連載小説
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2. 踊る幽霊、回る(前編)
浮遊感。
重力が逆さまになり、天は足元、地は頭上。
どうしてそんな状態になっていたのか。
どうして、私は落ちていたのか。
あの時の記憶は空のまま。
ただ、確か。
目の前には、誰かがいた。
記憶の中で、その人に問いかける。
『貴女は、だれ?』
それはあの時と同じなのか、返事がない。
『貴女は、生きなさい。』
返事が無かったはずなのに、誰かが
私に言った言葉が、幽かな思い出の中で
木霊していた。

繋学園高等部、1年3組。
授業前、クラスはしんと、静まっている。
静かになっている理由は、授業前だから、というわけではない。
ぽっかりと空いた一席が、静かに彼らを黙らせていた。
学校のチャイムが鳴り響く、授業の合図だ。
チャイムがして、少ししてから、教師が重い表情で教室に入った。
教師が、教壇に着く。
「おはよう、ございます。」
「…。」
誰も、元気に返事を返さない。
「…もう、噂になっているかと思いますが。
我がクラスの、出席番号12番、『菊内 奏(きくうち かえで)』さん…が、
昨日、お亡くなりになられました。原因は…ただ今、警察が調査している
とのことですが…。」
「…飛び降りだろ。」
誰かがボソッと言った。
教師は口を閉じる。
言った本人も、教師の言葉を遮るつもりなど
なかったのだろうが、私が言いましたと
でも言うように、そっぽを向いた。
「滅多なことを言うんじゃない!」
教師はあえて、全体に伝わるように言い放った。
教室には、より重い空気がかかる。
「…本当に、悲しいことです。皆さんも、
変な噂を立てないように。噂を聞いても、
言い広げたり、構ったりしないように。
良いですね?」
皆、俯きながらも、心の中で納得出来ずにいた。
菊内さんは、明るく、頭の良い人だった。
特別、誰かのグループにいた訳では無いが、
逆に何処かに所属していた訳でもないため、
気軽に話しかけ、一緒に遊び、仲良くしていた
人は多かったと思う。
だからこそ、何故死んだのか、何故そんなことに
なってしまったのか、皆、気になっていた。
「…さて、話は変わりまして、今日は転校生が
来ております。」
…こんな日に、転校してくるとは相当運が悪い。
このタイミングじゃなくて良いじゃないか。
明日にするとか。
皆が思い思いにざわつき始めた。
「どうぞ、入って下さい。」
「はーーい。」
ガラガラと教室の扉が開かれる。
「…転校生の「菊内 奏(きくうち かなで)さん、です。
…『ゴースト』の亜人です。皆さん、仲良くしてあげて下さい。」
「よーろしくおーねがいーしまーすー。」
全員が、唖然としていた。
思い出がフラッシュバックする。
『奏さん、今回もテストの点数いいね!』
『えー!昨日一緒に遊んでたのにー!』
『ふふっ、ヤマカンが当たっただけだよ。』
菊内さんは、頭が良く、謙虚な人だった。
『好きなもの…?やっぱり、こうやって皆と一緒にいたり、
遊んだりすることが好きかな。』
「えっとぉ、好きなものはー、ママのハンバーグぅ、だった気がするなぁ。」
なんだこのバカそうなやつは。
誰かが思った。
「あっ!みんなと遊ぶのもー、好きだよー!」
なんだこの可愛い娘は。
誰もが思った。
「…他には、ございますか?」
「うーんとねー、えーとねぇ。」
小さな子が大袈裟に悩むように、菊内さんは腕組みをし、左右に揺れた。
「仲良くして下さいっ!」
「…以上です。」
うおおおおおおお!!!
教室が、湧いた。
喜びと、驚きと、ヤケと、色々と、ごちゃごちゃの感情たちが渦となり、
歓声という形で吐き出された。
1年3組は今日、菊内さんを中心とした話題で、授業が消えた。

--奏ーー!
-おー!
--私のこと!覚えてる?
-…ごめんねー。昔のこと、あまり覚えてなくてー。
--そ、そっか。ユウっていうんだ、私。
-おー!ユー!これからー、よろしく?こんごとも、よろしく?
--…ははっ。こんな形で、もう一度奏に会えるなんて思わなかった。
-…悲しい?
--ううん!嬉しいよ!
今まで色々教えてもらった分、今度は私が教えてあげるね!
-ユー!ありがとー!だいすきー!
--…えへっ、へっへっへ…えへへへ…。
-…?

