読切小説
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鳥は声高々に恋を詠う
誰も起きてない早朝、今日もボクはお気に入りの浜辺を歩く。潮風を全身に受け淡いエメラルド色に染まった両翼を大きく広げ大海原を見つめる。見つめる先には何も無いけどそれでも毎日の日課のように海の彼方、地平線の向こうを眺めた。

「んぅ〜〜〜〜♪今日もいい天気になりそう!」

大きく伸びをして足元の砂を軽く踏みしめるとキュッと音が鳴る。この辺りの砂浜は清潔に保たれているせいか一歩踏み出す毎にキュキュッと甲高い声で鳴いてくれた。

「んっ♥今日も綺麗な声で鳴いてくれるんだね♪」

鈎爪の足が砂浜を踏むたびに心を癒してくれるような可愛らしい鳴き声が足元から聞こえてくる。いつものように砂浜を散歩していたら遠くのほうの波打ち際に何か転がっているのが見えた。ここからじゃ良くわからないので近寄ってみると、そこにはコルク栓が嵌った大きなガラス瓶が波に押され、時には引かれ、揺ら揺らと砂浜を転がっている。

「…?なんだろ?紙みたいなのが入ってる・・・」

ボクはガラス瓶を右足の鈎爪で軽く握り、ポンと上へ跳ね上げ翼で挟みこむようにキャッチした。

「ぅ〜〜ん???これって・・・手紙なのかなぁ?でも・・・手紙ならハーピー便に任せたほうが速いだろうし」

瓶を両翼でしっかり挟んだまま家に戻るとお父さんとお母さんが食事の用意をして待っていてくれた。

「今日は早かったのね?あら、その瓶はどうしたの?」

「ん〜〜?よくわかんないの、砂浜を散歩してたらあったの」

ボクは両方の翼でコルク栓を挟みこんでギュッと捻ってみるけど全然動いてくれない。かなり頑丈に押し込んでいるみたい。悪戦苦闘していると、見るにみかねたお父さんがワイン用のコルク栓抜きを持ってきて簡単に引き抜いてくれた。

「手紙みたいなのが入ってるね?」

「そうだな・・・?ほら、リーニ。読んでみなさい」

お父さんが瓶の中で綺麗に折り畳まれていた手紙を抜き取って手渡してきた。その手紙を受け取ったボクは翼を器用に使い折り畳まれた手紙をそっと開いてみる。

「えっと・・『この瓶を見つけてくれた方、僕と文通してください。・・・(略)・・・クリス・アンフェルより』・・・だって」

「瓶に手紙を入れて海に流すなんて珍しいな。それにしても…マーメイドやメロウがよく気付かなかったもんだ・・。こんな内容の手紙を見られたその日には襲われ・・ゴホン、求婚されているだろうしな」

別に言い直さなくていいのに。でもどうしよう、この内容だとお返事が欲しいみたいだし。それに誰だかわからない人に御手紙を書くなんて・・・。一人もどかしくしてるとお母さんがボクの後ろから手紙を覗いてきた。

「あらあら、どうしたの?お返事書かないの?」

「えっ?・・・知らない人に返事するなんて・・」

「でも・・この手紙、男の人・・?子かなぁ?そんな感じの匂いが付いてるわよ?」

「エッ!?嘘!?」

手紙を鼻先に押し付けて匂いを嗅いでみるけどボクにはわからない。でも、お母さんが言うから間違い無いと思う。さっきまで迷っていたけど手紙を流した人が男の人ってわかった途端に御返事を書きたくなったきた。

「そ、それじゃぁ・・ちょっとだけ書いてみるね・・」

ボクは朝食もそこそこに部屋に篭ると急いで机の上に御返事を書く物を用意する。女の子らしい可愛い便箋とボクのようなセイレーンでも僅かな魔力で持てる羽ペン。それにインクと封筒。準備はバッチリ。ペン先にインクを僅かに滲ませ便箋と向かい合うけどどんな返事を書けばいいのかわからない。

