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とある騎士と、駄竜の話。

…着いた時にはすべては終わっていたんだ…

一体目は、鎧を貫く強い一撃によって胸を突かれて即死。
二体目は、うつ伏せに倒れていて、ひっくり返すと首が取れた。
三体目は、手当てしたら助かっただろうに…出血死。
四体目は…もう言いたくない。

俺は虚ろな目で空を見上げて、今までに起こった事を考えていた。



祖国のデルウェーヴェは、隣国のレヴァトーニャとの戦争で緊張状態が続いていた。
戦争は泥沼化し一進一退の争いが日々断続的に行われ、早10年の時が過ぎた。
最初は些細な事だったらしい。
兵士同士の些細な喧嘩、思想の対立…いつの間にか最大の友好国で在った
レトヴァーニャは、最大の敵国になっていた。
おっと…申し遅れてしまった。
俺は、ハインケイル。
ハインケイル・ゼンガー=シュヴァルツシルト。
この国には珍しい黒髪なので、印象に残りやすい…とよく言われている。
まぁ、デルヴェーヴェ王国王立騎士団第18騎兵部隊の所属だった…者だ。
さて…話を戻そうか?
俺が8歳の時から戦争が始まり、15歳の頃に騎士団入った…
デルウェーヴェ王国王立騎士団…その歴史は古く、この国の建国時に組織された。
本来の任務は、魔物の討伐や街の防衛などが主なのだが。
戦争が始まった今は、最前線で戦う軍隊となっている。
もちろん普通の職業よりは給与も高く、憧れの職業となっているのは、今も昔も変わらないのだが。
様々な経験を経て…18歳になった今軍の補給部隊として戦争に従事している。
俺が騎士団に入った理由は、この国を愛していたから…
もちろん戦争の終結に少しでも手を貸したかった。
自分で言うのもなんだが、剣の腕は立つ。
騎士団でも成績優秀で、騎士団長のフォーゲル様とも面識がある…いや実際にあったのは後の事なんだが…。
訓練を終えた俺は、前線部隊へと配属された…しかし大体2年経ってからだろうか
なかなかの戦果をあげる事が出来るようになった俺は、この国の為にと躍起になっていたのだが…
その後の異動で、後方の輸送部隊へと編入されてしまったのだ。
始めのうちは、何かの間違えじゃないか?と上官に異論を唱えたが…
「騎士団長の意向だ、覆す事は出来ない」と押し返されてしまった始末だ。
この時だ、実際に騎士団長にあったのは。
異論を自ら唱えに行ったのだが…気にすら止めてもらえなかったのは、言わずも分かるだろう。
如何もあのお方は苦手だ、考えてる事が分からない…俺の異動だってそうだ。
成績優秀の騎士を、何故後方の補給部隊に配属させる必要があるんだ?
かつての戦友からは「きっと戦場でへまを起こした」やら「調子に乗るからこんな事になる」とか
まぁ相当な罵られ方をした訳だ。
かつて前線で活躍していた若き騎士は…今や戦闘とは関係のない荷馬車に乗っている。





「おーい!ハインケイル!お前、補給部隊に送られた事、まだ落ち込んでんのかぁ?」
今俺に話しかけてきている小柄な金髪野郎は、バレンダ…俺と同期で騎士団に入り、成績は
底辺…と言ったら可哀想か…。
コイツは、最初から補給部隊に所属していた為、前線で活躍していた。
俺より、先輩に当たる訳だ……はぁ…。
まぁ兎も角、仲が良い事には変わりないが。
「いい加減そのネタを引っ張るのをやめてもらえるか?」
きつい口調で返す、これが何時ものやり取りなのだ。
俺たちは今、首都ランカスから東に100km以上も離れているキャンプに補給を行う為の道のりの途中だ。
ここら辺は魔物も徘徊するエリアだ、しかし荷馬車には魔法で障壁を張ってある、魔物は絶対に入ってこれないだろう。
「ったく…後何時間掛かるのだろうねぇハインケイルよ」
こいつは何時もこうだ、1時間に一度はこの手の質問をする。
いい加減ウンザリと言いたいところなんだが…返してやらないと10分後には、またこの質問をするだろう。
「あと4時間って処だろうな、運よく何も起きずに進んでいるからな」
馬4頭に満載の荷馬車を引かせている。
護衛は4人、俺とバレンダが先頭の馬車、残りの二人は後続の馬車に乗っている。
森のただ、木を切ったような獣道紛いの道を通る。
荷馬車が揺れ荷物がギシギシと音を立てて揺れている。
空には木々が生い茂っていて、木漏れ日が俺たちの頭上を照らしている。
「ふあぁ…こんな良い天気には、ゆっくり昼寝でもし…」

ヒュン…

一瞬の事だった、最初は何が起きたのかは分からなかった。
その直後の声で現実に引き戻された。

「てっ!敵襲!」

俺の横を通り過ぎたのは矢だった…その矢は…
「バレンダ!!しっかりしろ!!」
俺はバレンダを荷馬車から引きずり下ろし、馬車を盾にして矢を防ぐ体制に入った。
連続で矢が飛んできている…恐らく盗賊の部類であろう。
「おい!バレンダ!」
しかしバレンダは返事を返さない…一瞬の事だったのだ、その矢は急所を捉え。
そして無情にもその命を奪っていた。
後方の護衛は、既に連続で飛んできた矢に倒れていた。
このエリアに盗賊とは予想外だった…焦る感情を抑えて冷静に考える。
矢は三方向から飛んできた恐らく数は三人…この左右を木々に囲まれているこのエリアは逃げる道もない。
アンブッシュには持って来いの地形、しかも敵は目視で確認出来ない様に偽装をしている。
しかも、こっちに行動が無くなると…矢を撃ってこない、これは矢の残量を考えての事だろうか。

……いや考えすぎだったようだ…単に俺たちを殲滅したと思ったのだろう。

抜け抜けと木の上から下りてきやがった。
一人が戦果を確認すべく…こちらへと歩いてくる。
好都合だ、荷馬車の左側面に隠れている俺を盗賊は確認できていない。
俺は、腰に挿していた短剣に手を掛け…そっと引き抜いた…
触れただけでも斬れてしまいそうなほど、良く手入れされた短剣の鋩が光に反射して鋭く光る。
盗賊の一人が歩いてくる…目を瞑って…足音を聞く…
5m…3m…1m!
振り返った盗賊が俺を見て驚愕の顔をしている、俺はその盗賊の首めがけて…逆手に持った短剣を突き刺した。

鮮血が飛び散る。

それを目の当たりにしたもう一人が焦って弓を引こうとするが。
そんなのもう遅い!腰に挿したもう一本の長剣を引き抜き大きく敵に踏み込む
そして踏み込みと同時に長剣を思いっきり振り下ろす…

ザシュッ―――――

一閃としか言いようの無い斬撃…この攻撃の前では革の鎧など通用しないだろう。
致命的な傷を負ったはずだ、腹を抱え込んだままその場に倒れる。
「次は貴様だ!!!」
鬼神とも取れる気迫で俺は残りの一人に言い放った。
盗賊がその気迫に後ずさりする…そんなこと知った事ではない。
俺はそいつに走り込み、精一杯の力を込めて…喉元に長剣を深く突き刺した。
深く突き刺した剣は、敵の首を貫通している。
これだけの致命傷、助かる見込みは無いだろう。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
極度の緊張から解き放たれた俺は、敵から引き抜いた剣を杖にしてやっとの思いで立っている。
そこら中に飛び散っている血…これが現状の悲惨さを物語っている。
鉄錆の様な匂…お世辞にも良いものとは言えない。
盗賊の奴らはやはり手慣れだ…一番最初の矢は馬に当たっていた…
俺たちを逃がす気は最初から無かったのであろう。
剣の血を払い鞘へと戻す。
「畜生!」
後方の護衛も全滅だった、荷馬車もやられ移動の足を失った。
キャンプまであと40kmぐらいだろうか。
これから盗賊に襲われないとも限らない、こんな状況で60kmほどの道のりを首都まで引き返すか。
そんな事、答えは決まっている。
妥当に考えたら、40kmのキャンプまで向かった方が得策だ。
荷馬車はおいて行くしかない、馬をやられた今…どう考えても之を人力で引っ張るのは無理な事だ。
もちろん空間転移魔法なんて洒落た物は使えないし、転移用の高価なマジックアイテムも支給されているはずがない。
少なくとも、満載の荷馬車よりかは早く着くだろう。
キャンプにさえ行けば、増援を呼び周辺の警戒もこの荷物も回収できる。
「走れば…昼過ぎには着くか…」
そんな独り言を言いながら…東へ向けて走り出した。




着いた時には全てが終わっていたんだ――――――




一体目は、鎧を貫く強い一撃によって胸を突かれて即死。
二体目は、うつ伏せに倒れていて、ひっくり返すと首が取れた。
三体目は、手当てしたら助かっただろうに…出血死。
四体目は…もう言いたくない。

