連載小説
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閑話:勇者チナの誕生
※教団視点の回です。

結城千奈――かつて、風星学園に卒業まで半年足らずの身で転校してきた少女。

彼女は卒業と共に突如として姿を消し、失踪者となっていた。
誘拐されたとして捜索願を出したりや目撃情報を求めても、何の音沙汰も無かった。

実は人間界に千奈はいなかったのだ。

話はおよそ一年前にまで遡る――

******

卒業式を終え、風星学園の校門を出た千奈はふと立ち止まる。
流れに沿ったまま校門を出てしまった彼女は肝心な人物と会話していなかった。
自身が友達と(一方的に)認識している三日月朱鷺子だ。挨拶もそうだが、今後の事を話し合いたいと千奈は考えた。
だが、学園は卒業式が終われば春休み、すなわち間もなく門を閉められてしまう。
千奈は一刻も早く朱鷺子に会いたいと来た道を引き返し、彼女に会いたい一心で千奈は走った。
けれど時間が惜しいと思う気持ちが千奈の心を埋め尽くしていた。
近道して学園へ戻ろうとした彼女のすぐ側に、無い筈の横道が出来ていたのをこれ幸いとばかりに千奈は駆ける。

その焦りと安易な判断が、千奈の運命を大きく狂わせる事になるとも知らずに……。

その道に入った瞬間、千奈の足元に不可解な文様で描かれた魔法陣が現われ、一瞬で千奈を飲み込んだのだ。
千奈の意識もまた、光に飲まれると共に白く霞んで行ったのだった――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

千奈は殺風景な一室にあるベッドで眠りについていた。そのベッドを囲むように数人の話し声がする。

「――意識が召喚に耐えられんとは……。まあ、致し方あるまい。薄汚い魔物の元に行かせるなど言語道断だからな」

一見優しげだが、時折吐き捨てるような口調で話す男に対し、ツインテールの金髪の女は物怖じもせず言い放つ。

「で、神父様。この子、結局どうなるのよ?」
「この娘は勇者となるべく、我等が偉大なる主神様によって遣わされた者だ。意識が戻り次第、洗礼を受けさせる」
「あらあらぁ〜、それは素敵そうですねぇ〜♪」

答える神父に見当違いと言えなくも無い言葉を口にするロングストレートの金髪の女。
更にベッドの縁(へり)に立つかのように浮遊している、白いイタチのような獣が人語を使って話しかける。

「神父さんよ、いきなりそれは不味いぜ。おいらは反対だ。まずはしっかり休ませてだな――」
「黙れ、【ゼン】。このオレに意見するとは何様のつもりだ」

穏やかな顔から一転、ゴミのように他者を見下す冷たい顔になった神父が、ゼンと呼ばれた獣に忌々しく吐き捨てる。

「貴様の主は、このオ・レ・だ。主に盾突くのは百万年早い。貴様の代わりなどいくらでもいるんだぜ?」

緩やかに恫喝する神父の目は「次にまた意見しやがったら殺すぞ」と語りかける。
ゼンと呼ばれた人語を解する獣は、確実に仕掛けられるであろう報復を避ける為、沈黙するしか他に手は無かった。

「ん……」
「あ、目が覚めたみたいだぜ」

そんなやり取りの中、ゼンの声に他の三人が一斉に反応する。
千奈の意識が戻り始めたのだ。
神父はそれまでの野心剥き出しの本性を一瞬で隠し、穏やかな――はっきり言ってしまえば、明らかに外面の良い――表情を作り上げる。

「目が覚めましたか?」

優しげな声で神父は話しかける。
先程の剥き出しの攻撃性は嘘のように鳴りを潜め、善良な聖職者を形作っている。

「あの………ここ、は?」
「結城千奈。あなたは偉大なる唯一絶対の神の下、勇者としてこの世界に遣わされたのです」

優しげに語る神父が制服姿の千奈に語りかける。彼女の意思などまるっきり無視したかのように。

「え? えっと……? え? ゆう……しゃ????」

千奈はゲームは一切やらないし、興味も持っていない。
従って勇者などと言われても、彼女の頭では「何のおとぎ話?」としか解釈出来ない。
とは言っても、千奈に限らず「あなたは勇者です」なんていきなり言われても困惑するのは仕方の無い事だろう。

