連載小説
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第2話 2日目その1「ふぅ……いやーいい買い物をしたわ。マジ名器だろコレ……」
「ふぁぁ……」
「どうしたのよ、眠そうな顔しちゃって。朝早いから寝ろって言ったのはどこの誰よ」
翌日、ヴァネッサは真っ赤に充血した目の持ち主に、起きぬけのイヤミを放った。
「うるせーな。この先の関所の事を考えてたら、緊張して眠れなかったんだよ」
「へぇ、あんたにも緊張なんていう繊細な感情があったのね、意外だわ」
「ほっとけ」
眠れなかったのはお前のせいだろーがっ!と叫びたい衝動を抑えつつ、レイは地図を広げる。
「いよいよ関所ね……本当に大丈夫なんでしょうね?」
関所を前にして、念を押すようにヴァネッサが確認する。
ここで少し関所について触れておく必要がある。
現在地からヴァネッサがいた隣国へ向かうためにはどうしてもこの関所を通らなければならない。それは人の道では進めないほどの険しい山々がここと隣国を隔てており、その間隙を縫うように関所が設けられているためだ。抜け道はあるかもしれないが、あいにくとレイはそれを知らなかったし、馬車では踏破できないだろう。
従ってこの関所を通るしか道はないのだが、この関所が難関であった。
一番の問題は積荷の検閲だ。
以前積荷の中に魔物が紛れていたという事件があり、それ以降魔物の魔力に反応する探知機のような物が関所に導入されてしまった。レイも前にこの関所を通った時、それを受けたから覚えている。
この探知機を荷物にかけられた瞬間、破滅がやってくるだろう。
要はレイ達の命運はこの検閲をいかにして切り抜けるか否かにかかっている訳だ。
「ま、なんとかやってみせるさ。細工は流々、仕上げはごろうじろってな。俺のカッコよさしっかりと見とけよ」
「なにバカな事を言ってるのよ。失敗するんじゃないわよ」
「そりゃわかってるって。こっちも、まだ死にたくねーからな」
なんとでもない、という風にレイは軽口を叩いた。しかし、その口調とは裏腹に、決然とした覚悟のような物を全身から発していた。
失敗はすなわち人生終了のお知らせ。レイが薄氷を踏むような思いだという事は、ヴァネッサにも見て取れた。
「まったく、もう……で、私はどうすればいいの?」
レイの胸中を汲み、ヴァネッサも口角を上げて不敵な笑みを浮かべ問いかけた。
二人とって、もっとも緊張する一日はこうして始まった。


− − − − −


隣国へと続く関所は、レイが今までに見た事もない厳重さを見せていた。
(おいおい、なんだよこれは……)
いつもならこの時間帯は、朝市にある商人の一団の検閲を終えて、気を弛ませた関所がレイを迎えてくれていたはずだった。
しかし、目の前の国境を隔てた門の前には、ざっと見ただけでもかなりの門番兵士がレイを出迎えていた。
「おいおいおい……どういう事だよ。なんでこんなに関所厳しくなっちゃってんの?」
以前ここを通った時との違いようにレイは驚愕した。
「なぁ、どうしたんだ。今日はやけに物々しいじゃねえか」
すぐ近くにいた、同じく関所の順番を待つ商人に詳細を聞いてみる。
「ん?ああ、お前さんも災難だったな。なんでも昨日、隣国で魔物とかなりでけえ戦いがあったらしくてな。それで魔物がまだ見つかっていないらしいんだよ」
「魔物だって?」
イヤな予感が押し寄せ、オウム返しに聞いてみる。
「ああ、どうやらお触れによると鎧を着た魔物らしいぜ。どこにいるかわからねえからこうして関所の警備も厳しくなっちまったみたいだな」
「へーなるほどー」
どう考えてもヴァネッサの事である。この商人の口ぶりからすると、すでに捜索もされているようだった。
予想以上の対応の早さに背筋から冷や汗が伝う。
「まったく、魔物が出るなんてなぁ。早く見つけてブッ殺してくれねえもんかね」
「……ああ、そうだなぁ。早く見つかってほしいよな」
すぐ近くにその魔物(の頭)がいるとも露知らず、人懐こそうな笑みでレイに問いかけてくる。
「……で、兄ちゃんも、隣国へ商売しに行くんかい?」
「え、そうそう。俺も交易しにね」
「ほー。やっぱ隣国となると武器関係かなんかか?」
「おう。蜜蝋はイロイロ使えて、隣国ではよく売れるからなぁ……それじゃ、あんがとな」
適当に相槌を打って話を切り上げたレイは、馬車の幌の中へと入っていくと、幌の奥の荷箱に向かって小声で囁いた。
「これから関所に行くぞ。音立てんなよ」
すぐに、その荷箱からくぐもったヴァネッサの返事が聞こえてくる。
「わかったわ。でも早くしてよね。この箱、蜜蝋臭くて堪らないわ」
「……文句言うんじゃねーよ。それくらい我慢しやがれ。それじゃあ、行くぞ」
相変わらずの物言いに、レイも変わらずに素っ気なく返す。やはりこの方がお互いしっくり来る。
眼前に迫る関所への不安が幾分か和らいだような気がして、レイはゆっくりと立ち上がった。
(ここまで来たら、もうあとには引けねえ。さぁ、やってやるか!!)


