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18:まがさした[カースドソード]
ホテルの一室。

雨音が窓越しに聞こえる中、

俺は満たされない気持ちで煙草をふかしていた。

「ねぇ...どうしたの?」

ベッドをギシリと揺らし、一糸纏わぬ姿で女は俺を見る。



魔が差した



それが...今、俺が此処に居る理由かもしれない。

「いいや、なんでもないさ。...なんかこう、刺激が欲しいな、ってな。」

「あら。さっきまで私を壊さんばかりに盛ってた癖に。」


こいつは妻じゃあない。妻は別にいる。

...まぁ、そういうこった。

これで会うのは4度目。

互いに妻・夫を持つ身でありながら、危険な刺激を求めていた。

俺の妻は献身的だ。

度が過ぎるぐらいに。

今もきっと、帰らない俺を待って夕飯でも作っているところだろう。

俺の言ったことは、必ず実行する。

外を出歩かれて見つかりでもすれば、流石にまずい。

決まって俺は妻に、女と会う日は夕飯を作らせていた。


「そんなに刺激が欲しいなら」


スルスルと、俺の背中にまとわりつく女。


「魔物娘を相手にしてみたら?」


刺激的らしいわよ、と、首筋を嘗めてくる。

妻は人間だ。

でなければ、こんなこと、すぐにでもバレただろう。

...いや、献身的なあいつの事だ。ひょっとして、それすら許してしまうかもしれない。

スリルも刺激も、全て置いてきたような女だ。

遠くで、雷の音がする。


「ちょっと、汗を流してくるわね。」


女はそう言うと、部屋を後にした。



***



女は溜め息をつくと、シャワーのレバーを捻った。

湯が跳ね返る音で、満たされる。

女はぽつりと

「旦那もこのぐらい熱かったらな...」

と溢した。



「貴女が変われば良いじゃない。」



女は慌てて振り返る。


が、


誰もいない。


湯の音だけが、相変わらず響いている。

気のせいか?と、

女は髪を洗い始めた。



ビチャリ



ナニかが落ちる音。

そして。




ゾリゾリ




「っ!?か...は...っ!?♥️」


突然、女の身体を絶頂感がなぞり上げた。

目を瞑っているために、余計に訳が分からなかった。

恐怖と快楽による震えで言うことを聞かない脚。

ずるずると、壁にかかるシャワーに流されるように、身体が崩れ落ちる。



女は、ナニかに背中を"剃り上げられた"。



目を開く。



「なに...これ......」



赤。



赤。赤。赤。



ドロリとした赤い液体で、壁中が塗られていた。



「ひっ...!!」



背後に、誰かの気配がする。



「...はぁ、はぁ、はぁ!...っ!!」



跳ね上がる鼓動。浅くなる息。

過剰に取り入れた酸素にグラグラしながら、

ゆっくり


ゆっくりと、首を回す。



そこには



「アハハ...!あたし、"浮気"って言葉が、大嫌いなの...!」



べっとり赤く濡れた包丁を握りしめ


歪んだ笑みを溢す少女が、女を見下ろしていた。



「ぁ...ぁ......」



本物の恐怖を前にすると、咄嗟に叫び声などあげられない。



「貴女も、きっと、旦那様を大事にするようになるよ...アハ! アハハハ!!」



ゆっくりと、振り上げられる刃。



「ぉねがい...やめて......」



絞り出すような、懇願。


だが無慈悲にも、その刃が止まることはなかった。



***



雷鳴と共に、女の叫び声が俺の耳をつんざく。



「な、なんだ!?どうした!!」


火の消えた吸殻入れをひっくり返しながら、俺は慌ててバスルームへ走る。


「おい、大丈夫......か......」


目を疑った。


バスルームの扉の磨りガラス越しに見えるのは。



真っ赤なふたつの手形。


「ひっ...ひいいい!?」


思わず尻餅をつく。


そして何より恐ろしかったのは、



向こうに見える影が"二つ"あること



痙攣する赤い影の隣


『ナニか』が、カララと扉を少し開けた。


此方を覗き込む


開ききった暗い瞳孔がひとつ。


その下にきらりと映る





赤に濡れた刃の光。



「アハハ...!」






瞬間、俺の身体は勝手に玄関口へ駆け出していた。



「たったたたすったすっけ...!!」


震えの止まらない手を必死に動かし、


ドアノブに手をかけた、その時。



こん  こん



向こう側からノックの音が聞こえた。


「ヒッ!!」


もはや、此処は安全な場所ではない。

