読切小説
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性的な友人
世の中には変わり者というのがいる。
変わっている部分は様々で、筆記用具をキャラ物で固めるとか、
坊主刈りを通り越してスキンヘッドとか、
なんとなくで逆立ちして廊下を歩きだすとか、それこそ色々。
そして自分の友人も変わり者の一人だ。

「昼休みになったよ。食堂へ行こうじゃないか」
演劇でもしているかのような気取った口ぶり。
それに促され自分は席を立つ。

「ほら急ぎたまえ。早くしないと席が埋まってしまうよ」
そう言って友人は自分の前を走る。
自分より細っこい体なのに息を切らしもしないとか、どういう体してるんだ。

息を切らしながらたどり着いた食堂は、もうすでに人でごった返していた。
四時限目が終わるのが遅かったから、仕方ないと言えば仕方ないのだが……。

「君が遅いせいで、ほとんど埋まってしまったじゃないか。どうしてくれるんだい?」
文句は先生に言ってくれ。アンタのせいでイスに座れませんでしたってな。
「僕もそう言ってやりたいのは山々だが、生徒が教師にそんな口きけるわけないだろう?
 生意気な事言うなと、お説教されるのが関の山だ」 
だからって自分に文句を言われても困るんだが。
「そうだね。ただ言ってみただけだ」
そんな感じで軽口をたたき合いながらカウンターに並ぼうとしたら、テーブルの方から呼び声。

「おーい、こっち座らないかー」
声の主に目を向けると、4人用のテーブルを3人で占拠している上級生の集団が目に入った。
……なんかガラの良くなさそうな先輩たちだ。あんな中に一人で混ざるのは避けたい。

ありがたい申し出ですが、遠慮させていただきます。
「テメーじゃねーよ! そっちの子だ!」
まあ、そうだろうね。
友人が行くとは思わないが、どうする? と一応訊いてみる。

「君は僕が友人に一人寂しく昼食を取らせる冷血人間だと思っているのかい?」
一人寂しくって言い方はやめろ。まるで自分に友達がいないようだから。
「僕以外の友人がいたとは初耳だ。仲良くなりたいから紹介してくれないか」
その言葉に何も言えなくなる自分。そして友人は上級生たちに向けて声を放つ。
「申しわけないが先輩方、僕は彼のたった一人の友人なので一緒に食事をしてやりたいと思うんだ。
 どうか彼を憐れんで、僕を引き離すのは勘弁してもらえないだろうか」
なんだその断りかた!? 
確かに友達はいないけど、憐れまれるほど気にしちゃいないぞ!

「なんかオトコつきっぽいぞー?」
「ざーんねん、お前の負けだな! ジュース奢れよー!」
「うるせー! あんな奴とくっ付いてるなんて普通思わねーだろ!」
上級生たちは友人を誘えるかどうかで賭けかなにかをしてたっぽい。
まあ、食い下がったりせず素直に諦めてくれたので助かった。
その後も彼らは騒いでいたけど、どうでもよくなったので意識から外す。

「不愉快な先輩方だったね」
そうだな。
「君を一人ぼっちにさせようだなんて。彼らにはコミュ障の気持ちなんて生涯理解出来ないだろうな」
コミュ障言うな。手間暇かけて友達を作りたいと思わないだけだ。
「その結果が僕一人というわけだ。無理強いはしないけど、少しぐらいは他人と話しても良いんじゃないかい?」
あーもう、黙っててくれ。
話を打ち切って長蛇の列に混ざる自分。
その後ろに並ぶは自分とは釣り合わないほどに美しい少女。
そう、自分の唯一の友達は、女の子なのだ。



小さい頃から自分は人付き合いが苦手だった。
何故と訊かれても困るが、いつの間にかそういう風になっていたのだ。
対人恐怖症というわけでもないので、普通に他人と会話はできるが、そこまで。
深く入り込んで恒常的な友人関係を築こうとは思わない。

そんな風にずっと過ごして中三の春休み。
四月からの高校はどうなるだろうかと、不安と不安を抱えていたら父にある物を渡された。
「友人ができるお守りだそうだ。せっかくだから身に付けとけ」
友達がいない息子を気にしていたのか、海外出張に行った際に父がお土産を買ってきた。
別に要らなかったけど、断るのも父に悪いと思ったので、春休みの間はそれを身に離さず過ごしていた。

そして入学式。
普通は保護者も出席するが、母はおらず父は忙しいので自分一人。
特に珍しい事もなく入学式は終わり、各教室へ。
担任が自己紹介した後は、個々人の自己紹介だ。

印象に残らず無難に終わらせるクラスメイトが多い中、一人変わった女生徒がいた。
まず外見は一級品。男子生徒が息をのむ音が耳に入る。
そして口から出た声。女性にしては低めで中性的な美しい音。
「皆さん初めまして。僕の名前は―――」
彼女は女でありながら自分自身を僕と呼び、どこか芝居がかったような大仰な口調で自己紹介をした。
他の男子と同じく自分も美しさに目を奪われていたが、変わり者だな……との思いも抱いた。

入学式初日は半日で終わる。
自己紹介の後、担任が様々な連絡事項を伝えるとこれで解散。
後は部活動を見学するなり、下校するなり自由だ。

自分は帰宅部志望なので、さっさと下校……しようとしたら変わり者の女生徒に呼び止められた。
「すまないが君、ちょっと話があるから来てもらえないだろうか」
特に急ぎの用事もない自分は、彼女に連れられ人気のない校舎外れの廊下まで付いていく。
そして女生徒は辺りに人が居ないかときょろきょろ見回すと、挨拶をするようにその言葉を吐き出した。

「君が好きだ。僕と付き合ってもらえないだろうか」
お断りします。
突然の告白だが、即座に自分は返答する。
「……理由を聞かせてもらえないかな」
取り乱しはせずに、何故かと問うてくる女生徒。

だって、自分たち初対面じゃないか。
「初対面だとダメなのかい?」
女生徒は理解出来ないという風に首を傾げる。
自分から見れば、初めて会う相手に告白する方がどうかと思う。
それにこんな美人が自分なんかに一目惚れするなんて、あるはずがない。
ただ、からかって遊ばれているだけと見るべきだろう。

スマンが“遊びたい”なら他の男子にしてくれ。
一言言ってさっさと帰ろうとしたら手を掴まれた。
「じゃあ、友人になってもらえないかな?」
しつこいな…と手を払おうとしたが、その言葉には妙な必死さを感じた。

友人か……。
小中と友人と呼べるほどの付き合いがある他人を持たなかった自分。
そんな自分にとって異性の友人というのは、木星ぐらいの未知の領域だ。
正直を言えば不安が多いので、それもお断わりしたい。

だが考えようによっては、これはチャンスでもある。
なにしろ相手の方から仲良くしたいと言ってきているのだ。
ただ頷くだけで、友人を一人ゲット。
そして友達ができたよと、父が帰ってきたら報告することもできる。

面白みのない人間だけど、それでも良ければ……。
少し悩んで、自分は片手を差し出した。
「面白くないかどうかは僕が決める事だよ。ありがとう、これで僕たちは友達だ」
彼女は両手でそれを握ると、しっかり振って握手する。