「あぅ〜〜〜・・・、御手紙なんて滅多に書かないから何書いていいかわかんないよ〜・・。こういう時、リャナンシーって羨ましいなぁ」

歌うのは得意でも文章を綴るのは苦手。ただ、ただひたすらに悩んで無駄に時間を消費していっちゃう。

「ぅ〜〜・・・、何て書けばいいのかなぁ。・・・そうだ!いいよ、って書けばいいんだ!」

ボクはただ一言だけ手紙に『いいよ』と書き、手紙の一番下に書かれている住所をチラリと見た。

「・・・フーリィ?これってどこだろ?聞いた事無い街だなー。あ、お父さんなら知ってるかも!」

部屋を飛び出し、居間で寛いでいたお父さんにフーリィの場所を聞いたらすっごく困った顔をされちゃった。なんか変な事を言っちゃったのかな。

「リーニ・・、その街は中立・・いや、中立とは名ばかりの教団寄りの街だ・・。まさか、その手紙はフーリィから・・なのか?」

「ぅ、うん・・そうみたいなの。ほら、手紙の一番下にフーリィって」

お父さんは手紙の一番下をチラリと見ると残念そうな顔をした。

「確かにフーリィだな。・・・リーニ、残念だけど返事は書かないほうがいいな」

「えっ、どうして!?」

「さっきも言ったけど、フーリィは教団寄りなんだよ・・・。お父さんもね、一度だけ行った事があるんだよ。中立国家だと信じて・・」

昔に何があったのかわからないけど、少しだけ悲しい顔をしている。きっと魔物は悪だ、粛清するんだ、みたいな事があったのかも知れない。お父さんの顔を見ているとなんとなくだけどわかってくる。だからボクは・・・。

「・・・うん、・・・それじゃ・・しょうがないよね・・。この御手紙は見なかった事にするね・・」

本当は御返事を書いてみたい。でもフーリィの名前が出るとお父さんが悲しい顔をする。ボクはお父さんの悲しい顔を見たくないから・・心とは正反対の言葉を紡ぎ出す。

気が付けば部屋に閉じこもっていた。少しだけの好奇心。名前しかわからない男の人に手紙を出すワクワク感。もしかしたら出逢いがあるかも。と、思っていた心が真冬の風に打ちのめされるかのように冷たくなっていく。こんな事になるんだったら瓶を拾うんじゃなかった。いつものように散歩していつものように飛んで帰れば良かったんだ。そう思うだけで悔しくて悲しくて。なんでボク達が嫌われなきゃならないの。誰か教えてよ。

―コンコン―

少しだけ控え目なノックで部屋のドアが叩かれる。

「リーニ、・・・お父さんの事は気にしなくていいよ。自分が信じた通りにしなさい。いいね?」

ドアの向こうでそれだけを言うとお父さんは足音静かに居間へと戻っていく。

「ごめんね・・お父さん・・・。ボク、やっぱり御返事書いてみるね・・」

先ほど『いいよ』と書いた短い文章の手紙を捨てて新しい便箋を取り出す。今度はしっかりと便箋を見つめる。フーリィの街の事、手紙を流した事、そして貴方自身の事。教えて欲しい事は沢山あるけど、ボクは一文だけに想いを込めて文字を書き込む。

『ボク、セイレーンだけど、それでも御手紙くれる?』

たった一行だけど、ボクにはこれが精一杯。これで御返事が来なかったら諦めよう。一行に込められた想いを静かに見つめ折り畳み封筒に入れる。善は急げ、気が変わらない内にすぐにハーピーさんに頼んで出してもらおう。ボクは腰にポシェットを掛け家を飛び出し、配達中のハーピーさんを見つけると僅かに震える手で手紙を差し出した。

「あ、あの・・・これをフーリィまでお願い!」

「フーリィ・・フーリィ・・?ああ!あの街ね、う〜ん・・ま、大丈夫かな」

「え?大丈夫って何?」

「あの街は私達を快く思ってない人が多くて・・」

ああ、やっぱりお父さんの言った通りだ。例えそうだったとしても、名前しか知らないクリスという人にボクはどうしても手紙を送りたい。そんなボクの心を察してくれたのかハーピーさんは黙って受け取ってくれた。

