読切小説
[TOP]
モンスターズ・ミラクル・マーケット? 〜変ずるゼリーのある生活〜
 ある日のことだった。
平日の真っ昼間に、僕の家のインターホンが、来客を告げるべく機械的に鳴り響いた。

「…ったく、何だ?」

 作業を中断された苛立ちを覚えながら、僕はのそのそと階段を下りてゆく。
心当たりもないのに平日昼間に来る電話や来客などロクなものではないが、もし郵便かなんかだったら、何であろうと受け取っておかないとあとが面倒だ。
室内ドアホンについた『通話』ボタンを叩くように押し、来客に返事をした。

「…何ですか?」
『こんにちは、MMMの販売員でございます♪』

 スピーカーから聞こえる、何が嬉しいのか、妙に上機嫌そうな女の声。
だが、そんな事は関係ない。相手が何者かわかった時点で、僕が取るべき行動はひとつだ。

「いりません。」
『ああそんな、にべもなく切って捨てないで頂きたくございます…』
「いりません。」

 まったく、時間の無駄に他ならない。
新聞だの教材だの化粧品だのと薦められても、僕には全くもって必要ない。
商品を売りたいんなら、事前に相手がどういう奴か調査くらいするべきじゃあないのか?
そこで通話を切り、溜息をひとつついて、仕事部屋に戻ろうと踵を返した。
が、その直後…

「まあまあ、話だけでもよろしいでございましょう?」
「だから、何もいらな……!?」

 通話は切ったはずなのに、さっきの女の声が聞こえてきた。
しかもドア越しのこもった声じゃない。明らかに『玄関の中』からだ。

「な、なんだ!?断りもなく人の家に入ってくるなんて…警察を呼ぶぞ!」

 相手のあまりの行為に、咄嗟に玄関に通じるドアを開けて飛び込む。

「まったく、近頃の押し売りはどこまで非常識なん…だ…?」

 玄関には、誰も入ってきてはいなかった。
そもそも僕はいつでも戸口に鍵をかけているはずだし、鍵のツマミも『閉』になったまま。誰かが入ってこられるはずがないのだ。

「………」

 合鍵?ピッキング?いや、そんなわけはない。
そういえば、ドアの開閉音すら聞こえなかった。
…なら、あの声は何だったんだ?

「……くそっ。」

 チェーンをかけ、ゆっくり、慎重にドアを開いた。
ドアの隙間からは、やたら整った顔立ちに、にんまりと口角を広げた笑顔を浮かべた、髪の長い女がいた。

「うふ。うふうふ。
お話を聞いていただけるのでございますね。ありがとうございます♪」
「…何をしたんだ?」
「ワタシが何かしたというのでございますか?」
「しらばっくれるんじゃない。家の中に入ってこなかったか?」
「どうやってでございますか?」
「それはこっちが聞いてるんだ。…まさか鍵が壊れてたのか?」
「どうでございましょうか?
 …おっと、お話を聞いていただく意思がございませんなら、長居させていただくわけにもいかないものでございますね。それでは…」
「まっ、待てッ!
 …仕方ない。話は聞こう。話は。」

 この家の玄関に、何かしらの異常があったとしたら危ない。
金や手間を使って業者や警察に調べてもらうより、せいぜい十数分の時間を使うほうがよっぽどいい。そう判断し、女の話を聞くことにした。

「…で、MMRが何の用だ?世界滅亡の危機になるような物なんてうちには無いぞ。」
「いえいえ、MMRではなくMMM、『モンスターズ・ミラクル・マーケット』の者でございますよ。ご存知ではございませんか?」
「知ら…ん?いや、待てよ…」

 最近…あくまで噂だが、聞いたことがある。
なんでも、テレビが勝手に点いたかと思うと、そんな名前の通販番組がはじまり、見た者は否応無しに商品を買わされてしまうとか。
どのテレビ局にも属さずゲリラ放送をしており、経営者や社員は全員人間でないだとか…
まあ、ありふれた与太話だ。物証もないし、知名度も無い。僕が耳にしたのも、仕事柄オカルト関係の話を集めていたからで、一般人はそれこそ名前すら聞いた事が無いだろう。
…目の前の女が、かえって胡散臭くなった。生憎、「まさか本当だったなんて!」と鵜呑みに出来るほどの純粋さも、僕は持ち合わせていない。

「はいはい。で?」
「真面目に聞く姿勢ではございませんね?…疑り深い方でございますね。
まだ商品も見せていないのに。」
「ならさっさと見せてくれ。僕も君も、暇じゃあないだろう?」
「うふ。かしこまりました。…はい、こちらでございます♪」

 そう言うと女は、プラスチックのカップを背後からサッと取り出した。
透明なカップの中身は、透明度の低いダークパープルのゼリー状の物体だ。

「…何だこれ?水ようかん?」
「いえいえ。ようかんではなく、ゼリーでございます。
今話題の『変ずるゼリー』、聞いたことはございませんか?」
「…そういや、そのMMMとやらが販売している商品のひとつ…らしいな。
 インターネットのアングラ掲示板の隅の隅で、その名を見ただけだが。」

 たしか恋愛に効果があり、確実に恋人が出来る、だっけ?いかにも夢見がちな十代の男女が食いつきそうな話題だ。

「ご存知なら話は早くございます。うふ。うふうふ。
こちらの、新商品『メイド味』はいかがでございますか?」
「………なに?メイド…何?」

『メイド』と『味』。
およそ常人が考えもつかないような結びつき方をした単語を前に、流石の僕も困惑する。

「『メイド味』でございます。」
「メイドというと…あれか?上流階級が雇って家事をさせる…」
「はい、そのメイドで間違いございません。」
「その『味』?」
「さようでございます。メイドさんといえば、多くの殿方の憧れ。
そのメイドさんを、一度でいいから口にしてみたいなぁ…
という願望は、男性なら誰もが一度は抱くものではございませんか?」
「抱かない。」

 そんなワケのわからん願望を抱く人間がいたら、それこそオカルトだ。
あるいは食人嗜好を持つ異常者?どっちにしろホラーの域だ。

「そんな殿方の思いに応えて開発されたのが、このメイド味なのでございます。
 深海由来のメイド成分を配合し、濃厚なメイド本来の味がつるんとした食感と共にお楽しみいただける、ピュアなメイドゼリーでございますよ♪うふ。うふうふ。」
「メイド成分ってなんだ!?」

 僕の記憶している『メイド』という存在とは、あまりにもかけ離れた話が展開されていく。

「無論、メイド本来の働きもそのままでございます。
 お掃除、お洗濯、お料理と、このゼリーひとつに何でもお任せでございますよ?」
「ゼリーがか!?」

相手のペースに乗せられていることを自覚しながらも、突っ込まずにはいられない。

「はい。お望みでしたら、夜の生活までも。
全てはご主人様のお望みのままに、でございます♪」
「…よくもまあ、そんなにワケのわからん話を並べ立てられるもんだな。
 疑わしさが一週回って、逆に興味が湧いてきたぞ?」
「うふ。うふうふ。それは何よりでございます。
 さあ、おひとついかがでございますか?」
「フー…いくらだ?」
「おひとつ1000円…のところを、今なら半額、500円でございます。」
「…わかった、ひとつ買うよ。」

 この女の言うままに買うのはシャクだが、こうも非現実的な話を続けられると、どこまで本当か試してみたくなってしまった。
…もし全部嘘なら、苦情のひとつも入れて、二度と買わなければいいだけだ。

テケリ・リ!!お買い上げありがとうございます♪」
「ん?テケ…何だって?」
「ああ、申し訳ございません。喜びのあまり、つい方言が…うふ。」
「セールスマンとしてどうなんだ?それは。
 まあいい。いま財布を持ってくるから、待っててくれ。」

 1,2分ほどかけて、いつも仕事部屋の机の隅に置いてある財布を持って玄関に戻る。
…だが、再びドアを開けると、女の姿は無かった。

「…おーい?」

 ドアを完全に開けて外に出てみても、やっぱり誰もいない。

「……くそっ!やっぱり僕をからかってたのか、あの女!?」

 怒りつつも、周囲を見回してみると…足元に、小さな段ボール箱が置いてあった。
さっき見せられたゼリーの容器がひとつだけ入るようなサイズだ。

「これは…?」

 まさか、この中にあのゼリーが?代金を払っていないのに…あの女が忘れていったのか?
中身を確かめるべく、居間に持ち帰って開ける事にした。
箱は紙のガムテープで閉じられていたが、不思議なくらい簡単に手で剥がれた。
中身は…

「…あのゼリーだ…。」

 なぜ玄関先にぽつんと置かれていて、しかもあの女はいない?

