連載小説
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診療風景
 緑の山の木々に蕾が付き始める季節。イルの成長も一段落ついた(小柄なのは遺伝的な問題だったらしく、相変わらず14,5歳程度にしか見えない)。本人も大分満足しているようなので治療は終わっても良いのだけれど、しばらくは稀に出る副作用と微調整がある。もし現段階で襲いたい相手がいなければ正式に薬師見習いとして手に職をつけないか、と勧めてみると良い返事が返ってきた。



「あ」
 薬品棚を覗いて、常備していた風邪薬のストックがないという事に気が付く。一瓶あるので今月はもつとは思うが、よく出す薬だし、気が付いたのだから早目に補充しておきたい。
(困ったな・・・)
 しかし、午前中は診療が入っているし、午後からは贔屓にしている行商のゴブリンが来るので空ける訳にはいかない。それ以降に山に入るのは命とは別の意味で危険だし、今日中に帰ってくるのは不可能だろう。
(イルにお使いでも頼むか・・・)
 しばらく考えて、一番妥当な結論を導き出す。
 マンドラゴラが植物系の魔物であるためなのか、薬草の目利きはしっかりできるし、薬草の性質も熟知している。欲しい薬草が生えている所はあまり危ない場所はないし、イル自身が魔物であるため魔物に襲われる危険というのもないだろう。
 一人で行かせるのは少々不安があるが、何事も経験だ。
「イル、ちょっと来て」
「呼んだ?」
 呼ぶとヒョッコリとマンドラゴラの少女が、調剤室に姿を現した。
「薬草を採ってきて欲しいんだけど、お使い頼める?」
「うん、分かった」
 二つ返事でイルは答えてくれる。一年程前、弟子がいた時はブツブツと文句を言われたなぁ、と少しだけ懐かしい気分になる。
「・・・」
「どうしたの、ディアン?」
 採取に必要な道具が一式入った鞄と不足している薬草をリストアップしたメモを手渡そうとしたまま固まったのを見て、イルは首を傾いだ。もちろん、手が止まったのは昔を懐かしんでいたからではなく、ちょっとだけ引っ掛かる部分があったからだ。
「なんかイルの顔が火照っている感じがするけど?」
「走ってきたからかな?」
 条件反射的に体温を比べるため額に触れようと手を伸ばすと、ヒョイと身を引いて、全然調子は悪くないもん、と主張した。
 確かに病人独特の気だるそうな雰囲気も持っていないし、イルも体調管理はできる。走ってやってきたからかもしれない。
「それなら良いや、でも安全第一で変だと思ったら無理しないで
 あと、午後からメアンが来るから、お昼前には戻っておいで」
「分かってるよ」
 ニコリと笑顔を見せ、階段を上って上着を取ると、意気揚々と出かけていった。

 一応、成体になったイルの今の状態は人で言う思春期だし、薬を使って成長を再開させた分、心と身体に時間的な差異もある。イルの方も俺から微妙に距離を置こうとしている節がある。

(条件反射で熱を計ろうとしたのは、まずかったかもしれないな)

 独身で健全な男子と思春期の魔物がひとつ屋根の下で暮らす事に抵抗を感じるのは当然の事だし、触れられるのは気になるだろう。むしろ、全く意識していなかったとしたら、イルの将来に不安を感じずにはいられない。最近は部屋に鍵を付けたいと申し出るようになったし、最初は交代で洗っていた洗濯物を“下着を洗われるのが恥ずかしい”という理由で洗濯はイルの担当になった(診療の時は平気で下着姿になるかは不明)。
 町に出る時は一緒に誘わなくても当然の様にくっついてくるので嫌われてはいないようだけど、イルが俺のシャツを洗う前に匂いを嗅いで確認していたのを見てしまった時は少しだけへこんだ。

「と、いけない」
 時計を見れば診療開始の五分前だ。いつまでも傷心している時間はない。
 気持ちを切り替え、手早く机の薬品達を片付ける。診療中の看板を出して、患者を受け入れるために玄関を開けると、既に数名の患者が玄関先で待っていた。
 彼らを待合室に招き入れ、順々に診察室に来るように伝える。

