連載小説
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もう死んでるけど、友情はまだ死なない。
「まずは生殖機能から治そうと思っているんだ」

ランペルの研究室の掃除を始めてから、時間の流れとは残酷なもので早三日。
彼女は実験のお預けをくらい少しふて腐れていたが、やっと終わりが見えてきたおかげで少し機嫌がよさそうだった。
実験―――もとい僕の機能回復の予定について、彼女は意気揚々と語りかけてくる。
相対して僕は、こいつが何を言っているのか一ミリも理解できなかった。

「………………」
「露骨に嫌そうな顔をするねぇ。でも決定事項だよ」

ふふんと得意げに鼻を鳴らすランペル。
なぜ僕は自分より二回りも小さな子供に生殖器を治してもらわないといけないのだろう。
いや、恐らくは見た目以上に、それこそヒトの寿命を何周もしているかもしれないほどに年功を積んでいる少女のかもしれないが。
ぐっと無意味な抗議を飲みこんで、とりあえず彼女に尋ねてみる。

「もっと他に治すべきところがあるんじゃないの?」
「現状、キミの五感は日常生活を営むに当たっては充分機能している。キミが掃除をしてくれている間に、その辺りは簡易的に経過観察させてもらった」

いつの間に。
感心する僕に、彼女は肩をすくめて続けた。

「触覚、嗅覚、味覚、聴覚、視覚。もしもこのどれかに異常があったなら、最優先に治すべきはそこだったさ。単純に不便だし、何よりも楽しくないだろう?」
「楽しくない?」
「『幸せ』じゃないと言ってもいいかもしれないねぇ。良く言うだろう? 『コレの味を知らないヤツは人生の半分を損している』とか。それを探すにしろ堪能するにしろ、五体満足じゃなきゃ生き返った甲斐が無いというものさ」

ちなみに私は甘いものと桃に目がない、覚えておきたまえ。
そう締めくくる彼女に、僕は少し彼女への認識を改めた。
モルモットモルモットと僕を呼んでいた割には、人一倍僕の事を考えていたらしい。
しかし、ともすれば尚のこと解せないというのもまた事実。

「なんで生殖機能が次に治すべきなんだ? 心臓とか痛覚とか、他にもある気が……」
「心臓はむしろ最後だよパッチくん。死体の心臓が動いてもまた死ぬだけさ」

あぁ、それは確かに。
まともに血の通っていない身体が生きていられる道理はない。
あまりに当たり前な回答に、安直な質問をした己を恥じた。

「痛覚に関しては難しい判断になるねぇ。今のキミには自己治癒機能がない。知らない内に怪我をして、気がついたら腐っていましたなんて考えるだけでおぞましい」

聞くだにぞっとしない話である。
思わず掃除の内に切っていたりしないか、両腕をまじまじと見つめてしまう。
しかし、その懸念を把握しているという事は治すデメリットもあるのだろう。
彼女は首をひねりながら言葉を続けた。

「しかしだからといって安易に痛覚を治してしまうと、先日のように喉や腕を治すことも簡単ではなくなってしまう。怪我をすると危険だが、今のうちなら簡単に治せてしまえるというメリットがなくなる。そういうジレンマがあるのさ」
「そんなに大怪我する機会なんてそうそうないと思うけど……」
「不測の事態は起きるものさ。不便を強いて申し訳ないが、やはり痛覚の回復は後回しにするべきだ。怪我に関しては、毎日チェックする事でカバーしよう」

僕の意見が間違っているつもりはないが、彼女の決定の方がより安全なのは間違いない。
最悪痛いのは我慢すればいいと思っていたが、僕は自分の事となるとどうも適当に考えてしまう節があるようだ。
いずれこの恩は返さないといけない脳内リストに記帳し、はてと首を傾げる。

「お気遣いどうも。でも、なんでまた生殖器から治すの? いらなくない?」
「いるよ!?」

うるさっ。
思わず耳を押さえた。

「それを捨てるなんてとんでもない! キミ性欲ないのかい!?」
「少なくとも今は……」
「私のような愛らしい少女が目の前にいるのに!?」
「そういう目では見てないかな」

いい加減服を着て欲しいとは常々思っている。
目のやり場に困るのは本音だが、なんだか彼女は子供に見えて仕方ないのだ。
体型もそうだが、性格的な意味合いも踏まえて。
ご機嫌急転直下のぶすくれるランペルに、誤魔化すように苦笑いをこぼした。