「…開けてみるか。」

 あの女が帰ってきたら、代金を渡してそれで終わりでいいだろう。
今はこのゼリーの真偽を確かめるほうが僕には重要だ。
箱からゼリーと、一緒に入っていたプラスチックスプーンを取り出し、容器の蓋を一気に剥がした。


「うふ。うふうふ。うふうふうふふふふふふ……♪」


「……!!」

 あの女の声がした!?
…かと思うと、なんと、容器の中のゼリーがドバッとあふれ出した。
そう、あふれ出したのだ。固体のはずのゼリーが、液体の泉のように。
それどころか、持っていたゼリーの容器も、あふれたゼリーに触れた端から溶け出して、ゼリーに混ざっていく。同時に、プラスチックのスプーンや、段ボール箱までもが、ゼリーと同じ色に変色して、僕の目の前でどろどろに溶けていった。

「な…なんだ!?何だこれは……!?」

 見た事も聞いたこともない現象が、目の前で起こっている。
現実に頭が追いつかず固まっていると、あの女が置いていったものは全てすっかり溶け、ダークパープルの液だまりが、汚らしく床に伸びていた。

「…ゼリーじゃないなこれは。いったい何なんだ…?」

 僕の手や服にも触れたが、それが溶けている気配は無いし、残ってもいない。
液だまりは、妙な甘いかんじの匂いを出しているが、有害そうではない。
人体に害はなさそう…だが、数秒後、その液だまりが…ひとりでに動き出した。

「なっ…!」

 液体は一点に集まり、縦方向に盛り上がり、変色し、だんだん人間のような姿を形作っている。しかも、エプロンドレスを着た女のようなシルエットに。
変化は数十秒で止まり、そこにいたのは…
メイド服を着て、下半身は溶け崩れたようになり、肌もブルーベリーのような青紫だが…
にんまりと笑みを浮かべたその顔は、忘れもしない、あの販売員の女だった。

「うふ。うふうふ…あらためまして、自己紹介させていただきたくございます。
 MMMの販売員あらため、アナタ様だけのメイド味ゼリー…
名前は『イ・エキアァムス・ハトゥフ』でございます♪」

 …流石の僕も、もはや「凄い技術だな、やってることはくだらないが」なんて皮肉を言えるレベルではない。
この女は、異常だ。普通の日常に居るような存在じゃあない。少なくとも、そう見える。

「…あんた、何者なんだ?何が望みで僕の家まで?」
「あらそんな。ワタシは一介のメイドでございますよ?
 ここに来たのは、住み込みで働かせて頂きたいからでございます。」
「メイドだって?おい。メイドを雇う気なんてさらさら無いぞ。」
「ですが先ほど、アナタ様は間違いなく、ワタシについての説明を聞き、
そして購入する意思を見せたではございませんか。
ですので、ワタシはアナタ様のメイドとして、
所有者であるアナタ様に誠心誠意お仕えするのが役目であり、望みでございます。」
「メイドは普通、流体に変身したり、紙やプラスチックを溶かしたり、募集もしてないのに、騙すように押しかけて「雇え」なんて言ってこない。
しかも住み込みでなんて…どれだけ僕に負担をかける気だ?」
「お給金のことでございますか?いっさい頂くつもりはございませんよ。」
「問題なのはカネじゃない。不安定な仕事だが、それぐらいの余裕はある。
 この家に僕以外の人間がいて、家族でもないのにあちこちと動き回られるなんて、鬱陶しくて仕方ないと言ってるんだ。」

僕は昔から、他人が周囲にいると何事も集中できないタチだった。
好きな仕事を誰にも邪魔されないように、雀の涙ほどの収入を必死に貯金しながら実績を積み上げ…やっと、この人けの少ない場所の一軒家を買ったというのに、どうして自ら邪魔を招き入れなきゃあならないんだ?

「そんな事おっしゃらずに。
お一人では、どうしても家事にお手間がかかるものでございましょう?
お掃除やお洗濯の手間から開放され、その分の時間をお仕事に向けられる…そうお考えになってはいただけないものでございますか?
メイドとして、御主人様のお邪魔をせずに家事をするよう心得てございますから。」
「……」

 …実のところ、内心ではかなり葛藤していた。
放り出すのは簡単にできる。…しかし、考えようによっては、これはチャンスだ。
僕は子供の頃からホラー・オカルト系の作品全般が大好きで、それが高じてこの仕事を始めたといっても過言ではない。
色んなオカルト話を耳にし、直接確かめに向かった事も数え切れない。
大抵は噂だけで実在しないことを知り、ガッカリして帰るのがオチだが…
…だが『今』!今、目の前にいる存在は、非常に興味深い!
言っている事がどこまで本当かも分からないし、一見異様なさっきまでの出来事は、何かしらの科学的に説明できるトリックである可能性も大いにあるが…これまでこの女が見せた現象は、驚きや恐怖と同時に、僕の知的好奇心を強力にかき立てた。
こんな存在は、今まで見た事も聞いた事もない。
ひょっとしたら、とびっきりの話のネタになるかもしれないこの女を、いま不快だからと放り出してしまうのは惜しい…そう思ってしまったのだ。

「……
…わかった。雇おう。
 あんたが僕の求めていた存在なのか、それとも、只のちょっと手の込んだ変質者か…
 僕自身の目で、見極めさせてもらおうじゃあないか。」
テケリ・リ!お任せでございます!
 安心して、お気兼ねなく、お仕事に集中なさって頂きたくございます。」

 ややオーバーリアクション気味に喜ぶ女。見てくれは人間とはいえないが、少なくとも、そこらのゲーノージンよりも感情を表現するのには長けているように見える。

「その代わり、少しでも仕事の邪魔をするようだったら、即刻追い出すからな。」
「ええ。心得てございます♪」
「…そういえば、名乗りがまだだな。雇い主の名前くらいは教えておかないとな。
僕の名は『比嘉 石哉(ひが いしや)』だ。えーと、そっちの名前は何だっけか?」
「『イ・エキアァムス・ハトゥフ』でございます。」
「…長ったらしい名前だな。日本語は流暢みたいだが、なに人だ?…って、そもそも『人』じゃないか。」
「では、『ハトゥフ』とでもお呼びいただきたくございます。
 これ全部でひとつの名前で、どれが姓でどれが名という事はございませんので。」
「そうか。じゃあ、そう呼ばせてもらおう。」
「…ところで御主人様。お仕事と言うのは何を?」
「おいおい、知らないのか?…いや、一般人は知らないか。
脚本家だよ。アニメやドラマ、演劇なんかのシナリオを作る仕事。
得意分野はホラーやオカルト物で、そこそこ売れてると自負してる。
 去年、日々テレビ系でやってた『遺後、よろしく。』ってドラマ、聞いた事ないか?」
「…申し訳ございません。テレビは見ないもので…。」
「あれは僕が手がけたシナリオなんだ。
傑作だぞ、一度見ておいてくれ。…キャスティングは最低だったが。」

 これがドラマの仕事の嫌な部分だ。あの監督だから、嫌な予感はしていたが…。

「さて。僕は中断していた仕事に戻るから、これまで浪費した仕事時間分の働きをしてもらおうか。」
「はい、かしこまりましてございます。まずはお掃除からでございますね。
 よく見ると、あちこちに埃が…。腕が鳴るものでございますねぇ。うふ。うふうふ♪」



