読切小説
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『水辺の娘と深い藍』
『水辺の娘と深い藍』

 がさがさと音を立てながら、俺は足を進める。茂みは深く、びっしりと密生している草はまるで緑のカーテンのようだ。眼前は全て直立する細く長い葉に覆われ、わずか一歩先すら見えない。足下に注意を払いながら、一歩一歩、地面の感触を確かめつつ進む。
「よ……っと。……お」
 手を切らないように注意しつつ、青々とした草が絡み合うような茂みをかき分けると、ようやく目的の場所が姿を現す。
 そこは、深い青色の水が穏やかに流れる、幅の広い川だった。流れが作るわずかな波紋を浮かべた水面が陽光を反射し、星屑のように煌く。
「ふぅ……っ」
目の前に広がる光景にわずかな感動と、到達の達成感を得つつ、俺は息を吐き出す。
草の群生する土手を抜け、俺は川べりへと足を進めた。突如現れた人間に静寂を破られ、驚いた水鳥たちが水面から飛び立つ。その姿が空へと消えた後も、しばしの間、ざわめきが周囲に木霊していた。
「さて、と」
 俺は肩に掛けていた道具袋を地面に下ろし、辺りの景色を眺める。川はゆるやかに蛇行しながら、遠く先にまで続いている。俺が今立つ川べりには様々な草が生い茂り、緑色の絨毯を敷いていた。
一歩、川に近づく。と、俺の視線の端、深い青色をした水面の一点に、すうっと黒い影が浮かび上がった。
しばし川の中ほどに漂っていた影だったが、俺がそちらに意識を向けると、相手もこちらに気付いたらしくゆっくりと動き始めた。影は川岸に立つ俺の方に向かって、音もなく近づいてくる。
「……」
俺が無言でその動きを見守っている間に、川岸のすぐ側までやってきた影は一度動きを止める。そしてほとんど間をおかず、小さな水音と共に水面が盛り上がった。小さな水音と共にしぶきが上がり、空中に輝く。
俺の見つめる先、水面から姿を現したのは、幼さを感じさせる少女の顔。濃紺の髪はしっとりと濡れ、綺麗にそろった前髪からは水滴が滴り続けている。こんな所で泳いでいるということや、少女の可憐な容貌以上に、左頬に浮かぶ不思議な紋様と人間ならば耳に当たる部分から生える大きな青いひれが目を引く。その姿は、人間ではありえない。
半人半魚の少女――サハギン。
魔物と呼ばれる、この世界に存在する人ならざるもの。彼女はその中の種の一つだ。人の身体に魚とも水棲生物とも似た特徴を持つ異形の体は知らぬものなら恐怖を感じるのかもしれないが、この川に棲む彼女と俺の付き合いはもう結構な長さになるため、お互い今更驚きも怖がりもしない。
こちらの視線を受けながらたゆたう少女の黄金色の瞳が、川辺に立つ俺の顔を見つめる。
「よう」
片手を上げて挨拶するも、少女の顔はいつも通りの無表情。だが、ひれがわずかに動いたのをみると、こちらの声は聞こえているようだ。
この少女に限らず、サハギンという魔物は総じて感情を表に出すことが少なく、言葉を発すること自体も珍しいのだという。もっとも、俺に気付いて姿を見せたことからも分かるように、人間に対してまったく関心がないというわけではないようだが。
サハギンの少女は視線を外すことなく、じっとこちらの顔を注視している。それになんだか気恥ずかしくなった俺はわずかに苦笑を漏らし、頭をかいた。
「相変わらずだな。ま、元気そうで何より」
 俺の言葉にぱちぱちと瞬きをするサハギンの少女。その仕草がなんだかおかしくて、小さく笑った俺に、彼女は川面に浮かんだまま、小首を傾げるのだった。

・・・・・・・・・・・・

「さて」
 言葉と共に気持ちを切り替えると、俺は地面に置いた袋を開け、その中からいくつかの道具を取り出す。既に袋からその姿を露にしていた細長い棒――釣竿に、浮き。そして餌の入った小さな入れ物。
 興味を惹かれたのか、俺のすぐ近くの水面に浮かぶサハギンの少女がこちらに視線を向ける。彼女の視線を感じつつ、俺は作業を続けた。
 竿先から延びる糸に浮きと針を付け、餌入れから小さく白い芋虫のような生き物を一匹つまみ上げると、湾曲した針の先に刺す。糸を軽く引っ張り、外れないようにしっかりと結ばれていることを確認すると、俺は満足感に小さく頷いた。