− − − − −


「よーし、止まれ」
関所に差し掛かり、槍を構えた門番がレイの馬車を止めた。
レイは馬車を降りるとサッと目で人数を数えた。手前の門に5人、奥の門に4人の計9人。恐らく待機室にもまだいるだろう。アーチ型の門が開いているとはいえ、これでは強硬突破は難しい。やり過ごすとなればやはり『コレ』しかない。
「まずは身分証を出してもらおう」
「わかりました……どうぞ」
懐から身分を示す書状を取り出し、門番に渡す。と同時に、紙に包まれた筒のような束もいくつか一緒に添えた。
門番達が小さく息を呑んだ。そして目配せし、薄く笑った。
「……なるほど、商人か。今回の通行目的は交易でいいんだな?」
「はい、積み荷は主に蜜蝋です。あとは野菜、材木……まぁ『イロイロ』です。大丈夫でしょうか?」
「……よし、じゃあ『一応』荷物を改めさせてもらう。すまないが、これも仕事だからな」
「ええ、構いませんよ」
ニヤリと笑い、筒のような―銀貨を紙で包んだ―物を渡した門番を馬車へ案内する。この様子ならかなりのお目こぼしをしてくれるだろう。
(ちっ……門番がこんなにいやがるなんて計算外だな。余分に包みを作っておいて正解だった。大人数だとそれだけで結構な出費だがな)
内心舌打ちを打ったものの、なんとかなりそうだという気配に、レイはホッと胸を撫で下ろした。
これで通行できるなら安い物だ。見てくれの警戒は厳重であるが、肝心の門番がこの有様では世話がない。
そもそもマジメに仕事を勤めるような奴が、関所などいる訳がない。対魔物探知の道具に任せきりで、魔物の追い払う以外の業務は適当にこなしていく連中なのだ。
人には大らかで甘く、魔物には厳しい。まさしく隣国の人々の縮図を表していた。
「ふむ……特におかしいものはないようだな」
ざっと見渡しただけで、対魔物探知の道具すらも使用せず門番が口を開いた。
「わかった。まぁこれなら通ってもいいだろう」
「ありがとうございます」
門番が通行許可証を取り出した。
よし、これで通れる、と諸手を上げようとしたその時だった。昨日ぶりの疫病神が、レイに満面の笑顔を向けてきたのだ。
ガタン、と馬車の奥、積み上げられた荷箱の一つから物音が響き、レイの全身から一気に血の気が引いた。
「ん?なんだ今の音?」
「あ、それは―」
レイがもう一束賄賂を取り出して黙らせようと懐に手を入れる。
だがその前に、門番は対魔物探知の道具を荷箱に掲げていた。魔物の魔力に対して鋭敏に反応する装置は、故障する事なく正常に作動してしまった。
「……!!おい、これはどういう事だっ」
探知機の反応を見た瞬間、門番の顔が豹変する。
隣国に出入りしていたレイは知っている。魔物を心の底から忌避嫌悪する、憎悪の感情がベットリと染み付いた顔だった。
「おい、ちょっと来てくれ!!」
門番は声を荒げ、外にいる他の門番達を呼びかけた。
最悪の状況がサクサクと構築されていき、レイの血の気は青を通り越し、いよいよ白くなろうとしていた。
(あんの……アホ生首がぁっ!!)