 仕事部屋に戻ってから約1時間後。

「……」

 静かだ。
いや、それ自体はむしろ嬉しい事なのだが、いくらなんでも静か過ぎる。
掃除をしているのなら、何かしらの物音はするはずだ。掃除機とか、箒とか、あるいは物を動かす音とか。
…本当に、掃除をしているのだろうか?というか、何か仕事をしているのだろうか?
当然だが、雇い入れることになったとはいえ、ハトゥフを信用しているわけではない。
いったい何をしているのか…こっそり部屋を出て、居間まで行ってみることにした。
相手がどういう奴なのか知るのに、早いに越した事はない。
もし逃げ出していたり、寝こけていたり、あるいは金目のものを物色していたりしたら…さて、どうしてくれようか?
音を立てないよう慎重にドアを開け、ハトゥフがいない事を確認しながら、忍び足で階段を下りてゆく。
まず調べるのは居間からだ。廊下から居間へと通じるドアをくぐると…

「うふ。うふうふ。
予想よりややお早くございますが、そろそろいらっしゃる頃だと思ってございました♪」

 居間と繋がるキッチンにて、どこから用意したのか、こじゃれたティーポットに湯を入れているハトゥフの姿があった。

「おい…掃除は?」
「御主人様の仕事場以外は、すでに全部屋終わらせてございます。
 今は御主人様が下りて来るのに合わせ、紅茶を淹れようとしていた所でございます。」
「ふーん…だが、うちにティーポットやティーバッグ以外の茶葉なんて無かったはずだぞ?」
「ええ。ですから、どちらもワタシが持参したものでございます。
 日本では馴染みの無い茶葉でございますが、頭がすっきりと冴える効能がございますよ。」
「用意のいいことだ…。」

 聞きながら、仕事具合を見るべく居間を回る。
床の隅はもちろん、棚の上、カーテンのレール、さらには窓や換気扇の汚れまで除去され、中古住宅が、一見、新築と見紛うほど綺麗な様相になっていた。…素人の僕から見た感想だが、非の打ち所がない。

「さて、蒸らしも完了しましてございます。
 本当は降りていらっしゃった時までに準備は終えておきたかったのでございますが…初日ですので、ご容赦をお願いしたくございます。」
「い…いや。むしろ、来てからたった数十分でここまでやるとは…驚いた。」
「ありがとうございます。うふ。うふうふ。
 お砂糖は2個がおすすめでございますが、いかがでございますか?」
「じゃあ、それで頼む。」

 あらかじめ温めていたティーカップに、最も美味であるという最後の一滴まで茶を注ぐ。…淹れ方も完璧だ。
白いティーカップとソーサーは、輝いて見えるほど綺麗に磨かれている。
確か、何だったかのイベントで貰って、使わずに棚の奥に埃をかぶっていたのがあったはずだが…あれだろうか。
その中に、2個の角砂糖…うちには角砂糖など無かったので、これも持参だろう…を静かに入れ、スプーンでかき混ぜてテーブルに置いた。

「それと、こちらもお召し上がり頂きたくございます。」
「…ゼリー?」

 もう一枚差し出された皿の上で揺れているのは、ハトゥフが先ほど僕に見せた、あの『メイド味のゼリー』だった。

「おいおい。これもお前みたいなのに変形するんじゃないだろうな?
もう一人雇えっていうのか?」
「いえいえ、そんなわけはございません。あれはワタシが考えた演出のようなもので、
こちらは本当に普通のゼリーでございますよ。」
「…信用ならないな。」
「うふ。それは承知の上でございますが、ここはひとつ、信用への第一歩という事で…」
「…」

 まさか毒などではないだろう。僕を殺したり、動けなくしてどうこうするのが目的なら、もっと早く、直接的な方法でやればいい。…もし相手が、「メイドとして近付き、油断させて殺す」ことが目的の殺人鬼だとしたら、僕も流石にどうしようもないが。
一瞬の逡巡の後、紅茶を口に近づける。
香りはとてもいい。深く、香ばしく、かつ甘く爽やかだ。
一口含むと、熱と風味が舌を包む。
これまでの人生で味わった事のない、様々な要素が混ざったような風味だが、その風味と渋み、砂糖の甘味が絶妙に溶け合って、調和しているように感じる。
…美味い。
紅茶の熱を冷ますように、ゼリーをスプーンで掬い、口に運んだ。
ゼリーとは思えないほど濃厚で、とろけるような甘酸っぱさが口に広がる。また同時に、さっきの紅茶と同じく、全く味わったことのない色々な不思議な味がする。が、それらが複雑に絡み合い、最終的に一つの美味になっている。さながらオーケストラのようだ。
これがハトゥフの言う『メイド味』なのか?
紅茶と絶妙に合い、片方を口にすると、もう片方も欲しくなる。癖になりそうな味だ。
…しかし味わっていると、何故か、時折、背筋にぞくりとした寒気が走る。
まるで、なにか食べてはいけないものを食べているかのような…奇妙な感覚だ。
だが、その違和感の正体を確かめる暇もなく、あっという間に紅茶とゼリーはなくなっていた。

「うふ、うふうふ…♪お口に合ったようでございますね。嬉しゅうございます♪」

 これまでのよりも嬉しそうなにんまり笑いを浮かべながら、ハトゥフが食器を下げる。
心なしか、頬が赤い気がする。

「…どうかしたか?」
「いいえ、なんでもございません。また、お仕事に戻られるのでございますか?」
「ああ。まだ切羽詰ってはいないが、悠長にもしていられないからな。」
「それでは、また頃合を見計らってお夕飯をお作りしてございますので、お腹が空きましたらお戻り頂きたくございます♪」
「じゃあ、遠慮なくそうさせてもらおうか。」
「もちろん、ただご休憩になられたかったり、ワタシに会いたくなったりしたときも、
いつでもお待ちしてございますよ?うふ。うふうふ。」
「それは無い。」
「ああん…」



そしてさらに数時間後。お茶の効果…ではないだろうが、いつもよりスラスラと気持ちよく文章が書け、ひと段落ついた頃には、とっくに0時を過ぎていた。寝食を忘れるほど没頭したのは、本当に久しぶりだ。

「…腹が減ったな。」

 と言っても、もうハトゥフも寝ているだろう。…そう言えば、住み込みと言っても、寝床の指定をしていないが…寝てるとしたら、どこを使って寝ているのだろうか。あれで、僕の寝床を使っているとは思えないし…
まあ、それは後だ。とりあえず、カップ麺でも作るか…と、居間に入ると。

「うふ。御主人様、お夜食の準備、今度こそタイミングぴったりに完了してございます♪
うふ。うふうふ。」

 相も変わらずの笑顔で、ハトゥフが出迎える。
テーブルの上には、温かな出汁が湯気を立てる、出来立ての月見うどんが置いてあった。

「…起きてたのか。」
「主人より先に眠るメイドなど、有り得ないことでございます。
 それにワタシ、人間の方ほど睡眠が必要ではございませんので。」
「ふーん…。」
「もう遅いので、健康を考え、お腹に優しいものをお作りしましてございます。
 さあ、お熱いうちにお召し上がりを♪」

 カツオ出汁の匂いが、僕の空きっ腹を締め付ける。自分の体が無意識に求めていたものを読み取られ、そのまま目の前に出されたようだ。
惹きつけられるままに箸を取り、麺をすくって一口啜る。

「……ッ!!」

 麺にまとわりつく、量にしてほんの少しの出汁が、舌に、胃に染み込んでくる。
麺も、具のネギも、卵も、家の冷蔵庫にあったものを使ったのだと思うが、出汁の具合ひとつでこうも変わるものなのか。
何度かそのまま出汁のみで楽しんだ後、半熟の黄身を潰して麺に絡め、さらに啜る。
出汁の塩気を、卵の滋味がトロリと包み込み、互いが互いを引き立てている。
ネギのシャキシャキとした食感と辛味も、味に単調さを持たせないアクセントになっている。
ものの数分。最後まで食欲が緩むことなく、出汁まで全て飲み干してしまった。