何が外から入り込んでくるかもわからない。

しかし、出入り口はここしかない。


俺は考えうるすべての可能性を考え、素早く覗き穴に顔を張り付けた。



袴の女が見える。



『もし。そこのお方。』



雨音と、雷鳴の音だけが、低く響く。



『よもや、逃げようなどと...』



言葉を聞いた瞬間、男は素早く鍵とチェーンを施した。



「なんだよ...なんだってんだよぉ...!!」



今までに経験したことの無いような体温の下がり具合を感じながら、

血走った目で脱出口を探す。



そうだ。

反対側のベランダ。



勢いよく駆け出そうとしたとき、

背後から金属の擦れる音が聞こえた。



「嘘...だろ...!?」



日本刀の刀身が、ドアの隙間から突き出していた。


それは、どろりと揺らめく藍色の炎を纏いながら、


ゆっくりと、バターでも切るかのように、


チェーンとロックを切り取って行く。



「...畜生っ!!!」



もつれそうになる脚を出鱈目に動かして、ベランダの扉までたどり着く。



「開け!開けよ!!」



焦る手元。



カサリ カサリ



背後から忍び寄る、足袋の音。



ただ単に、ベランダの鍵を捻る事がここまで難解に感じるのは、今日が初めてだった。



「......」


「アハ...ッ」



全神経を集中させ、振り返らず、鍵を開ける。


多少怪我をしたところで知ったものか。


飛び降りてでも、俺は生き残ってやる。



ガラリと戸を開けた瞬間に、がむしゃらに外へ駆け出そうとした。



「わぶっ!?」



ナニかと正面衝突した。


柔らかい。


何故か、いい匂いがした。





「夕飯、出来てますよ。」





轟く雷光。



いつもの笑顔を貼り付けた妻が、目の前にいた。




「わ......ひ......!?」


思わず後退りする。


「ど、ど、どうしたんだよこんな所で...家で待っててくれたら、よ、良かったのに」


俺自身、何を言っているのか分からない。


俺が一本後ずさる度、あいつは一歩前へ踏み出す。


「ごめんなさい、あなた。」


ぺたり ぺたり


暗がりから部屋に入ってくる妻。


「い、いやいや、俺が!俺が悪かった!」


今日の妻は様子が違う。


そりゃ、こんなことをした俺が悪いのだろうが


そういう次元じゃない。


「その、な?"魔が差した"っつーか、な?」





「ならば、我々も」


「"魔が刺した"...ってね?アハ」





ギラリと輝く刃が二本。



それが俺の両脚を、後ろから貫いた。



「っあがああああぁぁぁ!?」



不思議な事に、外傷は無い。


が、痛みかと勘違いするほど、熱い。


立てない。



「ヒッ......フッ......!!」



情けない声をあげながら、その場に崩れ落ちる。



「あなたは、刺激が欲しかったんだね。」



そして、俺の目の前に、妻が



赤く脈打つ剣と共に。



「私、あなたと一緒に過ごせたらそれで良いって、思ってたの。」


いつの間にか、俺と妻の二人きりになっていた。

バスルームから聞こえていた、不倫相手の呻き声も聞こえない。


「私が我慢すればいいって、ずっと思ってた。あなたに尽くして、それであなたが喜ぶなら、って。」


結婚してから初めて聞く、こいつの独白。


「そうしてたら、ね。いつの間にか、この子が傍に置いてあったの。」


すらりと伸びた、西洋剣。

素人の俺が見ても解る、禍々しさ。


「ご近所の豊さんとマツリさんが、相談に乗ってくれたんだ。『刃物には詳しいから』って。」


さっきの二人か。


「色々話を聞いて、決心したの。」


妻の決意に呼応するように、剣は一層強く、赤く輝いた。


「あなたに愛される為なら、私、人間辞めても良いって。」


ニィ と、俺が見たこともないような、歪な笑みを浮かべる


さっきの二人とはまた違う


慈愛と狂気がごちゃ混ぜになったような瞳。


「ああ...壊したい、壊したいの!あなたが壊れるまで、わたしの愛を全部、全部、全部、感じて欲しい!!」


「ヒッ...!や、やめ!落ち着けって!琴美!」


剣から手を離すと、剣はそのまま浮かび上がる。


俺はベッドに仰向けにされると、妻...琴美が、服を脱ぎ捨てて覆い被さってくる。


「刺激が足りなかったら、遠慮なく言ってね...?」


さっきの両脚の熱が、股間に集中している。


両脚はというと、ベッドのシーツに擦れただけで、イッてしまいそうなぐらい、敏感になっていた。


もしこんな状態に、俺のココもなっていたら...


