読切小説
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奇怪な道化師
「サーカスが来るよ!」

町では明日来るサーカスの噂でもちきりです。
子供は勿論、普段はお酒が一番の大人たちもサーカスを楽しみにしているのでした。
そして子供たちが近くにいると、決まって「付き添いだからしかたがない」と口をそろえるのでした。

だけどジョゼフはそんな中暗い顔をしていました。
お母さんが病気で寝込んでいるからです。
それでも自分を気遣う母や親方の前では楽しみで仕方がないと笑顔を作るのでした。


「こんにちは、ぼうや。良い月の夜ね」

「お姉さん誰?」

ベンチに座っていると、暗がりから声を掛けられジョゼフは顔をあげました。

月明かりに照らされたその人はまるで道化師のような姿をしていました。
サーカスなどで人々を楽しませる道化師と言うのは奇妙な格好をしているものです。

大きな女の人も非常に変わっていました。
やはり二股の帽子にひらひらした服、大きすぎる手袋やブーツに加えてお約束のように貴族様がつけるような
大きなラッフル(ひだえり)をつけていました。

しかしサーカスのラッパや興行師の生きのいい掛け声もなくぽつんとたたずむ道化師はなんだか雰囲気が違います。
何より髪の色が左右に違う髪の毛はどんな道化師の格好よりも奇妙に思えました。

「わたし?見てのとおり道化師よ。名前はグリゼルダ、気軽にグリゼル・ワンダフルと呼んでね」
「僕は……ジョゼフ」
「そう、よろしくねジョーイ」

そう言ってまるで仲の良い友達のように少年の隣に座りました。
グリゼルの奇妙な格好に気を取られて気が付きませんでしたが、彼女はとても露出の多い格好をしていました。
ぴったりとした衣装はその体を隠すことなく、何より大きな胸はあふれんばかりです。

近所の気の荒い大工が口にする路地裏の女たちだってこんなに淫らな格好はしていないでしょう。

なによりジョゼフをどぎまぎさせたのは、まるでこの世の者とは思えない美しさでした。

なにやら恐ろし気な黒い仮面に隠れていない素顔はきっとお姫様だってかなわないだろうと思いました。
赤い瞳は上質のワインのように美しく、その声はまるでハーブのように魅惑的でした。

ジョゼフはどぎまぎして、居心地悪そうに体ヲモジモジさせました。

「グリゼルさんは曲芸の練習をしていたの?」
「さぁ、どうかしら。散歩していたら可愛い男の子が寂しそうにしていたから、でどうかしら?」

「……僕はすることがないからここにいるだけだよ」

家で寝ているであろう母のことをかんがえながら答えました。
それを知ってかグリゼルはにっこりと笑います。

「じゃあ、私のとっておきのショーを見せてあげる」


「すごい!すごいよ!どうやっているの?」

グリゼルの手品はどれも魔法のように不思議なものでした。
帽子の中から鳥を出したり、くるくると回る青い火のお手玉、自動的に果物の皮を回るナイフなど種も仕掛けもわからないものばかりです。

「ようやく笑顔を見せてくれたわね、ジョーイ。今度こそ聞かせてくれるかしら、どうしてそんなふうに落ち込んでいたのかしら?」

ジョーイは顔を下げた後、決心したように言いました。
この女性は変わっているけどいい人に違いないと思ったのです。

「お母さんが病気なんだ」
「まぁ」
「気にせずサーカスを楽を楽しんで、と言われたけどそんなのは無理だよ」

何か考えた後、グリゼルは懐から小さな瓶を取り出しました。

「お母さんに飲ませればよくなるはずよ」


そしてその言葉の通り、母親は回復し一緒にサーカスを見ることが出来ました。
サーカスは素晴らしいものでしたが、グリゼルが見せてくれたものとどうしてもとくらべてしまいます。
ここにグリゼルさんがいればなぁ、と思う頃サーカスの幕は引いたのでした。

その日の夜、ベンチに座りました。約束をしているわけではありませんでしたが、しばらくするとジョーイに声をかけるものがいました。

「こんにちは、ジョーイ。良い月の夜ね」

声がしたかと思うと、いつの間にかグリゼルダが座っていました。
どうやって来たのかはわかりませんでしたが、嬉しそうな笑みを浮かべてジョーイは言いました。

「うん。グリゼルダさんにあいたくて来たんだ」
「あら」
「薬をありがとう。お母さんも元気になったよ」
「どういたしまして。サーカスは楽しかった?」
「まぁ、うん。楽しめたよ」

