようやく荷詰めの作業が終わった。
「しかしよろしいのですか? こんなに品質の良い物を、しかもこんな大量に、こんな値段で」
 御者台から羊皮紙を持った壮年の男性が降りてくる。立派な顎鬚を蓄えた、ベテランの商人といった風貌の男だ。
 俺は商売用の笑顔で答える。
「先行投資みたいなもんですよ。これだけの仕入れをしてくれるお客様とは今後も良い関係で居たいですからね」
 実は魔界に行けばほぼロハで取り放題な品物ばかりなのだが、それは敢えて伏せておいた。
「ええ、こちらとしても懇意にさせていただきたいと思っています。今後とも、よろしく」
「そちらの村でも珍しい特産物がありましたら紹介してください。ここは人が多いですし、どんな需要があるかも分かりません。あるいはサバトの研究材料になるやもしれませんし」
「お若いのにしっかりしてらっしゃる」
 男が破顔し、俺もそれに合わせて笑った。
 これで見送って出荷の仕事は終わりのはずだったのだが、思わぬ衝撃が俺の腰に加えられる。
 何者かが腰に抱きついて来たのだ。バランスを崩し倒れそうになる身体を何とか踏ん張って立て直して見やれば、見慣れた赤茶けた髪と角が見えた。
「ただいまー。あ、お客さん?」
「ははは。娘さんですかな?」
「むぅー。お・よ・め・さ・ん・ですっ」
 笑うお客を、睨む恋人。俺は黙ってため息を吐く。
「すみません。お客様の前で」
「いえいえ、うちのなんかほれ、寝てますから」
 男が指差した先には、立ったまま船を漕いでいる一匹のミノタウロス。なるほど馬が居ないと思ったが、嫁さんが荷車を引いて帰るというわけか。
『お互い嫁には苦労しますな』
『えぇ、まぁ』
 俺達は目だけでやり取りを交わし、それでお開きとした。
 男はミノタウロスの肩を叩いて起こすと、こちらを振り向いて歯を見せた。
「次は出産祝いでも持ってきますよ。それではお互い商売の神の加護がありますよう」
「またよろしくお願いします。ありがとうございました」
 俺とニコは頭を下げる。
 それから荷車が見えなくなるまで、「私以外をやらしい目で見るな」だの「見てない」だのという痴話喧嘩が聞こえなくなるまで、ずっと見送り続けた。
「変な事言ってたね。出産祝いだって」
「他のお得意様にも出産が近い人なんて居ないんだが……。それよりニコ、どうしたその胸。何か汚れてるぞ」
 ニコはきょとんとして自分の胸当てに手を当てる。
 濡れて胸に張り付いてしまっているのに、本人は気が付いていなかったようだ。
 雨も降っていないし……。
「どうせまた水撒き中の人に悪戯でもしたんだろ」
「……違う。これ多分母乳だよ」
 言われてみれば、確かにあの日嗅いだ覚えのある甘いミルクの匂いがした。
「おいおい、またあの時の薬を」
 ニコは俺を見上げて、ぶんぶん首を振った。
「飲んでないのか」
「うん」
「それって、つまり」
 ニコの瞳が大きく見開かれ、その青い瞳をきらきらと輝かせる。
「赤ちゃん、出来たみたい!」
 とびかかるように抱きついてくるニコの身体を、俺は満面の笑みで受け止めた。


 この街のせいで、ニコに出会ってしまったせいで、俺は本当に堕落してしまった。
 悪であるとされる魔物と毎日のように交わる事になった挙句、子までもうけてしまった。おかげで教団の言う"人の道"からは大分外れてしまったことだろう。
 でも、その代わりに俺はニコと二人で、これからは生まれる子どもと三人で歩いて行ける道を歩むことが出来ている。そして俺はこの道を歩くことに、何よりの幸せを感じている。
「やったね。これであなたの好きな授乳プレイがまた出来るね!」
「通りで大声で変な事を言うんじゃないよ!」
 まったく本当に、この悪戯者のゴブリンのせいだ。どんなに感謝しても、感謝しきれない。だからこれから一生かけて、大事にし続けていこう。
 この街と、この小さな伴侶を。
13/03/04 18:10更新 / 玉虫色

■作者メッセージ
あとがきという名目の反省会

まずはこのSSが出来るきっかけを下さった、談話室のSS書き手掲示板の426さんと427さんに感謝を。
そして書いた割に「貧乳母乳」とか「服越し母乳」という萌えを生かし切れなかった事に対して謝罪を。

いや、もともとは上記の萌えを目指しつつ、最近読切欄に投稿されているような砂糖菓子のような作品を目指していたのです。
なのですが書いているうちにゴブリンが可愛くて仕方なくなってきて色々書きたいことをぶち込んでいるうちにこんな事に……。

どこまで萌えを書ききれたか分かりませんが、ここまで読んで頂いてありがとうございました。

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