・・・

「ディアン、今日はイルちゃんいないのかい?」
 診察室に入ると、女好きの両替商のグレンはイルが受付にいない事が不満だったらしく、俺に向かって文句を吐いてきた。
「ちょっと薬草を採りに行ってもらっている
 お前も元気なら仕事しろ、ここは健康な奴が来る場所じゃないぞ?」
「おいおい薬師が患者に冷たい事言うなよ、俺だって調子が悪くて来ているんだぜ」
 以前は滅多に診療所にやってこなかったくせに、イルが下宿するようになってから包丁で指先を切った程度の怪我でも診療所にやってくるようになった奴が何を言うか。
「それなら少しは患者らしくしてくれ。この前、イルの事を待合室で口説いていたろう。
 一応、あれで下宿代と診療代という事にしているんだ。あんまり邪魔するな」
 いつもよりも歩き方が鈍いので、おそらくは飲酒が原因。空腹時にアルコールを入れると悪酔いするから止めろと言ったはずだけど、大方、明け方まで飲んでいたな。直前に牛乳を飲んでおくだけでも良いと言ったのに破りやがったな・・・
「薬は出しておくけど
 食後一時間横になれとは言わないから、しじみを使った汁物を飲んだり、あまり脂肪が多い物を摂らないようにしたりして肝臓に負担をかけないようにしてくれ」

・・・

「ルフ、調子はどう?」
「悪くないよ〜」
 垂れ目のスライムは、のほほんと笑った。乾燥剤の入った瓶を思いっきり被って大変な事になった。その前は水を汲もうとして井戸に落ちた。スライムなのに何もない所で転ぶことが出来るという超絶特技(不)器用な能力の持ち主なので、その返答もあまり当てにならない。
「でも、お腹が下っている感じがするかなぁ〜」
「重症だよね、それ!」
 お腹が緩くなるというのは水分が抜けると同義だし、スライムにとって水分が抜ける事は致命的。
「失礼だな〜・・・ちゃんと気を付けているよ〜
 食べられない物は食べてないもの〜」
「チョコレートとか食べただろ」
「ほえ〜・・・先生、なんで分かったの〜
 もしかしてストーカーさんですか〜」
 できる事ならストーカーしたい。
 もちろん“歪んだ愛情”とかではなく体調管理的な意味で。なにせ、夏場に「気持ち良いから」とか言って草原で昼寝して、大幅なダイエットに成功してしまう位だからな。
「チョコレートの大部分は植物油脂、水分も1%しか含まれていないから、スライムと相性が悪いの!」
「そうなの〜?
 いっぱい買ったのに〜・・・どうしよ〜・・・」
 あまり反省した様子もなく頭を抱えるスライムを見て、溜め息をつく。
 知らない、さすがにそこまで面倒を見られない。
「水分と栄養それから休養をしっかり取る。それから、チョコは食べるのは禁止。
 保湿剤と栄養剤は出しておくから、ちゃんと使うように」
「ありがとうございました〜
 ・・・・あ!」
「ん、どうした?」
 待合室に向かおうと扉に手をかけた所で、突然立ち止まったので首を傾げる。お互いに信頼が無い事には治療ができないので、少しでも気になった事があれば解決しておきたい。
「せんせ〜、もしかして、栄養剤ってアレですか〜?」
「あぁ、いつも出してるやつだよ」
「いつも出してるんですか〜」
 消化も良いし、ホルスタウロスの乳には劣るが良質のたんぱく質が豊富に含まれている。液体なので、スライムでも吸収が早い。手軽に手に入る事もあるので、栄養不足の時にはもってこいだ。
「やらしいですよ〜・・・まだお天道様も見てますし〜
 でも、せんせ〜がどうしてもって言うなら〜・・・」
「豆乳だからね!」

・・・

「こんにちは、クロム=ブルーム。麗しき北の塔の主
 本日の拝顔、しがない薬師には身に余る光栄でございます」
「うむ、語彙が有り触れて貧相な気もするが、ヌシにしては気の利いた挨拶じゃな」

 彼女は、サバトの司祭を務める傍ら、ゴーレム、ゾンビ、ラミア、ガーゴーイルetc.がひしめく北の塔を治めるバフォメットだ。
 前回は普通に対応して怒られたので、少々大げさに挨拶をしたつもりだったのだけれど、及第点らしい。多分、あまり無い胸を反らし、嬉しいのが表情に出ないように唇を尖らせているのは気のせいという事なのだろう。
「褒美に頭を撫でさせてやろう」
「自分がやってもらいたいだけだろ」

 サバトの長が、そんなに容易く頭なんて撫でさせて良いのかよ

 そう胸中で付け加えつつ、そう言う俺もポンポンと頭を撫でる。
 いつもながら、魔物の価値観というのは良く分からない。威厳を求めると思えば、頭を撫でろと言ってみたり。

