連載小説
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第3話 2日目その2「どうしてこいつはこんなアホなセリフほざけるんだ!?」
「……なんだよ、いーかげんに機嫌直せよ」
少し進んだ所で街道を外れ、指示された道なき道を進んでいるレイは、先ほどから理由も分からず激怒しているヴァネッサをなだめていた。
「……」
いかんせん当の生首はというと、レイから目を逸らし事務的に必要最低限の情報しか答えず、あとは無言を貫いていた。
(なんだよ、なんでこいつ怒ってるんだよ。わけわかんねー)
怒りの原因がまったく理解できないため、流石のレイもどう対応していいのかわからない。とりあえず、チラチラと様子を窺っているのだが、
「……っ!」
視線が合う度に逸らされてしまう。
(さてと、どうしたもんかね。視線が合うって事はこいつも俺を見てるって事とだし、言うほど怒ってねえのか?それなら……)
「はぁ……で、こっちでいいのか、お前の言う集落ってのは」
「……そうよ。このまましばらく行けば、集落の麓が見えてくるはずだわ」
普通の問いかけには無言だったが、必要最低限の情報ならば一応答えてくれる。ここから会話を広げていくしかない。
「だけどよ、まだ騎士達は駐屯してんだろ?どーすんだ、見つかったらおしまいだぞ」
「それに関しては、あなたが頑張るしかないわね」
「結局俺かよ……」
「そうなるわね。まぁ集落は別に柵とかないし、どこからも入れるようになっているから、見張りにさえ見つからなければ大丈夫よ。見つかっても、私の事がバレなければ大丈夫よ!」
(お、ようやくこいつもノッきたか)
事務的な声も硬さもほぐれ、いつもの調子に戻ってきたのを感じ、さらに会話を続ける。
「裏っ返せばバレたらそこで人生終了のお知らせって事じゃねーか」
「そうとも言うわね」
「そうとしか言わねえよ」
「と、に、か、く、頑張ってよね」
「へいへい。お前も、関所の時みたいなポカすんじゃねぞ。またオナホになりたくなければな」
「っす、するわけじゃないでしょ!このドスケベ!!」
顔を真っ赤にしてヴァネッサが怒号を飛ばす。漫才のよう掛け合いの応酬にもトゲがなくなり、ここでレイも訳の分からない居心地の悪さから解放された。
(はぁ……こいつの機嫌も直ってきたみたいだな。ったく今までのどれよりも面倒臭え女だな……)
荒れた馬をどうにか御した時のように深くため息をつくと、レイは手綱を握り締めた。
「まぁ、しょうがねぇか。ここまで来たら最後までやるしかねえし、さっさと行くか」
いつの間にか隣にいる存在を「女」と評している自分に気づかないままに。


− − − − −


(あ、この男のペースにノせられてる)
そう気づいた時には遅かった。先ほどまでの頑なな態度はあっさりと崩れ去り、気づけばいつものように憎まれ口を叩きあう状態に戻っていた。
(ううぅ……なんかこいつの前だと調子狂う)
いつの間にかデュラハン(笑)という存在になり下がっていたヴァネッサであったが、これでも魔王軍では中核を担うデュラハンとして、尊敬と信頼を一身に受けていた。そんなヴァネッサにとって、いいようにあしらわれているという事実は屈辱であった。
(それも、こんな軽薄でスケベな人間にここまでコケにされて、挙句オ、オナホって言われるなんて……)
自分もそれなりの年月を生きていたが、まさかオナホール呼ばわりされるとは予想だにしなかった。思い出すだけでも身もだえする(頭のみをプルプル震わせている)ほどの羞恥だったが、そのオナホで九死に一生を得たというのがまたヴァネッサを苛立たせていた。
しかし別段そこまでレイに非があるわけではないので、正面切って怒りをぶつける訳にもいかない。そのため押し黙る他怒りを紛らわせる手段がなかったのだ。
(だいたい、こいつはなんなのよ!人間って言うのはもっとこう……魔物に対して攻撃的なものじゃなかったの?)
