連載小説
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融合
時刻は日付が変わる少し前。
照明の落とされたその部屋には、ユウが布団の上に寝転がり薄いブランケットに包まっていた。一見眠っているように見受けられるがその目は開いており、どこを見ているのか心ここに有らずといった様子である。投げ出されるようにしてブランケットの外に出た左手は頻りにモゾモゾと蠢き、どうやら絆創膏の貼られた薬指が気になるようで頻りに親指で引っ掻いたり、中指と小指で挟んで擦ったりしていた。
突如、彼が左手の動きを止めて暗がりで自身の顔の上に翳してぼんやりと見つめると、灯りを付けて上体を起こしまたしばらく自らの左手を眺めた。ふと、何かに気がついたようにゆっくり顔を上げ、そのまま周囲を見渡して正面の何もない空間に視線を向けた後、灯りを消して再び横になった。


「今日は、随分と五月蝿いんだな」


誰に言うでもなくユウは闇にむかってそう呟くと静かに目を閉じて眠りに就いた。


◇◇◇


翌日の放課後。前の日と同じように生徒達が佳境に入り始めた文化祭の準備に熱心に取り組む中、ユウとチカの二人はある場所に向かって並んで校内を歩いていた。
定番の喫茶店やお化け屋敷などが開催される予定の教室付近の廊下は出し物に似合うよう華やかに、或いはおどろおどろしく飾りつけが行われているが今二人が向かっている階段裏の物置部屋に向かう道筋にそれはなく、むしろ賑やかで活気のある区域との対比で普段より一層物寂しく見える。


「私、ここ来たことないかも……」


「まぁ、あんまり教室とかないからな。普段使わん部屋ばっか並んでるとこだしこの辺……と、ここか」


階段を昇らずに脇のスペースから裏手に回ると清掃が行き届いていないのか床には目視できるほどの埃が積もっていて一歩歩くとそれが舞い上がって充満し、二人は思わず顔をしかめる。さらに進むと、上部には元々何かの目的で使う部屋だったのであろうことを示す文字が印字されているはずの部分にガムテープが貼られ、その上から掠れたペンで『物置』と書かれた札がある、塗装が剥がれたボロボロの金属の扉が備え付けられていた。
学校の中でも辺境と言っていい位置にあるこの部屋は見ての通り物置らしい。らしい、というのは二人が生徒会長からの「ここに物置があるから中にある物をチェックしてくれ」という指示で初めてこの空間の存在を知ったからである。
どうやらこの部屋は代々我が校の生徒会執行部が管理する、生徒会室に置けない備品を置いているらしい部屋なのだが最近この部屋の合鍵が学校に出回っていて無断でここに侵入している人物がいる可能性があるという噂が会長の耳に入ったため調査として二人が派遣されたのであった。しかし。


「まぁ、噂はデマだろうな」


「ですね」


振り返って二人分の足跡がくっきりと付いた埃まみれの薄暗い廊下を見ながら呟く。ここ一ヶ月ほど学校は休みだったとはいえ、歩いただけでここまで跡が残るのはこの場所が年単位で放置されている証拠だろう。誰かがここに訪れているのであれば他の足跡も付いているはずだろうし、そもそも目の前の扉の錆び付いたドアノブにまで埃が積もっていることが、ここ最近この扉が誰にも使用されていないことを物を言わずとも物語っていた。
この部屋に不当に出入りしている者がいる、というのがどこから出た噂かはわからないがこの様子では自分たちを派遣したのは会長の取り越し苦労だったのだろうとユウは考える。噂がある以上その真偽を確かめなければいけないことは理解しているので別に怒ったりしているわけではないが、無駄足を踏まされた落胆が無いわけではなかった。


「はぁ、どうせ誰も使ってないだろこれ」


「でもせっかく鍵貰ったんだから中見ていきましょうよ。会長の指示も『中にある物をチェックしてくれ』でしたし」


チカはそう言うと会長から渡されたシンプルな鍵に付けられたフックに掛けるための金属のリングに人差し指を通してクルクルと回してニヤリと笑った。その表情は自分に与えられた仕事を全うするための義務感よりも扉の先に広がる未知の空間に対する好奇心がありありと見て取れる。
先程思わずため息をついたユウも、目の前の古ぼけた扉の向こうに興味がないわけではなかった。


「まぁ、それもそうか……でも開くのかこれ、ノブまで錆びてるけど」


「開かないならその時は帰りましょう、と……」


チカが鍵を躊躇いなく鍵穴に突き刺す。しばらく左右にガチャガチャ動かしていると、じゃりっという砂を噛んだ時のような嫌な音がした後、無言でノブを回して外開きの扉を小さく開け、開錠が完了したことを示した。


「……開きましたねぇ」


「……開いたな、入るか」


「あ、センパイ。やりたいことあるんでそっち側の壁の方行ってもらえます?」


ユウが何をするのかと不思議に思っているとチカは彼とはドアを挟んで反対側の壁に背を付け、そのままドアノブに手を伸ばして彼に視線を送った。このまま扉を開くとドアが彼女の陰になる形だ。
大体やろうとしていることを理解したので彼も壁に背を付け、スマートフォンを取り出しライトを起動して彼女の方を見る。


「流石センパイですね」


「わかりやすいんだよお前」


短く言葉を交わした後しばらく見つめ合い、ユウが無言で頷くとチカが勢いよくノブを回し自身の方にドアを開いた。すかさずユウがスマホのライトで中を照らすと闇に覆われていたその空間が顕わになる。遅れて彼女も彼の背後から顔を覗かせてその様子を確認した。


「……なんか……普通の物置ですね、思ってたより狭そうじゃない感じですけど」


「何を期待してたんだよ」


「なんか……秘密の部屋!的な。あ、でもソファとかありますよ」


その部屋は何が入っているのかわからない堆く積み上げられた段ボールや大昔は使っていたであろう羽根の折れた古い型の扇風機、何に使っていたのか検討もつかない大きな板材、明らかに入り口よりも大きい埃の被ったソファ、何時の物かわからない黄ばんだ新聞の束などがところ狭しと置かれており、まさに『物置』と言うに相応しい有り様である。チカは「思っていたよりも狭そうじゃない」と言ったが、もちろんこんな部屋に広々とした快適なスペースがあるはずもなく、平均的な高校生の体格である二人が入室するとそれだけで部屋は満員になった。
ユウがドアの脇にスイッチがあるのを見つけたのでおそるおそる点けるとその空間が弱々しいオレンジ色の光で照らされ、薄明るいという表現ができる程の明度となる。勉強などには向かないであろうが、何があるのかくらいは確認できる程度の明るさなので彼は一度スマホのライトを消した。


「電気は生きてんのか。爆発しなくてよかった」


「なに言ってんですかセンパイ、それよりこのソファ生徒会室に置きましょうよ」


「お前がなに言ってんだ。やだよこんな埃まみれなの、そもそもどうやってこの部屋に入れたんだコレ……お、この新聞十五年前のヤツだ」


「ホントですか、見せて見せて」


「やめろはしゃぐな、埃舞うだろ……へっ、くちっ」


「センパイ、案外くしゃみかわいいですね」


「うっせ……まぁ、この分だとここしばらくこの物置に入った奴は居ないだろうな……会長への報告は明日でいいか」


「そですね」


この物置の中で唯一まともに使用できそうなソファですらかなり埃が積もっているのを見たところ本当に長い間放置されていたように思える。数少ない床に物が置かれていない場所にも当然足跡などは一切見当たらないが、その汚れ具合はユウが次に生徒会のメンバーが集められた際にこの部屋の定期的な清掃を打診してみようと思うほどであった。
会長の耳に入ったという噂が十中八九虚偽であったことを二人が確信しこの部屋に訪れた目的を達成すると、チカが仕事は終わったとばかりに部屋の隅に積まれた段ボールをわざわざ下ろしてきて中身を物色し始める。
見ているだけで鼻がムズムズしてくるような大量の埃が舞い上がり、ユウは反射的にドアの開閉による換気を行うのだった。


「おい、なにやって、へ、くしっ……うぅ」


「何があるか気になるじゃないですかぁやっぱり。こんなとこ普通は入れませんからね、役得ですよ役得」


彼女はそう言うと先程ドアの前で見せた隠しようもない好奇心が浮かんだ表情でユウを見上げる。毎日のように通い見知っている筈の学校という施設の隅にある、数年間誰にも使用されていないであろう未知の空間。それに対し好奇心を剥き出しにしてしまう気持ちは彼もわからないわけではないので強く咎めることはできなかった。