キャンプはまるで廃墟だった。
人肉の焼けた臭い…思わず吐き気がこみ上げてくる。
恐らく敵軍の奇襲と言ってらいいのだろうか、一方的に行われた戦闘。
前線で活躍するような騎士が、敵の奇襲によって壊滅したのである。
…恐らく生存者はいないだろう。
敵の姿はもう無く、ただ炭と化したキャンプが俺の目前にあった。
必死になって生存者はいないか探した…
しかし…遠の昔に全員が事切れていた。
それでも――――

五体目は、大やけどを負い死んでいた。

それでも――――

六体目は、矢で喉を貫かれていた。

ただ、誰か生きていてほしかった。


状況を判断するに、戦闘は1日前に行われていた。
物資輸送と共に定期連絡を行う為そこを突かれて攻撃されたのだろう。
魔法で通信する事も可能なのだが、今騎士団には戦闘が可能な魔術師が居ない為、
高価な媒体を使うしか方法がない。
当然、そんな物配給されている筈もなく、通信が取れない状況になっていたのだろう。
補給部隊がくるのは3日おきだ、それを知っている者がいる。
内部にスパイが侵入している可能性がある…あくまで憶測だが。
しかし、今の状況から判断する、此処まで手際よく奇襲を行う事が出来るだろうか?
何日も前から作戦を立てていたに違いない。
ゲリラや盗賊の仕業ではないと言う事。
次にすべき事はわかっている、首都へ戻りこの出来事を伝えなければいけない。
国の内部まで敵の侵攻が及んでいるとしたら…もしここを奇襲した部隊が首都に進攻していたら…。
次の補給部隊を待っている暇なんて無い。
まるで鉛のような身体を持ち上げ、気合いを入れる。
「わかったよ…行けばいいんだろ」
誰も居ないキャンプでそんな事を一人呟いた。
誰が聞いている訳でもない、でも言葉に出さなければ気持ちに押しつぶされてしまいそうで。
正直、精神的に参った…こんな事になっているとは思ってもいなかった。
俺が交戦した盗賊も、このキャンプを襲った敵と関係があるのだろうか?
だとしたら…非常にマズイ状況かもしれない。
「少しでも早く…戻らないとな」
西へ歩き出した。





もうどれだけ歩いただろうか、日が暮れそうになっている。
初春の風が少し肌寒く、木々を揺らしている。
地図を出し太陽の向きを確認する。
方位は間違っていない…後は、どれだけ掛かるかだ。
「まだ15kmってところか…」
歩き始めて随分と経つが、過度の疲労により俺の身体は悲鳴を上げていた。
「ランカスに行くのですか?此処から70kmはあるのですよ?」
「あぁ…そのつもりだ…明後日には着くだろう…転移魔法が使えれば別だろうが…」
その通りどんなに早くても明後日にしか着く事は無い…此処は、明日に備えて休むべきか。
「あぁでも、夜になると怖い魔物さんが出るのですよ!」
あぁそんな事も承知の上だ…今はたき火でも焚いてこの夜を越すのが得策だろう。
しかし、障壁も張っていないし襲われたらそれまでだって事になるが。
流石に、身体が限界だ。
「食糧とか…大丈夫なのですか?」
「そんな物持ってる訳がない…」
そう、それだけでも死活問題なのだが…と言うか俺はさっきから誰と話しているんだ?
ふとそう思い横を振り向いて…

(; ゚Д゚)   (・A ・)?

…あるーひ もりのなかぁ〜 ドラゴンに…であった〜♪

黒曜石の様な眼、全ての物を切り裂いてしまう大爪、澄んだ翡翠の様な鱗、
純白と言って良いほどの美しい銀髪のロングヘアー…神々しくすら見える。
身長は165から7……それは置いといて。
「っておい!何時からそこに居やがった魔物め!!!」
とっさに長剣を抜き取りそいつに突き付ける。
こいついつの間に俺の死角に入り込んだんだ…気配すら感じなかった。
「あっ!分かったのですよぉ!ジパングのある地方に伝わる乗りツッコミなのですね!」
と…彼女?は満面の笑みでこっちを見ている…
「そうそう…ってちがぁああぁう!!」
何か勘違いしてるのかこの蜥蜴女…と言うかこんな所にドラゴンが出るなんて聞いてないぞ!
どういう事なの?
「あぅ…剣を下して欲しいのですよぉ」
こいつ魔物のくせに…と言うかドラゴンの癖に相当弱腰と言うかなんというか…。
「あっ…悪い」
剣を下す俺も相当な御人好しなわけで…相手はドラゴンだ…
まぁ剣を向けたところで、太刀打ちできないのは分かっている…とりあえずkoolになるんだ俺…
ドラゴンと言えば、地上の覇者と言っても過言ではない最高位の魔物だ、もちろん俺なんかが10人いても太刀打ちできない。
しかしこの地方のドラゴンはとっくの昔に絶滅したはずだ……
高慢で高圧的な態度と文献で読んだが…イメージと違うし。
ドラゴンの皮をかぶったラージマウスなんじゃないか?
「地上の覇者と謳われるドラゴンともあろう魔物が…何故ここに居る」
そう、どう考えてもこの疑問は出てくる…普段は高山帯や洞窟に暮らしていると聞いたが。
そもそもこの地方には、存在すらしない筈だ。
「えっへん!良くぞ聞いてくれたのですよ!私はお姉さま方から『ドラゴンとしての自覚が足りない!』
と言われて巣を追い出されたのですよ…」
…こいつは、何なんだ?それは胸を張って言う事なのか?
いやそもそも巣から追い出されるってこいつは何なんだ?
と言うかなぜ俺の眼の前に現れたんだ…?様々な疑問が俺の頭の中をぐるぐる回っているわけだが。
ドラゴンのくせに巣から追い出された…とりあえず人を一人引き籠りに出来る位の軽蔑の眼差しでそいつを見つめる。
「あぅあぅ…そりゃ私が悪いのですよ…狩りもろくにせず、グータラの生活をかれこれ18年…」
リアルに引き籠りだったんじゃねぇか…と言うか廃人と言うか…それは追い出されても当然と言うべきだな。
確かにドラゴンとしての自覚がないと言われても仕方がない…こいつの群れの奴ら…魔物ながら同情する…。
「うぅ…でも…いきなり追い出す事は無いのですよぉ…何処に行けばいいのですかぁ;;」
遂には泣きだす始末…大丈夫かこいつ…いや大丈夫じゃないだろう。
「とりあえず泣くのを止めようか…最高位の魔物が聞いて呆れる…ぷっ」
「あぁ!今笑ったのです!ぬぐぐ…そっ!その気になれば!貴方なんて消し炭なのですよ!」
頬を膨らませて怒っている…子供かこいつは?
普通に考えて笑うだろう…グータラ引き籠りで…しかもドラゴンの癖に弱腰…芸人をやれば10年は食っていけるよ。
と言うか、お前に言われても、怖くないと言うか…寧ろ微笑ましいと言うか。
「で…だ、そのドラゴンが何故俺の前に姿を現したのか…聞いても良いか?」
「あまりにも思い詰めた顔をしていたから、思わず話しかけたのですよ〜えーと…シャーデンフロイデ?他人の不幸は蜜の味?
ってお姉さまに聞いた事があるのですよ〜でも蜜の味はしなかったのですよ…騙されたのです…」
こいつ…ぶち殺していいですか?俺の顔は笑っているが…これは最低の笑顔と言ってもいいだろう。
こいつは意味分かってるのか?…満面の笑みで言いやがって。
てか、意味分かってないよね!?どんな教育?されて育ったんだこいつは…。
「とりあえず、その言葉を言ったのが俺でよかったな…今後使わない方が良い…」
「ほへぇ?どうしてなのですかぁ?」
理由を説明しても、こいつは理解しないだろうから説明は省く事にしよう。
とりあえず、日が暮れそうだ…こいつはほっておいて…たき火の準備でも。
「どっ何処へいくのですか?」
「たき火のまきを集めに…火も起こさないといけないし…と言うか着いてくんな!」
ちゃんと乾燥している枝があれば良いが、火打ち石で点けないといけない為、時間も要するだろう。
「えっへん!私にまかせてくださいなのですよ!」
( ゚д゚)シラーーーーー
「そっそんな白々しい目でこっちを見ないでほしいのですよ!これでも最高位の魔物!消えない火ぐらい起こせるのですよ!!」
自分で『これでも』とか言っちゃってる時点で信用性がZEROな訳なのだが。
しかも、何でこいつは俺に協力的なんだ?
何か裏があるのか…。
「見てて下さいなのです!すぅ〜〜〜」
そう言って息を吸い込む…そして
「ハッ!」