「やはり胸か……、スケベモルモットめ……」
「別に胸の大小でどうこうはないって……。ランペルが小さいから、僕には子供にしか見えないんだよ」
「キミ……言ってはいけないことを……」

今にも噛みついてきそうなほどギラギラとした目でこちらを睨めつけるランペル。
うーん失言。分かってて言ったが。頼むから生殖器の話から離れてほしいのだ。

「……仕方ないだろう。あまりいい育ちではなかったのだ」

自分の胸元を見下ろして口を尖らせるランペル。
どうやら拗ねてしまっているようだ。

「別に、これから育つんじゃないの?」
「無理だ。私は死んだときからずっとこの姿だったからね」

その言葉に、ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。
少し考えれば分かる話だ、と自分の無責任な発言に後悔する。
死んだ人間が成長することはない。
それはつまり、自分の胸元にも届かないこの小さな少女が。
成長するよりも早く死んでしまったということだろうに。

「……ごめん」
「……まっ、許そう。このお礼は実験でたっぷり返してもらうさ」
「それ、実質許してなくない?」

寛大にも茶化してくれたランペルにホッとしつつ、距離感を改めようとそっと誓った。
気安い飼い主であることはありがたいが、居心地の良さについ甘えてしまう。
彼女の生い立ちも、その死にざまも僕は知らない。
僕たちは友達じゃない。アンデッドの魔術師と、自分すら分からないモルモットだ。
不躾なのはしぶとくも生き返ってしまったこの生き汚さだけでいい。

「さて、方針も決まったところで行こうか」

そして結局、生殖器の話は誤魔化せなかった様だった。
旺盛なことは結構だが、席を立った彼女に僕は首を傾げる。

「行くって……どこへ?」
「決まっているだろう」

フードを目深にかぶり、ニヤリと口端を釣り上げて、彼女は楽しげに言った。

「買い出しだよ」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「実を言うと少し偏見があったんだ」

僕の言葉に、ランペルは偏見? とオウム返しする。

「死霊魔術を専攻する凄腕の魔術師で、やってることは死者蘇生の研究。おまけに住処は人里離れたボロ屋敷。正直、ランペルの事を何かの罪で追放された隠者だと思ってた」
「正直なのは美徳だがデリカシーという言葉を辞書で引いてくるといい」

心外だと言わんばかりに盛大に顔をしかめるランペル。
言わんとすることは分かるが僕たちの出会いを思い返してほしい。
どう考えても君の第一印象はマッドサイエンティストのそれだ。

「……で? 少しは私への認識は改まったのかい?」
「貴女自身というより、貴女を取りまく環境への認識かな」

一見すると、それは普通の光景に見えるかもしれない。
タープテントのずらりと並んだ市場に、がやがやと騒がしく行きかう人の群れ。
頭上に浮かんだ満月が煌々と照らすその光景は、夜の町並みにしては活気に満ちている。
そう、半透明の女性や、血の気を感じない青白い人ばかりでなければ。
夢にも思うまい。まさか町ぐるみで死んでいるとは。

「正確には少し違う。町ぐるみではなく、国ぐるみだ」
「は?」
「ここは常夜の魔界、『不死者の国』さ。ワイトの治めるアンデッドの国なのだよ」

ワイト、というのも恐らくは魔物の一種なのだろう。
ということはあの半透明の宙に浮かぶ女性はゴーストの類で。
ランペルのように生気を感じられない青白い肌の少女はゾンビの類で。
何よりも理解出来ないのは、そんな彼女たちに幸せそうに寄り添う男性の姿だった。
夫婦や恋人のように腕を組み、人目を気にせずキスする者もいる光景に頭が痛い。

「……ひょっとして僕がおかしいのか?」
「ふぅん? キミは魔物を知らない国の生まれだったのかもしれないね」
「……どういう意味?」

僕の疑問の声に、ランペルが肩をすくめる。

「国によっては魔物は危険な存在だと知らされているのさ。まっ、我々ほど人類を愛する存在もいないと思うがね」
「……愛も行き過ぎると、とかそういう話ではなく?」
「嫉妬深い種族もいるにはいるがね。しかし魔物の根底にあるものは『好きな人と幸せになりたい』という極めてありふれた願いさ。彼女たちが、そうは見えないかい?」

