連載小説
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後篇
「う、…ん、ここは…?」
ゆっくりと意識が覚醒していく。
目の前には見なれない天井が広がっている。
どうやら自分はどこか知らないベッドの上で眠ってしまっていたようだ。だが、思考が鮮明になっていく中ふと昼間に綾と二人で荷物を置くため入ったホテルの天井ではないだろうかと気がついた。しかし、先ほどまでパーティーに参加していたはずなのに何故自分は寝ているのだろう。そう思って起き上がろうとしたその時―――
「って、なんで僕は…縛られているんだ…!?」
ようやく竜治は自分の手足が布で縛られている事に気がついた。いくら平和なジパングにいるとはいえ、我ながら危機感が無いなと思いつつ、さらによくわからない事態に陥っている事を理解して頭が混乱する。一体自分はどうしたのだろうか。
「解けそうにはない、な…。」
それでもなんとか心を落ち着かせて縛られた手と足を交互に見遣るが、その結び目はきつく締まっており、簡単に外れるようなものではなかった。服装がパーティーに参加した時と変わりないので、恐らく自分はパーティー会場でなにかありこの部屋に運ばれた後、四肢の自由を奪われたのだろう。


「目が覚めたのね…」
「!!」
さて、これからどうしようかと思案していると突然声をかけられた。
なんとか体をひねり、慌てて声のする方を向くと妻である綾が悩ましげに体を椅子に預け座っていた。長い脚を上品に組み小首をかしげこちらを見るその様は何世紀も美しさを誇る中世の絵画を思わせ、頭がしびれる様な強い魅力を竜治に感じさせる。ただ、その前に置かれた机に様々な種類の酒瓶が所狭しと並んでいるのには、驚いた。長年彼女の側にいるが、こんな光景は初めてだ。
竜治が驚いて口を開けない一方、綾は音も立てずに立ちあがり、竜治が横たわっているベッドにふらふらと緩慢な動きをしながら歩いてきた。綾が近寄る度、アルコールの匂いが強くなっていく。
「おはよう、竜治さん。」
静かにそう言うと、綾は突然素早くベッドに飛び乗り竜治に覆いかぶさった。そして捕まえた獲物を甚振る肉食獣の様にゆっくりと顔を近づける。
「ぐっ…おはよう。」
みぞおちに綾の柔らかな臀部の、そして胸板に豊満で柔らかな胸の感触と重みが伝わり、思わず声が出てしまう。それでもなんとか挨拶を返すと妻は少しだけ口角を釣り上げる。逆光の中こちらを見つめる何時になく爛々と紅く輝いている瞳や、酒のせいで赤く染まったアンデットの肌、艶に濡れた形のいい唇に心が奪われそうになるが、なんとか理性を振り絞って質問する。
「ねえ、僕はなんで縛られてここに寝ているの…かな?」
「ん〜?」だが、綾はにこにこと笑うだけで答えない。それにめげず質問を続ける。
「というか、大丈夫?かなり酔っぱらっているみたいだけれど…ッ!!」

「うるさい…んちゅっ…ぅん…ぷちゅ」
…っちゅ…っちゅく…ちゅぅう…
だが、綾は質問に答えず、荒々しく竜治の唇にむしゃぶりついた。その勢いは凄まじく外周部から舌の裏まで一気に舐めつくされる。彼女の肉厚でやや体温の低い舌がたっぷりの唾液を纏って口内をくすぐっていく。そんな何時になく激しく濃厚なキスに竜治は面を食らってしまう。その間にも綾は舌を差し入れ、竜治の唾液を舐め取り、自信の唾液を口内に塗りこんでいくように執拗に攻めてくる。
「りゅう、じ…さん…はあ…んちゅっ…」
「(…牙に、触れないようにしなきゃ…)」

夢中でキスをしてくる綾とは対照的に、竜治は冷静にあることを頭の中で考えていた。
それはヴァンパイアの鋭利な牙に舌や口内が触れて出血してしまわないように気をつける事だった。これはヴァンパイアの伴侶だからこその必要なスキルなのかもしれないが、彼女たちの二本の牙を上手くよけながらキスをするのには中々コツが必要だったりする。竜治も綾と結ばれた当初はよくキスで出血してしまい、いきなり最高潮に達した綾と熱く激しい夜を過ごしたものだった。勿論、牙に触れて出血してもなんの問題も無い。彼女たちに血を吸われることは快感以外の何物でもないし、血を吸ったヴァンパイアはより一層好色になるだけだ。むしろ寝起きの時に体を起こす為わざと牙に舌や頬を突きさすことだってある。