ブオォォオォォ

「!?」
活き良いよく口から炎が出てきた、その炎は地面に落ち文字通り消えない火としてメラメラと燃え盛っている。
その光景は神秘的でもあり、何と言えばいいのかこんな奴でもやはり高位の魔物であると実感させてくれた。
「薪は…要らないのか?」
「魔力を媒体として使ってるから、薪は必要ないのですよぉ〜」
魔法の類か…まったく驚かされる。
炎の色は赤ではなく青、ある意味不気味というか、しかし暖が取れるので問題はない。
「流石…ドラゴンと言った所か」
「もっと崇めるがいいのですよ!!」
とドヤ顔でこっちを見つめている、すごいのは確かに分かったが、その顔で見られるとなぜか無性にムカつく。
しかし、助かったことには変わりない、ここは素直に礼を言っておくべきかな。
「助かった…その何と言うか…感謝してるよ」
と…声を掛けたのは良いのだが、なぜかこいつはポカーンとした顔をしてる。
何か不味い事を言ったのだろうか…思い返してみると、魔物に感謝するってのはどうなんだ。
異端の存在と言われてもおかしくないな…。
「久しぶりに…」
声が震えている…やっぱり何か不味かっただろうか?
「久しぶりに…感謝してるなんて言われたのですよ!」
へっ…?そんなに叫んでまで言うことなのか?
おそらく相当な自堕落な生活をしてたんだろう…こういうのなんて言うんだっけか?
干物女?いや干物蜥蜴?…ちがうか。(大体合ってます)
「大声を出すのはやめてくれ、お前ならまだしも…本当に魔物が集まってくると困る」
日はすっかり暮れていた、森の中に聞こえるのは梟の鳴き声と森の木々のざわめき。
季節が春で助かった…これが冬となると、まず命はなかっただろう。
今この蜥蜴女と暖をとっている、姿はドラゴンだし、まずこいつを襲う魔物はいないだろう…たぶん。
コイツは、特に行く場所もないという理由だけで、俺と一緒に、暖をとっている。
その後は、言葉も交わしていないのだが、なんとなく分かち合っている…という感じか?
蒼く燃える焚火を挟んで、向かい合わせ言葉も発せず、ただ火を見つめて、かれこれ小一時間。
今までの過程を整理すると。
このドラゴンは、どうしようもない位の駄竜で巣から追い出された→何処に行けばいいのかも分からず、ただ適当に空を飛んでいた
→いつの間にか帰り道が分からなくなった→俺を見つけた→とりあえず面白そうなので話しかけた→今ここ
沈黙を破ったのは、彼女の方だった。
「そう言えば!名前を聞いてなかったのですよ!」
何を言い出すと思えばそんな事か、こっちもこいつの名前が気になっていたところだった
まぁ何時までもお前やら蜥蜴女じゃ可哀想と言えばかわいそうだが。
「名前を聞くときは、まず自分から名乗るのが常識じゃないのか?」
と皮肉交じりにテンプレート通りの発言をする。
「あぅ、悪かったのです…私はイーフェと言うのですよ」
イーフェか…魔物のくせに良い名前じゃないか…
まぁ名前を教えてくれたのだし、こっちも教えてやるのが礼儀ってもんか。
「俺は、ハインケイル…ハインケイル・ゼンガー=シュヴァルツシルトだ」
フルネームを名乗ったのは久しぶりの事だ、長ったらしい名前な為いつもハインケイルとしか呼ばれなかったしな。
「おぉ…良く分からないけどかっこいい名前なのです!」
と、まじまじと俺を見つめる、この姿はまるで魔物じゃない、無垢な子供その物だ。
「ハインケイルと呼んでくれればそれでいい」
どうせフルネームで呼ばれることなんてありゃしない訳だがな。
「まぁ…何だイーフェ、俺の隣に来ないか?今夜はちょっと冷える」
別にどうこうって気があるわけじゃない、ただ寒いだけだ…決してやましい気持ちがあるわけじゃない。
ふぇ?とした顔でこちらを見つめるイーフェその後無言で立ち上がり、こっちに歩いて来て俺の横に寄り添うように座る。
その体は温かいと言うより、むしろ冷たかったのだが何故か心が落ち着く、話し相手が誰でもよかった。
誰かが傍に居て欲しかったのかもしれない。
「…会話が途切れてしまうのですよ…ハインケイル!何か話すのですよ!」
突拍子もなくそんな事を言い出すイーフェ、話か…俺は自分から進んで話をするタイプではないのだが…
これと言って面白い話もない…さて、どうしたものか…そうだな…あっ
俺はハッとした顔である話を思い出した。
「イーフェはドラゴンだったな…ナジェージダ=ドラコーンってしってるか?」
古い民間伝承と言ったらいいのだろうか?この地方に伝わる古い話だ。
俺も詳しい事は忘れてしまったが…母様から読んでもらった絵本の物語だ。
「希望の竜と呼ばれてな…この地方が魔物に襲われた時に、一匹の竜が人間に加勢して魔物どもを蹴散らした…って話だが」
そう、昔はこの地方では竜が神と同等…いやそれ以上に崇められていた。
もちろん、俺が生まれる前…いやはるか昔と言った方がいいだろう。
「そのくらい知ってるのですよ〜そして人々はその竜をナジェージダ=ドラコーンとして崇めたのですよ!」
そう…しかしこの話には続きがある。
「しかし、その後の人間の行いに激怒した竜は、人々を虐殺し始めた…そこで勇者フェルデランスが立ち上がり、竜と戦った…」
竜が命を掛けて守った人々は争いを続ける…それに激怒した竜は、人々を虐殺し…国を滅ぼそうとした。
「長きにわたって戦った勇者フェルデランスは、最後の竜を殺すと自らも力尽きた…この地方にドラゴンは居なくなり
この地方には平和が戻った…それ以降、竜は異端の存在であり、人々から畏怖される様になったとさ…って」
そう、この物語の結末…俺も、この話を聞いて、小さい頃ドラゴンを恐怖したものだ…しかし、イーフェからは
そんな事微塵も感じさせない。
ふとイーフェの方を見る…悲しい顔をしている、……この話は不味かった…いまさら悔やむ俺。
「すまない!…イーフェもドラゴンだったな…悪かった…」
謝罪の言葉を口にする…之だからこっちから話を切り出したくないんだ…
不器用と言うか、頭に思った事を直接話してしまう癖がある。
分かっているのだがなぁ…。
「いっ良いのですよ…気にしないで下さいなのです…」
そんなこと言われてもなぁ…気まずい雰囲気だ。

グゥ〜…

そんな時に聞こえたのは腹の鳴る音、決して俺のものではない…だとすると俺の隣で頬を真っ赤に染めているイーフェのか。
「腹減ったのか?」
体は正直だ、間違いなく腹が減っている、だが確認のためか口に出して問いかけてみた。
「あぅあぅ…減ってないと言ったら…嘘になるのですよぉ」
実に正直な奴だ、しょうがない最後のだが…徐に俺は腰に忍ばせていた残りの一個の干し肉を、取り出しイーフェに差し出した。
それをイーフェは餌を待つ子犬のように釘づけで見つめている。
「食えよ、遠慮はいらないぞ、俺は腹減っていない、こんなので、腹に溜まるは分からんがな」
まぁ減っていないと言ったら嘘なのだが我慢はできる、こう言う時のために鍛えているのだ。
「でも…ハインケイルの食糧なのですよ?」
「良いから食えっ!」
そう言って俺はイーフェの口に干し肉を押し込んだ、最初はムグッと言ったイーフェも素直に口を動かして
干し肉を頬張った。
焚火のお礼と言ってところか、それともさっきの話の罪滅ぼしか…
俺もお人好しなんだろうな…まさか魔物に食糧を恵む事になるなんてな。
「うまいか?」
何故かこんな事を口にする、別に羨ましく思ってるわけではないが、会話が切れてしまいそうなのが嫌だった。
「嬉しいのですよ…魔物の私にこんなにも良くしてくれる人間がいるなんて、こんなに嬉しいのは初めてなのですよ」
涙ぐんでいた、今発した言葉は心からの言葉、俺まで胸が熱くなっているのを感じた。
確かに、俺も人に感謝されるのは久しぶりなのかもしれない。
今日は色々とあった、しかしイーフェに出会ったことで何か救われた感じすら覚えた。
「魔物の方が…争いを続ける人間よりは、ずっと崇高な奴らなのかもな」
そんな事をぼそっと口に出してしまう、精神的には思ったより追い込まれていたのだろう。
「…人間だって、ハインケイルの様な素敵な人だっているのですよ?」
この言葉は、慰めなどではなかった。
真剣に俺の顔を見つめてその言葉を放ったイーフェは、心から俺に話しかけているのだと。
「なんか、疲れたな…すまないが寝させてもらうよ」
「わかったのです、おやすみなさいなのですよ」
こんなやり取りしたのも久しぶりだ、明日はおそらく大変な一日になるだろう。
70kmも歩かなければいけない…全力で一日中走っても明後日になってしまうだろう
そんなことを思い浮かべながらいつの間にか眠りに就いていた。