 数分と経たず準備を済ました俺は、川面を眺める。俺の家がある村からそれほど離れてはいない場所だが、ほとんど人の手は入っておらず、訪れるような物好きも俺くらいだ。
まあ、何か用事でもない限り、あれやこれやと危険も多い村の外に出ること自体、多くの人間はすることもないのが普通なのだが。
「ふぅ……っ」
穏やかな風が横切り、暖かな空気が全身を包み込むここは、佇んでいるだけでも癒されていくような気がする。
 とはいえ、俺の目的は景色を楽しむことではない。ここに釣りにやってきた目的の半分は趣味だが、残りの半分は食材を得るためという実益を兼ねているのだ。一匹も釣れなければ、当然食事は抜きということになってしまう。
「そんなわけだから、頑張って釣らないとな」
 俺は自分に言い聞かせ、よし、と気合を入れる。その横でサハギンは岸辺に手を付き、水から岸に躍り上がった。先ほどより大きな水音と共に、しぶきが舞い上がる。
「ん? どうした?」
 その問いには答えず、ふるるっ、と身体を震わせ水滴を弾き飛ばすと、サハギンは俺の元へと歩いてくる。どうやら、俺の釣りを隣で眺めるつもりらしい。
「まあ、いいけどな。に、しても」
 つい、傍らにやってきたサハギンに目が行ってしまう。陸に上がると、彼女の異形の身体は否応無しに目立つのだ。長い指の間には水かきが存在し、蒼くつややかな表面の手足には、大きなひれが生えている。そして腰からは揺れるしっぽが伸び、水滴を滴らせていた。
 さらには彼女の胴体を覆う奇妙な衣装のようなもの――正確には皮膚が変化した鱗の一種らしい――が、水に濡れて妖しい艶を見せる。幼い顔立ち、俺よりも頭一つは小さな身長からもわかる通り、サハギンの少女の体つきはお世辞にも凹凸に恵まれているとは言い難い。
が、彼女の体を覆う濃紺の鱗は、未成熟な身体に妙に似合っているように思えた。
「っと」
 その光景に一瞬、心臓が強く鳴ったのを無理やり意識から締め出すと、俺は川へと視線を動かし、魚のいそうな場所を探した。いくつかの場所にあたりをつけ、そのうちの一つをまず初めに攻めることにする。
「よいしょっと」
 岸辺に転がる手ごろな岩を腰掛と定めて座り、釣竿を振り、川面に糸を垂らす。小さな音と共に水面に波紋が広がり、やがて消えていく。
 いつの間にか俺の隣に腰を降ろしていたサハギンと共に、その光景をぼんやりと眺める。
 特に何をするでもなく、俺は釣竿を手に、しばし待つ。風が湖面を撫でるたびに鏡のような水面に波紋が現れて糸がゆれ、耳には水が流れる音と、木々の枝が揺れる音が届く。
 そのまま随分と待ってみたものの、当たりが来る気配すらない。竿を上げて針の先を見ると、ふやけた餌がくっついたままだった。
「う〜ん? 魚がいないわけじゃなさそうだけどなあ」
 唸り、俺は先ほど糸を垂らしていた辺りを睨む。隣ではサハギンの少女が瞬きをしながら、小首をかしげていた。
「ま、釣りの極意は忍耐だしな」
 自分自身をなだめるように言い、針に新しい餌を付け直し、再び川に投げ入れる。放物線を描いて飛んでいく針をサハギンと共に目で追い、着水すると同時に岩に腰を下ろす。
それからはまた先ほどと同じく、しばし水面を見つめて魚がかかるのを待つ。
が、浮きはぴくりとも動きはしなかった。
「釣れねーなあ」
 流石に当たりすら来ないと退屈になるもので、ふぁ、と大きなあくびが漏れる。
少しでも気を紛らわせようと、先ほどから変わらず俺の隣に座るサハギンに目を向ける。俺の視線を受けた彼女は、相変わらず何を考えているのか読み取れない無表情で、顔をこちらに動かした。
「飽きないか?」
 こちらに顔を向け、何が?と問うかのように目を瞬かせるサハギンの少女。ぴたん、ぴたんと地面を叩き、ゆっくり振られる尻尾の動きから察するに、彼女はこの状況にも案外退屈していないようだ。
「ま。退屈じゃないならいいけどさ」
 苦笑する俺に、サハギンは首をかしげる。いつの間にか彼女の髪もすっかり乾いてしまっており、照りつける日差しのせいで、服のように見える鱗も水気を失ってしまっていた。