− − − − −


(なんで、なんでこんな事になっちゃったのよ……っ!)
一方、アホ生首ことヴァネッサも、レイと同じく血の気が引ききっていた。
レイの指示はいたって簡単だった。まるで人形のように声一つ、物音一つ立てず、荷箱の中にいる事。
蜜蝋の荷箱の中で息を潜めていたヴァネッサとて、物音を立てる=死、だという事はしっかりと認識していた。
だからこそレイと門番が幌の中で通行許可証のやり取りをしている際も、ヴァネッサは物音を立てないよう細心の注意を払い、忠実のその指示を実行していたのだ。
荷箱の中に、あの黒い悪魔が侵入していると気づくまでは。
「……!」
思わず声を発しそうになったが、ギリギリで堪える。
外にはレイと門番がまだいるのだ。ここで声など発してしまっては全てが水泡に帰してしまう。
恐らく蜜蝋に引き寄せられたのだろう、カサカサと蜜蝋の瓶を這い回るそれを刺激しないようにヴァネッサは息を潜めるように努めた。だが悲しいかな、瓶への興味を失った悪魔は、とうとうヴァネッサへと標的を変えてきた。
「……!!」
ヴァネッサの全身(※首のみ)から、一気に血の気が引いた。
普段は小さな虫だというのに、正面から素早く近づいてくるその様は異様な威圧感があった。悪魔は正面を一旦逸れると、瓶と同じように背後に回り込んだ。
視界から消え、僅かなカサカサという音だけがヴァネッサの恐怖を煽り立てる。
手も足も出ずにただ恐怖するしかできない。この状況、昨日の夜と同じだった。
(く……本当に、本当に不便な体ね。近くに胴体がないと何も出来ないなんてっ……!)
胴体がなくてもなにかできる奴なんざそうそういないのだが、ヴァネッサは自分の無力さ臍を噛んだ。
(……ひっ!?)
と歯噛みしている間にも悪魔はしっかりと這い回っていた。蜜蝋のニオイがほんのり移ったヴァネッサのうなじに体を擦りつける。
込み上げる嫌悪感に、首がかすかに震えてしまう。
悔しい、ビクンビクン状態のヴァネッサに構う事なく、悪魔はさらなるに暴挙に出た。うなじから正面に一周し、そしてヴァネッサの口元へとその節足がかかろうとしたのだ。
「…………!!!!!!!!」
犯されるという言葉が、頭の中で浮かんだ。その言葉は、レイの厳命をかき消すには充分であり、気づけばヴァネッサは物音がするほど必死に首を動かして、悪魔を振り払ったのだった。

門番に荷箱の蓋がを開けられると、ヴァネッサの血の気は青を通り越し、いよいよ白くなろうとしていた。
(あああ……見つかっちゃった……)
目を瞑り、ジッとしているヴァネッサの上から、門番達の険しい声が降りかかってくる。
「おい、貴様。なんだ、コレは?」
「いや、実は、これは……あー」
問い詰められ、しどろもどろになりつつも返答するレイ。
「これは?」
視線がより剣呑に、そして佩いている剣に手がかかる。
(お願い、なんとか切り抜けて!!)
自責の念に押し潰されそうになりながら、一縷の望みをかけてヴァネッサは心の中で祈った。
最早、ヴァネッサの命運はレイの双肩と口先にかかっていた。
そしてヴァネッサの願いが通じたのか、レイはこの事態を打破するある意味乾坤一擲で、そして最低な言い訳を口にした。