「はぁ……物色するのはいいけどあんまり散らかすなよ。片付け手伝わんからな」


「わかってますって……あ、賞味期限八年前の煎餅出てきた。センパイ食べます?」


「いらん」


ユウはソファの埃を軽く払って座り込んで楽しそうに部屋を漁るチカをぼんやりと眺めていると、無意識に自分が左手の薬指を掻いていることにふと気がつく。他のことに意識が向いていると多少はマシだがこうやって特に何もしない時間ができるとそのむずつく指先を嫌でも意識してしまう。その痒みと共に彼はチカに聞かなければならないことがあったことを思い出した。
彼がやたらとその指を気にするのは、昨日帰宅したあたりから可愛らしい絆創膏が貼ってある薬指が熱を持ち、ムズムズと痒くなり始めたからだ。蚊に刺された時の感覚と似てはいるが痒みがその比ではない。治りかけて瘡蓋になった傷口が痒くなるのであればまだわかるが、その日できたばかりの手傷に痛みではなく痒みを感じるというのは彼には経験のない話だった。ホチキスの針による怪我なので傷はある程度深くはあるが面積が広いわけではない。内部の治癒はできていなくても表層の外気に触れる部分は既に瘡蓋になって治りかけているのかとも思ったが、経験したことのない異様な痒みにどうもそれでは納得できない彼はある仮説を立てたのだった。


「……なぁ、鹿島」


「はい?なんです?」


「お前、昨日の昼飯、何食べた?」


ユウが思い当たった仮説は『アレルギー』である。彼はこれまで何かでアレルギー反応を起こしたことはなかったが、ある程度成長してからでも突然食物アレルギーになってしまうようなケースがあることを彼は知っていた。そして、昨日怪我をした時にいつもとは違ったこと。
チカが怪我をした彼の指を口に含んだことだ。
この事実から彼が立てた仮説は『チカの口にたまたま残っていた食べかすが図らずも傷口に入り込み、それが偶然自分も把握していないアレルギー反応を起こす物質だった』というものだ。アレルギー反応が出る食べ物があるならきちんと把握しておかないとこの先苦労するだろう。そんな考えから彼はそんな質問を彼女に投げかけたのである。
しかし、彼女の回答は彼の予想していたものではなかった。


「えーと、昨日のお昼、ですか?たしか……焼き魚……いや違う、これ晩御飯だ。えーと、あ、そうだ。お昼食べてないんですよ、昨日は」


「え、そうなのか」


「そうなんです、お弁当忘れちゃったのに昼休みになってから気づいて。パン買うお金も持ってきてなかったし、も―パンフレット作ってる時もお腹ぺこぺこで……その……」


「……オレの指を食べたと?」


「……あの、ほら、ハムみたいなもんでしょ」


「違うと思うんですけど」


悪びれない様子で言い放つチカにユウは頭を抱える。アレが原因じゃなかったとするといったい何がこの疼きの原因なのか。
左手に貼られた絆創膏を見ながら、親指でそれを掻いてこれはもう病院に行った方が良いのかと考えていると彼女が話しかけてきた。


「でも、なんでそんなことを?」


「いや、その、昨日怪我したとこがなんか妙に痒いっていうか、なんかすごい疼くんだよ……もしかしてアレルギーかなんかかな、とも思ったんだけど違うっぽいし……明日になっても治まらなかったら病院行くわ」


「……あぁ、そうか……舐めちゃったもんね……入っちゃったか……ふふ」


何か思い当たることがあるようにチカが小さく呟くが、それが指の疼きについて考えるユウの耳まで届くことはない。
そんな彼の隣に彼女が何か手の平よりも少し大きいのサイズの物体をを持ってきた。


「センパイ、これなんですか?ゲーム機?」


「ん……うわこれ、GBAじゃん。初めて見たわ……あ、ロックマン刺さってる。電源は……点かない、電池交換すればいけるかな。昔のゲーム機だよ、これ……あれ?」


ユウがゲーム機をソファの脇に置いて顔を上げ、隣を見ると先程までそこにいたはずのチカの姿はない。こんな狭い空間でどこに隠れたのかと彼が思っていたその時。

ばたん。

何かがぶつかるような音が聞こえた。音のした方向を見ると彼女が開けっ放しにしていた出入り口の扉を閉め、その前で微笑んでいる。外からの光が入ってこなくなり、室内を照らすのは天井にあるぼんやりと橙の明かりを放つ電球だけになった。


「……何してんの?」


「センパイ、私、センパイの指の痒み、治す方法知ってますよ」


「え、そうなのか?教えてくれよ」


チカが再びユウの元へ近づき、ソファの隣のスペースに腰を下ろした。扉を閉めたことにより只でさえ部屋に熱が籠り始めているのに、触れるか触れないかという距離に彼女が座ったことで彼は自分の体温がじんわりと高まるのを感じる。


「……なにしてんの」


「だから治すんですって。近づかないとできないじゃないですか」


「そ、そうか」


チカはユウの左手をそっと手に取り、薬指の先に付いたピンク色の絆創膏をゆっくりと剥がすとガーゼの部分にほとんど血は付いていないことと血が固まって傷口を塞いでいることを嘗め回すように念入りに確認した。



「……ココがムズムズするんですよね?」


「え、あぁ、うん。それでどうすんの」


何か痒み止めの薬でも持っているのか、それとも常識に捉われない驚愕の民間療法でも試されるのかとユウが怪訝に思っているとチカは彼から目を離さずにっこりと笑う。


「こうするんですよ」


彼女はそう言うと何か特別なことをするでもなく、彼の薬指を、ただ優しく握りこんだ。

その瞬間、確かに痒みは嘘のように治まった。

痒みは。


「ん……?おぉ、すげぇ、ホントに治まっ、っ!?……た?ぃあ、っく!?……お、おいっ、ぅ、あ、なん、だ、これ、あぐっ!」


痒みは綺麗さっぱり無くなった。その代わりにユウを襲ったのは感電したのかと錯覚するほどの激しい刺激。チカに握られている部分から真っ赤に赤熱した石を連想させる快感が発生し、それが腕を走り抜け身体中に流れ込んで思考を司る器官に灼けるような抗うことのできない痕を押し付けて行く。
健全な高校生である彼はそれまでに経験したことの無い恐ろしいとも形容できる感覚に翻弄され、声を出すまいとする意思とは裏腹にじわじわと開いていくその口から喘ぎ声を洩らすことしかできなかった。
自らの隣で突然の快感に悶え、目を白黒させる彼を見たチカは満足そうに笑い、わざとらしく心配するような声を作って言う。


「どうしたんですかぁ、センパイ。すっごく、苦しそうです」


「とぼけ、んなっ、はぁっ……ぅう、か、しま、おま、えっ、う、ぁ、っ……な、なんか、した、だろ」


顔を紅潮させながらも必死にチカを睨み付けるユウだが、彼女がそれに怯む様子は全くない。


「えぇー?私はこうやってセンパイのためを思って痒いの痒いのとんでいけーってしてあげてるのに心外ですねぇ」


そう言うと彼女はそれまで薬指を優しく握っていた左手にじわじわと力を込めて、包み込む圧力を強めていった。
その行為は彼が息も絶え絶えになっていたそれまでの刺激がまだまだ快楽の渦の序章にすぎなかったこと示す。


「うあっ!おい、それやめ、ひ、ぐ、くぅっ!や、やめ、あぅ、んん!」


「どうして指を握ってあげてるだけなのに、そんなにかわいい声出しちゃうんですかぁ……センパイ……?」


「し、るか、あっ、く!おま、え、が、あ、ぅ、なんか、しこ、んっ!っだん、ぁ、だろ!手ぇ、ぅ、はな、せぇっ!」


「……ま、放せって言うなら放しましょうか」


ユウの必死の要求にチカはあっさりと応じ、握っていた手をパッと放した。すると指先から流れていた異常な快感は一瞬でピタリと治まり、それに伴って痺れが抜けていくように身体全体が正常な感覚を取り戻していく。未知の快楽に翻弄された筋肉を動かすこともままならず、彼は全身の力を抜いてずるりとソファに座り込んだ。


「はぁ、はぁ、は、ぁ……おい、一体今のはな……に……!?」


痒い。

自分の手に何をしたのかチカに問い詰めようとした彼の左手の薬指を再び尋常じゃない痒みが襲う。心なしか彼女に握られる前よりもその程度が増しているような気がした。


「あ、う、おい、なんだこれ、お前、治したんじゃ」


「まだ『治療』の途中なのにセンパイが放せー、って言うからです」


「治療、ってお前、あれ」


「『治療』ですよ。センパイのその痒いの、私にしか治められませんよ」


やはり彼女が自分に何かしたのか。なんでそんなことを。一体何をしたんだ。
ユウがそんなことを考え、自分に何をしたのかチカに問いただそうとしたその時、またあの音が聞こえた気がした。