「今日はあなたがリードして♡」
「今日はゆっくり楽しみましょう?」
しかし、このようなリクエストをいただいた際にはこのスキルが重要だったりする。
いくら魔物娘とはいえ、いつでも同じシチュエーションでセックスを楽しんでいるわけではない。激しい時もあれば静かにじっくりと楽しむ時もある。魔物娘であるヴァンパイアも血と言う即効薬でギアを無理矢理上げるのではなく、ゆっくりと体をあたためてセックスに臨むときだってあるのだ。そんな時にキスが下手ではどうしようもない。だからこそ普段キスをする時からなるべくヴァンパイアの鋭い牙に触れないように注意を払いながら、相手を満足させる腕を磨いていくのだ。

…ちゅっぱ…っふ…んっちゅ…はぁ…じゅっちゅぅ…
自分が知らぬ間に自由を…おそらくは綾に奪われていたことや、綾が大量に飲酒しているという現状から推し量るに、これ以上綾を下手に刺激しない方が得策だろうと判断した竜治は、身に付けた技や経験に意識を集中させて綾とのキスを続けた。まずは受け身であった状態を打破するために、彼女の舌に自分の舌を絡ませていく。先程までされるがままだった竜治が急に積極的になったことに綾も驚いたようだが、直ぐに侵入してきた竜治の舌を情熱的に向かいいれる。綾の眦はすぐに緩み、ゆっくりと下がっていった。

「っぷはぁ…はあ…はぁ…」
それから数分、たっぷりと時間をかけた今までにないほど濃厚な唾液の交換を終え、先に口を放したのは綾だった。既にお互いの口元はどちらとも分からぬ唾液に濡れ、てらてらと妖しく光っている。
「…はあ、綾…本当にどうしたんだ?何かあったのか?」
「………。」
「なあ、答えてくれ…お願いだから。綾、何がしたいんだ!?」
キスによってもたらされた快感をなんとか抑え込み、丹田に力を込めて質問を綾にぶつける。綾は静かにそれを聞いた後、今まで竜治が聞いた事の無い様な感情の無い声で答えた。
「私は…あなたにお仕置きしたいの。」
「え?」
返ってきたのは想像もしなかった『お仕置き』という言葉だった。その言葉に戸惑いを隠せない竜治の顔に綾はさらにぐっと顔を近づけて囁く。顔に触れる長く美しい金髪の感触がまるで現実のものと思えなかった。綾はそんな竜治に向かって静かに言い放つ。

「私、見ちゃったの…あなたが会場でワイトと浮気しているのを。」
「あ、あれは!誤解だよ!!」
「私の見間違えだって言うの?あなたはしっかりとワイトと握手していたじゃない。この手で、ワイトと。ワイトの吸精は気持ちよかった?ねぇ?」
綾が竜治の右手を掴み、薄っすらと笑いを浮かべながら詰問する。はっきり言って、ヒステリックに取り乱しながら叫ばれる方がずっとましだと思えるほど、笑顔でたんたんと質問をしてくる綾は恐ろしかった。
「ま、待ってくれ…あれは」
背中に一気に冷や汗が伝う。一番見られたくない人に見られていたと言う事実が竜治の胸に突き刺さる。
「これでお仕置きの理由は分かったでしょ?だから、大人しくして。」
「な、何を…!?ちょ、ん!!?」
あまりのことに謝る事や弁明すらできない竜治の口に素早くタオルが詰められていく。竜治は成すがままタオルで口に猿轡をかまされてしまった。手足、そして口の自由を奪い、夫の生殺与奪を完全に支配した綾は満足げに微笑みながら冷たく宣言する。


「言い訳なんて聞きたく…ありません。私がどれだけ悲しかったか…、どれだけ苦しかったか…。どれだけ辛かったか…。竜治さんに教えてあげる。私だから出来る私らしい方法で、ね。」