木漏れ日が朝を告げる…何事もなく朝を迎えたようだ、奇跡と言っても良いと思う。
イーフェが居てくれたおかげか………いやまて何か重い、上から何かが乗っている感じだ…。
まだ重い瞼を開けて、状況を確認すると…。
「すぅ…すぅ…Zzz」
規則正しい寝息が聞こえる…どうしてこうなったか、状況を把握するまでに少しかかったが…
こいつ俺の腹を枕代わりにして寝てやがる。
しかも角が腹に食い込んで、若干どころか相当痛い訳だが…
「フンッ!」
力を入れて一気に起き上がる、当然な事にイーフェの頭は俺の腹からズレ…
ドスッ!
「あぐぅ」
後頭部付近を地面に強打した。
何が起きたんだ?と言う顔をして目覚めるイーフェ
「うぅ…何故か後頭部が痛いのですよぉ」
「あれだ、神が罰を与えたんだろう」
とりあえず、そんな事を言ってごまかしてみる…元はと言えば、人を枕にするというお前が悪いのだが。
「私は魔物だから、神なんて信じていないのですよ〜」
まぁよく考えればそれもそうか…
「と言うか…イーフェまだ居たのか」
俺の寝ている間にとっくにどこかへ去ってると思ったが…いや本心で言うとかなり助かったわけだが。
「他に行くところなんて無いのですよ…まぁまぁ旅は道連れっていうのですよ!ハインケイルについて行くのです!」
…いや俺は旅どころか首都に戻ろうと思っているだけなのだが…
と言うか、此処は森だから少なくとも大丈夫だが、街にドラゴンが入り込んだなんて事になったら如何なる事か。
町中が混乱した揚句、騎士たちに追い回されるのが関の山だろう。
もちろん俺も異端と呼ばれるに違いない。
「とりあえず自分が魔物だと言う事を弁えろ…別にお前が嫌いな訳じゃ無く、身を案じているんだ…わかるな?」
まぁ、付いてくる事に同意できる筈もなく…
「でっ!でも!姿を変化させる事は可能なのですよっ!ほらっ!」
といってイーフェは呪文を唱え…そして姿を変化させた、傍から見れば大層美しい女性なわけだが…
うーん、此処は断固として断るべきか…いや、しかしなぁ。
我ながら優柔不断である。
「ハインケイルが連れてってくれないなら、この森を焦土にするのですっ!」
なんだそれ駄々っ子ってレベルじゃないぞ…と言うかお前が言うと冗談に聞こえないんだが。
…何時まで経っても出発できない訳だが。
どうするか…此処まで精巧な変化なら、ばれる事はないだろう。
「魔力も抑える事が出来るのですよ!」とか言い出す始末だし。
さて、如何したものかなぁ…すごく熱い視線を感じる訳だが。
イーフェがこっちを力強い目で見つめている…うーむ。
「……むぅ……」
遂にはシュンと残念そうな顔をして俯いてしまった…はぁ仕方がない…
「分かった!分かった!…別になんの面白みもないが付いてこい」
結局は折れてしまった訳だ、我ながら情けない…イーフェは悪い奴ではない、別に人を殺める訳でもない。
街に魔物を連れていくのは…正直賛成しない、でもこいつなら大丈夫か…確証はないが。
「本当に良いのですか!!やったのですっ!!」
まるで、蕾が花開くように笑顔に戻った。
いや、まさかさっきのは演技か?…深く考えるのはやめよう。
「とりあえず、行こうか…このままじゃ明後日になっても着かない」
そう言って、未だに疲労感が取れない身体を立ち上げる、これから長い道のりになりそうだ。
さてと…太陽の向きを確認する、目指すは西にある首都ランカス。
此処から約70km…馬もない今では、何時間掛かるか分からないが、帰るしかない。
疲労感は取れなくても、身体は十分休めている。
場合によっては、夜中歩き続けてでも…
「ハインケイル〜」
「どうした?」
「おなか減ったのですよぉ」
…やっぱりコイツ、置いて行っていいですか?





さて、歩き続けて3時間ぐらい経っただろうか…全然進んだ気がしない…と言うのも!
「うぅ…疲れたのですよぉ」
こいつが1時間に、10分でも、20分でも休もうとするからである…いや置いて行かない俺も相当な御人好しな訳で。
「全然進まないんだよ!付いてくるのか!それとも此処で別れるのか、どっちかにしてくれ!」
「あぅ…付いて行くのですよぉ」
さっきもこの質問をしたのだが…まぁ置いて行かない俺が悪いと言えば、俺が悪のだが。
正午にもなろうと言うのに15kmもあるいていない、こんなのじゃ首都につくまで4、5日掛かっちまう。
「ご飯も食べてないのに…早く歩ける訳無いのですよぉ」
あ・の・な!
「俺はかれこれ丸1日何も食ってないの!分かるか??」
まぁこんなやり取りを続けて4時間ぐらいだろうか…別に嫌と思ってる訳じゃないんだが。
このままでは冗談じゃ無く目的地に着かない。
「ハインケイル〜町には食べ物あるのですかぁ?」
こいつは食べ物の事しか頭にないのか?まぁ少なくとも
「俺の家には食い物ぐらいはある…好き勝って食って良いから早く歩いてくれよ!」
とでも言って、イーフェのやる気出してやるしかない…と
「それは本当なのですね!それなら飛んで行くといいのですよ!」
こいつは何を言ってるんだ…ドラゴンや鳥でもあるまいし……いやドラゴンだな…うん。
でも、俺は人間だ、翼もなければ浮遊魔法も使えない。
いくらなんでも、俺を持ち上げる事なんて出来る筈がな…
「ハインケイル一人くらいなら問題ないのですよ!!」
ほぉーなるほど…俺一人位なら持ち上げて、飛べると…
「じゃあ最初っから!それを提案しろ!少なくとも歩くよりは早いだろうが!」
「だって聞かなかったのはハインケイルの方なのですよ!」
こう会話していると限がない…此処は頼んででも飛んでもらうか。
「分かった、頼む!飛んでランカスまで連れて行ってくれ!」
まぁ素直に頼んでみる…まぁ快く飛んでくれるに違いな…
「干し肉一か月分なのです!」
…コイツ条件を付けるほど頭が回ったのか…此処まで言ったら可哀想だが…ある意味成長したか
「半月分に負けろ」
素直に条件をのむととんでもない額になりそうだ…
「20日分!」
交渉までするのかよ…食べ物の事になると冗談じゃ無く頭が回るみたいだな。
しょうがない…
「わかった…その条件で飲むから早く連れて行ってくれ」
こんな事している場合ではない…しかし、コイツと喋っていると何時もこうなってしまう。
「交渉成立なのですよっ!」
そう言うとイーフェは、自らの大翼開く。
爬虫類的な翼膜は、翡翠色でなんとも美しい…見とれてしまうほどだ。
イーフェは、その強靭な手で俺の背中をつかむ…その強さは、俺を傷つけることはないが、落とす事の無い様に掴んでいる。
そして…大きく翼を羽ばたかせた!何とも言えない浮遊感が俺を包む。
そう、地面から浮きあがったのだ。
「本当に上がった…」
本当の処、半信半疑だった。
イーフェより身長も高い俺を持ち上げる事が出来るなんて思ってはいなかった…さすがドラゴンと言ったところだろうか?
どんどん高度を上げていく…。
「では…行くのですよ!」
また大きく翼を羽ばたかせたかと思うと、今度は翼に風を受け滑空している。
まるで凧と言ったらいいだろうか?風を受け…いや寧ろ風を、操っているのではないだろうかと思えるほどだ。
今まで感じた事の無いスピード感…馬より遥かに速いだろう。
息をするのも一苦労と言ったところだ。
青空に吸い込まれるような感覚に酔いしれて居たい処だが…この体勢、何とも間抜けである。
ドラゴンに跨る『竜騎士』と言えば多少格好がつくだろうが、イーフェに掴まれている俺は、騎士と言うより
寧ろ、間抜けにも捕まった獲物って言った方がいいだろう。
「この体勢!どうにもならないのかぁ?」
「聞こえないのですよ!」
風の音で聞こえないのだろう、俺もイーフェの言葉を聞き取ることはできなかった。
まぁこの際文句は言ってられない…体勢については、我慢しよう。
この早さなら夕方までにはランカスに着くだろう。
焦る気持ちを抑えながら、空を飛ぶという感覚に身を委ねていた。







陽が暮れかけている、オレンジ色の太陽が地平線へと落ちようとしているのが空からよく見える。
そしてもう一つそれに負けづ劣らず輝いている街の灯…首都ランカスだ。
あれからイーフェは途中休憩はしたがほぼ連続で飛んでくれた。
感謝してもし足りない位だ。
とりあえずこのまま街の中に入るのは危険なので近くに降りてもらおう。
「イーフェ!一旦降りてくれ!このまま入るのは危険だ!」
風の音にかき消されないように大声で叫んだ。
「了解なのですよ!」
どうやら伝わったらしい、徐々に高度を下げ始めた。
翼を小刻みに羽ばたかせ、ゆっくりと地面へ降りて行く。
その風に吹き飛ばされた砂塵が視界を遮る…地上まで後2m位?
と思った瞬間イーフェが手を離した。
当然の事ながら、俺の身体は重力にひっぱられ…落ちた。
「いでっ!」
不意に落とされたせいで受け身をとれず、腰から地面に叩きつけられた。
「もっと優しく出来ないのかよ!」
「朝の仕返しと言ったところなのですよ〜」
あぁ…やっぱり気付いていたらしい、と言うか今まで根に持っていたのか…恐ろしい奴だ。
此処に下ろしてもらった理由は言わずもがな、姿も変えていないドラゴンが街中に降りるとパニックになるが一つ。
もう一つは、ランカスの周囲は近くの川から水を引き濠に囲まれていて
東西南北にある四か所の橋からしか出入りが出来ない。
もちろん、出入りの記録は騎士団である以上、顔パスではあるが行わなければならない。
もし記録に残っていない場合、後で説明がつかないと困る。
ドラゴンに連れてきてもらいました〜☆なんて間違っても言えない。
とりあえずイーフェは俺の連れ…いやこれも不味いか…魔物に襲われた少女を保護しました…よし、これで行こう。
精巧な変化が出来るイーフェなら、間違いなくばれる事はないだろう。
「とりあえず変化しといてくれるか?街に入るのは任せてくれ、それとなるべく喋らないように頼む…
お前は普通とベクトルがズレてるからな」
「…何かさりげなく悪口を言われたような…そのくらい分かっているのですよ」
とりあえず了承してくれたらしい。
少なくとも問題を起こす様な事はしないだろう。
さてと…そろそろ行くか
「イーフェいくぞっ…ってあれ?」
居ない…何処に行ったんだ!?
「ハインケイルーいくのですよ〜!」
アイツさっき俺が言った意味が分かってるのか?
「おっおい!待ちやがれ!」
そして俺はイーフェの後を追いかけるのだった…