音自体が大きいわけではないのに妙に耳に響くあの甲高い音。

ここにもいるのか。痒い。どこだ。あぁくそ、指が痒い。音もまだうっすら聞こえる……あれ、さっきまで、何か考えてたような。彼女に何か言おうとしていたような。なんだっけ。


「センパイ、どうしてほしいですか?私、センパイが嫌がるなら無理に『治療』はしたくありません」


チカがユウの瞳をまっすぐ見据えて言う。その柔らかな声は不思議なことに先程から彼の脳内に響く甲高い音と心地よく溶けあい、紡がれた言葉は滑り落ちるように彼の意識に浸透していった。


「あ、え?治療……?」


そうだ、『治療』。彼女ならこの痒みを止められる、『治療』してもらわないと。


「あぁ、そうだ、頼むよ鹿島。痒くてどうにかなりそうなんだ。早く治してくれ」


「ふふ、センパイ。苗字じゃなくて名前で呼んでください」


「えっと、チカ、でいいのか」


「はい。じゃあ、始めますね」


チカが再びユウの左手を取り、今度は薬指は握らず、顔の前まで持っていくとピンク色の舌を見せて唇を濡らし言った。


「ふふ、おいしそ。いただきまぁす」


その瞬間、ユウの頭に響いていた甲高い羽音が止む。意識の靄が急に晴れて我に帰り、目の前で今にも自分の薬指を昨日のように口に含もうとしているチカを認識する彼だが、何か行動を起こせる時間は残されておらずただ困惑の二音を口にすることしかできなかった。


「は?ちょ」


「あむ」


ユウの視界が一瞬明滅する。窒息してしまいそうなるほど粘り気のある快感が彼の脳を襲い、戻ってきたばかりの正気をしこたま殴りつけた。


「ッッッっぁあ!!おい、や、うあっ!!くぅっ!!」


「んー?んふふ、んむ、ちゅる、ふむ、ん」


「ひ、あ、ゆび、なめる、なぁっ!あ、んぐっ、は、あぅっ!」


「んぅー、ん、む、れろ、ちゅ、じゅるるるるる、はむ」


「うっっく!おい、きいて、ん、の、お、ぉぉ、ッッッあぁぁ!っ、おい、すうなぁっ!すうの、だめ、だ、から、ぁっつ!」


先程チカに薬指を握られた時の感覚を赤熱する石と形容するのであれば、今のユウは自分の性感帯を溶岩に包まれ、弄ばれているような感覚を覚えていた。
そう、性感帯。自分の薬指であるはずの部位が彼女の口の中で嫐られ、撫でられ、唾液でドロドロにされることで明らかな性的快感を感じてしまっている。それも性器に直接触れた時のような熱く激しいものが。
彼女が自分に何をしたのかは依然わからないが、自分の身に何が起きているのかをその時彼はようやく理解し始めた。


「うっ、ぐ!お、い!く、ぁ、くち!ふ、ぅは、ぁ、口!はなぁっ!ひっ!はなせっ!あっ、ぁ、ふ」


「ぇふぇー?ろうひてれふかぁ、せんふぁい」


「っ、く、なんか、ゆび、おかしっ、ぃ、いから、ぁ、っあ、く、はなせ、って、ふ、ぁ、なっ?」


「んふふ、らぁーめ」


チカが口を少しすぼめて口内の空気を抜くとそれまで指先しか咥えていなかった薬指を呑み込み、指元まで全て口の中に収めた。熱い湯船の中のような彼女の口の中を掻き分けて舌の付け根辺りまで到達すると味を確かめるかのように念入りにその濡れた肉でぬるぬると撫で回した後、舌を絡ませながら指を咥内からずるりと引き抜き、指先を歯で軽く圧迫して再び一連の動作を最初から繰り返す。
強烈な甘い痺れを伴う恍惚にユウはもちろん抵抗することはできず抗おうという意思すらもじわじわと削り取られていき、意味のある言葉を紡ぐこともままならないままに女のように喘ぎながら彼女に指先を咥えられた時から既に固くなりかけていた下半身に急速に血が集まってくるのを何とか知覚することしかできなかった。


「あ、っぁ、う、や、やめ、っっ、ぅ、んっ、く、ふぅ、ぁっ、ぐ、ぁ」


「ちゅぷっ、ちゅ、むぅ、ん、じゅる、はぁむ、ちゅぱ、んむ」


「っ、っく、ぁ、ひぁ、っんぅ、あっ、あ、んぐっ、くっ、ぅう」


「ぁむ、んむ、む、ん、はむ、む……ん……んふふ、せんはぁい、ほほ、おーひふなっひゃいまひたね」


ユウの指の根元を甘く食んでいたチカがズボン越しに彼の太ももを撫でながら呟く。そのすぐ傍にははち切れそうなほど怒張した突出が今にもズボンのファスナーを壊さんばかりに膨れ上がり、彼の意思とは関係なく彼女の口の動きと腿を撫で擦る手の動きに合わせビクビクと震えている。
チカの白く細い手指がその山の麓までするすると移動するとベルトのバックルとズボンのホックを片手で器用に外し、チャックを親指と薬指で摘んでゆっくりと引き下ろす。それが下ろされるにしたがって下着からはみ出すほどそそり立つ彼の男性器が徐々に姿を現した。
チカはそれを一瞥してニンマリと目尻を下げるとチャックを完全に引き下ろし、彼の下着をずらして上を向く一物を密室の籠った外気に晒す。先程まで太股を撫でていた手がそこに擦り寄ると直立する丸太を裏側からなぞり、天辺の傘を手のひらで優しく包み込んだ。


「はぁ、はぁ、は、あ、くぅ、かし、ま、ぁ、うぅ、あ、は、ぅ」


「せんふぁい、ほれ、どうひへほひいれふか?」


「はぁっ、っく、は、ぁ、ぅ、いえ、る、かぁっ、ふ、ぅ、そんな、こ、と」


僅かに残るなけなしの理性でユウがそう答えるとチカは一瞬何か考えた後、陰茎には手を添えたまま大事そうにむしゃぶりついていた指を口の中から解放した。
息もつかせぬ快楽の地獄からほんの刹那抜け出し呼吸を整えようとするユウだが、次の瞬間、バーナーで炙られるような、もはや痛みに近い只ならぬ痒みと熱が彼の薬指を襲う。


「ちゅ、ちゅぱっ……ふぅう、あ、たれてる」


「っっあぁ!はぁ、はぁ、は、あ、ぐ、ぅ……く、うぅぅぅ、うぁああ!」


「……はぁ、あんまりセンパイにイジワルしたくないから早く素直になって欲しいんですけどねぇ」


「あ、ぁぁあ、か、しま、これ、ゆび、やけるっ、ぁ、たすけっ、て、くぅううっ!」


「助けてあげたいんですよ?でもセンパイがして欲しいことちゃんと言ってくれないから……このままセンパイが意地張り続けるんだったら私、この部屋にセンパイだけ残して帰っちゃうかもしれませんねぇ?」


「や、やめて!行かないでくれ!……っっうぅ、くぅっ!」


ほぼ反射でユウは叫んでしまっていた。
これで、こんな気の狂いそうになる痒みのせいで立ち上がることもままならない状態で、この部屋に一人残されるなんて、想像するだけでもどうにかなってしまいそうだった。
突然大声を出した彼に臆する様子もなく、チカが自らの唾液で濡れて怪しく光を反射する彼の左手の薬指を優しく握りしめる。それだけで彼の内側を暴れていた掻き毟りたくなるような激しい疼きはじんわりと穏やかになっていき、それと引き換えに再び理性を溶かし尽くそうとする快楽がゆっくりと彼を包み込む。
時間にすればほんの数十秒ほどの鞭の後に与えられた甘い飴に表情を蕩けさせていくユウの耳に彼女の唇が近づき囁いた。