 けど、それが楽しい。

 俺が魔物と関わる理由の一つがそれだ。
 最初は、魔物とは悪であり人を食らう存在と教えられていたが事実はそれに反していたし、それどころか友好的だ。肌の色や言語、果ては、考えが違うというだけで殺しあう人間よりもずっと平和的なような気がした。
 もちろん、患者とコミュニケーションを取る上で何度困らされたか分からないし、それがきっかけで言い争いになった事も一度や二度ではない。でも、それを乗り越えて分かり合えた時は手放しで嬉しい。
 俺自身、魔物と人はそれぞれが相反する存在なんじゃなくて、互いに支え合う存在なんじゃないかと思っているし、それを証明するために俺は魔物も診る薬師になったのだから。

「・・・良い話じゃな」
「な!?」
 頭を撫でられて恍惚の表情を浮かべていたはずのバフォメットはニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「まさか・・・頭の中を覗いたんじゃ・・・!?」
「儂の頭を撫でている最中に現(うつつ)を抜かして、遠い目をしておったからの
 その罰じゃ」

 ・・・とても、恥ずかしいです
 ・・・恥ずかしくて泣いてしまいそうです

「忘れろぉ!!!」
「ふむ、どうしようかのぉ♪」
 両手でクロムの胸倉を掴み頭から記憶を叩き出すように、ガクガクと前後に揺さぶる。完全に無抵抗なのでバフォメットの頭は人形のように前に後ろに愉快に動く。
「のう・・・ヌシよ、儂は数多の魔女達の願いを聞き入れてきたバフォメットじゃ
 魔女達が儂に願い事を告げる時、どのような態度だったか知っておるか?」
 その言葉に、ピタリと俺の手が止まる。
「このような暴力的な方法に頼ったと思うかの?」
「・・・」

 こいつ・・・完全に馬鹿にしてやがる!

 両手を離し、力なく椅子に座る。
「なにが欲しいんだ?」
「ほぅ、殊勝な心掛けじゃの
 じゃが、ヌシのような健全な男子が、やすやすと儂のような魔物の要求を訊いて良いものかの?」
 怒っているなら邪険に扱える。すねているなら謝れる。では、笑いに対応する方法はなにをすれば良いか。それは、共感である笑いでしか対応できない。

 すごく嫌な予感

 先ほどのニヤニヤの笑みが変化し、既にニタニタになっている。魔物の満面の笑みほど怖いものはない。それがバフォメットならなおさら・・・
 俺は、顔面がただ引きつっただけの笑顔を向ける。風邪を引いた訳でもないのに、冷や汗がでてきた。

「ナニが欲しいんだ」

 発音と発言者が少し違うだけで、意味は全く違ってくる。予想通りの結果に俺は頭を抱える。そんなもの出来る訳がない。けれど、自分で要求を訊いた以上後には引けない。だからといって、要求を飲める訳がない。

「クフ、ヌシも可愛いのぉ。そんな、お人よしだから悪戯したくなってしまうのじゃ」
「はい?」
 顔を上げると鈴を転がしたような無邪気な笑みを浮かべていた。クロムの突然の豹変に全くついていけずにいると、本当におかしそうに笑いながら続けた。
「心を読んだというのは冗談じゃ、鎌をかけたのは確かに罰じゃが、儂とて他人のプライベートを覗き見るような無粋な真似はせん」
「じゃあ、ナニが欲しいっていうのも・・・」
「儂は、つまみ食いなどという意地汚い食べ方もせぬ」
 結論を言われ、頭の中をのぞかれた時とは別の気まずさのような恥ずかしさがこみ上げてくる。今までやっていたのは、独り相撲。勝手な動揺だった訳だ。
 無論、食ろうて欲しいというのならしてやらんでもないぞ?と牙をみせて笑うバフォメットを見て、大丈夫です、と答えると。もっとも今のヌシの寸劇で満腹じゃったがな、などと仰った。
 うるせえ、このやろう。
「それで、本題は?」
 殺しても死にそうにないバフォメットなので、少なくとも病気ではない。通常の患者なら、薬を調合して欲しいという依頼もありそうだが、媚薬や興奮剤は魔女達が作れるだろう。
「そうじゃ、本題を忘れる所じゃった。
 集団検診の申し込みをしようと思ったのじゃ」
「あぁ、サバトのメンバーの健康診断ね」
 そういえば、そんな時期だ。
 彼女が魔女達の絶大なる支持を得ているのは、なにも強大な魔力だけが理由ではない。部下を気使う姿勢や慈しみというものがあるためだろう。叱る時は叱る。褒める時は褒める。そのあり方は、上に立つ者として学ぶ事は多い。
 弟子を持つ者として、見習わなくてはと思う。
 パラパラとカレンダーをめくり、予定を考える。
「来月は黒ミサがあるんだろ?」
「うむ、13日じゃな」
「なら、12日以前かな、黒ミサが始まると正確なデータも取れない
 10日だと一日健康診断に使えるから助かるんだけど」
「むぅ、では10日に」
「分かった、10日の午前中からという事で」
 カレンダーに予定を書き込み、丸をつける。
「ところで、ヌシよ。サバトに入らぬか?
 ヌシは魔術と錬金術に長ける、“しがない薬師”などと名乗らせるには実に惜しい。
 その気があるなら儂が直々に教えてやるし、魔女達を両脇にはべらせる事もできるぞ?」
「両脇からいじられそうなので、遠慮しておきます」
「ヌシも幾人もの魔女達を相手にできる程器用でもなさそうじゃしな」
 小娘の方がお似合いじゃ、と笑って出て行った