---奏さん!大丈夫ですか?
-うーん?何がー?
---えっと、その…。
----バカ、守。下手に聞こうとするな。
---あ、ごめん。
-なーにー?
---え、えっと…。
-かなでねー、隠しごときらーい。
---…まぁ、いっかぁ〜。ふらふら〜。
----どこ行くねーん!…奏さん。
-なにー?えっと、たなばし?
----高橋です。いつ、ゴーストになったんですか?
-うーんとねー、今日、だったとおもうー。
----あまり、自覚が無いんですね。
-そだねー、でもー、昨日のことが思い出せないからー、多分今日ー。
----…それじゃあ、すぐか。
-どーしたのー、たばばち?
----高橋です…わざとでしょ?
-えへへー、どうでしょー。
----くぅ。
-たかしー。
----…。
-?
----…いきなり、下の名前を言うのは、反則です…。
-えへー、可愛いね、たかしは。
----…ほあぁぁ!!

「…というのが、調査結果ですって!」
その日の放課後、キミカはわざとらしく、ウキウキとしながら、報告を並べた。
「なるほど…頭脳明晰で活発だった人間の女子高生、『菊内 奏』さんが
亡くなった次の日、ゴーストになった『菊内 奏』さんが転校してきたと。」
「以前の凛とした性格とは打って変わって、ゆるーっとした性格になっちゃったんで、
男女問わずメロメロにしているそうで。」
本日はルイボスティーです、とキミカは仁太郎の目の前に、暖かいカップを持ってきた。
「同姓同名の別人、というわけでは無いのか?」
「無いーですね。そもそも奏さんが戻ってきたのは、昨日の深夜らしいです。
悲しみに暮れる両親の目の前に、突然と。記憶はあやふやなものの、
見た目、雰囲気、『魔力コード』を調べても問題なかったとのことですねー。」
魔力コードとは、所謂「遺伝子」のようなものである。魔力が満ちるこの世界で、
本人であることを示す重要な手形である。
それを調べる機械は、各家庭に大抵置いてある。
性に忠実な者が多いこの世界だ。残念なことだが、
産まれた子供が自分の子がどうか、簡単に分かる方法が、各家庭に一つ、必要なのだ。
「…不思議なものだな。」
仁太郎は、昨日箇条書きにメモした内容を見返した。

・事の発端は、昨日の放課後のことであった。
・時刻は17時20分ごろ。
・部活を終えて帰ろうとしていた生徒が、「ゴッ」と、何処かで
物が落ちる音がするのを聞いている。
→その数分後(5分から6分とされている。)。
 ・第一校舎と第二校舎の間の『庭園』、第一校舎寄りに、頭から血を流して倒れる
  菊内さんが見つかる。
 ・すぐに病院へ運ばれたが、頭から強く打っており、手術を受けることはなかった。
   →即死であったという。
・第一発見者は『傘山 守(かさやま まもる)』・・・菊内さんと同じクラスであり、
図書委員をしている、人間である。
 →その日は図書室で業務に勤しんでいたところ、例の音を聞く。
  ・聞き間違いと思いつつ、図書室から出て庭園に向かったところ、
   菊内さんを見つけ、直ちに救急車を呼んだそうだ。
  ・図書室は第一校舎の一階にあり、菊内さんは落ちていたところは、
   図書室の窓側、その丁度目の前ということになる。
・音を聞いたのは、陸上部の『ニヒラ・ピラ』さん・・・陸上の練習途中、
 学園のグラウンドで、音を聞いたという。
 →初めは幻聴かと思ったそうだが、一緒に部活をしていた他何人かも同じ音を
  聞いたと言うので、幻聴ではないと思ったそうだ。そこで学園の方からした
  というので、面白半分でふらっと向かっていたところ、男性の叫び声が聞こえ、
  事態を知ったという。傘山さんが発見し、その声を聞いたと考えられる。