そう言われてしまうと見る目が変わる。
実際、先ほどから男性と寄り添う彼女たちの姿に邪気など微塵も感じられないのだ。
男の方にしてもそうだ。
彼女を心底愛していますと言わんばかりに、蕩けた視線を向けている。
幸せそうだな、と他人事ながら少しだけ羨ましく思った。

「誤解が解けたようで何よりだ。キミは賢くて助かるよ」
「てっきり、ランペルが特別やさしい娘なのかと思ってたよ。みんなそうなんだね」
「…………まぁ、キミを気に掛けていることは確かだが」

心なしか薄く染まった頬をポリポリと掻くランペル。
動いてないはずの心臓が、愛くるしさに少しキュッとなった気がした。
たまに外見年齢相応に可愛くなるから困る。

「……何だい、この手は」

ランペルの声に、ハッと我に返る。
無意識の内に伸ばされた手が、フードの上から彼女の頭を撫でていたことに今更気付く。
距離感を改めようと思った端からこれだ。
苦い思いで手を引っ込めると、彼女はふむと一つ頷いてフードを脱いだ。

「ん」

こちらに旋毛を向けるランペル。
撫でろと言わんばかりの行動に、えっ、と喉から素っ頓狂な声が漏れる。

「……撫でないのかい?」
「…………お言葉に甘えます」

負けた。
だって可愛いんだもん。
ふわふわと手触りのいいくせ毛を撫でつけると、彼女は気持ちよさそうに目を細める。
こうしていると、ランペルがやさしい生き物なのだと再認識させられる。
彼女の根底にも『好きな人と幸せになりたい』という願いがあるのならば、どうか叶って欲しいなと微笑ましく思った。
彼女の形のいい頭を堪能すること数分、満足したのかふふんとご満悦に鼻を鳴らす。

「キミは撫でるのが上手いな。これからも遠慮せず撫でたまえ」
「仰せの通りに……」

肩をすくめる僕に、ランペルはニッコニッコと眩しく笑った。
寛大なんだかお子様なんだか……。

「さて、お喋りはこのくらいにしようか。パッチくん、今日の目的は?」
「薬の材料買うんでしょ? なんかのキノコと、あとマンドレイクの根っこだっけ」
「惜しい。マンドラゴラの根っこだよパッチくん」

あとキノコはタケリダケとネバリタケ、アンデッドハイイロナゲキタケと言い足される。
耳馴染みのない名前なんだから覚えられないのも仕方あるまい。
ましてやそれが自分の生殖器を治す薬の材料ともなればなお気が乗らない。

「あとは適当な果物と、いくつかパンを買って帰ろうか。せっかく味覚があるのなら食べなければ損だろう」
「……贅沢言ってもいいなら、野菜と肉と、調味料もいくらか欲しいんだけど」

ランペルの言葉にそっと挙手してねだってみる。
彼女の研究室を掃除した際に、彼女の食事事情も察してしまった。
先に彼女が述べたとおり、長いこと果物とパン、後はキノコしか口にしていないらしい。
偏食が過ぎると思ってしまうあたり、僕はそれだけじゃ満足しそうにない。

「好きに買うといい。それでモルモットくんの心が満たされるなら安いものさ」
「……それ聞くとなんかヒモみたいで死にたくなってきたよ、僕」

死んでるけどさ、すでに。






魔界が凄いのかこの国が凄いのか、市場を歩くこと半刻で僕は感心しっぱなしだった。
物流がよほど整っているのか、自分の想像以上に食料は安く品揃えが良い。
鮮度のいい野菜類をつい買いこんでしまった僕に、グールの魔物だという女性はいくらかおまけを付けてくれた。
ちらりと唇を舐めて「もっとオマケが欲しいかい……❤」と太っ腹に尋ねる彼女に是非交渉しようとしたが、なぜか強引にランペルに止められた。

「キミは私のモルモットだともっと自覚を持ちたまえ」

自覚があるつもりなのだが、彼女の言葉にひとまず素直に頷いておいた。
たぶん無自覚に何かやらかしたのだろう。知らんけど。
目的のキノコは随分と際立った形をしていた。
ネバリタケは粘液に包まれていたし、タケリダケは控えめに言ってイラだった陰茎だ。
アンデッドハイイロナゲキタケに至ってはどう見ても致死毒性の劇物にしか見えない。
本当にこれが自分の治療に使われるのかと聞くと、彼女はケロリとした表情で答える。