「おーすごくおっきいのですよ〜」
それもその筈だ、イーフェが見て驚愕しているのはランカスの最大の特徴『巨大防壁』である。
高さ25m厚さ10mの壁が、円状に首都を取り囲んでいる。
それだけでは無い。
特殊な岩を使った防壁は、通常の攻城兵器ではビクともしない作りになっている。
構造自体はよく把握していないのだが、魔法の部類が使われていると言う噂もあるほどだ。
橋も可動橋になっている為、有事の際には何処からも侵入出来なくなる。
この壁をよじ登ろうとするなんて以ての外…上から矢の雨が降ってくるため、
絶対と言っていい程攻略は不可能な鉄壁要塞となるのだ。
「それに凄く賑やかなのですよっ!」
そして、もっと特徴的なのが首都の周辺だ。
首都に入る権限を持たない者達が集って、濠の周りで商いを行っている。
正直言って、此処で手に入らない物は無いと言うほど品ぞろえも良く、首都の中よりこっちの方が賑わっていると言っても過言ではない。
メリットとしては首都の中より比較的安価な税になっている。
税が安い理由として最も大きいのは防壁の外と言う事だろう。
メリットとしては税が安価、デメリットとしては何があっても自己責任…と言う事。
過去に魔物に襲われて…と言う事は、今まで起こっていないが、そんな事が起きてもおかしくは無い。
しかし、此処は登録すら行えば、誰でも商売が可能…と言う事が一番賑わっている要因だろう。
屋台も食べ物も在れば怪しい占いの店まで存在する。
実際ここのおかげで、首都にも大勢の人が集まってくる訳だから持ちつ持たれつと言った関係だ。
騎士団の警戒エリアに入っているし、治安も悪くない。
と…まぁこんな感じだ…観光案内をしてる場合じゃないのだが…
「イーフェ早くいく…ぞ?」
「ハインケイル〜これ美味しそうなのですよ〜〜!」
アイツは観光気分らしい…
「とりあえず…俺の家に行こうか…」
怒る気持ちを抑えて…あくまでcoolに…
とりあえずコイツを俺の家に閉じ込めとかないと何を起こすか分からない…
イーフェの手を引っ張り、俺の家が近い南橋を渡り始めた。
橋の長さは約25m程だ、しかし濠は深く水深6mほどである。
鎧を着てもし落ちたら一巻の終わりだ。
橋を過ぎると、検問場があり数名の騎士が、出入りした者の記録をとっている。
これだけ厳重な警備が行われている街は、他にはないだろう。
まぁ戦時中だからというのが最大の原因だ。
検問場に差しかかると…
「ハインケイルか?思った以上に早かったな…他の奴らはどうした?」
一人の騎士が問いかけて来た…当然の質問だ、帰還は明後日の筈だったのだからな。
「ダン!可及的速やかに報告しなければならない事がある!すまないが通してもらうぞ!」
そう理由を説明している暇なんて無いのだ…こっちは補給部隊と前線とは関係が無い基地が全滅…
いつ首都に進攻されてもおかしくは無い状況なのだ。
「…わかった、記録はしておく…そっちのお嬢さんは?…まさか可及的速やかにってこの娘の事か?隅に置けないな」
冗談を言っている場合じゃない訳だが…
「魔物に襲われていたのを保護した…とりあえず俺の家に連れて行く」
この会話に割いている時間すらもったいない…しかし、此処で話しを適当にそらすと、何か隠している可能性があると
疑われても困るし…へまを起こしたと思われている以上、これより風評が下がるのは、世間的に危うい。
「了解した…記録はしておいた」
やっと検問のやり取りが終わると、とりあえずイーフェを俺の家に連れて行くことにした。
俺の家は南門からすぐの所にあり、歩けば3分と言ったところである…
立地的には税が安価な為なのだが、正直言って今は倉庫代わりにしか使っていない。
「…すごくボロっちいのですよ?食べ物…有るのですか?」
あぁ分かってる、今まで戦場を転々とし、その後も兵舎で寝泊まりしている為殆ど家兼倉庫には帰っていない…一年ぐらいか。
手入れのいき届いた家と違って屋根に穴が開きそうなのも分かっているが…久しぶりに帰ってみると酷いもんだと俺も思う。
「とりあえず、中に入ろうか…」

ギイィ…

今にも取れかけそうなドアを開ける、まるで幽霊屋敷だ。
開けたとたん、カビの…いや言うのをやめておこう…。
「住んでた洞窟の環境を思い出すのですよ…」
いや…そんなあきれた表情で言わなくても分かってる。
床に何か得体の知れないキノコまで生える…確かに洞窟と言っても可笑しくない環境だ。
「…此処に居ろって言ったら怒るか?」
なんだよその目は…確かに此処に居ろって言われれば俺も嫌だけどさ。
無言で訴えてくるイーフェ。
「…はぁ、しょうがないな…」
俺は腰に付いているポーチを探り始めた。
確かこの辺にしまった筈なんだが…あった…俺のなけなしの小遣い。
その中から金貨を取り出す。
「これ使って、好きなだけ食い物でも買って食え…ただし!変な行動は取らないでくれ」
引率の先生か俺は…と自分に突っ込みを入れたくなった…はぁ
とりあえずこれだけ渡しておけば、そう簡単に使い切る事は無いだろう。
なにせ、普通の家庭が1週間食っていける価値があるからな。
イーフェはそれを受け取って、満面の笑みを此方へと返している。
「ありがとうなのですよっ!じゃあ行ってくるのです!」
と言って走り出すイーフェ、今度は全く躊躇せずに持って行きやがったな…まぁ飛んでくれたお礼ってとこだろう。
俺は時間がないにも関わらずそれを見送った…何か危なっかしいと言うか、ほっておけない感じと言うか。
きっと俺が保護者目線な感じでイーフェを見てるんだろうなと、いつの間にか微笑んでいた。
「・・・・・この家改築しないとな」
そんな事を考えながら、騎士舎へと向かった。



空もう暗くなっている…しかし、この首都ランカスは眠らない。
街の明かりは消える事無く、人々を見守っている。
騎士舎は町の中心部にあり、城と隣接している。
俺は騎士舎への道を急いでいる。
門の守兵は特に会話も無く顔パスで俺の事を通してくれた。
騎士団では俺は、相当な有名人だ若干18歳にして前線で地位を確立したにも関わらず。
なぜかその後に後方へと異動された…へまをした男…もちろんそんな事やってないのだが…。
「ハインケイル?…慌ただしく如何した?」
騎士舎に入った途端話しかけられた…急いでると言うのに!
コイツは騎士舎の管理官であり、この騎士舎を管理している。
「すまないが先を急いでる!フォーゲル騎士団長に話さなければならない用件がある!」
悠長に会話している場合じゃない…
「フォーゲル様…たしか、西棟の図書館を抜けた部屋におられると聞いたが?…あそこはめったに人も行かないしなぁ」
西棟の部屋か…よし!
「恩に着る!」
俺はその場を立ち去り、全速力で走り始めた。
「おっ!おい!今はだれも近付けるなと…あぁ…行ってしまったか」
アイツは俺を呼びとめようとしたのだろう、大声で言葉をとばしたが、俺の耳には入ってこない。
只一つの目標の為に、黙々と走り続ける。
俺を見る同僚は、驚いた顔ですれ違うが、そんな事関係無い!
西棟は…この角を曲がって…
確かに西棟はあまり言った事が無いかもしれない…前線の兵士は普通、東棟で寝食を行う
西棟はいわば役員区画と言っていいだろう。
「えーと…図書館の奥の部屋…あれだ」
かすかに扉から光が漏れている…当然と言って人通りは無いのだが。
話し声が聞こえる、誰かと話しているのだろうか?…恐らく通信魔法だろう。
話しているのなら今入る訳にもいかない…。
……俺は好奇心にまけて耳を澄ましてその会話を聞いた…