「一つ貸しだからね♪」

「な、何??」

「それだけ真剣って事は男絡みでしょう♪ん〜、甘酸っぱくていいわね♥私もあの人と初めて逢った時は・・・」

「はぁ・・・。(なんだか長くなりそうな予感・・)。あ、あの!代金のほうは!?」

「それであの人ったら・・、へ?あ、そ、そうね。フーリィまでなら銀貨一枚ってとこかな」

「そ、それじゃ、これで・・」

ポシェットから銀貨を一枚取り出し手渡そうとしたけど押し返されちゃった。

「代金は向こうから御返事来た時に貰うわ♪それじゃあね」

ハーピーさんはボクの御手紙を郵便袋に入れると軽くウィンクして飛び去って行った。


「・・・お返事が来るといいな・・」



手紙を出してから一週間が過ぎた。まだ御返事は返ってこない。やっぱりダメだったのかな。悲しい現実に心が折れそうになる。ただ人と違う姿というだけで嫌われるなんてすごく悲しい。確かにボク達のような魔物は遠い昔、人を襲ったり戦争を仕掛けたりと酷いイメージがあるかも知れないけど、今は人と同じように手を取り合って生活して愛し合って子供を作って一生を捧げ合うパートナーなんだから。

「だけど・・・現実は非情だなぁ・・・」

ベッドの上で仰向けになったまま呟いた。もしかしたら、あの手紙は読まれたと同時に捨てられたかも知れない。もしかしたら親魔領から来た手紙だから読まれる前に処分されたのかも知れない。色々と嫌な想像が頭の中をよぎっていく。

「どうして・・どうして御返事来ないの・・。ボク達・・何か悪い事したの・・?」

目から一筋の涙が零れ耳を伝い枕へと吸いこまれていく。フーリィがどこにある街か知らないけどハーピー便なら4日もあれば返信が来るみたい。でも、・・・もう一週間が過ぎた。既に予定より3日も過ぎてる。ボクは悲しみに暮れるまま瞳を閉じ眠った。

それから4日後、ボクは何をする訳でも無くいつものようにあの砂浜を散歩する。そして、あの瓶を見つけた場所で立ち止まり寄せては帰す波を見つめ続ける。

「・・・拾わなきゃ良かった。何も気付かないまま帰っていれば・・」

あの日を思いだし瞳に涙が溜まっていく。だけど泣かない。泣いてもしょうがないもん。ボクはセイレーン、歌に魔力を込める魔物娘・・それだけなんだから。

いつもの散歩を終え家に戻るといつものようにお母さんが朝食を作って待っていてくれた。

「おかえり。さ、朝ご飯出来てるわよ」

「・・・うん」

そう、いつも通り。お父さんものんびり起きてきた。少しだけ眠たそうにしながらも椅子に座り朝食を食べ始めていく。ボクもお父さんの隣に座りパンを少しだけ齧っていると誰かが玄関を控え目に叩いている音が聞こえてくる。

「こんな朝早くに誰かしら?」

お母さんが羽をパタパタと揺らしながら玄関へと急ぎドアを開けると、あのハーピーさんが立っていた。

「あ、居た居た。リーニだよねー。オ・テ・ガ・ミ♪来たわよ」

信じられなかった。あれから10日間以上も過ぎたから諦めていたのに。ボクはすぐに受け取ろうと駆け寄ったけど、約束のお金を思いだし自室に戻り銀貨一枚をポシェットから取り出し持っていく。