魔物に対する人間の反応は大別して二つある。一つは「魔物死すべし」と高らかに叫ぶ反魔物派の人間。これは教会の影響が強い国家周辺での態度だ。そしてもう一つは「魔物と共に」とする魔物擁護・共存派の人間。文字通り、魔物と共に生きようとする派閥だ。
大半の人間は前者であり、襲撃にあった集落周辺の人間もそれに含まれていた。現に関所でレイと言葉を交わした商人も、魔物に対して嫌悪感をあらわにし、集落を襲撃した騎士達も皆、瞳に憎悪をたたえ猛然と剣を振り上げてきた。
各地の最前線でその嫌悪感を浴び、その刃を打ち払ってきたヴァネッサにとって、この目の前にいる男の態度は今まで相手にしてきた人間達とどこか違っていた。
(でも、共存派の人間ともどこか違うのよね……)
依頼を断った時、淡々と理由を述べていたレイの目を思い浮かべる。
騎士達と同じく憎悪という訳ではなかったが、好意的でもない不思議な目をしていた。
ところが断った直後、本当に死を覚悟したヴァネッサを前に一転、依頼を承諾して見せた。「魔が差した」とうそぶくその目には、憎悪とも先ほどの感情でもない、別のものが映っていた。
当初は半信半疑のヴァネッサも、レイの言動に困惑しつつも軽口を叩くまでにこの軽薄男を認めていた。
(確かに、あの騎士団のような非情な奴らではないとはわかったけど)
それでも依頼承諾時の変わり身ようは、ヴァネッサの心に引っ掛かりを残していた。
あの時、見なかった事にしてヴァネッサを放置すれば、こんな危険な目に合う事もなかったはずである。
実際、共存派の人間に同じ依頼をしたとして、全員が全員首を縦に振るとは限らないだろう。
しかし、今もこうして自分の隣で騎士団が多くいる集落へと向かってくれている。自分の体を捜すために。
それがどんなに危険だと分からない訳がない。
(それなのに……どうして、どうしてこいつは私をここまで助けてくれるの?)
前者でも後者でもない、不思議な男。それがヴァネッサの隣にいる、レイという軽薄男だった。
(本当に、なんなのよ。この男……)
「おい、ヴァネッサ」
しかし、その思考も不思議な男によって中断させられた。
「な、ななによ。今考え事してたんだからっ」
「んなもん、後にしろ。見えてきたぞ」
声をかけられて目線を正面に向ける。
「あ……」
目の前に目的地である集落の山がそびえ立ち、ここでようやく自分が随分と長考していたのだと気づいた。
同時に、集落の苦い記憶も蘇り、自然と眼光が鋭くなった。
「あそこが終点、だな」
「ええ……あれが」
ヴァネッサは忌々しげに山頂部へと目を向けた。
「私達、魔物が不意打ちを受けて敗走した、集落よ」


− − − − −


馬車を麓の林に留めて目的の山を登り始めてから、中腹あたりまで差し掛かったところであろうか。
それまではある程度楽に到達できたのだが、急に進行が難しくなってきた。
「ちっ……思った通り、所々に騎士がいやがる。面倒臭ぇ」
歩き去っていく見張りの騎士をやり過ごしつつ、茂みに身を潜めるレイは悪態を吐いた。
中腹を過ぎてから、見張りとおぼしき騎士の姿がちらほらと見られるようになってきた。レイはその度に茂みや岩陰に隠れ、騎士の目を誤魔化していたのだが、都合これで6人目となっていた。
「ふぅ……」
完全に6人目が去っていくのを確認した後、レイは背負っていたずだ袋に顔を寄せた。
「……行ったみたいね」
ずだ袋の底から、ヴァネッサのくぐもった声が漏れ出てきた。レイが両手の自由が効くようにと、ずだ袋に押し込めておいたのだ。当のヴァネッサはこんな汚い袋に入るのはイヤだと文句を言っていたが、登り始めてからは観念したのか、見つかったらヤバイと自覚しているのか、大人しくずだ袋の中に納まっていた。
「ああ、そうだな。でも、どいつも緊迫感がないみてえだな」
「戦勝気分に浸っているって事でしょ。まったく、あんな手を使ったくせに……」
