連載小説
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愛などではないのよ? @
 『人生とは驚きの連続である』
 
 そんな言葉を、随分と前に聞いた事がある。
 もうずっと昔の事だし、今思い返せば『あっち』の世界が夢だったのかもしれないが。
 けれど、それを夢だと未だに思えない。いいや、思いたくないんだ。
 
 『鉄の塊』が空を飛ぶ。大勢の人を乗せて。国から国へと。果ては、宇宙まで。
 小さな機械の『板』に大量の情報が詰め込まれている。離れた場所で、離れた人と会話だってできる。
 その他にも色々な道具や『機械』があって、便利で、平和で、それで。


 「……何が驚きの連続だ。ふざけてんのか…」


 一人、困惑する。
 本当にあの世界は夢だったのか? それともやはり妄想なのか。
 俺の生まれた世界。国。場所。……名前も。全部、覚えている。
 幼少時の思い出。優しかった親と、じっちゃん。少し意地悪な姉が居て、温かい家庭。
 世界一幸せな場所だった、と。今になって思う。
 いいや、思った。記憶が曖昧だ。けれど、やっぱり、大切な思い出。
 だからこれはきっと、夢じゃない。夢なんかじゃない。
 そう思う。思わせてくれ。この記憶が夢だなんて、そんなものは嘘なんだと。
 あの幸せな時間を、あの温かな世界を。自分を。
 全てが、現実だと。そう思わないと。思わないと、俺は     


「……スレイ。客だ。身嗜みを整えてから部屋で待っていろ」


      俺は、壊れてしまう。 









 「……久し振りね、スレイ。元気にしていたかしら」

 声がする。聞き慣れた、ひどく綺麗で、心地好い声だ。
 『こちら』に来てから、彼女に会うのは。否。彼女に買われるのは、何度目だろうか。
 毎月、最低でも一度は顔を出す。変わり者で、意地悪で、高慢的に見える女性。
 けれどその本質は、寂しがり屋で、構ってちゃんなただの少女だった。
 いいや。ただの少女、というのは間違いか。
 
 『ヴァンパイア』と、いうらしい。
 俺が居た世界では、それは架空の存在。
 小説だか、映画だかで作られたモンスター。
 人の生き血を啜り、命を奪う。そうして襲われた者もまた、ヴァンパイアへと変貌する。
 何かに感染するのか。それとも作り替えるのか。それはわからないが。
 
 ただ、あくまでもそれは俺の世界での話だ。
 この世界のヴァンパイアは、どうやらそうではないらしい。
 似通った部分も沢山あるが、そのどれもが微妙に違うのだと、俺は本人にきいた事がある。
 「馬鹿にしないで!」と、激しく怒らせてしまったのは良い思い出……なのか?
 まあ兎も角。それ以降は、『彼女はヴァンパイア』と。それ以外は考えない事にした。
 ……何が逆鱗に触れるかはわからないからな。

 「……返事は? へ・ん・じ・は!?」

 ……と、この様に。
 
 「久し振りです。シャルロット様」

 たいへん短気なのだ。彼女……シャルロット・カーネリアン。
 ……自分が世界一の貴族なのだと豪語する割には。

 「……よろしい。私は心がとても広いから、だから許してあげる。感謝しなさいな」
 




 ※




 「……さて。スレイ。私が貴方を買った理由、もう言わなくても理解しているでしょう」

 ……と。唐突に、彼女は告げる。
 それは『始まり』の合図で、もう幾度となく行われてきた行為の為の宣言だった。
 『吸血』。
 ヴァンパイアと言えばこれだ、と。誰しもが口を揃えて言うであろう代名詞。
 それを、彼女も行う。
 ただこの吸血で、俺自身がヴァンパイアになってしまう事は、たぶんない。
 彼女に訊いた時ははぐらかされてしまったが、後々「そんなにすぐ変わったら苦労しないんだから」と言われている。
 つまり吸血するだけではすぐには変わらない、という事なのだろう。
 実際俺は何度も吸われては居るが、何かが変わった、という事はない。
 だからきっと、この先もそういう事にはならないだろう、と思う。
 少し不安はあるが、でもきっと、大丈夫だ。
 もし変わってしまっても、その時はその時だ、と思うようにはしているし。

 「……シャルロット様。どうぞ」

 ……だから。だから、大丈夫だ。
 そう心で強く想いながら、少し固いベッドへと腰掛けた。
 怖くない、と言えば嘘になる。
 彼女の人となりも、性格も、よく知っていると言えるけれど。でも、この行為は。
 正直に言って、『何もわからなく』なってしまうから。
 自分がどうなっているのか。どうしているのか。何をしているのか。
 自分の想いも。意思も。きっと、感覚さえも。
 それが全部、意識から抜け落ちる。
 でもそれが、とても熱くて、蕩けてしまいそうで。
 ……とても、恐ろしい。

