連載小説
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決着、そして…
遥か上空。そこに腰まで長い黒髪をストレートに流した美女が漆黒の翼を広げながら左脚に右脚を乗せて脚を組み、まるで椅子の上に座っているかの様に滞空している。

「やり過ぎたかしら?」

女性は紅い瞳を遥か地上に向けている。
美女の視線の先には腹部を魔力刃で貫かれた男性が横たわっていた。
茶色の髪、白い衣服、黒いズボン状の袴、蒼い翼は石畳にめり込んでいる。

「綺麗なアメジストの瞳だったわね」

そう砕かれた石畳の上で横たわっているのは蒼輝。
彼は先程、防御も回避も出来ず、この女性の猛攻を受けた。
そしてトドメとばかりに零距離から高密度に圧縮された刃を放たれた。

「殺さず私の召使いにすればよかったかしら?」
「それは遠慮願いたいな」

―ええ…全くよね―

「えっ!?」

美女は絶対にあり得る筈の無い声に驚きを隠せなかった。

「(そんな筈は…確かに手ごたえがあった)」
「俺が君の背後に居る事が不思議かい?」

―少々…いえ、かなり危険でしたけど…―

美女は今度こそ自分の耳に、はっきりと聞こえた声を認識する。
黒翼の美女は振り返らず背後の人物に問いかけた。

「あの攻撃を受けてよく生還できたわね」
「無傷ってわけじゃないさ」

―腹部に大きな損害を受けたわ―

「ふふっ、そう…どうやって防いだのかしら?」
「美代の多重魔法防御障壁だ…それを最後の、あの一撃に展開した。だから脇腹の斬撃は軌道を逸らすのに精一杯だったし、俺を地上に叩きつける時の重力魔法は防ぎようが無かったから直撃を受けたけどな」

―エンゲージしてなかったら、あの世逝きだったわ―

「それはそうでしょう?高密度に圧縮された魔力を零距離で受ければ、どんな相手でも、すぐにあの世逝き…けど、それより私が称賛したいのは君よ」

黒翼の美女は背後を振り返ると妖艶に微笑む。

「音速による私の斬撃…よく軌道を逸らす事が出来たわ」
「あれも美代の御蔭だ」
「ふふっ…謙遜しなくても大丈夫よ」

黒翼の美女は音もなく蒼輝に近付くと彼の頬を撫でる。

「っ!?」

突然の出来事に蒼輝は驚くと素早く距離を置いた。

「(接近した事に全く気付かなかった…)」

―(うん…恐ろしいくらいの速度ね)―

「逃げないで…」

今度は蒼輝の耳元から美女の声がした。
黒翼の美女が背後から覆いかぶさるように彼の首に両腕を絡めていた。
その際、いつ収めたか分からない巨大な鎌が彼女の背中にある。

「私…君が気に入ったわ」
「貴女の様な美しい女性に気に入られて光栄だね」
「ふふっ」

強気に返事を返すが蒼輝の身体は戦慄している。
その事に身体を密着させている黒翼の美女が逃すわけない。
美女は細く滑らかな指を彼の顎に這わすと信じられない言葉を口にする。

「ねぇ…私のものにならない?」

蒼輝の答えは。

「お断りだ!美代!」

―わかったわ!―

「リミッター解除」

―陰陽対極モード…最終形態に移行―

瞬間、爆発的な力が彼の身体を包み込む。光に包まれた蒼輝は、その中で新たな姿に変化する。上半身は白い胴着のみだが両腕に籠手、両肩に長方形型の肩当てが新たに追加武装された。それ以外ズボン状の白い袴、背中の蒼い翼、身の丈ほどある大太刀は変わらない。