「文句は後だ。そんな事よりどうだ。まだ胴体が近くにいるかはわからないか?」
ずだ袋から憤怒の声を上げるヴァネッサを制すと、肝心の情報―近づけばわかるという胴体の感覚―を尋ねる。
「そうね。微弱ながらに伝わってきているし、もうこの近くだと思うわ」
「この近く……あそこか」
首を巡らすと、林立した木々の奥にゆるやかに傾斜する獣道らしきものが見え、その先が開けていた。どうやら、そこが集落のようだ。
「よっし、いつ見つかるかわかんねえし、急ぐぞ」
「そうね、でも相手は油断しているとはいえ騎士なんだから、気をつけなさいよ」
「へいへい、わかってるよ」
煤けたずだ袋に向かって軽口を一つ叩き、レイは獣道を駆け上がっていく。
獣道を抜けた先は、簡素な小屋が軒を連ねる集落だった。
「ヴァネッサ、集落に着いたぞ。真っ直ぐでいいんだよな?」
一度、その小屋の陰で、再びずだ袋に指示を仰ぐ。
「そうよ。この大通りをそのまま真っ直ぐ、集落の中心へと向かって」
「あいよ」
短く答えると、時折行く先々の建物に身を隠しつつ、目の前に伸びる道を慎重に進んでいく。
集落に入る手前に、ヴァネッサから集落の立地を聞かされていたので、レイの足取りにも迷いはなかった。
この集落を端的に表現するならば、山の中心部を交点とした大きな十字路もしくは十字架というのが的確であろう。
十字の内三つの棒を出入り口がある通路とし、残りのひとつが長の屋敷へと続く道という非常に簡単なものとなっていた。
ヴァネッサの胴体があると思われる魔方陣が敷かれた洞窟を尋ねると、
「長の屋敷へと続く階段の途中、右手側に楠が一本あるわ。そこを右に曲がると、一見ただの岩壁にしか見えないけどそれが隠し扉なの」
と説明してくれた。
要は集落の中心へ行き、階段を登り、その途中を右に曲がる。
手順だけを言えばそれだけで事足りるのだが、現実はそう甘くはなかった。
「げっ!」
建物の陰を転々と移動し、集落の中心まで目前という所で、レイは足を止めた。
「どうしたの、まさか見張りがいた?」
「ああ、そのまさかだ。なってこった……」
近くにあった納屋から顔だけを出して状況を再確認し、苦虫を噛み潰したような顔で呻いた。
「あのバカども……よりにもよって階段のまん前で酒盛りをしてやがる……」
「ウソ……ちなみに、人数は……」
「……3人」
「それは厳しいわね……」
その説明に、ヴァネッサも苦い声を漏らした。
階段の前で騎士が見張りをしている……という程度なら、交代の合間を狙ったり物音を立てて誘導したりと、まだどうにかできたかもしれない。しかし酒盛りをしているという事は、当分そこから動かないという事を意味している。
「くそ……一人で酔っ払ってるならむしろ好都合だが、3人もいちゃあな……一応聞くが、他に道は」
「あるわけないわよ……とりあえず、ここで様子を見るしかないわよね。もしかしたらそのまま居眠りするかもしれないし……」
「ああ……」
ヴァネッサの意見に頷き視線を移すと、酔っ払い特有の赤ら顔でバカ笑いする騎士達の喧騒が響いてきた。


「……しかしまぁ上手い事いったもんだ、今回の作戦は」
騎士達の中でも厳つい体をした最年長らしき男が、酒瓶を口に傾けて直接流し込む。帯剣はしておらず、抜き身のまま横に剣が置いてある。
「そうですね、これを思い付いた奴は天才ですよ……おっ、ついでやるよ」
それに答えたのは最年長の男よりも肩幅は一回り小さいが、長身の男だった。こちらも同様に槍を傍に置いている。
「あ、どうも……」
そして最後に、長身の男から酒を注いでもらっているは3人の中で最も若い男だった。まだ表情に青さが残り、後生大事に帯剣している様は新人だというのが窺える。
しかし受けたグラスに口をつけず、新人はどこか浮かない顔で押し黙っていた。