「そのために…これを使うわ。」
たっぷりと時間をかけて大きなモーションで腰に手をまわし、綾が取りだしたのは―――果物ナイフだった。
「!?」
「安心して…傷なんか私の力ですぐふさがるから。全て終わった時に直ぐ治すわ。」
そう言って綾は竜治の目の前でゆっくりと果物ナイフを揺らめかせる。ナイフから鈍い色の光チロチロと反射する度に、心の奥底からぞくっとするような恐怖が湧いてくる。その無機質な光が際限なく竜治の恐怖を否が応でも助長させていた。
「ただ、ちょっとちくっとするだけ、よ」
首筋に綾の唇が触れる。そして柔らかな舌が肩口から顎にかけてゆっくりと唾液の跡を残していく。それはまるで注射の前に消毒を施す様な、丁寧な行為だった。
「んん!?」
「だから絶対に、動かないでね。」
恐怖に歪む竜治の表情をじとっと見つめながら、綾はゆっくりと刃先を竜治の首にあてがう。
塞がれた竜治の口からは情けない悲鳴の変わりに一つくぐもった声が出るばかりだ。それでもまだ竜治は心の底から現状を飲みこめていなかった。テレビで放送されているサスペンスドラマを家の居間でみているかのようなどこまでも他人事の様な感覚が何故か消えない。それは誰よりも優しく、何よりも自分との関係を大事にしてくれる綾がこのような事をするなんて想像すらできなかったからなのかもしれない。だが、現在竜治に跨り刃物を突き付けているのは間違いなくその綾なのだ。なんとか今までの甘い記憶に逃げようとするが、次の瞬間首筋に走る痛みがそれを許さなかった。

ッツーーー
果物ナイフの切っ先が首の皮にくいこみ、無残にも切り開いていく。
その瞬間から皮膚が切れていく嫌な音が体中に響く。だがその傷は実に浅い切り傷で、コピー用紙で指を切った時と同じくらいの軽い切り傷だ。それを絶妙な力加減でゆっくりと綾は竜治の首筋に作り出していく。
「でき、た♪」
「ふう、ふう…」
時間にすれば数秒、だが竜治にすれば何よりも長い数秒間が終り、長さ5センチほどの傷が竜治の首に刻まれていた。傷口からは血がゆっくりとしみ出し、表面張力によって綺麗な水滴となって出現し始める。竜治の首に出来たまるで早朝の里芋の葉に溜まる水の様な美しい水滴を満足げに眺めた綾が、そっと竜治の頬に手を添えながら口を開く。
「あなたへのお仕置きは、ただ一つ。血を吸わせてもらうわ…いつものように。」
綾はゆっくりと竜治の首筋へと顔を近づけていく。温かい鼻息が首をくすぐる。
「うっ?」
「いただきます。」
そう言うと、首筋に作った僅かな切り傷から溢れる血を丁寧に舐め取っていった。

ぺろぉ…ちゅっ…れりゅ…
「ふ…ん…」
滲みでた血液を舐め取られた瞬間、竜治にえも言われぬ快感が襲いかかる。
それは首筋に牙を突きたてられ、血を吸われる際にもたらされるいつもと同じ快感だった。体の芯から蕩ける様な、背骨を中心に甘く痺れるようなそんな衝撃がぞわぞわと背筋を通って竜治を襲う。だが、これだといつもの吸血となんら変わりはしない。これのどこがお仕置きなのだろうと竜治が思っていると、先ほどまで熱心に傷口から血を吸い出していた綾が突然口を放した。
「!?」
「うふふ、ちゃんと傷の痛みは感じてくれてる?」
綾の口が傷から離れた瞬間、狂おしいほど甘い快感は一切消え、先ほどまでと同じ皮膚を切られたことによるじくじくとした痛みが息を吹き返す。復活した痛みに戸惑いつつ、綾の言っていたお仕置きがなんなのか…竜治にはぼんやりとだが分かった。

「そう、いつもの吸血ならただ竜治さんも私もただ気持ちいいだけで終りよ。だけどこうやって私の魔力が込められていない果物ナイフで傷をつくり、沁み出る血を吸血するとどうなるか…。」
そっと傷を撫でながら綾は続ける。
「私が血をすする間は、私の魔力があなたを気持ち良くする。でも、私が口を放せば魔力も無くなるから、傷の痛みが復活する。もうわかった?」
「……。」
「このどっちつかずの状態で…愛して愛して愛して、あなたが他の女なんて考えられない位愛しつづけてあげる。それが私にできるあなたへの精一杯のお仕置き。そしていつもとは比べ物にならないほど時間をかけて少しずつあなたの血を吸う事で、私はあなたをいつも以上に感じ堪能できる。いうなれば私にとっては最高の御褒美。」
「…ぅん…。」
「私がどれだけあなたを愛しているか、あなたの行動で私がどんなにつらい思いをしたか…教えてあげる。」