「は、・・はい!あの時の郵便代です!」

「はい、確かに銀貨一枚受け取ったわ。それでは」

パタンと玄関のドアを閉めると郵便配達のハーピーが飛び去る羽音が聞こえた。

「・・・来ちゃった。本当に御返事来ちゃった!!」

お父さんとお母さんはすごく驚いた顔をしてる。でも、ちょっとだけ嬉しそうな顔もしてた。

「さ、リーニ。手紙の返事が来たのは良い事だけど、朝食を先に済ませるんだぞ?」

「はぁ〜〜〜い♪」

昨日までと違い普段の倍近くの量の朝食を食べる。ちょっとお腹が苦しいけどボクは御機嫌だった。

「ほらほら、嬉しいのはわかったから・・・年頃の女の子がお腹パンパンになるまで食べてどうする。手紙を読む前に満腹でオークになってしまうぞ?」

お父さんが呆れ顔をしながらも笑いながらボクの膨れたお腹を突付いてくる。

「むぅー・・・、そんなに太ってないもん!」

お父さんすっごく失礼しちゃう。太ってるだなんて。でも、チラッとお腹を見たらやっぱりちょっと食べ過ぎたからぽっこりしていた。

「ほらほら、早く手紙を読んできなさい。返事が来たって事は文通したいって事だろうしな」

ボクは『ごちそうさま!!』と大きくお母さんに返事すると急いで部屋に戻り封筒から手紙を取り出した。

「えと、・・・『初めまして、そしてアリガトウ。僕が流した便箋が誰かに読んで貰えるなんて思ってもいませんでした。少々遅れましたが、こんな僕で良ければ文通相手になってほしいです。 −追伸− もう知ってるかと思いますが僕が住んでいる街は中立とは名ばかりの教団色が強い生活圏なので御返事が遅れる事もあります。本当にごめんなさい』…良かった・・。ボク達の事・・嫌いじゃなかったんだ・・」

嬉しさの余り、涙が零れる。昨日までの悲しい涙じゃなく今日は嬉しい涙。嫌われてなかったという事実とボクがセイレーンなのに御返事くれた事に喜びを感じてしまう。そうだ、喜んでる場合じゃなかった。早速御返事出さないと。

「えっと、何て御返事したらいいかなー・・。そうだ!聞いてみたい事が沢山あったんだ!どうしてこんな御手紙を流したのか聞いてみよう。それに・・・」

少しだけ不安になりながらもボクは御返事を書く。御手紙を流した事や街の事、そして最後にこっそりと彼女が居るのか書いてみる。

「うん、出来た!また、あのハーピーさんに頼んでこよう!」

御手紙を封筒に入れ、あの日と同じようにハーピーさんを探しに行こうとしたけど玄関のドアを開けたら正面に立っていた。まるでボクを待ってたみたいに。

「・・・え?なんで此処に・・?」

「フフ・・・、すぐに御手紙書くと思ってたから屋根で休憩して待ってたわよ♪」

ボクが御手紙を受け取った時からわかってたみたい。絶対にすぐ御返事を書く事に。

「それじゃ、預かるわね」

そう言ってボクから手紙を受け取ると、あの時のように郵便袋に詰め込み飛び去っていった。また、御返事来るといいな。


二度目の御返事を書いてから1日、2日、3日、そして10日が過ぎたけど前回のように焦らない。早くても10日以上掛かるのがわかったんだから。そして12日目の晩、待望の御手紙が来た。あの時と同じように銀貨一枚を手渡すとハーピーさんが耳元でそっと囁いてくる。