「おいおい、どうした。そんな顔して。ははぁ……こんな場所で酒なんか飲んでも大丈夫かって思ってんだろう?気にすんなって。大勝利を収めた今、酒を咎める奴なんざいやしないさ」
「いえ、そうじゃなくて……今回の作戦の事です。被害も軽微で、確かに見事だと思います。ですが騎士たる我らが、このような騙し討ちまがいの事するなんて……」
そう言って新米の騎士は沈痛な面持ちを浮かべる。どうやらヴァネッサも言っていた今回の奇襲を、彼も汚いと感じているのだろう。
だが彼の悩みを、年長の騎士は一笑に付した。
「はははは、いいか新米。騎士はな、確かに正々堂々としなきゃならん。だがそれは人間が相手の話だ。お前は狩りで弓で射る時に、わざわざ獲物に撃つぞって言うか?言わねえだろ。それと一緒だ。魔物みたいな犬畜生にも劣る奴らなんかに正々堂々とするこたぁねえんだよ」
魔物に対して悩む事すら論外、そう言わんばかりの勢いで語る年長の騎士。
「そ、そうかも……しれません。ですが、奇襲の時に使った捕虜、あれは人間ですよ!!」
人間、という言葉に年長騎士の眉が少しだけ動いた。
魔物がいる集落では、人間達も暮らしている場合がある。それは魔物に捕まって監禁されていたり、夫婦となって共に暮らしていたりなどがある。集落に攻め込んだ際、騎士団は前者に対し厚く保護し、後者に対しては捕虜とした後、尋問や拷問、宗教裁判にかけていた。
これまでの戦役は長く続いていたため、そういう後者の人間達が捕虜としていてもおかしくはない。
「なーに言ってるんだ。あの捕虜は人間なんかじゃねえんだ。あいつらは汚らわしい魔物を、妻とか友達なんてほざくキチガイ共だぞ。いわばゴミだ、ゴ、ミ」
新米騎士の物言いを、年長の騎士ら二人はまやもや一笑に付した。
人間ですらも、魔物と親交があれば容赦しない。彼らの前では魔物の全てが悪であり、自分達は正義だった。
「そうそう。むしろそんな生きてる価値もないゴミが、俺達の作戦の役にたったんだから光栄に思って欲しいもんだ」
長身の騎士も強く相槌を打ち、大きくグラスを煽った。酒が回ると饒舌になるタイプらしく、嬉々としてさらに口を開く。
「プハーッ!ああ、思い出すだけでも痛快だぜ。停戦で捕虜の人間を解放するって言葉に、ノコノコ山から下りてきたもんなぁ。偽の調印が終わって、捕まえたゴミ共を乗せた馬車を出したら、喜んで群がりやがって……ククッ、爆薬積んでるとも知らずにな。ゴミもろともキレイに吹っ飛んで、いい光景だったぜ。ねえ、隊長」
「まったくだ、あーはははははっ!!」
長身の騎士に振られた年長の騎士は、二人そろってあたり一面まで響くような大笑するのであった。


吐き気を催すような下卑た哄笑が、レイの耳にも流れて来る。魔物への悪意に微塵も疑い持たない、狂った笑いだった。
「あ、あいつら……」
「おい、ヴァネッサっ!?」
レイがその笑いに顔をしかめているとその背から震動が、怒りによる震えがずだ袋越しに伝わってきた。
「許さないわ……絶対に許さない……」
袋に入っているため表情は分からないが、普段の凛々しい顔を怒りで歪ませているに違いない。おそらく体があれば今すぐにでもあいつらへ特攻し行くと容易に想像がつくほどに、その声は怒気とそして殺気を孕んでいた。からかっていた時のとは違う、背筋が凍りつくような殺気をレイは間近で感じていた。
(ヤバい、こんな殺気ビンビンに出していたら気づかれちまうかもしれん)
「……悔しいのは分かる。だがここは抑えろっ」
「でも……あんな、あんな恥知らずな手を使っていたなんて……」
衝撃の事実に湧き上がる感情を抑える事ができず、未だにガタガタと震えるながら答える。
(まずいな……本当にここは一度離れた方が……)
本気でレイがそこまで考えていた時であった。
「うわぁぁぁっ!!」
新米騎士の悲鳴がつんざいてきたのは。
「なによ、今のは!ちょっとレイ、なにが起きているの?」
その悲鳴にヴァネッサも気を取り直したようだった。