「学園中で、この事件がもちきりになっているそうで。
『我こそは事件を解決して見せる!』と意気込む…まあ、『探偵気取り』の
方々が、多いこと多いこと!」
やれやれですねえ、とキミカは茶菓子をついばむ。
「調査が早いのも、既に他のやつが勘ぐっているのを小耳に挟んでいるからか。」
「聞き捨て悪い!ちゃーんと私筋の情報だっていっぱい持ってますから!」
「ふん、例えば?」
「…各家庭のおばあちゃんを、性的な思惑で陰から狙う、
うちの学園長の実情…とか?」
「今一番要らないな。」
キミカの戯言を横に流し、思案する。
そういえば、もう一人の情報が話に出てこない。
「…ヨイ・コートフさんは、まだ戻ってきてないのか?」
「まだですねー。」

昨日、菊内さんとともに「消えた」人物がいる。
『ヨイ・コートフ』。ミューカストードの高校1年生。奏さんと同じく、
3組の女子高生である。亜人の女の子である、という特徴以外には特別、何かが
突飛であるような子ではない。強いてあげるとすれば、『奏さんと仲が良かった』
ぐらいだろう。

「実は調べた情報の中には、『奏さんが落ちている時か、落ちる直前かに、彼女と
一緒に誰かがいたのを見た』という情報がありましてね。」
「それ、詳しく頼む。」
思わず前のめりになる。
「情報源は1年4組、毛娼妓の女子高生の『佳枝 華(かえ はな)』さんです。彼女は
17時20分ごろ…落下音がしたっていう時刻とほぼ同じですね、教室から荷物をまとめて
出て、廊下を歩いていた時、不意に何かが落ちるのを目の隅に確認したそうです。
そして不意に二度見したら、影が2つ見えた、ということらしいですよ。
でもって、彼女は後日、事の発端を噂で耳にしたようです。」
「…うん?普通、駆けつけるだろう。音は聞かなかったのか?」
近いとはいえ、グラウンドにまで響いた音だ。聞こえていないはずはない。
「私も気になって聞いてみたんですが…申し訳なさそうに、『帰るときは
イヤホンをしていて、爆音で聞くのが好きでして…』と。見えてからすぐに
消えたので、錯覚だと思い込み、その場は後にしたんですって。」
「ふむ…。」
「まあ、その話もすぐに噂に混じっていって。そのもう一人の影っていうのが、
『ヨイ・コートフ』さんじゃないかっていうのが、探偵たちの今日の推測
ってところで。」
「…つまり、この事件の犯人は、ヨイさんだと?」
「ですね!今頃、奏さんを屋上から突き落とし、その罪に耐えきれず、失踪、
っていうストーリーでも、考えているんじゃないですか?」
よいしょ、とキミカはソファーから身を起こす。
「ちなみに、昨日からヨイさんは、家にも帰っていないそうです。」
「…本格的に居なくなったってわけか。」
「まあ、警察も捜索しているところでしょうし、見つかるのも時間の問題
でしょうけどね。」
さてさて、と訝しげに可笑しく、キミカはこちらをのぞいてきた。
アラクネ種特有の鋭い脚で、仁太郎の頭を小突く。
「どーうお考えです、先輩!?」
「…中々楽しそうだな、君は。」
「当然でしょう!私は今後、先輩がどう動くか楽しみで仕方ないのです!
探偵気取りがいっぱい増えてきてますし、そいつらと探偵勝負でもなさる
んですか!?それとも、今この場で私を探偵だとして、論破してくれても
良いんですよ〜!」
どうじゃいどうじゃい、とキミカはぴしぴしと、仁太郎の頭をたたく。
「…正直、得られている情報から考えるなら、その探偵気取り、とかいう
人たちの憶測は余り悪くはない。」
「…あれ、敗北宣言ですか?」
キミカはつまらなさそうに頬を膨らませた。
「『今のところ』は、だよ。」
仁太郎は腰を上げた。
「これから情報が集まっていくうえで、それがどう変わっていくかは知らない。
情報が足りないが故の憶測なのだ。」
「…といいますと?」
「仮にも『探偵倶楽部』なのだ。憶測より確固たる事実を確かめよう。」