「私にどうしてほしいんですか、センパイ」


「はぁ、は、ぁ、か、鹿島、行かないでくれ、置いて、行かないで」


「ふふふ、大丈夫ですよセンパイ。こんなかわいいヒト、置いて行ったら他の子に取られちゃいますから……それと?それだけじゃありませんよね?」


「……い、イかせて……射精、させて、ください……」


「……もう一つ。私の名前を呼ぶ時は?」


「……チ、チカ……」


「はい、よくできました」


ユウはすぐ近くにある彼女の顔を見上げる。位置的には見上げてはいないはずなのだが見上げているような気持ちになる。
その表情は慈愛と嗜虐心と情欲がドロドロに混ざり合い、煮詰まり、名状し難いどす黒い感情となって彼女の潤んだ瞳から、舌と歯を覗かせる唇の隙間から、彼の嬌声を一音も聞き逃すまいと欹てられる耳から、彼の発する体液の匂いを余すことなく吸い込み味わおうとする鼻から、視認こそできないものの隠しようもないほど溢れ出していた。

チカが彼の左手を取り、それを口元に寄せる既視感のある光景がユウの眼に映し出される。彼女は依然片方の手の平で男性器の先端を包み込んだまま、彼の薬指を深く咥え込んだ。


「ッッぅ……ぁ……は、ぅ……」


「んむ……んふふ」


ユウの指にチリチリと残っていた燃えカスのような痒みがチカの口の中で溶けて無くなり、緩い、脳味噌が液状化してしまいそうな快楽に浸される。

そして。


「せんふぁい」


「あ、ふ、な、なんだ?」


「きれつしないれくらふぁいね」


「きぜ……?」


ガリッ。

ユウの指を痛みとも快楽ともつかない鋭い刺激が襲い、それが彼の全身を串刺しにして、昂っていたところを少し落ち着かされた彼を一気に絶頂へと導く。

噛まれた。

その事実を認識できたのは一瞬遅れてからだった。


「ぁ……ッッッッぁ!?!?ぁ、っっっ、ぅっ!!ぐっっっっ、ァ、っ、あぁぁっっぅ!!」


「んっ、ふ、あ、ぁ、ふ、は、んっ、んむ、ちゅ、う」


チカが自ら嚙み切ったユウの指から血を吸い出して口の中に溜めながら、男性器を覆う手の平で勢いよく飛び出す白濁を一滴も零さないように器用に受け止める。先程まで余裕のある表情を浮かべていたが今の彼女には冷静な様子はなく、どこか焦っているような、自らも興奮を隠すことができなくなっているような、そんな表情で彼の指を吸い、舐めしゃぶっていた。
ユウの方はというと意識がとびそうになってしまうほどの膨大な量の快感に脳のキャパシティがすぐに満タンになって爆発し、絶頂しても尚送られ続ける快楽に全身を弓なりに逸らして耐え続けることしかできない。


「っ!!うっっ、っぐ!っあ、ま、まだ、とまらな、あ、ぅ!」


「んっ、ん、ん、む、んむ、ちゅ、ん、んぅ……」


「あっっ、っ!ふ、ぅ、う、くぅっっ……っは、はぁ、はぁ、はぁ、は、あ、ぁふ」


「ん……ちゅ、ぱ、んむ」


ユウがそれまで経験したこともない数十回の激しい脈動の後、ようやく少しずつ快感の波が治まってくるとチカはようやく彼の薬指から口を放した。その第三間接付近にはくっきりと彼女の歯形が付き、傷に沿って環になるように赤い鮮血が滲み出している。

チカは何かを口に含んだような頬の動きのまま少し上を向くと、それまで噴水の如く飛び出ていた精液を全て受け止めていた片手の中にあるものを溢さないよう、素早く口の上に持って来て軽く握られていたその手を開く。手の平からどろりとした粘度のある液体が糸を引きながら次々と彼女の口に落下していき、やがて落ちるものがなくなると先程までそうしていたように指を順番にちゅぱちゅぱと音をたてながらしゃぶり尽くし、最後に舌を出して手の平を上から下へスライドさせた。「れろぉ」と音が聞こえてきそうなその動作を見たユウは、本来生殖のために作られた筈のその液体を彼女が手についたシロップでも舐めるかのように美味しそうに口に含ませる様子に背筋がゾクゾクと震える快感を覚える。彼女が手指を掃除し終わると頬を少し膨らませたままソファに身体を預ける彼に腰辺りに跨がり、真正面から彼に顔を近づけていった。


「お、おい、なにやって」


「……んふふ」


チカが口を閉じたまま鼻でくぐもった笑い声を出すと、ユウに中を見せつけるように結ばれた唇をほどいて上下に開いた。
そこには綺麗に整列する白い歯、先程まで自分を蹂躙していた血色のいいピンクの柔らかな舌、そして。


「んぁ」


「っ……ぁ……そっ、そんなもん見せんなって」


自分から出た二色の液体が彼女の口の中に溜まっていた。少しとろみのある赤い液体と唾液で薄められてもまだ糸を引くような粘りを残している白い液体が斑に混じっている様子はなんとも煽情的であり背徳的でもありそして何より冒涜的で、一度上り詰めて少し収まっていた彼の情欲を再び燻らせる。
見せるなと言いつつ彼がそこから眼を離せずにいると、しばらく見せつけて満足したのか彼女が口を閉じた。


「んむ」


「ぁ……あぁ、汚いからトイレでも行って吐き出して口濯いでこいよ」


「んふ」


彼の言葉とは裏腹にチカはユウの上から退こうとはせず、逆に身体をさらに密着させて彼の首に両腕を回すと顔を耳のすぐ傍まで寄せる。


「お、おい、聞いてんのか」


「んー?……んふふ……」


少し強い口調で彼が言うがチカは聞く耳を持たず、そのまま──。


「……ぐちゅ」


「っ」


──二つの液体を口の中で撹拌させる音を特等席で彼に聴かせ始めた。


「ぐちゅ、ぐちゅ、ぐ、ちゃ、ぐちゅ、ん、ぐっ、ちゅ、ぐ……ちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅぐちゃ、ぐ、ちゅ」


「っひ、おい、ばか、やっ、め、やめ、う、ぁ、ひ、そん、な、こと、す、んな、ぁ、う、あ」


「んふふふ……ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅくちゅ、くちゅ、んむ……くちゅくちゅ、くちゅ、んむぅ、くちゅくちゅ」


混ざり合った液体が薄まって粘度が低くなり、思うような音を出せなくなったチカは不満げに唸るともうしばらくユウにその音を聞かせ続ける。
どうしようもなく下品で淫らな水音を耳元で鳴らされ桃色の音色を頭の中に注ぎ込まれた彼は、自身の液体を出し切った精巣が急速に活動を再開して精を作り出しているのと絶頂を迎えたばかりで少し硬さが抜け始めていた陰茎に再び血が集まり始めているのを否応なく感じていた。


「は、あ、や、めろ、って、う、ぁ、っく、う」


「くちゅ、くっちゅくっちゅくっちゅ、くちゅ、く……ちゅ……く……」


「ぁ、は……お、おい、いい加減に」


「……ごくん」


音が弱くなったタイミングを見計らい、ユウがチカを力づくで押し戻そうとしたその時。彼女がわざと大きく喉を鳴らして口の中でシェイクされた液体を飲み下した。


「っ、お前……ッ!?」


「──ッッッッっぅあ!?ぁ、っくぅぅ、あぁ、っぁ!せ、ん、ふぁ、ぃあ、ふ、ぅ、んぁっ、ん、っんんんんん!!」


その瞬間、彼女の身体がビクンと大きく跳ね上がり口からは聞いたこともない高いトーンの声が発されて首に回されていた両腕は縋りつくように一層力を強め、紙一枚入り込む隙間もないほどに二人は密着していく。
先程とは質の違う、ショッキングピングのサウンドを頭に捻じ込まれた彼は彼女を押し戻そうとしていたことも忘れて密着する彼女の声に、匂いに、感触に脳が熱く沸騰しまともな思考がバラバラに散らばり壊されるのを、ただ何もできずに眺めていることしかできなかった。


「お、おい、どうしたんだ」


「あ、っふぁ、あ、ぁぁあっ!なにっ、これっ、んぅう!こんなのっ、しらにゃぁっあ!あぁ、ぁああ、ふ、んんっ、んぅ!せんふぁ、たしゅ、け、ぁっ、あ、ぁう」


「……お前、まさか」


女性経験がほぼ無いと言ってもいいユウでも自分にしっかりとしがみつき、その表情こそ見えないもののあられもない声を上げて熱い身体を小刻みに震わせるチカを見て彼女に何が起こったのか本能でなんとなく察知していた。

達したのだ。チカは。自分の精と血のカクテルを散々口内で弄んだ後、それを飲んで絶頂した。演技でないとするならばとんでもない変態女だ。

ユウは自分の身体を必死に抱き締め、勢いこそ多少収まったものの未だ止まぬ嬌声を口から溢し続けるチカの様子を演技とはどうしても思えず、そしてもしそれが彼女の本性なのだとするのなら──。