……柔らかい手だ。
女の手なんて握ったことのない自分は、初めての友人が女だという事を強く実感した。


その日の夜。
珍しく早く帰ってきた父と二人で食卓を囲みながら話す。

「どうだった高校は? やっていけそうか?」
ビールを飲みながら父が言う。

やっていくも何もまだ初日で……。
そう口にした時、ピンと思いだした。

父さん、今日友人ができたよ。
「お、そうか。お前にもやっと友達ができたかー。あのお守り、買ってきて正解だったな」
機嫌良く笑う父。
そういやそんな物もあったねー、と自分は適当に相づちを打ちながら考える。
……本当にあのお守りが効果あったのかもな。


それからの学校生活は人生初の友人ができたことでバラ色……というわけでもなかった。
別に友人がいないことに酷く悩んでいたわけでもないし。
昼食が二人になったりとか、暇な時に雑談するとか、一緒に下校するとか、変化はその程度だ。

そんなある日のこと。
いつものように食堂へ向かおうとしたら、友人に制止された。
「少し君に相談したいことがあるんだ。今日はパンでも買って別の場所で食べないか?」
自分は別段、食堂にこだわりがあるわけでもないので彼女に従う。

そして購買で昼食を確保し、やってきた場所は……なんで屋上階段?
「人目に付くところでの話は避けたかったんだ。イスがないのは勘弁してほしい」
そういって友人はパルコニーの床に座り込み、サンドイッチの封を開ける。
「食べながらでいい。君も遠慮しないで食事をとってくれ」
その言葉に自分もカレーパンのビニールを破った。

一口、二口食べたところで、友人はカバンから一枚の封筒を取り出した。
「君はこれが何か分かるかい?」
そう言ってヒラヒラと封筒を振る友人。
自分にはなんの変哲もない封筒にしか見えない。

さあ、わからないな。その封筒がどうかしたのか?
「今朝来たら僕の下駄箱に入っていたんだよ。いわゆるラブレターだ」
その言葉に目を見開いて封筒を注視してしまう。
ラブレター……そんな物を生で見かける事があるとは。

ちょっと中身を見せてもらえないか?
文面に興味が湧いてきて、手を伸ばす自分。
しかし友人はヒョイとひっこめるとカバンの中にしまい込んでしまった。
「悪いけど差出人のプライバシーが関わるから、君にも見せられないよ。
 それで一度読んでみたんだけど、内容はありきたりの愛の告白だった。
 僕はこれを受けるべきかどうか。君はどう思う?」

これはもしかしてアレか? マンガなんかでよくある恋愛相談か?
しかし恋人どころか、友達さえいなかった自分に相談されてもロクな答えを返せないぞ。

「君は僕が他の男と付き合っても構わないと思うのかい?」
彼女が他の男と付き合ったら? うーん……。
自分は黙って少し考え、質問をした。

一つ聞くけど、他の男と恋人関係になっても友達を止めたりはしないよな?
「もちろんさ。恋人の方を優先することにはなるだろうけど、付き合いを切る気はないよ」
ならいいよ。そっちの思うようにしてくれ。

彼女の事だ、ハズレの男にまんまと騙されて付き合うなんてことはないだろう。
なら自分としては彼女が誰と恋人になろうと構わない。友人としての付き合いは続くのだから。

そんな考えを伝えたら、友人はつまらなそうな顔になった。
「ふむ……本当に君はそれで良いのかい?」
別にかまわない。というか、なんで自分が反対するなんて思うんだ?
「僕は入学式のあの日から、君一筋だったんだよ。
 少しぐらいは差出人に嫉妬してもらえるかと思ったのだけど」
あー、悪い。何度告白されてもおまえとは付き合えん。
っていうかおまえに限らずどの異性とも付き合えない。

「僕以外でも? ……もしかして君は同性愛者なのかい?」
そんなわけあるか! なんでそんな方向に飛ぶんだよ!
「自画自賛になるけど、僕はかなりの優良物件だと認識しているよ。
 それを断るとなると、男色家ぐらいしか思いつかないんだ」
そう言って2次方程式を前にした小学生並みの悩んだ顔をする友人。
変に誤解させたままは嫌なので、ちょっと事情を話してやることにした。

実はウチの家なんだけどさ、母親がいないんだよ。
自分が小さい頃、離婚したんだ。
「ああ、読めたよ。両親の不仲を目にしてトラウマを抱えたんだね」
説明するまでもなく、完璧に事情を読み取る友人。
まあ“良くある話”だけどさ。

自分が小学生になる前、父と母はしょっちゅう言い争っていた。
当時の自分には何が原因か分からず、今となっては知る気もない。
とにかく、愛し合って結婚したはずの男女が醜く争う様を幼い自分は見てきたのだ。

そんな自分が恋愛や結婚なんてものにロマンを感じられるはずがない。
他人がそれを行うことまでは否定しないが、自分は一生無理だろうと思っている。
友人の告白を断ったのも本当はそれが理由だ。
あと友達を作ろうとしないことにも、関係していると思う。
恋愛云々を除いても、自分の底には他人に対する不信があるんだろう、きっと。

「なるほどね……君はただのコミュ障では無かったというわけだ」
自分なりの分析だけどな。
とにかく、そういうわけでそっちの恋愛に口をはさむ気はない。
友人関係を続けてくれるなら、自分はそれでいいよ。
こうして脱線しつつも、彼女の相談への答えはまとまった。

そして友人はしばらく黙考し……口を開いた。
「……決めた、諦めるよ」
諦めるって何を?
「君と恋人同士になる事さ。トラウマ持ちじゃしかたない」
そうか。じゃあ、差出人と付き合うんだな。
自分を諦めるということは、ラブレターの相手を受け入れるんだろう。
「いや、付き合わないけど」
付き合わないのかい。いや、別に良いけどさ。

「君を放って恋人と仲良くするのも何だしね。このまま第一の友人を続けようと思う。そういうわけで改めてよろしく」
そう言って友人は片手を差し出してくる。
それに対して、こちらこそよろしくと自分も手を握り返した。

「さて、話が思ったより伸びた。早く食べようか」
友人の言葉に携帯を見てみると、昼休みは残り7分。
無駄口せず、二人して黙々とパンを腹に詰め込んだ。


数日後。
放課後の校舎裏という、いかにもな状況で自分は追い詰められていた。
「なんでオメェがあいつとつきあってんだよ?! おかしいだろゼッタイ!」
語気を荒くして詰め寄るのは、見たことのない男子生徒。別のクラスなんだろう。
まあそれはともかく、付き合っているとは一体何の事だろうか?
「しらばっくれんなよ! いつも昼飯食ってるあの女だ!」
一発で分かった。友人の事だ。

えーと、自分はただの友達です。恋人でも何でもありませんハイ。
無駄っぽい気もするけど、一応言ってみる。
「はぁ!? ただのトモダチが理由で断るとかありえねーだろ!」
断る? もしかして、彼女に告白でもしたんですか。
「そうだよ! めんどくせー手紙なんぞ書いて出してやったってのに、
 “友達の方が大事だから”なんつってフリやがったんだ!」
あー、ラブレター出したのこいつだったのか。
手紙なんて似合わない位の乱暴さだな。

多分、それは口実だと思いますよ?
本当に自分のためじゃなくて、断るためにそう言ったんだと……。
実際、彼女がこんな奴と付き合うとは思えない。自分がいなくてもフラれていただろう。
「知ったコトかよ! ホントは付き合ってんだろ!? とっとと別れろよ!」
ダメだこいつ。話が通じない。
たぶん自分に魅力がないのを認めたくないから、責任転嫁してるんだろう。
悪いのは自分じゃなくて、付き合ってる男だと。