「…ッッ…はぁー……。」
「お味はいかがでございましたか?」
「……美味かった。」

 捻りも何もない感想だが、それしか言葉が出てこない。
文で生活をしている身としては若干悔しいが、本当に美味かったのだ。

「ありがとうございます♪
 それでは、デザートにこちらもお召し上がり頂きたくございます。」

 そう言って出してきたのは、またもやあのメイド味ゼリー。

「…間食と同じものを出すっていうのは、どうなんだ?」
「そうおっしゃらずに。どんなものにもピッタリのデザートでございますよ?」
「まあ、出されたからには食べるが。」

 不満を言いながらも、スプーンでゼリーを口に運ぶ。
よく冷えたゼリーが、舌に残る熱と、鼻腔に残る出汁の後味をスッと洗い流していく。
食事を終わらせるデザートとしては、確かにぴったりだ。

「ごちそうさま。…流石に眠くなってきたな。」
「さようでございますか。それでは、お休みなさいませ。でございます。」
「…そういえば、お前の寝場所を決めてなかったな。」
「ワタシは別に、そのへんの床や椅子で構わないのでございますが…」
「僕が折角、会ったばかりのお前の為に宛がってやるんだ。受け取っておくもんだぜ。
知ってると思うが、廊下の端に空き部屋が一つあっただろう。そこを好きに使っていい。
ベッドは無いが、布団はあるから。」
「ありがとうございます♪やはり御主人様は、お優しい心根の方でございますね。」
「…ふん。
粗雑に扱って、後で報復されてはたまったものじゃあないからな。」
「うふ。うふうふ♪」

 ともあれ、こうして僕は、このあやしいメイドを家に置く事になったのだった。
いつか、僕の為にネタをありったけ提供してもらうか、さもなくば、尻尾を掴んでやる。
…当時は、それだけしか頭になかった。





 一ヶ月が過ぎた。
最初は警戒していた僕だが、毎日一緒に生活していれば流石に慣れ、休憩時には、無防備にも一緒にくつろいだりもしてしまう。
今日もまた、ソファーの上に寝転がっていると、雑事を済ませたハトゥフが寄ってきた。

「御主人様。耳掃除でもいかがでございますか?」
「耳掃除ィ?そんなの自分でやるよ、子供じゃないんだから。」
「自分でやっても、意外と取れないものでございますよ。特に奥の方とか。
 ここはお任せ頂きたくございます。他人にやってもらう事の気持ちよさは、御主人様も小さな頃にご存知でございましょう?」

 暖かい陽気のせいか。僕の気も緩み、つい身を任せたくなってしまった。

「じゃあ、頼む。」
「かしこまりましてございます♪うふ。うふうふ。」

 ソファーに座った彼女は、太股の上を叩いて、膝枕の状態になるよう促してくる。
拒否するのも面倒だったので、大人しくその上に頭を乗せた。

「では、始めますよ。動かないで頂きたくございます。」

 いつもの事だが、背後からサッと耳かきを取り出し、そっと僕の耳の穴に差し込む。
耳かきの先端が、強すぎず弱すぎず、耳の内部をひっかく。
耳の中にある痛みを感じる点に触れることは避け、耳垢のみをこそげながら、穴の気持ちいいところを的確に刺激してくる。

「かゆい所はございませんか?」
「いや…ない。いい感じだ。続けてくれ。
…だが、シャンプーの時に使う台詞じゃないか?それ。」

 陽気のせいで、つい眠くなってくる。
他人に身を任せる感覚は、本当に子供の頃ぶりだ。
しばらくの間、うつらうつらと、眠りと現実の狭間を楽しんでいたが…

(ぺちゃっ、ぺちゃ…)

 途中から、なにやら、粘着質な水音が聞こえてきた。
普通に耳かきをしているなら、こんな音はしないだろう。
異変はそれだけではなかった。
内壁に当たる、よくある普通の竹製の耳かきのはずの感触が、妙に生暖かく、湿っぽいように感じる。
ハトゥフの呼吸が、荒く、熱く、艶かしげになり、間近に顔にかかっている。
ぼんやりする意識の中、薄く目を開けてみると…
ソファーの正面。電源の入っていないテレビの画面に映って、見えた。


ハトゥフが僕の耳の穴に顔を近づけ、耳かきではなく、
自分の舌』を入れている光景が見えた。


!!?

 その光景を脳みそが理解すると、驚きのあまり体が大きく跳ねる。

「ああっ、暴れてはダメでございます!?」

ハトゥフが咄嗟に耳かきを抜き、僕の頭を押さえつける。
…頭を動かして直に見ると、手に持っているのは、やはり普通の耳かきだった。

「いきなりお暴れになられて…いかがなさったのでございますか?
 もしや、痛いところを刺激してしまったとか?」

 珍しく、驚いたような表情をしている。
見た感じでは、今まで何事もなく、普通に耳掃除をしていたように見える。

「い、いや…何でもない。大丈夫だ。」

 動揺から、若干呼吸が荒くなっている。汗も出てきた。

「さようでございますか。…続きは、いかがでございますか?」
「…済まないが、もういい。自分でやる。」

 さっきのアレは、僕の見た幻か?それとも…
どちらにしろ、気を引き締めなければ。仕事も、ハトゥフの観察も、精神をはっきり保っていなければ進まない。



 しかし異変は、それだけには留まらなかった。
ハトゥフが持ち込んだものの一つに、蓋付きの大きな金属製タンブラーがある。
「水分補給は大切でございますよ」と、比較的最初の頃に渡され、中には、あの不思議な味の紅茶を冷やしたものが入っている。
蓋には、市販のものよりやや太い、某バーガー屋のシェイクについているようなストローが刺してあり、そのまますぐに飲めるし、うっかり倒しても被害が少ない。仕事中の水分補給に、実に役立ってくれるものだ。
あの耳かきの事件から数日後、僕はいつものように、仕事部屋に篭って文章を打っていた。
しばらくして水分が欲しくなり、いつものようにタンブラーを手に取り、ストローを吸った。

「ん…、今日はミルクティーか。」

 いつの間にか、僕もすっかり好きになってしまっていた、いつもの不思議な味の紅茶。
そのままでも美味いが、ミルクを入れるとまた違った味わいになる。ハトゥフ曰く、この紅茶をミルクティーにするならば、紅茶4:ミルク5の割合がいいらしい。
茶葉の香りと溶け合うまろやかな風味が、甘味をさらに引き立て、疲れた脳のいい養分になる…ような気がする。
飲んでいると深くリラックスすることができ、しばらく新鮮な気持ちで取り組めるのだ。
だが、飲んでいる間は安らぎすぎて、作業に集中できなくなるのが欠点か。
あぁ…本当に落ち着く。この柔らかく包まれるような感覚。これはまるで…

「……ん?」

 気が付くと、何か青紫色のものが目の前にある。
丸く大きく柔らかそうな、自然な曲線。視線を上げると、何故か、こちらを見ながら恥ずかしそうに頬を上気させたハトゥフの笑みがあった。
そして今、僕が吸い付いているのは、ストローではなく…

「…!?」

 口を離す。
…目の前にあったのは、いつもの作業机と、いつもの色あせた灰皿と、いつもの若干くたびれたパソコン。
ハトゥフなど何処にも居なかった。
これまで言われた事はしっかりと守ってきた彼女が、『仕事中は絶対仕事場に入るな』というのを破り、今ここに入ってきたとも考えづらい。

「…だが、万一という事も…ある。」

 あんな幻覚を見たばかりだ。それにこちらは、未だハトゥフについて殆ど掴めていない。

「ハトゥフ!」

 仕事場のドアを開け、顔だけを出して呼びかける。
ハトゥフならすぐにやって来るはずだ。もし来られないのなら、それは『居てはいけないはずの所』に、顔を出すに出せず隠れているからに違いない。

「お呼びでございますか?」

直後にハトゥフは、階段を登ってやってきた。
やはり、仕事部屋には居なかったのだろうか?