「なぁ……ヴァネッサ」
しかし今度はレイの方が動揺し始めていた。まるで呆気にとられたかのような間抜けな声でヴァネッサを呼びかける。
「え、なによ。レイ?」
「お前の胴体ってさ、もしかして黒っぽい鎧?」
「え、ええ。そうよ」
「そんで、腰にムチ下げてる?」
「……なんであなたがそれを知ってるのよ?って、ちょっと待ってよ。この感じって……」
唐突な質問に困惑していたヴァネッサだったが、途中で気づいてしまった。怒りに我を忘れて察知できなかったが、自分の分身が相当近い所まで来ているという事に。
悲しいくらいに絶望した声で、レイはヴァネッサに尋ねた。
「ああ……首のない黒い鎧が、剣持って階段から降りてきたんだけど、あれはどう見てもお前の胴体だよな?」

ヴァネッサの怒りに反応したのか、はたまた別の理由があるのかは分からなかったが、ヴァネッサの胴体は魔方陣のある洞窟を抜け、ふらふらと階段を降り、そして酒盛りしている騎士達と遭遇した。
一方呆気に取られていたのは騎士達も同じだったようだが、彼らもそこは歴戦を強者。突然の登場に動揺したのはほんの一瞬だった。
「お前ら武器を取れぇっ!」
最初に反応したのは、やはり年長の騎士であった。傍らに置いた剣を掴み素早く号令をかける。
「ちっ!まだ魔物がいやがったのか」
次に長身の騎士も槍を構え、
「……っ!」
新米騎士もぎこちなく剣先を目の前の胴体へと向ける。
(どうするどうするどうするどうするよ、俺!?ここは加勢すべきか?魔物ならこの数の不利をどうにかできるかもしれねぇし……)
こっそり胴体を回収するという作戦も見事ご破算になった今、めまぐるしく頭を回転させる。
しかしその結論を出すまでもなく、ヴァネッサの剣が弾かれる高音と共にレイの思考は中断させられた。
年長騎士の振りかぶった第一撃目が、あっさりと叩き落したのだ。
「あ」
「弱っ!!」
叩き落した本人もここまで上手くいくとは思っていなかったのであろう、あまりのあっけなさに目を丸くしていたが、すぐに残りの騎士達に指示を出した。
「今だ、かかれ!!」
「おうっ!」
「はいっ」
命令を受けた二人もすぐに飛び出した。
長身の騎士は弾かれた剣を槍で押さえ、新人の騎士は胴体へと飛び掛った。
かくしてあっさり剣を封じられた胴体は、あっさりと組み伏せられ、あっさりと捕縛されてしまった。
「おいおいおいおい、勇猛果敢でその名を馳せるデュラハン(笑)の腕はどうしたっ!?」
「それは首が胴体と一緒にいる時の話に決まってるでしょーっが!普段の私だったらあんな奴らひとひねりよっ!!」
「じゃあなんでそんなんでしゃしゃり出てくるんだよ、バッカじゃねーの!」
この人数で立ち回れるとは思っていなかったが、それでももう少しは奮戦してくれると期待していたレイは頭を抱えた。
周り援護もなく、人数的にも不利で、挙句の果てに目的の物が手に落ちる。
あまりにも絶望的な状況であった。
「……もういいわよ」
「あん?お前、なに言ってんだよ」
打開策を思いあぐねているレイに、ずだ袋越しにヴァネッサが声をかけた。その声は今までの態度と打って変わり、静かに沈んでいた。
「だからもういいって言ってるのよ」
「……ここまで来て諦めんのか?それがどういう意味か、わかってんのか?」
胴体を諦める。それはこの生首にとって、死の選択に他ならない。
それがわからないはずもないにも関わらず、ヴァネッサは言葉を続けた。
「あなたは、ここまでよくしてくれたわ。普通だったら、私の事なんて放っておくはずなのに、見捨てずに助けてくれた。でもここまでしてもらう事はないわ。あなただけなら、誰にも見つからず下山できる。今ならまだ間に合うわ。私を置いて……逃げてちょうだい」
「……」
レイは無言でずだ袋の口を開けた。
「レイ……?」