 「……頭、少しだけ傾けなさい」

 声がする。優しい声だ。知っている声。だから、大丈夫。
 彼女は、ベッドに腰掛けた俺の膝の上に指を這わす。
 くすぐったいような。焦れったいような。そんな、感覚。
 これもいつもの事だ。
 そしてこのままじわじわと指を這わせて、身体を寄せて。
 温かい感覚が、身体を覆っていく。
 
 「……もう。何度やっていても、貴方はかわらないわね。震えてるわよ」

 ……でも、大丈夫よ。大丈夫。
 優しい声。優しい手付き。そっと抱き寄せられて、透き通った紅の瞳が迫ってくる。
 目を離せない。引き寄せられるように、宝石のようなその瞳に飲み込まれて。それで。

 「…ん…ん。ちゅ……大丈夫。好きよ。好き…」

 何度も何度も、唇を吸われる。
 柔らかくて。温かくて。甘い、触れるだけのキス。
 何度も愛を囁いて。何度も、何度も。たとえそれが偽りでも、安心する。
 客と、男娼。その関係は変わらない。
 けれど、今だけは。今だけは全て忘れて、彼女に全部預けてしまおう。
 そう思うと、擦りきれた心が埋まっていくような気がして。
 もたれかかる彼女の熱を感じる。体重を感じる。吐息を感じる。
 それがとても心地好い。気持ち良い。

 「ん。よろしい。落ちついたわね。ふふ…それじゃあ…」

 ちゅ、と。小さく首筋に口付けされる。
 ただそれだけなのに、背筋を快感が駆けていく。
 ゾクゾク、ゾクゾクと。何度も、幾度も、数えきれない程のキス。
 優しく、ゆっくりと。じわじわと。
 まだ、その牙を突き立てる事はない。
 いつもそうだ。彼女はきっと、この行為を楽しんでいる。
 意地悪して、悪戯して、そうして。
 
 「……シャル、ロット……さま……」

 声が漏れる。懇願するような。すがるような。甘えるような。
 男のプライドなんて感じられない、そんな声。
 こうなった俺を、彼女は嗜虐的な笑みを浮かべながら更に責めたてる。
 ぴちゃぴちゃとわざとらしい水音を立てながら、首筋に舌を這わせていく。
 えもいわれぬ快感と、時折吸い付いてくる唇と。頭の中が真っ白になって、溶けていって。
 
 「……もう。すぐ忘れるのだから。本当に馬鹿ね。今はシャル、と呼びなさいな」

 彼女が何を言っているのかが、わからない。
 熱くて、気持ちよくて、それがずっと止むことなく吸い付いてくる。
 温かい。
 柔らかい。
 気持ちいい。
 心地好い。
 きもちいい。
 あたたかい。
 やわらかい。
 きもちいい。
 ああ、ああ     


「……聞いてないの? ナマイキ。ほんと、『ソージ』はばか…ね……ん、ちゅ……♥」


 総司。懐かしい名前。この世界で、彼女しか知らない俺の本当の名前。
 ああ、なんで覚えているんだろう。信じてないとばかり、思っていた。
 『異世界』だの『日本』だの。『山本総司』という俺の名前も、覚えていてくれて。
 俺はただの男娼で。道具で。奴隷、なのに。
 それがたまらなく嬉しくて。なんだか認められた様で。
 
 「……あぁ……シャル……シャル……!」

 情けない、と。笑われてもいい。ただ、今は。
 この想いを、この感情を。
 どうにか彼女に伝えなくては。
 これが何なのかはわからないけれど、この温かい気持ちを、どうか。

 「……ん、そうよ。シャル、と呼んで。もっと、もっと。求めなさい。そうしたら、私は…」

 けれど。
 その言葉を口に出すよりも先に、彼女の牙が突き立てられて。
 頭の中が真っ白になって、身体が震えて、どこか異次元のような快楽が身体を駆け巡る。
 何も考えられなくなって、荒い吐息と、汗の匂いと、体温と、快感だけが全てになっていく。
 ああ。嗚呼、俺、は     
 
17/03/31 05:13更新 / Re.nard
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■作者メッセージ
中途半端ですが、私の気力が持ちませんでした。
続きは次回更新時、『愛などではないのよ? A』までお待ちくださいませ。

日本やら総司の話、シャルと総司の出会いやら何故彼が男娼なんてやっているのか、等。
他の魔物娘との絡みや出会いとかも、書いていけたらなぁ、と思っています。
最後まで構想はあるのですがどういう風に最終話へ繋げれば良いのか未だに迷っているのでズルズル話を引き摺ってしまいそうで怖い…

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