と、啖呵を切ったものの、仁太郎にもまだ分かっていない部分は多かった。
解決の糸口として白羽の矢を立てるならば、もちろん『ヨイ・コートフ』さんの
所在、ひいては言質を取り確認することだろうが、如何せんそちらの情報もない。
次に考えるならば、目撃者の証言を改めて聞きに行くところもあるが、既に部活を
終え、夕暮れ過ぎである。無理ではないが、気は乗らない。
とするならば、現場の視察、あるいは検証をしてみるのが妥当なところか。
早速、仁太郎は奏さんの落下地点、第一校舎と第二校舎の間、学園の
『庭園』に向かった。

現場には、既に警部補や、警部と思わしき人物が遠くから見えた。
「錆平警部!現場の再現ができました!」
錆平(さびひら)、と呼ばれた、リザードマン系の男は、パイプらしき
ものを口にくわえ、それを口から外し、ふうと大きく煙を吐くと、自分を
呼びかけた男に振り返った。
「あ、あの。学園内、禁煙らしいっすよ。」
「でーじょうぶだ。これ、小型のシーシャ。」
「し、シーシャ…?」
「水タバコってやつよぅ。カリカリせんでくれ。」
んでんで、現場か、と錆平は再現現場に入る横帯の前で、小さく拝んだ。
「もう、身体は運ばれちまったが、気持ちばかりはしっかり入れねえとね。
ほれ、鷹君もやっとけ。」
「は、はぁ。」
鷹君(たかぎみ)と呼ばれた見習いっぽい男は、錆平に続き、見よう見まねで
手を合わせる。
「まーたく、人が死んだってのに学校を開いて、現場検証は夕暮れからってーのは
変な話でよなあ。」
「そうですよね、学園の生徒も、気が気じゃないと思いますが。」
「だよねー。」
ゆるっとした声が、錆平らの隙間を通る。
「まぁ一番変な話は、今回のガイシャと一緒に現場を見るって話だーわな。」
「だーわなー!」
「…こういうの、増えたよなぁ。」
「…あの、奏さん。もし、気分が悪かったりとか、辛くなったりしたら、
すぐにあっちのほうに離れていいですからね?」
「でーじょぶだー!」
「か、奏さん。今すぐ、いってもいいんですよ?」
「ねえねえ!シーシャって美味しいの?!」
鷹君が穏やかに、奏に現場から離れるよう促していたが、無駄なようであった。
錆平は、そんな奏に視線を合わせ、にやっと微笑む。
「歴史を感じる味だーよ。嬢ちゃんにはまだ早ぇ。」
「そんなー。」
「あ、あの。」
「鷹君、でーじょうぶだ。邪魔にはなんねぇよ。」
錆平がもう一服し、わざと大きく煙を出してみると、奏はそれを子供のように
キャッキャと喜んだ。
「嬢ちゃん、おいちゃん達に、出来るだけ覚えている範囲で教えてくれよな。
もちろん、嘘は言っちゃダメだかんよ?」
「かなで、うそいわないよー!」
「なっはっは、良いことでなぁ。」