「あの……神父様。いきなり言われてもそれは不味いかと…。凄く困ってますよ? まずはこの世界を教えない事には……」
「黙りなさい。そんなものは後でどうにでもなりますよ、クリス。あの孤児院に戻りたいですか?」

クリスと呼ばれたツインテールの女の意見にさえ、神父は緩やかに恫喝する。

「クリスちゃ〜ん、神父様には神父様のお考えがあるのよぉ〜? わたしはぁ、神父様の考えに賛成よぉ♪」
「シー……、神父様の考えはいいとしても、目覚めたばっかりで回復したかも分からない身体で洗礼行って、万が一にも命を落としたら元も子もないんだよ?」

シーと呼ばれたロングストレートの金髪女にクリスは真っ向から意見する。
神父はこの二人のやり取りにふと顎に手を付けて考え込み、彼女達やゼンに向けて言う。

「なるほど……。確かに、言われてみればクリスやゼンの言う通りですね、良いでしょう。回復を第一にしながら、我等が教えを学んで貰いましょう。まずはこの子が動けるようにあなた達でしっかり看病なさい。良いですね?」
「はい」「はぁ〜い♪」「あいよ」

神父は突如、考えを方向転換し、二人と一匹に看病の指示を出す。
彼はゼンとクリスの意見から、看病を通して彼女達と交流させていけば、主神教の教えを学ばせされると思い当ったのだ。
連行して洗礼と洗脳を一気にやるのは簡単ではあるし、個人の意見をいちいち聞いていては勇者は減る一方だ。
だが、クリスに言われた通り、それでもし命を落とされては人的資源をみすみす無駄にするだけでなく、責任の全てが自分に来るのだ。そうなっては枢機卿、果ては教皇への野望は潰える。まさに元も子もない。
神父は不満げなシーに「千奈のお友達になってあげなさい」と諭し、納得させると、千奈以外の全員に告げる。

「さあ、みんな、未来の勇者様にご挨拶しなさい」
「んじゃ、改めて。初めまして、クリス・イクスだよ。こっちは妹のシー。アタシら、双子なんだ」
「シー・イクスですよぉ〜♪ クリスちゃんの双子の妹ですぅ〜、よろしくねぇ〜♪」
「おいらはゼンって言うんだ。これでも天界から来たんだぜ。よろしく頼むよ」
「では、今日は千奈くんにはゆっくりと身体を休めて貰いましょう。明日からは仲間達がしっかりサポートしていきますよ」

微笑みながらそう告げると、神父は部下達を引き連れて部屋を後にしたのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

それからの神父は腹に抱える一物を仕舞い込んだように異様だった。
それどころか部下達を千奈と交流させ、自分は主神教の教えを懇切丁寧に説いていたのだから。
周囲の驚きも然る事ながら、突然の方向転換に肩透かしを食らわされた上層部も「ゆっくりと主神教の教えを浸透させれば、洗礼はより一層容易くなる」と言う神父の計画を知って、様子見に入った。

しかも千奈はと言うと、双子や喋る獣とすっかり仲良くなってからは主神教の教えを疑う事も無く、盲目的に吸収し、剣術や基礎体力、魔術の力を急激に高めていく。
千奈が本来持つ天性のコミュニケーション力もそうだが、転校させられたとはいえ名門の女子校に在籍した知力と体力の潜在力は高いものである。
もっとも、千奈の場合は普通に教わって覚えるより、誰かと一緒に居る事で伸びるタイプであるのが大きい。
「友達と一緒に正義と平和のために戦っていく!」と積極的に、簡単に言えばとことん突き進んだ結果がもたらした成果だ。