 不意に心配になって、俺はサハギンの顔を覗き込む。
「暑くないか? 大丈夫か?」
 俺の問いかけにこくんと頷く少女。無表情ではあるものの、そこに苦しげな様子や無理をしているような色はなかったので、本当に大丈夫なのだろう。俺は内心、安堵に胸をなでおろす。
「別に無理して付き合うことはないんだからな。辛くなったら、すぐに水の中に入れよ?」
 念押しする俺に、サハギンは再度頷く。
 と、不意に俺から視線を外したサハギンが、川の方を指さした。
「どうした?」
 彼女の指す先に目をやると、固定しておいた竿から伸びる糸の先、水面に漂う浮きが激しく浮き沈みを繰り返しているのが見えた。
「おわっと!」
 慌てて竿に飛びつき、背を反らせて合わせる。びん、と糸が張り詰め、空気が揺れる。
「でかいぞ、これは!」
 姿を見るまでもなくその大きさを感じさせる手ごたえに、俺は緊張と興奮に染まった声を上げた。竿ごと水中に引き込もうとするかのような猛烈な引っ張りに、脚を踏ん張って抵抗する。今日初めての当たりに、隣のサハギンも無表情ながら興味津々といった様子で岸辺から身を乗り出し、糸の先を注視していた。
「ぬ、ぎぎぎ……」
 竿を大きくしならせ、俺は食いしばった歯の間から唸りをあげながらじりじりと後退していく。しかしかかった魚も簡単には釣られまいとするかのようにぐいぐいと糸を引き続け、まるで諦める様子は無かった。
 だが、この綱引きはわずかに俺の方に分があるようだった。しっかりと踏ん張った足をじりじりと後退させるにつれ、少しずつ、少しずつ、針にかかった獲物を水面へと近づけていく。
 瞬き一つせず、サハギンが見つめる先、はじめはぼんやりと小さな影が川面に浮かび上がり、やがてその色が濃く、大きくなっていく。ほとんど水面すれすれにまで引き上げられてきているのだろう、時折激しい水しぶきが上がっている。
「う、りゃああああ……っ!」
 俺は気合と共に叫ぶと、全力を込めて一際強く竿をしゃくり上げた。その瞬間、水面が大きく盛り上がり、巨大な魚が空中へ飛び出す。測るまでもなく、今まで釣った中でも最大級の魚だろう。
「よっしゃ、あっ!?」
 だが竿を握ったままの俺が歓声を上げたのもつかの間、魚が虚空で大きく身体を翻らせるのと同時に、竿と魚を繋げる糸がぶちんと切れてしまった。俺とサハギンの視線が追う先で、そのまま川面へと落ちた魚は再び大きな水しぶきを上げる。
一瞬何が起こったのか理解できずにいる俺の眼前で、魚は再び水中へと消えていく。慌てて水際に駆け寄ったものの時既に遅く、俺に出来るのは乱れた波紋が岸へと押し寄せるのをただ見つめることだけだった。
「あ、あああ……」
 脱力し、その場に力なくくず折れる。傍らではサハギンの少女が小さく口を開け、泡が浮かぶ水面を見つめている。
「ああぁ……」
 未練がましく声を漏らしてみた所で、逃がした魚が戻ってくるはずもなく、やがて波紋も消え、辺りは先ほどまでの死闘が嘘のように静まり返っていく。
 と、そんな静けさを破るようにぐう、と俺のお腹が音を立てた。俺とサハギンの視線が同時にお腹へと移る。
 そういえば家を出た後は何も食べていない。見上げれば空に輝く太陽は既に中天を通り過ぎようとしており、いつの間にか随分と時間が経っていたようだった。
「参ったな」
いくらなんでも魚の一匹くらいは釣れるだろうと踏んでいたのだが、すっかり予定が狂ってしまった。このままだと夕食のおかずはおろか、昼の分すら手に入れられるか危うい。
そんな俺の様子を見ていたサハギンの少女が、くいくいと俺の袖を引く。ほんのわずか斜めに下がった眉の下、揺れる金色の瞳は俺のことを案じてくれているようだった。
「大丈夫大丈夫、すぐにたくさん釣ってみせるさ」
強がりを言う俺にちょっとだけ眉を寄せていたサハギンの少女だったが、何か閃いたらしく、彼女はすっと立ち上がると水辺に向かって歩き出す。何をするつもりかと思いながら見守る先で、水に飛び込んだサハギンはすうっと川の中ほどまで泳いで行き、とぷんという音と共にその姿を水中に消した。
「……」
 俺が無言で立ち尽くしているとすぐに水面が盛り上がり、サハギンの少女が顔を出した。彼女は水面から頭だけを出したまま、俺の立つ川岸まで音もなく泳いで戻ってくる。