・・・

 いつも通りの診療内容。診療時間よりも世間話の方が多いぐらい。
 のんびりとしているし、大きな事件もある訳でもない。
 しかし、薬師が忙しいというのは誰かが怪我や病気になっているという事だし、笑い話で済むような事で相談してくれるのは信頼してくれているという事だろう。いざと言う時にその方が対応しやすいし、有難い。
 刺激がなくて退屈というのは実に贅沢な事なのだ。

・・・

「じゃ、アレサ、気をつけて」
「うん、ありがとね〜」
 ぶんぶんと手を振り元気良く駆けてゆく酒場兼宿屋の看板娘を見送り、診察中の看板を下ろす。アレサはこれから北の塔へ行って酒類を納品しに行くらしい。

 多分、今泊まっている冒険者達の情報もリークしに行くんだろうなぁ・・・
 可愛い顔して黒い事するんだよな・・・

 最近は、
 宿屋に泊まる→ダンジョンに情報が漏洩→ダンジョンで弄ばれる→入院
 というサイクルができあがり、片棒を担がされているので、なんとも言えないのが現状だ。女って恐ろしい。

 庭先の掃除をしていると、こちらに来る大荷物が一つ。手を止めてよく観察すれば、旅装のゴブリンだった。手を振っていたので、手を振り返す。
「よ、久しぶり!元気してたか?」
「お陰様でね、患者以外の客が多くて困る
 それにしても、今日は早いな。午後からじゃなかったのか?」
「まぁな、商品を捌くのに午前中一杯かかる予定だったんだが、予想より早く仕事にケリがついてな」
 イルはいないのか?と尋ねながら勝手に扉をくぐる。
「あ〜・・・重かった
 そうそう、御土産。イルにあげてくれや」
 ドサッ、と大人でも背負えばよろめきそうな荷物を降ろし、ごそごそと鞄を漁った後、小さな木彫りの人形を放って寄越した。
「恋愛成就のお守りらしいぞ、サキュバスが言っていた」

・・・こけし、だけど

 深くは追求せず、分かった、とだけ答えて対面に座る。
「で、例の物は?」
「あるよ」
 そう言って、瓶を取り出す。その数20本ほど。一見すれば雑草と見紛ってしまいそうな葉や何の根っこだか分からない根っこ、泥としか見えない鉱物などが詰められている。これらは全て薬の材料だ。
 一つ一つ丁寧に確認していく。
 時間をかけて全てを確認した後、ディアンはニコリと笑った。
「助かった、さすがメアンだ。全部一級品だね」
「当たり前だ、てめぇのせいで何回大損こいたと思ってんだよ
 大体お前の使う材料は、特殊過ぎ!」
 薬草の類はただでさえ、目利きが難しい。素人目にはさっぱりだろう。しかし、3年の付き合いがあるので、さすがに間違えない。けど、最初はひどかったなぁ、なんて笑っていると、睨みつけられた。
「それで、代金は?」
「金貨2枚の銀5枚・・・いや、今回は特別に金貨2二枚で良い」
 笑みを納めて尋ねると、意外な値を示してきた。いつもなら為替の関係で多少変化するにしても金貨3枚前後。倹約して暮らせば、銀貨1枚で宿代を含めて1週間は生活できる。金貨となれば、その10倍だ。なにかあると考えて首を傾げると、笑みを浮かべた。
「代わりに、媚薬と興奮剤、あとは鎮静剤をいつもの倍出してくれ」
「薬がそんなに高いはずないだろ、なにかあったのか?」
「ハニービーの女王様が、お前の薬をいたく気に入ってね
 優先的に取引してくれる事になった」
 ケケケッと愉快気に笑う。
 行商人にとって、国を相手に取引できることはまずなく商会を通す。そうしなければ力の関係は火を見るより明らかだからで、商会には口利き料として大量の謝礼が払われるのだ。それでも、確実に儲かる事から商人達はそのチャンスを常に狙っている。
 今回の口振りだと、商会を通さずに直接交渉という事だろう。