ヴァネッサを取り出し、その目を見つめる。当初、捨て鉢の自棄を起こしたかに思えたが、ヴァネッサの瞳がそれを否定していた。
目の前の生首は決然とした覚悟を持って、自らを省みずレイの身を案じていたのだ。
(身体のない奴に身の安全を心配されるなんてな……)
内心で苦笑し、そして同時に決意する。
(ここで身を引く訳には……いかねーよな)
不思議と、後悔はあまりなかった。
今ここで諦めた方が後悔する。
そう確信したレイは、できれば騎士達に見つからず事を済ませたいと、保身的な考えから言い出せなかった作戦を切り出した。
「なぁ……さっきお前、あんな奴らひとひねりだって言ってたよな」
「え、ええ。言ったけど……」
「なら、もし俺があいつらを油断させた隙に首を胴体につけたら、戦えるか?」
「あなた、なにをそんな……危険すぎるわよっ」
「いいから俺の質問に答えろ。やれるのか、やれねーのか、どっちだ?」
ほんの一瞬ヴァネッサは黙っていたが、レイを翻意させるのは難しいと悟り、観念したように口を開いた。
「あなたの申し出は嬉しいけど……やっぱりムリよ。今の私は、その……食料がなくて、力が出ない状態なの。だからあの胴体も、いいようにされているのよ。仮に身体が元に戻ったとしても、空腹の状態じゃ……」
「なら食料があればいいんだな?なんだよ、その食料って」
「え、それは、その……」
途端に顔を真っ赤にして口ごもってしまった。
「早く言えって、これは重要なんだぞ。ほら」
しかしその態度にレイも焦れた。今にも騎士達は胴体に危害を加えるかもしれないのだ。
レイに急かされ意を決し、蚊の鳴くような小声でヴァネッサは呟いた。
「せ……ぇき、よ」
「あ?聞こえねぇよ、バカ」
が、当然レイの耳には届かず、聞き返される。
「せっ、精液よっ!男の人の精液が私達デュラハンの食料なのよっ、バカッ!!」
「え……?」
一瞬冗談かと思い、ヴァネッサの第二声を待ってみたが、
「……っ」
気まずそうに伏せた目が、冗談ではないと告げていた。
「ま、しかたねえか……」
そう言うと、レイはおもむろに自分のズボンを脱ぎ、下半身を露出させた。
「ぎゃぁぁぁっ!」
股間からまろびでた勃起前の逸物を前に、状況を忘れてヴァネッサは絶叫した。
「い、いきなりなに脱いでんのよ!!」
「バカ、叫ぶなって」
先ほどよりもさらに顔を赤くするヴァネッサに、ブラブラと大切な部分を揺らし怒るレイ。
「だだだだだって、だっていきなりそんなモノ……」
「落ち着けって……いいか、俺の話をよく聞けよ」
「そんなモノ」と言いつつも目を逸らさずにガン見するヴァネッサに、本題に入った。
「今から、俺はオナニーする」
「はぁっ!?」
「それでお前に精液を出すから、それを口に含んで、持って行く」
レイが提案した作戦を説明された途端、ヴァネッサは目の前の男の正気を疑った。
「ねぇ……ちょっと本気なのっ!?」
「当たり前だ。他にどんな手があるんだよ?あるなら今すぐ言ってみろ」
「それは……」
口ごもるヴァネッサに対し、レイはもう一度言い聞かせた。
「いいか、よく考えろ。お前の原動力は精液なんだろ?なら俺の精液を使えばいい。だからオナニーで射精した精液を、そのまま口に入れる。そんで口に含んだままの状態でお前の首を持って行く。あとは隙を見て、胴体とくっつければいい」
朗々と説明するレイの言葉を聞いていると、何も言い返せなくなってしまう。確かに、今現在ではそれが最善の策だった。
「……」
「ヴァネッサ」
それでも黙っていると、レイの口調が変わった。
「……っ」
「こうするより他はねえんだ。好きでもない野郎の精液がイヤってのはわかるが、このままじゃお前の胴体がヤバイんだ。わかってくれ。頼む」
それは今までに聞いた事のない、軽薄さの欠片もないほどの真摯な声だった。ふざけている訳でも、劣欲に塗れている訳でもないという事が、ヴァネッサにも理解できた。
だからこそ、ヴァネッサも決意した。