「んっ...見て、すごい...ぐちゅぐちゅ...」


それをこんな蕩けたアソコに入れられでもしたら...


「入れるね?...刺激、足りなかったら言ってね?」


千切れそうなぐらい横に首を振っても、琴音にはもう見えていないようだった。


俺は琴美の健気さを見誤っていた。


グチュリ



「!!!、!!!!」


だめだ ばかになる やめて
しゃせいとまらない


股間どころか尻の奥までオカシクなったようだ。

俺の奥の方で、馬鹿みたいに膨張と収縮を続けてる。

射精感が止まらない。

声も出ない。

そんな俺の事なんて構わず


「足りない、たりない、タリナイ...」


なんて呟きながら、乱暴に腰を振ってくる。


「ツナガリが...タリナイの...っ!」


俺の両手に指を絡ませながら、

身体をぴったり密着させながら、

普段じゃ想像できないぐらい腰を振って、俺を壊そうとする。

いや、もうぶっ壊れてるんじゃないか。

既に頭がオカシクなっている気がする。

ずっと射精感以上の何かが続いている。

精液が出てるのかも分からない。



「...そうだ...こっちでも、繋がろ?」


空中を揺らめいていた剣が、脈打ちながら、俺たちが交わってる真上に漂ってきた。


切っ先は、俺たちを向いている。


おい


まさか


「わたしのアイジョウ、いっぱいコめてるけど」


やめろ


「シゲキ、タリなかったら」


やめろ


やめてくれ


たのむ


「イッてね?」


ゴチュ、と

全身と膣をこれ以上無いぐらい密着させる

俺たち二人を




ぐさり




纏めて剣が串刺しにした。




「お゛......っ♥️ど......っ......うか......な゛.........!」


「ぁ..........ぃ.........」


おれは こわれた


なにも わからない


いっぱい つながってる


ことみ?


しろめ むいてる


よだれ べたべた


かわいい


しげき たりた


もう だいじょうぶ


だから たすけて


きもちいい


きもちいい






「あいしてる」






***







「いやはや琴美殿、おみそれ致した。」

「すっごいなぁ。」

「よ、喜んで良いものなんでしょうか...」


沼田珈琲店。

お二人へ相談のお礼と報告の為、昼食に誘ってみたら。

お奨めのお店があると言うことで、わたしはお洒落なカフェに来ています。


結論として、わたしたちは仲直り。

今では夫も、わたしと"この子"以外じゃ満足できない身体になりました。


「そんな浮気性な人の何処が良いのー?」

「こらこら、マツリ殿。...お主も似たようなものではなかったか?」

「ぐ...むう...確かに...なんでなんだろね?」


わたしも言葉では言い表せないような何かに、惹かれているのかもしれません。



それにしても...

落武者の豊さんと、レッドキャップのマツリさん。

二人とも、"得物"を使ったプレイに興味津々なようで...


「"撫で斬りぷれい"なら某にも心得があるが...まさか自身ごと刺し貫くとは。」


それはそれで非常に危ない響きですが...


「うぅ...アタシの鉈じゃ小さくて無理だよう...」


鉈だったんですねそれ。


「聞きたい?こんなになった理由。」

「い、いえ...なんだか怖いので遠慮しておきます...」

「マツリ殿のそれは、18年分の欲情と怨嗟が詰まった業物でござるからな。」

普通に怖い!



「そういえば、その。」

「どうかなさったか?」

「夫の浮気については、ご協力下さってありがとうございました。...ただ」

「ただ??」

「相手の女性の方はどうなったのかなーって......思ったり...思わなかったり...」

「...そなたは優しいな。」

「大丈夫だよ!豊ちゃんが斬って、魔物娘に変わったの!」

「つまらぬものを斬ってしまった...」

「それ言いたいだけでしょ!」

「あはは...なら、良かったです。」



わたしは変わりました。

でも、この子と一心同体になったとしても。



「よし、それでは早速。」

「刃の研ぎかた、教えたげる!」

「え、ここで!?」


わたしの彼への愛は、きっと変わらないまま。


19/09/06 14:04更新 / スコッチ
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■作者メッセージ
「飲食店をなんだと思ってるんだい?」

「おお!これは某の時代にあった拷問方法ではござらぬか!」

「ひーん!豊ちゃん!喜んでる場合じゃないよう!!」

「な、なんで私まで...」

***

ご希望:白蛇スキー様

白蛇話じゃなくて申し訳ございません。

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