 いまいち彼女の意図するところが分からず、ただその行動を見守る俺の前でサハギンは岸辺に上がる。濡れた髪から水を滴らせ、こちらに歩いてくる。
そこでようやく、俺は彼女が何かを握っていることに気付いた。
 鋭く尖らせた石を動物の骨か何かに皮の紐でしっかりと括りつけた道具。銛だ。どうやら彼女お手製のその銛は随分と使い込まれているらしく、無数の傷や補修の跡が見える。
そして手にした銛の先には、大きな魚がその身を躍らせていた。先ほど俺が逃がした魚と比べても、勝るとも劣らない。
「え、えっと……」
戸惑う俺に対し、心なしか誇らしげな表情を浮かべ、サハギンの少女は銛から外した魚を掴んでこちらに差し出す。
少女の顔と暴れる魚に視線を行き来させ、俺は尋ねる。
「受け取れ、って? その魚をくれるのか?」
どうやら正解らしい。わずかに頷き、嬉しそうに目を細める。
「ん、ありがとう」
 そう言って軽く頭を下げ、サハギンの少女から魚を受け取る。一尾でも魚籠に入りきらないほどの大きさの魚を眺め、改めて彼女の腕に感心する。
「流石だよなあ」
 そんなことをしている間にも、サハギンの少女は踵を返し再び水の中へ入っていこうとしていた。銛を手に、静かに水中へと潜っていく。
俺が目を向けると、再び銛の先に魚を捕らえたサハギンが水面から顔を出すところだった。その手際の良さには舌を巻かざるを得ない。
サハギンの少女が陸に上がり、俺に魚を手渡す。またもすぐさま水中へと向かう少女の背に、俺は苦笑と共に声をかけた。
「おーい、あんまり頑張り過ぎなくていいからなー」
 放っておいたらあの少女はこの辺りの魚を取り尽してしまいかねない。そんな俺の懸念を知ってか知らずか、既にサハギンの少女はまたもや大物を捕らえた銛を手に、水面から顔を出していた。

・・・・・・・・・・・・

「随分捕ったなあ……」
 魚籠から溢れるほどの魚を見、俺は感心半分、呆れ半分の声を出す。銛を地面に突き立て、俺の隣で同じく魚籠を覗き込むサハギンの少女の顔もどことなく誇らしげである。
まあ、さっきの調子では俺一人でこれだけの量を得ることなど出来なかっただろうし、ここは素直にサハギンの少女に感謝しておくべきだろう。少なくとも、昼食と夕食について心配する必要は無くなったのだし。余った分は干し魚にすれば、しばらくは持つだろう。
「んじゃ、昼飯にするかー」
 その言葉に頷くサハギン。俺は魚籠の中から魚を適当に三、四尾摘み上げ、先ほど腰掛代わりにしていた岩の上に並べる。続いて道具袋から小さなナイフを探し出し、魚の腹を割いて内臓を綺麗に取り出す。
 近寄ってきたサハギンの少女は、魚を捌いていく俺の手元を不思議そうな面持ちで見つめる。
「ああ、こうやって料理することはないか。いつも食うときは生か?」
 手を動かしながらそう尋ねると、彼女は視線を俺の手元に留めたまま頷く。
「だろうなあ。でも、こうして料理するともっと美味いぜ」
 内臓を取った魚の身をくねらせ、木の串に刺していく。焼き魚の準備が整うと、俺は手近な所から枝と石を集め、焚き火を起こした。小さな火種が乾いた枝葉に燃え移り、俺が息を吹きかけると見る見るうちに炎が大きくなった。それを背中越しに覗き込んでいたサハギンの少女は驚いたらしく、わずかに飛びのく。水中に暮らすサハギンにとって、炎はあまり目にすることもないのだろう。
「悪い、驚かせたか? 平気だから大丈夫」
 肩越しに振り返ってサハギンの少女に声をかけると、彼女は恐る恐るといった様子でこちらに近づいてきた。俺の背中にしがみつくようにしながら、白い煙を上げる焚き火を見つめる。
「あ、ついでにそこの魚取ってくれるか? うん、それ」
 彼女から串に刺した魚を受け取り、赤々と燃える焚き火の周りに立てていく。
「これでよし、と。後は焼けるまで待つだけだな」
 焚き火の側に腰を下ろし、時折木の枝を炎の中に投げ込む。すぐに漂いだした香ばしい匂いが鼻をくすぐり、身体は空腹を訴え続けたが焼きあがるまではじっと我慢するしかない。
「少し時間かかるからな。ちょっと待っててくれよ」