彼は自分の中で血が滾るのを隠せなかった。
普通なら自分を傷つけ、弄び、あまつさえ愛撫すらしていないのにも関わらずこんな倒錯した不衛生な行為で絶頂する女には忌避感や嫌悪感を持ってもおかしくはないと思う。
しかし、彼は目の前で異常な行為を行った彼女に対しそんな感情は一切湧いてこず、むしろ彼女が自分を愛してくれているという充足感と彼女への愛しさしかそこにはなく、彼女が求めるのなら手首を切り裂いてでも自分の体液を目の前の女に差し出しても良いという盲信にも近い危険な愛情が自分を支配し始めているのを僅かに残るまともな人間としての矜持が自らを堕とすまいと必死に押しとどめていた。
頭蓋の中では黒と白の思考が火花散る争いを繰り広げ、そのうえ外部からはチカの存在を隙間なく全身で感じさせられて最早まともな思考をすることなどできないユウは、目の前の女と同じく縋るようにその小さな細い身体を壊してしまいそうなほど強く抱きしめた。


「あ、ふぁ、は、へ、あっ、ひ!ふぇ、せんぱ、いっ、いま、だきしめちゃっ、だ、だ、ぁ、めぇっ、んぅっ!く、ふぅぅぅっ!あ、ぁ、ぁ、ぅ」


「っ、は、はぁ、は、ぁ、あ」


だめだと言いつつ一切抗う様子なく逆にさらに腕の力を強めるチカとしばらく二人で一つの生物であるように抱きしめ合っているとようやく彼女の絶頂の波が引いたのか、ユウの首に回した腕の力を緩めて正面で向かい合える位置に移動する。
その顔にいつもの少し無愛想な態度や合理的な冷静さ、何か企んでいるような意地悪っぽい笑みは微塵もなく、前髪が額に貼り付くほど汗だくで顔を赤らめ、ただ快楽に犯され、染まり、溺れただらしない表情が熱く蕩けた虚ろな視線をこちらに向けていた。


「……えへへぇ、せんぱぁい、だめじゃないですかぁ、あんなにおいしいのかくしもってるなんてぇ……あんなのあじわったら、わたしもうほかのものたべられなくなっちゃいますよぉ」


「……か、鹿島」


「ちがいますぅー、ちぃーかぁーでーすぅー」


「……チ、チカ」


「ふふふ、はぁい」


「お前、頭の上のやつ、なんだそれ」


「あたま……?」


チカが両手を頭の上に持っていく。
そこには先程までは無かった、根元の部分は彼女の髪と同様に黒く、先に行くに従い白くなり、先端の方は赤く染まっている小さな羽根箒のようなものが二本、彼女の頭から生えていたのだった。
確か今年の出し物でメイド喫茶をやると言っていたクラスがああいった物を購入していた筈だが、時折円を描くように動いているそれは作り物の質感ではなく、あり得ないことではあるがまさに彼女の頭から生えていると感じる、元々そこにあったかように違和感のないものだった。
彼女の手がそれに触れると感触を確かめるように数回軽く握った後、にへらとだらしのない笑顔を見せた。


「……ん?……あぁー、かくしてたんだけどでちゃってたかぁ……まぁー、しょうがないよねぇ、あんなののんじゃったら」


「か、隠してたって、なんだよそれ」


「……えへへ、にあいますか?これ」


両手でそれをひょこひょこと動かしながら彼女が聞く。
獣の耳を連想させる頭の上のそれは、確かにあざといという評価がぴったりと合うくらいにはチカに似合うものだった。


「……う、うん、かわいいと思う」


「ふふふ、うれし。センパイ、これがなにかしりたいですか?」


「……つけ耳……とかじゃないんだよな」


「あたりまえじゃないですかぁ……センパイにはトクベツにおしえてあげてもいいですけどぉ、タダでおしえるわけにはいきませんねぇ」


「な、なにかすればいいのか?」


ユウの言葉を聞いたチカが依然だらしない表情で微笑みながら彼の左手を取り二人の間に割り込ませる。手と手が触れた部分から緩やかな、温い快感が自分の身体に沁み込んでいくのを彼は感じた。
そして彼女は掴んだ手を彼自身に見せつけてとある一点を指差す。


「コレ、わたしにもつけてください」


チカが指し示した先はユウの左手の薬指、その根元の第三関節付近にくっきりと付けられた彼女の噛み切った傷が半分固まり始めた赤黒い血に覆われていた。


「……いいのか」


「いいですよぉ、センパイなら。センパイもわたしのこと、スキでしょ?ソーシソーアイですねぇ、ふふふ」


「その、痛いぞ?」


いくらチカのお願いとはいえ異性を傷つけることに抵抗を覚えるユウは咄嗟にそう言ってしまったのだが、彼女はすぐに言葉尻をとらえて返した。


「あれぇ、センパイはそのイタいのでキモチよくなっちゃってましたよねぇ?もしかしてそういうのがスキなんですかぁ?」


「うっ……」


ユウは自分が先程指を思い切り噛まれた刺激で達してしまったことを思い出す。それまでの彼女の咥内での指への愛撫でかなり高まっていたのはあったが、普通であれば皮膚を切られるほど強い力で噛まれればその痛みで睦まじい雰囲気など一瞬で吹き飛んでしまうだろう。しかし彼の記憶にある限り、その瞬間に痛みは感じてはいないのだった。彼女によって自分の身体に与えられるあらゆる刺激が快感に変えられていくような感覚にただただ身を委ねるしかなく、またそれがこの上なく心地よかった記憶しか彼には残っていなかったのである。


「……ふぅ、心配してくれてるんですね、大丈夫ですよ。センパイも気持ちよかったでしょ?私もきっと同じですから。遠慮なくやっちゃってください」


チカの左手がユウの右頬をゆっくりと上から下に撫でおろし、彼の口元に到達すると唇に薬指を這わせて丁度真ん中あたりの場所でその手を止め、扉をこじ開けるようにじわじわと口の中にその細く白い指を押し込んでいく。
口内に侵入する甘い異物にユウの口は自然と開いていき、遂には彼女が先刻そうしたように彼は薬指を根本まで咥えこみ、自分の傷と大体同じ場所に軽く歯を当てた。
本当にいいのか、と視線で問いかけると彼女の表情はその瞬間を今か今かと待ちわび、登り続け頂点に差し掛かったジェットコースターに乗っている時のように興奮と期待をその瞳に宿らせている。


「センパイ、遠慮しなくていいですから、さ、早く、早く」


自らに傷を付け、痕を残させることを急かすチカの声にユウも段々と心の中で彼女を傷つけることへの抵抗が薄れていき、それにしたがって彼女を自分の女にしたい、その印を残したいという暴力的な独占欲が湧き上がってきた。いや、それは元々そこにあった欲望なのかもしれない。今まで気がつかなかっただけで。

これでいい。彼女が望んでいるんだから、一思いにやっても。


「ッッ!!」


ぶちり、と嫌な感触が歯に響き、その後すぐに苦いような、甘いような、彼女の鉄の味が口一杯に広がる。彼は無意識に自らがつけた傷口に舌を這わせ、彼女がそうしたようにそれを吸い出し、味わっていた。


「ッッっっぁあっ……っぁはぁ!はぁ、はぁ、さいっこうですよ、センパイ、とっても上手です、ふぅ」


今の行為の何が上手でどうすれば下手になるのかはよくわからないが、ユウの付けた噛み傷はどうやらチカのお気に召したようで満足げに笑いながら右手を彼の頭に乗せ、年下の子供を褒めるように優しく撫でている。
しばらくそうした後、チカは薬指を彼の口内から引き抜くと一度自らの口に含んでから取り出し、自らの指に付けられた赤い環を宝石でも眺めているかようなうっとりとした表情で観察した。


「んふふ、これ、センパイが着けてくれたんだぁ……うーん、もうちょっと深く付けて欲しかったかなぁ、七〇点です」


「厳しいなおい、あれ以上強くやったら千切れるぞお前の指」


「その時はセンパイに食べさせてあげますね。私自らセンパイの血肉となってあげます」


「怖えよ、なんだよその猟奇的発想」


「冗談ですって、半分」


今までの態度を見る限りあながち冗談とも受け取れないことをさらっと言うと、チカはユウの左手を持ち上げ自らの左手と薬指同士、そこにある傷同士が触れ合うよう少しズラして重ね合わせ、指を絡め握り込んだ。
ユウも少し間を置いた後、それに応えるように彼女の小さな手を握り込む。彼の傷はもう血が固まり止まっているが、彼女の傷から流れ出る血が二人の手を紅く結んでいた。