「あの子、私が独身だったら絶対に食べてそう♪いい子見つけたわね♪」

「・・・え、やだ!まだそんなんじゃないよ!?」

「え、そうなの?それじゃ早く******しないと誰かに獲られちゃうわよ?」

ハーピーさんの一言で顔が真っ赤になってしまう。そりゃあボクだって逢えるのならすぐにでも逢って・・・。口の中で反芻するようにゴニョゴニョと言ってしまう。

「それと、今日はもう遅いから御手紙は明日出してね〜」

「うん!明日必ず出すね!」

ハーピーさんは羽ばたくと同時に、あの日と同じように軽くウィンクしてきた。『頑張りなさいね♥』と言ってるみたい。

待ちに待った待望の御手紙を抱いて自室に入った途端、我慢出来ずに封を切っちゃった。

「んふふ〜♪どんな御返事かなぁ〜」

綺麗に三つ折りにされた便箋を開き内容に目を通してみる。

「『御手紙読みました。手紙を瓶に入れて流した理由はどうしても外の人と交流を持ってみたかったからです。この街で住んでいると生活するだけで精一杯ですので街の外に出る事なんて滅多にありません。だから、少しだけ望みを賭けて近くの川から流しました。それがまさか本当に拾われるとは思ってもいませんでした。拾ってくれた事、返事を書いてくれた事に感謝します。僕が住んでいる街、フーリィは御存知の通り名ばかりの中立国家です。時々、魔物さん達が物を売りに来ますが、人間以外には税が重いせいで最近はめっきり減って悲しいです。それと彼女ですが、僕は両親と共に働いて生活するだけでぎりぎりですので、お恥ずかしながら居ません。』・・・彼女居ないんだ・・」

彼女が居ないという報告に嬉しいと思いながらも、なんとか生きていく為に必死になって御両親と働いているという事実に悲しみも感じてしまう。そんな忙しい中、ボクの為に御返事を書いてくれるなんて。嬉しさと申し訳なさで胸が苦しくなってくる。心の中で何度も『ゴメンね』と言葉を重ねた。

それからもボク達は何度も文通し、気が付けば半年を過ぎていた。最近は歌う事よりも詩を考えるよりも御手紙を書く事のほうがすごく楽しい。本当に不思議な気分。これって、もしかして。だけど、それ以上の言葉は続かない。あの人は独身で彼女が居ないって言ってたけど半年経った今も一人身かどうかわかんないし。もしかしたらもう彼女が居るかもしれないし。

「はぁ〜・・・、やだなぁ・・。こんな事考えるなんてボクらしくないよ・・」

今までの文通でわかった事が一つだけ。フーリィまでの距離が遠すぎて簡単には逢えないって事。ハーピーのお姉さんが最速で飛んで2日掛かる距離だからボクだともっと掛かるかも。

「ボクがもっと速く飛べたらなぁ〜・・」

逢えないもどかしさと逢いたいという心が鬩ぎ合って気持ち悪い。本当は文通じゃなく直接逢ってみたい。どんな人か知ってみたい。歌を聞いて欲しい。そして一緒に・・・。だけど、妄想はここまで。気持ちを入れ替えていつものように御手紙の返事を待とう。次はどんな事を聞いてみようかな。そしてペンを用意して便箋とインクを置いた瞬間に乱暴に玄関のドアが叩かれる。