どうしよう……。正直今にも殴りかかってきそうで怖い。
そして自慢にならないが自分は喧嘩が弱い。(というかほとんどしたことがない)
こんな場所で大声出しても人が来てくれるかどうか。
下手すればさらに血を昇らせることにも―――。

「ああ、こんな所にいたのか。ずいぶん探したよ」
ピンチの最中、救世主のように友人が現れた。
「掃除が終わっても全然帰ってこないから、心配してしまったじゃないか。
 ほら、カバンを持ってきてあげたよ。一緒に帰ろう」
そう言って自分のカバンを片手に彼女は近寄ってくる。
まるでフった男の事など眼中にないというかのように。

「こいつ、オマエの“トモダチ”だよな?」
男子生徒はこちらを指差し、友人に確認を取る。
「そうだよ。彼と僕は互いに一番の友人だ。それがどうかしたのかい?」
心底興味なさげに応える友人。
「こんな奴のどこが良いってんだ。俺のほうがよっぽど良いだろうがよ」
やや自信過剰かもしれないが、彼の評価はそう間違ってはいないと思う。
野生的(暴力的ともいう)な顔に、しっかりして頼りがいありそうな体格。
ひょろひょろした体に、並み以下の顔な自分よりは女にもてそうだ。

「君が悪いなんて言った覚えはないよ。僕は彼との友人関係を大事にしたいだけさ。
 もういいかい? 僕たちは帰りたいんだ」
面倒だという態度丸出しで男子生徒に応対する友人。
「それとね、僕を性の対象として見るのはやめてもらえないかな。
 そんなに性欲を満たしたいなら、知り合いを紹介しても―――」

「―――――――!」

その言葉についに切れたのか、男子生徒は言葉にできない叫び声をあげて殴りかかってきた。
一発目は顔。幸い当たり所は良かったので、歯や眼球は無事だった。
だが殴られた衝撃で自分は土の上に倒れ込む。
二発目は腹。サッカーボールのように腹を蹴ってきた。
消化は終わっていたので吐きはしなかったが、息が詰まって苦しい。
そして三発目――――を入れる寸前に友人が男子生徒を後ろから殴ったのが見えた。
クリーンヒットしたのか、彼はドサリと地面に倒れ動かなくなる。

殴った友人はカバンを放り出して駆け寄ると、自分を抱き起こした。
「君! 大丈夫かい!?」
とても心配そうに覗きこんでくる顔。
たいしたことないのに、そこまで心配されるとこっちが悪いと思ってしまう。

大丈夫、大丈夫。死にはしないから。
まだ呼吸が苦しいけど、なんとか言葉を出す。
「そうか、良かった……」
ほっとした顔で安堵の息を吐く友人。
あまり抱えられているのもアレなので、いいかげん自分も身を起こす。

助かったよ、もう大丈夫―――イテッ!
右手を見ると皮膚が破れて血が出ていた。たぶん地面に倒れ込んだ時に切ったんだろう。
深い傷でもないし、舐めておけば……って、ちょっ!?

友人は手の出血を見るなり、引き寄せてベロベロと舐めだした。
その様はとても消毒に見えない。
傷を塞ぐのではなく、広げてもっと出血を促そうとしているかのようだ。
傷口の痛みと、彼女の舌のむず痒さに自分はなんとも言えず立ちつくす。
そして舐めてるうちに出血も収まってきたのか、友人がハッと正気に戻る。

「あ……、すまない。つい動転して傷口を舐めすぎてしまった」
いや、別にいいよ……。
どうコメントしたらいいのか分かないので、このことはとりあえず棚置きにしておく。

それより、こいつをどうしようか。
そう言って気絶したままの男子生徒を見る自分。
一応保健室にでも運んだ方がいいのかな?

「放っておこう。今の季節なら凍死なんてしないよ」
冷たい言葉。
まあ、保健室に運べばどうしてこうなったか説明しないといけないし、
下手すれば先生方のお説教を食らうことにもなりかねない。
友人に同意して、一緒に帰ることにした。

普段なら他愛もない話をしながら帰る道。
しかし今日の友人は携帯で誰かと話していた。
「―――そうだよ、ずいぶん持て余しているようなんだ。僕の友達にまで―――」
誰と話しているのかは分からないけど、さっきの出来事を報告しているっぽい。
「―――うん、彼女ならピッタリだ。寝てるから、迎えに行くなら早く―――」
しばらく話し続けた後、通話を切る友人。
そのときには、分かれ道のT字路に差し掛かっていた。

じゃあ、また明日な。
そう言って別れようとしたら、友人までこっちの道にやってきた。
「たしか君の家はこのすぐ近くだったね。手当てするからちょっとお邪魔させてもらうよ」
別にいいよ。たいした傷でもないんだから、自分でどうにかできるって。
なんか大げさになったようで気が引けるので、申し出を断る自分。
「僕が心配なんだ。それに他人がやった方が、綺麗に処置できる」
珍しく押しが強い友人。
まあ、自分がフったのが原因ともいえるから責任を感じてるんだろうけど。


「はい、終わったよ。化膿はしないと思うけど、注意して清潔にしておいてくれ」
顔や手に消毒ガーゼをペタペタ張り付けられた自分。
手はともかく顔が突っ張って、変な感じ。

手当てをしてくれてどうもありがとう。
じゃあ、用事も済んだし帰るか?
「そうだね……それもいいんだけど…」
どうかしたのか?
「せっかく来たのだし、君の部屋を見せてもらえないだろうか」
は? なんでそうなるんだ?
「単純に好奇心だよ。友達がどんな部屋で寝起きしているのか、気になってもおかしくないだろう?」
おかしくない……のか? 自分には友達がいなかったからよくわからん。

えーと、確か今の自分の部屋は……。
見せられない物がないか思い返してみたが、問題はなさそうだった。

いいよ、じゃあ自分の部屋で少し話でもしよう。
階段上がって右の部屋だから、先に行って待っててくれ。
そう伝えて台所へ向かう自分。
後ろからはトントンと階段を上がる音が聞こえた。

緑茶を二杯、あとはまんじゅうでも……。
適当に茶と菓子を用意し、お盆に載せて運ぶ。
階段を上がって、扉を開き――――おい!