「お茶のおかわりでございますか?」
「い、いや…今はまだいい。」
「さようでございますか。…息が乱れてございますが、何かございましたか?」
「いや…何でもない。何でもないんだ。
 ただ、ちょっと確認のためにな。呼びつけておいて、悪かった。」

 まさか、「お前の乳を吸う幻覚に襲われた気がしたんだが」なんて、言えるわけがない。

「いえ、御主人様にお呼びいただけるのですから、悪い気分などございません。
 また何かございましたら、お気軽にお呼び頂きたくございます♪うふ。うふうふ。」

 そしてハトゥフは戻っていったが…結局その日は、寝るまで作業に集中できなかった。


 幻覚はそれから、益々ひどくなっていった。
朝目覚めた時、頭の下にハトゥフの膝枕のような感触を感じ、箸や歯ブラシなど、何かを口に入れると、ハトゥフと舌を絡めてキスをしているような幻を見る。
いつも叩いているキーボードは、まるで女の尻のような柔らかい感触になっているし、風呂に入っていると、ハトゥフが全裸で一緒に入っている姿が見え、眠るときまで、にんまり笑いで覗いているような気がする。
おかげで仕事は手につかず、ハトゥフを見るたびに、なんというか、劣情を掻きたてられて、たまらない気分になる。
しまいには、出される食事全てが、デザートの『メイド味ゼリー』のような味に感じられるようになってきてしまった。
本来なら塩味のはずのもの。辛いもの。酸っぱいもの。和・洋・中。何を食べてもメイド味か、あの紅茶の味しかしない。水道水すら紅茶の味だ。

…そんな日々が続いて、流石の僕の精神も、限界に近付いていた。
もはやこれは、ハトゥフが何かしただのしてないだのという段階じゃない。
僕の身には、確実に何かが起きている。原因は、紛れもなくハトゥフだ。
彼女から離れ、回復を待つと共に、何が起こっているかじっくり考える時間が必要だ。

「取材…でございますか?随分と急な事でございますね。」
「…ああ。悪いが、しばらく帰れそうにない。」
「同行させていただけないものでございましょうか?決してお邪魔には…」
「無理だ、付いて来ようなんて考えないでくれよ。
お前を連れて行くことで、何かトラブルがあるかもしれない。そういう所に行くんだ。」
「ですが…」
「その代わり…家のことを頼む。鍵は渡しただろ?」
「…かしこまりましてございます。」

 笑みがなくなり、悲しげな顔になるハトゥフ。
悪い事をしたかな…と思ってしまったが、状況が状況だ。
どうにかして、僕の身に起きていることを解明し、対策を練らなければ。
場合によっては…



 とりあえず家から遠く離れた県まで行き、そこの安宿にしばらく滞在することにした。
ここもあまり人が来ないところで、リゾート地でもなんでもないが、自然豊かだ。
やや離れたところになるが、大きな図書館があるので、精神医学やオカルト関連、その他諸々の文献を読み漁るのが目的だ。

「はぁ…少し疲れたな。」

営業時間いっぱいまで図書館に居座り、宿に帰れば借りた本を読みつつ、持ってきたノートパソコンでインターネットから情報を集めながら、時間が過ぎていく。
だが、なにせ寂れた土地の安宿。大抵は汚く、サービスも安い。…ここがまさにそうだ。
加えて、最低限の荷物とノートパソコンしか持って来ていなかったから、何かと不便だ。
設備の揃った自宅が恋しい。望んでここにいるわけじゃあないから、余計に。
それもこれも…そう、ハトゥフが原因だ。
本人に意図や自覚があるかどうかはわからない…いや、かなり怪しいが、彼女が僕の精神に影響を及ぼしているのは間違いない。
なにせ、不思議なことだが…
『家から離れた途端、幻覚がパッタリと止んだ』のだから。
僕の知っている限り、幻覚症状がある日突然消えることなどない。ましてやあれほど酷いものなら、長い期間の静養を経て、少しずつ精神を治していくものだ。
こうも簡単に治ることなどありえない。…それこそオカルトでなければ。
それに、治ったとはいえ、あの家に戻れば、また幻覚を見るだろう。
幻覚を見る原因を解明して、なんとかしなければ…あの家には帰れない。
冗談じゃあない。あれは僕の家だ。必ず家に戻ってみせる。…最悪、ハトゥフを追い出してでも。

「ハトゥフ、茶を……いないんだった。」

 もうすっかり習慣になってしまっているが、幻覚の、考えられる直接的な原因といえば、疑う余地なく、あの紅茶とメイド味のゼリーだろう。
幻覚を見る前までは、そのまま食べたり、ハトゥフが作ったお菓子のトッピングとして練りこまれていたりと、ほぼ毎日、色々な方法でメイド味ゼリーや紅茶を摂取していたのだから。
では、あれを拒否すれば幻覚も出ないのだろうか…というと、違う気がする。
幻覚がひどくなってから、ハトゥフが出すゼリーや紅茶は、理由をつけて拒否していた。だが、幻覚はそれだけではまったく収まらなかった。
それがこうして家から完全に離れて、はじめて出なくなったのだ。
幻覚の理由は、ゼリーや紅茶だけではない。もっと何かがあるはずだ。
それは何だろう…?
流体状に変化する、物を溶かすだけでなく、たとえば催眠超音波を出す能力を、ハトゥフは備えているとか…?
そこの所について何か情報がつかめやしないかと、こうして調べ物をしているのだった。

「…あっ、くそ。もうオイルが無い…」

 ハトゥフが来てからあまり吸わなくなった煙草も、また吸うようになり始めた。
だが、家からライターを持ち出すとき、うっかりオイルの切れかかったものを持ってきてしまったらしい。
替えのライターなんかはこの宿に置いてないし、最寄のコンビニまで行くにも、徒歩では遠過ぎ、しかも深夜でバスも無い。車は最初から持ってない。
人が来ないからって、つくづく不便な宿を借りてしまったもんだ…

「こんな時、ハトゥフがいれば…と思ってしまうな。」

 ハトゥフに頼めば、何でも手品のようにサッと背後から出してくれる。
本人は「メイドとして当然でございます」と言っていたが、それにしたって用意がいい。
だが、あれだけ色々なものを、一体どこから仕入れて、どこに仕舞っているのかは、観察していても未だにわからない。一応給金は出しているが、それを使って何かを買っているようなところは見たことがないし…
ハトゥフの謎について考えを巡らせながら、借りた本のページをめくっていく。
クトゥルフ神話について解説している本だが、その中のある一頁に目が留まった。

「…ん?待てよ。これ…は……」

 そのページは、目や口や触手が乱雑についた不定形の生物の挿絵から始まっていた。
ショゴス。
はるか昔、地球にやって来た『古のもの』によって、奴隷として生み出された生物。
タールのような粘液状の体を持ち、「テケリ・リ」という独特の鳴き声を発する。
知能は低いが、必要に応じて体を変化させて様々な器官を作り出し、
物や人間、どんなものにも自在に変身できる。

どんなものにも、自在に、変身できる。

「…ああああああッ!!