「ねえ…嬉しいでしょ?」

そうして愛しい妻が行う、まるで真綿で締められるような…お仕置きが始まった。





……………………………




「ねえ、覚えてる?私たちが幼稚園に通っていたころ…っん、れろぉ…。私は園内で一人孤立していた。当然、よね。毎日黒塗りの車で物々しい登園をして、先生たちも私だけはどこかよそよそしくそして大切に扱うんだもの…。ちゅっじゅぅぅ…っはぁ…。みんな私を腫れものの様に扱って声すらかけてくれなかった…っふん、れろぉ…。そんな孤独な私を救ってくれたのがあなた…。『みんなと一緒に遊ぼ!!』そういってあなたは私をみんなの輪の中に導いてくれた。あなただけは畦森の者だとか、名家のお嬢様ではなく真っ直ぐに私と向き合ってくれた。それがどんなに嬉しかったか…それからの日々がどれだけ楽しいものだったか…。あの時からあなたは私にとって誰よりも大切な人になった…ちゅぅう、んれりゅぅ…。誰にも絶対に渡したくないほど、大切な人に…。」



……………………………



「んふぅ…むちゅぅ…寂しかった。あなたは昔のように私に話しかけてくれなくなった。ぬちゅうぅ…それも分かるわ。れろっ…もし私があなたの立場だったなら、同じような行動をとっていたと、思う。れるぅ…だけど、私は寂しかった。昔のようにあなたと一緒に遊んだり、話をしたり、一緒に登下校したかった。んは、ちゅ…チュチュチュゥ…周りのクラスメイトが意中の人と学校生活を楽しんでいるのが堪らなく羨ましかった…。本当に羨ましかった。私だって同じように学校生活を楽しみたかった。それって私の我儘なのかな?」



……………………………



「あなたは知らないでしょうね。くちゅ…んく…あなたって結構人気があったのよ…。同じクラスの佐藤さんや隣のクラスの愛ちゃん、後輩の雅ちゃんなんかもあなたに好意を寄せていたの。っんはっ…チュウウウウ…本当に罪な人。そんなあなたを見ていると…苦しかった。だっていつか彼女たちのだれかにあなたが奪われるんじゃないかって。あむ…はむ…じゅぞぉ…あなたが他の誰かと愛を囁き合うなんて耐えられない…。だってあなたは私のものだもの。誰にも渡さない、渡したくない…私の誰よりも大切な人…もちゅ…はむ…」



……………………………



「私が15歳になってあなたとの同棲をお母様に許していただいて直ぐに、むちゅ…れちゅぅ…私はあなたの御両親に相談に行った。『あなたが欲しい』ってお願いしにね。あなたの御両親はとても驚いていたけど、すぐに了承してくださった。ゅぷ、じゅぷじゅぷ…そしてあなたが私の召使いとして家に来てくれた…んちゅ、んはあ…私がどれだけ嬉しかったか。あなたにはわかるかしら?いつもいつでも会いたい、一緒にいたい、どんな些細な事でもいいから会話していたいと願っていたあなたと一つ屋根の下に住むなんて…ちゅつっ…っぷ…んっ…例え仮初の主人と召使と言う関係だったけど、夢のようだった。何度これが夢じゃないかと思って頬をつねったか分からないわ。」



……………………………



「私ね、お母様やお姉ちゃんに何度も言われた事があるの…。『吸血行為は私たちヴァンパイアにとって愛を確認する最高の行為。ある種セックスよりも大切な行為であり儀式。私たちは愛と血液をもらい、相手には愛と快感を与える。だから何も遠慮しないでいいのよ。』って。んはっ…じゅうぅ…ぢゅう…でも、当時の私はどうしても自分の気持ちに素直になれなかった。私たちの吸血行為は確かに快感を伴う行為。ちゅぱ…ちゅっぱ…ちゅうううう…こんなことを吸血鬼が言ってはダメなのかもしれないけど…それでもそれは見方によってはあなたから血液を奪う一方的で野蛮な行為…ん、ちゅぱ…ヂュヂュヂュ…そんな事を日夜繰り返したらあなたに嫌われるんじゃ、愛想を尽かされるんじゃないかって思った。とにかくあの頃の私はあなたに嫌われたくないという感情と、ヴァンパイアの本能の間で随分と苦しんだの…。」




