読切小説
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トゥルプ-唯一度だけ-
「ねぇ、あの星。私でもつかめるかな?」

彼女がそうつぶやいたのはいつだろうか。
もうずっと昔なような気がした。




「そうそう、横に1、2、3」
「ううう……」

アッシュブロンドの髪の毛が揺れる。
愛らしいが僕の手拍子に合わせて踊っていた。
髪につけた紫色のチューリプのアクセサリーがまるで誘うかのようにゆらゆら揺れていた。

淡いグレーの肌を持つ彼女の名前はマリエル。

ゾンビと呼ばれるアンデットの魔物娘だ。
踊り子兼女優を目指して日々修行を重ねている。

僕はそんなマリエルのマネージャー…と言うほど大したことはなく。
簡単に言えば彼女のお世話係だ。
それも頼まれたわけでもなく僕が押しかけてやっているのだが。

「ディ……ルク」
「はいはい、どうしたの?」

僕が視線を戻すとマリエルがほっそりとした指で僕の袖をつかんでいた。
光のない目が僕を映す。

「私の踊り……どうだった?」

無表情なはずなのに、どこか不安げな感情を載せているように見えた。
まだ話なれないのか、たどたどしい話し方はまるで幼子のようにも思える。
僕はそんな彼女を安心させようと笑顔を作る。
すると、マリエルもすこし安心したようにうなずく。

「そろそろ冷えたかな?」

厨房へ赴くと、ちょうど出来上がっていた。
マリエルを座らせると、温かいコーヒーとストロープワッフルをテーブルに並べる。
彼女は無表情ながらも美味しいのか何度も味わうように咀嚼する。

「君は本当にこれ(ストロープワッフル)が好きなんだなあ」
「うう……?」
「なんでもない。さあ、次は歌の時間だよ」

僕がそう言って手をたたく。
マリエルはうなづいてゆっくりと歌う。

「二度と……ふ……たび訪れない♪もしかしたら……れはただの夢?人……はそうただ一度♪もしかしたら、明日にはもう過ぎ去っているのかもしれない♪なぜならどんな春でも5月は一回……だけだ……から」
***


ゾンビと言う種族という特徴からわかるように、彼女にも人間だった時があった。
魔物娘になる前のマリエル・ストラーテンは花売りをするどこにでもいる普通の少女だった。

そんな彼女は、とある男が劇団に彼女を紹介したことによって変わった。

マリエルは元々の素質があったのだろう。
いつしか、彼女には女優の道が開けていた。

恥ずかしそうにマリエルが僕に尋ねた日を思い出す。

「ねぇ、ディルク。私がスターを目指すのを応援してくれる?」
「当たり前だろ、応援するよ。君のフィアンセと同じように」

彼女は、それを聞いて少しだけ寂しそうな顔をした。

可愛いだけじゃなく朗らかで笑顔が素敵な彼女は、人を引き付ける才能があった。
僕は勿論、みんながマリエルを愛した。
彼女が今度の大舞台の劇で主役に選ばれたとき、それをきっかけとしてマリエルがスターとして
第一歩を踏み出すことと誰もが信じていた。

けれど、彼女が主演を演じることも。
スターとして第一歩を踏み出す機会も二度と訪れなかった。

舞台の当日、二人の男女の死体が見つかった。

元フィアンセは、マリエルが人気になるにつれ自らもその人気を自分の者だと錯覚すらしていた。
だがみんなから応援されて輝かしい道を歩み始めたマリエルとは違い、その振る舞いもあり周囲から徐々に信頼をなくして言った。
やがてマリエルともすれ違うようになり、劇に集中したいと距離を置かれるようになった。

男はマリエルが自分から離れていくのが避けられないと悟った時。
嫉妬に狂ったマリエルのフィアンセは彼女を呼び出し手をかけ、自らも命を絶った。
彼女の夢は、無残にも散ってしまった。