「残念…交渉決裂ね」

それに対し、黒翼の美女は動じることなく寧ろ悲しみの表情を浮かべる。
その場を離れた彼女の手には大きな鎌『冥府魔道』が握られている。

「古代神魔時代から幾百年…」

黒翼の美女は昔を懐かしむ様に紡ぐ。

「多くの権力者や人間達が闇の力を欲して手に入れたけど結局、制御できずに取り込まれて破滅の道を歩んでいったわ」

純粋魔力の刃が冥府魔道の凶刃となる。

「だけど初めて私から欲した、君と言う存在…」

彼女は悲嘆しながら蒼輝の命を絶つ為に狂気の刃を向ける。
対する蒼輝は、それを迎え撃つ為、大太刀を正眼に構える。

―(この形態は身体に大きな負荷を与えるわ…下手をすると身体の何処かに必ず障害がでるから気を付けて)―

「(稼働時間は、どれくらい?)」

―(三十分が限界よ…それ以上は危険だからね)―

「(分かった)」

二人は心の中で会話を終わらせると黒翼の美女に集中する。
既に黒翼の女性は蒼輝の命を刈り取る死神の顔つきになった。

「(来るっ!)」

瞬間、死神の姿は忽然と消えて既に蒼輝の背後で鎌を振り上げていた。

「(狙うは人体の急所…頸椎、これで終わりよ!)」

蒼輝の頸椎に冥府魔道の凶刃が躊躇なく迫る。
だが、それを蒼輝は"最初から見えていた"様に屈んで避ける。

「なっ!?」

驚いたのは死神の方だった。
ひゅんっ、と音速の刃が蒼輝の頭上を越える。

「(あ、あれ?)」

―(蒼輝…今、何をしたの?)―

「(わからない)」

―(わからないって…死神の動きが見えたの?)―

「(いや…)」

これがのちに開花する蒼輝の天性の才能…空間認識能力である。
黒翼の美女は素早く距離を取ると今度は敢えて蒼輝の死角に入らず音速のスピードで正面から迫る。蒼輝は誓約融合で更に鮮明になった動体視力で眼前に迫る死神の動きを捉える。冥府魔道の柄と神威の刃がぶつかり合い、鍔迫り合いの状態となった。この機を逃さず蒼輝は素早く腰から鞘を逆手で抜くと死神の腹部を強打する。

「うっ」

蒼輝は彼女が怯んだ隙に

「双龍・烈風迅雷閃【風雷】」

風と雷を纏った刃と鞘で吹き飛ばし

「雷龍・紫電一閃【轟雷】」

雷を刀身に纏いながら接近して横薙ぎに振るうと

「破魔・龍皇刃【煌輝】」

破魔の霊力を纏った一撃を放った。

「ハァ…ハァ…」

蒼輝は片手で腹部を押さえ、もう片方の手でしっかりと刀を握る。
いくら誓約融合しているとは言え、体力の消費が激しいのは蒼輝である。
先程の死神覚醒によるダメージ、それに伴う陰陽対極モードの最終形態。
蒼輝のほうが死神よりも俄然不利なのは確かである。

―(蒼輝…大丈夫?)―

「(大丈夫だ)」

心細い声の美代に心配を掛けさせないよう蒼輝は微笑む。
だが心が一つになった美代には蒼輝が無理して笑っているのが分かる。

「ふふっ…やるわね」

蒼輝は刀を正眼に構えながら黒翼の美女を見据える。
先程の胸元から腹部にかけて肌を露出させた衣服は所々が破け、死神とは思えないほど美しい軟肌をさらしている。また深い切れ込みの入った長い下衣も膝から下が破けている為、より妖艶に見える。

「ここまで私を追い詰めた君に私の名前を教えてあげる」

黒翼の美女は唇に手を当て、ゆっくりと紡ぐ。

「私は黒翼の死神ティナミス・レナフェル」
「俺は蒼輝…ソウキと読む」

―私は美代…ミヨと読むわ、黒翼の死神ティナミス・レナフェル―

「よく私をここまで追い詰めたわ、ソウキにミヨ」
「…」
「破魔の力は想定外よ…お蔭で私もかなりダメージを受けたわ」

見ればティナミス・レナフェルも肩で息をしている。
破魔の霊力は文字通り、魔を打ち破る効果がある為、魔力によって形成された魔法および物理障壁などを扱う者達にとっては、まさに天敵である。
その為、俄然不利と思われた戦況は一変し、五分と五分の状況になった。

「(魔力残量は…かなり危険領域に達しているわね、これが切れたら飛ぶどころか戦闘も継続できない…だけど、それはソウキも同じ事)」

蒼輝は正眼に構えたまま、ティナミス・レナフェルの動きに集中する。

「(ハァ…ハァ…美代、稼働時間は?)」

―(三十分が経過したわ…)―

「(そうか…)」

―(まだ続けるの?)―

「(愚問だな…彼女を倒さない限り、この国に未来は無い)」

―(そう言うと思ったわ)―

「(稼働時間が過ぎるけどいいか?)」

―(うん、最後まで付き合うわ)―

「(ありがとう)」

蒼輝は「神威」をティナミスは「冥府魔道」を再び構える。
先に動いたのはティナミスだった。
彼女は小細工を抜きにして真正面から、その"速さ"を生かした戦法で瞬く間に蒼輝の懐に入る。そして鎌の間合いに蒼輝を捉えると音速のスピードで横薙ぎに振るう。だが彼の目には、はっきりと彼女の動きが見えていた為、その刃は大太刀によって防御される。しかし、この鎌による斬撃はフェイクだった。本命は彼女の左掌に予め高密度に収束されていた放出魔法。