「あ、来たのか。君の部屋を少しばかり探索させてもらったよ」
そう言う友人の前に広げられているのは、お子様お断りの肌色本だった。

なにやってんだよ! 
そう叫びお盆を放り投げ…はせず、机に置いて友人が引っ張り出した本を回収した。
ああもう、なんてことするんだよこいつ。どこか隠す場所は……!
部屋を見渡しても一まとめに隠せる場所がなかったので、片隅に投げ置き、毛布をかけて視界から隠すことにした。

とりあえず恥ずかしい物を隠せて一息つくと、友人に詰め寄る。
なんで勝手に他人の部屋を漁るんだよ。
「悪いね。つい気になってさ」
気になったってなにが?
「君が本当に同性愛者でないかどうか。それで調査した結果、大量のエロ本が発掘されて僕の疑念は払拭された」
良かった良かったと頷く友人。

良くないっての。
そもそも自分は男好きでも女嫌いでもない。ただ恋愛や結婚が嫌いなだけだ。
「ふむ、つまり愛情と性欲は別というわけだね」
嫌な言い方だな。それだと自分が酷い奴っぽく感じるぞ。
「酷い奴じゃないか。一世一代の告白をした女をフったんだから」
諦めたくせに根に持ってるのかよ。
「そのぐらいはいいだろう。ところで君は童貞かい?」
それは―――ってさりげなくなに訊いてるんだよ!
「興味本位の質問さ。恋人なんていない君は金銭で春を買ったことがあるのかと」

なんて答えたらいいものか……。
自分は上手い答えがないかと悩んだが、それ自体が答えになってしまった。

「童貞、ね」
うるせー! そっちこそどうなんだよ!
「僕は非処女さ。男性はとっくに経験している」
……あー、そうか。
友人の答えになんかテンション下がる自分。
「ん? 僕が処女でないことにショックを受けたのかい?」
別にそんなことは……。
こいつの場合、興味本位でいきずりの男相手でも処女捨てそうだし。

「ちなみに捨てたのは小学生のとき。相手は父親で強姦だったよ」
それって児童虐待じゃないのか!?
「世間一般から見ればそうかもしれないけど、僕は別に嫌じゃなかった。
 ただ母さんが怒って搾ってしまったから、一回だけで終わったけど」
すいぶんヘビーな過去を持っていた友人。これじゃ変わり者になるのも当然か。
……っていうか何話してるんだ自分たち。
話が逸れまくって、禁断の過去まで覗いてしまったような。

「まあとにかく、僕とセックスしないかってこと」
どう繋がってそこに至るんだ。だいたい自分たちは恋人じゃないだろうが。
「恋人以外は禁止なんて法律は日本には無いよ。友達同士でセックスしたって犯罪にはならない」
確かにそうだけど、なんでそんな事をしないといけないんだ。
「僕が君としたいから。逆に訊くけど君ができない理由はあるのかい?」
できない理由? そんなの――――。

…………なかった。

変わり者で口調がアレだけど、彼女は自分にはもったいないぐらいの女の子だ。
ルックスは100点満点と言って良いだろう。
さらに彼女は処女ではない。
こういったら何だが、自分が初めてを奪ったから…なんて気にする必要はないのだ。
そして自分が一番嫌いな恋人云々は。
「あくまで僕と君は“友達”だからね。セックスしたからって態度を変えたりなんかしないよ」
本人がきっぱり否定してくれた。

答えなんて分かっていると言うかのように微笑む友人。
その顔を見ていると“友達なのに”が“友達なんだから”に変わっていってしまう。
そして気が付くといつの間にか彼女がすぐ傍に寄っていた。
友人は耳元に口を近づけささやいてくる。
「ねえ、いいだろう……? 一緒に気持ち良くなる、ただそれだけの事なんだからさ…」
最後の一押し。
その一言で自分はもう友人を性の対象としか見られなくなった。


お互い服を脱いでベッドに腰掛ける。
まだ陽が出ているのでカーテンをしていても、隙間から入り込む光でけっこう明るい。
彼女は裸でも堂々としているが、自分は恥ずかしさに縮こまってしまう。
いや、一部は発奮しているけど。

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。君の体はおかしくないと思うよ」
おかしいとかそういう問題じゃなくて、単に恥ずかしいんだってば。
「そう言うくせに僕の体はジロジロ見るんだね」
それは男の本能というかなんというか。
「僕は不公平だと思うけど……まあ、君は初めてだから許してあげよう」
そう言って友人はゴロリとベッドに寝そべる。
「早速しようじゃないか。君の勃起した物を僕のまんこに入れてくれ」
躊躇いもなく卑語を口にする友人。その単語に顔が赤くなる。
「卑猥な言葉が嫌いなのかい? でも君の秘蔵本にはもっと色々書かれていたと思うけど」
本で見るのと、実際に口にされるのは全然違うんだよ。
「そうなのか。でも僕は慎む気は無いね。
 ほらほら、早くちんぽを入れてくれないと他にも色々言ってしまうよ」
友人は面白げに自分を急かす。
自分はこれ以上そういう言葉を耳にしたくなかったので、彼女が立てたひざに手をかけて開く。
「見えるだろう? 僕の穴が。そこに当てて押し込めばいいんだ」
友人の言葉に従い、自分のモノを穴にあてがい、ゆっくりと腰を進める。
「そう、それで……んっ!」
入れた途端友人がうめき声を上げる。だがそれは自分の耳には入らなかった。

やばい、女の体ってこんなに凄い物だったのか…!?
初めて侵入した女性器の中。それは熱と粘液と快感に満たされた空間だった。
少し腰を進めるだけでも男性器に肉が纏わり付き、自慰などとは比べ物にならない圧搾感を与えてくる。
この感覚を味わってしまったら、もう自慰では満足できないんじゃないかと思うほど。

「あっ……。君が…どんどん、入ってくる……っ!」
友人もきちんと快楽を感じているのか、ずぶずぶと彼女の中に埋まっていくたび声をあげる。
自分だけが快感を得ているわけではないと分かって少し安心。
そしてついに根元まで彼女の中に埋め込んだ。

「はぁ……っ、全部、入ったのかい?」
自分は声を出さず無言でうなずく。
「どうだい? 気持ち良いだろう……? セックスは…」 
勿論だとブンブンと首を縦に振る自分。
「ん…君が、良くなってくれて、うれしいよ……」
そう言って微笑む友人はとても可愛く見えた。
「じゃあ、抜いてくれ……。そうすると……んぃっ!」
また友人の言葉に従い腰をゆっくり下げる。
すると肉壁が食い付くように自分のモノに絡み、360度からシゴキたてる。
「あっ…ちんぽがっ、抜けちゃ……っ!」
友人は抜けかかった男性器を惜しむように声を挙げた。
だが、自分は抜く気はない。
頭だけ残したところで、再び彼女の中へ沈めるのだ。

何度も何度も繰り返す動き。
その速度が速くなるにつれ、友人の声のトーンが上がっていく。
「ねっ、ねぇ! もしかしてもう出そうかい!?」
相当強い快感を感じているのか、彼女は裏返りかけている声で訊いてくる。
それを首肯すると、友人はまた言葉を続けた。
「じゃっ、じゃあ中に出してくれっ! その方が、気持ち良いよっ…!」
膣内射精しろという友人。
確かにこの肉の中に射精できたら最高の快感だろう。

だが自分はコンドームも何もしていない。
そして今日の来訪が突発的だった事を考えると、友人が安全日であるかどうかも怪しい。
もし万が一、子供でもできたら……。
快楽に溺れかけていた自分だが、心配になったので一応聞いてみる。

「そんなことっ、どうでもいいだろう……! 気持ち…良いんだからっ…!」
完全に快楽に溺れた返答。友人はその辺の事を全く気にしていないようだ。
本当に大丈夫なのだろうか?