これには流石の神父でさえ舌を巻いた。余りに物覚えが良過ぎて、教える事が無くなってしまった事で計画の再変更を余儀なくされ、優れた騎士と魔術師を急ぎ招聘するよう上層部に要請し、千奈に剣術と魔法を覚えさせる事になったのだ。
神父の慌てようには上層部ですら開いた口が塞がらなかった程で、彼等はいよいよ本当に勇者が得られるとの期待を高め、神父の要請に応じ、聖都から騎士と魔術師を師範として招聘し、千奈の教練に当たらせた。
それは結果的に千奈の吸収の速さが双子姉妹を刺激する事となり、互いの力を高めていった。
ゼンもまた本来の役割である千奈のバックアップとサポートを円滑にすべく、連携を高める結果となった。

――その間、僅かひと月。

このひと月で智勇を兼ね備えた千奈は聖都からやってきた大司教の介添えによって、勇者の洗礼を受ける事になった。
それは神父達が住む国・【ムーンベリー王国】が国家を挙げての一大行事となり、兵達の士気高揚へと繋がっていった。

招来祭、と名付けられた儀式の場で、聖都からの大司教は片膝をつきながら祈りを捧げる姿勢の千奈に対し言う。

「チナ・ユウキ。汝は我等が偉大なる神の教えを守り、純粋なる祈りと永遠の忠誠を誓うか」
「……誓います」
「チナ・ユウキ。汝は我等が偉大なる神の名の下に、邪悪を打ち倒す事を誓うか」
「……誓います」
「偉大なる神は汝の誓いを聞き入れたり! 汝、これより勇者となり、弱き者の力とならん!」

その二つの誓いを聞き届けた大司教はこのように宣誓し、立場を国王に譲る。
入れ替わるように現われたムーンベリー国王【コーネイン・ヴォン・ムーンベリー】。
いかにもキャリア公務員として、エリート街道を歩いていると言わんばかりの雰囲気を醸す男が、祭壇に安置された剣に向けて祈りを捧げながら言葉を発する。

「彼女が教団、寡婦、孤児、あるいは異教徒や魔物の暴虐に逆らい神に奉仕する全ての者の、保護者かつ守護者となるように」

言い終えると、司教は王族が使いそうな柄の部分に施された宝石細工がされた剣を手に取る。

「まさに今、勇者にならんとする者に、真理を守るべし。主神教団、孤児と寡婦、祈りかつ働く人々全てを守護すべし」

司教は王族が使いそうな柄の部分に施された宝石細工がされた剣を手に取ると、これをコーネインに手渡す。
コーネインはその剣を引き抜くと、鍔を眼前に据え、両手で持ちながら再び祈りを捧げる。
そうしてまた、言葉を発する。

「勇猛に戦い、誇りをもって尽くせ。我等が偉大なる神たる主神様が、汝を勇者として見出そう」

そう言いながら右左の順で剣刃を千奈の肩に添えていくと、天井から神々しい光が降り注ぐ。
そこに一人のヴァルキリーと二人のエンジェルが降り立つとヴァルキリーが凛とした声で語る。

「新たなる勇者よ。汝に主神様の祝福を…!」

更なる光が天井から千奈へ降り注ぎ、その光は全て彼女の身体に残らず入っていく。

「邪悪を討ち滅ぼす勇者が、今、ここに生まれん事を見届けたり! 汝に主神様の加護を!」

そう言うとヴァルキリーとエンジェル達は光を通って、消えて行った。

――かくして、勇者チナ・ユウキは誕生した。

コーネインから鞘に収められた宝剣を下賜され、割れんばかりの歓声が一気に起こる。
その日、ムーンベリーは大宴会場と化した。
貴族の屋敷で、居酒屋で、宿屋で、あるいは民家で、様々に飲めや歌えやの大騒ぎとなって、その熱気は翌朝まで収まる事は無かった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

だが、これで終わる事は無かった。

勇者として召喚され、力を付けるべく各地を遍歴し始めたのは良いものの、チナは戦闘に否定的だったのだ。
相手が敵の兵士だろうと魔物だろうと、話し合いやギブアンドテイクなど穏便に事を運ぼうとばかりしていた。