「……いいわ」
「ヴァネッサ?」
「……いいって言ってるの!だから……あなたの精液、飲んであげるっ!!」


話が決まれば後は早かった。
レイは一旦隣にヴァネッサを置き、腰を下ろすと露出した逸物に手を添えると扱き始めた。
「……っ」
ヴァネッサの息を呑む音が聞こえる。
(うお、こいつすげえ見てやがる……)
口喧嘩をしていた時の突き刺すような視線とは違う、どこかねっとりとした視線がレイの股間に向かっていく。
「あんまジロジロ見んなよ。集中できねーだろうが」
その視線を感じたレイは手を止めて文句を漏らした。確かに一挙一頭足見逃すまいと思わせるほどの視線に晒されたら、オナニーは難しいだろう。
「そ、そんな事言ったって、この位置じゃ……」
言及されてもなお目を泳がす事すらせずに、ヴァネッサも口ごもった。
首だけの状態で逸物が視線に入るという事は、ヴァネッサがレイの方を向いて置かれているという事である。当然、体がないのだから手で隠す事も背ける事もできない。
無論、それが分からないレイではなかったが、要はついそこまで言ってしまうほど、ヴァネッサが超ガン見していたのだった。
「ちっ、とにかく、あんま見んなよ」
舌打ちと共に、レイは手の上下運動を再開する。
しかし、ここで大きな問題が発生した。
「……ねぇ、まだ、なの?」
「……」
オナニー再開からしばらく経過したが、レイの逸物が一向に大きくなる気配がなかったのだ。
「あの……私は、あまり男の射精って知らないんだけど、大きくなっていなくてもできるもんなの?もしかして、私の……せい?」
「いや、そうじゃねーけど。なんつーか、やっぱ緊張して……」
今まで余裕ある態度で軽口叩いていたレイであったが、その実内心では薄氷を踏むような思いでここまで来たのだ。
命の危機にすら直結するこの状況で勃起しろというのは、あまりに酷な話だろう。ましてや性的興奮を喚起させる媒体、いわばオカズすらここにはないのだ。
(なにか、なにかこうグッと来るものないのか!?オカズになりそうなのを思い出せ俺!!)
今すぐ勃起しなければならない、しかし勃たない。焦りが緊張を生み、それがより股間を萎縮させてしまっていた。
「くっそ、せめてオカズ、いやオナホさえあれば……」
依然として小さいままの懸命に扱き立てつつ、レイは悔しそうに呟いた。
オナホならばオカズがなくても勃起、射精する事ができるだろう。しかし馬車に置いてきた今、ないものねだりであった。
「オ、オナホがあればいいの……?」
「ヴァネッサ?」
必死で数ヶ月前に行った酒場の歌姫の谷間を反駁していたレイの意識は、ヴァネッサのかすれた声によって戻された。
(あ、この目はヤヴァイ)
反射的にヴァネッサへと向くと、レイは顔を引きつらせた。
今向けられているヴァネッサの目に、レイは見覚えがあった。昨夜「私を抱きなさい」発言をした、あのイッている目であった。
「そそそそそれじゃ、しかっ!しかっ仕方、ないししし……わ、わた、わたしが……」
超絶にどもりまくるヴァネッサに、いよいよトンデモ発言が飛び出る事が容易に想像できる。
そしてレイの予想通り、ヴァネッサの口からあの夜と同じく衝撃的な言葉が飛び出してきた。






「私が、あなたの……オナホになってあげるっ!」





11/11/19 18:40更新 / 苦助
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■作者メッセージ
ヴァネッサが奇襲の詳細を知らなかったのは、その時別の場所を警護していたからです。騒ぎを聞きつけてすぐに殿軍として奮戦したため、聞く暇がありませんでした、と跡付け設定を今しました。

さて、次はえっちぃシーンが出てきます。

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