出すべきか出さざるべきか。
自分が快楽と理性の狭間で戦っていると、右手に痛みが走る。
「んっ…はぁ…っ、れ……ろっ…」
何を考えているのか、彼女はガーゼを外し、手当てしたはずの傷口をペチャペチャ舐めていた。
出血はもう止まっているとはいえ、傷を直に舐められて痛くないわけがない。
手を振って離そうとしたが、掴む力が強くて振り解けなかった。

おい、痛いからやめてくれ!
言葉に出して文句を言ったが、今の友人は聞く耳を持っていないのか無視。
それに対して腹が立ち、自分も心配する気が失せてしまった。

ああそうかい、だったらこっちも遠慮しないぞ。
子供ができても責任持たないからな!
「んむっ……、べつに、いいよっ…! 君の、精液……、僕のまんこにっ…ぶちまけてっ…!」
その返答に、もう知ったことかと友人の中に射精する。
「あっ…! 君の…精液、来てるっ! ちんぽから、ビュッビュッって…!」
射精を受けた途端、彼女は右手を離し抱きついてきた。
背中に腕が回され、ギュッとしがみ付いてくる。
「もっと…もっと出してっ……! 精巣が空っぽになるぐらいにっ……!」
絶対離すものかといわんばかりに、手足を使いしがみ付く友人。
そして自分もこんな気持ち良い物と離れられるかと抱き返した。

抱き合ったまま快楽の余韻に浸る自分たち。
しかしその波が引くにつれ、自分のやったことの重大さが覆い被さってくる。

ご、ごめん。中に出しちゃった……。
自分は感情に振り回されてとんでもない事を……。
「なんで君が謝るんだい? 出していいと言ったのは僕なんだから責任はこっち持ちだろう?」
いや、そうかもしれないけど……。
「君が気にすることはないよ。お互い気持ち良くなれて幸せ。それで良いじゃないか」
何でもない事のように軽く言う友人。その言葉に凝りつつあった不安が霧散していく。
……彼女自身がそう言うのだから、きっと安全な日だったのだろう。
自分がそう考えると友人はあっ、と声をあげた。

「そういえば大事な事を忘れていたよ」
大事な事? 一体何だ?
何かヤバイことかと、パニックになりかける自分。
そんな自分に友人は顔を寄せて、チュッと軽い口づけをしてきた。
「キスだよ。順番が狂ったけどね」
そう言って笑う友人。その顔があまりに美しくて見惚れてしまう。
「知っているかな? 外国じゃキスは友人にもするんだよ?」
そのぐらいは知っている。歳くったオッサン同士が抱き合ってキスしたりとか見たことあるし。
「そうか、ならこれはおかしくない事だと思うよね」
友人は頬に、額に、耳にと顔中にキスの雨を降らせる。
そして最後にもう一度唇。しかしそれは軽い物ではなく、息を止めて行う深い物だった。
「ふぅ……君が、大好きだよ。もちろん友達としてだけど……」
たっぷり唇を押し付けた後、とって付けたように友人はそう加えた。

そんな感じで友人相手に童貞を失った後。
自分は一つの問題に直面していた。

布団が濡れてるんだけど、これどうすればいいんだ?
汗と体液でシーツのあちこちが水溜りの様に変色している。
代えの布団なんてないし、このまま寝るのか?
「そのまま寝ればいいだろう? 僕の香りに包まれて安らかに眠ってくれ」
寝られないって。おまえの香りじゃ逆に興奮して眼が冴えるわ。
「じゃあシーツを交換すれば……」
もちろんそのつもりだけど、下の布団まで染みこんでるんだ。
シーツを代えても布団の方から染み出してくるぞこれ。
「それは……すまないが我慢してもらいたい。これは失敗例として次回の教訓にしよう」
まあ、これについては自分にも責任はあるので、あまり責任追及する気はないが。

ちなみに予想通り、その日の晩は寝られなかった。
ベッドに残る彼女の香りに夕方の交わりを思い起こしてしまい、何度も自慰をしてしまうのだ。
しかしそれでも満足できず、結局うつらうつらとしながら朝を迎えたのだった。

その日の昼。
食堂へ行こうとする友人に、今日はパンにしようと提案した。
友人はそれに同意し、購買で食糧を入手すると、人気のない屋上階段へ向かった。

「わざわざパンを買うなんて、人目のある所ではできない話があるんだろう?」
こちらの事情を見抜いているのか、向こうの方から訊いてくる。
「相談があるなら遠慮なくしてくれ。僕たちは友達なんだから」
そう言われると、今から自分が口にする事が酷く低俗に思える。

昨日の今日でこんな頼みをするのも何だと思うんだが。
「うん」
その……またセックスしてくれないか?
「構わないとも。いつにする?」
い、今すぐ……。

……言ってしまった。
常識で考えれば、学校でなに言ってるんだと思う。
そもそも彼女は恋人ではないし、恋人でもこんな場所でやろうなんて言われたら普通断るだろう。
だが、自分は我慢できないのだ。
もし許されるなら、即座に押し倒して彼女と繋がりたいとさえ思ってしまう。

昨日のことが頭に浮かんで離れないんだ。
何度も自分でしてみたけど、全然満足できなくて。
だから……頼む! 今させて欲しいんだ!

完全に性欲に突き動かされている自分。
頭を下げてセックスさせて欲しいと願う今の姿は、情けないと思う。
だがそれでもシなくては、自分はどうにかなってしまいそうなのだ。

「いいよ、今すぐしようじゃないか」
こちらが拍子抜けするほどあっさり了承する友人。
そしてスカートに手を入れると、すっと下着を降ろしてしまう。

……ありがとう、恩に着るよ。
「友達が苦しんでるんだ。こんな事当然だよ」
そう言ってスカートをめくり、四つん這いになる友人。
「ほら、時間も無いから早く入れてくれ。さっさと出して楽になろうじゃないか」
そうだな。……本当にすまない、後で必ず礼はするから。
「礼なんて別に………んっ!」
友人の白い尻を掴んで挿入する自分。
すると昨日と変らぬように、とろけた穴が男性器を受け入れてくれた。
そして言葉にし難い充足感と安心感、幸福感が胸を満たす。

ああ、ずっとこうやって彼女と繋がっていたい。
何もかも忘れて永遠に―――。

動きを止めて哲学的な思考を始めてしまった自分。
放っておかれたら夜までそうしていたかもしれないが、幸い友人が正気に戻してくれた。
「動かないのかい? 早くしないと五時限目が始まってしまうよ」
そうだった。彼女に挿入しただけでは目的は達成されていない。
本来の目的を思い出し、自分は動き始める。

腰を動かすたびに穴から溢れ出る彼女の体液と快感。
させてもらっている身なのに、快楽を求めて自分勝手に動いてしまう。
友人は大丈夫なのだろうか? 自分のせいで不快になってはいないか?