「これは単純に私が食べたかっただけだが?」

アンデッドにとっては非常に美味なキノコであるらしい。
魔物と人間でひょっとしたら味覚が違う可能性があるのかもしれない。
唯一最後に買い取ったマンドラゴラの根っこはまともな外見で助かった。
一見すると瑞々しい木の根にしか見えないが、漢方系の薬材と言われればそう見える。
かさばる物々を両手で抱える僕に、ランペルはよしと頷いた。

「これで全部揃ったねぇ。パッチくんも食材はそれでいいのかい?」

肉野菜類にパンと乾パスタ、塩に胡椒にマスタード、その他諸々エトセトラ。
簡単なサンドイッチや小料理を作るには充分だろう。
お金を全部出してもらっている不甲斐なさをぐっと飲みこんで礼を言う。

「おかげさまで。お礼に帰ったら何か作るよ」
「ほう? キミは料理が出来るのかい。言っておくが、私は味にはうるさいよ?」
「たぶん凝ったものは作れないけどね。ご期待に沿えるよう頑張るよ」

肩をすくめて答えると、彼女はくすくすと微笑んだ。
さて帰るか、と荷物を抱えなおした時だった。

「―――エル?」

喧噪の中で鈴のような声がやけに耳に響いた。
反射的に振り返ると、そこには貴婦人のようないで立ちの女性がこちらを見ていた。
うぬぼれでなければ、僕の顔を驚いたように見つめている。



あれ。おかしくないか?
なんで僕はいま、彼女の声に自分が呼ばれたと思ったのだろう。
浮かび上がった疑問に呆けているうちに、彼女はおぼつかない足取りで歩み寄ってきた。

「うそ……。本当に、エルなの……?」
「え、えぇと……」

信じられないと言わんばかりに、大きなオペラグローブに包まれた彼女の両手が僕の顔に伸ばされる。
恐る恐る近づく手に、反射的にのけぞりそうになる。
しかし、どこか不安げに揺れる赤い瞳に、逃げるべきじゃないと思った。
伸ばされた右手は頬に、左手は首筋に。ふわふわとしたメッシュの感触がくすぐったい。

「……相変わらず、寝坊助なんだから」

目尻に涙を浮かべ、彼女は安心したようにクスクスと笑った。
対して僕は、絶賛混乱の最中であった。
生前の僕はこの絶世の美人にいったい何をしでかしたのだ。

「おーい、パッチくん。ダメじゃないか勝手にはぐれては」

救世主の声だった。

「……ランペル?」

目の前の女性の声が、件の救世主の名前を紡ぐ。
どうやら彼女もランペルの知り合いだったらしい。

「む。またか、またなのかいモルモットくん」

こちらを見つけたであろうランペルの声がワントーン下がる。
ご機嫌指数が一段階下がった彼女がツカツカと小走りで近づいてくる。

「言っただろう、もっと私のモルモットだと自覚を持ちたまえと。いい加減私にも考えがあるぞ。誰がキミの飼い主なのか、その身体にたっぷり理解らせ―――」
「御機嫌よう、ランペル」
「…………レク、シー?」

僕の顔と首を解放した貴婦人が、ドレスの裾をつまみあげる。
先ほどまでの雰囲気と一変して、気品漂う所作にドギマギする。
目をそらすようにランペルの方を向くと、見るからに「やっべ」という顔をしていた。
掃除していた時に彼女の蔵書の中にあった『年上の男性と付き合いたい! 好きになったら知っておきたい恋愛心理学!』の本を見つけられたときみたいな顔をしている。

「ひ、久しぶりだねレクシー! キミとこうして面と向かうのはいつぶりだろう!」
「そうねランペル。私と貴女が最後に会ったのは2世紀ほど前の夜会よ。ところでこの間送った招待状は読んでくれたかしら?」
「もちろん読んだとも! ……パッチくん、それっぽいもの見なかったかい?
巻き込まんでもろて
「あら、ずぅ〜〜っとお誘いしてたのに返事を頂けないから、てっきり読んでないのかと思ってたわ! 久しぶりに会ったんですもの、次の夜会には顔を出してくれるのよね?」
「うっ、い、いや、最近ちょっとその、研究が立て込んでて……!」
「そうなの? どうなのかしら……?」

