読切小説
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既成事実
「くぅ、リリムめ…、私はこれほど弱かったのか…」
女勇者セレスは絶望していた、決して油断はしていなかった、リリム相手に油断するような彼女ではなかった、しかし闘いが始まってすぐどこからか飛んできた鎖に手足を縛られ、両手両足を伸ばしたままXの形に固定されてしまった。
「貴方は決して弱くはないわ、そうでなければここまで来ることはできない」
セレスを捕えたリリムは勇者の頬をなでながら話しかけた。
「私をどうする気だ…」
「貴方は今まで強くなろうとしてそれ以外のことは見向きもせず、自分自身をさんざんいじめてきたのね」
「それがどうした」
「あなたに女の喜びを与えてあげるわ、そして私たちの仲間にしてあげる」
リリムはセレスの鎧や服を脱がしながら、全身を撫でまわしはじめた。
「くっ、殺せ…」
(以下、お約束な展開のため省略)


「フィニア様、起きて下さい朝ですよ、朝ご飯もできています」
魔王城の中にある自分の部屋でリリムのフィニアは起こされた。
フィニアのベッドの脇には、彼女がサキュバスにしたセレスがメイド服を着て立っていた。
「今起きるから…」
「それではお着替えをお手伝いします」
「一人でできるから寝室から出て行って!」
毎朝繰り広げられる光景だった。
「すっかり早起きになったよな…」
服を着ながらフィニアはつぶやいた。
本来、フィニアは他の魔界の住人と同じくそれほど朝が早くない、しかし彼女が起きようとしないとセレスがベッドにもぐりこんでくるので早起きの習慣が身についてしまった。
「早く何とか追い出さないと…」


セレスをサキュバスにして帰ろうとしたところ「私はこれからどうしたらいいのですか」とセレスが付いてきたので、とりあえず魔王城の自分の部屋まで連れてきた。
「こっ、この部屋は!」
フィニアの部屋は一人暮らしにありがちな汚部屋だった。
二人がかりで丸一日かけた部屋の掃除が終わった時、セレスはいつの間にかメイド服を着て、自分の寝室も用意していた。
フィニアと異なり、セレスは料理も含め家事全般が得意なので、フィニア専属のメイドとして居ついてしまった。
いや、単なるメイドならまだいい、セレスは隙あらばベッドにもぐりこもうとしたり、一緒に風呂に入り体の隅々まで洗おうとしたり、着替えを手伝おうとしたり、フィニアに対し性的な欲望をいだいていることを隠そうとしなかった。


「セレス、そろそろ相手を探しに行ったらどうなの?」
朝食を食べながらフィニアは聞いた、むろん相手とは夫のことである。
「いいえ私のお相手はフィニア様と決めています」
セレスの返事には一点の曇りもなかった。
「あのねえ、何度も言っているけど私はノーマルよ、そっちの性癖は無いわ」
「またまた御冗談を」
全く信じていなかった。
「私に『あんなこと』をしておいてノーマルだなんておっしゃられても説得力のかけらもありませんよ」
「サキュバス魔王の娘ならその程度の技は生得しているのよ」
「生得していても意思がなければ使いません、フィニア様にはその意思があったということです」
「…」
「私はサキュバスになったことで『愛の前には性別なぞ些細なことだ』という真実に目覚めました!フィニア様には一生ついて行きます!」
「……」
セレスの説得にはかなりの困難が予想された。


フィニアにはいい考えが浮かばなかったので、城下町に住む複数の友人知人を訪ね相談したが『自業自得ね』『責任とって結婚しなさい』と誰も本気で相手をしてくれなかった。
(こんなことならさっさと結婚すればよかった、だけどお母様みたいに一流の勇者と結婚したいと思っていたからなかなか見つからなかったのよねえ、セレスも一流の勇者ではあるけど…)
考えながら大通りを歩いていると、ふと気配を感じて視線を向けるとセレスがこちらに背中を向けて立っていた。
誰かと話しているようなので良く見ると、道端で占いをしているバフォメットと話していた。
「あのバフォメットは!」
フィニアは危なく大声を出すところだった。
セレスと話しているバフォメットは城下町では良く知られていた。
占いの能力など全くないくせに、客が喜ぶようなことをその場限りの口から出まかせで喋りまくるという、トラブルメーカーとして非常に悪名が高かった。
物陰に隠れ聞き耳を立てたフィニアに二人の会話が聞こえた。
「なるほど、結婚したいと思っているのに相手にしてくれないということか…、それはつらいのう」
「はい、どうしたら良いのか…」
「であれば既成事実を作るのが一番じゃな」
「既成事実?」
「そうじゃ、儂の調査では魔物娘の80パーセントは無理矢理既成事実を作るというやり方で夫と結ばれたのじゃ、魔界ではごく当たり前のことじゃ」
「わかりました、早速やってみます!」
フィニアはあわてて自分の部屋に戻った。