「ん?なんかあったのか?」

お父さんがドアを開けると、いつもの郵便配達のハーピーさんが息を切らせ汗まみれで立っていた。

「お、どうした?そんなに汗まみれで?」

「それどころじゃないのよ!リーニちゃん居る!?」

大声でボクを呼ぶハーピーのお姉さん。今から御返事を書く準備をしていたのに。渋々と部屋を出てお姉さんの前に出ると大きな翼で顔を挟まれる。

「いい!?良く聞いてね!あの子ね、近い内にこっちに引っ越そうかと考えてるんだって!良かったわね!」

その言葉を聞いた瞬間、ボクは何も言えなかった。だって、今の今まで妄想してた事が実現しちゃうなんて夢にも思ってなかったし。

「ね!ね!クリスは何時来るの!?」

気が付けばボクは満面の笑顔でお姉さんにしがみついていた。

「あひゃははははっはははっ!やめひぇ〜!羽がくすぐったい〜〜!!」

御互いの羽が器用なほどに擦れ合ってむず痒い。それでもお構いなしに何時来るのか尋ねる。

「はぁー・・はぁー・・・、はぁ〜〜・・。もぅ、せっかちな子はダメだよ。そんな子は彼に嫌われちゃうわよ♪」

「はぅぅ〜…、そんな事言わないでよ〜・・」

「こらこら・・、泣きそうな顔しないの。それにね、近い内に、って言っても今すぐじゃないんだからね?」

ちょっと残念、でもすごく嬉しい。クリスがこっちに引っ越して来るんだ。どうお迎えしようかな。考えるだけで顔がにやけちゃう。

「あ〜〜・・・、妄想をお楽しみの所に悪いんだけど〜〜」

あ、お姉さんの事忘れてた。

「彼、な〜〜〜〜んの匂いも無いから気を付けないとダメだよ?」

「・・・ぇ?匂いって何の事?」

「だ〜か〜ら〜。彼、独身でしょう」

「うん!」

「誰とも性交してないみたいなのよ」

「うん♥♥」

「・・・うん♥じゃなくて・・わかってるの?」

「もちろんわかってるよ♪」

「はぁ〜・・、ダメだ・・この子・・。全然わかってないわ・・・。匂いが無いって事はそれだけ周りの子からも狙われるって事よ」

その言葉で妄想から現実に戻された。そうだ、ボク以外にも独身な子が一杯居るんだ。もし、・・・もし、クリスが此処に来た途端にボク以外の誰かに取られちゃったら・・・。そんな想像をするだけで膝が震えてきちゃう。

「もぅ・・・、しょうがない子ね。ま、乗りかかった船だし面倒見てあげるわ♪リーニ、羽を一枚くれないかしら」

羽を欲しいと言われたので必死になって腕を振るう。でも、こんな時に限ってなかなか抜けてくれない。

「ふぇぇぇぇん・・・抜けないよ〜〜・・。・・・はぅっ!!」

「これでいいのかな?」

ずっと後ろで立っていたお父さんにいきなり羽を抜かれた。ちょっと痛かったよ、お父さん。お父さんがボクの羽をハーピーのお姉さんに差し出したけどちょっと困ったような複雑な顔をする。

「うーん・・。ちょっと足りないかなぁ?あ、そうだ!リーニのお父さん!」

「うん?何か用かい?」

「悪いんだけどちょっとだけ席を外してくれませんか?」

「・・・・・ああ、いいよ。なんとなくわかったから。そういえば妻も昔は・・」

「はいはい、昔話は置いといて・・」

ハーピーのお姉さんはお父さんを奥の部屋に押し込めた途端にイヤラシイ手付き(?)で近寄ってくる。

「ぇ?ぇ?・・・ちょ、お姉さん・・。その手は何かなぁ〜・・・」

「うふふ・・、いや〜ねぇ〜・・もう。わかりきってる事じゃない♪この羽一枚じゃ匂いが足りないからちょこ〜〜〜っと協力してもらおうかな〜、なんてね♥」

「ぁ、・・ぁ・・ぁ・・・ヤ・・イヤァァァァァ〜〜!!」





3時間ほど経った頃、お姉さんはべとべとに濡れたボクの羽を大事に袋にしまうとツヤツヤした顔で飛び去っていった。・・・ボク、もうお嫁に行けないよ。


それからも文通が続いたけど、時折羽の事を聞かれて顔を真っ赤にしちゃう。あの羽にはボクの・・・。思い出すだけで恥ずかしくなっちゃう。だって、あの羽にはボクの・・い、いやらしい・・お汁が沢山付いてるだなんて。その羽をクリスが大事に持ってくれてると思うだけでお腹の底がキュンってなっちゃう。

「うぅ〜〜・・・!!早く来ないかなぁー」

ベッドに腰を掛けながら足をバタバタさせてみる。羽を送った日から4ヶ月近くが過ぎたけどまだ来ない。不貞寝しようかと思ったけどなんとなく瓶を拾った場所に行きたくなった。

「散歩してこよう」

あの日のように砂浜を歩き鳴き砂の感触を味わってみた。あの時と同じように一歩踏み出す毎に可愛い声でキュッキュと砂が鳴いてくれる。

「う〜〜ん!今日も綺麗な声で鳴いてくれるんだね♪」

そうやって時間を潰してた時、砂浜から少し離れた道を少し大きめの馬車がゆっくりとボクの目の前を過ぎ去っていく。旅行客なのかな。馬車をゆっくりと見送った後、ボクは暫く散歩を楽しんだ後に馬車の後を追いかけるようにのんびり家へと帰る。



