連載小説
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修理
さて、部品や道具を調達しに行っていた店から帰って来ると、早速彼女の修理にとりかかることにした。 まずは彼女が元々着ていたドレスを脱がせると、床に横たわらせる。 採寸をした時から思っていたけれど、人形だとわかっていても、あまりにも美し過ぎる。 頭がくらくらして、ついよからぬことを考えてしまうが、そんなことは彼女が直ってからでいいと自分に言い聞かせる。

さて、修理のためには球体関節を外し、どうしようも無くなっている部分を取り換えなければいけない。 外し方については事前に調べてあり、あの人形店でもそれが正しいことは確認して来たので、難しいことは何も無かったのだが、彼女をバラバラにしてしまうことになり、正直に言うと1つ1つ取り外す度に、彼女が痛そうに思えて仕方が無い。 だがそのことが、早く修理して、彼女を痛みから解放してやろうという気持ちにさせた。

「成程ね、関節の中をつなぐこの糸がダメになってたのか。」

関節の名前にもなっている球体部分は、意外にも損なわれたりしている箇所がまるで無かったのだが、それをつなぐ糸は傷みが激しく、中には切れてしまっているものもいくつかあった。 また、糸の取り付けに使われている部品も、かなり悪くなってしまっていたため、これらは全部取り換えなければいけなかった。

「これじゃあ、姿勢を保つなんてできないのも無理な話じゃないな。」

肩や膝のような大きな関節ならともかく、指に使われる小さな関節はとても細かい、しかも外してみた際にわかったのだが、全ての関節が修理を必要としているので、ますます大変だった。

「あの店員さんに、色々と聞いておいて良かったな。」

店員さんからは、修理の際のことについてあれこれ話してもらっていた。 しかしどれだけ詳しいのだろうか、購入した道具や部品は1つとして過不足を生じないものだった。 まるで彼女のことも、俺がどんな用意をしているかも、何もかも知っているかのように、部品や道具について全て教えてくれた。

さて、この日はとりあえず胴体の関節を修理して終わった。 明日は仕事である、そのことを考えると、あまり長く時間をかけてもいられない。 彼女に申し訳なく思いながらも、修理途上のまま、ガラスケースに戻さざるを得なかった。

その後は毎日仕事から帰ると、まずは両腕両脚の大きな関節から、1日1本の割合で修理して行った。 関節を取り付けては、ちゃんと動いてくれているかを確かめながら、毎日手首もしくは足首までを修理する。 こうして4日後には、両側の手首足首までの修理は終わった。 先程も出ていたように、ここは大きい部分なので、そんなに苦労はしない場所である。 問題はここからだ。

手指の関節は片手だけでも14箇所もある、もちろん両手に必要なので28箇所である。 さらに彼女は何と、足趾にまで球体関節がついている。 手指のものよりもさらに小さいため、さらに細かな作業が必要になる。

とりあえず、この日が休みなので、最も大変であろう、足趾の修理に取り掛かることにした。 手指とそう変わらない大きさの部品で組み上げてある親趾はまだしも、他の趾については、肉眼視だけで行なうのは難しいので、拡大鏡を掛けながらの作業になった。 朝早くから始めたのに、やっと片足が組みあがった時には、もうすっかり暗くなってしまっていた。

そしてその後も、仕事から帰れば、彼女の修理に取り掛かった。 もちろん休みの日のように大きく時間をとることはできないため、1日で指1本と決めて行なうことを彼女に約束して、実際にその通りに、指が毎日1本ずつ、彼女の手へと戻って行く。

足趾程ではないにせよ、それでも細かい分、精密な動きが求められる部分である。 僅かな狂いでダメにしてしまうかもしれないと思うと、正直緊張した。 1つ失敗しただけで、彼女を大変なことにしてしまいかねない。

「昔、彼女を作った人、よっぽど凄い腕だったんだろうな。」

彼女の修理をしているとつくづく思うことである。 しかしそれは同時に、自分自身に対しても不思議なことだった。 これだけのことをしていて、失敗しそうになることすら1度として無い。 正直な所、1箇所くらいの失敗はあるのだろうと覚悟してはいた。 しかしそんなことは無く、順調に修理は進んでいた。

そしてついに、最後の1本を組み上げる日である。 これがことのほか調子良く進み、ついに彼女の全ての関節の部品交換が完了するに至った。 もちろん動きの確認も忘れない、全身の関節を1つ1つ動かしてみて、おかしい所が無いか入念に点検する。 結果は全て良好であり、思っていた以上の大成功だった。

「さて、じゃあ次は何を着せるかだな。」

元々の着衣は傷みが激しいので、新品を3着用意したわけである。 これがデザインは古いドレスと同様であり、色違いになっているものだった。 元々着ていたものが何色なのかわかれば、それを考えた決め方ができると思うけれど、褪色してしまっていて、本来の色は俺にはわからない。

しばらく考えていたが、店員さんがおすすめとして出してきた順番を使うことにして、購入した中で最初にすすめられたものを着せることにした。
20/10/30 05:33更新 / Luftfaust
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■作者メッセージ
前回見送った修理が今回の主要項目です。
球体関節について現実では有り得ない表現が入っていると思いますが、そういう構造のものだと思ってください。
実際の構造を知る前に考えていたものに由来する設定であり、実在のものとは敢えて異なる設定になっています。
現実では製作不可能なものだとは思いますが、その理由についての設定は用意してあります。

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