……………………………



「ちゅ…ちゅうぅ……、ちゅるる…そんな苦しくて長い三年の月日が経ってあなたが完全なインキュバスになってくれた時、私は本当に嬉しかった。本当に、本当に…嬉しかった。…ちゅぽっ…心の底から嬉しさがこみ上げて来て堪らなかった。だってあなたがインキュバスになったということは、…〜んちゅっ…本当の意味であなたが私を受け入れてくれた証でしょ?それが何より、私にとって誇らしくて大事な事だった。チュピチュ…」



……………………………



「あなたと結ばれてからの日々は楽しい事と嬉しい事しかなかった。あーむ…んふっ…ちゅっぱ…何をしても幸せだった。だから…あなたがワイトに吸精されていたのを見た瞬間、私は今まで感じた事の無い様な恐怖感を感じた…。じゅぱ…じゅぱっ…くちゅ…あなたが遠くに行ってしまう。あなたが奪われてしまう。ちゅつ…ンチュゥ…あなたが私を捨てて他の女のもとにいってしまう…。そんなことばかりが頭に浮かんで、苦しかった。」



……………………………



「んはっ…好き。大好き…ゅちゅ…。愛してる…くちゅう…。誰よりも…ちゅぅ…この世界の誰よりも…んは…ちゅるん…。ちゅぽぉ…私だけを見て。私だけに…チュピ…話しかけて…ちゅうぅ…。私だけに優しくして…じゅく…。ちゅ…ちゅるる…私だけの存在になって。私だけのあなたになって…ヂュヂュヂゥ…お願い…。」




……………。



………。



……。




「はぁ…さて、そろそろ…ハア…いいかしら。」
吸血による興奮で息を荒げ、頬を紅潮させた綾が体を起こす。時間をかけ竜治の血液をたっぷりと吸ったせいか、瞳はより一層煌々と紅く煌めいている。

既に竜治の上半身は赤い蚯蚓腫れの様な筋が幾筋も出来ている。首、二の腕、手の甲、指、胸、わき腹、みぞおちにナイフで刻まれた傷一つ一つで執拗な吸血行為が繰り広げられ、竜治を容赦なく責め立てた。満足げにそれを見渡した綾がぼそぼそとなにか呪文を口にすると、それに合わせて綾の右手に光が宿り淡く発光していく。
「傷を治すから力を抜いて、ね。」
そう言って綾は傷口に右手を翳していく。すると、先ほどまでの痛々しい傷がたちどころに消えていく。綾は自分が傷つけた個所を丹念に治療していき、全ての個所を治療し終えたのを確認すると、徐に竜治の猿轡を外した。

「ご…めん…。僕が迂闊だったんだ…。だが、ら…お願い…もう、許して…」
猿轡を外された竜治は弱々しく懇願するのが精一杯だった。
体や精神が性欲に集中しようとすれば思い出したようにピリピリとした傷の痛みが疼く、そしてその痛みになんとか耐えようとすると再び甘い疼きが綾の舌を通じて襲いかかる…このお仕置きは予想以上にきついものだった。決して射精できるような強い快感でもないが、無視することも決してできない快感による終りの見えない寸止め行為は想像以上につらい。しかもその行為と並行して行われた彼女の告白によって、綾が今までどれだけ自分を愛してくれたのか、そして愛する妻に自分がなんという仕打ちをしてしまったのかを嫌というほど痛感した竜治はなんとか許してもらえるよう謝る事しかできなかった。
「竜治さん、私はね…あなたに謝って欲しいんじゃないの」
ただひたすら謝辞の言葉を呟く竜治の頭を優しく撫でながら、綾は竜治の下半身に手をのばしていく。先程までの行為が効いているのか、ただ頭を撫でられているだけなのに、それがとてつもなく綾の優しさの様に感じられて、嬉しかった。