じゃあ早速始めていくかぁ、と錆平は言うと、現場検証を始めるべく、
鷹君にメモを取るよう目で促した。
「嬢ちゃんは、昨日の夕方ぐらいのことを覚えているかい?」
「うーんとね、空にいたよ!上に地面が見えた!」
「…なるほどね。他にはどうかな、誰かといたとか、どんな感じだったとか。」
「…。」
奏は、少し難しい顔をし、口を紡ぐ。
「すまんね、難しかったかな?」
「ううん、えーとね…。誰かが、いたの。」
「ほぅ。」
「空にいたとき、誰かが、『生きなさい。』って私に言ったの。でも、
それが誰か、分からないの…ごめんね。」
「いーよいーよ。なるほどなぁ…。昨日の夕方のことで思い出せること、
他にあるかぃ?」
「うむむぅ…今思い出せるのは、それだけかなあ。」
「そうか。こーれは、長丁場になりそうでな。」
錆平は、やや思案する。すると突然、奏に提案した。
「嬢ちゃん、お腹すかねえか?」
「うーん、ちょっと。」
「んじゃぁ、あそこにいるおねちゃんと、先に一緒にご飯でも行っといで。
この後屋上に行くから、それまでに戻ってくるように、できるかい?」
錆平はそう言うと、徐に財布から1000円を取り出し、奏に渡した。
「え!いいの!?」
「え!?いいんすか!?」
鷹君が勢いよく、奏と一緒に驚く。
「おーまいじゃねーよ、あっちの滝ちゃんだって。」
「いや!そうじゃなくて!」
「行ってきます!錆のおいちゃん、ありがとう!!」
奏は勢い良く、滝と呼ばれた、女性警官のところに向かった。
「滝ちゃーん、戻ってきたら屋上にお連れしてー。」
「あ…あの、本当にいいんですか。」
「いいよぅ、ちょいと長丁場になりそうな気がしてなぁ。」
「いや、そうじゃなくて…賄賂的な、問題になるんじゃないかと。」
「正直に答えてくれた女の子に、ちょいとお礼をする。これができなきゃ男
じゃねえよ、お前。」
「だから、できるできないじゃなくて。」
「がーたがたゆうべな。それよりもだ、鷹君。」
錆平はパイプに口をつけ、現場を眺める。
「どう思う、お前?」
「ど、どうって?」
「今回の感じ、私見でいいで。」
錆平はふうっと、吸った蒸気を吐き出す。ひやりとした空気の感触に、
鷹君は力が入る。試されている、ような気がした。
「やはり、彼女の単独自殺ではない、ような気がします。誰かが関わった…
『事故』ではないかと。」
言葉を慎重に選びながら、事故という言葉を口出した鷹君に、錆平は、
ほぅ、とただ、言葉を吐いた。鋭い目は、未だ止まない。
「それは、どうして?」
「奏さんの、生前の性格については既に調査済みですが、
外聞についても、恨み辛みを吐かれるようなタイプではなく、
所謂色恋沙汰と思われる問題も、確認できませんでした。また、家庭内に
ついても特に問題なく、ストレスなどによる精神的な問題もありません。」
「つまり、自殺の線は低いと?」
「はい、自殺を選択する確率は非常に低く、また他殺という線も考えられにくい
かと思います。偶々、学園内に狂人が入り込み、彼女を襲ったのなら、
話は変わるかと思いますが。」
「それでも、誰かが関わった『事故』って考えるのは?」
「…あえて、彼女の言葉を信じるなら、『生きなさい。』と言われているのに、
死んでしまっている矛盾や、先ほどのあっけらかんとした性格を見ると…。
正直なんとも言えないんですが、『誰かが関わっているような気がする』と思いつつ、
自殺でも他殺でもない、『事故』なのではないかと…まだ私見による
憶測ではありますが、私はそう思いました。」
「なるほどねぇ…くっくっく。」
そういうと、錆平は満足そうに笑い出した。
「ま…間違ってましたか?」
「まだ解決の糸口もねぇのに、間違いも何もないよ。ただ、良いなぁと。」
「は、はあぁ。」
褒められたのか、と鷹君は訝しげに、また緊張が解かれたように声を吐き出す。
「先に聞いとくが、鷹君は最近の事件録や捜査ファイルに目を通したか?」
「あ…あぁいえ、それほどには。」
「そうか。こういう事件はねぇ、ここ最近なんだよ。」
「こういう事件、とは?」
「ガイシャがゴーストとして蘇るってやつ。そういうのには目を通したか?」
「…いや、ほとんど見てません。」
「…ぁ、まだほとんど秘匿されとるか。すまんすまん、意地悪だったな。」
そういうと錆平は軽く謝罪し、
「軽く、ちょっと昔話をしよか。」
現場を見回しながら、語り始めた。