 頭の中の様々な疑問が、一つの答えによって結ばれた。
ハトゥフは、『何でも用意できる』んじゃあない。『何にでも、なれる』のだ。
『物を溶かす』わけでもない。そう見えただけで、『最初から、それはハトゥフの一部だった』のだから。
…固定観念、思い込みというのは、実に恐ろしい。
ホラー・オカルト系の作家として、いまやクトゥルフ神話は欠かすことの出来ない知識であり、僕も少なからずクトゥルフ知識はあるし、ショゴスについても無論知っていた。
だが、ハトゥフとショゴスを結びつけて考えたことなど、今の今までなかったのだ。
この本の挿絵と本文のように、ショゴスは『目や口が乱雑についた粘液状の生き物で、知能は低い』というのが普段の姿だと思い込んでいたから。
最初に現れた時に、『物を溶かす』『何でも用意できる』と、勝手に思い込んでいたから。
今思えば、あの独特な鳴き声も聞いていたのだが、
何よりも、『神話生物など、現実にいるわけがない』と、心のどこかで思い込んでいた。
それがそもそもの間違いだった。
ハトゥフは、ショゴスなのだ。そうでなくても、それに近い生き物だ。
彼女が用意した物は、この家にあったものだとばかり僕が思い込んでいた物は、
そして彼女が出す紅茶や『メイド味のゼリー』は…

「…うっ、オェ……」

僕はなにも気付かないまま、彼女が自分の体から作り出した様々な物に日常的に触れ合い、あまつさえ、食べ物として体内に取り込んでいた…影響がないはずがない。
現実にいるショゴスがどんな姿か。日常的に触れ合い、その身を食べることでどんな影響があるのか。実際に試して知っている人間が、果たして存在するだろうか?
幻覚のひとつやふたつ…あるいは、もっとタチの悪い効果が現れたっておかしくない。
それへの対処法に関する『正確な』情報など、恐らく何処を探しても、ない。
あの家にハトゥフが居る以上、精神への影響から逃れる方法は、ない。
ハトゥフを追い出すにしても…彼女が拒否したら、どうする事も、出来ない。
もはや僕には、あの家を捨てるか、幻覚に狂い果てるか、その二つしか残されていないのだろうか…



 さらに数日後。

「…ゼリー……駄目だ。耐えなけりゃ…」

 幻覚以外の影響は、意外に早くやって来た。いや、とっくに来ていたのか。
ここに泊まってからも、気が付くとハトゥフの紅茶やゼリーを口にしたくなっていたが、
その欲求は、日増しにひどくなってきた。
…特に、家を捨てることを考えるほど、余計に影響は強くなるのだ。
実家に帰るか、あるいはどこか別の場所に家を借りるか、何処にするか、予算は…
考えを進めるほどに、欲求は強くなり、時には頭痛や吐き気さえする。
まるで脳が、ハトゥフと離れることを拒否しているようだ…。
だが、だからといって離れることを考えるのをやめただけでは、結局は同じことだ。
気を抜けば、ゼリーと紅茶の味、奉仕への欲求、更にはこれまでのハトゥフとの生活の記憶まで、走馬灯のように頭に浮かんできて止まらない。
それは麻薬の禁断症状のように、僕の精神をますます縛り付けて放さない。
日に日に…抗えなくなってくる。

「くそっ…ハトゥフ…ハトゥフ…ハトゥフ…!」

 ゼリーが食べたい。紅茶が飲みたい。食事を用意してもらいたい。掃除をしてほしい。風呂を沸かしてほしい。ゼリーが食べたい。また耳かきをしてほしい。服のボタンをつけてほしい。膝枕をしてほしい。完成した話を見てほしい。紅茶が飲みたい。肩を揉んでほしい。ゼリーが食べたい。ハトゥフが欲しい。紅茶が飲みたい。愚痴に付き合ってほしい。ハトゥフに触れたい。ハトゥフの服を剥ぎたい。ハトゥフの大きな乳房を揉みしゃぶりたい。ハトゥフに穴はあるのだろうか。なければ作って、思い切りブチ込みたい。あのにんまり笑いが快楽で熔けるところが見たい。ハトゥフの中に思い切り吐き出したい。ハトゥフを犯したい。ハトゥフを犯したい。ハトゥフを犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい。犯したい…

…やっと、悟った。

僕はもう、逃げることなど、絶対に、出来なかったのだ。

ならば、いっそ…

「…今、帰るぞ。ハトゥフ…」





 実際は一ヶ月も経っていないのだが、見慣れた家のドアを前にすると、まるで何年も帰っていなかったような心持ちになる。
侵食された肉体が急かすのだ。下品な表現だが、便意や尿意を必死に我慢した末に、ようやくトイレを発見したような感覚に似ている。
ドアを開ける。鍵はかかっていない。ハトゥフは居るだろうか…。いや、間違いなく居る。
彼女が家の管理を放棄し、家を空けることは考えづらいし、何より、身体がハトゥフのいる方に惹きつけられているようだ。だからここまで来た。
目の前に広がっていたのは、見慣れた玄関と…

「…おかえりなさいませ、でございます♪」

満面の笑みを浮かべる、もっとも会いたかった相手が居た。

「心配してございました。御主人様がこのままお帰りにならなくなってしまうのではと…」
「…逃げられないようにしたのはお前だろう。
 もう、お前の世話がなけりゃあ、僕はまともに生きられるかどうかすら怪しい…
 僕の負けだ。お前の目的が何なのかはまだ分からないが、煮るなり焼くなりするといい。」
「…そんな事が目的ではございません。最初に言ってございましたでしょう?
 ワタシは、御主人様にお仕えするのが役目であり、望みだと。」
「…それだけ?
それだけのために自分の一部を食べさせて、使わせて。幻覚まで見せたってのか?」
「幻覚…さようでございますね。ご用意したものの正体も、ご存知でございましたか。
 ワタシ達がお仕えした方は、次第に、肉体がワタシ達の体に近付いてしまうといいます。
 御主人様が見た幻は、そうなり始めた影響でございましょう。
ワタシ達にとって、御主人様のためにご用意したものは全て、舌も、胸も、女性器も同然…
御主人様がワタシ達の肉体に近付いたことで、その正体が垣間見えたものかと。
 …申し訳ございません。御主人様に、恐ろしい思いをさせてしまって。」

 笑みは無くなり、しおらしく謝るハトゥフ。

「…主人を害することが分かっているなら、仕える事すら自重してほしかったがな。」
「害するなんてとんでもございません。幻も、一時的なものでございます。
 もっと早くご説明していれば…。完全に、ワタシの落ち度でございますね。
 重ね重ね申し訳ございません。ワタシの至らなさゆえに…」
「それはもういいが…この後、僕はどうなる?
 この手の話のセオリーからすると、僕もお前みたいな姿になって、次の仕える相手を探して彷徨ったりするのか?」
「いえ、そんな事はございません。見た目も心も、御主人様のままでございます。
お仕事も、ちゃんと続けていけます。ご安心を。」
「そうか…。
ようやく、安心した。」

 僕が恐れていたのは、狂ったり、人間をやめたりすることで、今までのように仕事が出来なくなることだった。
だが、仕事さえ続けられるなら、大体の物事は受け入れられるだろう。

「ただ…危険に晒されると、ワタシのように、半流体状の体になるそうでございます。
 病気にはかからなくなり、刃物や銃弾は体をするりと通り抜け、車にはねられても無事でいられるとか。」
「…病気にならないのはありがたいが、脚本家に必要な能力じゃないな、それ。
まるでスーパーマンじゃあないか。
 そんなことより、あと…もう一つ、あったりしないか?」
「承知してございます。
 …下も、お辛いのでございましょう?」
「ああ。実は、今もお前を犯したくて犯したくて仕方ない。
これもお前の仕業なんだろ?」
「はい、さようでございます。」
「認めたな。それで…どうしてくれるんだ?」
「勿論、ご奉仕させて頂きたくございます♪
 まずは寝室へ参りましょう。うふ。うふうふ…」



手を引かれ、寝室までたどり着くや否や、僕はハトゥフの服を思い切り破り剥いだ。

「あぁっ♪乱暴でございますねぇ…」
「どうせ元に戻るだろう。ネタの為に、こういうのも一度やってみたかったんだ。」

 余裕のある口ぶりだが、そう取り繕っているだけで、理性の限界も近い。
不定形の体で出来た白く素朴な下着もちぎれ飛び、中から飛び出した青紫の裸体は、今まで見てきたどんな物よりも僕を性的に興奮させた。

「うふ。うふうふ。ワタシも恥ずかしいので、そんなに見つめないで頂きたくございます…」
「人目を誘う体型しといて、何を言ってるんだ…!」

 これまでは幻覚の中にしかなかった二つの豊かな膨らみを、押し潰さんばかりに握り締める。人間なら痣が出来て痛がる事だろうが、ハトゥフは力をどれだけ込めても、それを柔らかく受け止めてくれる。