「私はただ、永遠の愛を…竜治さんは永遠に私だけのモノであり、私は永遠に竜治さんだけのモノである事を誓って欲しい。ただそれだけ…。ただそれだけなの。ダメ?」
両目にうっすらと涙を湛えた綾は片手で器用に竜治のズボンのファスナーを開け、臨戦態勢に入ったペニスを取り出し静かにその頂点をいつも以上に濃い愛液を滴らせる自身の女陰に合わせる。長時間にわたって度重なる中途半端な快感を与えられたこともあり、既にペニスからは大量の先走り汁がダラダラと吐き出しており、それらが触れ合う度ににちゃにちゃといやらしい音が部屋に響く。
「私に永遠の愛を、誓ってくれます…か?」
「ち、誓うよ!僕は綾だけのモノ…永遠に綾を愛する!!」
「嬉しい♡…んっはあぁ!!」
「うぁ…ああぁ!!熱、い…くあああぁ!!!」
その言葉を聞いた綾は心底嬉しそうに笑い、あてがっていた男根を一気に女陰に沈めていった
綾の膣は今までにないほど蜜を吐きだしながら熱くうねって竜治のペニスを愛撫する。子宮口付近に密集したひだの一つ一つは艶めかしく亀頭に絡みつき、さらに膣全体はびくびくと脈打つペニスを奥へ奥へと導こうと熱心に動き、そして膣口は決して逃がすまいと言わんばかりに進入してきた男根の根元にきつく食いつく。

「はあ、はぁ…ねえ、竜治さん…抱きしめて、力いっぱい私を抱きしめてぇ♡」
一段と妖しく乱れた綾がやや乱暴に竜治の腕の拘束を解く。久しぶりに自由となった腕は迷うことなく綾へとのびる。
「ああ、勿論…綾、あやぁ!!」
「竜治さん、嬉しい♡」
力の限り妻の細い体を抱きしめる。綾はそっと肩に顎を預け、歓喜の声を上げる。
「愛してる、永遠に綾だけを!!ずっと綾の側にいる!!!」
「私もぉ…ずっと竜治さんの隣であなたを愛すわぁ♡ねぇ、お願いがあるの…」
「何?」
「血を、吸ってもいい?」
「ああ、勿論。好きなだけ僕を貪ってくれ…」
そう言って竜治は綾を抱く腕の力を少し抜き、噛みやすい様に喉を差しだす。
「ありがと…はっんむっ…じゅちゅぅ…」
「うぅ…くぅうあああ…」
無防備にさらされた喉に綾が牙を突きたてる。先程までの寸止めの様な吸血では無い、本気のヴァンパイアによる吸血によってもたらされる快感が竜治を襲う。先程までの中途半端なものではない、脳を中心に全てを溶けてしまう様なそんな錯覚を覚える。それによってみるみるうちに頭に甘い快感の靄がかかり、力が抜けていく。
「あはぁ…私の中でおちんちんがぴくぴくしてる♡そんなに私の吸血は気持ちいい?」
だが、ペニスだけは逆に一層硬度を増し、びくびくと綾の膣内で痙攣する。
「ああ、もう出ちゃい、そうだよ…うっ!!」
散々じらされた状態に加え本気の吸血を行われたことで、竜治の限界はとっくに超えていた。
「が、まんしないで…何時でも私の中にぶちまけてぇ!!」
「い、いくっ!!」
ドクッ…ビュ…ビュルル…ドクンッ…
「あ、きたぁ…熱いのが、いっぱい♡」
竜治の剛直が弾け、綾の胎内に大量の精子が送り込まれる。ペニスは今までにないほど強く躍動し熱く滾った白濁液をと際限なく吐き、子宮口はぴたりと鈴口に張り付き吐き出された子種を貪欲に奥へと吸いこんでいく。

「ねえ、もっとぉ…もっと♡」
ゆうに一分近くは精液を吐き出し続けた竜治は肩で息をする。こんな射精は初めてだった。だが、発情した妻はさらなる愛の証を竜治に強請る。言葉とざわつく膣で夫を奮起させていく。
「ああ、分かっているよ。綾が満足するまで…愛してあげる。」
「うれ、しい…竜治さん♡」
「綾…愛してる。」
その言葉を切っ掛けに綾は一際強く牙を竜治の首筋につきたて、そして竜治は既に臨戦態勢へと復活したペニスを勢いよく子宮口へと叩きつけた。