「あっ…、大丈夫…だよっ! 君になら、犯されても…気持ち良いし……っ!」
不快ではないようだが、やはり彼女は犯されていると感じているようだ。
それに対しての謝罪の言葉が口からこぼれる。

ごめん…友達だからって、甘えて……。
「謝らなくて、いいんだってば……。僕も、好きでやってるんだから…っ!」
優しい言葉だ。嘘ではないのだろうけど、こちらへの気使いが感じられる。
「気に病むなら……その分、気持ち良くしてくれればいいよっ…!」
初めての友人からの要求。それに応えてやりたいけど、どうすればいいのか分からない。
「なら、中に出してくれればいいよ……。それで、十分気持ち良くなれるからっ…!」
分かった、じゃあ出すぞ。
友人の尻をしっかり押さえて根元まで突き込む。
そして彼女の望み通り膣内に射精した。

「くぅっ……! 精液…が、まんこにいっぱい…っ!」
ぎゅっと収縮する友人の膣内。
まるで男の全てを奪い取ろうとするかのように、自分のモノを締めつけてくる。
「もう…こんなに、溜まってるなんてっ………!」
夜中に自慰をしたというのが、信じられないほどに溢れ出る精液。
彼女は体の中に大量の精液を注ぎこまれて喜びの声をあげる。
そして自分も彼女を満足させられ、気が楽になった。

射精した後、繋がったまま喘いでいた自分たちだが、ずっとこのままというわけにもいかない。
交わっている最中も時間は過ぎていたので、早く食べないと。
本当に名残惜しいけど、友人の穴から自分のモノを抜く。
するとぽっかり開いた穴から、つぅっと白い液体が垂れた。

「あ……もったいない」
友人はそう呟くと、自分の穴どころか床にこぼれた分まで拭い舐め取る。
……汚いからやめろって。
「精液は清潔だよ。それにたんぱく質の塊だ。昼食メニューに一品加わっただけさ」
何でもないように彼女は言い、こちらの男性器まで舐めようと―――いや、要らないから! 
「君の精液はなかなかの逸品なんだ。少しでも多く飲みたいんだよ」
友人はそう言うと、萎えかけの男性器を強引にペチャペチャと舐めて綺麗にした。

「ふぅ……これで綺麗になったね。では、早く昼食をすませよう」
体液やよだれでべとべとの手。友人はそれを拭いもせずパンの封を切る。
せめて食べる時ぐらいは拭いた方が……。
自分はそう思ったが、きっと彼女の考えでは汚れていないのだろう。
なので無駄口叩くのは止め、自分もさっさと食事を済ませることにした。



友人とセックスして以来、自分はおかしくなってしまった。
まるで中毒患者の様に彼女の体を求めてしまうのだ。
毎日学校で交わるのはもちろん、休日にも彼女と逢引してしまう。
そうでないと精神不安定になって、何もできなくなる。

毎日毎日、自分の異常な性欲に付き合わせてしまい、友人には本当に悪いと思う。
しかし彼女は自分を責めるどころか、セックスの相手を喜んで務める上に優しく接してくれる。
それに甘えてしまい、自分はますます友人の体に溺れていく。

最初のころは膣内射精に拒否感もあったが、彼女はいつも中が良いと言い、
負い目のある自分はその頼みと快楽に逆らえず、毎回彼女の胎に種をばらまくことになった。
そんな事をしていれば当然……。


日曜日の真っ昼間から、安物のホテルで逢引。
死ぬほど爛れた生活だと思うが、止められない。

互いに裸になると友人の腹がどうしても目に入る。
気のせい気のせいと自分に言い聞かせてきたが、ついに耐えられなくなり訊いてしまった。

……最近、おまえの腹膨らんでないか?
「膨らんでるよ。妊娠してるからね」
気軽にその事実を告げる友人。しかし自分はそんな軽く考えられない。

どうしよう……。
予想通りとはいえ、妊娠という事実にショックを受ける自分。
「なんで悩むんだい」
なんでお前は悩まないんだよ。子供だぞ子供。
自分たちに育てられるわけないし、学校にばれれば不純異性交遊で退学だ。
「二人だけで育てる必要がどこにあるっていうんだい?
 僕の両親はとっくに知ってるから、彼らに助力を求めればいい」
え、おまえの親は知ってたのか…?
「そうだとも。早く孫の顔が見たいって喜んでるよ」
一度も会った事がない男に娘を孕まされて、なんでそんな態度でいられるんだよ。
「僕の家は性的に奔放だからね」
それは奔放ってレベルじゃ……まあいいや。
彼女の両親が了承しているなら、問題のいくらかは削減される。

だが家庭の問題が解決しても、別の問題は残っている。
学校、どうするんだ?
今は服で隠れてるけど、もっと膨らめば隠せないぞ。

世の中には隠し通して通学する者もいるらしいが、そういうのは妊娠に気付かれないほどの肥満だったりする。
胎児のせいで腹が出ても、また太ったの? で済むのだ。
しかし目の前の友人は出るところが出て、凹むところは凹んでいるという理想的な体型。
これでは周囲の目は誤魔化せない。

「それも心配いらないよ。ちょっと小細工すれば誰も気にしなくなる」
小細工って何だよ。学校の人間全員を買収でもするのか?
「まさか。魔法だよ、魔法。僕は魔法が使えるんだ」
そう言って笑う友人。

魔法って、ふざけてる場合じゃないぞ。
「別にふざけてるわけじゃないけどね。とにかく、学校関係は僕がどうにかできるから」
……本当だな? 信じていいんだな?
「僕が君を裏切ったことが一度でもあるかい?」
真面目な顔でじっと見つめてくる友人。
そして自分は彼女と出会ってからの事を思い起こす。

一度もない……な。
「だろう? だから学校の件も気にしないでくれ」
…分かった、おまえに任せるよ。
「任されよう。君は安心して学校に通っていいんだ」

話に区切りが付き、一つ息を吐く自分。
妊娠したとはっきり言われた時はどうしようかと思ったが、怖いほどに話がトントンと進んで問題が片付いてしまった。
自分と友人はこの後も普通に通学し、学生生活を送るだろう。
そして彼女は自分の子供を産み、やがて――――結婚する姿を思い浮かべて吐き気がした。

本当に一瞬。
一瞬で未来の姿が脳裏に浮かんだのだ。

タキシードとウェディングドレスに身を包む自分と友人。
参列者たちはみな笑顔を浮かべて、自分たちを祝福する。
彼女と指輪を交換し、永遠の愛を誓い口づけ。
そこまでは幸せな光景だ。

だがその後。
子供を含めた三人で新居に暮らすと、やがて対立が起きる。

ああするべきだ、こうじゃない、なんでそうする。
違うだろう、なんで聞かない、止めておけば。

ほんの些細なことから始まった夫婦の不和。
それはやがて大きな亀裂になり、子供を巻き込んでの怒鳴り合いに。

“結婚なんてしなければよかった”

最後はお互いそう言って背を向け合う。


ダメだ……結婚なんてとてもできそうにない。
友人のことはとても好きだが、トラウマを解消できるほどではなかった。
この事を告げるのは気が重い。
孕ませておいて責任を取らないだなんて最低の男だと思う。
でも耐えられそうにないのだ。

すまない、謝らないといけない事がある。
「ん、何のことだい? ずいぶん深刻そうな顔だけど」
妊娠させておいて済まないと思うんだが、
「別に君だけのせいでもないけど、それが?」
おまえとは結婚できそうにない。

「別にいいよ、元から期待していないし」
え?
「恋人にもなれないのに、結婚なんてできるわけないだろう?
 最初から想定済みだよ、そんなこと」

正直、非難されると思っていた。
怒鳴るような事はなくても、トゲトゲした言葉で色々言われると。
しかし彼女は結婚しなくても良いという。

えーと……本当にそれでいいのか?
自分の方から切り出したのに、返答が信じられなくて訊き返してしまう。
「僕はそれでいいよ。君と仲良くなって、気持ち良い事をして、子供を産む。
 イレギュラーな出来事は何もない」
そうなのか……って、子供を産むのも最初から想定内だったのかよ。
「当然だとも。僕以外の誰が君の子供を産むっていうんだい?」

友人以外の誰か……無理だな。
恋愛も結婚もできない自分は子供を作る前段階の、男女で愛を深めあうというのがまず無理だ。

「そういうことさ。恋人ができないであろう君のために、僕が子供を産んであげるんだ。
 こんな友達、そうそういないだろう?」
そう言ってクスクス笑う友人。
たしかにそんな友達は世の中見回しても稀だろうな。
でも、子供だったらこんな早く産まなくてもいいんじゃないのか?