「受けなさい死神の洗礼…サウザンドスラスト!!」

至近距離から放たれた放出魔法を蒼輝は腹部に受ける。
しかし、それは美代が展開した多重魔法障壁によって防御される。
だが放出魔法は多重魔法障壁を破り、蒼輝は数本を受けた。

「ぐぅ…『天龍・翔龍斬【飛龍】』」

蒼輝も、ただ受けたわけではなかった。
彼は大太刀を下段に構えるとティナミスを斬り上げる。
天空を翔る龍の如くティナミスは上空に吹き飛ばされた。
蒼輝は追撃をかける為、蒼い翼を飛翔させて上昇する。
そのまま大太刀を鞘に収めると真っ向から刃を抜く。

「!?」
「ふふっ、捕まえた」

しかし、それよりも早くティナミスが蒼輝の頭を万力の強さで掴む。
見た目が女性とは言え、その正体は初代魔王の片割れである。

「ちょっと痛いと思うけど我慢してね」

ぞくりっ、と蒼輝の背中に戦慄が走る。
だが気付いた時、既に蒼輝は石畳にめり込んでいた。

「っ!?」
「今気付いた?」

―なにをしたの!―

「何もしてないわ、ただ重力魔法を使っただけよ」

―ただの重力魔法だけで、こうはならないわ!―

「簡単な話よ」

―まさかっ!?―

「察しが良いわね…そっ、私の"速度≠ニ"重力魔法≠合わせただけよ」

ティナミスはスピード型の近接タイプであり、加えて魔法も駆使して戦う。
その彼女は主に"速さ≠生かした戦法を得意とする。この場合、重力魔法を敢えて自分の身体に付加させる事で引力を逆に利用したのである。