「えぇ…問題ありません…次の戦いも手筈通りに進めば…えぇ」
何の話しだ…誰と話しているのだろうか?
「キャンプへの奇襲は見事なものでした…やはり貴軍の兵士は優秀ですなぁ…ハハハッ」
キャンプ…?何故フォーゲル騎士団長がこの話を!?
「補給部隊は此方の兵で足止めしたが故…もうそろそろ良い報告が出来るでしょう…」
どういう事だ!?
「えぇ…次はラダムス高原で…はい…よろしくお願いしますよ…双方の国の利益にために…」

ドンッ―――

俺は扉を勢いよく開けた、それと同時に!
「フォーゲル騎士団長!どういうことですか!!!」
口から疑問が飛び出した…今の話は一体!?
驚愕な顔をしている騎士団長に歩み寄る。
「…ハインケイル!?何故お前がここに居るのだ!?」
俺はそんな事を聞きたいんじゃない!さっきの会話は!
「どういう事だと、聞いて居るんです!」
騎士団長は目をつぶり…そして一拍を置いて机を挟んでいる私に歩み寄ってきた。
「死んでいれば…少なくとも汚名を残さずに済んだのにな…まさかあの中を生き延びるとは…思ってなかったよ」
まだ頭の中で話が繋がらない…キャンプの奇襲と補給部隊の足止め!?
この単語が頭の中を描きまわしている。
「貴君は、この地方が10年前まで陥っていた状況を知っているかね?」
何の話か理解できない…10年前は、俺はまだ8つの時だろう
「経済難に陥っていたこと位…子供の貴君にも理解出来たいであろう」
…確かにこの国は今までと比べて貧しかったと言える。
それとこれとが…
「それで我々の国と…レヴァトーニャは、話し合いで有る事を思いついた…それによって利益を呼び込もうと」
まさか…ウソだろ?
「戦争だよ…見たまえ10年前に比べてこの国は豊かになったと言える…鉄鋼業が発達し、他国へ輸出業も盛んになった…」
言葉が出ない…あいた口がふさがらない…
「一進一退の攻防を…それぞれの国で演じていたのだよ…」
…………
「それでは!その為に死んでいった者達は!どうするのですか!!!!!」
堪らず怒りがこの言葉を発せさせた。
心臓の鼓動が聞こえてくるほど、強く脈打っているのが分かる。
「…騎士と言う物は、戦争の為に集められた兵士だ…戦争で死のうとも…それが本望ではないかね?」
その言葉で…俺のこの国に抱いていた理想は…音を立てるように崩れた。
「その過程で…少しほど稼がせてもらったがね…なに、心労のかさむこの仕事だ…その位やっても罰わ当たらんだろう」
騎士は…道具ではない筈だ…それなのに、コイツは!
「神も、私を賛美していいほどだと思わんかね?なぜなら、崩壊寸前の国を此処まで立て直したのだからな!」
俺は…一体今まで何のために…
「フォーゲル様…何故です!俺はこの国の為に!」
俺が言葉を言い終わらない内に。
「ハハハッ…見上げた愛国心だ…そう、この国から愛国心が無くなる事は無い…」

その言葉の後一拍置いて

「しかし…『本当』に国の事を思っている…『愛国者』は誰だろうな…ハハハッ!」

俺はその場に…文字通り崩れ去った。
恐らく『呪縛』の魔法を使われたんだろう。

「衛兵!」

身体が動かない…クソッ!
この計画は、国の奥深くまで浸透している…終わる事のない報復の連鎖。
この鎖を断ち切るすべは…今の俺には無い。
どうしようも出来ない…敗北だ…完膚なきまでの。

「牢へ入れておけ…」

衛兵に持ち上げられる…俺は最後の気力を振り絞り…

「何 故 な の で す っ!フォーゲル騎士団長!!!!」
俺は涙交じりの叫びで騎士団長に問いかけた。
しかし、問いに答えは返ってくる事は、無かった。





"騎士とは戦争の為に集められた存在…"

違う…

"戦争で死のうとも…それが本望なのではないかね?"

違う・・・・・

"この国から愛国心が無くなる事は無い…"

俺がこの国に描いていた理想は…

"『本当』にこの国の事を思っている…『愛国者』は誰だろうな…"

こんな物じゃ無かった筈だっ…!

"牢へ入れておけ!"

何故なのです!フォーゲル騎士団長!!!!

何度も…何度も、あの場面がフラッシュバックされる。
此処は、騎士団の牢の中…丈夫な鉄格子。
石造りの壁や床は、初春の気候で鉄のように冷たく感じる。
窓はあるが、窓にも鉄格子がはまっており、脱獄は不可能な位置にある。
月明かりが差し込み…床をさらに冷たく感じさせるコントラストになっている。
壁に背中を寄りかからせて、座り込んでいる俺。
もはや逃げようと思う事もしない。
戦争はもう止まる事は無い…況してや、互いの合意の上で行われる戦争。
下々の兵士は踊らされるがまま…この終わりのない報復の連鎖に身を投じている。
…そんなこと誰よりも分かっている…当事者だからな。
しかし、そんな事はもう関係ない。
俺は恐らく明日処刑されるだろう…国家反逆罪…これが妥当な刑だろうな。
俺は国の為に…この国の平和の為に此処までやってきた。
もうこんな事も如何でもいい…。
俺は死ぬんだからな。

「ハインケイル…」

幻聴まで聞こえたんだろう…イーフェの声だ。
アイツが此処に来れる筈ない…監守も居る…。
しかし目を開いてみると確かにイーフェの姿があった。
「話し…聞いてたのですよ…」
地獄耳か…はたまたもうすでに街に話が流れているのか…
「今の俺は…さぞかし滑稽に見えるだろうな!」
叫び…心からの叫びだった。
祖国に尽し…平和の為に尽した結果が祖国に裏切られて…死刑を迎えようとしてるんだからな。
これを滑稽と言わず、何を見て滑稽と言うのか。
「そんなことないのですっ!…なんて言ったらいいか…その…」
言葉を選んでいる…慰めなんて不要なんだ。
「街に噂が流れてるのか…恐らく俺は公開処刑になるだろうな」
俺を罪人として扱って、世論へアピールか…面白い!笑える話だ。
「お前も見に来るといい!さぞかし面白いショーになること間違いなしだ!」
半ばやけくそだった…
「いっその事俺を喰らうといい!土の肥料になるよりはっ!」

バチン――――――

一瞬の出来事だった…頬から熱が広がる。
恐らく特大の平手打ちを食らったんだろう。
じんじんと痛みが伝わってくる。
俺は…俺は…何を言ってるんだ…くそっ!
何で俺は…関係の無いイーフェにあたってしまったんだ!
その痛みに我に返った…
「イーフェ!」
しかしその声に帰ってくる言葉は無い。
やはり幻聴だったのだろうか…いやこの痛みは本物か。
「魔物に見捨てられた男…か」
そんな事を、誰も居ない牢の中に呟いた。
俺は明日処刑される…これは、紛れもない現実で。
逃げる事は不可能なんだろう。
夢で有れば良い…そんな願い届く筈もない。
でも…出来る事なら…
「生きてぇ…よなぁ…」
涙交じりの声でそう呟いた。
聞こえるのは虫の鳴き声…そしてやる気のない監守のイビキだけだった。




ねぇ母様…ドラゴンはそのあとどうなったの?

「この後の話はとっても怖い話よ…」

だいじょうぶ!

「そぉね…ハインケイルはもう5つだもんね…続きの話をしましょう」
「ドラゴンはその後、何百年も人々を守り続けましたが…ある時、この地方に別々の考えをもつ王が2人現れました
その時、人々の争いが始まったのです…」

母様…それで?

「ドラゴンは争う人々に嘆き…激怒しました」
「ドラゴンは王を招き話し合いをしました…しかし、それでも人々は争う事をやめません…激怒したドラゴンは人々を見境無しに
殺し始めたのです…」

……………………

「人々は争いを止めましたが…もうドラゴンの怒りを止める事は出来ません」
「その時!勇者フェルデランスが立ちあがったのです…フェルデランスはドラゴンを次々と倒し、山へと最後の竜を追い詰めました
…最後の時、フェルデランス渾身の力を使いドラゴンを倒し…そして…力尽きました…そして、この地方に平和が戻った時でも
有ったのです」
「それ以来この地方に竜が現れなくなったのです…」

こわい…

「そうね…ハインケイル、でもこの話の本当の原因は人にあるのよ」

…?

「人々が分かり合い…争いが起きなければ、人々は死なず、ドラゴンも殺される事は無かったのよ?…本当に悪いのは人の方」

ドラゴンがかわいそう…

「ふふっ…ハインケイルは優しい子ね…そう思う事が大切なのよ…人は思う事で変われる、それを中心にして世界だって変わるのよ?」

すごい…!

「ハインケイルは、この世界の歯車の一つ…貴方が正しい事をすれば、この世界も正しい方へと回り始めるわ…そうすれば争いの無い
平和な世界が訪れる筈よ?人々にも…そしてドラゴンにもね」

母様!ボク、おおきくなったら…かならずこの国を…へいわな良い国にしてみせる!