「はっ、あふ、っくぁぁ…いけません、お止め頂きたく…」

 ハトゥフは制止の言葉を発するが、その中には明らかに艶が含まれている。
拒否からではなく、僕の興奮と支配欲をより一層高めるための言葉だ。

「止めて欲しいんなら…鎮めてみせるんだな。」

 乳房から手を離し、窮屈なズボンを脱ぎ捨てる。
あまり性欲の強くない僕が、これまでの人生で一番強く、猛り狂っている。
ハトゥフは溶け広がる下半身を跪くように沈め、さも美しい芸術品でも見るかのように、むしろ正反対に位置するそれを眺める。

「失礼しましてございます…♪」

 そして大きく口を開け、一息に根元までくわえ込んだ。

「うっ、ぐ…!!」

 すでに爆発寸前になっていたものが、そのショックで一気に弾ける。
ハトゥフの温かい口内は、あっという間に白濁で埋め尽くされた。
だが、狂った僕の肉棒は、一回程度ではまったく硬さを失わない。

「まだだ…!これくらいは、耐えられるだろ…!?」

滑らかな髪ごとハトゥフの頭を両手で掴み、道具を使うように力任せに前後に動かす。
精液と唾液と空気が混ざった、汚い粘着音が激しいリズムで響く。

「んッ…!?うっ、ぐぷっ、ぷぼ、ごほっ、うぷ…んぶぅ!」

口内の精液を喉奥へ押し込むように、奥へ奥へと突き込んでゆく。
唇と棒の間から、時おり鼻からも、喉まで入っていかない精液が吹きこぼれる。
相手の呼吸なんてまるで考えていない所業だが、ハトゥフは目尻から涙を零しつつ、なおも、どこか恍惚としている。大丈夫そうだ。やはり呼吸は別のところからも出来るらしい。

「搾り取ろうとして…!?くそっ、なんて淫乱な奴だ…!」

 揺さぶられながらも、舌は柔らかいブラシのように裏筋を撫で、磨き上げる。
口内の構造はいつの間にか、ただの口から、オナホールのような複雑にして絶妙な形状に変化し、喉奥は掃除機のように次の精液を吸引しようとする。
ペニスから与えられる快感は、僕の両腕を強く、激しく、止まらずに動かし、ハトゥフの頭で扱くことを止めさせようとしない。
まるで僕の体がハトゥフの頭と融合し、ひとつの『そう動くように仕組まれた機械』になったかのようだ。
自動的と言っても差し支えないほど、この乱暴な行為が生み出す気持ちよさと征服感は勝手に蓄積していき…やがて一杯になる。

「ぉぶッ!!ん……んぐ…ごくっ…くっ……」

 放たれた二度目の精液を、今度は全てそのまま飲み下していくハトゥフ。
このままいつまでも動いていそうだったが、飲み終えると、ハトゥフが流体状になって手から逃れた。

「…どうして、逃げるんだ?おい。」

 まだ衰える気配すらない狂棒をいきり立たせ、つい苛立たしげな声を上げてしまう。

「逃げたわけではございません。
 御主人様はまだ、ワタシの体で一番、支配していただきたい、お好きに使っていただきたい所を、お使いになって頂いていないではございませんか。」

 ベッドの上に横たわり、太股の間のそれを、ハトゥフ自らの指で押し広げる。
人間のような桃色をした、ぬらりと煌めく肉が、女の匂いの涎を垂らして待ち構えていた。

「御主人様がお望みなら、ワタシは便器にも、子袋にも、むろん恋人にも、喜んでならせて頂きたくございます。
 さあ、こちらに。一緒に溶け合いましょう…?」

 もはや物も言えず、ハトゥフの穴に尖端を押し付け、一息に最奥まで貫く。
いや…『ハトゥフに飲み込まれた』と言ったほうが正しいかもしれない。
突き入れた尖端から消化されるように、張り裂けそうに硬い肉棒が、熱くドロドロになって溶けていく感覚がするのだから。
そこだけではない。溶け崩れたようになっているハトゥフの下半身に触れる僕の両足が…腰が…下半身すべてがハトゥフに消化され、一体化していくようだ。
痛みは無い。ただただ、熱さがある。そしてそれが、すべて快感に変わっていく。
動かなくとも、どんどん射精へと追い詰められそうだ。

「はぁっ…はぁ……素晴らしい事、で、ございましょう…?」
「ああ…。だが…調子に…乗る、な…!」

 ハトゥフに溶かされ、侵食されつつある下半身を、暴走する支配欲と性欲とで動かし、
腹を突き抜けそうな勢いで、力の限り熱い肉杭を打ち込む。

んひぃぃっ!?…かはっ、あっ、ごしゅじん、さま…♪」
「そうだ、御主人様、は、どっち…だ!?言ってみろ…オラァ!!」

 まさに杭打ちのように、胎も突きぬけよと何度も何度も、深く深くと捻じ込んでいく。

「ぁあぁっ、もちろん、あなた、さま、で、ござい、ます…ひぐうぅぅッ!」

引っ張られて延びては、勢いよく戻ってまた反発するゴムのように、ハトゥフを犯す腰は動き続ける。もう、両足はほとんど一体化してしまっているのだろう。一定以上の距離からは離れられない。離れるつもりも無いが。

「そうだろうがッ!勝手に、体を、溶かし、やがって…!
 お前は、僕の、メイド…だろう!この…乳も!」

 胸の上で盛大に振り回される、まさに西瓜ほどのサイズの二つのゼリーを側面から握りこみ、上に引っ張るように思い切り握り上げる。
僕の親指と人差し指の間の輪から、赤紫色の乳首が絞り出され、反射的に口でしゃぶりつく。
味がする。メイド味がする。目の前のメスの味だ。

「はぁあああっ♪だめで、ございますよぅ…おっぱいを、そんなに、されてはぁ…!」

 乳房を握り締めた手に、半ば噛み付きながら乳首を味わう口に、餅のようにハトゥフの肉が貼りつき、そして僕を熱く溶かしてゆく。
ハトゥフは僕の背に両腕でしがみつく。背中から胴体に溶解が広がり、一体化し始めた。
もはや僕は声すら出せない。視界はハトゥフの乳で埋め尽くされている。
連続する快楽と、聴覚が拾うハトゥフの嬌声だけが、まだセックスが続いていることを認識させる。

「ごしゅじん、さまぁ、あっふっ、すてき、れ、ございましゅぅぅ…!!」

 そのうち、視界も、聴覚すら飲み込まれていく。
わずかな思考すら焼ききる快楽の中で、どこまでが僕だったか、僕はどういうカタチをしていたのかさえ、もうわからなくなってきた。
溶けて混ざり合う互いの体の中心で、ただ、赤熱した溶岩のような二つの性感の塊が激しくぶつかり合っていることだけが、おぼろげに認識できる。
ぶつかり合う度に、二人の間に強烈な快感の波動が響き、その瞬間だけ、互いのペニスとヴァギナの形がわかった。
だが、そんな状態になっても、やはり限界はある。
最後に、ひときわ巨大なものがこみ上げてくる感覚。力を込めて一気にぶつかり…
互いの性感の塊が、爆発した。

あふあああぁぁぁぁぁ……んッ!!