 半分は傍らのサハギンの少女に、もう半分は自分自身へと語りかけ、俺は揺れる炎を見つめる。しばらくは俺の背中にくっついていたサハギンだったが、やがて炎を見るのも飽きたのか、それとも水が恋しくなったのか、俺から離れると川に入り、岸辺へと上半身を預けた格好で静かに目を瞑った。

・・・・・・・・・・・・

 それからしばらくして。
「出来たぞー」
 俺の声に、サハギンの少女の瞼が上がる。地面に刺していた魚の串を一本取り、彼女に向けて差し出す。表面がこんがりと焼けた魚はただそれだけで食欲を誘う香りを漂わせており、その匂いに釣られてサハギンの少女も鼻をすんすんと鳴らした。
「食うだろ?」
 その言葉にこくりと頷き、半人半魚の少女は水から上がると俺の脇にちょこんと座る。
「おわ、びしょびしょじゃないか。ちょっとまってろ」
 すかさず抱きつこうとするサハギンの少女を押しとどめ、道具袋の中から取り出した布で身体を包み、拭いてやる。頬の水滴を拭う際に、サハギンの少女は気持ちよさそうに目を細め、甘えるように身体を預けた。そのままざっと拭いて身体を綺麗にしてやる。
「よし、まあこれでいいだろ」
すっかり水気を吸って湿った布を丸めて傍らに置き、少女の乱れた髪の毛を整えてやる。それにサハギンの少女は口元を緩め、いつも無表情な彼女にしては珍しく笑顔を見せた。 
少女が見せたいつもとは違う表情に、思わず俺の胸が鳴る。
「……うわ、不覚」
 一瞬で頬が熱くなったのを感じつつ、顔をそらした俺にどうしたの?というかのように小首をかしげるサハギン。視線を外したままなんでもないと言いつつ、俺は彼女に先ほど焼いた魚を渡す。
焼き魚を受け取った彼女は、しばしこちらの様子を窺うように俺の顔を見つめていたが、やがて空腹に負けたのか、異形の両手でしっかりと掴んだ魚にぱくりとかじりついた。
「どうだ?」
 ようやく落ち着きを取り戻した俺が、少女に尋ねる。彼女は答える代わりにしっぽをフリフリと揺らし、水面を叩いた。どうやらお気に召したようだ。
一心不乱に焼き魚をかじり、小さな口に含んだ身をはむはむと咀嚼するその姿は、どこか小動物めいた可愛らしさがあった。自然と微笑みながら、俺は彼女の食事風景を見つめる。
「落ち着いて食えよ。誰も取ったりしないからさ」
 言いつつ、自分の分の焼き魚を掴む。バッグから塩の入った小瓶を取り出し、魚に軽く振りかけようとした所で、俺はこちらに注がれる視線に気付いた。
「ん?」
 早くも食べてしまったのか、手を空にしたサハギンがこちらをじっと見つめていた。口の周りには焦げ付いた魚の皮が所々に付いており、まるで小さな子どものようだ。
「なんだ? もう全部食べちまったのか? 待ってな、焼きあがった別のを取ってやるから……」
 傍らの少女にそう言い、皿代わりの手近な石に置かれた魚の串に手を伸ばす。
 その瞬間、サハギンの少女が素早く動き、両手を伸ばして俺の顔をつかんだ。
「っ!?」
声を上げる間もなく振り向かされ、彼女の瞳と目が合う。間近で見る少女の顔は幼くも魅力的な女の子そのもので、俺の体温は否が応にも上がっていってしまう。頬に当たるのは人とは異なる感触の、少女の異形の手。ずっと水の中にいたためか、ひんやりとした冷たさが火照った肌に気持ちいい。
「お、い……? 何を?」
 混乱する俺にサハギンの少女は答えず、ぐっと顔を近づける。彼女の顔が焦点を合わせることすら出来ないほどに接近し、そのまま、柔らかなものが唇に触れる感触。
ほんの一瞬の接触の後、サハギンの少女は顔を離した。いつもの無表情を微かに桜に染めた顔で、上目遣いにこちらの様子を窺う。
「……え? ええ?」
 少女の顔を見返したまま、たっぷり数秒は呆けていた俺は、ようやくそれだけを発した。軽く頭を振っていまだに混乱を続ける思考をまとめ、何が起こったのかを把握しようとする。
唇の上にいまだ残る、儚くも甘い感触。彼女に口付けをされたのだと、今更ながらに動き出した頭が理解する。
彼女が俺のことを好いている――少なくとも、興味や関心をもっていることは分かっていたし、今までも言葉ではなく行動で示されてきた。抱きつかれたり、頬を摺り寄せたりされたこともあった。口づけをされたことだって、実は初めてではない。