-最初の事件は、確か27年前、『蒼海町女子生徒撲殺事件』だった。
気が触れたバカが、下校中の女子生徒を殴り殺したって事件だ。
ありゃ痛ましかったよぅ。
--あ、それは聞いたことあります。ニュースにもなりましたよね。
-お、覚えてたか。監視カメラも電柱もない、田舎の事件だってんで、
事件の痕は残っていても、情報が全くない。
あれの捜査は初め、困難を極めたんだ。んで、ある日、突然現れた。
--…ガイシャ、ですか?
-あぁ、ゴーストの姿になって、ふらついていたところを見回り中だった警察に
確保された。体調は、今のあの嬢ちゃんとおんなじ感じだったんと。
まあ、つまりは問題児だってなぁ。
--…問題児?
-本人のはずやのに、事件に関してはてきとーそうに答えるもん
やから、皆イライラしよってね。『誰かに生きなさいって
言われた』ってのはずっとはっきり言うとったのになぁ。
--はあ。
-そっから数日経つごとに、事件のあった道や友達の声とか聞いている
中で、ちょっとずぅ記憶を戻していって。犯人にまで行きつくことは出来たんやが。
--…やが、ですか?
-今度はその犯人の声と、聞いた声が一致せんって話が出て来よって。
犯人を目の前にして他の調査を止めれんっていう、なんとも可笑しなことが
起きたんよな。
--それは…困りましたよね。
-捜査しとったやつも、『ガイシャの言葉なんて聞くな!』って叫ぶ始末やし…。
まぁそれでもなんだかんだで、事件は解決したんだが。
--よかった、ですね。
-なあ鷹君。何で、ガイシャはゴーストになれたと思う?
--それは…分かり、かねます。
-実はそれが秘匿される理由でもあるんだが、どうやら『魔王様』が
影響しようるらしいよね。
--ま、魔王様ですかっ!?
-…秘匿義務、あるから、静かにな。
--す、すいません。
-こういう捜査に関わるんだから、先に知っててもえかと思ってね。
そもそも、ゴーストが生まれる要因に、昔は『大気中の魔力』による、こっちは
所謂、自然発生するってのがあるんだけど…。
--えっと、昔というのは、亜人が魔物だった時代の話で、よろしいですか?
-そうやね。そしてもう一つ、ゴーストは『誰かが使役する』場合の、使役して発生
するっていう、大体この2種類が発生原因とされてきたんだ。
それが最近、亜人として生活が始まってきたこの頃、『大気中の魔力』によって
発生するゴーストはめっきり数を減らしとるんよ。墓場などの、そういう大気が
渦を巻いている環境でさえ、あまり見なくなっての。
--そういえば、昔田舎に住んでいた時は、夜散歩していると、ゆらゆら揺れている
ゴーストとか、いた気がします。
-よう憶えとるね。逆に使役して発生する場合は、昔はそれで色々することに
適していたから、大体よく見るゴーストはこっちやった。
--あ、あの、色々?
-警察がいう、色々ってのは、大体真っ黒なことやん?
--…すいません。
-万引き、強盗、すり替え、透視、レイプにテロまで、何でも使い勝手がよかった。
だがそれも昔の話で、魔力コードが一般的になってきたこの頃やと、使役すれば誰かの
魔力コードかバレる時代にきた今やと、その数も減ったんよ。
…と思ったらこの頃は、『大気中の魔力』によって自然発生する場合が、
また増えてきつつあるんや。そして自然発生する場合、その多くの人が
『誰かに生きなさい』って言われる声を聞くらしい。
--それって!
-ああ。因みに、何故秘匿義務があるかは、分かる?
--大気中の魔力ってことは、つまり魔王様の魔力であるってことなので…魔王様の、
責任問題に、繋がりかねない、と?
-優秀、優秀。単純な話、『なんで自分の子供は死んだのに、あの子は助かった
のか?』って話になるんね。警察でも本人に調査をお願いしたらしいが…。
--原因は、分かったんですか?
-いや、何も。魔王様自身もこの現象について分かってないところが多いらしい
と、なんともお粗末な理由で今は片付いている。今後どうなるか、やね。
ちなみにわしは『魔王様の気まぐれ』と、この現象を呼んどるよ。
--…は、はぁ。初耳でした。肝に銘じておきます。