「ふふふ、ケッコンですね」


「……」


「さ、センパイもちゃんとしてくれましたし、私も約束を果たしましょうか」


そう言えばそんな話だったとユウが思い出し改めてチカを見るとそこには彼の見知った、彼女に傷をつけることになった発端となるものが無い、いつも通りの彼女の姿があった。


「……お前、あのつけ耳いつ外したんだ」


「やっぱり気づいてなかったんですか。さっき言ってたじゃないですか、隠してたのに出ちゃったって。もう一回隠したんですよ。外したわけじゃないですからね」


「そ、そうなの……か?」


未だ半信半疑で、というよりも彼女の言っていることがなんだか要領を得ない気がして怪訝な声をあげるユウだが、チカは意に介さず左手同士を絡ませあったまま話を続けた。


「ま、実際見てもらった方が早いと思います。よく見ててくださいね、目離しちゃダメですよ」


「わ、わかった」


チカが一見にしかずと言うならきっと見ていればわかるのだろうと思い、ユウが彼女をじっと見ているとすぐに異変は起こった。

彼女の周りの空間がぐにゃりと歪んだ。顔が、身体が、髪が、腕が、脚が蜃気楼に包まれたようにウネウネと歪に曲がり始め、最終的にはそこに元々何がいたかわからなくなってしまうほどに輪郭が朧げになった。

映画やドラマであれば良くできたCGだと褒め称えるところだが間違いなく現実の目の前で起こる理解を越えた現象に彼は言葉を失い、その歪みに巻き込まれて同じように輪郭を失った自分の左手をただ強く握ることしかできなかった。
そうすると応えるように左手を握られる感触が伝わる。彼女が何をしているかはわからないが確実にこの歪みの向こうに居る。それがわかると彼は少し安心したように力を抜いた。

でも、さっきの感触、今までのチカの手と少し違ったような。

彼がそう思ったところで逆再生するように目の前の空間にあるものが形を取り戻していく。

そこには彼女がいた。先程隠したと言った耳のようなものを付けて。

しかし、彼が目を奪われたのはそこではなかった。
カッターシャツとスカートの制服に身を包んでいたはずの身体は首元にかわいらしいリボンこそ着いているものの、その装いは服と言っていいのかすらわからない、いやおそらく言ってはいけないであろう胸の控えめな膨らみを強調するように周りを囲んだ二つの繋がった輪から一本の紐のようなものが腹部の中心に垂れ下がっているだけであり、隠すべき場所が何も隠れていない破廉恥極まりないものとなっている。

逆に腕部と脚部には肌色がほとんど無く、肩に黒っぽい透明なプラスチックかビニールのような素材が覆っていて先が透けて見えているくらいのものだ。腕と脚は薄い灰色と黒の縞模様で覆われ、先端は黒い光沢のある鎧のような質感の鋭い爪が付いた指が手には左右四本ずつ、足には二本ずつあった。
そして何より特徴的なのは彼女の背後。肩甲骨辺りからは彼女の背丈よりも少し小さい程度の大きさの不規則な網目のある巨大な二枚の翅が生えており、そして尻には昆虫の肚を連想させるデザインの透明な容器のようなものがあり中にはちゃぷちゃぷと赤い液体が揺れている。

普通の人間にはないはずの器官がいくつもあるが、それらは全て最初からそこにあるものであったかのように彼に認識されていった。

『蚊』。チカのその姿をはっきりと捉えた時、ユウが最初に思ったことである。


「……な、なんだそれ」


「あれ、もっと驚くかと思ってたんですけど。ご覧の通り、私実は人間じゃないんですよ」


「……蚊の魔物かなにかか?」


「おっ、さすが鋭いですね。正確には私みたいなのは『魔物娘』っていう存在らしいですよ。私の種族は『ヴァンプモスキート』っていう、まぁざっくり言えば、かぷってして血をちゅーちゅーしちゃう種族なんです」


「……なんでそんなことを……もしかして吸い付くして食べるためとか……?」


「……ふふふ、それはですねぇ……」


チカがユウの耳元に顔を寄せる。
彼女が人間ではなく魔物なんとかであるという衝撃の事実は彼の中で案外すんなりと受け止められた。問題は彼女の目的である。
魔物というくらいなのだから人を食らうこともあるかもしれない。彼女になら吸われ尽くして喰われても悔いはないと思うほどに既に目の前の女性に骨抜きにされていた彼だが、彼女が囁いた言葉は全く予想外のものだった。


「……人間の男のヒトにたくさんえっちしてもらって、いっぱい美味しい精液もらって、赤ちゃんを孕ませてもらうためですよ……」


「……は?」


彼の脳が思考することを止めてしまう。彼女の本当の姿を見た時よりも幾分か衝撃的な返答だった。


「細かい説明は省きますけど、さっき言った『魔物娘』っていうのは多少種族差はあるにせよ基本的に人間の男性と交わるのが大好きな生き物なんです。中には精液自体を食料にしてる種族もあるんですよ」


「ごめん、ちょっとついていけないんだけど」


「まぁいきなりこんなこと言われたらそりゃそうなりますよね。異種間だと子供が出来にくいみたいでそれもあって夫を見つけた子はみんなえっち三昧です。私達と交わると人間の男性も私達に近い存在になって身体が丈夫になるんですよ。まさに寝食も忘れて数日間繋がりっぱなしとかもできるわけです」


「え、えーと」


情報の洪水でユウの脳は既にパンクしていたがなんとか蹴り飛ばして思考を働かせ聞きたいことを探し当てる。


「……あの、オレの部屋にいた蚊ってチカと関係ある?」


「……ふふ、そうですね」


そう言って笑ったチカは右手をそっとユウの前に掲げる。そうするとその人差し指からどこからともなく見覚えのある昆虫が這い出てきた。


「この子は私の分身というか、使い魔というか。まぁこの世界で生きやすくするために作られた魔法みたいなもんです。殺虫剤の類は効かないんですが物理的には脆弱極まりないので潰されちゃわないか心配だったんですけど、上手くセンパイの血集めてきてくれたみたいですね。この大きさなんでどうしても一回に集められる量は限られてますけど」


「血なんか集めて集めてどうすんだよ……」


それを聞いたチカは一瞬きょとんとした顔になり「そうですねぇ」と少し思案する素振りを見せた後、何かを思いついたようにニンマリと笑い再び口を開く。


「さっきも言った通り私はヴァンプモスキートっていう蚊の魔物なんですけど私達には大きな特徴が三つあるんですよ。まず一つ目」


幼子に勉強を教えるような優しい説明口調でそう言うとユウの左手と絡ませあっている左手をモゾモゾと波打つように蠢かせ始める。たったそれだけの刺激なのに薬指からは思わず背筋がゾクゾクと震えてしまう熱い快感が発生して、腕を伝わり彼の全身を襲った。


「うっ、ぁ、く、これ、やっぱ、おまえの」


「ふふ、そうですよぉ、私の唾液には毒があるんですけどそれが傷口から入りこんじゃうとそこがどうしようもなく痒くなっちゃって、今のセンパイみたいに私と身体が触れるだけで声が出るくらい気持ちよくなっちゃうんですよ。私達は吸血を口で行うので普通は噛まれた所が疼いて仕方なくなるから、私達から離れることができなくなるってことですね」


「わ、わかったから、っぁ、っ、手、とめ、ぅあ、止めろって、っく」


「そうですか?それじゃあ次に二つ目」


あっさりとユウの要求を聞き入れて手を止めたチカは翅を大きく広げて説明を続ける。一瞬で止んでしまった快感に少しの安堵と物寂しさを感じる。


「翅……?」


「正確には羽音ですね。私たちの羽音には聞いた人の思考を乱す力があるんですよ」


そういえば今日と昨日、彼女と話している時に何度かそんなことがあった気がするなとユウが思っているとチカが広げた翅を高速で振動させ始める。その大きさの翅をその速度で動かせば起こってもおかしくはないはずの爆風は発生せず、わずかなそよ風と共にあの甲高い音が部屋に響き始めた。


「あ──」


「ね、ムズカシイコト、何にも考えられなくなっちゃうでしょ?いいんですよ、センパイは私のことだけ考えてればいいんですから……ほら、私のこと好きって言ってみてください」


「ぁ、チ、チカ、す──」


「はいおしまい」


ユウの言葉が言い終わるか終わらないかという絶妙なタイミングで羽音が止み、頭にかかっていた靄が晴れて正常な思考を取り戻していく。しかし、言いかけた言葉を止めることはできなかった。