「妊娠は想定内だけど、時期だけは想定外だったんだ。
 セックスしていればいずれできると思っていたけど、もう数年先だと想定していた」
数年先って、避妊せずに毎日ヤっといてその想定はおかしいだろ!?
友人の思考回路がどうなっているのか理解できず、声が高くなってしまう。

「僕の母方の血筋は結構な不妊体質でね。
 親戚には10年以上子作りに励んで、やっとできた例もある」
10年だって? そりゃまた……。
それだけ頑張らないと妊娠しないなら、彼女が避妊を気にしないのも頷ける……のか?

「とにかく、君が心配することなんて何一つないんだよ。
 それでも不安に感じるなら、僕が忘れさせてあげるからさ」
面倒な話はお終いと言いたげに、友人はベッドの上に寝転がり、誘ってくる。
「ほら、来なよ…。子供の事とか気にしないで二人で遊ぼうじゃないか……」
……ああ、まただ。
自分が不満や不安を抱えると彼女はすぐセックスに持ちこむのだ。
そして自分もその快楽に溺れてしまい、全てがどうでもよくなってしまう。
またしても横たわる彼女にふらふらと引き寄せられてしまった。

寝そべる友人にのしかかり、挿入する自分。
体重がかかって重いだろうに、文句一つ言わず彼女は抱きしめてくる。
「重くなんか…ないよ…。君を感じられて、嬉しいぐらいだ……」
より奥へ入りやすいようにと、足を開き、腰へ絡めてくる友人。
「さっきも、言ったけど…子供の事は気にしなくていいんだよ…。
 君は…気持ち良くなるよう動いて、僕の中に出してくれれば……っ!」
快楽主義者の友人は孕んでいても―――いや、孕んでいるからこそ膣内射精を求めてくる。
「もう妊娠しているんだから…これ以上はデキないよ……。安心して、僕のまんこに出していいんだ……」
今までの自分は妊娠のリスクが頭にちらついて、完全に楽しむことはできなかった。
まぐわいの最中はよくても、その後冷静になると不安を感じたのだ。
だが、今の彼女なら……。
「んんっ…! そっ、そうだよ…。今の僕の穴は、生殖器官としては役立たずだ…。
 だから…っ、君の性欲処理に使ってくれて、いいんだよっ……!」
何の心配もなく彼女の中に出せる。その事実に昂ぶる自分。
これまでの不安を全て拭おうとするかのように、動きが早くなってしまう。
「あ……、早く、出したいのかいっ…!?」
その通りだ。孕むことのないおまえの穴ほど良い物なんてないんだから…!
「お褒めの言葉…ありがとう……っ! 思いっきり、出してくれ……!
 僕のまんこ……君専用のエロ穴で、気持ち良く…なってっ……!」
友人が腰に回した足で強く締めつける。
そして自分はすでに妊娠している彼女の胎内に射精した。
「あ……あっ! 来て…るっ! 妊娠中の、まんこに……っ!」
自分も彼女も、子供の事など全く気にせず快感に溺れる―――。
「あはっ……胎児も、喜んでるよ……。もっと、欲しいってさ…!」
かと思ったら、友人は一応、腹の子供を意識していた。
エロ的な意味でだったけど。



友人は元から変わり者だった。
自分はその上で友達になったが、最近はもう変わり者では済まなくなっている。

制服を下から押し上げるほどに膨らんだ友人の腹。
どう見ても普通ではない。
しかし誰もその事を気にしないのだ。

妊娠がばれなくて安心……よりも、誰一人指摘しないことの不気味さが際立つ。
それなので自分を危険にさらす事になるが、クラスメイトにさりげなく訊いてみた。

授業合間の休憩時間。
黒板を消している友人を指差し、隣の席の男子に話しかける。

あのさ、彼女…どう思う?
「どう思うって……美人だよな。それがなにか?」
腹よりも先に顔の事を口にする男子。
自分はこの時点でおかしいと思う。

たしかに美人だけどそうじゃなくてさ、体型とか見て変だと思わないか?
「どこがだよ。出るとこ出て良い体じゃないか。あんな恋人がいて羨ましいよ」
アレは恋人じゃなくて友達だって。……あー、いや、それより腹の辺りとか気にならないか?
「腹? 別に気にならないぞ。ちょっと大きいけど綺麗なことに変わりはないし」
そうか、休み時間にすまなかったな。

そう言って話を切り上げる自分。
すると黒板を消し終わった友人が歩いてきた。
「ほら、誰も気にしないんだって。そんな事を考えるなら、宿題の事でも考えていた方が建設的だよ」
彼女はそう言って笑うと、自分の席へ戻っていった。


以前は食堂で昼食をとっていた自分たちだが、
毎日学校でセックスするようになってからは弁当を持参するようになった。
なぜなら、昼食を買いに行く時間がもったいないから。

今の自分たちは昼休みになると、人のいない屋上階段へ向かうのがお決まりだ。
そして素早く胃に食糧を詰め込むと、裸になってすぐさま交わり始める。

冷たい床に寝る自分。そして友人はその上に乗り、ずいぶん大きくなった胸と腹を揺らしながら上下に動く。
「もうすぐ…産まれそう、だねっ!」
まだ腹の中にいるのに、彼女の震える胸からは白い液体が飛び散り、床や自分の体を汚す。
顔にかかったそれを舐めてみると、とても甘い。
まるで彼女の内面が滲み出たかのような優しい味だ。
「ほら…飲みたければ、搾っていいんだよ……」
数滴の母乳を味わっていると、友人はこちらの手を取って胸に当ててきた。
自分はお言葉に甘えて、手に余るほど大きい膨らみをギュッと握る。
すると綺麗な乳首の先から、ピュッとミルクが出た。
「んっ…搾られるのも、良いねっ……! じゃあ、直接……」
友人は上体を倒れ込ませ、胸に頭を抱え込んだ。
二つの膨らみに埋まる自分の顔。少し動かすと胸の先端を口に含む事ができた。
記憶はないけど、赤子がするようにおっぱいをしゃぶってみる。
「あ…あ…、もっと…吸ってっ! 飲む子は、いないんだから…全部、君がっ……!」
全部吸い切るかどうかは分からないが、友人の要望に応えできるだけ自分は飲む。

男一人の頭を胸に抱えながら動く友人。
理想の母親に抱かれるような温かさと、理想の娼婦と交わるような快感を受け続け自分は限界が近づく。
もう、出しても良いかな……?
「ん、いいよ…! 僕も、イクから……っ!」
友人も限界を迎え、ほぼ同時に達する。
彼女の中はいつでも気持ち良いが、達した時の搾り具合は最高だ。
「あ、君のミルク……がっ! お腹、いっぱいっ…!」
妊娠などしない、ただ快楽を得るためだけの射精。
大量に出されたそれは、子供が眠っている子宮まで入っていく。
「おっ…多すぎっ! 子宮が…破裂しちゃ……っ!」
友人の胎内から、ビチャという微かな音。
そして失禁したように穴から液体が零れてくる。

「ああ…膜が破れてしまったよ……」
膜? 膜って何?
「羊膜のことだよ。破れたからもう子供が―――ぐっ!」
友人は呻くと、自分から離れて仰向けに寝転がった。

もしかして今から産むのか…!?
「そう、だよっ…! 破水したんだから……っ!」
もう昼休みは残ってないぞ!? それに、こんな場所で……。
「止められないんだから……仕方ないだろう…!? 五時限目は、欠席だっ……!」
そう言って苦しそうに身をよじる友人。

どどど…どうすれば!?
自分は何をしたらいいんだ!?