けれど、さっきのはあまりにも不意打ちだった。混乱した頭が麻酔をかけたように俺の身体は動こうともせず、固まってしまう。
 そんな俺をじっと見つめ、サハギンの少女は両手を俺の頬に当てたまま身体にゆっくりと体重をかけ始める。抵抗する間もなく――いや、最初からそんな気は毛ほどもなかったのかもしれないが――俺は草の上に押し倒された。背中に当たる地面から、蓄えた熱が服を通して伝わり、草の匂いが鼻をくすぐる。だが何よりも、俺の上にかかる少女の驚くほど軽い体重と、陽光に温められた身体のぬくもりが俺の知覚を占めた。
 少女はあどけない顔に色濃い興奮と期待を露わにしながら、ゆっくりと俺の服を脱がせていく。異形の手を器用に動かし服の留め金を外すと、布をはだけさせる。捲り上げられた服の下の肌色が目に映ると、彼女の顔に喜びが浮かんで頬の桜色を深めた。
サハギンの少女が意図することをうっすらと察しながらも、俺はおそらく真っ赤になっているであろう顔のまま、身体の上に跨る彼女をじっと見つめることしかできない。
 その間にも少女は俺のベルトを外し、既にズボンを脱がせていた。待ちきれないというかのようにその動きはせわしなく、すぐさま下着に手をかける。微かに肌に触れた彼女の指の感触に俺が小さく震えるのに構わず、布がずらされる。
「……っ」
 自分のモノが少女の目に晒されるという羞恥に、俺の口から半ば反射的な言葉が漏れる。俺の目に映った肉棒は少女との口付け、そしてこの先の行為への期待で既に硬く勃起しており、そこから漂う濃い男の匂いが彼女の鼻をひくつかせる。
「うくっ」
 前置き無しにサハギンの少女が肉棒を掴み、思わず声が出てしまう。細い腕には不釣合いなほど大きな手が俺のモノを優しく包み込み、そっと撫でた。滑らかで艶やかな肌と敏感な皮膚が触れ合い、微弱な電流にも似た快感を走らせる。
 俺が快感に声を上げたことに気を良くしたらしいサハギンは口元をほころばせ、肉棒への愛撫を続ける。彼女の手が動くたびにその先端から見え隠れする亀頭は、既に染み出した液体で濡れ、少女の蒼い手を汚していた。べたつく液体に塗れるのにも構わず、サハギンの少女は手を動かし続ける。
言葉は発せずとも、リズミカルにくねる少女の尻尾と、何より熱を帯びたその瞳が彼女の興奮と喜びを如実に物語っていた。幼い顔に浮かぶ肉欲の色に、俺もまたつばを飲み込み、どこか背徳的な光景が興奮を高め、快感を加速する。
 そのうちに物足りなくなったらしいサハギンの少女は片手で自ら服のように見える鱗に手をかけると、肩の部分をずらす。元から皮膚より浮いていたらしい鱗はあっさりとその下の肌を露にし、色の白い肌をさらけ出した。わずかな曲線を描く胸のふくらみの先には、桜色をした小さなつぼみがつんと勃ち上がっている。彼女は希うような視線を向けると、俺の手を取り、胸へと導いた。その間にも少女の片手は休むことなく動き続け、俺の肉棒を擦り快感を与え続けている。
「触れ、って?」
 快感の波の中、俺が尋ねると少女は恥ずかしそうに目を閉じ、こくんと頷く。
 戸惑いと羞恥、そしてそれ以上に期待と興奮を感じながら、そっと手のひらがサハギンの胸に触れる。その瞬間、彼女の身体が小さく震え、瞼が一際強く閉じられた。
「大丈夫、こわくないから」
 ともすれば欲望に流されそうになる身体を抑え、こわれものを扱うようにやさしく、やさしく撫でていく。だんだんその刺激に少女も慣れてきたのか、やがて彼女の身体から緊張が抜け、俺の手が動くのに合わせて少女の開いた口からは甘く熱を帯びた吐息が漏れた。
「ちょっと、強くするぞ……」
 言葉が終わる前に、俺は指先に当たる乳首を、ほんの少しだけ摘まむ。刹那、少女の身体は雷に打たれたように痙攣し、反射的に肉棒を握った手も硬直した。
「くぅ、ぁ……!」
 不意に与えられた強烈な刺激に、開いた口から喘ぎが漏れる。だが、こちらを見つめる少女の瞳には非難の色は欠片も無く、どころか、歓喜にも似た表情が浮かんでいた。
「……よかったのか? 今の」