「きだ──あ、あれ?」


「きゃー、センパイだいたーん」


「……あのなぁ」


「そんな顔しないでくださいよ。じゃあ最後、三つ目です」


呆れたように苦笑いするユウを尻目にチカは臀部のあたりにある赤い液体が溜まった器官を見せつけるように身体を少し捩る。どうやら正確には尻というよりも腰辺りから生えているもののように見受けられた。


「今までの話からすると……それはオレの血……なんだよな?」


「そうですね。で、これ。なんで集めてると思います?」


ここで先程ユウが発した疑問に話が戻る。てっきり食料にしているものだと思い込んでいたがそうではないのだろうか。


「食料……じゃないよな、わざわざ聞くってことは」


「それだけじゃない、って感じですね。美味しく頂いているのは間違いありません」


ユウがうぅんと唸り考え込む。しばらく経っても答えが出る様子がないのをチカが確認すると、左手を強く握りしめ口を開いた。油断していたところを急に快感に襲われ女のような情けない声を漏らしてしまう。


「っひぁ!」


「ぶっぶー、じかんぎれー」


「……急に握るなって」


「ふふふ、かわいい声でしたよセンパイ。で、正解は……」


いったん口を噤み、わざとらしく間を置いた後、囁くように小さく呟いた。


「センパイの血からカラダの情報を貰って、私のカラダをセンパイ好みに作り替えて、赤ちゃんができやすくするためですよ」


彼女の放った想像を絶する答えにユウは思わず唾を飲んでしまう。
そんな彼の様子を見てチカはくすくすと笑い、左手を再び蠢かせながら右手で彼の頬を撫でた。


「っあ、う、や、っ、ぅ」


「センパイ、夏休みくらいから私のことずっと意識してましたよね?私の分身がちょっとずつ血を集めてくれてたから、それでセンパイを堕とすために遺伝子?っていうんでしたっけ、そこから少しずつカラダを作り変えてたんです。ふふ、もう私、センパイ専用のカラダなっちゃったんですよ?セキニン取ってください。でも、えっちしたら相性良すぎてお互いおかしくなっちゃうかもしれませんねぇ」


「ぅ、あ、っく、う、ふぅ、っ」


「あ、そうそう。さっき私の唾液がーって話しましたけど、私の分身の子もセンパイの血を吸う時に私の唾液と同じ成分を少し流し込んでたんですよ。直接流し込むよりかは若干効果は薄いですけどね……えっと、ここだっけ」


チカは右手でユウの首筋の少し赤く腫れた部分を撫でた。すると──。


「っっっ!?っあ!うぐ、っ、ぁ!ん、ぁ、う、や、やめっ、く、ぅ!」


左手から伝わる感覚と同じような刺激が首筋からも発される。二ヶ所からの快楽はユウの中で加算ではなく乗算され、その身体を隅々まで暴れまわった。
しばらくその感覚に翻弄された後、彼女は手の動きを止めて繋がっていた左手を解いた。固まりかけていた血が別れを惜しむように剥がれていく衝撃が彼にまた軽い快感を与える。

そしてまた、彼女に付けられた痕がズキズキと疼いてくる。ずっとこの繰り返しなのか。これだともう彼女なしでは、彼女と離れては生きていけないじゃないか。


「はぁ、は、っ!っっっくぅ!ふ、あ、ぅぅう!」


「ふふふ、大丈夫ですよ。私にずっと触れてないと何もできなくなっちゃうくらいセンパイに私の唾液が沁み込んでも一緒にいてあげますからね……でもセンパイ、まだちょっと理性残ってるみたいですから最後の仕上げ、してあげます」


「っ、く、しあ、げって……?」


「決まってるじゃないですか、セックスですよ。ここまでしといて本番だけやらないなんてあり得ませんから……しかも普通のセックスじゃありませんよ……?」


チカが妖しく笑う。ここまででも十分普通でないことをされているのにさらに普通ではないことをするのか。
どんなことをするつもりなのか聞こうと恐る恐る口を開くと、ちょうど同じタイミングで彼女の顔が急速に近づき、そして唇が触れあう過程をすっ飛ばしていきなり彼の口内に舌が侵入した。少し遅れて唇が触れあい濃厚なマウストゥマウスの交わりが始まる。


「んむぐっ!んんっ、ん、んう、む、、ぅん、んむぅ」


「んっ、じゅる、む、はむ、ん、ん、んっ、じゅぷ、む」


「ん、んんぅ、ん、ごくっ、ん、ごく、む、んぅ、ん」


「じゅるる、む、ん、む、はぁむ、ん、んぅ」


先程自ら毒だと言っていたチカの甘い唾液を口移しで容赦なく次々と流し込まれ、なすすべなく飲み下すしかないユウは舌をナメクジのように絡ませ合う快感に打ちひしがれてただその蜜を求め、自分からも舌を彼女に差し出していた。

その時。


「じゅる、ん……?ッッッッっっっ!?!?」


「ッ……っむ、んふふ、ちゅ、ちゅう、ちゅる、はむ、ちゅ」


いつか別の場所で感じた鋭い刺激が舌を襲う。その直後彼女の舌に混じって広がる鉄の味。

また、噛まれた。キス中に舌を。血が出るほど。

たしか、彼女の唾液には毒があって、それは傷口から入り込んで、そして──。

そこまで考えが至ったところで味覚がチカの、自分のために身体を作り変えたというその味をダイレクトに感じとり、一気に血が沸騰する。


「ん……んっ!?ん!んぅ!ん、んむ!ん、ん、んんっ!ん!」


「んふふふ、んーむ、ん、あむ、じゅる、れろ、むう、ん、じゅぱ、ふぅ……ふふふ、私の味、どうですか?センパイ」


「ぷは、はっ、は、あ、んく、ぐ、は……うっ!ぁ、これ、やば、した、ただれ、るっ!」


「あぁ……可哀想に、舌が疼いてとっても辛そうですね。でももうちょっと待っててください、すぐに終わりますから」


チカが口をだらしなく開いてなんとか舌の痒みを取り除こうとするユウを見て嗜虐的に笑う。
彼女は最後の仕上げをすると言っていた。いったい何をするのか。何をされてしまうのか。


「ち、ちきゃ、おみゃえ、にゃ、にゃにする、ちゅ、つもり、でぁ」


まともに動かない舌を懸命に動かし問いかけようとするが言葉を話し始めた幼児のような発音をすることしかできない。

それでも彼女はその言葉にならない言葉の意味を汲み取ってくれた。


「そうですね……今からセンパイのお耳と、乳首と、大事なトコロにさっきみたいに噛み傷を付けて、唾液を沁み込ませてあげます。そして、その傷を全部まとめて愛撫しながらセックスするんです。とっても素敵だと思いませんか?」


「な……しょ、そんにゃ、こと……したりゃ……」


「もう戻れませんね、私もセンパイも。センパイは私と一緒にダメになっちゃうの、イヤですか?」


チカの瞳はドロドロに濁っているような、これ以上ないほど澄みきっているような、どちらとも言えない色を放っていた。確かなことはその瞳からは人間の理解を越えた人外の狂気が滲み出ているということ、そしてこの場でユウに断るという選択肢は残されていないということである。
彼がとうとう何も言えなくなり力を抜いてソファに身体を預けると彼女はその身体を優しく抱きしめた。


「大丈夫です。一緒だから怖くありませんよ。壊れるほど気持ちよくなっちゃうと思いますけど、センパイがどうなっても、私が傍にいてあげますから。絶対離れません。離れろって言われても放しません」