そんなチナの行状に業を煮やした神父は、自身の教会に全員を呼び寄せた上で、クリス達の目の前でチナへ強力な洗脳魔術を施した。
それは勇者として、いや、純粋な戦闘マシンとしての「チナ」を完成させる為の最後の儀式でもあった。
神父は「勇者の余計な情けは必要無い。必要なのは勇者としての力とクリス達の補佐だけだ」と冷たく言い放ち、チナが苦しみ出すのも構わず、深層心理にまで働きかけるよう念入りに洗脳を施していった。

翌日、この洗脳が意識と無意識に働きかけ、チナは目前の魔物娘や反逆者を「完全に排除すべき存在」としか認識しなくなってしまった。
チナは勇者としての真の初陣として、北方の親魔物国家の国境にある町を徹底的に滅ぼした。
その戦いぶりは悪鬼と言っても過言では無く、己の全力を惜しみなく出して剣と範囲型攻撃魔法で殲滅してしまったのだ。
敵対した者で生き残った者はほぼいない。仮に生き延びたとしても、クリスによって射殺されるか、シーの玩具にされて嬲り殺しにされるかの二つに一つだった。

チナ、クリス&シー姉妹、ゼンのパーティーは各地を遍歴しながら、魔物や魔物に同調する者、親魔物国家を次々と殲滅し、その力を付けていく事になる。
かのウィルマリナ・ノースクリムの再来とまではいかなかったが、それでもその圧倒的な殲滅力を以て、「最凶」の勇者とも言うべき存在となった。

その裏にはかつてのノースクリム司祭に匹敵する、神父の巨大な野心があるのは言うまでも無い――
20/01/17 20:50更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
<キャラ紹介>
○結城千奈
「遅過ぎた転校生」に登場した転校生の少女。
朱鷺子と同年代。
密かに教団から「勇者の素質のある者の一人」として目を付けられており、
卒業後の焦りと安易な判断によって教団に隙を突かれ、教団勢力圏内へ召喚されてしまう。
神父によって洗礼と洗脳を施され、勇者「チナ」となる。

○クリス・イクス
千奈を護衛する為に教団から派遣された双子の姉。21歳。
教団運営の孤児院「イクス・クレイドル」の出身で、卓越した視力と弓術の持ち主。
ツインテールの金髪が特徴で、性格も言動も男勝り。

○シー・イクス
千奈を護衛する為に教団から派遣された双子の妹。21歳。
姉と同じく教団運営の孤児院「イクス・クレイドル」の出身で、魔法による後方支援が得意。
ストレートロングの金髪が特徴で穏やかな性格だが、その本性は陰湿極まりないサディスト。

○ゼン
千奈の監視役として教団の神父によって呼び出された、いわゆる召喚獣の類。
人語を解する不思議な獣。

○神父
ムーンベリー王国支部教会に属する男。本名不明。
ゼンを呼び出し、千奈を図鑑世界の教団勢力に引き込む事を提案した張本人。
クリスとシーの上司でもある。
自分の思い通りにならなければ気の済まない腹黒い野心家で、
千奈に洗礼だけでなく、殺戮マシンとしての洗脳まで施した。
イメージは破滅的な思想を失くした代わりに巨大な野心を抱くド○ター真○

○コーネイン・ヴォン・ムーンベリー
ムーンベリー王国国王。
雰囲気を例えれば、キャリア公務員まっしぐらな男。
いわゆる「お友達内閣」を本気で施行しており、それは嫡子にもしっかり受け継がれている。


<ムーンベリー王国>
ドラゴニアから少し離れた、教団でも有数の軍事国家。
特にハイランド辺境伯領とは中立都市といくつかの山脈、盆地等を挟む形で隣接している。
月と狼を組み合わせた紋章を王家の印とする。
王とその側近の身内意識は非常に強く、奴隷制も公然と布かれている。

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