 俺の問いに、サハギンの少女は恥ずかしそうに目を伏せる。どうやら、お気に召したと思っていいようだ。試しにもう一度乳首を指の腹で転がしてやると、嬉しそうに身体を震わせる。調子に乗って執拗に胸を責めると、彼女の方もお返しとばかりに肉棒を扱く手の動きを激しく加速させた。
「くぁ……!」
 気を緩めるとそれだけで達してしまいそうになる強烈な刺激に、歯を食いしばって堪える。それはサハギンの少女も同じようで、閉じられた目を縁取る長いまつげには、宝石のような涙が浮かんでいた。
快楽を受け、与え続けながら俺たちはしばし、肉欲に身を任せた。辺りには水のせせらぎに混じり、二人の荒い呼吸の音だけが響いた。
 やがてどちらからともなく視線を交わらせた俺たちは、さらに深くつながるべく、一度動きを止めた。
もどかしさを堪えつつ彼女が股間を覆う鱗を恥丘の脇に寄せると、ぐっしょりと濡れた割れ目が俺の目に映った。想像以上に淫らな光景に、俺は無意識のうちに息を呑み、肉棒がさらに硬さを増す。それに、少女の視線が吸い寄せられ、ぴたりと止まった。小さなのどがこくんとつばを飲み込み、許しを求めるように俺の顔を見つめる。
「ああ、頼む」
 俺が頷くとほぼ同時、サハギンの少女は腰を浮かすと片手で俺の肉棒を掴み、もう片方の手で秘裂を広げた。俺も肉棒の根元を掴むと共に彼女の太ももに手を当て、その位置を合わせる。
 俺のモノの先端と膣口が触れ、少女の口から呼気が漏れる。ほんのわずか、不安げに金の瞳が揺れたが、彼女は一呼吸するとそのまま一気に腰を下ろした。
「ぅく、んっ……!」
 肉棒が体内に埋められる瞬間、少女の口から初めて声が上がった。苦悶よりも快感が勝るその響きに、俺は内心安堵を感じる。
 だが、そんな余裕を持てたのはわずかな間にも満たなかった。小柄な身体の通り、少女の膣内は狭く、まるで押しつぶされそうなほどの締め付けを与えてくる。それが凄まじいまでの快感を生み出し、俺を蹂躙した。
「うぐ……うぅ……!」
 呻きにも似た声を上げながら、俺は少女の足を掴み、肉棒を奥まで進めていく。肉を割り裂かれる刺激に背を反らし、少女は俺の肩に置いた手に力を込めた。食い込んだ爪が肌に赤いものを滲ませるが、興奮で麻痺した俺にはまるで痛みはなかった。ほどなくして子宮に肉棒が当たり、俺は動きを止める。
「ひぅ……っ、ふ、ぁ……あ……」
 サハギンの少女は切なげな声を上げ、俺にしがみついたまま、荒い呼吸を整える。その間にも少女の身体は貪欲に快楽を貪ろうとして膣内を蠕動させ、身じろぎする。そのたびに繋がったままの股間から刺激が生まれ、彼女の体が時折びくびくと震えた。
 こうして少女の中に包まれているだけでも至福の快感を味わうことは出来たが、当然ながらそれで満足するはずが無かった。
「ん……」
俺が目を向けると、サハギンの少女は恥ずかしそうに頷き、ゆっくりと腰を動かし始める。俺もまた、下から突き上げるように彼女を揺さぶった。ひんやりとした肌からは考えられないほど、その中は熱く、まるでマグマのように俺を蕩かす。肉棒と膣が擦れ、激しい快感が俺を燃やし、興奮を大きく、激しくしていく。
それは少女も同じで、真っ赤に染まった頬には涙が流れ、揺れる身体が時折不規則に跳ねた。珠の汗が飛び散り、陽光に反射して星のように輝く。
だが、俺たちは二人ともそれに感じ入る暇など無く、衝動のままに交わり続けていた。
「くふぅ、あっ、ん、んっ……! ふぁ、んんっ!」
 俺が腰を突き入れ、引き抜くたびにサハギンは歓喜の喘ぎをあげる。絡みつくような肉襞が俺のモノとこすれ、ぶつかり、際限なく快感を生み出し続ける。結合部から卑猥な音が響き、獣のような呼吸や嬌声と混じって耳に届くたび、理性は薄れ、本能のままに目の前の相手を貪ろうと身体が動いた。
「あぁ、う、っく……うあぁ……っ!」
すぐにでも射精したくなるのを必死で堪え、俺はただひたすら彼女を求め続けた。歯を食いしばり、俺の上に跨る彼女に乱暴なまでの抽挿を繰り返す。
「ん、あぁんっ! ふぅ、ひゃ、あぁんっ!」
幼い身体を蹂躙されながら、少女もまた、貪欲なまでに快楽を味わう。その表情はいつもの無表情からは遠く、歓喜と幸福に緩み、涙と涎を零しながら可愛らしい囀りを響かせ続けていた。