「小耳にはさむ程度でええよ、これからもよく聞くやろうし。んで、何が
言いたかったかというと。」
錆平は一服する。
「こういう現場で、さっきの嬢ちゃんの話を聞いて、大体は『他殺』を
考える奴が多い。事実、その声が犯人ではと勘ぐらな、いかん事も多かった。
でも、そんな中で『事故』の推察を立てたのは、立派だよって、そんな話。」
「…どうも、ありがとうございます。」
「わしも自殺も他殺もないと思っとる…だが、わしの見立てやと、
まだ足りてないんやないかなって思うんよ。」
「それは…ヨイ・コートフさん、でしょうか?」
思わず、もう一人の不明者の名前を思い出し、口に出す。
「彼女のぅ…親御さんも心配しとるに。まぁ、会ってみんと分からん
ところよ、それは。」
「…そうですね。」
「まぁ、ガイシャがゴーストで見つかったんだ。ヨイさんもすぐ見つかるわ。
…そーしたら、鷹君。」
「はい。」
「このガイシャの倒れ方をメモして、ここらの土をちょっと集めといてくれ。」

「錆平警部ー!屋上も現場再現が出来ました!」
上のほうから人の声がかかる。
先に行くよぅ、と錆平は学園の第一校舎の方へずいずいと進んでいく。
鷹君は指示されたことをこなした後、学園の中に足を踏み入れていった。
時刻は20時を回ろうとしている。仁太郎は第二校舎の2階から、
現場再現の状況を眺めた。
奏さんが落ちたと思われる場所に、白い線のシルエット。
よくよく眺めて、観察してみる。

「…抱きしめて、いる?」

そのシルエットは、何かを抱き抱えていたように横たわっていた。
頭から落ちた衝撃による倒れ方にしては、不自然な倒れ方をしている。

もう少し近くに寄りたいが、まだ警察らが現場にいる。
不用意に近づくのは避けたい。
にしても、ますますヨイさんを見つける理由が出来た気がする。
他にも、警察がいなくなった後の現場の捜査など、やることは多い。

…れか。

…微かに、声が聞こえた。
廊下を伝い、流れてきた音は小さかったが、確かに、耳に入ってきた。
音が聞こえた方に、仁太郎は足を運ぶ。

…誰か…せんか。

2階階段に辿り着くと、声は上から聞こえてきた。
3階以降に、いるようである。
階段を登ると、その足音に気づいたのか、気配がより近くなってきた。
仁太郎が左を向いた。
「あ…良かった、まだ人がいた。」
「えっと…あなたは?」
「あぁ、すいません。名乗り忘れていました。」
えへへ、とその人は笑った。

「私、ヨイ・コートフと申します。ちょっと意識を失ってて…。」
仁太郎は思わず、ポケットに入れていた手持ちの鏡を手にやる。
彼女の言動、妙な落ち着きから、まずは現状の把握させることから
必要だと思ったからだ。
「なるほど…ヨイさん。貴女は確か、ミューカストードの、女の子
だったはず、でしたよね?」
「そうですよ、それが何か?」
彼女に、鏡を開いて、姿を見せた。

「…貴女、ファントムになってますよ?」
「…は?」

ヨイは鏡を覗き込む。
「えええええ!!??」
普段なら、目玉を大きくしながら驚くはずの自分が、パチパチと電気を
放ちながら驚く様に、さらに驚いた。

「え、これ何?!えええ?!?!」

2人目の幽霊の叫び声が、第二校舎に響いた。
19/08/14 16:50更新 / maska-kist
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■作者メッセージ
2話目前編となります。

前回、「オナニー要素」も「独察要素」も少なかったので
今回、頑張ってみようと思ったのですが、最早無くなりました。
次回、2話目後編で頑張りたいと思います。

コメントくださった方、本当にありがとうございました。
コメントを貰えると、非常に励みになります。

前回は1話完結と致しましたが、今話は問題と解答に分けてみました。
そのため、問題における質問や推測をコメントしていただけたら、
それもまた、非常に励みになります。
その他のコメントに関しても受け付けております。
何卒、よろしくお願いいたします。

※「1.探偵が賢者になるとき、問題は解決される」の内容において、
キミカについて、「アトラク=ナクアとゴーストのハーフ」と
しましたが、「アトラク=ナクアとファントムのハーフ」と
修正致しました。

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