「ぅ……あ……」


「……ふふ、じゃああと五ヶ所、ちょっぴり痛いかもしれないですけど、我慢してくださいね」


こうしてチカの『最後の仕上げ』は続けられた。

まずは耳。


「はぁむ、じゅる、んむ、ん、れる、む、ぅ」


「っひ、う、ぁ、っく、ぃ、う」


「んふふ……じゅるる……ッ!」


「っっっッッ!!あ、ぁ、ぁう、くっ、あ」


「ちゅ、ちゅう、ちゅっ、んむぅ、はむ、んっ……はぁ、じゃ、次、左側ですね」


そして胸。


「っ……ごくり……うっわぁ、今のセンパイめちゃくちゃえっちですよ。上半身剥かれてズボン下ろされて、レイプ被害者みたい」


「は、はぁ、は、う、ぅぁ……」


「あ、あぁ、そうですね。すぐにやってあげますから。その前に記念に一枚……よし、じゃあ始めますね、はむ」


「うぁっ、う」


「あむ、ちゅ、れろ、んーむ、あむ、ん……ッ!」


「は、はぁ、う、あ、っく……ッッッっっぁっぐ!!」


「れろ、ちゅうぅぅ……ぷは、んふふ、じゃあ次は反対……」


そして最後に。
チカがユウの股座に屈みこむ体勢になり、そそりたつ男根を目の前に若干余裕のない様子で彼に話しかける。


「……ぁ、はぁ、う、うわ、透明なのこんなに溢れ出して、もうはち切れそう……セ、センパイ、イっちゃダメですからね。全部ナカでもらうんですから」


「は、ぅっく、え、ぁ、む、むり……うぅっ」


「努力はしてください。私もできる限り加減します。あんまり時間かけるとソレだけでイっちゃいますから咥えたらすぐ噛みますね。じゃ、いきますよ」


チカはユウに無茶苦茶な努力目標を課すともう我慢できないといった様子でその一物を飲み込んだ。そして。


「ッ!」


「……っ?……ッッっっっっぁ!?!?あ、ぐ、ふ、うううぅ!!が、ぁ、ッッぁ!!ぁ、ぁ、あ、うぐっ!!ぁあああああっ!!」


彼は獣のような雄叫びを挙げて全身をガクガクと震わせながらその身に降りかかる暴力的な快楽を必死に堪える。
チカの方はというと噛んだ箇所に舌を這わせながら本当に加減するつもりがあるのか、自らが作った傷とくわえこんだ肉棒から溢れ出す液体を恍惚の表情で啜っていた。


「ッッっぐ、ぅぅぅ、あッッ!!ち、ち、か、はな、し、しぇっ、ぅぐぁ!!」


「ちゅ、ちゅる、んむ、ちゅ、ちゅ、ん、む、はむ、ちゅるっ」


「ふぅっっっぐ!!ぅ、ち、チカッッ!!」


「ちゅ……っ!!は、す、すみませんセンパイ!!大丈夫ですか!?」


ようやく口を放したチカが一旦ユウから離れる。陰茎に与えられる刺激がなくなっても風に撫でられるだけで暴発してしまいそうな危険な状態がしばらく続いたが快感の波に合わせ深呼吸していると、なんとか少し落ち着くことができた。とはいえ亀頭の少し下の部分に赤い傷が付けられた彼の一物は未だ透明な液体を垂れ流しながらビクビクと周期的に跳ね上がり、いつ暴発してもおかしくない様子である。


「……自分で言っといてアレですけど、よく堪えましたね」


「は、はぁ、は、ぅ、だって、おまえが、だすなって、いうから」


「っ……は、ふぅ、そうですよね、全部ナカで出してくれるから我慢したんですよね、とってもえらいです、いまごほうびあげますから」


眼をぎらつかせた彼女がソファに座り込む彼の腰を跨ぐと両肩に手を置いて膝立ちの体勢をとり、震える陰茎に自らの女陰が触れるか触れないかという位置で固定する。彼女も長い濃厚な前戯による興奮で相当高まっているらしく一度も触れていないその割れ目からはトロリとした粘液が滴り落ち彼のいきり立つ剛直を妖しくコーティングした。


「はぁ、はっ、は、もっと、じらして、イジワルしてあげるつもり、だったんですけど、もう、がまんできな、はぁ、はぁ、っん、ふ、はぁ」


「はぁ、はぁ、ふ、ぅ、ち、か」


「はっ、は、ぜんぶまかせて、せんぱいは、すわっててください。しぬほど、きもちよく、してあげます、から」


「あ、ぁ、は、はぁ、あ、ぁ」


ご馳走を前にした子供のように浮き足立つチカは遂にユウに飛び付く。返事をすることもままならないほど快楽に蕩けた彼の耳を両手で塞ぎ、口腔を舌で蹂躙し、胸を密着させ乳首同士を擦り合わせ。

そして重力に任せて腰を落とし、濡れそぼった秘裂で彼の男性器を一気に呑み込んだ。


「ぁ──」





暗闇の中でぼんやりと目覚める。眠っていたような、そうじゃないような朧げな意識が呼び起こされた。

暗いな、ここはどこだっけ。
彼がそう思ったところで暗いのは自分が目を閉じているからだということに気づく。とりあえず視界を確保しようと瞼を開くことを試みるがなぜだかそれはとても重く、懸命に力を籠めてもなかなか持ち上がらない。

そうしていると不明瞭だった意識がだんだんと冴えてきて周囲の音を拾い始めた。ばちゅっ、ばちゅっという粘性のある液体を容器に入れて上下に振るような水音。ぺちっ、ぺちっという拍手のような軽い破裂音。そして耳元でくぐもった声をあげる女性の音。


「っ!?ッッッっっっぁああっ!!っっく、ぅ、うぅぅっ!!は、ぐ、ぃうぅぅ、っ、っ、っ!っ!」


それらを全てはっきりと認識したところでユウは凄まじい快感に混濁した意識を張り倒され、完全に覚醒すると同時に絶叫して射精に導かれる。
自分の身体の液体が全て出ていってしまうのではないかと思うほどの激しい吐精を、なにか柔らかくぬるぬるとしていて火傷しそうなほど熱く感じるモノの中でさせられている。彼がビクビクと震えそこに白濁をぶち撒けている最中も、その肉は彼の陰茎から漏れる液体を一滴も残さず搾り尽くすように圧力を内側へ強め、亀頭に吸い付く一際柔らかな肉は管に残ったモノを吸い出すため吸盤のようにさらに密着した。


「は、ぁ、は、ふ、すご、ろっかいめなのに、こんなに、ふふ、こんなにコいの、だされたら、ニンシン、しちゃう、ふふふ」


「はぁ、はっ、はぁ、ち、チカ」


「ぁは……?あ、せんぱぁい、きがついたんですねぇ。ふふふ、イシキないままわたしのナカでしろいのドクドクだしちゃうセンパイもかわいかったですけど、やっぱりおきてるセンパイとシたいですからねぇ」


ドロドロに溶けた呂律で涎を垂らしながらチカが言う。その表情、瞳には一片の理性も無くただただ快楽を貪り、享受することに思考を支配されているのが見ていてもわかった。


「ず、ずっとやってた、の、かぁっ、く、ぅ」


「ふふふ、そうですよぉ。わたしもイれてからしばらくイシキトんじゃってたんでぇ、さっきろっかいめっていいましたけど、たぶんふたりともイシキないまま、にさんかいはイっちゃってましたよぉ」


最低でも六回は絶頂していて、それでもまだ陰茎が固さを失っていないという事実に驚く。一日通してでもそんな回数射精した経験はユウにはなかった。
そういえば彼女のような存在と交わると男性もそれに近い存在になる、というようなことをチカ自身が言っていたのを思い出す。この密室で交わり始めてからどのくらい時間が経ったかはわからないが自分の身体も変質し始めているのだろうか。

そんなことを考えていると彼女が翅を震わせ、あの音を発した。ユウの耳に届くやいなや、彼がそれまでしていた思考は磨りガラスを通したようにぼやけ、今視界に入っている目の前の女性のことしか考えられなくなってしまう。


「うっ、ぁ、ぁ?……ぁ、ぅ、く、ち、チカ……」


「せんぱぁい、いまなんかムズカシイコトかんがえてましたよねぇ。わたしとえっちしてるのにシツレイじゃありませんかぁ?センパイはナニもかんがえずにただわたしにアイされて、わたしをアイしてくれればそれでいいんですよぉ?」


目の前のチカの顔がどんどんと近づき、鼻同士が触れあうような距離になる。

そうだ。自分は彼女を愛して、彼女に愛されれば、それでいい。他には、何もいらない。


「チ、カ、愛して、る……っく、ぅ」


「わたしもですよ。愛してます、センパイ。これからずぅっと一緒ですからね」


二人の左手同士が絡み合い、互いが互いに付けた痕に触れて目の前の存在は運命の糸できつく縛り付けられ、固く縫い合わされた、この先離れることなどできない相手であることを確認すると二人は再び身体を隙間無く密着させ唇を重ね合わせる。

とある学校の人も寄り付かない片隅にある一室の狭い物置。そこで繰り広げられる二人の狂乱の宴は日が落ちて街の灯りが夜を照らし、それも消え始める頃まで続いた。
21/10/11 21:39更新 / マルタンヤンマ
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■作者メッセージ
暴力表現(ゲームボーイアドバンスをレトロゲー扱いすることによる精神的ダメージ)
GBAといえばなぜかスタフィーとロックマンのイメージがあります。ポケモンしかソフト持ってないのに不思議ですね

読み切りで書き始めたんですけど長くなっちゃったんで分けました
次で完結です

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