「そうね…ハインケイルは偉いわ…きっと…いえ、必ず出来るわ…さぁ…もう寝なさい…」

はぁ〜い、母様

「おやすみなさい…ハインケイル…」




夢を見た…俺が6つの時に死んだ母様の夢
ナジェージダ=ドラコーンの話…今思い出した。
母様は…この話を通して、人々が如何すれば良いかを、教えてくれたんだ。
恐怖と言うのは…一番印象に残るんだろうな。
『ドラゴン』は恐ろしい者、強大な力をもつ者…と言うのは、この話から植えつけられたものだ。
しかし、実際に出会ったイーフェは、人も殺める事は無く…寧ろ友好的と言っていいほどだ。
…アイツだけなのかもしれないが、ドラゴンは必ずしも悪と言う訳ではない。
それにしても、人って言うのは楽観的に出来てるのだろうな…こんな窮地…いや死の瀬戸際に立ってまで。
安眠して…しかも夢まで見れるのだから。
牢の窓から光が差し込んできた、時刻にして恐らく6時程だろう。
「監守よ…せめてもの情けで…執行時間教えてくれないか?」
俺より早く起きていただろう看守に問いかけてみた。
最初は頑なに口を瞑っていた監守だったが…情に流されたんだろう。
「9時…と聞いた…公開処刑らしいな」
やっぱりそうか…民衆の眼の前で俺は殺される。
反逆者としてだ。
「そうか…ありがとうよ」
母様…どうやら思ったより早く、母様のもとに行けるみたいですよ。
世論の眼を戦争に向ける為のショーか…まぁ最期までこの国の為に尽くせるのなら本望だろう。
こんなクソな国でも…自分の祖国なのだから。
そう考えたら…少しはマシか…。


時が過ぎるのは早い物である…牢に入ってきたのは二人の巨漢…恐らく執行人なのだろう。
フォーゲルは、俺を逃がすつもりはないらしい…足枷をされ、手枷もされた…準備万端『死刑囚』の出来上がりだ。
首に輪をはめられ…繋いである鎖を巨漢の一人が握っている。
俺は犬じゃないっつーの…冗談さえ考えられる俺自身に驚いている訳だが…。
俺は牢を出た…この世界も見納めか…そんなことすら考えだした。
今まで起きた事が頭をよぎる。
イーフェとの出会い…話し…笑い…これが走馬灯とか言うんだろうな。
しかし、頭に過るのは、古い話ではない、意外と古い話ってのは出てこないもんだな。
…恐らく、ここ数日が俺の最高にして最期の『楽しい日々』だったと思うと、苦笑してしまう。
屋内から出る…騎士団の広場に見えるのが今日の会場…そんなに楽しい物ではないだろうが…大勢の人がいる。
俺も人気者になった者だな。
国を裏切った者の最後を見ようと集まったのだろう…物好きが多いもんだ。
台へと上がる。
そこにはフォーゲルともう一人、剣をもった巨漢がいる、顔は麻袋に包まれている。
持っている剣は150cmほどあるだろうか。
刀身は黒光りし…若干の錆び、恐らく様々な科人の血を浴びてきたのだろう。
俺は跪かされ、手を柱に縛られた。
俺の隣には、フォーゲルと、輝く剣…その刀身には。

Wan Ich Das Schwert thue Auffheben So Wunsch Ich Dem Sunder Das Ewige Leben

『この剣を振り上げし時、我は科人に永久の生を祈らん』…か、洒落た言葉を彫るじゃないか。
せめて、一撃で逝かせて欲しい物だ…苦痛は勘弁願いたいからな。
民衆の目線が突き刺さるかのよう…常人ならこれだけで死ねるんじゃないかと思うほどだ。
「この者は!国家を脅かす重大な反逆者だ!」
フォーゲルの演説が始まった…テンプレート通りのセリフ、面白くもない。
「この国の深部まで敵国の軍を導き…多くの者の命を奪った!」
どうやら俺はスパイという設定らしい。
「よってこの者を!死刑に処す!」
さて…演説が終わったようだ。
麻袋の男に動きがあった、剣を俺の首元に突き付けている。
フォーゲルは俺の耳元で
「ハインケイル…実に無様だな、あそこで死んでいれば…英雄となれただろうに、まぁいい…最期まで国のために尽くすことはっ!?」

ド――――――ン

なんだ!?
轟音…まるで空気を揺るがすようなその音は、俺の耳を劈いた。
その後、熱風…何が起こったのか?
俺はあたりを探した、後方にある武器庫が燃えている。
おそらく中の火薬に誘爆したのだろう…火種もないのに何故?
「魔物だ!魔物がいるぞ――!」
魔物?まさか!?
炎の中に影が見える…そのシルエットを俺は知っている。
徐々に姿が鮮明になっていく…白銀の髪…翡翠の様な鱗…そうあれは…
「イーフェ…?」
イーフェだ、その姿は、紛れもなくあいつの物。
しかし、いつもと違う…あれは、子供のころ呼んでもらった絵本に描いてあったドラゴンその物。
その姿は、神々しくも見え…邪悪にも見える。
「何をやっている!さっさと殺せ!」
フォーゲルが慌てるのも無理はない。
なぜなら首都の中に、魔物が居るのだから…それが下級の魔物ならまだしもドラゴンなのだから。
イーフェを大勢の兵が取り囲む…今騎士団で動かせる者総動員…その数約30人
幾らドラゴンでもこの人数を相手にできる訳がない。
くそっ!体さえ動けば!
イーフェ!!
「下衆共め…我をイーフェ・ナジェージダ=ドラコーンと知っての狼藉か…?」
ナジェージダ=ドラコーン…まさか、イーフェがそれだというのか!?
重々しい雰囲気…明らかにイーフェが作り出しているものだ。
「如何した?我に傷一つ付けれんのか…ふふっ…ハッハッハッ!」
屈強な騎士が、この空気に圧倒され、剣を引き抜くものの誰も斬りかかれない。
それを知ってか、勝利を確信したかのような笑いを上げるイーフェ。
「剣を収めろ…無意味な争いは好ましくない…」
明らかに出会ったときと違う…何か悪いものでも食ったのだろうか…?
冗談じゃなく、そう思うしか説明がつかないような変わり様なのだ。
ナジェージダ=ドラコーンと言うのも強ち間違いじゃないのかもしれない。
「今一度…問おう!剣を収めぬか?…」
騎士たちは動けずにいる物の、剣を収めようとする者は一人も居ない。
命令に忠実…流石、訓練の賜と言っていいだろう。
「そうか…では、こちらから行かせて貰うぞ」
そういってイーフェは、手を天に突き上げた。
それと同時に、手のひらに火が灯る…あの焚火の火のようにやさしい炎ではない。
冷たい炎…まるで良く研ぎ澄まされた刃の様な冷たさであると同時に、哀しくも見える。
「はっ!」
ドン―――――――
まるで地面が割れるんじゃないかと思うほど、強く手のひらを地面に突き立てた。
それと同時に地面に大きな魔法陣が形成される…下級の魔法なら見たことがあるが、こんな大きな魔法陣…見たことはない。
囲まれた兵士を全て包み込むほどの巨大な魔法陣…それが青白く輝く!