……その忌まわしき男が、僕とマリエルが出会ったきっかけだった。


***


Sとは村の酒場で出会った。
意気投合した僕たちは二人で都へと旅立った。
田舎での暮らしに嫌気がさしたのか成功を夢てたのか今となっては思い出せない。

日雇いの仕事を酒場で憂さを晴らす日々の中、Sがふと花屋に目を向けた。

「なぁ、ディルク。売れそうだと思わないか?」
「スナイダー。お前花のちしきなんてあるのか?」
「バカ、女のほうだよ」

そう言って花売りの少女を指さす。

「まるでポン引きみたいだぞ」 

Sの言い方にあきれながら僕もその少女を見た。
なるほど、笑顔の可愛い娘だった。
客たちも好かれているのだろう。花だけでなく彼女との会話も
楽しんでいるようだ。

だが、となりの男はそんな僕の感慨を知ることもなく客たちの間を
潜り抜けると彼女に声をかけていた。

戸惑う彼女におかまいなしに話しかけ、強引に何かに誘っているよう
だった。

僕はため息をつきながら2人の会話を取り持ちに行った。


「だからマリエル、お前が女優の素質があるんだよ!」
「そう、なの?」
「スナイダー、落ち着いて」

結果として、花売りの少女……マリエルと僕たちは知り合い…友人となった。
うらぶれたカフェで、Sは熱心にマリエルに女優を目指すように口説いていた。

「でもお母さんが……」

マリエルの母は舞台や踊り子をいかがわしい商売だとして娘がかかわることを嫌がっていた。
それに弟や妹がいる身としてそういう道に進むのがいいか迷っている節もあった。

「マリエルは、女優に興味があるの?」
「ないことはないけど……」

結局マリエルは押し切られるような形でSの提案に頷くことになった。
僕とSは彼女のマネージャー(もとい雑用)となってサポートすることになった。

要領のよいSは彼女のマネージャー業に一本精を出す一方、僕は町の料理屋の下働きの仕事を見つけることができた。
休日は彼女の仕事を手伝い、おもに彼女の食事を担当した。
Sは大金をはたいては画家にマリエルの絵を描かせ、有名な劇団に送り付けることを繰り返していた。

「ディルク、###!今度、オーディションに出てほしいって手紙が!」

結果として、Sの見立ては正しかった。
マリエルは少しずつ有名になっていった。

彼女の恩恵で僕たちの生活も潤うようになった。
そして。

「なぁディルク。お前に立会人になってもらいたいんだ」
「二人で話し合ったの。門出をすぐそばであなたに見守ってもらいたいの」

2人はいつしか婚約を約束していた。
僕はすこしの寂しさを隠してもちろんと答えた。

「マリエルが婚約祝いのケーキはお前のストロープワッフルしたいってよ」
「いいじゃない、貴方も美味しいって言ったんだから」

僕は二人の会話に微笑み、言った。

「二人が欲しいならいくらでも焼くよ」


思えば、僕たちが一番幸せだったのはこの頃だったのかもしれない。

「……」
「マリエル、どうしたんだい?」
「ううん、何でもないの。本当に……」
「スナイダーのことだね」

Sはもともと調子に乗りやすい傾向があったが、最近は目に余るものになった。
マリエルの名声を自分の名声であるかのように振る舞い、最近ではマリエルの同僚にも声をかけている。
そんな話が僕の耳にまで届いていた。

マリエルが主演の座を掴んだ頃から、その傾向がますます強まっていた。

マリエルは本格的に今の仕事に手ごたえを感じているようだった。
情熱や才能あふれる人々の触れ合いは、精神的にも満足のゆくものだったのだろう。


「みんなに、何か言われたの?」

マリエルが心配げに聞いた。
僕はそれに答えなかった。

彼女の言う通り、彼女の周りの人々はスナイダーと距離を置くようになっていた。
それでもマリエルはきっと今のようにうつむいて黙ってしまったのかもしれない。

彼女が頷かないのを見て、劇団の座長は僕にマリエルにSと別れるようよう説得してほしいと
言うようになった。

僕は無理やり引き離せばかえってマリエルを傷つける、と返したが正直限界を感じるようになった。



元は豪奢な部屋だったのだろう。そこで泥酔していた男は僕を見て面倒くさそうに顔をゆがめた。
僕はコップに水を注いで渡すと、渋々と受け取る。

「乱れた生活を送ってるみたいだな」
「忙しいんだよ」

僕はため息をついて、ソファに座った。

「スナイダー。はっきり言うよ。マリエルは君のことで迷惑している」
「……そうかよ」

「マリエルはこれから大事な時期だ。馬鹿なことは控えてくれ」
「それは俺のおかげだろうが!」

スナイダーは大声で叫んだ。

「俺があいつを見つけてやったからスターの道を歩めたんだろうが!
ちょっとくらい見返りがあってしかるべきだろうが」
「もう十分返してもらっただろう」


「あいつは、」
「あいつは俺の元から離れようとしているんだぞ…婚約したのに…あんなに愛し合ったのに」

「君は単に自分がマリエルの成功に嫉妬しているだけだろう」

……どんなことがあろうと、その言葉を言うべきではなかった。
スナイダーは眼を見開き、僕を殴ってきた。
それだけでなく、激しい痛みが僕を押そう。


「てめぇディルク!お前マリエルに横恋慕していたんだろう!だから連中とつるんでマリエルを横取り」
「やめて!」

マリエルの声。
そして数人の男たちが僕からSを引きはがした。


「離しやがれ!マリエル、こいつが俺を侮辱しやがったんだ!」

マリエルに訴えるように叫ぶが、マリエルはもうあきらめたように首を振った。

「全部聞いたの。そしてもう見てしまったわ」

Sは口を開けて固まった。

「もう無理。貴方とは暮らしていけない」

僕は、Sの顔もマリエルの顔も見ることはできなかった。
入ってきた男たちに腕を抱えられ、マリエルと一緒に部屋を出ると、馬車に乗せられた。
後ろからSの声が聞こえたが、立ち止まる物はいなかった。