そう言いながらこちらに微笑む、レクシーと呼ばれた貴婦人。
笑うというのは本来、他者を威嚇するための行為であるらしい。
ちょうど彼女の微笑みからは、そんな感じのある種の威圧感を覚えた。
否定しろという圧と、助けてくれという圧の板挟みになる。
どちらがどちらなのかは言うまでもなく、むしろ僕の方が助けて欲しいまである。

「…………!」

そんな捨てられた子犬のような目で見ないでくれ飼い主。
あー……と意味のない声を漏らして、なんとか言葉を続ける。

「まぁ、その研究の材料を買いに来ていたので、嘘というわけではございません……」

レクシーさんの後ろで親指を立てるランペル。
見えてないからってやるもんじゃないぞ。
僕の言葉に一応納得はしたのか、彼女はふぅんと相づちを打った。

「そ。まぁ、今日のところは勘弁してあげようかしら」
グッジョブだ、パッチくん……!
「ただし」

むんずと、彼女の大きなオペラグローブがランペルの首根っこを掴んだ。
宙ぶらりんになったランペルが、レクシーさんを仰天した様子で二度見している。

「どうしてもこの娘から聞かないことがあるの。今夜はお借りしてもよろしくて?」
「ま、待ちたまえレクシー! 連絡を無視したことは謝る! しかし今は実験が私を!」
「別に招待状を無視したことは怒ってないわ。えぇ、これっぽっちも。ただ私は、そこの彼について、何一つ聞いてないのだけれど?」

彼女の言葉にまたしても「あ、やっべ」という顔になるランペル。
整理した本棚を翌日に目の前でひっくり返して僕を見たときと同じ顔である。
レクシーさんはどうやら生前の僕の顔に覚えがあるようだし、積もる話があるのだろう。
自分の過去に興味がないわけではないが、ランペルも彼女の怒りに覚えがあるようだ。

「……じゃあ、僕は先に帰っといた方がいいかなランペル」
「見捨てるのかいパッチくん!?」
「いやぁ、身から出たサビでしょ」
「ごめん遊ばせ、『パッチ』さん。また機会があれば、一緒にお茶でも飲みましょうね」

そう言い残し、レクシーさんは優雅に一礼してランペルを引きずっていった。
薄情者ぉ〜〜〜、と間延びした悲鳴が小さくなった頃、僕は小さくため息をこぼした。



『本当に、エルなの……?』



さて、エルとは誰なのか。
僕の生前のイニシャルか、はたまた愛称なのか。
それとも彼女が僕を通してみただけの他人の空似なのか。

『僕は誰だ?』

この問いに対して、ランペルの答えは知らないというものだった。
しかし、彼女の知人であるレクシーさんは僕のことを知っているという。
200年以上の付き合いがあるであろうランペルの友人が、僕のことを知っているという。
果たして、ランペルは本当に僕の正体を知らないのだろうか。

「…………」

疑念は尽きない。なにせ偶然にしては出来すぎている。
悶々と考えてみたが、考えれば考えるほど面倒くさくなってきた。
ランペルが嘘をついているにせよ僕を知らないにせよ、彼女の人柄は疑う余地がない。
なにか言いたくても言えない理由が、僕か彼女のどちらかにあるのだろう。

「甘いものと、桃に目がないんだったっけ」

がさりと、紙袋を抱え直す。
とりあえず、お疲れで帰ってくるであろう彼女のためにピーチパイでも作ってあげよう。
裏切っただなんだと不機嫌に帰ってくるランペルに僕が出来ることと言えば、ささやかなご機嫌取りが関の山なのだ。
そうと決まれば、早く彼女の家に帰るとしよう。

「……それにしても」

レクシーさん、おっぱいデカかったなぁ。
21/12/11 15:45更新 / 夜辺
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■作者メッセージ
「……『年上の男性と付き合いたい! 好きになったら知っておきたい恋愛心理学!』?」
「っ! あー……っと、きっと私の友人が置いていった本、かなぁ。うん、きっとそうだ」
「年上の男性は、年下の女性と付き合っていることをステータスと思っています。臆することなく、どんどんアタックしていきましょう!」
「罫線を引いている部分を音読するのはやめてくれないかね!?」

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