部屋により一層大きな嬌声と荒いため息が響く。


こうしてヴァンパイアと夫の…長い夜が幕を開けたのだった。






……………。



………。



……




「う、…ん…?」
ゆっくりと意識が覚醒していく。
酷く頭が重くて、とてつもなくだるい。とてもではないが爽やかな目覚めとは言えなかった。自分が生きてきた中でも最悪の目覚めかもしれない。
それでもなんとか起き上がり、辺りを見回す。するとある一か所で視線が釘付けになる。それはホテルに置かれている備え付けの机。そしてその上に並ぶ大量の酒瓶たち。
「二日酔い、かあ…。」
この酷く不快で鉛のように重い頭の原因は間違いなくこれらのせいなのだろう。普段飲んでもたしなむ程度にしか飲酒しない私にとってこれは完全に限界を超えてしまっている。無謀としか思えない。

「あ、起きたんだね。おはよう。」
回らない頭でなんとか現状を把握しようとしていると、最愛の夫の声が聞こえてきた。
「お、おはよう、竜治さん。」
「はい、お水。喉乾いたでしょう?」
声のする方を見ると、夫は優しく微笑み水の入ったコップを差し出してくれた。朗らかに微笑む彼の笑顔を見るだけで、かなり気分が癒された様な気がする。
「あり、がとう。」
ぎこちなく夫に礼を言ってコップを受けとり、水を口に含む。
冷たい水が喉に沁み渡り、胃にゆっくりと落ちていく感覚が非常に気持ちいい。水が通って行った個所から今までの不快感が嘘のように快方に向かっているような気がする。しばらくはこの心地よさに身を預けたかったが、だいぶ思考がすっきりとしてきた今の私はなによりも気になることがあった。

「まさか…酔っぱらった私が、何かしなかった?」
恐ろしい事に昨晩の記憶は全くなかった。正確に言うと、この部屋に来た記憶すら全くない。その事実に気分がさらに重くなり、頭を抱えたくなる。
正直に言うと、今まで記憶を失うほど酔っぱらう事は経験が無い。
パーティーに参加し、挨拶をしたあたりの記憶はかなり鮮明に思い出せる。だが、それ以降の記憶は酷くおぼろげだった。何か強い衝動や欲望にかられていた様な。何かとてつもなく甘美なひと時を過ごした様な。そして酷く利己的であさましい想いを抱いていた様な。
そんな記憶が頭を過るが、鮮明に再生されることはない。

するとそんな頭を抱え悶える私の様子を見ていた夫は、目を瞑りつつ口を開いた。
「特別な事は、無かったよ。ただ…綾を永遠に愛するって改めて約束したくらい、かな。」
そう言って優しく微笑む夫を前に私は。
ゆでダコの様に顔を真っ赤にして固まってしまった。
何か気の利いた事でも言い返してみようと思ったけれど。
二日酔いの上、思考が停止した脳みそがまともに動く事は無い。

「馬鹿ぁ…。」
枕に顔を埋め、そんな言葉を弱々しく叫ぶことしかできなかった。


窓から注ぐ太陽の光が、いつも以上に眩しかった。




13/10/11 21:27更新 / 松崎 ノス
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■作者メッセージ
ヴァンパイアと言えば吸血。
ですが、首筋に食いつき血をすするというのも安直だし何かないかなあと思っていたところ、このような吸血方法を思いつきました(笑)。ヒントになったのは漆の採取方法で、幹を傷つけては沁みだした樹液を掻きだしていく様を見た記憶が蘇り、書いてみました。

タイトルはそんな様子を安直に表現して決めました(笑)。

そしてその方法をするならどんなシチュエーションがいいかなと考えた結果、お酒に酔って自失状態のヴァンパイアさんがヤンデレっぽく旦那様にお仕置きをするという筋書きになりました。でもあくまで酔っぱらって暴走したという態なので、ヤンデレがどうかも疑わしいし、ヤンデレが好きな方にはものたりないものかもしれません…。

最初は牙で傷をつけようかとも思ったんですが、ごく僅かでも痛みを与え焦らすというキーがどうしても欲しかったので、ナイフにしてみました。なんとか暴力表現にならないよう表現をソフトにしたつもりですが、苦手な方がいらっしゃったらすみませんでした。

この話をぼんやりと考えている時はもっと面白くなるかなあと思ったんですが、いざ書いてみるとなんだか妙にガタガタになってしまいました…。文章力の無さを痛感するばかりです。

当初はここで終わらせようと考えていたのですが、あとがきで登場人物のフォローも兼ねてこのお話の裏側を書こうと思います。

もうちょっとお付き合いいただけると嬉しいです!!

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