ジョーイとしては楽しかったと言うつもりだったのですが、なんだか歯切れの悪い感じになってしまいました。
きっとごまかしてもすぐにばれてしまうなら正直に話そう、そう思うと向き直りました。

「でもグリゼルさんが見せてくれた手品の方が面白かったよ」
「あら、お世辞でも嬉しいわね」
「お世辞じゃないよ」
「なら残念だなあ、私ここをもうすぐ去らなきゃいけないし」
「えっ」

ジョーイは下を向きました。
考えてみればサーカスはあちこちをめぐるのだから、一つの街に落ち着くはずがありません。
頭ではわかっていても、グリゼルダと別れるのはとてもつらいものです。

「仕方がないよね……でも、寂しいよ」
「本当に?」
「うん……グリゼルさんにはいかないでほしい。でも、仕事があるなら仕方がないよね」
「ジョーイは本当にいい子だね。でも、」
「私は悪い人だったらどうする?」


その時、ゆるやかな風が吹きふわりと髪の毛が浮かびました。
髪の毛の下の耳も見えました。



その耳は、尖っていました。
ろうそくは、ゆれていません。



「え?」


「あーあ、ば れ ち ゃ っ た」


なぜかたのし気にグリゼルダは言いました。
手を鳴らすと、赤い雫が指からたれ、ブーツの飾りは目玉のようになりくるくる動きます。
大きな胸には黒い模様が生き物のように動きました。

「グリゼルさん、その耳は……。その手は」

手袋ではなく、舌には爪があるのか。
言いかけてジョーイは気づきました。

今までの手品は種も仕掛けもない。
だって魔法だから。

どうして魔法がつかえるのか。




だって、それは。


「もう気づいたんでしょう、私が魔物娘だって」

グリゼルの端正な顔だけでなく左顔の仮面まで笑みを浮かべているようです。
魔物娘、魔王の手で各地を侵略する悪い存在。
大人たちはそう言っていました。


「知ってる?ボギーは悪い子を連れていく君が悪い子だったら良かったんだけどジョーイはいい子だからね」

そっと口づけをしました。

「キス一つで見逃してあげる。魔物なら君の前から消えても気にならないよね」
「……グリゼルさんが、本当に魔物だとしても」
「うん?」
「やっぱり僕はグリゼルさんが好きだ」

ジョーイは目を伏せてそう言いました。
本当はみんなに魔物が入ってきたと言うべきなのでしょうが、どうしてもそうすることはできませんでした。


ボギーのグリゼルダは大笑して笑顔で言いました。


「ふふふ、ジョーイ。君ってば本当は」
「悪い子だったんだね」


一週間後、新しいサーカスがやってきました。
街では準備は何もできていませんでしたが、大喜びで歓迎しました。

不思議なことに、そのサーカスはみんな仮想が本物にしか見えないほど良くできていて。
なぜかみんなこの世のものとは思えないほど美しい女性だけで構成されていました。


「そしてこの町は一人の”悪い子”によって人と魔が住まう所になったのでした」
「ちょっとグリゼルさん、恥ずかしいからやめてよ!」

グリゼルがやる紙芝居の中の登場人物に自分がいると聞いて慌てて止めに来たジョーイですが、残念ながらもうすでに紙芝居は
終わっていました。座っていた子供たちが「あっ悪い子だ」と笑いながら指をさします。
ジョーイは子供たちを帰らせるとグリゼルの手を引っ張っていきまいした。

「もう、勝手なことしてでよね」
「ジョーイの武勇伝を伝えてあげたのに」
「何だよ武勇伝って……」


ジョーイはため息をつきました。
母親がグリゼルに料理の手伝いをしてほしいと伝えに来たのにどうしてこうなるのか、と思いながら空を眺めます。


「あの風、グリゼルさんがわざと起こしたんでしょう?」
「どうしてそう思うの?」
「魔法が使えるなら耳を隠すのだって簡単なはずだし」

グリゼルが正解正解と手を叩きました。

「私は道化師の魔物娘だけど、ジョーイに嘘は付けないからね」
「……僕は嘘をついていたとしても、きにしないけどな」

小声で言ったつもりでしたが、グリゼルにはしっかりと聞こえてました。
ジョーイを大きな胸を押し付けながら笑顔で言いました。


「ジョーイはやっぱりいい子だねえ」
「わかったから!放してってば!」

抱き着かれがら、ジョーイとグリゼルの声が響くのでした。

おしまい
21/11/12 20:45更新 / カイント

■作者メッセージ
というわけでボギーさんの小説です。
やはりピエロガールはいいですねえ。
みなさんの小説もお待ちしてます!

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