「これは……実は………………オナホなんです」





「…………………………は?」
(…………………………は?)
一瞬の間を置き、門番が気の抜けた声を発した。ついでにヴァネッサも心の中で疑問符が浮かんだ。
(な……なに言ってんのよ、このアホ男はぁぁぁっ!?)
ヴァネッサを含めた一同は、予想だにしなかった回答に唖然とした。
「だーかーらーこの生首は、オナホールなんですよ」
一方、言っちまった者勝ちだと開き直ったレイは再度、言い切った。
それはもう力強く言い切った。
「普通とは言いがたい商品でしたので申し上げにくかったのですが、この際ですのでご紹介させていただきます……よいしょっと」
(……うわ、ちょ!)
呆気に取られているヴァネッサを尻目に、レイは箱からそのヴァネッサを取り出した。
「実はですね、これは蝋とその他もろもろの材料で作りあげたオナホール、商品名『ヴァネッサたん』といいまして、隣国のさる貴族様からのご依頼により作成され、運搬している最中なんです」
あとはもう、立て板に水を流すが如く嘘八百をまくし立てる。
(こ、このバカ……ウソ吐くにしても、もっとマシなウソ吐きなさいよ!)
突飛なウソではあるが、当のオナホールが訂正を入れる訳にはいかない。ヴァネッサは自分を抱えている男から流れてくるウソを真実にする以外に助かる手段はなかった。
「そ、そうなのか?それにしてもまるで……人間みたいだな」
「ええ、そうでしょうとも」
怪訝そうな顔で困惑している門番達にレイがニッコリと笑う。まるでこの「商品」を褒められて、それを誇っているかのように。
まさしく商人としての満足げな笑みだ。
(うわぁ……見られてる。凄く見られてるぅ。あんまこっち見ないでぇっ!!)
その笑みの下で、本物の生首が固唾を呑んでいるとは思わないだろう。
「名うての職人が苦心して作り上げた、人間と見紛うばかりの超一級品のオナホールなのです。まぁ人形ですので流石に肌は白くなっていますが、それでも本物のようでしょう?」
ふにふにと頬を指でつつく。
(ひぃぃぃぃ。触るな、このバカぁぁぁあぁぁ!!)
その度に蒼白になった肌が指を弾き返し、ヴァネッサは戦々恐々となる。
「あ、ああ……」
「その精巧さは外見だけではありません。口の中は特殊な木の樹脂を用いておりまして、まるで本当に人間にフェラチオされているかのような感触がお楽しみいただけるのがウリなんですよ」
「それは凄いな……しかしなぜ、この探知機が反応したんだ?」
「詳しくはわかりませんが職人達の話によれば、先ほど説明した特殊な樹脂の中に魔力が含まれているとの事です。もしかしたらそれに反応してしまったのかもしれません」
「魔力だと?」
「はい。探知機の精度はモノによってバラつきがありますし、魔物の魔力と判別できない事例もあるそうです」
「うむ……そういう事もあるのか……」
「ええ、恐らく」
自信ありげに断言され、門番達も多少疑いながらも納得のそぶりを見せる。が、当然そんなものはレイの大ウソである。商人特有のハッタリが見事に炸裂している。
「……というわけでして、お騒がせして申し訳ありませんでした。まさか、私もコレが反応してしまうとは夢にも思わなかったので」
納得のそぶりを見せた瞬間、相手に熟慮の隙を与えないようレイは頭を下げた。
大勢の人が未だ関所の後ろに控えている中、なおかつ自分の方が悪いのではないかと思わせる全力の謝罪。「笑顔」に次ぐ商人の武器の前に、門番達もたじろいだ。
「いや、そういう事なら仕方ないが……それにしても、商人というのは、その、そういうモノも扱っているのか?」
「ええ、需要があればそこに商人の利がありますから」
再びニッコリと笑い、レイは幌の隅に合った巾着を引き寄せると、そこから別のオナホを取り出した。
「なっ!?」
「なんでしたら、お詫びも兼ねて今ここにある関連商品を割引させていただきますよ。どうです、こんな女っ気のない関所にいちゃイロイロ堪っているんじゃないですか?」
それを見た門番達はあまりの居心地の悪さに、
「わかったわかった。他の者が見ている!早くそれをしまえ。もう行っていいからっ!!」
と慌ててレイを止めた。
「そうですか、それは残念」
言質を取ったレイは素早くエログッズ、そしてヴァネッサをしまうと、蜜蝋の箱の蓋を閉じた。
そして通行証を受け取ると、門番達に一礼し、レイは馬車の手綱を握る。
「それでは、失礼します。お騒がせしました」
呆れ顔の門番達を尻目に、意気揚々とレイは門をくぐる。その裏で、脂汗を流しながら。
(頼む!このまま通させてくれ!!)
心の中で必死に祈る。
このまま馬を走らせたい衝動を抑え、怪しまれないように一歩また一歩と馬車を進める。
そして門の出口、国境の反対側をついに越えた。
「ふぅ……」
再び眼前に広がる街道を見て、レイはホッと胸を撫で下ろした。
こうして、嘘八百を並べ立てた二人は、ギリギリの所で事なきを得たのである。
かと思いきや、突然のストップが馬車の後方から伸びてきた。
「おーい!!」
「ひっ!?」
振り返ると、さきほどの門番が慌てた様子で馬車に駆け寄ってきた。
「は、はい。なんでしょうか?」
ホッとしたところに予想外の襲撃で形の崩れた商人スマイルを浮かべるレイ。
「言い忘れてた事があったんだが、その……」
門番は言いよどんだあと、意を決して口を開いた。
「……オナホ、やっぱ一つ売ってくれないか?」