「何もっ…しなくて、いいよ…! 傍に、いてくれればっ…!」
息を荒げながら友人は喋る。
その姿に、久しぶりの罪悪感を感じた。

彼女は恋人でもない自分のために、身を張って子供を産もうとしているのだ。
苦痛にまみれ、時には命にもかかわる重大な行為。
その苦しみを分かち合うどころか、軽減してやることもできない。
本当に役立たずで情けない男だ。

「気にしなくて…いいんだよ……っ! 辛くなんか……ないんだから!」
そんなわけないだろう。産みの苦しみは人間最大の苦痛と言われるほどなのに。
「僕が…苦しんでるように、見えるのかいっ……?」
だってどう見ても―――あれ?

身をよじる姿は、セックスの最中に見せる動きに似ていた。
空気を取り込もうと口から出る舌は、深くキスをするときのように涎を垂らしている。
ときおり胸に伸びる手は、自慰をするかのように乳房を揉みしだく。
よく観察してみたら、どれもこれも快楽を感じたときに見せる動きだった。

……本当に苦しくはないんだな?
「そう…だよっ…! 気持ち良くて…死にそうなぐらいで……ぐぅっ!」
ひときわ大きく呻くと、彼女の穴から出る液体が増えた。
「す、進んでるっ…! 君の子供が…僕のまんこを通ってるよっ……!」
その言葉にジーッと見ていると、だんだん穴が広がってきた。
「あ…あたまっ…! 頭が…出そう、で…………ぎっ!」
自分が何度も男性器を入れた穴。その場所から子供が顔を出すというのは不思議な感覚だ。
「ちゃんと、見て…くれてるかい……? 僕が……産んでるところっ…!」
見ているよ。おまえは変わり者だけど、最高の友達だ。
「ありが…とう……! 君も…僕の……ぃっ! あぁっ…もう…全部、出るぅっ…!」
グッと背中をのけぞらせる友人。
腹に力が込められ、膣内に残っていた胴体が一気に押し出される。
そして羊水の水溜りの上に、人型をした肉が吐き出された。

「ふ…ひっ……。産ん…じゃっ、た……」
友人は産後の快楽に浸っているのか、体を微かに震わせながら宙を眺める。
だが自分は大人しすぎる子供に焦っていた。

おい、産声あげてないぞ! どうすりゃいいんだ!?

産まれた直後に赤ん坊が泣き喚くのは、無意味ではない。
肺の中に残っている羊水を吐き出し、自力呼吸を行うための最初のステップなのだ。
このまま放っておけば、この子は……。

床に寝ている赤子を持ち上げ、友人に対処法を訊く。
しかし彼女は焦る様子を見せず、けだるい口調で言った。
「…鼻と口、押さえてごらん」
その言葉に従い赤子の鼻をつまみ、口を塞ぐ。
すると苦しげにジタバタと手足を動かした。
「ちゃんと息はしているだろう……? 心配いらないよ…」
彼女はそう言うと目を瞑って笑みを浮かべた。

しばらく床に寝そべって休んだ友人だが、10分ほど経つと身を起こした。
「さて、色々片付けないとね」
そう言って彼女はへその緒を掴むとズルズル引っ張る。
そんな乱暴で大丈夫なのか?
「平気だよ。このぐらいでどうにかなるほどヤワじゃない―――んっ!」
最後に力を込めて、胎の中の袋を引っ張り出す友人。

「ふぅ…これで僕の胎は完全に空っぽだ。後は……モップかな」
床一面に広がる体液の海。タオル一枚や二枚でどうにかなる量じゃない。
友人は裸のまま立ち上がると、エントランスにある掃除用具入れに向かう。
そしてモップを二本手に取ると差し出してきた。

「はい、君の分。一緒に掃除しようじゃないか」
友人はそう言うと服や荷物を端へ退かしてゴシゴシと床をこすりはじめた。

時間をかけて一通り綺麗にした後。
友人は早退すると言った。
「流石にこの子を抱いて授業を受けるわけにはいかないからね。
 先に家に帰ってるから、君は学校が終わったら来てくれ」
そう告げると、荷物と赤子を抱いて彼女は階段を下りて行った。


子供を産んだ次の日も友人は普通に登校した。
一日にして腹が平らになったのに、体型の変化を気に留める者は皆無。
まあ、いまさら正気に戻られても困るので、深く考えるのは止めにしたけど。

友人と帰る通学路。
いつもの別れ道を彼女と一緒に曲がる。

「―――でだ、父さんが頬ずりしたら泣き出して……」
昨日自分が帰った後、家族がどうしたのか楽しげに話す友人。
しばらく歩き続けて、彼女の家に到着だ。

「ただいま、母さん」
すみません、お邪魔します。

子供の様子を見に家にあがる自分。
するとパタパタとスリッパの音を響かせ友人の母親が姿を見せた。

「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
微笑んで挨拶する友人の母親はとても若々しい。
知らなければ姉妹にしか見えないほどだ。

友人に連れられて彼女の私室へ。
けっこう殺風景な部屋の中には、真新しいベビーベットが置かれている。
「僕は昨日たくさん抱いたから、今日は君に抱かせてあげるよ」
そう言って友人は床にカバンを置くと、ベッドから子供を持ち上げ渡してくれた。
自分は慣れない手つきで、受け取った子供を腕に抱える。

「んー……うー……」
言葉なんてまだ口にできないほど幼い娘。
でも自分が父親だということは分かるのか、揺らしてやると反応を見せる。
「可愛いだろう? 僕が友達だったことに感謝してくれよ」
笑って冗談めいた言葉を発する友人。

確かに彼女には感謝するべきだろう。
彼女がいなければ自分はこの感覚を得ることは決してなかったのだから。
そんな事を考えながら子供を眺めていたら、思いもしない言葉が口から滑りでた。

あのさ、将来の話なんだけど……。
「将来の話? いいよ、話してごらん」
その……一緒に暮さないか?

自分の言葉に友人は目を見開き、驚きの言葉を発した。
「いったいどうしたんだい? 君は結婚なんてしたくないんじゃなかったのかな」
彼女の立場からすれば、これは結婚の申し出と受け取れるだろう。
だが自分にそんな気はない。

結婚はしない……っていうかできない。
でも、子供を育てるなら一緒に住むほうが便利だろ?
だから同居しようってだけ。ただ、それだけの提案だよ。

「その提案、賛同するよ。君となら一生同居しても飽きなさそうだ」
即答して笑う友人。その顔はとても美しい。
……ああ、彼女は本当に自分にはもったいないぐらいの友達だ。

じゃあ、これから先もよろしく頼むよ。
そう言って片手を差し出すと、彼女は柔らかい手で力強く握り返してくれた――――。
12/08/04 14:36更新 / 古い目覚まし

■作者メッセージ
学校が舞台だと場所が似通ってしまいます。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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