フィニアは自分の寝室のドアに二重三重の鍵と鍵魔法をかけて自分以外のものが絶対にドアを開けられないようにした。
そして壁、床、天井を壊されないように強化魔法をかけた。
さらに転移魔法を妨害する結界を寝室全体にかけた。
最後にいざという時の緊急脱出用に、ベッドの下に転移ゲートを設置した。
帰って来たセレスに今後フィニアの寝室には絶対に入らないように言ったところ、セレスはあっさり受け入れた、それどころか風呂に一緒に入ることも着替えを手伝おうともしなくなった。
食事に一服盛ったのではかと警戒したがそのようなこともなかった。
セレスは以前より外出が増え、家事している時以外は自分の寝室で何かしているようだった。
フィニアは安心した半面、薄気味悪く感じられた。


何事もなく数日過ぎたが、フィニアの不安は大きくなる一方で我慢できなくなりセレスに聞くことにした。
「ご存じだったのですか?たしかにあの占い師にはそう言われました、ですからこの数日は既成事実をつくるためにいろいろしていたのですよ」
「いろいろって…、私に何もしていないでしょ?」
「フィニア様には何もしていません、まずはオトウサマとオカアサマに結婚の報告に行きました」
「お父様とお母様って…、あなたの両親は小さいころに亡くなったとか言ってなかった?」
「私の両親ではなくお義父様とお義母様です」
「へ?」
「魔王様ご夫婦は私とフィニア様の結婚の報告に大層驚かれましたが、祝福していただけました」
フィニアのあいた口がふさがらなかった。
(お母様とお父様ってそっちの理解がある方だったの?そんな話聞いたことないけど、まずい、あとで説明に行かないと!)
魔王夫婦はたとえ本心がどうであれ、魔界の最高権力者であるという立場上、他人の趣味や性癖についてうかつに否定するようなことは言えないということを良く自覚していた。
「そしてフィニア様のご姉妹で連絡先が分かる方全員に結婚したという報告の手紙を送りました」
フィニアはもう少しで意識が飛びそうになった。
(全員に言い訳の手紙を送らないといけないの!筆不精の私が?)
「結婚のことを不特定多数の方にも知っていただきたいと思い、新聞に結婚公告を載せました」
「結婚…公告?」
フィニアには初めて聞く言葉だった。
「私の故郷では結婚したら新聞に公告を出すのが習慣なんです、お金持ちなら新聞の一面を使って、貧しくても最小のスペースを使って載せます」
そう言われるとフィニアにも思い当たることがあった。
(そういえば魔界の新聞にもたまに載っているわよね…)
「でも新聞に載せるならお金がかかるんじゃないの?」
「新聞社に行って相談したところ、結婚公告は最小のスペースなら無料だということでした、魔界では皆様とても親切ですね!」
魔界では結婚に関する各種サービスは人間界のそれと比べて大幅に安い、もしくは無料というのが常識だった。
「私が行ったのは『日刊魔界新報』でしたが、希望すれば他の新聞にも公告を載せるようにしてくれるとの事でしたのでお願いしてきました、これで魔界の皆様にも知っていただけます!」
フィニアは失いかける意識を必死で押しとどめていた。
(おおお落ちつきなさいフィニア!新聞の下に載る最小の広告なんて誰も読まないわよ、気にする必要なんてないわ)
一所懸命に自分に言い聞かせた。
「公告を載せた新聞ができたらここまで配達してくれるそうです、そろそろ来るころですね」


「ちわー、日刊魔界新報の配達に来ました」
「ご苦労様です」
新聞を受け取ったセレスはすぐに読み始めた。
セレスが急に幸せに満ちた顔になったので、フィニアは反比例して不安になった。
「ご覧くださいフィニア様!私たちの結婚が新聞の一面のトップ記事になっています、やはり魔界の方々は親切ですね!」
普段新聞を読まない人でも興味を引くくらい大きくレイアウトされた記事を見てフィニアは気絶した、薄れゆく意識の中もう逃げ場は無いことを自覚せざるを得なかった。
「魔界流通経済です」
「スポーツ魔界です」
「レスカティエタイムズです」
「ドラゴニア新聞です」
次々と新聞が配達されてきたが、どの新聞も結婚の記事が大きく載っていた。
なぜこうなったかというと、リリムの同性婚とは魔界始まって以来の大事件だからである、またここ最近わりと平和で事件らしい事件もなかったのでどの新聞も大きく取り上げた。
かくして、二人の結婚は魔界中に知れわたり、大勢の人々から祝福された。
18/01/20 17:48更新 / キープ

■作者メッセージ
他の世界では無理矢理レズられた女性がレズに目覚めるという話はよくあります、図鑑世界でもたまにはあってもいいんじゃないかと思いました。

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