「驚いた?こういう使い方もあるのよ、じゃ…覚悟はいい?」

そっ、とティナミスは蒼輝の腹部に掌を添える。
すると彼女の添えた掌に魔力が徐々に蓄積されていく。

―させない!―

「無理よ、今度は貴方達二人に重力を付加させたわ」

―う…動け…な…い…―

「今度は多重魔法障壁を展開させない」

徐々に彼女の掌に魔力が収束される。

「これで本当に…さようなら、グラビティ…」

ティナミスの重力魔法が無防備な蒼輝の腹部に放出される。

「ブラスター!!」

ドゴォオオオオオオン、とまるで強大な隕石が地上に落下した様な耳を塞ぎたくなる轟音が周囲に鳴り響く。

―蒼輝!―

美代の叫び声も空しく蒼輝は重力魔法の直撃を受けた。
だが直撃を受けた筈の彼は不思議な白銀の結界の様なものに護られていた。

―これは…―
―間一髪…危なかったな―

その時、強く美しい透き通った古風的な女性の声がした。

―えっ―

驚いた美代は声の主を探す。

―何処を見ている?私は此処だ―

それは蒼輝の握る神霊刀『神威』からだった。

―えっ…刀?―
―うむ…そうだ―

その時、まばゆい白い閃光が迸り、そこから蒼と白をあしらった様な着物に身を包み、二の腕を露出させた女性が『神威』を持って現れた。

「久しいな、黒翼の死神…久遠の彼方から舞い降りし、魔王の片割れよ」
「そういう貴女は白銀の精霊姫ユキサクラね」

白銀の精霊姫ユキサクラと呼ばれた銀髪の美しい女性は両肩から背中まで大胆に露出させた丈の短い着物を着用しており、それを幅の広い白の帯で締めている。

「貴女も不運ね」
「なにゆえだ?」
「そんな未熟な人間が次の所有者でしょ?」
「確かに、この者は私の力を振るうにまだまだ未熟…だがな」

ユキサクラは、そう言うと鞘に収めた神威の柄をティナミスに向ける。

「その未熟な腕で敢えて致命傷を避け、お主に深手を負わしたのは誰だ?」
「っ!?」
「この者が私の力を振るうに未熟と言ったのは、そう言う事だ!蒼輝!」

石畳に顔をめり込まされた蒼輝がぴくりっ、と反応する。

「いつまで寝ているつもりだ?起きろ!」

蒼輝は上半身を起こした。

―蒼輝…無事だったの?―

「ああ…心配、かけたな」

―ばか!ばかばかばか!蒼輝のばか!!―

駄々をこねる少女の様に美代は蒼輝に罵声をあびせる。

―本当に…心配したのよ!蒼輝が動かなくなったから…―

「ごめん…雪桜が人型になるまで本当に意識が飛んでいたんだ」

―蒼輝は雪桜が『神威』の化身だったのは知ってたの?―

「ああ…『神威』を千代姫さんから受け取った時に聞いた…ただ雪桜がティナミスと顔見知りだった事には正直、俺も驚いたけどな」

蒼輝はゆっくりと立ち上がる。
それを確認した雪桜は静かに主の許へ歩み寄る。

「二度目は無いと思え、よいな?」

蒼輝は頷いて手を差し出すと雪桜は彼の手に自分の手を重ね合わせた。
すると光の粒子が雪桜を優しく包み込む。
暫らくして蒼輝の手には霊刀『雪桜』こと『神威』が握られていた。

―全く…とんだ、ていたらくだな…まだまだ精進が足りん―

「そう言うなよ…本当に意識が飛んでいたんだ」

―確かに重力魔法とやらは厄介だな…自分にも相手にも付加できる…だが何より注意するべき事は奴の速さだ…それは分かっているな?―

「それは充分理解している」

蒼輝は大太刀を構えながら相手の動きに注意する。

―(次が最後の一手と心得よ…これ以上『誓約融合』を使い続けると、お前の身体が持たない…それどころか身体のどこかに必ず弊害が出るぞ)―
―(雪桜の言うとおりよ、これを最後にして…これ以上、貴方が傷つくところを私…見たくない)―

一つとなった美代の哀しみは痛いほど蒼輝にも伝わる。

「(分かった)」

蒼輝は『雪桜』を鞘に収めると腰を深く落として抜刀術の構えを取る。

―(ティナミスも次の一撃で終わりにするだろう)―
―(どうして分かるのよ)―
―(彼女の魔力が著しく低下している…恐らく蒼輝が放った『破魔・龍皇刃【煌輝】』が深手だったようだ。そして先程の重力魔法…あれで多くの魔力を消費したのが何よりも決定的だ…彼女は、あの一撃で仕留めれるものと思っていたのだろう)―
―(けど雪桜が出てきた事で、それが完全に裏目に出た?)―
―(そうだ、いくら初代魔王の片割れとは言え、彼女もまた一部…長きに渡って多くの力ある者達の手に渡り、その魔力を得ても“間違った使い方”をしていては意味が無い)―
―(間違った使い方?)―
―(うむ…彼女は今、自分を制御できず取り込まれた持ち主を自ら闇の力の一部にする事で“己”を顕現している)―
―(それのどこが間違っているの?正しい使い方だと思うけど…)―
―(彼女も私と同じ主に仕える武器…すなわち剣なのだ)―
―(えっ!?)―
―(確かに彼女は単独で戦闘を行なえる位の実力を持っているが本来の役目は主の剣となって戦う事…武器は使われてこそ、その真価を発揮する…使う側になった時点で彼女の負けだ)―

そのティナミスも最後の一撃を狙っていた。
彼女は残りの魔力を冥府魔道の刃に集めている。

―(一つ気になる事があるのよね…)―
―(どんなことだ?)―
―(彼女は機動性を生かした戦術を得意とするのに、あれ以降、死角からの強襲が無くなったのよ)―
―(それは恐らく偶然とはいえ、蒼輝が死角からの強襲を回避したからだろう…彼女は、かなり用心深いからな…警戒しているのだ)―

抜刀術の構えを取る蒼輝は鞘に収めた刀身に霊力を集め、神経を研ぎ澄ませる。
彼はいつでも『雪桜』を抜ける状態にある。

「(来る!)」

先に動いたのはティナミスだった。
彼女は蒼輝の死角に回り込むと人体の急所を狙う。
だが振り下ろした頸椎には何の手ごたえも感じられなかった。
それを不審に思った突如、彼女は自身の魔力が急激に無くなるのを感じる。

「あ、あれ…魔力が…」
「破魔・龍皇刃【煌輝】」

最後に蒼輝の声が聞こえ、ティナミスは温もりに包まれながら意識を失った。





暫らくして意識を取り戻した私は瞳を開く。
そこには先程、戦った青年の顔とは違う穏やかな表情があった。

「気がついたか?」

私が辺りを見渡すと青年の隣にはユキサクラともう一人、腰まで長い黒髪に琥珀色の瞳をした着物姿の女性が居た。しかし、何より私が驚くべき所は彼女の頭頂にある尖った獣の耳、尾てい骨辺りから生えた数本の尻尾、そして全身から醸し出された女の私でも驚くほどの人外の美しさである。