「おめでとう、もうこれで自分の店を持ったも同然じゃないか」
「半年で自分の診療所を持った魔術師に言われても、嬉しくねぇよ」

 曖昧に笑って誤魔化し、戸棚から指定された薬品を取る。いつもメアンは大量に買い込んでいくので、その倍になると薬品棚にあるか怪しい。薬品簿上では、媚薬と興奮剤が一本ずつ足りない。

「足りないから調合したいんだけど、時間もらえる?」
「大丈夫だぜ」

 了承をもらい、必要な薬草を戸棚から取り出して調剤室に立つ。

「しかし、なんでまたハニービーとなんか直接交渉できるようになったんだ?」
「ほら、ホーネットとハニービーって仲悪いだろ?
 だからって両方共、兵力を悪戯に疲弊させるから戦争はしたくない
 和平交渉するにも、できれば自分から頭を下げるなんて事はしたくないわけ」
「不仲を利用して取り込んだって事か?」
「いやな言い方するなよ、魔物達のひいては人間達の平和のためだぜ?」
 発端は、たまたま出会った蜂二匹の“どちらが魔物としてより多くの人間を誘惑できるか”だったらしく、男性が消え、町が壊滅しかけたらしい。
「ほら、“奪い合えば足らず、分け合えば余る”っていうだろ」
「一見理に適っているように見えるが、人間の意志は完全無視なんだな」
「据え膳食わねば男の恥っていうだろ」
「据え膳に据えられているのが、乾季のピラニアだけどな」

 食う前に食われる。

「待て、偏見だ。魔物の中にも大人しく食べてもらえるのを待っているやつがいるぞ」
「誰だよ」
「イル」
 即答。
 手元が狂って、危うく薬瓶に入った薬草をぶちまける所だった。危ない。キッとメアンを睨むと、どこ吹く風といった風にわざとらしく口笛まで吹き始めた。
「馬鹿、あの子だっていつも“襲いたい”って言ってるぞ」
「お前なぁ、マンドラゴラは積極的に襲う訳ないだろ?
 どちらかっていうと、誘うタイプな訳、専門用語を使うと“誘い受け”だな」

(コイツ・・・腐ってやがる・・・!)

 固有名詞同士を掛ける交換法則の適用できない掛け算はやめてくれ。
「大丈夫、ナマモノでは流石に萌えない」
「できたら末期だ」
「そうそう、ジパングには“ピザの斜塔”と“東京タワー”で受けか攻めか議論できる猛者がいるらしいぞ」

 ゴーレムとかじゃなくて純粋な無機物かよ・・・
 最強だな、ジパング、魔物と共存するなんて朝飯前だわ

「それに“コミックマーケット”という祭典では、日もあがらない内にカラステングが長蛇の列に並び同人誌を買い漁り、ジョウロウグモがコスプレ衣装をつくり・・・」
 延々とジパングの一部の風習を説明し始めるメアン

 魔物と人間が互いに手を取り合う理想郷は?
 己の誇りと義を重んじるサムライは何処へ?
 サイクロプスさえも唸らせる程の職人達は?