「スナイダーと別れる」

マリエルはそう告げた。

「合えば婚約解消に応じると言っていたわ。ディルク、立会人になって欲しいの」
「……会うのは危険だ」
「もう何度も言われた。でも、私があって別れないときっと前へ進めない」

僕は結局承諾した。
マリエルは話題を変えようと、歌を聴いてくれるかと答えた。

「二度とふたたび訪れない♪もしかしたらこれはただの夢?人生はそうただ一度♪もしかしたら、明日にはもう過ぎ去っているのかもしれない♪なぜならどんな春でも5月は一回だけだから♪」

今度の劇の主題歌だ。
何度も練習背聞かせてもらったフレーズだ。
そして、いつまでも聞いていたい詩だ。

僕が目を閉じていると、やがて聞きなれないフレーズが聞こえた。

「それなら貴方のために歌おう♪決して消えない愛を、紫のチューリプのような歌を貴方に…」

僕がびっくりした顔でマリエルを見た。
マリエルは少し照れたような顔をした後言った。

「私が考えたアドリブの歌。どう?」
「どうしてアドリブを?」
「だって、悲しすぎるからね。変だった?」
「いや、とてもいいよ。ぜひ劇場で聞きたいくらいだ」
「……もし後で怒られたら、味方してくれる?」
「当たり前じゃないか」

2人で笑い合った後、今後の予定を話して別れた。


そして、そのアドリブを聴くことは二度とでき無かった。
彼女の喉に突き刺さったナイフが、そう言っていたのだから。


今でも、いや、ずっと後悔し続けるだろう。
なぜ彼女をもっと説得しなかったのかと。

僕と奴がマリエルに合わなければ、幸せになる道はいくらでもあったのに。

自分が代わりに死ねば良かったのに、と何度も思った。
こんな世界で生きていたくないと思っていた。

マリエルの家族に店を手放した金を渡した後、僕は酒浸りとなり日銭で暮らしていた。
今でも僕が生きているのは、彼女を忘れたくなかったからなんだろう。


暗がりの中、僕は目を覚ました。

扉の向こう側から、息遣いが聞こえた。
泥棒かもしれない。
盗られて困る物はないし最悪命を奪われようと構わなかった。

ゆっくりとドアを開ける。


家の前に、1人の少女が立っていた。
生気のない顔をしていたが、その顔は一度だって忘れたことはなかった。

喉元の傷跡が、痛々しい。

「マリエル……?」
「…… ……」

彼女は答えなかったが、僕は彼女を抱きしめていた。

「マリエル…あああ、ごめんよ。僕のせいで……ごめん……ごめん」

僕の涙が、彼女の方にこぼれる。
嗚咽が、一晩中響いていた。


あの頃のマリエルと今のゾンビのマリエルは同じではない。
けれど、一緒にいられる。
例え自己満足でしかないとしても、マリエルが僕を嫌わない限りともに居続けたいと思っていた。




「……それなら貴方のために歌おう♪」


「……え?」

彼女は僕が教えていない歌詞を歌っていた。


「決して消えない愛を、紫のチューリプのような歌を貴方に……」


_______「だって、悲しすぎるからね。変だった?」_____


マリエルは僕が驚いているのか、驚いていないのか、歌い続ける。

「……ずっとそばにいてくれた、ただ一人の貴方のために……」

頬に熱いものが伝う。
気づかぬうちに僕は目の前の少女を抱きしめていた。

「ないて……いるの?」
「君だって、泣いているじゃないか」

彼女の眼から涙が伝って床に落ちていた。
僕が一層強く抱きしめると、彼女も腕を僕の背中に回した。


「ディ……ルク」
「なんだい?」
「ずっと……一緒にいてくれる?」
「ああ、当たり前だろ」


今の彼女がどんな夢を持っているのか、そもそも夢を持っているのかはわからない。
記憶を取り戻したのか、それともただの偶然なのか。

わかるのはただ一つ、あの時絶たれた彼女の夢はけしって失われたわけではなかったということだ。

たとえどんな困難な道が待ち受けていようと、今度は僕とマリエル二人で夢を追いかけようと。
そう決心した

今だったら、空に浮かぶ星もつかめる気がした。



20/04/11 20:38更新 / カイント

■作者メッセージ
久々の投稿です。よろしくお願いします

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