「ただいま〜」

「あらら・・、おかえりなさい。早かったのね・・。うふふ♪」

「どうしたのお母さん?」

「なんの事かしら〜?ママわかんな〜〜い♪」

「怪しい・・・。お母さんが自分の事をママって言う時は絶対に何か隠し事してるんだから」

なんだか上機嫌なお母さんとは反対にお父さんは一人ブツブツと呟いてる。

「まだだ・・、まだ早い。いやしかし・・、孫の顔を見て・・。いやそうじゃない・・」

お父さんの顔がなんだか怖い。自分の世界に入ったまま戻って来ないし。どうしたのかな。

「ねぇ、お父さん。なんだか顔が怖いんだけど・・どうしたの?」

「そうだ・・、あのキノコを使えば・・。いやダメだ・・リーニが悲しむ・・」

相変わらずお父さんは自分の世界から戻ってきてくれない。お父さんの頭をペシペシと羽で叩いてもブツブツ言ってる。

「リーニ、御向かいに引っ越してきた家族が居るの。挨拶してきなさい♪」

お父さんを他所にニコニコ顔のお母さんに放り出されるように外に追いやられた。

「もぅお母さんってば・・・」

しょうがなく御向かいの家のドアを叩くと若い男の人が顔を出す。そしてボクの顔を見るなり顔を真っ赤にしていく。

「・・・あっ!」

「・・・?」

「あ、ああああの!は!初めましてリーニさん!」

「ぁ、はい。初めまして・・・あれ?ボク名前言ったかな?」

ドアの前で硬直したままの男の人をよく見ると上着になんだか見覚えのある羽が差されていた。ボクの羽にそっくりな綺麗に透き通った淡いエメラルド色の羽が。

「・・・ッ!!!ああーーーーー!その羽はーーーーー!!」

男の人の上着に差されている羽はどう見てもボクの羽。それも、あの・・・ゴニョゴニョ・・がいっぱい染み込んだ羽。それじゃあ、この人は・・・。

「も、もしかして・・クリス・・クリスなの!!」

「は、はい!ク、クリスです!!」

信じられない。今までずっと文通してたクリスが目の前に居るなんて。ボクもクリスも御互いに顔を赤くして立ち尽くしてしまう。

「クリス、玄関で何ぼけっとしてんだ・・お、御向かいさんの子か。今日からこちらに引っ越してきた・・んだ・・、あっ!その羽って・・・そうかそうか・・・そういう事か」

クリスのお父さんが察したように頷くと奥からクリスのお母さんも出てくる。

「やだ♪この子の羽すっごく綺麗じゃない!って、あら?クリスが持ってる羽とそっくり?・・あ、そういう事ね、この子が文通相手だったの。こんなに可愛い子だったなんて」

どうやらクリスの御両親もボクの事を知ってたみたい。おかげでボクの顔がますます赤くなっていく。やっと出会えたというのに御互いに顔を赤く染めたまま初めての出逢いは終わってしまった。









クリスと出会ってから6年、あれから色々な事があったけどボクはやっとお母さんになれる。少しだけ膨らんだお腹を擦りながら生まれてくる子を想像してみる。ボクに似て散歩好きな子になるのかな?それともパパそっくりな優しい子になってくれるかな?あれこれ考えながら古く色褪せた一枚の紙を静かに開く。




その色褪せた紙は、砂浜で拾った大切な宝物。ボクとクリスを繋いでくれた大切な手紙。その宝物を引き出しに仕舞いゆっくりと目を閉じてお腹を擦りながら囁く。





「早く生まれてきてね。ボクとクリスの宝物♪」





13/11/28 23:16更新 / ぷいぷい

■作者メッセージ
寒い・・忙しい・・寒い・・。ダークプリーストさんと春まで冬眠したいです。

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