………………何も起きない


失敗…したのか?
「ハハハッ!驚かせおって!何も起きんではないか!」
フォーゲルが喚いている…やはり魔法は失敗したのだろうか?
しかし…騎士たちを見てみると、様子がおかしい。
全員ガクガクと震えている…一体何が起きておるというのだ!?
「うっ…ウガアアオアオアアォァァオアオアオッァ!」
奇声、騎士の一人がとても声で表せないような奇声を上げる。
「炎が!誰か!みっ水!!!この火を消してくれ!!!」
別の騎士も奇声を上げ始めた…。
炎?何の事を言っているんだ?
「熱い!熱い!熱い!誰かぁアぁああ!」
ほとんどの騎士が倒れこむか、転げまわっている…まさか、これは幻術の部類か?
幻術は基本的に捕虜確保や相手を傷つけてはいけない場合に使用され魔法だ。
そのほとんどは、単体にかけるものなのだが…之は違う。
集団が同じ幻覚を見ている…つまり集団幻覚を見せる幻術なのだ。
高位の術者でもこんな魔法は使えないだろう、無論俺も見たことがない。
一瞬のうちに30人の騎士を使い物に出来なくするイーフェの力。
ドラゴンの力はやはり恐ろしい。
全員が倒れるのを見届けると立ち上がり、大きく跳躍して俺の縛りつけられている台に上ってきた。
「ハインケイル…助けに来たのですよ」
いつもの笑顔に戻るイーフェ…これが、俺の知っているイーフェだ。
「いま、外すのですよ…」
手を拘束具にかざす、光と共にカチャという音がし体が自由になる。
解錠魔法だろう…俺の縄や足枷はいつの間にか外れていた。
「まさか…あんな事を言ったのに助けてくれるとは思わなかった…」
「金貨…全部使っちゃったのですよ…そのお礼みたいなものなのです」
金貨一枚で普通の家庭なら一週間は食っていけるというのに…まさか全部使うとは俺も思わなかった。
しかし…まぁ
「だいぶ大きな利子を付けちまったな…」
俺の命を金貨一枚で助けてくれるか…そんなつもりであの金を渡した訳じゃないのにな。
「ほとんどは、私の良心なのですよ…偽善と思ってくれても構わないのです…」
そう言って頬笑みを返すイーフェ。
「あの騎士たちは?」
「大丈夫なのです…誰も殺していないのですよ、そこにいる下衆な人間とは一緒にしないでほしいのです」
そう言ってフォーゲルの方を睨むイーフェ…その顔は明らかに友好的な態度ではない。
「貴様!まさか本当に異端の部類かっ!」
まぁそう思われても仕方がない、ドラゴンとこんなにも仲睦まじく話しているわけだからな。
そう言ってフォーゲルは剣を引き抜く、殺意が伝わってくる…それに気付いたのかイーフェはフォーゲルの方を向く。
「人間…いやお前はゴミだな…存在している価値もない」
イーフェの口調が変わる、之はさっきの物とも違い完全な殺意むき出しの怒号
フォーゲルは勝つ気でいるらしいがそんなの無理だ…さっきの騎士の惨状を見ればわかる。
「魔物風情があぁぁああ!」
フォーゲルが斬りかかる、素晴らしい太刀捌きだ…対陣している相手が、人間ならの話だが。
イーフェが手をかざす、それと同時にまるで剣が砂のように崩れていく。
文字通り砂鉄の状態だ、攻撃は空振りに終わり、その攻撃に全体重を掛けていたのか、バランスを崩しフォーゲルは倒れこむ。
勝負は決した、フォーゲルの負けだ…イーフェは自らの鋭い爪を天高く振り上げとどめを入れようとする。
俺は!
「イーフェ!やめろ!」
フォーゲルののど元寸前のところで爪が止まる。
フォーゲルの首から血が垂れる…深い傷ではないようだ
もしこれが確実にヒットしていたのなら、間違いなくフォーゲルに命はないだろう。
「何故止める!コイツは、お前を殺そうとしたのだぞ!」
イーフェは俺を睨みつける…それと同時に俺に重圧がかかる。
之は、さっきの騎士が受けていた者だろう…動けなくなるのも頷ける。
やっとの思いで口を開き、言葉を放った。
「お前が、人殺しになる必要はない…」
そう、イーフェにはその手を汚してほしくはなかった…そんな事をしたらこいつと同じだから。
「ハインケイル…」
俺は立ち上がり、フォーゲルの方へと歩く。
イーフェはその場所を退き、俺に立ち位置を譲った。
フォーゲルはその場所に座り込んだまま腰が抜けたのかまったく動けなくいる。
おまけに失禁までしている…無様な格好だ。
命乞いをしているような眼…その目は俺を蔑んでいるようにも見える。
俺はフォーゲルが腰に差している短剣をそっと抜き、逆手に持ちかえ…そして!

ドン―――――

フォーゲルの目の前の床に突き刺した。
「騎士団長…貴様は殺す価値にも値しない!……しかし、これだけは言っておく…長続きはしない!」
殺す勇気が無かった…と言ったら、そこまでだろうが。
こいつを殺した事で、戦争は終わるだろうか?
それは違う、この国の中枢に深く浸透している、もちろん敵国も計画の仕掛け人だ…この計画は…もはや防ぎようがない。
根が腐った植物は枯れる運命にある…
この国は、俺の力ではどうしようもない状況だ。
しかし民衆がもし戦争を拒むならきっと。
「イーフェ…行こう」
俺はイーフェに問いかけるとイーフェは笑顔で返してくれた。





空間転移魔法を使ったのだろう、俺はいつの間にか首都の外にいた。
「ハインケイルは…優しすぎるのですよ」
そう思われても仕方がない、無実の罪を着せられて死刑に処されそうになった。
チャンスがあればその指導者を殺してやりたい…誰もそう思うだろう。
俺も一瞬その事を考えた。
「殺す価値にも値しないさ…俺は戦場で多くの命を奪ってきた…もう、殺したくは無かった」
俺は、計画に踊らされていたとはいえ、多くの命を奪ってきた。
それは償っても償いきれないだろう。
だからこそ、これ以上自ら報復の連鎖を作ってはいけない…そう思った。
真実を知らない者にとっては、フォーゲルが死ねば悲しむ者だっているだろう。
これがまた新たな報復を生む…これが戦争なのだ。
「さて、イーフェ…これからどうするつもりだ?」
俺はイーフェに問いかける、俺はもちろん首都には帰れないし、行き場を考えるつもりだ
「分からないのですよ…でも何処かぶらぶらと生きていくのですよ!」
なんかまたドラゴンらしからぬ言動を発している訳だが。
「まぁ…その…なんだ、俺は、お前に借りを返し切っていない訳だ…だから、付いて来てくれないか?」
こんなに素直に物が言えたのか…俺自身がびっくりしている。
「いいのですかっ!喜んでなのですっ!」
イーフェはジャンプして喜んでいる。
もちろん、俺も嬉しい…イーフェは俺の命の恩人でもあり…最高の友人だ。
「まずは、この国を抜けようと思っている…どっちにしろこの国には、居れないしな…さて何処かで装備を…金はないし…如何するか」
「それなら大丈夫なのです!ハインケイルの家から使えそうなもの持ってきたのですよ!」
…まさか、ここまで手をまわしてくれてるとは思わなかった。
持ってきてくれていたのは、昔使っていた剣と短剣…マントが2セット、干し肉が少量、銀貨袋…俺のヘソクリを見つけ出すとは…。
干し肉は腐っていてしょうがないとして…これだけあれば、国境を越えることはできるな。
「流石としか言いようがないな…感謝してる」
頭を深々と下げて俺は礼を言った。
「改まらなくていいのですよ〜」
ははっ…それもそうだな…さて
「いきますかね!」
「ハイなのです!」




それから暫く経って聞いたのだが…祖国のデルウェーヴェは、国民の反戦主義者達によって今の政権が崩壊し、新政権が樹立された。
それと同時に戦争が終わった、あの地方にも平和…かどうかは分からないが…争いは終わった。
何時だってこの世界を動かすのは国の思惑ではなく、人の想いなのだと。
歯車の回り方は日々変わっている。
俺はイーフェと出会って、歯車の動きが変わったと、そう確信した。
俺は今、国境付近を荷馬車に乗って移動している…もうそろそろこの国ともおさらばだ。
「なぁ…イーフェありがとうな」
「…良く分からないのです…でも気持ちは貰っとくのです!」
俺は、そんな事を考えていると何となく、礼が言いたくなった。
「ところで…何でナジェージダ=ドラコーンって事を黙っていたんだ?」
聞くに聞けなかった疑問を、この際聞いておこうと思った俺は、イーフェに疑問をぶつけた。
「ハインケイルがあの夜、あの話をするからいけないのです…嫌われると思ったのですよ…」
そんな事か…まぁ確かにあの時点でナジェージダ=ドラコーンなんて聞いたら…俺は逃げていたかもな。
「で…何処まで俺にウソついてるんだ?」
この話からすると、恐らく巣を追い出された―とか、引き籠り―とかの件は無かった事なんじゃないか?
「巣から追い出されたのは、本当なのですよ!」
マジだったのか…伝説の竜の末裔が…ご先祖様はきっと泣いているに違いない。
「しかし…あの民間伝承は何処まで本当なのかねぇ」
イーフェがナジェージダ=ドラコーンだとしたら…この民間伝承には誤りがある。
何せこの地方に、ドラゴンが居るのだからな。
「私の先祖は、確かに人々を守って崇められていたのですよ!…でも、いつの日か大勢の人が退治しに来たと聞いたのです」
と言う事は、教会がこの地方でのドラゴン信仰を少しでも遠ざける為、相当昔に偽の話しを作った…って所だろうな。
俺が物心ついた時にはすでに、神を信仰していたからな…少なくともそれより前だ。
どっちにしろ教会のやりそうな事だ。
「…もちろんドラゴンが負ける訳無いのですよ…でも、元々争うを好まなかった祖先は、人から隠れるように暮らすように
なったらしいのですよ」
人々の前に、滅多に現れる事は無い…だからドラゴンについての多くの伝説が生まれる訳か。
「ハインケイルー!」
「どうした?」
「お腹すいたのですよ!」
「フッ…そうだな!何かうまいものでも食うか!」
何時も通りのやり取り、この瞬間こそが俺にとっての平和であり幸せ。
不変な物なんてない、世界は日々動いている。
希望的観測かもしれないが、きっと良い方向へと向かっているに違いない。
俺はそう思いたい。
そして人の想いこそが、世界を良い方向へと動かす力のだと。
俺はそう信じたい。

そして、今日も『歯車』は廻る。

To Be Continued?

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人生初小説です、読みにくかったらすみません!
少しでも楽しんで頂けたら光栄です^^
ちなみに、ナジェージダ=ドラコーンとは、ロシア語で希望+竜の造語です
ロシア語にはわしくないのであっているかわかりませんが;
他の投稿者様に比べれば雑ですが、これからも書いていければナァとおもっています!
ご閲覧ありがとうございました!

10/12/05 00:24 ソーラク

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