 あぁ、憧れのジパング像が音を立てて崩れていく

「その前は、河童と稲荷がカップリングに議論を熱くしていたぞ」
「頼むから、俺の中のジパング像をブチ壊さないでくれ!」
「これが現実だ」
 ケラケラと悪魔が笑う

「で、薬できたの?」
「え、あぁ・・・って、うお!?」
 先程まで、椅子に座って待っていたはずなのに真後ろに立っていた。まったくもって油断していた俺は素っ頓狂な声を上げる。心臓に悪い。だいたい、調剤室は関係者以外立ち入り禁止だ。
「まぁ、毎回薬の材料を持ってくるから関係者って事で」
「あのなぁ、ここには毒物やら劇物やら置いてあるから。安全のために言っているんだ」
 人間には常食できる葱でさえ、ワーキャットには毒物になる。メアンは亜人なので、人が摂取して大丈夫なものは大丈夫だろうが念のため。薬師の家で薬中毒とか洒落としても最低ランクだ。
「ほら、さっさと出て行け」
「・・・あ」
 ぽん、と肩に手を置くとメアンは体をピクリと震わせた。
「おい?」
 不審に思って顔を覗き込むと、若干顔が火照っている。恥ずかしそうに顔を背けた。
「・・・やぁ、見ないで」
「・・・」
 やらかしやがった
 さっきまで媚薬を作っていたから、ソレを吸い込んだのだろう。少量だろうから鎮静剤を使うまでもなく、水でも飲ませて気分を落ち着けてやれば、大丈夫だ。
「あぁ、言わんこっちゃない、ちょっと待ってろ、飲み物を持ってくるから」
「うん・・・」

 と、それを信じて背後を見せたのがまずかった。

 ゴブリンは見た目こそ子供のような体躯ではあるが、力は戦士のソレを上回る。発情した魔物を相手に診療する場合があるので白衣には魔術のルーンで強化してあるが、不意打ちではどうしようもない。ゴッと鈍い音がして、しまったと思った時には既に遅く、冷たい床を嘗めた。
 首を捻るように見上げると、俺の上に馬乗りになりながら、緩んだような笑みをうかべている。

「新鮮なミルクが良いなぁ〜」
「でねぇから!」
「試してみる〜?」
「〜〜〜!」
 そう言いながら、俺の服を剥ぎ取りにかかる。
 抵抗すればする程、興奮するらしく段々嗜虐的な笑みに変わる。しかも、俺の方は打ち所が悪かったのか体が上手くうごかない。あっと言う間に白衣を脱がされ、上半身が裸になる。
「行商がすると、機会が少なくて、自分で慰める機会が多くなるのが難点なんだよね〜」
 知ってるぅ?指だけは達者になるんだよ
 なんて耳元で囁き、ある日の夜を詳細に説明し始める。
 この状態でも、そのシーンを想像してしまうのは健全男子の悲しいサガだ。
「少し黙れぇ!」
「えぇ〜」
 たまらず(ある意味、たまって)叫ぶと残念そうな表情をした。
「良い子だ、そのまま、俺から降り・・・んぐッ!?」
「じゃ、こうする」
 すんなりと聞いたと思ったら、今度は柔らかい物が唇を塞ぐ。メアンの唇だ。強引に舌が挿入され、反射的に閉じかけた歯の内側に滑り込み、俺の舌を弄ぶ。
 淫靡な感覚に脳内には快楽物質が大量に放出される。
「あは、気持ちよかった?」
「この辺にしておけ・・・」
「体は素直だけどぉ?」
 銀色の糸を紡ぎながら、服越しに俺の下腹部を撫でて笑う。
「・・・」
「じゃ、そろそろ本番かなぁ?」
 メアンがスルリと下着のような服を脱ぎ捨てる。ソコは既に準備万端だ。そして、俺のズボンに手をかけて・・・

 どさ、と玄関で何かが落ちる音を聞いた。
 視線をやるとイルが立ったまま口に手を当てて、目をパチクリとさせている。どうやら、調度帰ってきた所らしい。足元には鞄が転がっている

 その後、イルが取った行動はシンプルだった。近くにあった花瓶を掴み中身をメアンにめがけてぶちまける。乱暴なやり方だが緊急時の選択としては満点だ。薬師見習いとして、この対応は心強い。きっと良い薬師になるだろう。それで発情していたゴブリンはなんとか正気を取り戻したようだ。

 ただ・・・

「ディアンのバカァ!!!」

 そう叫びながら、鈍器(花瓶)を頭向けて振り下ろすのは間違っている。


・・・

業務日誌
 (頭蓋骨が)落ち込む時もあるけれど、私はとっても元気です

特記事項
 花瓶は薄手の物に替える
10/02/14 17:39更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
可愛い物が大好きな(ロリコンじゃないぞ!)佐藤敏夫です。
患者との触れ合いと言いつつ、患者が出てきていないので書いたら、ものの見事に空中分解。文章が書ける人が羨ましいです・・・練習あるのみか

アドバイスとか大歓迎!

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