 ハトゥフの絶頂の声も遠く、爆発したペニスから迸る、白く粘っこい濁流は止まらない。
正常な思考能力がそぎ落とされていく。僕の精神に残る正気が精液と混ざり、ハトゥフの肉袋へ排泄されているようだ。
まだ迸りは止まってもいないのに、互いの性器は再び動き出す。
とある生物のオスは、つがいのメスの胎内に取り込まれ、死ぬまで精子を生産し続けるだけの存在に成り果てるらしいが、僕もそんな物になってしまったのだろうか?
だが…もはやそんな事は、どうでもよくなってきていた。

目の前のお前を犯し、支配してやる。
目の前のアナタに溶かされ、支配されたい。

心にすら境目は無くなり、支配欲と被支配欲が混同して暴走する。
ふたつから、ひとつの完結するモノとなった僕たちは、果てなく混ざり合い続けた。
いつまでも。





「………?」

 意識を取りもどす。僕の体は、今までの人生のものと変わらず、そこにある。
ベッドシーツは汚れていない。汗すら染みてはいない。

「元の…ままだ…?」

だが、隣にはハトゥフが眠っていた。彼女も、これまでと変わった様子はない。
ぼんやりとしか覚えていないが、あれもまた幻覚なのだろうか?
…と思ったが、自分達が生まれたままの姿になっていることから、完全な幻ではなかったことが推測される。少なくとも、ハトゥフと『行為に及んだ』のは事実のようだ。
そうして観察していると、ハトゥフが目覚めた。

「あ…おはよう、ございます。」

 寝起きで目をこするハトゥフ。思えば、今まで起きている所しか見ていないから、非常に珍しい光景だ。

「うふ。うふうふ。ゆうべは…素晴らしく…凄う、ございました。
 ワタシも、気持ちよすぎて、つい…。
 不覚にも、御主人様と寝所を共にしてしまったのを、お許し願いたくございます。
 すぐに出たほうがよろしゅうございますか?」
「いや…、このままでいい。」
「ありがとうございます…♪うふ。うふうふ。それでは、もう少しこのままで…」

 行為の余韻のせいか、動くのもひどく億劫だ。
ハトゥフに世話をさせるよりも、こうして居させた方が今は落ち着く。

「…なあ。」
「はい?」
「お前は…ショゴス。で、いいんだよな?」
「ワタシの種族の事を、ご存知でございましたか。その通りでございます。」
「よく知ってたさ。…まさか現実にいるとは、思わなかったがな。」
「ワタシ達も、まさかワタシ達について書かれた本や資料が、『この世界』にあるとは思ってもございませんでした。しかも、はるか昔のワタシ達のような姿で…。
もしかすると…あれを書かれた方は、どこかでワタシ達の仲間に出会って、それをモデルに書き上げたのかも知れないのでございますね。」
「そいつはなんとも…夢のある話だな。ハハハ。」
「うふ。うふうふ♪」

 実に想像が膨らむ話だ。
いずれ、こんな風に解釈をしたクトゥルフ物のシナリオも…作ってみたいものだ。

「…御主人様。」
「なんだ?」
「今は、ワタシの事を恐ろしくお思いでございますか?」
「…そうでもないな。」
「…ワタシは、御主人様にお仕えしたい気持ち以上に…御主人様を、愛してございます。
 御主人様は…いかがでございますか?」
「……いかがも何も。
どうせ僕は逃げられないんだろう?だったら、死ぬまで世話をしてくれないと困るぜ。」
「それは勿論でございますが…それだけ、でございますか?」
「……。
…一生一緒にいるんだから、隠しても仕方ないな。本心を言ってやるよ。

…好きだ。人間じゃないとか、逃げられないとかは関係なく。
お前無しでの生活は、もう考えられない。…これでいいだろ?」
テケリ・リ!…はい。お気持ちは、もう十二分に伝わりましてございます♪」
「…もう言わないからな。」
「かしこまりましてございます。うふ。
…ですが、もう一つだけ、お願いを申し上げてもよろしゅうございますか?」
「まったく…手間のかかるメイドだ。何だ?」
「口付けを、頂きたくございます。…いかがでございますか?」
「…しょうがないな。」

 また溶けたら面倒だな…と思いつつ、唇を重ねてやる。
口付けは、やっぱりメイド味だった。





 一線を越えても、肉体が変化しても、ハトゥフとの関係は、これまでとあまり変わらない。
僕が仕事をし、ハトゥフが家事をする。そうして、月日は変わらず流れつづける。

「御主人様、お茶が入りましてございます♪」
「ああ、そこに置いといてくれ。今のとこだけ終わらせたら飲む。」

 これまで仕事中は誰も入れなかった仕事部屋も、ハトゥフなら別だ。

「完成したら、また最初に見せてやろう。」
「嬉しゅうございます♪うふ。うふうふ。
 あの大ヒット作の脚本家様の新作を最初に見られるなんて、光栄にございます♪」
「褒めたところで、夜のご褒美くらいしか出ないぜ?
 それに…国内の大ヒットくらいじゃ、まだまだ満足できない。
 いずれは、世界中に僕の手がけたシナリオの作品を見せてやるつもりだ。」
「うふ。うふうふ。ステキな野望にございますね。
 ではワタシも、どこまでもどこまでも、御主人様にお仕えしましてございますよ♪」



たまに、行為中でなくても、自分がどこまで自分なのかわからなくなる時がある。
いま立って歩き、仕事をしている僕の肉体は、本当に僕の物なのだろうか。
ハトゥフによるメイド味の奉仕を受け続けていると、僕そのものが、ハトゥフの一部であるような感覚に襲われるのだ。
…いや、実際にそうなのかもしれない。けれど恐ろしくはなかった。
たとえ僕がハトゥフだろうと、ハトゥフが僕だろうと、生活に差し支えはない。
誰よりも信頼と愛を寄せられる女性に支えられ、何不自由なく創作に没頭できる生活。
これ以上の幸福があるだろうか?


うふ。うふうふ…♪


今日もまた、メイド味の侍女への膣内射精と共に目覚め、メイド味の歯ブラシとメイド味の歯磨き粉で歯を磨き、メイド味の朝食を食べ、メイド味の侍女を抱き、メイド味の机に向かい、メイド味のカップでメイド味の茶を飲みながら、メイド味の侍女を犯しつつ、メイド味のキーボードで文章をしたためる。
どうしても外に出なければならない場合でも、メイド味の服を着て、メイド味の侍女と一緒か、侍女が詰まったメイド味の鞄を持って出かけ、用事をさっさと済ませると、出先でメイド味の侍女と何発かしてから帰宅する。
メイド味の夕食と、デザートのメイド味のゼリーを食べた後は、メイド味の風呂に入り、メイド味の石鹸で洗ってくれるメイド味の侍女と睦び合い、メイド味の布団の中で、メイド味の侍女と交わりながら、メイド味の口付けをして、メイド味の眠りに落ちていく。

僕の日常は、今やすべてがメイド味で、そしてすべてが幸せだった。

 
16/05/07 19:57更新 / K助

■作者メッセージ
 偽物・紛い物には、くれぐれもお気をつけ下さい。K助でございます。
恋するゼリーのアンケートで『ショゴスさんが見たい!』と言う声が多かったので、こんなかんじの番外編にしてみました。
ニセモノ、かつクトゥルフ物として、最初はもっと『詐欺に引っかかった末路』みたいな、ドロドロの堕落して仕事しない奉仕されるだけの生物になるというラストを考えて…いませんでした。
図鑑説明文からすると、御主人様を体で世話するだけで、積極的に堕としたりするような性質ではなさそうだったので。あと、主人のモデルにした人物(あんまり似てないけど、某・動かない天才漫画家)の影響もあるかな…。
主人の職業は、あまり家から出ない仕事という事で作家にしたのですが、漫画家だとモデルそのまんまなので、小説家か脚本家で迷ってました。
しかし、小説家だと…まあ、私のせいなのですが…そこそこ売れてる小説家のクセに一人称視点の文章が稚拙という矛盾が出てきてしまうので、脚本家にしました。
(あくまで「文章自体を読ませる仕事ではない」とごまかす為で、脚本家の方の文章が稚拙だと思っているわけではありませんので、脚本家の方が読まれていましたら何卒お許しを…。)
ちなみに、今作ヒロインであるハトゥフさんの名前は、
かせいふはみた
kaseifuhamita
iekiaamshatuf
I ekiaams hatuf
イ・エキアァムス・ハトゥフ
という、例のごとくアナグラムです。
ハトゥフの性格は、妖しいというより『怪しい』雰囲気で考え、その通りに描けたので、かなり気に入ってます。またどこかで出したいな…。
本物の『恋するゼリー』も勿論忘れておりませんので、期待しないでお待ち下さい。
それではまた。K助でございました。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33