「ぁん……っ! もっと、もっとぉ……! ひゃうぅん!」
切なげな声の願いに、俺は無言で打ち付ける腰の勢いを強める。痺れるような衝撃が体の中で爆発し、残されたわずかな理性を消し飛ばした。淫らそのものの表情を浮かべたサハギンの少女は舞う髪を乱れさせ、踊る痴態を陽光にさらしていた。
 時間の流れすら認識できなくなるような快楽に包まれた俺たちだったが、やがて昂ぶり続ける快感が頂点を迎えようとする。はちきれんばかりに膨らんだ肉棒が、苦しげに痙攣するのが分かった。
「んん……あ……っ、んく、あ……あん……っ!」 
小刻みに震える少女の膣内が、彼女もまた限界が近いことを教えていた。俺たちはどちらからともなく身体を抱きしめ合うと、打ち付け合う身体の勢いを強めた。
唇を合わせ、舌を絡めて融け合うような一体感を味わう。
少女の甘い味が俺を揺さぶった瞬間、張り詰めていた気が緩み、堪えきれない射精感が押し寄せた。
「だす、ぞっ……!」
 少女の答えを待たず、俺は太ももを掴んで引き寄せた彼女に最後の力を込めて肉棒を突き入れる。一際強く打ち込まれた俺のモノは子宮口と激しくぶつかり、限界を超えた。
「うぁ、あぁぁぁぁぁぁ……っ!」
視界全てが白くなるほどの強烈な快感に、俺は叫び声を上げる。爆発するような勢いで肉棒から精液が迸り、少女の膣内を満たす。あまりの勢いに彼女のおなかが震えるような錯覚すら感じたほどだった。
「ふあぁぁぁ……っ! あ、あぁぁ……」
 背を弓なりに反らし、喜びに満ちた表情でサハギンの少女も達する。あふれ出した精液が音を立てて秘裂から零れ、辺りに淫臭を振り撒いた。
「ぁ……っ…・・・」
 力の抜けた少女の身体がくたりと倒れこみ、俺の上に重なる。
「おっと」
 それをそっと抱きとめると、サハギンの少女は嬉しそうに目を閉じた。
「あぁ……ん……っ。ふぅ、ふぅ……」
 そっと髪を梳いてやると、くすぐったいの恥ずかしいのかもぞもぞと身体をよじる。荒い呼吸が少しずつ静まっていっても、頬はいまだ情事の余韻を残し、朱に染まったままだった。
 やがてその色も薄れ、いつも通りの無表情が現れる。ちょっとだけ、先ほどの乱れた少女が見せた豊かな表情にも未練はあったが、見慣れた少女の容貌に不満を感じるわけは無かった。
「……気持ちよかったな」
呟いた俺の言葉に、サハギンの少女も瞳で肯定の意を示す。彼女は俺の上に覆いかぶさり胸板の上に頬を預けたまま、そっと俺の手に指を絡めた。
そのまま胸の上で気持ちよさそうに目を細め、肌を擦り付ける少女は、不意にとある一点でその動きを止めた。ぴく、ぴくっと彼女の頭、人ならば耳に当たる部分から生えるひれが震える。
「……? ああ、俺の鼓動を聞いてるのか」
 一瞬何をしているのか分からなかったが、すぐに納得した俺が声をかけるとサハギンの少女は顔を上げ、小さく頷いた。妙に気に入ったらしく、少女は再び胸に耳を当てると鼓動のリズムに合わせて尻尾を揺らす。触れ合う肌からは彼女の鼓動も伝わり、まるで二つの波紋が溶け合うように、いつの間にかそのリズムは同じ一つのものになっていった。
 サハギンの少女と自分が同じ一つのものになったような気がして、不思議な幸福感が俺を満たす。
「ふふ」
自然に口元が緩むのを。サハギンの少女は首をかしげて見つめていた。どうしたの?と尋ねるように、上目遣いの瞳と目が合う。
「なんでもないよ。もう少しこうして休もうか」
 ごまかし、くしゃりと少女の頭を撫でる。嬉しそうに目を細めた彼女はそれ以上尋ねることなく、俺の手にその実を預けた。
実際に気だるさが体中に満ち、とてもではないがすぐには起き上がれそうにも無かった。もっとも、本当は少女の存在をすぐ側に感じられるこの体勢を崩したくない、という理由の方が大きかったが。
 重なりあった俺達の脇では、藍色をした川が静かに流れ、いまだ小さな火を残した焚き火が薄く白い煙を一筋、天へと昇らせ続けていた。

『水辺の娘と深い藍』 終わり
12/03/13 00:50更新 / ストレンジ

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