− − − − −


「あんたなに言ってるのよ……。恥ずかしかったじゃないの……!」
今度こそ関所を越えて誰もいない街道で、オナホから生首に戻ったヴァネッサは文句を言った。
「いや、一番恥ずかしかったのは俺だろう。というか、そっちこそなにやってるんだよ。お前が騒がなければ、もっとすんなり関所を越えられたんだぞ」
「それは……悪かったわよ。でも仕方ないじゃない。その、ゴ……む、虫が、じわじわと口の中に入ってこようとして来たんだから……」
「ったく。まぁ、よかったな。虫にレ○プされなくて」
「レイ○って言うな!まったく、あなたが蜜蝋の籠に入れなければ……」
そこまでブツブツと漏らしていた文句を、ヴァネッサはふと言い淀んで切った。
(そういえば、この男、もし見つかったら人形のようにして動くなって言ってたのは、もしかして見つかった時のための言い訳だったの?)
よぎる考えにヴァネッサは立ち上る怒りを沈め、改めて先ほどのレイの言い訳を反芻してみた。
オナホという言い訳も、よくよく考えてみれば中々うまい言い訳だ。生首などという奇異な物が現れた場合、下手にまともな理由をつけていたら、時間が長引いて怪しまれる可能性が高まってしまう。
だがオナホという馬鹿げた抗弁が、その怪しさを上書きさせた。さらには「性的なもの」という一種の背徳感にも似た引け目を与える事ができる。現にあの時門番も「もういいから早くしまえ」と口走ったのだ。
さらにヴァネッサの首を蜜蝋の籠に入れた事で、蝋の臭いが生物特有の「生きている臭い」を消して、なおかつ「人形らしさ」を印象付けていた。
(そこまで計算して、私を蜜蝋の籠に……?だとしたら、この男……)
ヴァネッサは、悠々と手綱を引く男の顔を横目で見やった。始めて会った時と同じく、ヘラヘラと軽薄そうな表情が顔に張り付いている。
その顔をまじまじと見ていると、その顔に裏があるように思えてきてしまう。
(いつも頭が悪そうな顔をしているくせに……。なんだかんだで事態を切り抜けてしまったし。もしかしたら、こいつ、本当は凄い奴なんじゃ……)
軽薄そうな顔を見上げているヴァネッサの中で、ほんの少しだけレイの株が上がる。
がそこはお約束、次の瞬間には暴落させる一言をレイが放った。
「それにしても、おかげで俺の大切なアイテムを手放すハメになっちまった……ついてねーな」
「……え?」
レイの発言に、一瞬の間を置いてヴァネッサは驚きの声を上げた。
「あの……い、いやらしい道具って、見つかった時のために用意したんじゃ……」
「んなわけねーだろ。お前と出会ったのは偶然なんだぞ。あれは完全に俺の自前。一人旅を癒してくれる大切な恋人達だ」
「…………」
「ったく、あの門番のオヤジ、冗談を真に受けやがって……。ああくっそー『フレアたんMK.2』。お気に入りだっただけどなぁ……ん?ってちょっと待てこれじゃ俺とあのオヤジ、義兄弟になるんじゃ……」

そこまでレイが言おうとした時、ヴァネッサの怒号が馬車周辺の道に響き渡った。


ちなみに余談ではあるがその日の夜、関所にて「フレアたん……ハァハァ……うっ!」という産声と共にレイに義兄弟ができた。
11/12/02 21:27更新 / 苦助
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■作者メッセージ
正直、コレを書きたいがためにこの物語を作りました。後悔はしていません。
あと全3話の予定でしたが、諸所の事情により話数が増えます。
書き終えてはいるので校正した分を随時更新していきます。

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