「私…負けたのね」
「そなたの負けだ」
「そう…うっ」
「無理するな」

蒼輝に抱きとめられた私は立ち上がろうとした。
しかし、全身に痛みを感じ、立ち上がるのを止めた。

「どうして私を仕留めなかったの?」
「殺生は俺の流儀に反する…それだけだ」
「本当にそれだけなの?」
「そうだ」

私は白銀の精霊姫ユキサクラに視線を移した。

「ユキサクラ…今度の所有者は変わってるわね」
「全くだ…殺生せず不殺とは甘過ぎる、それが命取りとなるというのに…」

ユキサクラに蒼輝は憎まれ口を叩かれた。
しかし、叩かれた本人は全く気にする様子がない。
そんな二人の姿に私は何を思ったのか声に出した。

「いいわよね…貴女には帰る場所も持ち主もいて」

どうしてこんな事を言ったのか自分でも見当がつかない。
ただ二人の何気ない会話が妙に羨ましく見えた。

「ティナミス…」
「私はずっと一人だった…新たな持ち主が現れても、この力を扱えず力に喰われて結局、力のある者達の手によって討伐された」

ティナミスの表情は暗く持ち主のいる私には返す言葉もない。
だが蒼輝だけ違った。蒼輝は私達三人が驚く言葉を口にする。

「君の居場所なら"ここ≠ノある」
「どこに…」

蒼輝は右膝を地面につけ、しゃがむと右掌をティナミスの前に差し出す。

「俺がティナミス…君の帰る場所だ」

唐突な蒼輝の言葉にティナミスは目を丸くした。
逆に美代と私は大きな溜息を吐いた。

「全く…何故そう言う大事な事を我等に相談しない」
「全くね…どうしてそんなに簡単に言えるのよ」
「物事には順序があるのだ、分かっているのか?」
「わかってるよ…」

当の本人は我等の会話の意図が理解できない。

「何を言っているの?あなた達…」

ティナミスは我等三人の顔を交互に見た後、私に視線を移した。

「つまりこう言う事だ、蒼輝…我が主はティナミス、そなたの使い手になるといっているのだ」
「えっ!?でも私はあなた達を…」
「全くよね…こっちは散々、貴女に痛めつけられたのに…でも、それが蒼輝の良い所だからね」

もう一度、ティナミスは蒼輝に視線を向けた。
そこには先程の生死をかけた戦いを忘れた蒼輝の清々しい顔があった。

「帰る場所や居場所が無いなら俺が創るよ、ティナミス」

ぼろぼろになったティナミスの肩に手を載せると蒼輝は優しく抱き締める。
今まで堪えていた何がか崩れ、ティナミスは年相応の少女の様に泣いた。
暫らくしてティナミスは蒼輝から離れた。

「みっともないところを見せたわね」
「泣きたい時は泣けばいいんだよ」
「全く…どうして、そんなに優しいの?貴方を殺そうとした相手なのに…」
「俺にも分からない…ただ何度も君と刃を重ねる度に刃から君の感情が伝わってきた…それだけの事だ」
「そう…」

すると徐々にティナミスの身体が輝き始める。

「そろそろ時間ね…」

蒼輝が最後の一撃に放った『破魔・龍皇刃【煌輝】』の影響だ。

「ねぇ…約束して」
「ん?」
「必ず私を見つけて…この世界の何処かで待ってるから」
「安心してくれ、俺と雪桜が絶対に見つける」
「ああ、必ず見つける」
「ありがとう」

その時、俺は自分の唇に柔らかな感触を感じる。
その事を理解するのに時間は掛からなかった。
ティナミスが俺の唇と自分の唇を重ね合わせた。
その行為に雪桜は驚き、美代は険しい顔をしたが何も言わなかった。

「きっと…きっと…見つけて…」

事の行為を終えたティナミスは輝く風に包まれ、三人の前から姿を消した。

「俺は既婚者だぞ…全く」

蒼輝は空を見上げながら呟く。

「これで本当に終わったんだな」
「ああ…だが、これで終わりじゃないぞ?蒼輝」
「国の復興、ティナミスの発見…まだまだやる事は山ほど残ってるわ」
「ああ…そうだな、だが今は…」
「このひと時を大事にしましょう」
「うむ…そうだな」
12/09/24 13:05更新 / 蒼穹の翼
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